No.555551

すみません。こいつの兄です。56

妄想劇場56話目。つなぎの話。ちょっとサービスシーン(?)入り。直人くん、すごい自制力ですよね。

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(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2013-03-15 23:40:44 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:986   閲覧ユーザー数:892

 一月一日。元旦。

 がっつり熱を出した。初詣どころではないレベル。墓参りに行ったら、そのまま葬式の主役になってしまうレベル。

 思い当たる節はある。大晦日の雪中行軍だ。

 意識レベルが下がっている。集中できない。頭がぼーっとしている。窓の外は正月の町。とても静かで、時間の感覚も、意識もなくなっていく。

 …つばめちゃんは大丈夫かな?真奈美さんは…雪には降られなかったか…。

 焦点の合わない目で天井を見上げながら、思う。

「おにいさん…」

そのぼんやりとした視界に映るのは、ボブカットの天使。美沙ちゃん?

「…だめだよ。来ちゃ。風邪、うつっちゃうよ」

「そうですか…。じゃあ、また元気になったら来ます。今はゆっくり休んでください。またお話できるの楽しみにしてますからね」

「…うん。ありがとう」

美沙ちゃんの心遣い。休息。

 そっとドアの閉じられる音を聞きながら、眠りに落ちていく。

 

 つぎに目を覚ますと、カーテンの隙間からはオレンジ色の光が射し込んでいた。元旦、寝てすごしちゃったな…まぁ、いいけど。

 ふと、枕元に桃缶とフォークが置いてあるのに気づく。

 この雑さは、妹だろう。

 雑だけど、優しい妹だ。友達想いで、俺のことも一応気遣ってくれる。雑だけど。

 力の入らない指で、なんとか桃缶を開ける。フォークで柔らかな桃をつつき、食べる。冷たさと甘みが滋養になって身体にしみていく。嬉しい。

 ありがとうな…。真菜。

 耳をすますと、壁越しに小さく邪悪なデスメタルを口ずさむ音が聞こえてくる。普段なら、大音響でこっちまで筒抜けの音楽だ。今日は、ヘッドフォンを使ってくれているのだろう。

 邪悪な歌詞を口ずさむ妹の声。それを聞きながら、また眠りに落ちていく。

 

 夢を見る。

 

 ジャングルみたいな暑さ。場所はなぜか、東京ビッグサイト。夏のコミケのときのイメージ。だけど、だれもいない。

「そうだ。電車、止まっちゃったんだ。バスも。タクシーも…帰れないな」

誰もいないビッグサイトで、交通手段を失っていた。身体が重い。重くて動かない。

 見ると、胸の上に大きなダンボールが載っていた。動かそうとしても、両手にもダンボールが乗っている。片手で動く重さじゃない。どうしようもない。

 息苦しい。

 だれもいないビッグサイトはただ、だだっ広くて、寂しい。

 誰も居ない。

 ダンボールに押しつぶされる。

 動かない手に、冷たい感触。

 ダンボールがふわりと軽くなって、消えた。

 首をねじる。手に触れるものを確かめたくて。

 黒い長い髪。黒いコート。白くて細い指。

 前髪の間から覗く目。

「まなみ…さん」

なぜか、安心する。

 交通機関がなくなったビッグサイト。さっきまで、逃げ場のない牢獄だったビッグサイト。いつの間にか、景色は体育倉庫になり、跳び箱の中になり、公園の遊具の中になった。

 いつのまにか、俺の部屋になる。

 そして、夢と現実が交じりあい、すっかり薄暗くなった部屋にもどる。手の感触と一緒に。

「真奈美…さん?」

窓の外の街灯の明かり。青白い水銀灯の光に照らされて、真奈美さんの真っ白な指と、真っ黒な夜のような前髪が見える。

 俺の手を両手で包むように握っている。ベッドの脇に丸まるように座り込んで、眠っている。

「…真奈美さん」

「ん…」

真奈美さんの目がうっすらと開く

「うつっちゃうよ…風邪」

「いいよ。うつっても…」

しばし、真奈美さんの切れ長の目を見る。鳶色の瞳。

 壁の時計を見ると、二時十五分をまわっていた。終電はとっくに終わっている。

「いつから、こうしててくれたの?」

「美沙が帰って来て、なおとくん、風邪で寝てたって聞いたから…おかゆ作って持ってきたの。でも、寝てたから…手、握って…」

夕食の時間くらいからいたんだろうか。ずっと、手を握って。

「おかゆ…食べる?」

「うん…」

「待ってて…」

少し名残惜しそうに、真奈美さんの手が離れて、音を立てずに部屋を出て行く。

 真奈美さん。

 熱で寝ぼけた頭に真奈美さんの名前が浮かび、すっと胸に溶けていく。

 真奈美さんが、お盆を持ってもどってきた。

「はい…」

わ…。

 湯気を立てるスプーンが差し出される。あーん。状態。

 照れながら、甘えることにする。

 口に含む。

 ふくよかな出汁の風味。やわらかで控えめな塩味。いくつ入っているか分からない、滋味が身体に染みとおる。

 おいしい。

 すいすいと、差し出されるおかゆを口に運ぶ。胸を滑り落ち、胃から暖かさが全身にまわる。熱が取れて、ほどよい暖かさを感じる。

「…ごちそうさま。真奈美さんは、料理、上手だな」

「うん…ありがとう」

そっと控えめに真奈美さんの目が笑う。

 真奈美さん。

 胸にその名前が落ちていく。

 食器を机に置いた真奈美さんの両手がまた、俺の手を握る。

「真奈美さん」

「ん?」

「床に座ってて寒くない?」

「少し冷える」

「おいで…」

熱で判断の壊れた頭が、あっさりと禁断の言葉を口にした。

「ん」

俺が訂正する間を置かず、真奈美さんがコートを脱いで椅子にかける。そして、ジャージ姿の真奈美さんが布団に入ってきた。

 やわらかい。

 あたたかい。

 いい匂いがする。

 美沙ちゃんにバレたら殺されるな。

 一週間前まで、妹と寝ていたことを思い出す。

 あー。いかん。

 真奈美さんは、妹じゃない。

 真奈美さんは、よそ様のお嬢さんだ。

「真奈美さん。やっぱり、ダメだよ」

「どうして?」

「年頃の女の子と、男の子が、一緒のベッドで寝るのはエッチなことだから…」

「…らめ?」

せめてダメと言ってくれ。でも…そうか。真奈美さんか…。

 おかゆで少しはっきりした頭で思い出す。

 真奈美さんは、エッチなことがわからない。小学校高学年から、高レベルぼっちの真奈美さん。友達同士での情報交換がまったくなかったのなら、あたりまえだ。

 普通を知らない。

 美沙ちゃんが取り上げた、俺のエロゲやエロ漫画。あれが唯一のエッチ情報源。

 ああ。いけないな。たしかに、あれしか知らないのはいけない。

 でも、普通のエッチ知識を俺が教えてあげるのは、たぶんプレイの範疇に入るな。それこそ、らめぇ…だ。

 隣の華奢であたたかな身体が、すこし揺れて俺に近づく。細い腕が、俺の頭を抱えるように抱き寄せる。

 香りが強く、俺を包み込む。優しい、安心する香り。

「真奈美さん…ありがとう…」

エッチなことだとか。よそのお嬢さんに、こんなことダメだとか、全部が安らぎと熱の中に溶けて、出てきた言葉は、それだった。

 

 ありがとう…真奈美さん。

「…おやすみ」

耳元でささやかれた声は、呪文のように俺を眠気に包みこむ。

 勇者まなみんのレベルは99。ゾーマも瞬殺。ラリホーの威力も最強だ。

 

 なおとは、ねむってしまった。

 

 目を覚ます。

 パジャマがしっとりと汗で湿っている。すっきりした気がする。

「風邪…治ったかな…」

つぶやく。

 いい匂いだ。やわらかい。

 眠りから、意識が覚醒していくと、なんとも言えない暖かで柔らかく、そして、しっかりとした感触に安らぎと、言葉にできない活力が全身をめぐる。

 その柔らかくて、しっかりしたものを抱きしめて気づく。

 うわおっ!

 真奈美さん!

 ダメである。

 よそのお嬢さんである。

 昨夜の俺は、熱で人事不詳に陥っていたのだ。そう。そうでなくては、いけない。心神耗弱にて無罪。そうでなくては、よそ様のお嬢様と一夜同衾という大罪を犯してしまったことになる。

 これ以上、罪を重ねてはいけない。そっと抱きしめた腕を外す。

 安らぎと活力の源から、鉄の意志を振り絞って、そっと身体を離す。

 ずずっ。

 ひあうっ。

 俺の背中にまわっていた真奈美さんの腕に力がこもる。ほっそりした真奈美さんの身体がシーツの上でずれて、ますます密着してくる。

「ま、真奈美さん…お、起きて…」

抱き枕の夢でも見ているのだろうか、抱きついているのは抱き枕でもぬいぐるみでもなく、高校男子である。地球で三番目に女子高校生が抱きついてはいけないものだ。一番目はオッサン。二番目は男児だ。

 むくむくと、流れ込まなくていい部分にまで活力が流れ込む。

 風邪は治った。確実だ。

「ふふ…」

耳元で、笑い声。

「…起きてる」

「ま、真奈美さん…は、離れて…」

自分の震え声に情けなくなる。ダメ男である。たぶん、俺、一生女の子をリードしてあげるとか出来そうにない。

「エッチなこと…だから?」

「…う、うん」

「じゃあ、一度だけ」

一度だけ!?

「な、なにを?」

「ぎゅってしてくれたら、離れる」

なんだ。それだけか…。

 残念になんて思ってない…思ってる。うそはいけない。

 そっと、真奈美さんの薄い背中に腕を回し、腰を引く。間違ってもデンジャラスパーツがパジャマ越しに押し当てられたりしないように細心の注意を払う。

 そして、壊れそうな細い身体を静かに抱きしめる。

 ぎゅっ。

 真奈美さんの腕に力がこもる。

 そして、離れる。

 前髪の間の瞳が、揺れながら俺を見る。鳶色の瞳に吸い込まれそうだ。

 さらさらと長い髪を揺らして、真奈美さんがベッドから降りる。

かがみこむ。俺の顔に近づき、前髪が左右に避ける。額をあわせる。

「…熱…下がったみたい」

「そうだね」

前髪に隠れていた、人形じみた左右対称の一点の曇りもない顔に言う。いつもの無表情。微笑んでくれないかな。

 そう思う間に、前髪が顔を隠す。

「じゃあ、朝ごはん温める…少ししたら、降りてきて」

「うん」

ドアが閉まる。

 ベッドに座って、シーツに手を置く。このぬくもりの元は、俺の体温なのだろうか、真奈美さんの体温なのだろうか…。そう思って、顔に血液が昇ってくる。

 いや。別に、なにがあったわけでもないんだけど。

 だけど、ほら…ねぇ…。

 気にしないことにしよう。そういうことにして着替える。一階に降りて行く。時計を見ると六時すぎ。まだ、両親も妹も寝ているのだろう。

 真奈美さんが、お雑煮をよそってくれていた。

「おせちは…あんまり暖かい料理ないから…」

「そうだね。でも、おかげでだいぶ良くなったよ」

食卓に二人で並んで座る。

 いつもは、妹が座っている席に真奈美さんがいる。

 二人だけの食卓。

 少し照れる。

 雑煮の味は、いつもの母さんの味だった。真奈美さん作ではないらしい。

「真奈美さん、あんまり寝てないでしょ。俺のベッドで寝てていいよ」

昨夜、二時過ぎまで俺の看病をしていて、この時間に起きているのだ。睡眠不足だろう。

「…ううん…ぐっすり眠ったよ」

「そうなの?」

「うん。こんなにぐっすり眠ったの久しぶりだよ」

その言葉に、ウソはなさそうだ。真奈美さんは、怖がって黙ることはあるけれど、気遣いででもウソを言ったりしない。

 それきり黙って、二人並んだまま朝食を摂る。

 日本茶を淹れてもらう。両手で湯飲みの暖かさを感じながら、ゆっくりとすする。隣で、真奈美さんもすする。「しずかなお正月じゃのう、ばあさんや」「そうですねぇ」って空気だ。高校生なはずなのだけど。

 

 外で、すずめが鳴いている。

 朝チュンではないぞ。

 断じて、朝チュンではない。

 

(つづく)

 


 
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