No.702321

紙の月1話 僕らはみんな紙の月 2/2

フィリップ・K・ディックの『まだ、人間じゃない』から思いついた作品。
続編を予定しています

2014-07-20 22:04:14 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:433   閲覧ユーザー数:431

 不安に耐え切れなくなったデーキスは、我慢できずに窓を覗きこんだ。外には大きな生産工場群が、等間隔に並んでいる。建物には窓が一切ついておらず、無機質な四角い箱のように見える。人の姿は見えない。ここはあくまで、居住区域の人々が使う日用品や食品を作るためだけの施設で、全てロボットが管理している。だから、この区域にはロボットしかいない。そう、デーキスは学校で習った。

 思い出すと、デーキスは居住区域の外がどうなっているか見たことがなかった。当然、都市の外のことも……。

 デーキスがそう思い始めた頃、工場の影から不気味に発光する物が現れ始めた。治安維持部隊のパトロールカーだ。

「くそ! ここまで来て……」

 デーキスは顔が窓に押し付けられるような力を受けた。車の前方に治安維持部隊のランプが見えたのだ。急いで左に回り、別の道へと逃げる。

 だが、それが相手の目的だった。デーキスたちは自分たちが誘導されていることに気付かなかった。左、右、左とパトロールカーを避けて進んでいたが、大きな道に出た瞬間、治安維持部隊の車が取り囲むように止まっていた。

「ああ……そんな……こんな事……」

 父親はようやく自分たちが誘導されていたことに気づき、車を止めてしまった。そのまま、ハンドルにもたれるように顔を伏せた。母親は既に泣きじゃくり、とても話ができそうになかった。

「そのままゆっくりと車から出ろ。抵抗しなければこちらも攻撃しない」

 拡声器で勧告する治安維持部隊の声に従い、父親が外に出た。それに遅れて母親も車の外へと出る。

 デーキスは車の中で震えていた。今までに感じたことのない絶望と恐怖が、デーキスの頭のなかを駆けまわっていた。しかし、不思議なことに涙は出ていなかった。

 バッとデーキスが座っている席のドアが開かれ、思わずデーキスは眼を閉じた。

「怖がらなくていい、だから車から降りなさい」

 静かだが、有無を言わせぬ声に、デーキスはただただ従うように車から降りた。体の震えは止まらず、眼も閉じたままなので、降りる途中で荷物に足を引っ掛けたり、頭をぶつけたりしながら、多くの時間をかけてようやく舗装された道の上に立った。

 眼を開けると、沢山のライトが自分に当てられていた。その向こうから黒い影が二つ近づいて来た。それは、治安維持部隊の隊員二人で、一人はある物を持っていた。それをデーキスは見たことがあった。隊員たちはデーキスの眼を覗きこんで言った。

「やはり、セーヴァか。我々は今から君に手錠を掛け、更正施設へと連行する。もし、反抗すればその時は更正不可能とみなし、この銃で君を撃つ。分かったな?」

 デーキスは頷いた隊員の更正施設という言葉に、今すぐ死ぬわけでない事がわかり、安心したのだ。ただ、今までそのような物があるとは学校の先生も話してはいなかった。

 デーキスの両腕に手錠がかけられる。手先から腕の半分までを覆って完全に両腕を封じられる作りになっている。

「さあ、こっちへ来るんだ。落ち着いて、ゆっくり歩くんだ」

 言われるまま、デーキスは前後を隊員二人に挟まれた状態で歩く。デーキスは更生施設に行ったら、しばらく父親と母親に会えなくなる事を、呆然と考えながら歩いた。

「頼む、私の子を連れて行かないでくれ!」

 父親の叫び声が聞こえた。振り向くと、隊員に後ろか拘束された両親が、必死にもがいていた。

「更生施設だって? そんなのは嘘だ! 知ってるんだぞ、あのトラックにセーヴァを乗せた後、ガスを使って……」

 叫ぶ父親を、隊員の一人が殴りつけた。それを見た母親が泣きながら叫ぶ。

「デーキス! 私達の息子! その子を連れて行かないで!」

「早く連れて行け!」

 隊員の一人がデーキスを連れた二人に命令する。後ろの一人がデーキスを押して急かすが、逆にデーキスの足が止まった。

「おい、どうした? 早く歩け」

「僕は、セーヴァじゃない」

 デーキスはポツリと言った。

「嘘をつくな。虹色に変わる瞳がその証拠だ。それに、空を見上げてみろ。セーヴァは月から出る特別な波長を色で見る事ができるらしい。お前の虹色の瞳には、あの月が緑青色に見えるんだってな」

 隊員の一人が、空を指さしながら言った。

「でも僕はセーヴァになるような悪いやつなんかじゃないよ。今までパパとママの言う事をちゃんと聞いていたし、テストの点数だって……」

「いい加減、歩け! セーヴァになった奴は、いずれ犯罪を犯すんだ! だからとっとと捕まえて駆除しなきゃ……」

「おい、馬鹿……!」

 隊員は自分が口を滑らしてしまった事に気づいたが、既に手遅れだった。隊員の言葉で、デーキスは自分が殺されてしまう事に気づいてしまったのだ。

「嫌だ……そんなの……」

 デーキス先ほどの絶望と恐怖が甦る。ただそれは、車の中で震えていた時のような永続的に感じるものではなく、偽りで抑えこまれ、行き場を失っていた感情の爆発となって。

「いやだあああぁぁぁ!!」

 デーキスの視界が真っ白になるほどの激しい感情が、雷鳴のような叫びとなって発散された。

 ほんの一瞬の出来事だった。デーキスが気づいた時には、自分の前後にいた隊員は倒れていて、付けられていた枷が黒い煙を出しながら腕から外れ、足元に転がり落ちた。

「あのガキ、超能力を使ったぞ!」

「既に能力に目覚めていたのか!?」

 周りの隊員たちが騒ぎ出す。デーキスはまだ状況を理解しておらず、呆然と足元の枷や倒れた隊員を見下ろしていた。

「能力の発現したセーヴァは殺せ!」

 デーキスが状況を理解した時には、隊員が一斉に銃を向けていた。

「何をする!」

 その時、隊員たちの意識がデーキスに向けられた隙に、デーキスの父親と母親が一人の隊員から銃を奪い、隊員たちに向けて乱射する。思わぬ出来事に隊員たちに混乱が生じる。

「デーキス逃げろ! 逃げるんだ!」

 父親の必死の叫びを聞き、デーキスは近くの路地へと逃げ込んだ。

 工場域はまるで迷路のようだった。デーキスは都市の外への出口を探して、出来る限り狭い道を走り回っていた。恐らく父親と母親は既に捕まっているだろう。自分を探す治安維持部隊の数が増えているのだ。

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。自分はかつて見たあの悪ガキと同じくらい悪い子だったのだろうか。だからセーヴァになんかなってしまったのだろうか。デーキスは自己嫌悪のあまり泣きながら、工場域を彷徨った。

 そして、自分が使った超能力。デーキスはあまり覚えてないが、何かが自分の体から出ていたのは感覚として覚えていた。そして、その何かが二人の隊員を襲ったことも。

 デーキスは二人の隊員が死んでないことを祈った。あの二人が死んでしまったら、それこそ自分がセーヴァに鳴ってしまった事を認めなくてはならないと思ったからだ。そんな事を考えていたため、デーキスは確認もせずに建物の角を曲がった。

「あっ!」

 曲がった先に一人の治安維持部隊の隊員を見つけ、思わず声を出してしまった。相手もその声に気づき、デーキスを確認するなり銃を向ける。

「見つけたぞ!」

 急いで建物の影に隠れると、自分がいた辺りに何発もの銃弾が打ち込まれた。相手は本当に自分を殺すつもりだと、デーキスは直感した。

「ガキを見つけた! 応援をよこせ! 場所は……」

 このまま逃げたのでは殺されてしまうと思ったデーキスは、自分のすぐ脇に工場内への扉を見つけると、急いでその中へと飛び込んだ。

 工場の中ならば隠れる場所があるかもしれない。そこで一旦やり過ごそうと思ったのだ。どこか隠れられる場所はないかと、デーキスは工場の中を駆けまわった。

 工場の中はまるで別世界のようだった。設備の稼働する音がそこかしらから聞こえるが、それ以外には自分の足音くらいで、人の気配が全く感じられなかった。奥に行くと、デーキスは大きな部屋へと出た。

 その部屋は吹き抜けになっており、下の方では色んな物が渦のように回っていた。どうやらここは、都市の廃棄工場のようだ。デーキスがいるのはその部屋の連絡路だが、手すりのようなものは見当たらず足を滑らせれば、ゴミの海へと真っ逆さまに落ちてしまうだろう。元々、人が入ることは殆ど無いため、形だけの物として設けられたのだろう。

 ここでは隠れられそうもないため、デーキスは仕方なく連絡路を渡って別の部屋へと向かう。

「見つけたぞ!」

 連絡路を半分ほど渡った所で、治安維持部隊が追い付いてきた。身を隠せる場所がなく、このままでは狙い撃ちにされてしまう。

「あっ!」

 急いで渡ろうとするが、デーキスの左肩を銃弾が掠めた。その拍子に、驚いて体勢を崩したデーキスは、自分の体が下に引っ張られるのを感じた。

「あああああ!!」

 デーキスは絶叫しながらゴミの海へと落ちていった。

 そこでデーキスの記憶は途切れていた。気づいた時には都市の外へと出ていたのだが、どうやらあそこの廃棄工場は都市のゴミを直接外へ放棄していたらしい。そして、デーキスが落ちたゴミの海は都市の食料品や残飯で、それらがクッションの代わりをしたため、デーキスはほとんど無傷で都市の外へと出ることができた。

 だが、都市の外へ出たところでデーキスは、この瓦礫とゴミに埋もれた都市の外側から離れられずにいる。

一番近い他の都市でも行くには何日もかかる上、行った所で入る方法がない。まして、都市国家間では、セーヴァを駆除する法律があるため決して安全ではない。

恐らく一番いいのは政府の統治域へと行くことだが、それこそ何時着くかわからないため、それ相当の準備をしなければならない。都市の外側ではその準備すら難しいだろう。そのために、デーキスはこの都市の外側での生活を余儀なくされることとなった。

「こんな夜中にどうしたんだ、デーキス」

 デーキスが声の聞こえた方へ振り向くと、デーキスと同い年くらいの少年が立っていた。

「なんでもないよ。ちょっとした散歩さ。ウォルターの方こそどうしたの?」

「俺も同じだよ。こいつでちょっと散歩だよ」

 ウォルターと呼ばれた少年はそう言って、手に持っていたエアーボードを見せた。空気の力で推力を生み出し、空中をサーフィンするかのように飛び回ることができるという代物だ。デーキスもテレビで見たことがある。都市の中で生活していた頃の話だ。

「お前、まだ能力もまともに使えないんだろ? なのに、一人で勝手に動き回ると何が合っても知らないぜ。せっかく助けた俺様の身にもなれよ」

 馴れ馴れしく話しかけるウォルターという少年は、彼が言うようにゴミとともに都市の外側に放棄されたデーキスを見つけた張本人だった。彼に助けられたデーキスは目が覚めた後、都市の外側とウォルターが何故、都市の外側にいるのかについて説明を受けた。

 その結果、デーキスはこの都市の外側に、ウォルターを含めたセーヴァの集団が存在していた事を知った。彼らはデーキスと同じように、それぞれの方法で都市から逃げ出したセーヴァの集まりで、都市から都市へ移動して仲間を集め、デーキスのいる太陽都市へとやってきたらしい。

デーキスもセーヴァという事ではんば強制的にセーヴァの集団の一員となった。そのため、今ではウォルターや他のセーヴァたちと共に生活をしている。

ちなみにウォルターも元々、太陽都市で生活していたようだ。ただ、彼は周りに気づかれる前に自分の脳力に気づき、その力で都市から逃げてこれたと、デーキスは聞いた。

「俺もこの集団に入ったばかりだが、お前より先輩で命の恩人なんだから、俺の命令は絶対聞けよ」

 それがウォルターの口癖だった。それでも、都市の外側での生活について色々教えてくれるため、デーキスにとってウォルターは良き兄貴分であった。

 だが、都市での生活が数日たってもデーキスはこの生活に慣れなかった。というのは今まで都市の中での生活と異なっていただけではなく、未だにセーヴァになってしまった自分を認めることが出来なかったのだ。そのため、自ら話しかけてくるウォルター以外には、他のセーヴァたちと話たりすることは殆どなかった。

 そして今夜、ウォルターと二人っきりで都市の外側を彷徨っている。

「おい、何か面白い建物があるぜ」

 ウォルターが指を指した方を見ると、瓦礫とゴミに埋もれるように、ケバケバしい装飾の施された建物が辛うじて原型を留めて存在していた。

 都市の外側にある廃墟は、政府と都市が戦争する前に存在していた建物の成れの果てだ。今では顧みられることもなく、やがてその痕跡すら消えてしまうだろう。都市の人々はこうして、都市の外の世界のことを忘れ、都市の中だけを唯一の世界にしてしまうのだ。デーキスも、こうして外の世界に来ることがなければ、間違いなくそのような人間になっていたはずだ。

「早く来いよ! まだ使えるものがあるかもしれないぜ!」

 気づくとウォルターは建物に駆け寄っていて、デーキスに向かって手を降っていた。その後を追うようにデーキスも、建物に向かってかけ出した。

「ここは何の建物だったんだろうな」

「店とかだったら、まだ食える非常食や保存食が残ってればいいな」

「いいもの見つけたら俺によこせよ? 俺はお前の先輩だからな!」

 一人で話し続けるウォルターを尻目に、デーキスは暗い廃墟の中を進んでいた。瓦礫やゴミ、汚水の水たまりが辺りに転々とあり、足元に注意しながら進んでいくのが精一杯だった。

 奥に進んでいくと、広い空間に出た。多くの椅子と椅子だったものが列をなして並んでおり、その先には広々とした舞台があった。

「ここは昔、劇場だったみたいだな。これじゃあ、食い物は残ってるのは期待できないな」

 デーキスの横でウォルターは大きなため息を付いた。落胆するウォルターだったが、デーキスは舞台の上に何かがぼんやりと浮かび上がっているのを見た。気になったデーキスはそれが何なのかを確認するため、舞台に向かっていった。

「どうしたんだ? 早く戻ろうぜ」

 既にウォルターはこの建物への興味を失っていたが、デーキスは片時も忘れて倒れた椅子や瓦礫を飛び越えながら、舞台へと上がっていった。

 デーキスが見つけたのは舞台の壁にかかっていた、木製の月の飾り物だった。多少色褪せてはいるものの、原型を留めたまま残っていたのだ。

「こりゃああれだな。『ペーパームーン』って奴だな」

 デーキスが後ろを振り向くと、いつの間についてきたのかウォルターが舞台の上に上がっていた。

「ペーパームーン?」

「戦争が起こるよりも昔に、人は月に行っていたんだよ。でも、行けるのは選ばれたごく一部の人間だけで、普通の人は行くことは出来なかったんだ。だから、こんな月の飾り物を作って、月に行った気分になってたんだと」

 人が月に行った話はデーキスも学校で習ったことがある。結局は莫大な費用がかかるために、月に行くことはなくなってしまったのだ。デーキスは再びペーパームーンと呼ばれる物を見た。

 暗闇の中で浮かび上がる黄色い月。デーキスにとって見覚えのある月がそこにあった。あらゆる物が変わってしまったデーキスにとって、この変化のない偽物の月は彼の心を癒やした。

「ん、デーキスどうした? 」

「何でもないよ。眼に埃が入っただけさ……」

 デーキスは目元を拭った。もう大丈夫だ。きっと、パパやママにも会える。心が自然と前向きになる。

「そろそろ戻ろうよウォルター。僕、眠くなってきたよ」

 今度からはあの廃墟の中でもぐっすり眠れるはずだ、とデーキスは思った。

 


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