No.162403

恋姫無双SS 『単福の乱』 第五回

竹屋さん

萌将伝を今やってるのですが、少女たちの日常に頬が緩み、漢(おとこ)たちの生きざまに涙が止まりません。……お前らすげえよっ! なんでそんなことに命をかけられるんだよっ
後、頭がよくて腕がたって人望があって若くてやる気に満ち溢れた……呉のご隠居さま。あんたフリーダム過ぎ。

ああ、ついでのようでなんですが。
単福の乱は次回で一部完結です。

2010-08-01 14:07:07 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2193   閲覧ユーザー数:1961

恋姫無双SS『単福の乱―黄巾残党掃討戦挿話―』第五回

 

 三日前――

 

 茶商人失踪の一件に関わることに決めた小夜里は、官吏たちと打ち合わせを済ませて、一旦、帰路に就いた。

 出来るだけ早く戻る――と、知り合いの官吏たちに告げたわりには、小夜里はさほど慌てもせず、自分の庵に向かって歩いている。

 種明かしをしてしまえば、急いで旅立たねばならないとか、一分一秒がことの成否を分けるとかいう話ではない。

 問題の隊商の現在位置は不明だが、『何故、今回に限って到着が遅れているのか?』という事情の方は察しがついている。

 次の問題は実際に『往復』にかかる時間だが、これにしたところで遠すぎて困るのは、件の隊商だ。聞き取った限りでは善良な商人らしい。

 ならば、用心も決断も中途半端、保身の芽も摘みたくないなら、さらに『距離』は短くなる――三日もあれば「おつり」が来るだろう。

 なにしろ情報源は多い方がいい。

 件の商人は、北郷一刀旗揚げ直後から啄県と繋がりをもち、その後も政庁に深く食い込んでいるらしい。そんな才能も根性もコネもある商人と面識を得ておけば色んな話が耳に入るようになる。できれば恩を売っておきたいところだ。

 ――とはいえ

「……」

 小夜里が北郷一刀の人物を掴むために動き始めてまだ間もないが、大体集められる話は集めてしまった観がある。

 ようするに「誰も確かな話は知らない」のだ。今回、薬と茶から切り込んでみたのは、税制がもっとも為政者の方向性、あるいはもっと直接的に「性格」を反映するからである。

 実際、聞き取りや観察から得られた結論はおどろくに値するものだったが、だからといって北郷一刀という人間の背景が明らかになったわけではない。

 依然として、小夜里は北郷一刀を分析しかねている。

 ――と、なれば。

「もう一度、直接会って見るしかないか?」

 一対一。逃げようのない環境で、向き合う。

 そこから得られた直感が、何かを導く可能性はどのくらいあるのか? いずれにせよ

「次は、剣を携えて逢うことになりますね……」

 いずれにせよ覚悟を決めねばなるまい、と彼女は黙したまま胸中に呟いて、自分自身を切り替えた。

 すでに、目の前に庵がある。

 子供達にはこんな殺気だった自分は見せたくない。

 ――と、彼女がそんな風に思っていると

「――?」

 門の中から、子供達の歓声がした。

「……」

 なんだろう、と垣根越しにのぞいてみると、そこには

「ふははははあっ――みたかあ。これが戦乱の啄県に降臨した天の御遣いっ 北郷一刀のハンカチ落としだっ」

 ……と、必死に追いすがる幼児を、高笑いしながら振り切って走る大人げない青年がいた。

 

「…………」

 小夜里は一瞬硬直した。

 さっきまで彼のことを考えていて、それが突然目の前に現れたのだから当然だが、一度気持ちを切り替えた後だったので、なおさらびっくりさせられた。

 ――のではあるが、

「…………」

 子供達も――彼も。

 心の底から楽しそうに、笑っていた。

「…………」

 小夜里は隠れて、しばらく様子を窺うことにした。

 良い機会だと青年を観察する気になった……のでは、ない。

 

 子供たちが本当に楽しそうで。

 そんな子供達に混じった青年の笑顔が、あまりにも嬉しそうで。

 何となく、声を掛けるのが惜しくなったのである。

 

 その幸せそうな風景をもう少し見ていたくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋姫無双SS『単福の乱―黄巾残党掃討戦挿話―』第五回

 

 第五回 どこの誰かはしらないけれど 後編

 

 

 城壁の上。駆け抜けてゆく風のただ中で。

 一刀は表情を引き締めて、小夜里を見た。

 小夜里は静かに、しかし風に負けない声で語り始める。

 

「啄県の馬市は回数を重ねる事に盛況になっているそうです。それこそ幽州の主だった商人が啄県に集まる勢いです。――一体、何が原因で、このようになったのか?」

 小夜里は一刀の顔を見上げた。

「良い馬の故郷とされる北方――万里の長城の北で暮らす鮮卑の民は、肉を主食として野菜をほとんど食しません。その代わりに大量のお茶を飲みます。それが厳しい冬を乗り越える方法だと、彼らは経験から知っているからです」

 一刀もまた、小夜里の顔から目をそらさない。

「また彼らとの交易は物々交換以外成り立ちません。

 漢の貨幣はもちろん金銀すら拒まれますが、南方産のお茶なら商売になる」

 だから北方へ馬の買い付けに向かう馬商人たちは、良質で安いお茶を仕入れたがっているけれど、それには南方へ行くか、南方産のお茶を北で買うしかない。

 どちらにしても高くつく商売。

「しかし『その安くて良いお茶』が、啄県に集まる。馬と茶の商売が一つの城邑で可能なら、手間まで省ける」

 小夜里は謎解きを締めくくった。

「茶の優遇税制と、啄県に多額の収益と軍備増強の効果をもたらす馬市は表裏一体。一組の政策――」

 故に、茶価はそのまま馬の価格の変動へ繋がる。

この補給と軍備再建が何よりも大切なこの時期、万が一茶の価格が高騰していれば、今回の馬の取引に影響が出るばかりか、次回以降の馬市にも外部商人の激減などの悪影響が残る可能性があった。

 これはもうれっきとした『政策』。官僚たちが、茶の値段を気にするのも当然。

 小夜里は謀らずも、茶価の高騰に始まる経済混乱を未然に防いだことになる。

 

「北郷様が選ばれたあの官吏たちはみな優秀ですね……

 最初は仕事の内容について口が軽く、『所詮は智を弄ぶ軽薄才子の輩か』と落胆しかけたのです。

 でも、実のところは、肝心な事は何一つ言わないで、私が使いを引き受けたくなるような気分にされてしまいました」

「利用されたところで損はない」という気になったということである。

  四人とも気持ちのよい若者たちで、小夜里は友人のひとりとして仕事熱心な彼らを助けたいと思ったし、その志を尊いとも思っていた。三日ほどの遠出など、面倒がりはしない。

 とはいえ、何の底意も無かったかと言えば、前述してように小夜里には小夜里の思惑があり――同時に、四人組にも相応の『狙い』というものがあった。

 その『狙い』とは何か? 茶価の安定のため? 勿論それもある。

 だが、それは「ついで」でしかない。

「彼らの真の目的は『月旦』」

 小夜里は短く言い切った。

「処士・小夜里――すなわち、私を『人物鑑定』することだった」

『人物鑑定』――孫乾以下四名が試みたのは、『小夜里』がいかなる人物であるかを知ること。

 そして「出仕」の意志、あるいは可能性をみきわめること。小夜里が、北郷一刀が何者であるかを知るために彼女ら啄県の新人官吏たちと接触したように、彼女たちもまた、小夜里の才や性格を知ろうとした。

 今、勃興期にある啄県と北郷一刀にとって、一番必要なのは薬でもお茶でもない。何より『人材』である。

 己が理想を託す主のため、優れた人材が一人でも多く必要と考えた彼女らは、今回の事態を好機と捉えて小夜里の『人物』を測ろうとした。

 すなわち、事態の収拾に積極的であるか否かで出仕の意志をはかり、啄県の茶価が啄県に及ぼす影響をどの程度まで見極めるか、そして事態をどのように収拾するかでその才覚を測ろうとしたのだ。

 彼女らは只の新人ではない。

 この時代にあって特異としかいいようのない採用試験を突破して官吏となった彼女たちは、いわば北郷一刀の標榜する啄県実力本位主義の申し子。

 現実と乖離した古典礼法の知識や美辞麗句で書類を飾るような小手先の技術など、『同志』に必要な才覚とは認めまい。

 それ故、今回の『事件』である。

 おそらく近々に孫乾が代表その他連名で、今回の顛末と小夜里がいかに巧みに事態を収拾したかについて一部始終を記した報告書が一刀の手元に届くことになる。

 そして。

 もし今回の情報を小夜里が自分自身の為に悪用した時は、相応の手段を講じるべく準備をしていたに違いない。

 小夜里は彼女ら四人をそう分析した。

しかし一刀は 

「なんだ。みんな、先生の事が知りたくて仕方ないんだな」

と、笑って肩の力を抜き、再び演習場の方へ目をやった。

 小夜里も「ほう」と一つ、ため息をつき

「私には、貴方という人間が分からなくなりました」

 背中から剣を下ろして、手近な石段に腰掛けた。

 そのまま、一刀が体を預けている城壁に自分も背を預ける。

「お茶が鮮卑――五胡の民との交易品として優れている事を、私は啄県で初めて知りましたが、これは運良く北方の商人に話を聞けたからです」

 彼女は強い風が吹き抜ける青空を見上げた。

「しかし北郷様が啄県に県令になられたばかりの頃、このあたりに大きな馬市はなかったはず。

ということは、北郷様はこの町で北方の商人に会うずっと以前から、五胡の民が茶を珍重しているという知識を持っていた事になる」

「知っていました。ヤギの乳とかで煮たりもするらしいですよ」

 一刀の生まれた『世界』であれば、某国民放送の特番を一つ二つ見れば別に珍しい知識でもない。

そしてそれは、この世界の住人である小夜里には、そもそもアクセスしようのない情報である。

 小夜里は剣を膝の上に横たえて、話を続けた。

「その茶が良い例ですが……啄県で行われている様々な政策は、これまでのどんな史書にも現れていない考え方に基づいています。平準均輸といった古来の方法に似ているようで、それを支える思想は異なる。目的設定が大胆で、何より合理的です」

「それは、比べたことが無いからわからないな」

「私が知っているどの兵法書にも載っていない戦い方をなさる」

「車掛かりはたまたまだよ。

 八門金鎖の名前は知っていたけれど、実物は今回初めて見た」

「そのようにひとかどの知識をお持ちなのに、剣も乗馬もからっきしでいらっしゃる」

「……面目ない」

「それから」と、くすっと吐息のような笑い声が聞こえて

「天の御遣いで啄県県令。

 色々と特別な方で、もっと偉そうにしていいのに。あんなに自然に、子供たちと仲良くできる……」

 一刀は、やはり照れくさそうに

「俺もガキだから。あの子たちと一緒にいるのは楽しいです」

と答えた。

「……そして」

 小夜里は、目を閉じて、息を整える。

「どうやら、『本当の姓名』を名乗ったわけでもないのに、何故か私の前歴に気づいていらっしゃる節《ふし》があります」

 低い声でそういって――

「そうでなければ、あの『名前』は出てきません。

 第一、私にあの『物語』を語ってきかせる必然性がない」

「……」

 伏竜鳳雛――口にしなくとも、その名は、雷鳴のように二人の脳裏に鳴り響く。

 現時点、ほんの一握りの者しか知り得ないはずのその呼び名を、彼は、それを知る彼女の前で、正史に記された歴史であるかのように語ったのだ。

 おそらくは、今こうして彼の前に――彼女を立たせるために。

「……」

 

 一刀はそれについて否定も肯定もしなかった。

 小夜里は静かに立ち上がった。

 剣を右手でぶら下げたまま、構えるでなく。ただただ無造作に立つ――だのに、剣を無造作に手にしているだけの彼女には不思議な迫力があった。

畏怖すら覺えた。

 今の小夜里は――一刀が初めて見る彼女だった。

 黒と白。

 モノトーンのポートレートの中で、まったく異質な輝きを放つ蒼い瞳に、刹那鋭い光が宿る。

 

「貴方は、私の事を何処まで知っておられるのですか?」 

 一刀は息を整えた。

 自然と丹田に力が集まっていく感覚がある。こんな時に何故か剣道の試合で蹲踞《そんきょ》して審判の合図を待っている心持ちを思い出した。

 そんな心の揺らぎを顔に出ないようにしながら、一刀は再び城壁から離れて小夜里と正対した。

 

「いいえ。俺は先生のことを何に一つ、わかっていませんでした」

 言葉は意志と気合いを込めるために意識して短く切った。

今度は、小夜里が一刀の言葉に応えた。

「私は一介の処士に過ぎません。県令殿がご覧になったままの人間ですよ」

 言葉は形骸に過ぎない。

 身に纏う気迫こそが小夜里の問いかけ。

 一刀は、心に浮かんでくることを正直に答えるしかない。

「外見や伝聞でわかることなんて多寡が知れています。それだけで人を理解することなどできません」

 言いながら、一刀は小夜里との出会いを、交わした言葉を、そして、その時々の彼女の表情を思い出した。

 聡明で明るくて、人当たりもやわらかく、礼儀に厳しく。それから意外に頑固。それでいて困っている人に手をさしのべずにはいられない優しい人――

 それが、一刀が小夜里に抱いていた第一印象だった。――だが、あの雨上がりの朝。

『そもそも私は、誰かに『師』と呼んで貰えるような人間ではないのです』

 そういって、背を向けた小夜里に言葉にならない孤独と影を見て、一刀は自分自身が抱いていた彼女の第一印象が、砕けるのを感じた。

 ――だからこそ、今

「だから」

 そして、胸に覚悟、胸に赤心をのみ携えて、告げる。

「今、俺は貴女の事を、心の底から知りたいと思っています」

 冬の午後、城壁の上を吹き渡る風は強い。はためく軍旗がちらちらと弱々しい冬の太陽を遮る。

 演習の歓声が遠くに聞こえて、二人の間の沈黙がいっそう重く感じられた。

 何処までも澄んだ光を瞳に湛えて、小夜里が問う。

「そういう貴方は、いったい、何者ですか?」

 小夜里の問いかけに

「北郷一刀――それ以上でも、それ以下でもありません」

 一刀はただ真っ直ぐに答えを返す。

 今は、それ以上語らない。何を語ったところで証明する術がない。だから、語るべきではない。

「知った上で理解し合えないのであればどうしようもない。でも、俺たちは、あまりにお互いの事を知らない――そうは思いませんか?」

 一刀は、小夜里に向けて一歩踏み出した。そしてもう一歩。小夜里は視線も体も動かさずに、一刀を見返している。

「俺のことがわからないのなら、知って下さい。話相手になってくれるだけでも構いません。俺にわかる限りのことなら、質問には答えます。剣術を教えてもらえたら嬉しいけど、無理強いはしません――俺は」

 すでに二人の距離は近い。

 剣を抜くにも、跪き叩頭するのはもちろん、片膝を着いて頭を下げることすら不便なほどに、近すぎる。

 小夜里の記憶と知識の限りにおいて、この距離で可能な礼法は存在しない。

 少なくとも彼女はそう思った。

「あなたの事を、もう少しだけ知りたいだけなんです」

 そんな彼女に北郷一刀は右手を差し出した。

「『握手』という俺の国の挨拶です」

 それが中華の礼法を重んじる小夜里の目にどれほど奇異な行為と映ろうとも、一刀は手を差し伸べる他、この場にふさわしい礼儀を知らなかった。

「服従や忠誠ではなく、勝者と敗者でもなく、対等の相手に対等の友誼を表す礼儀。表された友誼を受け入れるのであればその証として、差し伸べた手を握る。それがこの挨拶の正しい作法です」

 なるほど――と小夜里は心の中で呟く。

 戦うにも古来の礼法にも近すぎるこの距離は、握手《それ》をするための距離だったのか、と。

 そして、これが北郷一刀という人間の『間合い』なのだ、と。

「……」

 言葉や知識から背景を思い浮かべることが出来ない。

 彼は農夫のような手も武人のような体もしていない。とにかく情報から背景を推測できないのだ。まったく現実味が感じられない。

 こうして向かい合い、言葉を交わしながら、まるで幻と話しているようなこの違和感の正体は、一体なんなのだろうか?

「……」

 驚くほど軽やかで、無頓着で、無邪気で、誠実で――そして、小夜里の知るどんな人間とも、決定的に『何か』が違う。

 わからない。あまりにわからなさすぎて、それがかえって新鮮な程だった。

 彼女には彼という人間が全くわからない。

「……」

 しかし――否。だからこそ。

 小夜里は一歩踏み出した。

 彼の示した礼に応えるためには、彼女が、なお一歩進むことが必要だった。

「……私は、私の剣術を貴方に教える気はありません」

 剣を右手から左手に持ち替える。

「でも――そうですね。鍛錬のお手伝いくらいなら、させて頂きます」

 小夜里は一刀の差し出した手を握った。

 最初は遠慮をして軽く握るだけだったが、一刀が少し力を込めたので、同じ力で握り替えした。

「……私も、貴方のことが知りたくなりましたから」

 

 

 

 

 

 

恋姫無双SS 単福の乱―黄巾残党掃討戦挿話― どこの誰かはしらないけれど 後編 完

 


 
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