No.675177

忍法構え太刀

抜け忍となった少年忍者。迫り来る追手との忍術勝負。忍者時代劇小説

2014-03-31 19:14:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:352   閲覧ユーザー数:352

 

忍法構え太刀

 

 森の中を一つの影が走って行く。ある時は木と木の間を縫うように、時には木から木へ飛び移る様に、一瞬も止まることなく縦横無尽に駆け回る。その影に向かって、突然、木の上から手裏剣が飛んできた。影はそれを難なくはじき落とすと、近くの茂みの中へ飛び込んだ。

 影が茂みの中へ姿を消した後、暫く静寂が続いたが、手裏剣の飛んできた木の上から、男が一人飛び降りてきた。全身を茶色の忍び装束に身を包んでおり、鋭い眼光を茂みに向けていた。

「隠れても無駄だ。観念して姿を現わせ。」

 男は茂みに向かって言い放つが、そこから言葉は帰ってこない。

「出て来ないなら、力ずくで引きずり出すだけだ。」

 そう言うと、男は懐から取り出した数枚の手裏剣を、茂みに向かって投げつける。すると、茂みの中から出てきたのは、全身に手裏剣が刺さった狐だった。

「替わり身か!」

男が叫んだのとほぼ同時に、背後から石が飛んできた。石に気付いた男は、苦無を取り出してはじき落とす。だが、次は左から、今度は右からと、四方八方から次々と石が飛んでくる。

「くっ、忍法天狗礫(てんぐつぶて)か!」

男が飛んでくる石をはじき落としていると、石(いし)礫(つぶて)が止み、笑い声が辺りにこだました。

「うふふ、忍者の頭領、服部半蔵ともあろう者がざまあないね」

「黙れ三吉。こんな子供だましで勝ったつもりか。そこにいるのは分かっているぞ。」

 半蔵が近くの木を睨みつけると、その後ろから少年が顔を出した。この年端もいかない少年が、森の中を走っていた影の正体だったようだ。

「三吉、何故里を抜け出した。抜け忍はどのような理由があろうとも、抹殺する掟だと分かっているはずだ。」

「ふん、おいらはその掟って奴にうんざりしたんだよ。おいらはもっと自由に生きるんだ!」

 三吉は言い終えると同時に、隠し持っていた手裏剣を投げつけるが、半蔵はそれをいとも容易く手で受け止めてしまった。

「ふん、追手という追手を返り討ちにしたと聞いて、この俺が出張ったが、この程度とは興ざめだな。」

「くっ…」

 忍者同士の戦いというのは、何カ月も均衡したと思えば、たった一度の攻撃で全てが決まるものであり、相手に攻撃を許す事は忍者にとって死を意味する。にも関わらず半蔵が三吉に二度も攻撃を許しているのは、格下の、しかも子供である三吉に負けるはずがないという自信からである。

 ここで、忍法天狗礫について説明しよう。本来、天狗礫とは、山の中で何処からともなく石が降る音が聞こえる事である。三吉の使った天狗礫とは、投げた石を周りの障害物に反射させて角度を変え、四方八方から石をぶつけるという術なのだ。本来この術は、四方八方から石を飛ばすことで、相手にこちらが多人数でいると錯覚させる術であり、相手を攻撃するための術ではない。

 三吉がこの術を半蔵に使ったのは、半蔵を動揺させ、隙を作るのが目的だったのだが、半蔵は一瞬で見破ってしまったので、この術は失敗したという事である。

「考えろ…あの半蔵を出し抜く方法を。さもなければ、おいらはここで終わりなんだ…」

 忍者が敵と戦う時、確実に相手の息の根を止めるか、完全に逃げ切るかのどちらかしかない。だが、三吉の身体能力では半蔵相手に逃げ切るのは不可能だろう。よって、三吉は自分よりも、忍術も身体能力も数段上の半蔵を、どうにかして撃破するしか生き残る手段はないのだ。

 三吉が一歩、半蔵に近付く。すると、それに合わせ半蔵も一歩後ろに下がる。

「どうした半蔵。何だかんだ言っておいらと戦うのが怖いのか?」

「ふっふっふ、何を焦ってるのか知らんが、その手には乗らんぞ。」

 半蔵にとって三吉はたしかに格下だが、己から攻撃しないのは理由があった。今まで、三吉を部下に追わせていたのだが、その部下が全員返り討ちにあっているのだ。部下の実力は半蔵も認める確かなものであり、部下の死体を見るまで半蔵は信じる事が出来なかった。

 死体は、どれも腕や足を真っ二つに両断されていた。おそらく部下は、三吉が子供だと油断して近づいた所を、隠し持っていた刀か何かで不意を突かれたのだと、半蔵は推測した。そうなれば、いくら三吉が自分より格下だとしても、近づくのではなく距離を取り、飛び道具で三吉の息の根を止めるべきだ。

 半蔵がさらに一歩下がろうとすると、三吉は風の様に駆けだし、半蔵の懐に飛び込もうとする。だが、いち早くそれを察した半蔵が口から炎を吹き出し、三吉は驚いて後ろに飛び退いた。

「忍法陰摩羅鬼(おんもらき)。残念だが、俺はお前には決して近づかない。」

 陰摩羅鬼とは、死んだ人の気が変じて生まれる、口から火を吹く不気味な鳥の姿をした妖怪である。この忍法は、口中に仕込んだ火薬や油を吹きかけたと同時に発火させ、あたかも火を吹いている様に見せかける術なのだ。攻撃だけでなく、暗闇に慣れた相手の視界を眩ましたりと応用が利く、半蔵が得意とする術の一つである。

 離れた三吉に、半蔵は大量の手裏剣を投げつける。三吉は必死ではじき落とすが、頬や足に少しずつ傷がつき始めた。これ以上は耐えきれないと思ったのか、三吉は足元に向かい煙玉を投げつけ、煙の中にその身を隠した。半蔵は攻撃の手を止め煙が晴れるのを待ったが、煙が晴れるとそこに三吉の姿はなかった。

「忍法煙々羅(えんえんら)か…」

 半蔵が三吉のいた場所をよく見ると、わずかに地面を掘った跡が残っていた。

「そこだ!」

「あっ!」

 半蔵が地面ではなく、その上の暗闇に向かって手裏剣を投げると、三吉が音を立てて落ちてきた。

 煙々羅とは煙の妖怪である。この忍法は煙玉を使った後、上昇する煙と共に上方に隠れ、この時に別の場所に隠れたと思わせる事で、相手に隙を作らせる術なのだ。三吉は土遁で足元の地面に隠れた様に見せかけ、近くの木に向かって飛び上がったのだが、半蔵にすぐに見破られ、逆に攻撃を受けてしまったのだ。

「どうやら、勝負あったようだな。苦しまぬよう次で終わらせてやろう。」

 半蔵はさらに懐から手裏剣を取りだした。三吉は肩と足に手裏剣が刺さっており、今の状態では半蔵の手裏剣を全てはじき落とす事も、避ける事も出来ないだろう。すると、三吉は足の痛みに耐えながら立ち上がり、両手を頭の上に掲げ、剣道の上段の構えを取った。

「何の真似だ?」

「もう、おいらにはこれしか打つ手がない。半蔵、今からおいらの振るう真空の刃が、お前の身体を両断する」

 肩で息をし、振り上げた手も弱弱しく震えている三吉を見て、半蔵は憐れみの笑みを浮かべた。

「はははは、それは恐ろしいな。ならば、やってみるがいい。お前がその真空の刃とやらを飛ばした後、俺の黒鉄(くろがね)の手裏剣が貴様の全身に突き刺さるがな…」

 半蔵が先に三吉に行動させたのは、三吉の苦し紛れの攻撃を避けられるという自信と、真空の刃を飛ばすなんて術は存在しないという油断からであり、この判断が半蔵の大きな過ちとなった。

「えい!」

 三吉が腕を振り下ろす。腕を振り下ろした勢いでバランスを崩したのか、そのまま膝をついた三吉を、半蔵は鼻で笑いながら、手裏剣を握った左手を思い切り振りかぶった。

「うむっ!」

 半蔵が手裏剣を投げつけようとしたその時、驚くべき事が起きた。半蔵の振りかぶった左手の手首から先が、椿(つばき)の花の様にぽとりと足元に落ちたのだ。

「馬鹿な!」

 落ちた左手を茫然と見ていた半蔵だが、ふと三吉を見ると、既に三吉は居合いの構えを取っていた。

「しまった!」

「やあっ!」

 三吉が横薙ぎに腕を振るった。半蔵は急いで高く跳躍したが、空中で首から鮮血を吹き出して、そのまま地面に墜落してしまった。

 三吉は刺さった手裏剣を抜いた後、警戒しながら近づいて、半蔵が事切れている事を確認した。

「うふふ、油断したな半蔵。これがおいらの考えた独自の忍法、構え太刀だ。」

 忍法構え太刀。これは三吉の言うとおり、三吉が独自に考案した術なのだが、決して相手に真空の刃を飛ばすなんて荒唐無稽な物ではない。では、どうやって半蔵の左手や首を切断したのかというと、その正体は糸である。糸と言ってもただの糸ではなく、刃鋼線(じんこうせん)と呼ばれる針金よりもしなやかで強靭な鋼線を使っていたのだ。この刃鋼線を気付かれない様に相手に巻き付かせ、刀を振る振りをしながら引く事で、相手を両断する術なのだ。

 三吉は、わざと半蔵に近づこうとする事で接近戦を避けさせ、出来るだけ時間を稼いで半蔵に刃鋼線を巻き付かせていたのだ。半蔵の部下も、この忍法構え太刀で倒していたのだが、その事も、半蔵に接近戦を避けさせる事に有意に働いていたのだろう。もし、半蔵が接近戦で短時間の勝負に出ていたら、この場に倒れていたのは間違いなく三吉であっただろう。

「うーん、やっぱり名前は構え太刀より鎌鼬(いたち)の方がいいかな。おっと、早くしないと次の追手が来ちゃうや。」

 刃鋼線を手繰り寄せてしまい込むと、三吉は再び森の中を駆け出した。忍者の頭領半蔵を打倒した三吉だが、抜け忍として生き続ける限り、追手は永遠に追い続けてくるだろう。果たして、三吉は追手から逃げ切り天寿を全うしたのか、それとも儚くその命を散らしてしまったのか、彼のその後の消息は今をもってしても不明である。

 

 

 
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