No.890346

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百三十二話

ムカミさん

第百三十二話の投稿です。


行軍を進める両軍。
その心中はいかに。

2017-01-25 01:48:47 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2641   閲覧ユーザー数:2157

 

平原を行軍する魏軍よりはるか南東。こちらも同じく平原を行軍する一軍があった。

 

蜀と呉の連合軍である。

 

それぞれの陣の動きに特別記すべきものは無い。ほぼ通常通りの行軍光景。強いて言えば行軍速度がかなり遅いことくらいである。

 

が、それにも理由があり、呉・蜀共に戦場に、と見定めた地が間近に迫っていたからだ。

 

ただ、少々蜀軍の陣の動きが慌ただし気ではあった。

 

その蜀の陣ではどうなっているのかと言えば――――

 

「朱里!周辺の偵察が終わったそうだぞ!」

 

「どうでしたか、愛紗さん?」

 

「先には確かに川があった。だが、そこまで大きくは無いものだな。

 

 そこを越えた先が周瑜殿が言っていた戦場だろう」

 

「工兵の皆さんに頼んだ内容は遂行出来そうですか?」

 

「それは……どちらとも言えないな。

 

 物資は十分にあるのだが、如何せん時間が少ない。

 

 ……呉の者の手は借りられないのか?」

 

「っ!!……どうでしょうか。一度周瑜さんにお聞きしてみましょう」

 

それは一見軍師と将の何気ない会話の一幕。

 

しかし、諸葛亮からしてみれば、関羽の確かな成長を感じられるやり取りでもあった。

 

恐らく、以前までの堅物であった関羽のままだったならば、蜀の内部だけでどうにかさせようと躍起になったに違いない。

 

ところが、そんな関羽の口から、呉に頼るという案が飛び出した。

 

袁紹に追われて魏領を抜けようとした際に一刀にやり込められた後、徐々に変わり始めていた関羽。

 

馬騰が蜀に参入してよりこっち、そのスパルタな鍛錬は武だけでなく彼女の心までも鍛え上げることに成功していたようだった。

 

「あわわ……しゅ、朱里ちゃん、周瑜さんには予め聞いてあるよ。

 

 陸遜さんの部隊の兵を貸してくれるって話だった」

 

「さすがですね、雛里。

 

 朱里、こちらも組み上げの図案を作りましたよ。

 

 貴女の策がこれで実現出来るかどうか、確認をしておいてください」

 

「雛里ちゃん、雫ちゃん、ありがとう。

 

 でしたら、愛紗さん、早速兵の方たちに伝えてください。

 

 まずは先行部隊が物資を各所にばらけて運び、図案が整い次第作業に移れるように、と」

 

「承知した」

 

流石は誉れ高い蜀の軍師とでも呼ぶべきだろうか。龐統と徐庶は諸葛亮の先回りで仕事を済ませていて、三人が組んだ今仕事のスピードは非常に早いものだった。

 

さて、それでは徐庶の書いてくれたという図面の確認でも、と諸葛亮がそちらに目を移そうとしたその時。

 

関羽とはまた別の将が三人の下へとやってきた。

 

「朱里よ。周瑜殿から使いが来ているぞ。竹簡を持参してきた。

 

 魏軍の動きの報告とその進路予測のようだな」

 

「ありがとうございます、星さん」

 

呉からの情報提供を手にしてきたのはその人物は趙雲だった。

 

諸葛亮が趙雲から竹簡を受け取ると、趙雲が再び口を開く。

 

「それと行軍に関して簡単な方向を。

 

 各部隊とも行軍に問題は無し。斥候の方も出張ってきている魏軍は見かけていないそうだ」

 

「そうですか。ありがとうございます。

 

 それでは引き続き呉の方々と足並みを揃えて行軍を続けてください」

 

「うむ、承知した」

 

手短に報告と指示受けを済ませ、趙雲は去っていく。

 

それを見届けてから、諸葛亮はすぐに竹簡に目を通す。その両隣から龐統と徐庶も同じく竹簡を見ていた。

 

それは趙雲の言った通り、周泰の部隊が持ち帰った情報と、そこから導き出された魏の動きの予測であった。

 

「さすがは呉一を誇るという周泰さんの部隊、情報が細かいですね。

 

 ですが……どうにも私たちの予測より魏軍の動きが鈍いようですが?全体の動きでは無く、行軍速度だけのようですが」

 

「うん、そこは気になるね……

 

 雫ちゃん、雛里ちゃん、何か思いつくことはある?」

 

徐庶の発した疑問に諸葛亮も同意する。

 

三人揃ってそこに頭を捻り始めた。

 

「こっちの動きを警戒してる、のかな?」

 

「確かに私たちは呉と組むことで戦力を大幅に増強してはいます。

 

 けれども、それでもなお、魏軍との戦力差を埋めただけに過ぎないはずです。

 

 追いつくか、或いは僅かに上回ることはあるとしても、圧倒するには至らないでしょう。

 

 かの国は今や、それ程までに力を持っているのですから」

 

「あわわ……そ、それじゃあ、雫ちゃんはどうしてだと?」

 

「そうですね……」

 

龐統に改めて問われ、再び徐庶は黙考する。

 

諸葛亮も龐統も、その考えを知りたいと、黙して次の言葉を待っていた。

 

やがて徐庶が口を開く。

 

「あくまで予想に過ぎませんが、魏軍は全戦力を以てしても対等以上の敵を相手取るのはほとんど初めてなのではないでしょうか?

 

 局面ごとに見れば対等、あるいは相手が上回ることはあっても、今まではその背後に巨大な後ろ盾があった。

 

 けれども、今回ばかりはそうはいかない。そのために一層慎重になっている、と。

 

 繰り返しますが、これは私の予想です。それもどちらかと言えば楽観的な予想だと思っておいてください」

 

「なるほど……でも、確かに楽観的な予想になっちゃうね。だったら……

 

 …………ねえ、雫ちゃん、雛里ちゃん。報告書の内容に戻るんだけど、魏軍は領内の砦から兵を結集させているってなってるでしょ?

 

 もしかすると、ここが原因なんじゃないかな、って思ったんだけど……」

 

諸葛亮の言葉を受けて二人も改めて報告書に目を通す。

 

周泰の部隊が調べてきた内容には確かに許昌を出立した本隊に魏領内の各地から兵が合流している旨が記されている。

 

ただ、だからと言って――――

 

「それでも歩兵、或いは輜重隊、その辺りの速度はそうそう変わるものでも無いでしょう。

 

 荀彧や司馬懿を擁する魏が合流での読み違いを起こすとは考えにくいと思いますが」

 

そう、諸葛亮のその予想もまた、楽観的なものが含まれているのだ。

 

「合流のために敢えて行軍速度を落としているってわけでは無いみたいだよね?

 

 う~ん……あんまり複雑に考えすぎない方がいいのかなぁ……」

 

「どういうこと、雛里ちゃん?」

 

「うん、あのね?いくら魏でもさすがに全戦力を投入するような戦は初めてになるでしょ?

 

 だから、そんな大人数での行軍で間違えても隊列が伸びないように慎重を期したから、っていう理由を考えてみたんだけど……」

 

「なるほど。敢えては敢えてでも、合流のためではなくもしもの時の備えのためだと……

 

 それは確かに可能性がありそうですね。今の我等蜀軍には碧殿と翠さん、それに蒼さんがいらっしゃいますから、その遊撃を警戒している可能性は十分に考えられます」

 

「うん、そうだね。確かにそれは考えられる。

 

 う~ん……取り敢えず、今はその予想の下で考えることにしよう。

 

 また何か考えついたら言ってね、雫ちゃん、雛里ちゃん」

 

疑問に対して一つの答えが出た。それを区切りとして一旦深掘りを終わらせる。

 

情報が追加されにくい今の状況で予想だけを深めていくことは時間的にもリスクが高いと踏んだからであった。

 

それには残る二人も同意してくれた。

 

二人の首肯を見てから諸葛亮は話題を次へと移す。

 

「それじゃあここからの配置なんだけど。

 

 私は罠の地点に行ってそっちの指揮を執るつもり。

 

 だから、戦場での蜀軍の指揮は雫ちゃんと雛里ちゃんに任せてもいいかな?」

 

「うん、任せて、朱里ちゃん!」

 

「確かに、その配置がいいでしょうね。

 

 承知しました、朱里。戦場では私たちが軍を導き、罠の地点まで魏を引っ張ってみせましょう」

 

「ありがとう、二人とも!それじゃあ、当面定めるべきは以上、かな?」

 

「朱里はこれから図面を完成させるのですね?

 

 何か手伝うことはありますか?」

 

「今のところは大丈夫だと思う。また何かあったら頼らせてもらうね」

 

諸葛亮は特に強がってそう言っている様子では無かった。

 

問い掛けた徐庶もその様子に安心する。

 

 

 

今度の敵は強大ではあるが、この三人が揃っていれば怖がる必要は無い。

 

三人の胸中はその想いで一致しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして呉の陣営の方でもまた、軍師陣が集まっていた。

 

これまで話されていたのは直近の戦までの配置に関する内容。これを周瑜が締めに掛かったところだった。

 

「それでは、穏。お前の部隊は諸葛孔明に付いて罠の設営に掛かってくれ」

 

「はい~、分かりました~。

 

 皆さんの撤退はしっかりと私が支援いたしますよ~」

 

「それから、亞莎。お前には次の戦で前線に出てもらう。

 

 お前ならば引き際を間違えはしないだろう。暴走しかねない雪蓮の管理を頼む」

 

「は、はい!お任せください!」

 

「それと、粋怜殿には本陣付きで全体統括の補助をお願いしたい。

 

 月蓮様も次の戦では前線には出ないとのことなので、その護衛も含めてとなりますが」

 

「ええ、構わないわ。

 

 大殿も、まあ随分と丸くなったとは言え、撤退戦には気が乗らないでしょうしねぇ」

 

陸遜が、呂蒙が、そして程普が。

 

周瑜からの指示に特に異論も無く承諾する。

 

なお、その際に程普が口にした言葉に、その場の皆が思わずツッコミを入れたくなっていた。

 

孫堅のあの激しさの、一体どこが丸いのか、と。

 

ただ、そのような些事に議論の時間を割くわけにはいかない。

 

故に、誰もそのツッコミを口にしない。

 

「ところで、皆、明命からの報告は既に知っているな?

 

 これについて少し聞きたいことがある。

 

 魏の動きについてどう感じる?」

 

周瑜は話題転換の意味も込めて、この日皆を集めた最大の理由に話を向けた。

 

「至って普通かと~。強いて言えば行軍速度が遅いくらいですが、輜重隊が原因でしょうか~?」

 

「ほう?確かに魏の行軍速度については私も気になったところだ。どうして輜重隊が原因だと?」

 

やはり呉の方でも蜀と同じような内容で話が進められる。

 

違う点と言えば、既に陸遜の中では答えが出ていたことだろう。周瑜に促され、その答えを口にする。

 

「今回の魏は恐らく全戦力を投入するくらいの勢いだと思われます~。

 

 そうなると当然、兵数がとんでもないことになってしまいます~。

 

 兵の数が増えれば必要な物資はそれ以上に増えますので、輜重車の重量がとんでもないことに~」

 

「それはその通りだろう。だが、ならば輜重車の数を増やして対応してくるのでは無いか?

 

 軍自体が大きくなるのであれば、輜重部隊の規模もそれに応じて大きくしてくるものだろう」

 

「あ、あの。恐らくですが、もう一つ理由があるのではないかと」

 

陸遜と周瑜の掛け合いの最中、呂蒙がおずおずと手を挙げる。

 

呂蒙は陸遜の意見に基本的に賛成の上で、輜重隊で動きが鈍る理由は二つあると予想していた。

 

周瑜は視線で先を促す。

 

「すこし前の報告内容にも関わることですが、魏は我等呉の水軍に対抗するために水練を始めた、とのことでした。

 

 ですが、魏にはあの荀彧や司馬懿がいて、それに北郷や曹操も切れ者だと聞きます。

 

 それだけの者たちがいて、ただ水練を積んだだけで船上戦闘の経験には一日の長がある我等に戦いを挑もうとするでしょうか?

 

 私は何かしらの秘策を用意しているのではないかと思います。何しろ、あの北郷が自ら水練を施していたということですし」

 

「秘策、か。それが重量を要するものだということか?」

 

「はい。その可能性が考慮出来るかと」

 

「北郷絡みで考えればあながち無視出来ない、か。

 

 粋怜殿はいかがお考えか?」

 

そこまでの予想を黙して聞いていた程普にも話を振る。

 

程普も既に自らの意見を持っていて、すぐにこれに応えた。

 

「私も亞莎の考えには一理あると思うわ。

 

 それ以外の可能性として、考えられるのは二つ。

 

 一つはこちらの出方を伺っている可能性。けれど、自分で言っておいて何だけれどこれは無いでしょうね。

 

 自らの国が攻められようとしている時にあの曹操が自国領内でモタモタしているとは思えないのだから。

 

 二つ目は罠を張るためという可能性。私としてはこちらが本命ね。

 

 魏には張遼、馬鉄、それに馬岱と高い機動力を持った将がいるでしょう?それに北郷もまた、得体の知れない存在。

 

 この四人が本隊に合流したという報告はまだ無いわ。勿論、知らない間に合流している可能性もあるのだけれど。

 

 とにかく、この四人辺りが奇襲なりを掛けて来る可能性はある。その準備のためか何かで時間を使っているのでは無いかしら?」

 

「なるほど。確かにその四人はまだ合流していないようですね。

 

 至急蜀にも使いを出して万一の事態に備えておきましょう」

 

「ところで~。冥琳様のお考えはどういったものなのですか~?」

 

皆からの意見が出揃ったところで陸遜が周瑜の考えを問う。

 

勿論周瑜とて考え無しに情報を募ったわけでは無い。

 

周瑜もまた己の考えについて話し始めた。

 

「私も粋怜殿と同じく罠の可能性を考慮すべきだと考えている。

 

 我々は魏に対して罠を張ろうとしているわけだが、そういう時こそ逆に敵の罠に対する警戒心が薄らいでしまいかねないからな。

 

 大事な局面を前に、策士策に溺れるを我等の軍で実践してしまっては本末転倒だ。

 

 故に、備えとして周囲に密に斥候を放つべきだと私は考えていた」

 

「なるほど~。考えてみれば、確かに今の私たちは攻勢で前のめりになっている状態ですね~。

 

 こんな時は私たち軍師の推測は守勢に寄った方向の方がいいのかも知れませんね~」

 

「ああ、そういうことだ。それに、亞莎の唱えた内容も考慮に入れれば、警戒を重ねても過ぎることは無いだろう。

 

 皆の意見を聞いて改めて私はそう思ったのだが。皆はどうだ?」

 

周瑜からの問い掛け。例えここで反対意見を述べたからと言って、疎まれるようなことは無い。それは皆も分かっている。が。

 

「私は賛成しますよ~」

 

「わ、私もです!」

 

「私は言うまでも無いわね」

 

三人が三人とも、口を揃えて同意を示したのだった。

 

「では決まりだな。

 

 亞莎、明命と思春の部隊を使って斥候の情報密度を上げてくれ。それから月蓮様、雪蓮、蓮華様にも決定事項のお知らせを頼んだ。

 

 穏にはこの辺りの仕事を振るつもりは無い。諸葛孔明殿の下に早くから付き、罠を確実に完成させておけ」

 

「はいっ!承知致しましたっ!」

 

「はい~。ではでは、すぐにでも~」

 

「粋怜殿、申し訳ありませんが、もう少しお時間を。

 

 戦の流れと将の配置、魏軍の動きの予測についてもう少し詰めたいと思います」

 

「分かったわ。私も戦の数だけはこなしているわけだし、その経験を冥琳の知恵の肥やしにでもしてちょうだい」

 

ぱぱぱっと方針と役割が決まり、呂蒙と陸遜はその場を去っていく。

 

周瑜と程普は本陣に腰を据えたまま、先の展開についてまたも熱い議論を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蜀と呉がそれぞれ戦に向けて慌ただしく動き始めた頃、一刀は砦から共に出立した兵を引き連れてのんびりと行軍していた。

 

特別足が遅い兵がいたりするわけでも無く、本当にただ歩みがゆっくりなだけである。

 

その行軍速度に、いくら何でも、と不安になった兵がおずおずとながら一刀に尋ねてきた。

 

「あ、あの、北郷様!行軍速度をお上げにはならないのですか?

 

 我々はまだ余力がありますし、多少の強行軍程度であれば何も問題は――――」

 

「いや、いいんだ。暫くはこのままの速度を維持して進もう。

 

 君たちの気概は嬉しく思う。が、それは来るべき時までとっておいてくれ」

 

一刀の返答に思わず兵はきょとんとしてしまう。

 

その口から疑問の声が漏れ出るのも仕方が無いと言えるだろう。

 

「その、お言葉ですが……今がその”来るべき時”なのではありませんか?

 

 これより臨む戦は我等魏と蜀、呉の連中とが雌雄を決する戦なのではありませんでしたか?」

 

「いやいや、見方が少し大きすぎるぞ。そんなでは肝心な時に必要な力を発揮出来なくなる。

 

 いいか?もっと見方を絞れ。君たちが全力を発揮すべきは船上戦、ただその一つだけだ。

 

 だから、それ以外の戦は他の部隊に任せておけばいいのさ」

 

事実上、次の戦に間に合う気は無い、と宣言したことになる。

 

実際、兵達は知る由も無いのだが、一刀の取っている進路は魏の本隊へと向かってはいない。

 

現状で魏の本隊が取っている進路の遥か先を目指して部隊を進めていた。

 

「ええっ?!ほ、北郷様、それでよろしいのでっ?!」

 

「ああ、それでいいんだ。いくら君たちにやる気があっても、全ての戦に出ずっぱり、なんてことは出来ないだろう?

 

 だったら、確実に一番投入したいところで見合った部隊を投入する。それが一番の策だ。

 

 ま、その辺の細かいところや詳しいところを考えるのは軍師の皆だし、敵もそれをさせまいと策を弄してくるわけなんだが」

 

「で、ですが、我々も魏国のために、と……」

 

「まあ、待て。ちょっと整理して考えてみようか?」

 

尚も言い募ろうとする兵士に向けて一刀は手の平を差し出して制止した。

 

そして一つ一つ事実を並べ立てていく。

 

「まず第一に、この部隊は後々の船上戦を想定して水練を施すためにあの砦に集められた部隊だ。それは分かっているな?

 

 ということは、この部隊に求められているのは、さっきも少し言った通りだが、船上戦での多大な戦力となることだ。

 

 さて、対して次に我等魏軍の本隊の動きを考えてみようか。

 

 本隊は今、許昌を出てから各地の砦に散らせていた兵力を合流させて規模を膨らませながら行軍している。

 

 進路は南。目指す最終地点は赤壁なわけだ。この辺りは皆も少しは知っているだろう?

 

 その本隊だが、恐らくそろそろ蜀呉の連中と会戦を繰り広げることになるだろう。これは敵の動きからも確度の高い推測だ。

 

 ところでこの会戦だが、当然地上で行われる。船の上では無い。

 

 しかも、この戦の後、いくらかすれば赤壁かあるいはその近くの河上で決戦となるはずなんだ。

 

 ここで最初の話に戻る。

 

 この部隊をどこで投入すべきかと言われたら、当然最後の決戦の場だ。

 

 だが、もしもその前の地上戦でこの部隊を投入し、相当数の死傷者が出てしまったらどうする?

 

 せっかく立ててここまで転がして来た策がおじゃんになってしまうのが分かるか?

 

 つまり、それだけはしてはならない。だったら、次の地上戦では温存しておこう、ってなるわけだ」

 

「なるほど……分かりました……」

 

理屈では理解した。そう兵の顔は物語っていた。

 

理解はしても、魏のために、と出陣したこのいきりはどうすれば良いのか。そんな裏の声も聞こえて来ていた。

 

だからこそ、一刀はもう一言付け加える。

 

「君たちの決意や気持ちは俺も十分に分かっている。だけど、考えてもみてくれ。

 

 今回、水練の対象に選ばれなかった兵たちは地上戦での投入を前提に出陣しているんだ。

 

 そして、当然彼らにも決意や想いはある。それは地上戦でしか発揮出来ないものだ。

 

 そりゃあ、やりようによっては君たちを地上戦でも投入して、船上戦でも活躍させてやる道もあるかも知れない。

 

 けれども、そうなった時、さっき言った兵たちの決意や想いはどうなる?

 

 今君たちが感じたのだろうものより、もっと酷いものをその心に抱くだろう。

 

 だから、彼らにも活躍の機会をやるためだと思って、ここは潔く身を引いてくれ。

 

 彼らも勇猛な曹魏の兵だ、その実力が信じられない、なんてことは無いだろう?」

 

「そう、ですね…………分かりました」

 

自分たちの気持ちを引き合いに出されては、兵達も頷くしかなかった。

 

戦に逸る者たちを完全に納得させることは難しい。

 

こうして妥協を引き出すことで有効な策の運用へと繋げていかなくてはならない。

 

軍議の場で将を相手に毎度これを行う軍師達の凄さを、一刀は改めて実感したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠く離れた場所でより評価の上方修正を受けていることなど露知らず。

 

桂花を始めとする軍師陣は本隊に合流した全ての将を集め、軍議を開いていた。

 

日の落ちかけた現在、魏軍は行軍を止めて陣の設営を行っている。

 

斥候の情報から、翌日には連合軍と対峙するだろうとの予測が為され、来る戦のための最終確認と通達のための軍議であった。

 

「――――という配置よ。何か質問はあるかしら?」

 

この行軍中、軍師たちで話し合って決めた戦における各将の配置についてを桂花が告げる。

 

真っ先に慌てたように声を上げたのが斗詩であった。

 

「あ、あの!私が左翼の担当とのことでしたが、聞き間違いでは無いのですよね……?」

 

「ええ、そうよ。斗詩、あんたには左翼の部隊の統率を任せるわ」

 

「で、ですが――――」

 

「理由ならちゃんとあるわよ。

 

 今回の戦、連合軍は仕掛けた後にさっさと退いていく可能性が非常に高いの。

 

 だから、誘い込んだ敵をみすみす逃してしまう前に包囲出来る腕が、両翼の将には求められるわ。

 

 今ここに居る将の中で兵の運用が最も優れているのが菖蒲。その次が斗詩。だからあんた達が両翼担当。分かった?」

 

「え、えぇ?!あ、えっと…………はい、分かりました。全力を尽くします」

 

斗詩は驚き、尚も何かを言おうとし、しかしその言葉は結局飲み込んだ。

 

言おうとした内容は、秋蘭や霞では駄目だったのか、ということ。

 

飲み込んだ理由は、その二人には別の重要な役割があることに思い至ったから。

 

ついでに言えば、秋蘭の部隊は遠距離攻撃部隊であり、その攻撃力を活かしながらの高速用兵は非常に難しい。

 

兵器一つでそれを成し遂げている火輪隊が少々、いや、かなり異常なのだ。

 

そして、霞の部隊は騎馬部隊。機動力と用兵術は凄まじいものがあるのだが、それ以外の部隊との差が大きすぎて翼がもげてしまうことになるだろう。

 

故に、起用されるのが斗詩。

 

彼女もまた知恵者の一人であるために結論に辿り着けたのであった。

 

「なあなあ、桂花。ウチは好き勝手に暴れときゃええんか?」

 

斗詩の話が終わった見るや、続いて霞が声を上げる。

 

霞は配置を聞いて己の大体の役割は理解していた。それをどの程度まで制御して行う必要があるのかを問うたのだ。

 

「ええ、そうね。なるべく派手にやってくれるといいわ。

 

 遊撃もそうだけれど、鶸と蒲公英の部隊による奇襲初撃の効果をより高めたいというのが狙いよ」

 

「よっしゃ!久々にウチの部隊が本領を発揮する時やな!

 

 ウチの旗見ただけで逃げ出したくなるくらい暴れたんでぇ!!」

 

「ええ、頼んだわよ。それじゃあ――」

 

「あ、あの!」

 

軍議を締めくくらんとした桂花の声を遮って声を上げたのは梅だった。

 

視線で続きを促された梅はもう一度だけ見回してからずっと気になっていた”その事”を告げた。

 

「その……一刀様は一体どうされたのでしょう?

 

 ずっと姿を見ておりませんが……」

 

「ああ、あの馬鹿のことね……」

 

桂花が呆れと怒りを織り交ぜたような声を出す。

 

その事と発言の内容に驚く者も多かったが、軍師たちは一様にやれやれといった雰囲気を醸していた。

 

「あいつのいた砦の部隊から伝令が来たわよ。その内容を一言一句そのまま教えてあげるわ。

 

 『次の戦は皆に任せた。どうせ俺は本陣付きだろうし、恋に春蘭、秋蘭、頑張ってくれ!』

 

 はぁ…………確かにあいつを使う予定は無かったとは言え、ふざけ過ぎだとは思わないかしら……?」

 

「え、えっと……き、きっと、一刀様のことですから何か深いお考え……が……」

 

一刀に心酔している梅としてはどうにか擁護の言葉を発しようとするも、桂花の瞳から顕現しそうなほどに燃えている怒りの炎に気圧され、尻すぼみになってしまった。

 

梅が黙った後、桂花も改めて一つ溜め息を吐いて気を取り直す。

 

「とにかく、次はあいつ抜きの戦よ。

 

 孫堅や馬騰はまだ出て来ないだろうって考えなのだろうけれど、過信は出来ないわ。

 

 あらゆる事態を想定して策は練っておくから、あんた達は自分の仕事をちゃんとこなすように。分かった?」

 

『応っ!!』 『はっ!!』

 

将皆、桂花の言葉に異論は無し。

 

最後に華琳に決定事項がこれで良いかを確認し、軍議は終了となった。

 

 

 

今沈む太陽が反対の地平より顔を出す時。

 

それは最後の大きなうねりの始まりを告げるものとなる。

 


 
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