No.361159

ぶひいいいいいいいい!

やくたみさん

変身的な。早苗好きなのになぜかこんな話ばっかり。

2012-01-09 21:32:17 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:607   閲覧ユーザー数:606

いい天気で目覚めた。

 寝ぼけまなこの早苗は、枕をどかし、下にいつも置いている霊夢のブロマイドを眺めた。

 そして布団からのそのそ抜け出し、愛する諏訪子と神奈子に、おはようのキスをした。

「んん、なんか、豚くさい」

 と、眠ったままの神奈子に言われ、早苗は傷ついた。

 

 すぐれない気分のせいか、日課の朝の体操は、その日は不調だった。

 というか、出来なかった。

 両手を上げて左右に広げる運動が出来なかった

 そして徐々にはっきりする意識の中で、早苗は自分の体の異変に気付いた。

 

 ……神が、境内に立ち尽くす早苗だったものを、豚を見るような目で見ていた。

「ぶひい」

 早苗はなんとかして、自分だと分かってもらいたかったが、その丸い鼻先の口はぶひぶひ言うばかりだった。

「豚なんて珍しいね。しかし早苗はどこ行ったんだろう?」

 諏訪子は早苗を探しているようだった。

 早苗は諏訪子に駆け寄った。

「人懐っこい豚だね。誰かに飼われてるのかな? お前のご主人はどこなんだい?」

 諏訪子は早苗の頭を撫でた。

「ぶひい」

 早苗は、どうすれば分かってもらえるか思いつかなかった。

 

「おーい早苗ー。いないかー?」

 諏訪子は、声をかけながら神社の周辺の杜をうろうろしていた。

 早苗はずっとその後を付いていたが、諏訪子は先ほどと同じように頭を撫でてくれるだけだった。

「きっとそのうち帰ってくるわよ」

 やがて神奈子が現われ、二人の神は、早苗の発見を諦めたようだった。

「ぶひい」

 神社に戻る諏訪子に、早苗はすがりつきたかった。

 が、豚の脚では不可能だった。

「そうだ、今日はお前の飼い主も探してやるよ。早苗を探すついでにね」

 諏訪子はまた早苗の頭を撫でて、すたすた神社に入っていった。

 豚の格好で神社の中まで追うのは憚られた。

「ぶひい」

 早苗は諏訪子の背中に、その名を呼びかけたつもりだったが、豚の鳴き声しか出なかった。

 

 境内で一人でいるのは退屈だった。

 いつもならもう、「今日はお味噌汁のだしを変えたんですよ」とか、「今日はいいお天気ですね」、とか話しながら早苗が作った朝食を食べている頃だった。

 きっと中では、「早苗どこ行ったんだろうね?」、と諏訪子が神奈子に話しているんだろうなと想像して、なんだか寂しくなった。

 

 陽が高くなり始めると、諏訪子が出てきた。

「それじゃ、行こうか。お前のご主人を探してやるよ」

「ぶひい」

 諏訪子は明るい笑みだったが、早苗は嬉しくはならなかった。

 

 二人は人間の里にやってきた。

「豚を飼っている者か。申し訳ないが、私は知らないな」

 道行く人に尋ねて回ったが、収穫は無かった。

 諏訪子は赤い布の茶屋の腰掛けで、湯気の立つ湯飲みを抱えていた。

 早苗は諏訪子の足元に落ち着いていた。

「もうそろそろ正午だというのに、見つからないもんだねえ。豚を飼う者はあまりいないから、お前の飼い主なんてすぐに見つかると思っていたよ」

 諏訪子は早苗に語りかけた。

「ぶひい」

 早苗は応えた。

「お前は言葉が分かるんだね。きっと豚の中で一番賢いんだろうねえ」

「ぶひい」

 早苗は否定したかったが、同じ返事しか出来なかった。

「しかし人間の里で見つからないとなると、もしかしたらお前は野良なのかもね」

「ぶひい」

 野良の豚なんて、存在するはずがないことは、早苗も知っていた。

 諏訪子がそれを知らないわけが無かった。

「さて、どうしようかね」

 諏訪子は茶を飲み干した。

 

 長い石階段を上って、二人は博麗神社にやってきた。

「確かに豚ね」

 霊夢は見慣れない動物に興味を示した。

「飼い主を探しているが、人間の里でも見つからなかった。どうしたらいいと思う?」

「それでなんで私のところに来るのかよく分からないけど、私に出来ることだったら協力するわ」

 

「ぶひいい!」

 早苗は、勘の鋭い霊夢なら気付いてくれるかもと、一際強くアピールした。

「おわ、びっくりした」

 霊夢は後ずさりした。

「こら、霊夢は敵じゃないぞ」

 逆効果だったようだ。

「ぶひい」

 早苗は小さく鳴いて反省の意を示した。

 

「なんだか、言葉が分かるみたいね」

「そうなんだよ、この子、話し相手になってくれるんだ」

「それなら、この子に聞いた方が早いんじゃない?」

「え! どうやって?」

「ぶひい」

 早苗と諏訪子は霊夢に聞き返した。

 

「例えば、『はい』なら一回、『いいえ』なら、二回鳴いてもらうのよ。これでいろんなことが聞けるようになるわ」

「なるほど、霊夢は賢いね」

「ぶひい」

 早苗は、さすが霊夢さんです、と言いたかった。

 

 それじゃあさっそく、と霊夢が質問を始めた。

「あなたは里の人間に飼われているの?」

「ぶひい、ぶひい」

「ということは、里の人間以外に飼われているの?」

「ぶひい、ぶひい」

「ということは、あなたは野良なの?」

 霊夢は釈然としない様子で聞いた。

「ぶひい、ぶひい」

 霊夢と諏訪子は顔を見合わせた。

 

「どういうこと?」

 霊夢は顎に手を当てた。

「お前は、人間以外に飼われているのかい?」

 横から諏訪子が早苗に問うた。

「ぶひい、ぶひい」

「確認するが、つまり、お前は誰にも飼われていないし、野良でもないんだな?」

「ぶひい」

「やっぱりそうなのか」

 諏訪子は、うーん、と軽くうなって腕を組んだ。

 

 しばらく考えた霊夢が再び質問をした。

「あなたは外からやって来たの?」

 ……早苗はどう答えるべきか悩み、沈黙した。

 自分は確かに最近、幻想郷に越してきたばかりだった。

 しかし、もしこの質問を肯定すると、幻想郷の外に返されてしまう。

「もしかして、自分でもどこから来たのか分からないの?」

「ぶひい、ぶひい」

 自分のことはよく分かっていた。

 霊夢はまた閉口した。

 

 霊夢も諏訪子も、うんうんうなって頭を抱えていた。

 ある程度の意思の疎通が出来ても、二人が核心を付いた質問を思いつかなければ、状況は進展しなかった。

 早苗は、悩む二人にどうにかしてヒントを与えたかったが、豚の体だとままならなかった。

 と、早苗は霊夢の持っている御幣に気が付く。

「ぶひい」

「ん、なあに?」

 早苗は霊夢の御幣を鼻で指し示した。

「御幣がどうかしたの? あなたに関係があるの」

「ぶひい」

 早苗は肯定した。

 

「御幣ねえ。神社に関係が?」

「そう言えばこの子、最初に見つけた時、守矢神社の境内に居たよ」

「その時、何か変わったことあった?」

「あ!」

 諏訪子が、とても重要なことを思い出した。

「どうしたのよ」

 諏訪子は早苗に向き合って、じっくりその顔を見た。

 

「お前、もしかして、早苗?」

 諏訪子は目を大きく開けて、恐る恐る聞いた。

「ぶひいいいいいいいい!」

 早苗は諏訪子に抱きつこうとした。

 それは突進以外の何物でもなかった。

 諏訪子は早苗の重量を完全に受け止めた。

 諏訪子の足元の地面が少しえぐれた。

 

「まさか早苗だったなんてね。全然気付かなくてごめんよ」

「ぶひい」

「一時はどうなることかと思ったよ」

「ぶひい」

「霊夢のおかげだよ。本当にありがとう」

「ぶひい」

「それじゃ私達は帰るよ。それじゃあね」

「ぶひい」

 諏訪子と早苗は神社を後にしようとした。

 

「ちょっと待った」

 と、霊夢。

「早苗、そのままでいいの?」

「あ」

「ぶひい」

 二人は、間抜けな声を出した。

 

 なぜ早苗が豚になったのか、全員で考えようとした。

 が、あまりにも素っ頓狂過ぎて、何をどう考えるのべきかも分からなかった。

「まさか早苗の『奇跡を起こす程度の能力』のせいじゃないわよね」

「自分を豚にする奇跡なんて、あるものかい?」

「さすがにおかしいわよね」

「奇跡っていったら、普通は誰かの願いを叶えるものだからね」

 

「ねえ早苗、早苗の能力って、人間を豚にすることが出来ると思う?」

 早苗は、自分の能力の範囲や規模をあまり理解しておらず、なんとも言えなかった。

「早苗にも分からないのね」

「ぶひい」

「紫ならなにか分かるかな」

 ぽつりと霊夢が思い出したように言う。

「ねえ紫、見てるなら出て来てくれない?」

 

 境内の空間が割れて、スキマ妖怪が出てきた。

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん!」

 両手を挙げて、内股になりながら片足の膝を曲げ、若々しい体勢で境内の砂利に降り立った。

「珍しくあっさり出て来たわね」

「ちょっと面白そうだったから朝から全部見てたわよ。早苗も災難だったわね」

 紫は勢い良く扇子を開いて口元を隠した。

「見てたのなら話が早いわ。早苗がこうなった原因、分かる?」

「このゆかりんはなんでもお見通しよ」

 

「教えてくれないかしら? 出来れば解決の仕方も」

「えー、言っちゃっていいの? 霊夢が困るかも知れないわよお?」

「どういう意味?」

「言葉通りの意味よ。でも、確かにこのままじゃ困る人が数名いそうだし、教えてあげるわあ」

 

 紫は上品に真っ直ぐ立ち、三者に目配せすると、ゆっくり口を開いた。

「犯人は霊夢と早苗よ」

 霊夢も、諏訪子も、早苗も、何も反応しなかった。

 早苗は冗談かと疑ったが、紫がこの状況でふざけるとも思えなかった。

「ま、これは第三者の視点から見ないと分からないことだったわ。あなた達が思い至らなくてもしょうがないわ」

 紫は話を続けた。

「早苗は無意識に、霊夢の願いを叶えてあげたのよ。それで、霊夢の、早苗への嫉妬が形になった。それが全貌よ」

 

「私が早苗に嫉妬? 心当たりが無いけど」

「自覚してないみたいだけど、あんた、早苗がうらやましくてしょうがないのよ? 私から見たら本当に分かりやすい」

 紫はまた扇子を口の前に置いた。

 

「早苗に家族がいることが、うらやましいのよ。あんたは」

 紫ははっきりと言い切った。

「あんたは、早苗の家族とのつながりを千切ってやりたかったのよ。そして早苗に、自分と同じ孤独を体験させたかった」

「確かに家族をうらやましいと思ったことはあるわ。でも、早苗をこんな風にしたいなんて考えたことは無いわよ」

「責めるつもりじゃないのよ。ただ、自覚してしまえば、後は勝手に何とかなるわあ」

 

 早苗の体から白い煙が勢いよく上がり、その体は煙に包まれた。

 煙が晴れると、人間の姿の早苗が現われた。

「あ」

 久しぶりに見る自分の手に、言葉が出なかった。

「良かったな、早苗」

 諏訪子が早苗の背中を叩いた。

「願いは、叶ったらすぐに飽きるものよ」

 

 後日、早苗は博麗神社にやって来た。

 霊夢は少し気まずそうだった。

「私は、霊夢さんのこと尊敬しています。強くて、優しくて。いつかは霊夢さんみたいになりたいと思っています」

 早苗は湯飲みを抱えながら話した。

「だから、紫さんの言ったことは意外でした。あれは、真実なんですか?」

「ええ」

 霊夢は茶を一口飲んだ。

「そうですか」

 早苗も茶を一口飲んだ。

「私も、いっつも霊夢さんに嫉妬しっぱなしなんですよ」

「そう」

 霊夢は少しだけ間をおいて返事した。

 お互い静かに茶をすすった。

 早苗は、霊夢と今までより少し仲良くなれた気がした。


 
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