No.764697

紙の月4話 太陽の帝王 後編

太陽都市の帝王、この世で最も邪悪な人間

2015-03-15 20:44:04 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:366   閲覧ユーザー数:366

 国と都市の間で戦争が行われていた頃、太陽都市の執政官の家にホースラバーは生まれた。彼は生まれつき、正しいことをしようという妄想に囚われていた。そのため子供だった頃から、彼は嘘や欺瞞を嫌い他人の言う事を真に受け、頼み事や命令を殆ど断らなかったため、周りの人間はそんな彼を都合よく使い、陰でホースラバーの事を馬鹿にしていた。

 ある時、彼はほんの偶然から、父親に愛人がいることを知った。最初はショックを受けたホースラバーだったが、ある考えが生まれるとすぐに立ち直った。

「きっと、父親もこんな後ろめたい事は心では望んでいない。何とかしてやめさせなければ……」

 そこで彼は、この事を母親に伝えて父親の浮気をやめさせようとした。母親なら夫である父親のために何か力を貸してくれると浅はかな彼は思ったのだ。その結果、両親は離婚し、彼は母親に引き取られることとなった。

 元々、両親の仲は冷え切っており、別れる理由もなく惰性で一緒にいたようなものだった。そこにホースラバーが別れる理由を見つけてきたのだ。父親も殆ど弁解することなく、離婚を承諾し、離婚調停は滞り無く行われた。

 この出来事にホースラバーは大きなショックを受けた。自分の行いで他者を不幸にしてしまったこと。嘘や欺瞞を排し正しい行いをすれば、物事は良くなるという彼の妄想が否定されたこと。その結果、彼は常に罪悪感と自分自身への不信感に悩まされる事となった。

最も、彼の両親の仲は冷え切っており、別れる理由もなく惰性で一緒にいたようなものだった。そこにホースラバーが別れる理由を見つけてきたのだ。

 母親に引き取られたホースラバーは罪悪感と不信感で心を徐々に蝕まれながら、都市の大学へと進んだ。大学では政治と哲学に没頭していたホースラバーはその大学で、あるものに出会った。

 それは、学生の間で広がっていた社会運動だった。戦争で都合よく市民たちを操るため、執政官などの都市の権力者たちは市民たちに真実を隠し、偽りの情報を吹き込もうとしている。故に自分たちはその隠された真実を明かさなければならないという、新興宗教にも似た運動だった。

 正しいことを愛するホースラバーがこの運動に参加しないはずがなかった。真っ先に参加した彼は、学業を疎かにしてまでこの運動を続け、過去の記録や歴史など、隠されたという真実の情報を探し続けた。

 ところが、ホースラバーが見つけてくる情報は、必ずしも運動を行っている学生たちにとって有益になるものではなかったのだ。彼らの言う『真実』とは、彼らの行いを肯定するような物を言い、有益にならない物は『偽り』でしかなかったのだ。

 さらに彼らの都合のいい理想論に対し、純粋な疑問や反論をするホースラバーは、運動を行う学生たちにとっては邪魔な存在以外の何者でもなかった。その結果、彼は同志を混乱させる不信者として告発され、集団から『破門』された。

 この二つの出来事で、ついに彼は心を病み自分で何かを成すということを諦めた。その後、大学を卒業した彼は執政官の秘書の仕事をするようになり、アンユーマと出会うこととなる。

 

 アンユーマの命令を終わらせたホースラバーは、全身を投げ出して椅子にもたれかかっていた。自分で直接手を下すわけではないが、命令で一一人の命を奪うことは彼の精神を苛ませるのだ。

彼に命令したアンユーマなら、恐らく直接自分で人を殺めても何ら罪悪感はないのだろう。あの男は自分の利益になることならば、一切の躊躇をしない。長年秘書を務めてきたホースラバーだけが、アンユーマという男がどういう存在なのかを知っているのだ。

アンユーマは邪悪な人間だ。良心や道徳というものを心から軽蔑し、恐ろしいまでに利己的で、そのためなら手段を問わない。

だが一方で、人間というものがどれほど自分勝手で、自分の利益になるものにしか興味のないことを理解している。それがアンユーマという男なのだ。だからこそ、太陽都市の支配者になれたのだろう。

真実や良心というものがいかに無力で役に立たないものか、ホースラバーは身を持って知っている。自分を秘書にしたのもそれが理由だからなのだろう。そこを少し揺るがすだけで言う事を聞く扱いやすい存在。ホースラバーの事はその程度にしか見てないのだろう。そしてまさしく、その通りなのだ。

ホースラバーはある物を身につけた。それは『電子ドラッグ』と呼ばれる、視覚と聴覚に働きかけて脳に快楽を与える装置だ。ホースラバーは大学の頃からこの装置の世話になっている。薬物とは違い快楽を得るために長時間かかる上、使用している間は完全に無防備となる。その代わり、依存性も少なく、使用時間さえ決めておけば支障をきたすことはない。精神を病んだ彼の唯一の心よりどころなのだ。

装置を起動して、彼は目を閉じる。装置が作動する音が聞こえ始める。ふと、アンユーマの言っていた言葉を思い出した。

我々は『都市の市民たちの安全を保証している』。なるほど、もっともらしい理由じゃないか。ならば、セーヴァの子どもたちは? 一方的に奪われる彼らの命は、一体『誰が保証してくれる』のだ?

 目の前に虹色の空間が現れる。続いて音の洪水。ホースラバーの小さな疑問は、電子ドラッグの快楽の波に流れて消えていった。

 


 
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