No.845948

紙の月 7話 後編

こんな感じで細々と続けていきます

2016-05-04 12:57:33 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:403   閲覧ユーザー数:402

「オレがこの集団に入り始めた時も、フライシュハッカーに楯突いた奴がいたんだが、ちょうどこんな感じで他のセーヴァの前でそいつをいたぶるんだよ……」

「どうやって? まさか、超能力で?」

「見てれば分かるさ」

 その時のことを思い出したのか、ウォルターの顔はどこか怯えているようだった。

フライシュハッカーが両手を広げながら、双子たちに向かって言った。

「君たちにチャンスをやろう。もし、僕に少しでも傷を負わせることができたら、君たちを無罪放免にしてあげるよ」

 デーキスは耳を疑った。フライシュハッカーの宣言は、裏を返せば双子たちが何をやっても無傷でいられるという事だ。そこまで自分の超能力に自信があるのだろうか。

「馬鹿にしやがって……! 後悔させてやる!」

 双子の片割れが手をかざすと、フライシュハッカーの周りで無数の瓦礫の欠片が宙に浮きはじめる。

双子は共に念動力を持っている。一方は小さい物体を無数に操れ、もう一方は巨大な物体を動かせる。

「少しでもお前に傷をつけたら僕たちの勝ちなんだろ? これだけの数をお前に防げるか!」

 

 四方八方から大小様々な物体がフライシュハッカーに襲いかかる。だが、彼はただその場に突っ立ったままで、全く避ける意志が感じられない。

「貧弱だな」

 フライシュハッカーはポツリと呟くと、彼に襲いかかった様々な物体が尽く弾け飛んだ。

「彼も念動力が使えるの?」

 周囲からの攻撃を物ともしない念動力。フライシュハッカーの余裕はこの能力のせいか。

「いや、あの程度の力、フライシュハッカーにとっては超能力を使った内にも入らねえよ」

 ウォルターが言った。この意味をデーキスは知ることになる。

「クラウト! お前もやってくれ! 二人でこいつに一泡吹かせてやる!」

 先ほど超能力を使った双子の片割れ、カフが叫んだ。

すると、カフは超能力で自分の目の前に物体を集めていく。その塊を、今度はクラウトが念動力で持ち上げた。

双子が動かしたのは岩のような大きい塊だった。デーキスも双子が念動力で物体を動かしてるのを見たが、その時はこぶし大ほどの大きさまでだった。流石にこれ程の大きさの物体をぶつけられたら、流石にデーキスの能力では防ぐことは出来ないだろう。

それどころか、こんな物をぶつけられたら大怪我どころでは済まない。双子は本気でフライシュハッカーを殺すつもりだ!

「お前の超能力、こんな大きい物体を防ぐことは出来ないだろう!」

「やれ、クラウト! そいつをやれば、僕達がセーヴァのリーダーだ!」

 双子の本気にフライシュハッカーは顔色一つ変えることなく、佇んでいる。その頭上に、クラウトは瓦礫の塊を飛ばした。重力に引かれ、質量の塊がフライシュハッカーに向かって落ちる。

 潰されるフライシュハッカーの姿を想像して、デーキスは思わず目を閉じる。目を閉じた後で、耳をつんざくような轟音が響いた。何が起きたのかとデーキスは恐る恐る目を開けた。

 そこには何事もなかったかのようにフライシュハッカーが立っていた。先ほど彼に向かって落下した瓦礫の塊の姿は影も形もない。一瞬にして消えてしまったのだ。

「僕の能力が念動力だって? それはちょっと違うな……」

 フライシュハッカーは腕を双子たちに向けると、指先で弾くマネをした。

 すると、カフが突然何かに頭を撃ち抜かれたように吹っ飛んだ。

「カフ!?」

「この程度の力、僕にとっては能力の一片に過ぎない」

 もう一度、フライシュハッカーが指を弾く。クラウトも同じように吹き飛ばされる。双子は立ち上がることも出来ず、うめき声を上げて地面に這いつくばる。

「さて、見せてやろうか。僕の本当の能力を」

 フライシュハッカーが目を閉じる。すると、彼の周囲の空間が光りだした。よく見ると、小さな砂粒のようなものが彼の周りに浮いている。

「やばい! デーキス下がれ、巻き込まれて死ぬぞ!」

 何もわからぬデーキスをウォルターが引きずって、フライシュハッカーから距離を取る。周りのセーヴァたちも慌てて逃げ出している。

「何なのあれ!?」

「あれがフライシュハッカーの能力だよ。さっきまでのやつは本気じゃなかったんだ。巻き添え食らいたくなかったら隠れろ!」

 フライシュハッカーたちから大きく距離を取り、二人は近くの物陰に隠れた。

「消えろ!」

 フライシュハッカーが叫ぶと、目もくらむほどの光が辺りを包んだ。突然の強い光にデーキスは再び目を閉じた。

 気が付くと、フライシュハッカーが変わらぬ姿で立っていた。先ほど舞っていた粒子も消えて、何事もなかったかのように見えた。

 ただ、彼の目の前の地面が、まるで巨大な爆弾でも落ちたように大きくえぐり取られていた。

「あれ、あの双子たちは……まさか……?」

 大きくえぐれた穴を目で追うと、まだ地面を這いつくばっている双子の姿があった。その双子のほんの目の前まで、地面がえぐり取られているのだ。

「ふん、お前たちなんか殺す程の価値もない」

 フライシュハッカーは振り返ると、そのままほら貝塔へ向かって歩き出した。

「これで僕の力が分かっただろう? 二度と僕を欺こうと考えないことだな。誰か、奴らをこの塔の地下に閉じ込めておけ」

 後それから、とフライシュハッカーは付け足した。

「大事な話がある。デーキス、ウォルターと言う名前のやつは僕の所に来い。以上で今回の集会は終わりだ」

 そう言って、フライシュハッカーはほら貝塔の中に入っていった。デーキスは、自分の名前が呼ばれた理由が分からず、暫くの間、立ちすくんでいた。

 

 

「やあ、デーキスとウォルターか、よく来てくれた」

 二人はほら貝塔にあるフライシュハッカーの部屋に来ていた。部屋の中では彼が一人、元々あったのであろう壊れかけたソファーに凭れて座って待っていた。 先ほどのニコという子やブルメといった、彼が常に率いているセーヴァの姿は見えない。

 この部屋は恐らく、元は水族館であるほら貝塔の経営者が使っていた部屋なのだろう。他の個室よりも内装が豪華で、割れずに残った窓の向こうには太陽都市が見える。

「オレたちに何の用があるんだ? あいつらと違ってオレたちは何もしてねーぞ」

 ウォルターがフライシュハッカーに呼ばれた理由を問いただすが、先ほどの公開処刑の直後のせいか、声が少し弱々しい。

「ああ、そんな緊張しないでくれ。別に君たちに何かあるわけじゃないんだ。むしろ、君たちには頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」

「実は太陽都市にいるアンチの連中から渡される食料の数が少なくなっていてね。このままだと、足りなくなってしまいそうなんだ。そこで、君たちにある事を頼みたいんだ」

 フライシュハッカーは立ち上がると、デーキス達に近づいてきた。

「君たちは太陽都市から自力で外に逃げてきたんだ。その時、太陽都市の工場区域も通ったはずだ」

 太陽都市の工場区域、そこは太陽都市の生活に欠かせないものが、ロボットによって生産されている。当然、そこには食料になるものも作っている。

「そこに侵入して、食料を奪ってきて欲しいんだよ。ニコに視て貰ったけど、君は実際に工場の中にも入ったことがあるみたいだからね」

 フライシュハッカーがデーキスの方を見て言った。

「そ、そんなの無理です。ここからまた都市の中に入る方法なんて知らないし、それにボクが入ったのは……」

 デーキスが入ったことがあるのは都市のゴミを集めて外に放棄するゴミ捨て工場だ。それを言おうとした時に、フライシュハッカーの顔を見たデーキスはある事に気づいた。

「うわぁ!!」

 フライシュハッカーに対してデーキスは常々、ある違和感を感じていた、その理由が今分かった。

「いきなりどうした? ボクの顔を見て悲鳴を上げるなんて……もしかしてこの目かな? 君はまだここに来たばかりだから知らなくても無理はないか」

 セーヴァの瞳は虹色になることはデーキスも知っていた。だが、フライシュハッカーの目はそんな物ではなかった。彼の両目には瞳が存在せず、虹色の空間が広がっていた。

「め、目が……目が見えないんですか……?」

「一〇年位前から自然とこうなったけど、別に目は見えるし困ったことはないよ。僕はセーヴァになって長いからね。セーヴァは年を経る程、超能力が強くなるんだ。多分、その影響で体内の『クオリア』が他のセーヴァより反応して、こんな風になったんじゃないかな?」

「セーヴァになって長いってどれくらい……?」

「都市国家と政府の戦争があった頃だから、もう六〇年くらいかな……?」

「六〇年!?」

 デーキスは驚いた。フライシュハッカーは少なくとも十二、四歳くらいに見えるが、彼自身が言うにはセーヴァになって六〇年だという。それが本当なら、彼は一体何歳なのだろうか。

「知らないだろうけど、セーヴァは『年を取らない』んだ。超能力に目覚めた時から、肉体の成長が止まる。だから、何時までも子どもの姿のままなのさ」

 その話が本当であればデーキスもウォルターも、今後一生子どもの姿のままというわけだ。そして、フライシュハッカーの様に虹色の、あの虚ろな目になってしまうのだろう。果たしてそれは、人間といえるのだろうか?

「僕の親友のニコはまだ瞳があるけど、僕は特別他のセーヴァよりも強い力を持っているから……その力も関係してるかもね」

 フライシュハッカーの力、双子をふっ飛ばしたあの念動力みたいな能力のことだろう。だが、それとは別で彼にはもう一つ力があるようだった。最後に見せたあの光の事だ。

「君……じゃなくて、あなたの能力は一体何? 身体が光ったと思ったら、目の前の地面がえぐれていたあの能力は……?」

「僕の能力は『どんな物体も、どんな力も無力化する』エネルギー波を出すことだ」

 フライシュハッカーが人差し指を上げる。

「簡単な算数みたいなものさ。一の力に対し、マイナスの一をぶつければゼロになる。僕の力は相手の一に対して、マイナスの一を当ててゼロにするんだ。それが、あの光の正体さ。あの光に当たると、どんな物体でもゼロになって消滅する。粒子に分解されるんだ」

 地面がえぐれたのは彼の超能力で消滅されてしまったのだ。もし彼が止めなければ、あの双子も、影も形もなく消されていたのだろう。

それが本当であれば、彼の能力は無敵という事になる。何故彼がセーヴァの集団を率いていられるのかが分かった。

「最初に双子に使った能力は? まさか複数の能力を持ってるなんて……」

「いや、あれは能力の応用だよ。マイナスに働くエネルギー波を周囲に流せば身を守る盾になるし、集めて飛ばせば物体にマイナスに働いて破壊できる。あれでもあいつらには手加減をしていたんだけどね……それで、本題に戻るけど……」

 フライシュハッカーは思い出した様に言った。デーキスたちが呼ばれたのは、太陽都市に潜入して食料を奪ってくるという事だった。

「ええと、申し訳ないですが、僕たちだけじゃあとても……」

「やってくれないか? 君たちにしか出来ないことなんだ……潜入任務だからどうしても大勢は送れないけど、何だったらあと一人か二人一緒に連れていってもいい」

 フライシュハッカーが顔を近づける。彼の虹色の目の威圧感で、デーキスは思わず後ずさりした。

「それに、無事に食料を奪ってきたら、その中から幾つか君たちの物にしてもいい」

「何? くれるのか? じゃあ、やるぜ!」

 話を聞いたウォルターが即答した。

「ウォルター! そんな危険なことするのボク嫌だよ!」

「馬鹿、お前分かってんのか? 手に入れた食料の余った分はハルの所で別の物と交換できるはずだ。お前にだって悪い話じゃないだろ? あのブルメにプレゼントも出来るぜ?」

 ウォルターがデーキスの頭を掴むとフライシュハッカーに聞こえないように囁く。

 彼の言葉を聞いてデーキスは思案した。ハルの所で見つけた月の置物。あれをプレゼントすれば、あの子が振り向いてくれるかもしれない。

「……でも、あんな怖い目に会うのはもう……」

 セーヴァだということで追われ、殺されかけたあの恐怖はまだ消えていなかった。

「わがまま言いやがって! フライシュハッカー、ちょっと外で相談してくるから、他のやつには頼まないでおいてくれ」

「君たちこそ、この事は外には言いふらすなよ。みんな動揺するからな。それじゃあ、良い返事を待ってるよ」

 デーキスはウォルターに引きずられて、その場を後にした。

「……ふん、生意気なガキどもが。セーヴァといえど、頭の中はそこら辺の子どもと変わらないってことか……」

 不愉快そうにフライシュハッカーは吐き捨てた。外見こそ子どもだが、中身は大人のそれと変わらない。

「焦る必要はない……ようやくここまで来たんだ。奴らが断っても、他のやつらがいる……あの双子でも使おうか?」

 フライシュハッカーは一人考える。ある目的を達成するために下準備をしなければならない。それが太陽都市の工場区域から食料を奪う本当の理由だ。

「アンチの奴らと通じていたことを許すように言えば、あいつらも必死でやってくれるかもな。ああそうだ、ニコに他の内通してるセーヴァがいるか、調べてもらわないとな……アンチの奴ら、仲間同士で争いなぞ始めて……所詮、奴らも自分の事しか考えてないということか」

 彼は一応、アンチの一員として都市国家への抵抗活動を行っているが、あくまでアンチの連中を利用してるだけでしかなかった。都市国家を滅ぼして再び政府が人を支配する世界を作るのがアンチの目的だが、フライシュハッカーには全く別の、彼だけの野望があった。

「アンチも、都市国家の連中も、政府領の連中も……セーヴァでない人間は全て滅びるべきだ。この世界の支配者は、人類の進化である僕らセーヴァだ」

 フライシュハッカーは窓の外に顔を向けた。その先にはアンチと、都市国家を支配する政治家達の欲望と野心が渦巻く太陽都市があった。

 


 
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