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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百二十三話

ムカミさん

第百二十三話の投稿です。


魏・最後の拠点編。

2016-10-06 01:16:07 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2423   閲覧ユーザー数:2024

 

どんどんと騒がしくなっていく魏の国境線。

 

しかし、許昌はそれ以上に騒がしいのであった。

 

理由はいくつか挙げられる。

 

まず第一に、単純なものとして将の鍛錬がより厳しさを増していたから。

 

一刀が設定した、限界まで身体を苛め抜くメニューをこなしてきて、魏の将は皆、基礎体力は申し分ない領域に達している。

 

さて、では肝心要の実力は、と言うと。

 

状況次第で勝ち負けを繰り返す程度には差が抜け、纏まって来ていた。

 

その中でも安定して勝ち星を稼ぐ将を挙げると――――

 

言わずもがな、恋はほぼ無敗。

 

続いて一刀が高い勝率をキープしている。但し、恋にはまだ10回やれば6~7回は負けるほど。

 

その下に霞や春蘭、菖蒲、更に凪が入って来ていた。

 

ちなみに、ここ最近菖蒲の勝率がぐっと上がってきている。

 

それが実は二つ目の理由に繋がっていたりする。

 

その理由とは、とある権利を掛けた戦い。

 

権利の内容は、一刀と休暇を過ごせるというもの。

 

なお、これは冗談のようでいて、本人たちにとっては真剣勝負そのもの。

 

というのも、全ては最終決戦が近いことに起因する。

 

城内どころか町全体が決戦の時が近いことを悟ってそわそわするほど張りつめた魏の将たち。

 

武官も文官も仕事の量は底無しに増え続け、まともな休暇は今やほとんど取ることが出来ないでいるのだ。

 

勿論、夜は時間がある。

 

”そちら”の方はいつの間に結託したのか、主に零が指揮を取って秋蘭が監視をする形でローテーションが組まれていた。

 

急な出陣で予定がズレれば随時修正を掛けて、誰からも不満が出ないようにする徹底ぶりは、桂花や華琳が知れば仕事の良さに驚くほどだろう。

 

そんな彼女たちでも、たまの休暇は好いた男とゆっくりと過ごしたいと望むもの。

 

そこで出た提案が、武官らしく次の休暇までの戦績で決める、というものだった。

 

但し、恋にはきちんとハンデを設けるあたりは皆計算高い。

 

そんなこんなで、恋、春蘭、秋蘭、菖蒲は今までの倍と言ってもいいほどの気迫で鍛錬に臨んでいた。

 

武官の上層がこぞってそのような状態となれば、武官全体がそこに引っ張られる形になるのは目に見えている。

 

合間にちょくちょく本物の出陣が挟まることもあって、魏の調練場は連日、さながら戦場のような空気を醸し出していた。

 

 

 

そんな中でのとある休暇日。

 

この日、権利を勝ち取ったのは恋だった。

 

早朝、いくら休暇日とは言え、万が一に備えて毎朝の瞑想は欠かさない一刀。

 

そのついでとでも言うように、毎朝の鍛錬も休暇に関係無く行っていた。

 

恋と過ごすことになっているこの日にしてもそれは変わらず、一刀は調練場で坐禅を組んで瞑想していた。

 

「…………恋、か。どうかしたのか?」

 

そこに恋が現れたのである。

 

特に気配を消しているわけでも無く近付いてきた恋に一刀は声を掛ける。

 

「……一刀、部屋ににいなかった。なんで?」

 

返ってきたのは少し拗ねたような言葉と疑問の声だった。

 

「何でって、いつもの朝の鍛錬をしていたんだが……?」

 

「……今日は、恋と過ごす日」

 

「うん?だから、この後――ああ、そうか。うん、ごめんな、恋。

 

 よっ、と……」

 

とあることを思い出し、恋に謝る。

 

恋にとって一日中と言えば太陽が昇ってから沈むまで。

 

その間はずっと一緒にいれるのだろうと、恋はそう問うてきたわけである。

 

一刀は坐禅を解いて立ち上がると、軽く膝をはたいてから恋に手を伸ばした。

 

「それじゃ、恋。行こうか」

 

「……ん」

 

恋の言葉が少ないのはいつも通り。

 

けれども、差し出された一刀の手を握り、口元に微笑みを浮かべる恋はどう見てもいつもとは違っていた。

 

 

 

 

 

それではデートを、と始めようとしても、時刻はまだまだ早い時間帯。

 

何処に行くにしても準備中であろう。

 

ならば、とまずはゆっくりと朝食を取ることにした。

 

「あ、兄様に恋さん。おはようございます。

 

 少しだけ待っててくださいね、すぐに朝食を作りますから」

 

城の食堂に行ってみれば、既に流琉が仕込みを始めていた。

 

武官としての仕事をこなす傍ら、きっちりと城の台所番も務める。そんな流琉の勤勉さは誰もが認めるところだ。

 

「別に急がなくてもいいぞ、流琉。

 

 手が空いたらで大丈夫だから」

 

「……ん。流琉のごはん、おいしい。だから、待てる」

 

「あ、ありがとうございます。

 

 ですが、大丈夫です!さっきちょうど仕込みの方は終わりましたから!」

 

そう言うや、流琉は朝食の準備に入って見せた。

 

一刀たちに気を遣った、というわけでも無いらしい。

 

実際に仕込みをしていたらしい甕の蓋は閉じられており、流琉がそちらを気にするような気配は微塵も感じられなかった。

 

流琉が朝食を作ってくれている間、二人はぼんやりとどこを見るともなく見て過ごす。

 

恋と二人でいる時は割とこういった過ごし方も多かった。

 

会話が無くとも特に苦痛は無く、むしろ穏やかに時を過ごせる。

 

かと言って全く話さないのかと言えばそうでは無く、話題があればどちらからともなく振って話す。

 

一言で言えば、ゆったりした空間が出来上がるのだ。

 

結局この時は流琉が朝食を持って来てくれるまで無言のまま。

 

だが、恋にはそれで十分だった。

 

「兄様、恋さん。お待たせしました。

 

 今日は以前に兄様にお聞きした天の国の料理を作ってみたのですが……如何でしょうか?」

 

「……いい匂い」

 

流琉が持って来た朝食に、早速恋が反応する。

 

恋の言った通り、とても良い匂いが流琉の手元の盆から漂ってくる。

 

しかも、その匂いはただ良いだけでなく、どこか懐かしいような感じもするものだった。

 

「確かに良い匂いだ。それに、これは……味噌汁か?

 

 けど、こっちには味噌は無かったはずじゃ?」

 

「はい。兄様が話してくださった調味料に合致するものは無かったのですが、似たものならありますので。

 

 みそというものの代わりに豆板醤を使ったんです」

 

「なるほど。確かに、それなら完全な再現は無理でも近づけることは出来るかも知れないな」

 

「……一刀、一刀」

 

「っと。そうだな。

 

 流琉の分もあるんだろう?一緒に食べよう」

 

「あ、はい!」

 

流琉と一刀が暫定・味噌汁の作り方について話していると、恋が待ちきれないとばかりに一刀を促した。

 

一刀にも早く味噌汁を啜ってみたい気持ちはあったので、流琉も誘って朝食タイムへと移ることにした。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

食前の言葉を唱え、早速一刀は味噌汁に手を伸ばす。

 

どのような味になっているのか、とワクワクとドキドキを感じながら、一刀は手にした味噌汁を啜る。と。

 

「ん……んん!美味い!

 

 俺の知ってる味噌汁に比べるとちょっとピリ辛だけど、これはこれでアリだと思うぞ、流琉!」

 

「……ん、美味しい。もっと欲しい」

 

器から口を話した途端に一刀の口からは褒め言葉が飛び出し、恋は即刻お代わりを要求していた。

 

この好評ぶりに流琉も満面の笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます!!たくさん作ってありますので、いっぱいお代わりしてくださいね!」

 

ご飯が美味しければ箸は進み、話も弾むもの。

 

それから暫く、三人は楽しい時を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは兄様、恋さん。いってらっしゃいませ」

 

これから食堂にやってくるだろう者たちの朝食を用意すべく、流琉は当然残ることになる。

 

その流琉に見送られて、一刀と恋はいよいよ街に繰り出した。

 

「どこか行きたいところはあるか、恋?」

 

「…………セキトのとこ」

 

「ああ、店か。確かに、皆の働きぶりとかもまた見ておきたいよな。

 

 よし、それじゃあ行こうか」

 

「……ん」

 

恋が希望したのは彼女がオーナーとなっている、魏のみならず今大陸中で話題の動物喫茶だった。

 

以前にも恋とこの店を見に行っている。

 

その際にはネタ提供元の一刀がフリーズ仕掛けるほど徹底した再現ぶりだった。

 

さて、あれから時が経った今、果たして店はどのようになっているのか。

 

特にテコ入れの要請などが一刀の下に届いたことは無い。

 

そこから一刀3つの可能性を考えた。

 

一つ、テコ入れの概念も無く、放置した可能性。

 

二つ、テコ入れの必要が無いほど繁盛し続けている可能性。

 

三つ、店が独自のテコ入れを行って成功している可能性。

 

さてさて、真相は、と店の戸を開けて見れば。

 

店内は以前にも増して人で溢れ返っていた。

 

「へぇ。これはすごいな。しっかりと客足も伸ばしているじゃないか」

 

「……ん。セキトたち、新しい芸、始めたから」

 

「なるほど。芸を、ね」

 

オーソドックスだが確かに効果は高いだろう。

 

そもそも、このような形態の店は大陸に無い。店のコンセプトにしても店員の服装にしても、だ。

 

客がどちらを目当てにするにしても、やはり店に来る動機は目新しいものが見たいからという面が強い。

 

つまり、恋の店は始まりからして一見客の掴みは上々だったのだ。

 

ではそこから何を考えるべきかと言うと、いかにしてリピーターを増やすのかということ。

 

飲食店なのだから、当然ながら最初に出て来る案は、美味い、安いの両立となる。

 

ただ、それだけではまだ弱い。

 

となれば物珍しさをよりウリにするため、何かしらの策を講じるべきだろう。

 

そうして考えられたのであろう策が、動物たちの芸事。

 

実際に席について暫くも経てば、件の芸が始まった。

 

それを見て、店の人気が衰えない理由が理解出来た。

 

別に恋の動物たちは特別難しいことをしているわけでは無い。

 

ただ、ちょっとした工夫として芸をするのは身体の小さな動物たちを選んでいた。

 

ちんまりした彼らが頑張って芸をする様子は何とも微笑ましくて可愛らしく、女性を中心に人気が出るのも納得に思えたのだ。

 

「あれもセキトが指導したのか?」

 

「……ん。セキトも、頑張ってた」

 

恋は当然のように肯定する。

 

ますますセキトが犬の中でも特別な存在のように感じられるのだが、最早一刀も慣れてしまっていた。

 

話題のセキトはと言うと、犬・猫・混合三つの区画全てを忙しく行き来して指示を出している様子。

 

一刀と恋が来たからと言って甘えに来ようとはしなかった。本当に動物とは思えない、見事な公私の峻別具合だ。

 

「……セキトもみんなも、楽しそう」

 

「そうか……良かったな、恋」

 

「……ん」

 

一刀の目にも動物たちはしっかりと働いているように見える。

 

恋もそう言っているのだし、楽しそうであるのは事実なのだろう。

 

元々、この店は恋の家族でもある動物たちの食い扶持を稼ぐために一刀が提案したものだ。

 

それが強制などでは無く楽しんで仕事が出来ているのならばいう事は無かった。

 

 

 

それから暫し、一刀と恋は店の様子を観察してから店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋の店を出るころには既に太陽は天頂を越えていた。

 

が、常から鍛えている一刀や恋にとって、熱さはそれほど堪えることは無い。

 

のんびりと街を練り歩きながら、恋が興味を示した食べ物を買っては食べ歩く。

 

許昌の名物、露店商区画にも足を伸ばし、五胡や天竺、大秦の珍しい品物を覗く。これまた興味があればそれを買う。

 

そんな、いつもと変わらない日々。しかし、二人で過ごすからこそ計り知れない価値がある。

 

一度疑問に思った一刀が尋ねたら、秋蘭や零がそう熱く返して来たことがあった。

 

その後ろでは残る者がしきりに首を縦に振っていた。勿論、恋もである。

 

ところが、だ。今日の恋はどこか心ここにあらずなところがあるように思える。

 

朝食の時も、恋の店に行った時もその後も、基本的には恋も楽しそうに、幸せそうにしている。

 

しかし、時折何かを考え込むような表情をしていることがあるのだ。

 

それは決まって一刀が恋とは別の方向を向いている時。

 

恋なりに隠そうとしているのだろうが、人物の観察によってこれまで生き残ってきたとも言える一刀からすれば、それはバレバレなものであった。

 

かと言って、一刀から無理に聞き出すことはしない。

 

かつての、それこそ馬騰に敗北を喫する前までの恋であれば、そういうこともしただろう。

 

だが、今の恋は誰かに頼るべき時は頼る。それが出来るだけの人物に成長していた。

 

恋が必要だと判断したのであれば、いずれ話してくれるだろう。

 

一刀はそれまで敢えて知らない振りをしていれば良い。

 

恋が悩みに潰されて一歩も動けないようになってしまったのなら、その時には手を差し伸べてやればいい。

 

その判断も、今の恋は出来るのだし、やるべきなのだと一刀は考えていた。

 

そして、その機会は思いがけず早くにやってきた。

 

 

 

日も大きく傾き、空が茜色に染まる頃、恋は一刀を調練場にまで誘った。

 

何を、とは敢えて問わない。

 

一刀は今日一日恋に付き合うことになっているのだから、恋がやりたいことに付き合うだけだ。

 

今はどういうわけか、仕合をしたくなったのだろう。

 

それが恋の悩みの解決に繋がればいいが、などと考えていると、恋からは意外な言葉が発せられた。

 

「……一刀、恋に、教えて欲しい」

 

「ん?えっと……?教えるったって、何を?」

 

「……一刀の、技」

 

「俺の技?それは色々と教えていないか?

 

 と言うより、それを教えていることが恋の攻勢の軸を増やすことに繋がっていると思っているんだが」

 

「……ちがう」

 

ふるふると恋は首を横に振る。

 

では一体何を、と一刀が訝し気な視線を返すと、恋ははっきりとこう口にした。

 

「……一刀、いっつも何か隠してる。一刀の、奥義?みたいなの。

 

 ……恋、このままじゃ不安。馬騰、とても強かった、から。

 

 だから……教えて?」

 

一刀は心底驚かされた。

 

確かに恋の言う通り、一刀は北郷流の奥義を会得している。

 

だが、これは本当の本当に奥の手。これを晒せば最後だと思っているレベルのものだ。

 

一刀の奥の手は卑剣であり、氣である。皆にはずっとそう言って来たし、事実、これまでの戦闘でも全てそれを貫いてきた。

 

一瞬たりとも”奥義”を使おうか迷ったりしたことなど無かったはずなのだ。

 

ところが、野生の勘なのか、恋にそれを見抜かれた。

 

動揺するなという方が無理だろう。

 

「…………どうして奥義のことを?」

 

こう聞けば、それが存在することを認めたも同然だろう。

 

それでも、恋の瞳には迷いが無く、確信を持って話している様子だったため、隠し立ては無意味だと結論付けたのだった。

 

その分、返ってきた答えに脱力するハメになるのだが。

 

「……なんと、なく?」

 

「えぇ……ちょっと、恋、それは――」

 

「一刀の技、応用までだった。恋も、すぐ真似出来た。

 

 でも、初めて戦った時の一刀の本気の技、あれは出来なかった。

 

 ……一刀が本当の本当に本気を出したら、恋も真似出来ないと思う」

 

恋なりの理屈(というよりやはり勘に近いのだが)があって、鎌をかけられた。

 

一刀は見事に嵌まってしまったわけであった。

 

「……くっ……ははっ……はっはっはっは!」

 

いつもは一刀が仕掛ける側のはずなのに、完璧にしてやられた。もう笑うしか無かった。

 

一頻り笑った後、一刀は顔を引き締めて恋に向き直る。

 

そしてしっかりと伝えた。

 

「分かった。指導してやる。

 

 但し、恋。これに関してはそもそも刀以外で出来るものなのかも怪しい。

 

 つまり、恋には絶対に出来ない可能性もある。それでもいいのか?」

 

「……ん。大丈夫。恋、強い」

 

恋の答えに迷いは見られなかった。

 

(凪と言い鶸と言い恋と言い……どうしてこうウチの将はかっこいいのかね……)

 

何も得られない可能性にも果敢にチャレンジしていく。

 

そんな精神には魅入られずにはいられない。

 

「だったら、恋。これから空き時間を作れたら声を掛けるようにする。

 

 簡単には会得出来ないだろうから、そこだけは覚悟しておいてくれ」

 

「……ん。ありがと、一刀」

 

 

 

こうして魏の最強の鉾が更なる凶器へと変貌を遂げようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なあ、一刀。私は一体どうすれば良いのだろう?」

 

とある日、調練を終えた後の休息時に不意に一刀に呟かれたその言葉に、一刀は凍り付いた。

 

何せ、これを呟いたのは春蘭だったのだから。

 

悩み事とは無縁そうな彼女のいつもの生き様を見ていれば、思わず熱を疑いたくなってしまう気持ちも分かってもらえると思う。

 

ただ、確かに春蘭の悩みは真剣なもので、結果的に茶化すような言動は意志を強くして戒めた。

 

「どうすれば、とは具体的にはどういうことなんだ、春蘭?

 

 目標が明確でないと答えられるものも答えられないぞ?」

 

「むぅ、確かにその通りだな。

 

 最近、というかずっとだが、恋にも一刀にもほとんど勝てんでは無いか!

 

 秋蘭も菖蒲も霞も強くなっていると言うのに、私は……」

 

「何を言うのかと思えば……春蘭もよくよく伸びているじゃないか」

 

思わず安堵と少しの呆れの混ざった溜め息が口を突いて出る。

 

一刀はその言葉通り、何も悩むことなど無いと思っていた。

 

「俺にも恋にも、全てに負けているわけじゃ無いだろ?

 

 全体の勝率も悪いものじゃ無い。むしろ良い部類じゃないか」

 

「だが、お前にも恋にもその日の初戦で当たっても勝てたことが無いではないか!!」

 

思わず春蘭は叫んでしまう。

 

それだけ春蘭は悔しさを募らせていたということでもあった。

 

「あ~……まあ、初戦は、な。

 

 俺も恋も、もう負けたくない相手というものを明確に抱いているし、万全の状態では易々とやられはしないさ」

 

確かに春蘭の実力は伸びている。が、それは周りも同じこと。

 

何より、元から実力の水準が高かった春蘭は、他に比べてその伸びを実感しにくいのかも知れない。

 

「ただな、春蘭。これだけは言っておく。

 

 春蘭の武は俺の武とは正反対とも言える武だ。

 

 それだけに、俺が春蘭の武を育て切るというのは不可能に近いと思っている。

 

 どんなことが切っ掛けになるかは分からない。だが、それさえあれば、一足飛びに俺を抜いていく可能性も高いんだぞ?」

 

「わ、私が、一刀を?

 

 い、いや!それはいくら私でも想像出来んぞ、一刀!」

 

「俺も想像出来ていないさ。”今は”、な。

 

 さっき言った切っ掛けってのも、きっと想像も付かないようなことが切っ掛けになるんだと思う。

 

 ああ、それともう一つ。皆の共通見解として”化け物”たる一人、孫堅についてだが。

 

 あれ、俺の予想では春蘭に近い部類の武の持ち主のはずだ。

 

 つまり、言い換えればあの高みにまで登り得るわけだ」

 

「な……な……」

 

春蘭が驚きで絶句するという珍しい場面。

 

それだけ一刀が言い切ったことにはインパクトがあった。

 

「か、一刀。それは――」

 

「一刀の言ったことは本当のことだと思うぞ、姉者」

 

春蘭の言葉を遮って秋蘭が援護の追認をする。

 

どうやら途中から話を聞いていて、口を挟むタイミングを図っていたようだった。

 

「しゅ、秋蘭!

 

 だが、そうは言っても、私には――」

 

「姉者、さっき一刀も言っていただろう?

 

 ここから飛躍的に伸びるか、それとも今まで通り少しずつしか伸びないかは姉者次第だ、と。

 

 まあ姉者が一刀に甘えたくなるのも分かるのだがな」

 

「あ、甘っ?!」

 

秋蘭の揶揄いで春蘭が顔を真っ赤に染め上げてしまう。

 

それを見て秋蘭は楽しそうにクスクスと笑っていた。

 

「相変わらずだなぁ、秋蘭」

 

「こうして焦る姉者は可愛いではないか。

 

 滅多に見れるものでは無いのだから、機会があれば積極的に狙っていくさ」

 

「うん、まあ可愛いのには同意するけどね」

 

「しゅ、秋蘭っ!!一刀っ!!」

 

それ以上は喋らせまいとして春蘭が叫び、二人の会話に割って入った。

 

そして一度深呼吸。まだ微かに赤い顔は気にせず、先ほどまでの話からの決意を宣言する。

 

「分かった。私は一刀を信じている。勿論、秋蘭もだ。

 

 だから、私は必ず、その切っ掛けとやらを掴んで見せる!

 

 すぐに一刀も越えてやるからな!覚悟しておけ!」

 

「ああ。楽しみにしているよ。

 

 大丈夫。春蘭なら出来るよ。保証する」

 

何せあの夏候惇なんだから。一刀は心中でこっそりと付け加えた。

 

猛将・夏候惇。その潜在能力は一刀を凌駕していても何も不思議は無いのだから。

 

「ふむ……一刀、私には姉者のように保証してくれないのか?

 

 少し寂しいものを感じるぞ?」

 

秋蘭が少し拗ねたような声でそう呼びかけて来る。どこか面白がる響きが混ざっていることは敢えて指摘しないことにした。

 

「秋蘭も強くなるよ。同じく保証するさ。

 

 ただ、ね。さすがに飛び道具には心得が無いものだから、春蘭以上に秋蘭には教えることが出来ないんだよ。

 

 そこはすまない」

 

「ふふ。いや、こちらこそすまない。

 

 少し一刀のことも揶揄ってみただけだ。

 

 だが、やはり一刀は冷静なままなのだな」

 

「まあ、ちょっとのことで心を乱してたら、俺の武の型じゃあ簡単に負けてしまうからな」

 

「ふむ。確かに、それもそうだな」

 

一刀の言に秋蘭はすぐに納得を示した。

 

そこで一旦会話に空白が出来る。

 

それを話題の転換点とした。

 

「ところで秋蘭。何か用事があったんじゃないのか?」

 

「おっと、そうだったな。

 

 近々三姉妹が帰って来ることは知っているよな?

 

 それに先立って、沙和から一刀に言伝が届いていてな。

 

 それを聞きに来るように、との華琳様からのお達しだ」

 

「なるほど。ならすぐにでも行った方がいいな。

 

 というわけで、春蘭、秋蘭。またな」

 

「ああ!また、その……よ、夜に……」

 

「ふふ。今日は私たちの日だ。忘れてくれるなよ?」

 

乙女っぽくはにかむ春蘭と蠱惑的に微笑む秋蘭に見送られ、一刀はその場から去って行った。

 

 

 

 

 

魏の古株にして武将の要、夏候姉妹。

 

春蘭の自己評価こそああだが、実際にはかなり力を伸ばしているのが事実。

 

そこから更に一歩、所謂化け物の領域に足を踏み入れられるかどうかは……

 

一刀の言う通り、彼女たちの頑張りと、何より”運”次第なのだろう。

 


 
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