No.648523

臆病者と勇者

「ヴァーレントゥーガ」の短編二次創作小説。勇者ホルスはイオナの意思を継ぎ戦いに身を投じてきた。しかし、彼の心はいつだって戦いに怯えていた。そんな勇者を敬愛するローニトークはホルスの本音を知り……。プレイ中のワンシーンを妄想しました!

2013-12-26 07:01:01 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:863   閲覧ユーザー数:850

エルフたちの住処、パーサの森。

そこに一人の臆病なエルフがいました。

 

ある日、西からやってきた悪い人たちがパーサの森に攻め込みました。

森のみんなは、手に手に弓を取り戦います。

大事な人を護るため、大切な場所を失わないために・・・・・・。

 

しかし、臆病なエルフは森と仲間を見捨てて逃げだしました。

 

仲間を裏切らねばならない正義があったわけでも

故郷を見捨てねばならない事情があったわけでもありません。

 

ただそのエルフは戦いが怖かっただけなのでした。

大切なモノを失う以上に死ぬのが怖かったから。

体が傷つくぐらいなら、心が傷ついた方が平気だと思ったのです。

 

でもそんな臆病者が逃げた先で安住の地を見つけられるほど世界は優しくありませんでした。

世界は争乱の只中(ただなか)にあって、臆病者のエルフにはひたすら逃げ惑う日々しか与えられなかったのです。

 

臆病者の裏切り者には過去を懐かしむ権利もありません。

行き着く先にあてはなく、引き返す道も最早無い。

今を生きる意味すらわからないまま、ただただ何かから逃げ惑うだけの地獄ような日々を過ごしていたのです。

 

そんな地獄の中。

臆病なエルフは ―― 目にしました。

 

何千という悪魔を率いた魔王軍に、たった一人で立ち向かう少年の姿を。

 

わずかな神官を背に庇いながら、光り輝く聖剣を手にした「勇者」は一歩たりとも退くことなく、魔王軍の猛攻を食い止めていたのです。

 

信じられなかった。

信じたくなかった。

自分は逃げ出したのに、自分は救えないと諦めたのに・・・・・・。

 

目の前の少年は逃げ出さず、より強大な敵に立ち向かっている。

そしてきっと守るべきモノを守り通すのだろう。

 

そう思うと、何故か涙が溢れてきて。

そして。

臆病なエルフの心の中に小さな小さな火が灯ったのです。

 

勇気と呼ぶには弱々しいその気持ちを言葉にするのは難しいけれど、

エルフは確かに思ったのです。

 

 

もう―――逃げるのは止めよう。

 

 

と。

 

 

『ラストニ・パクハイト』の侵攻によりゲルドの沼地が制圧された頃。

大陸の北西、ラザム神殿に拠を構える「聖剣の勇者」と「光の賢者」有する『ラザムの使徒』が、西の雄『アルナス汗国』の侵攻を受け滅亡する。

 

国を失い、大切な人を失った「聖剣の勇者」ホルスは、野に下った後も各地を転々としながら魔王軍、そして『ラストニ・パクハイト』の死霊軍団の撃滅を心に誓い雌伏の時を過ごしていた。

 

そんな中、大陸の東半分を飲み込むほど強大になった『ラストニ・パクハイト』は、しかし全世界の国々を敵に回した結果として、「大いなる力」のほとんどを失っていた。

大陸の八割を制圧した頃には「大いなる力」全てが撃破され、やがて諸国からの反攻を受け徐々にその版図を狭めていく。

 

一方、大陸北部では「大いなる力」の前に敗北を喫していた魔王軍が息を吹き返し、アルナス汗国を撃破、西方の地を手にする。

 

アルナス汗国の崩壊。

その報せは大陸を放浪していたホルスの耳にも届き、一つの決意を彼に促した。

 

ラザムの使徒・・・・・・否、魔王軍に対抗する勢力の建国。

 

ホルスは魔王軍の手が届くより早く、かつての故郷ラザム神殿に舞い戻り新勢力『ホルス』の建国を宣言した。

 

事は迅速確実に。

成すべき事を成しなさい。

 

いつも傍にいた「光の賢者」の言葉を胸にホルスは魔王軍に戦いを挑む。

初戦こそ苦戦を強いられたものの、勇者を慕い仲間たちが集まると、ホルスは見事魔王軍を打ち破ることに成功する。

時同じくして、シャンタル島に逃れていたレオーム家が『ラストニ・パクハイト』を打ち破り大陸の南半分を制することとなった。

 

はたして宿敵である二大勢力の討滅というホルスの念願は叶えられた。

 

しかし気がつけばホルスはアルナス砂漠を制する強国へと成長しており、戦いは望まずともやってくる。そして、魔王軍の残党は今も大陸各国に潜り込み逆襲の機会を窺(うかが)っているのだった。

 

自身の戦う意義を見失いながらも、ホルスは「光の賢者」が残した言葉を胸に迷いを断ち切り戦う決意をする。魔王軍を完全に討滅する、それこそが自身の使命であると言い聞かせて。

 

やがて「魔王軍の残党ゼオンがフェリル島を制圧した」との報告をうけたホルスは大軍を率いて南下を開始する。レオーム家の配下にあったブレア城を攻略し、その後、ルーニック島のゼオン軍を蹴散らす。そして、そのままの勢いでフェリル島に上陸、フェリル城、シャルバイラ遺跡の制圧に成功するのだった。

 

東西に分断されたゼオン軍にまともに抵抗できる余力はなく、壊滅は決定的となった。

現在、最後の一手を打つべくホルス軍主力一万名はフェリル島東のホアタに駐留している。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

夕日で赤く染まるローイス海を眺めながら、ホルスは物思いにふけっていた。

ゼオンは間違いなく滅ぼさなければならない。

悪魔であり、魔王軍の残党である以上、それがホルスの使命である。

 

でも、その先は?

 

ゼオン軍を滅ぼすためとはいえレオーム家の領地を奪い取った以上、今後もレオーム家との戦いは避けられない。

しかし、レオーム家のゴートⅢ世は悪魔でも闇の者でもない。

自分と同じ光の力を持つ者である。

 

ホルスは思う。

自分は世界を牛耳るために戦っているわけではない、と。

 

ホルスの戦う理由は一つ。

この世から人間の宿敵たる魔族・悪霊を討滅し、彼女の・・・・・・否、勇者としての使命を全うすること。それが全て。

 

領土的野心などない、名誉にも金にも興味がない。

だから、人間同士の戦いなど望みはしないのだ。

 

だが、国を興した以上無責任なことはできない。

国民から得た資金を、労働力を、あらゆる恩恵を費やして、ホルスは自身の願いのために邁進してきた。だから・・・・・・最期まで国家の主としての責務を全うしなければならない。

 

「わかってる、そんなのはわかってるさ・・・・・・」

 

そうわかっていても、戦う意味を探してしまうのは仕方ないだろ?

人間を守るための理想に邁進した、ただそれだけの自分だったのだから。

 

ホルスの嘆きに聖剣ラグラントゥーは応えない。

 

「イオナ・・・・・・君が、傍にいたらなんというだろうな」

 

かつてラザムの使徒として共にあった一人の女性に想いを馳せる。

偶然聖剣を引き抜いてしまった自分を勇者に仕立て上げ、

戦いたくないと弱音を吐き、勇者など分不相応だと駄々を捏ねる自分を

笑顔のまま鬼のような所行で戦場へと送り出した女。

 

いつだって彼女から逃れたいと願い続けていたのに、

今はあの頃が不思議と愛おしく感じる。

 

「イオナ、ボクは今でも戦うのが怖いよ」

 

もうこの世にはいない彼女に届けと、空を仰ぎ、久しく表に出さなかった本音を吐露する。

 

「イオナの想いを継ぐためだって、ここまで来た。勇者なんて分不相応だと思いながら、君がいつも口煩く言っていた勇者を演じてきたよ」

「でも・・・・・・もう、終わりだ。ボクはよくやったよな?ゼオンを倒せば魔王軍の残党は壊滅する。ボクが勇者である必要はなくなるんだ。

 だから、戦いから逃げても君はもう叱らないだろ?」

 

朱に染まる焼けた空に問うたところで、慇懃無礼な彼女の声が返るはずもない。

しかし、返らないのではない返さないのだと、ホルスには思えて仕方がなかった。

 

「ボクは弱いんだ、知ってるだろ?いつだって支えがないと勇者でいられない」

 

情けないことだが、それがホルスという人間の本質だった。

理由がなければ戦えない、叱咤なくして前へは進めない。

 

だからいつだって、どんな戦いだって、一つの想いを支えにしてホルスは勇者を演じてきた。

イオナの願いを果たすという、ただそれだけの想い。

 

魔法に身を焼かれ、死霊に体躯を食いちぎられるぐらいなら、全てを投げ出した方が楽に決まっている。命をかけるほどホルスは人間を愛していないし、“ホルスにとって”使命などホントはどうでもいいのだ。

 

しかし、逃げ出すことはイオナの願いを踏みにじることになる。

大事な人を失って、その思い出までも手放すことになったなら、ホルスはきっと生きる意味すらも見失う気がした。

だから、失うことを恐れた結果として、皮肉にも自分は勇者であり続けているのだ。

 

それが勇者の真実。

 

だからと、ホルスは微かな声で朱焼けの空に問いかける。

 

イオナ、君の願いを叶えられたのなら・・・・・・

もう、すべてを投げ出してもかまわないだろう?

 

例えソレが真の勇者のとるべき行動でなくても

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ホルス様?」

 

空を仰ぐホルスの背後から、澄んだ少女の声。

 

「っ!!」

 

驚き慌て、振り向くホルス。

その勇者らしからぬ動揺ぶりに、身を竦め脅えた瞳を向けるエルフが一人。

 

「ローニトーク!?」

「・・・・・・す、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」

 

そこにいたのは、ホルスの陪臣でもあるエルフの少女ローニトークだった。

彼女は慌てて何度も頭を下げる。

 

「・・・・・・いや、気にしなくていい。私が気を抜きすぎていただけだからね」

「それでもホルス様を驚かせてしまうなんて・・・・・・私」

「勇者の背後を取ったんだ誇っていいよ、大したものだよ」

 

そういって、勇者らしく尊大に笑ってみせるホルス。

 

「ホルス様・・・・・・ありがとうございます」

「それより、ローニトークは何故こんなところに?」

 

まばらに立つ監視塔以外何もない浜辺である。

ホルス自身、気を紛らわせるためにあてもなく歩いて辿り着いただけなのだが。

 

「明日、この海の向こうへ戦いに行くんだと思うと落ち着かなくて」

 

ローニトークは不安を宿した瞳で海の向こうに目をやる。

その先には明日ホルス軍の主力部隊が目指すシャンタル島がある。

 

「ははは、それで不安を紛らわせるために散歩をしていたと」

「笑わないでください、ホルス様。・・・・・・お恥ずかしい話です」

「いや、すまない。でも、そうか、君でも不安になるのか」

「そんな、私なんかいつまでたっても臆病者です。ホルス様のように勇敢になりたいと思ってはいるのですが、

 こんなんじゃダメですね・・・・・・」

 

ホルス様のように。

ホルスはローニトークから視線を逸らし、朱焼けの海を眺める。

 

「私が・・・・・・勇敢、か」

「はい、ホルス様は勇者の中の勇者です」

 

そう、信頼しきった笑みで応えるローニトーク。

自身には過分な期待。分不相応な評価。自身の演じる勇者という虚像への期待だ。

それに負い目を感じなかったことはない。

しかしそれを表になど出さない。そう、教えられてきた。

 

だから、話を逸らそうと今まで疑問だったことをローニトークに問う。

 

「なぁ、ローニトーク」

「はい、なんでしょうホルス様」

「何故君はあの時、私の元に来てくれたんだい?」

「・・・・・・あの時、ですか?」

「私が無謀にもラザム神殿でこの国を興したときのことさ」

 

一度、アルナス汗国の侵略でイオナを失い野に下った自分が、アルナス汗国滅亡の混乱に乗じ無謀にもこの国を興した時のことである。

 

あの時、強大な魔王軍を前にホルスはたったひとりだった。

 

誰が見ても吹いて消えそうな国に仕官したがる人間などいるはずがない。

そんなことはホルスにもわかっていた。

だから、この身一つで切り開く覚悟があった。

誰に求められたわけでもない、誰も評価などしてはくれないだろう。

でも、イオナがラザムの使徒で志したものをなかったことになどしたくはなかったから。

怖いと脅える自分を自分で叱咤し。

あの時、ホルスは一人で戦う決意をしていたのだ。

 

なのに、ホルスの元へ一人のエルフの少女が仕官してきた。

それが彼女、ローニトークだった。

 

「滅亡するとわかりきっていた国に何故仕官したのか、それが知りたいんだ」

 

お世辞にも強いとは言えない彼女だったけれど、ホルスは何よりも彼女の存在に救われた。

きっと今も救われているのだと思う。

だから、その真意が知りたかった。

 

「私・・・・・・昔、パーサの森にいたんです」

 

それはホルスの質問への回答なのだろうか。

ローニトークはとつとつと語り出す。

 

「そこには好きな人がいて、好きな場所がありました」

「パーサの森、エルフたちの住処か。しかし、あそこは」

「はい、悪い人たちに襲われて今はもう・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

ホルスはかける言葉が見つからなかった。

パーサの惨状はその後のラストニ・パクハイトとの戦闘を見れば、想像してあまりある。

 

「でもみんな手に手に弓を持って戦おうとしました、当然ですよね大事なものを守るためですから」

 

話すローニトークの表情はうかない。

 

「でも、私は違ったんです。戦うのが怖かった」

 

大好きなモノを護るよりも傷つくのが怖かった。

 

「だから、逃げ出したんです。一人で・・・・・・全てを裏切って」

「ローニトーク・・・・・・」

 

ホルスは知らなかった。

自分を救ってくれた彼女にそんな過去があったことを。

 

「私は弱くて臆病者です、きっと今もそう・・・・・・。でも」

 

ローニトークはホルスを見つめる。

それは羨望と敬愛の眼差しだった。

 

「私、見たんです。ホルス様が神官様たちを庇いながら、たった一人で幾百幾千の魔王軍を相手に戦っているところを。

 それを見て、私は逃げるのを止めようと・・・・・・そう決めたんです」

「だから・・・・・・」

「はい。例え明日滅びたとしてもホルス様の力になろうって・・・・・・今度は逃げないって、そう決めたんです」

 

ホルスは返す言葉が見つからなかった。

ローニトークはホルスの勇敢さに惹かれたのだという。

でも、真実、自分は勇敢などではない。戦いを恐れる弱い、ただ聖剣を引き抜いただけの男である。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ホルス様は真の勇者様です。だから、私どんな恐ろしい相手にだって今は立ち向かえるんです」

 

キラキラした瞳に見つめられホルスはどうすればよいのかわからなかった。

勇者然と振る舞うべきなのだろう、とは思う。

だが、そんな彼女に「何もわかっていない」と叫びたい弱い気持ちもあった。

でもそれは、何の意味もない誰かを傷つけるだけの言葉だとわかっているのだ。

 

そして、ホルスは口を開いた。

 

「私もまた臆病者だ」

 

ああ・・・・・・弱さなど何も克服できてはいないのだ、ボクは。

自嘲することすらバカバカしいと思えたから、ホルスの表情はただただ平然としていた。

 

「そんなことはありません!悪魔たちと単身斬り結ぶなんて臆病な人にはできません」

「いや、臆病だよ」

 

ホルス自身が驚くほどに、抑揚のない突き放した物言いだった。

 

「戦うのが怖い、死ぬのも怖い、悪魔と斬り結ぶ?死霊を浄化する?冗談じゃない・・・・・・。ボクは平穏に暮らしたいだけだ。

 人を殺したくない、人に殺されたくない、戦いに巻き込まれたくない、巻き込みたくない、今だってどこか遠くの場所へ逃れたいんだ」

「やめてください、ホルス様、私なんてからかったって面白くないですよ」

「からかう?やっぱり、君はなにもわかってないんだね」

「・・・・・・・・・・・・ホルス様」

 

一度溢れ出してしまった感情を抑えることなどできない。

だから、決して言ってはならないことをホルスは口に出してしまった。

 

 

「ねぇ、ローニトーク。今からボクと一緒に・・・・・・どこか遠くへ逃げてくれないか?」

 

 

・・・・・・。

 

その時のローニトークの表情を一生忘れることはできないだろう。

そう、ホルスは思った。

 

それほど勇者の言葉に衝撃を受けた、臆病なエルフがソコにいた。

自分を奮い立たせた、目標となる存在が「ただの臆病者」だったのだから。

勇気の支えを失ったのだ。

 

「・・・・・・なんで、そんなことを・・・・・・」

「勇者なんて幻なんだ。ボクはホルス、ただのホルスだ」

 

全てを吐き出したはずのホルスの胸中には自責の念しか残らなかった。

スッキリするわけがない。

何の意味も無いどころか、最悪の気分だった。

なのに、何故こんなことを自分は言ってしまったのか。

 

・・・・・・最低だ。

 

名実共に勇者とは名乗れない。

国主としても男としてすら失格だ。

 

情けなさに膝を折って泣いてしまいたかった。

しかし、長年染みついた体面の繕い方だけは御立派で、今もホルスは平然とした表情のまま、ロニートークを見つめていた。

 

・・・・・・・・・・・・

 

「ホルス様・・・・・・ホルス様はホントにソレでいいのですか?」

 

おずおずとローニトークが言葉を紡ぐ。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「私がホルス様に意見する権利なんてないです。否定する資格もないです。でもみんな、ホルス様を信じて今も戦っています

 ・・・・・・それを裏切ってもいいのですか?」

 

ああ、そうだろうとホルスは思う。

自分が居なくなれば、みんなはどうなるのか。

 

チックニアは激昂してボクに追っ手を差し向けるかも知れない。

エルアートはやはり男など・・・・・・と笑って、また好き放題しはじめるだろう。

ゴイザムでハイトローム、チルクを抑えてくれているエルクやヒュンターの信頼を裏切り、少しづつ認めてくれはじめたナシュカを落胆させ、スーフェンはそらみろと嘲笑するだろう。

 

だが、何より世界は・・・・・・

 

「勇者」を、もしかするとラザムの使徒そのものを笑いものにするんじゃないのか。

イオナの想いを裏切り、貶めることになるんじゃないのか。

 

今までやってきたことは何だったんだ?

自分が臆病さを噛み殺して歩んできた道の果てに望んだモノは?

 

嗚呼・・・・・・。

ホルスは自身の短絡さに呆れてしまう。

 

 

でも・・・・・・、と。

エルフの少女が口を開いた。

 

 

「ホルス様。それでも後悔なさらないのでしたら」

 

 

臆病なエルフは、ホルスの目をしっかりと見つめた。

ホルスの目は怯えと不安と自虐が入り乱れた実に情けないザマであったろう。

 

「・・・・・・ローニトーク?」

 

だが、エルフはその目をしっかりと見つめ、宣言した。

 

 

「私はホルス様を連れて、どこにだって逃げて見せます」

 

 

―――――――。

 

 

「私に勇気をくださったのはホルス様です、例えソレが勇者の建前で、私の勘違いだとしても。

 ホルス様のお陰で私は強くなれたんです。だから・・・・・・私はずっとホルス様のお側にいます」

 

初めて自らホルスの手を握るローニトーク。

その目、どこが臆病なモノか。

真っ直ぐな瞳は自称勇者より幾倍も覚悟に充ち満ちていた。

 

 

・・・・・・嗚呼、ホルス、馬鹿で臆病な勇者ホルス。

この愚か者め。

 

ホルスの悔恨は刹那のことであった。

嘆くための言葉を飲み込んで、ホルスはローニトークの手を握り返す。

 

「ホルス様・・・・・・」

「・・・・・・今のは全部冗談だよ。質の悪い・・・・・・ああ、ホントに質の悪い。でも、本心じゃない、ただの冗談だよ」

 

だから、何も心配は要らない。

そう幾らかぎこちない笑みを浮かべる。

 

恥じ入る前に自分は誠意をもって取り繕わなければならない。

ホルスは笑顔の奥で歯を食いしばった。

 

「私は確かに臆病かもしれない、一人で戦うのを恐れることもある」

 

一つ一つ、自分の意思を確かめるように言葉を紡ぐ。

 

「でも、今は私を信じてくれるみんながいる・・・・・・だから、きっと勇者でいられるさ」

 

言葉にしてみて、それが嘘でないと信じられた。

 

ローニトークを見つめながら、確信する。

その瞳、その想いを失うことの方が・・・・・・自分の体が傷つくより、自分の心がすり切れるより、何倍も何十倍も辛く苦しいことだと思えたのだ。

 

「ロニやみんな、私を信じてくれる人々がいるかぎり責務を投げ出したりはしないさ」

 

その言葉を聞いた瞬間、ローニトークの顔がボッと朱色に染まる。

 

「ホルス様・・・・・・私のことをロニと?」

「あっ!すまない、つい・・・・・・」

 

勢い余って馴れ馴れしく愛称など呼んでしまった。

肝心な時に動揺を隠しきれないなんて・・・・・・。

 

「訂正させて欲しい」

「いえ、いいんです!私嬉しいです、ホルス様にそう呼ばれて喜んでます!だから訂正なんてしないでください!」

 

必死にホルスに詰め寄りそう訴えるローニトーク。

 

「・・・・・・わかったよ、ロニ」

 

ホルスは気圧されて、頷く。

 

「えへへ、ホルス様に・・・・・・」

 

ホニャんと照れながら、だらしない笑みを浮かべるローニトーク。

だが、急にその表情が固まる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

ホルスもまた、ローニトークの顔があまりにも近いことに気づき固まる。

息と息が交わる、指三本分の距離。

 

「・・・・・・ああ、え、と・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

何故だろうと思う。

胸が高鳴っている。

これは、なんなのか・・・・・・ホルスには皆目見当が付かない。

 

・・・・・・。

 

目の前のローニトークが何故か逃げることなく目を閉じる。

差し出された唇に何故かホルスの意識が集中して、艶やかに光る桃色の唇から目が離せない。

自然と顔が近づいていくことに気がつき、慌てて我に返る。

 

待て、ホルス。

これは、俗に言う「接吻」というものではないのか?

将来を誓い合った男女が交わす神聖な儀式ではないのか?

 

ホルスはかつてイオナが言っていたことを思い出す。

 

 

―――いいですか、ホルス様。例えどんな理由があろうと、接吻を交わしてよいのは将来を誓い合った女性だけです。

 

―――あと、私の許可がいります。

 

 

イオナ・・・・・・。

 

「ホルス様・・・・・・」

 

甘えた声が聞こえた。

ロニと将来を?

自分のような臆病者が?

今し方ロニに酷い仕打ちを与えたというのに?

 

しかも、イオナはいない・・・・・・。

 

あまりにも唐突な展開に頭が混乱して、ホルスは対処の仕方がわからなくなった。

しかし、ロニと夫婦になるというのはあまり抵抗がない気がするのだ。

 

・・・・・・・・・・・・。

 

ホルスの覚悟は決まらないまま、じりじりとローニトークの唇が近づいてくる。

このまま流されるままでいいのか、ホルス?

勇者であるとロニにうそぶくのなら、覚悟を決めてこの儀式に臨まなければならないのではないか?

ああ、そうだとも、勇者ならば・・・・・・。

 

だから、ここで自分が彼女を一生守り抜くと誓うのなら

 

それは・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「ヒャヒャヒャ、お楽しみじゃのぉ!」

 

 

突然、不愉快な笑い声が場の空気をぶち壊した。

 

 

「「!!!」」

 

 

今にも触れ合いそうだった二人の唇が離れる。

 

「ホルスよ、わらわを差し置いてわらわのロニを掻っ攫おうとはいい度胸じゃの」

「わ、私!エルアートさんのモノじゃないです!」

 

ローニトークが抗議する先には鬼畜レズエルフのエルアートが心底愉快そうに笑い立っていた。

 

「決戦前に逢引きとはなぁ、ホント節操のないこと」

「ムームーさんまで・・・・・・」

 

おさげ髪の少女がローニトークを背後から抱きしめる。

どちらもホルスの陪臣である。

 

「チックニアも連れてきた方がよかったかしら」

「何が言いたいんだよ」

 

ホルスは勇者の直感として、予感があった。

なにか・・・・・・大きな予感。

 

 

「というより、二人は村で物資の最終点検していたはずじゃ」

「ヒャヒャ、そんなもんは男共に任せたわい。用が別にあっての」

「そういうこと。まさかローニトークとホルスができちゃってるなんて思わなかったから予想外の展開になりそうね」

「できてるって、私は別に!」

「あーローニトークは言葉より態度でわかるから黙ってなさい」

「あう・・・・・・」

 

予想外の展開?ホルスは首を傾げた。

 

 

「ホルス様は私がいないうちに随分と女遊びが上手になられたようですね」

 

 

背後から声がした。

時間が遅れて流れているような錯覚を覚えて。

ゆっくりと振り返る。

 

そして。

嘘だと思った。

 

 

「ラザムの使徒の意志を継ぎ、世のため人々を救うためにこの国を興されたと聞き及びましたが。まさか伴侶捜しのためとは・・・・・・流石の私でも想像が至りませんでしたわ」

 

 

懐かしい声。

慇懃無礼な物言い。

 

「イオナ・・・・・・」

 

振り返れば、そこには懐かしい女性の姿があった。

死んだはずの・・・・・・大事なヒトがそこにいたのだ。

 

 

「イオナ!!」

 

 

思考が一気に吹き飛んで、ホルスはただイオナの元に駆け寄て抱きしめていた。

 

「・・・・・・ちょ、ホルス様!!」

 

嬉しかった。

ただイオナが目の前にいるという事実が、ホルスにとってたまらなく嬉しかったのだ。

失い戻らないと思っていたからこそ、より強く。

 

「イオナ!イオナ!生きててホントによかった」

「はぁ・・・・・・ホルス様?貴方は恋人の前で他の女に抱きついて何も思わないのですか」

「・・・・・・どういうことだい?」

 

「「「・・・・・・・・・・・」」」

 

何故だかみんなの視線が痛い。

 

「いいんです、私はホルス様の傍にいるだけで幸せですから」

 

ニコリと満面の笑顔を浮かべるロニ。

それは自身の敬愛する勇者の幸せを喜ぶ少女の純粋な本音だった。

 

「変わったと思いましたが、そうでもないようですね」

 

イオナはほとほと呆れたと言う風に、溜息をつく。

 

「ボクは変わらないさ」

 

ホルスはイオナの溜息と言葉の意を理解しないままであったが、今までにない穏やかな笑顔で答える。

 

そんなホルスの笑みにイオナは、表情こそ変えなかったが内心で驚きを感じていた。

しばらく会わない間にこんな表情もするようになったのか・・・・・・と。

 

ホルスは思う。

自分はきっと臆病で弱い、勇者には分不相応な人間なのだろう。

他人が期待する勇者とは程遠い存在なのかも知れない。

それでも。

 

「ああ、イオナ。一つだけ変わったことがあるよ」

「・・・・・・変わったこと?」

 

そう。

たった今、ついさっき確信できたことだ。

 

大事な人が、自分を信じて傍にいてくれる人がいるかぎり

その臆病さも弱さも噛み殺して、ボクは勇者になれるんだ。

 

幾千幾万の悪魔が、死霊が・・・・・・例え人間が相手でも。

成すべき義務から逃げることなく立ち向かっていける自信がある。

今日それを確かめることができたのだ。

もう、迷いはない。

 

 

「ボクは勇者になったんだよ」

 

 

ホルスの断固とした宣言に、イオナはついに驚きを抑えきれず目を丸くした。

ラザムの使徒であった時分には絶対に聞けなかった言葉である。

イオナは、しばらくその言葉を噛みしめてから・・・・・・「そうですか」と、努めて無感動に返事をする。

ホルスは満足そうに「そうなんだ」と微笑む。

これが、二人の変わらぬ・・・・・・変えてはならない距離感なのだ。

 

そんな二人を見つめながら、ローニトークは安堵の笑みを浮かべ、

エルアートはその光景の何がツボにはいったのか、ヒャッヒャッと大爆笑、

ムームーは何を今更と鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

朱の空には一羽のカモメ。

 

ホルスたちを見下ろして、明日の方向へと飛び去っていく。

 

戦乱の終わりは近い。

 

やがて、乱れに乱れた大陸は一つの国によって統一されることになるだろう。

 

国の名は「ホルス」。

 

聖剣の勇者が導くその国は、長きに渡り平和と栄華を極め歴史にその名を刻むのである。

 


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