平賀才人は何を言っているか理解できず、状況をただ見つめている。
彼の目の前には親方がうつぶせになって倒れている。
喧嘩がはじまる途中まで騒いでいたヤジ馬たちも、大柄の男を吹っ飛ばした「もの」に目も言葉も奪われている。そして、それは才人も目にしたことがある現象……魔法だ。
「逃げずに向かってきたのは、誉めてやろうじゃないか」
「……っう、げふっ」
親方の顔面が鮮血で染まり咥内からも血を吐いている。動くのもやっとの様子。
ボイルは楽しそうに朦朧としている親方に話しかける。自分でやったわけでも無いのに相手をののしるのは卑劣極まる行いではあるまいか。だが誰も物言いをつけない。つけられない。
「青銅のゴーレムとあれだけの勢いで激突したのだ。ただでは済まないだろう」
喧嘩の途中で割り込んできたローブの男。左手の杖がメイジであることを証明している。メイジとは魔法使いの名称であり、この国では貴族のみに許された特権のはずだ。はずだった。
「やっぱりこの稼業は用心に越したこたあねえわな。喧嘩を売るにしても相手をみてからじゃないと割に合わないっしょ」
虎の威を借る何とやらのごとく、忠告じみた嫌味をかける。周りはボイルと親方のやり取りなどそっちのけで、こんなしょんべん臭い城下町に貴族が来ている事に興味が移っていた。
「おっと!紹介が遅れたわ。こちらがウチの用心棒に加わってくださったメイジ……フーケ先生よ」
フードとマントで顔はよく見えないが無精ひげが目立つ中年の男。この場で一番の権力者であり実力者でもある。現に喧嘩自慢の親方ですら一撃で倒されている。平民にとっての恐怖。ただ……
「フーケ……聞いた事が無いな」
「ウチが一番最初にお声がけしたんだ!今日が初お披露目みたいなもんよ!」
野次馬の中からあがった声に律儀に答えるボイル。
何にしても貴族には太刀打ちができない。
貴族には魔法が使えるが平民には使えない。文字にしてたったそれだけなのだが現実には抗えない。
「おーい。親分がやられたってのに誰も文句言わないのか~? こういう時は親分の仇…!ってな具合に若いのが来るのがお約束じゃないの?」
だが動けない。貴族と平民には魔法の有無がある。
素手でフル装備の軍人と戦おうとするぐらいには戦力差がある。だから、貴族には逆らわない。逆らえない。
「なっさけないな~…昔は喧嘩もブイブイ言わせてたのに。そこの若いの遠慮せずかかってこいよ」
しつこく挑発してくるボイルに対して……
同僚のアンディは目を伏せた。
同僚のビィーリは目を反らした。
同僚のクラークは目を明後日のほうに向けた。
平賀才人は目を伏せなかった。
「おもしれえ。その喧嘩買ってやる」
・
・
・
「何言ってんだよ才人。今すぐにげちゃえって」
「買った喧嘩だ。いまさら返品しろったって道理が通らねえ!」
すでに意気込み十分の才人にまわりは止めに入る。だが、ここまで見栄をきって逃げる理由が無い。
それでも、貴族を相手にする事には絶対に反対の三人だった。
「平民ってのは貴族には絶対に勝てないんだ。親方だって病院につれていかないと……」
理由はもちろん相手が貴族で才人が平民だからにである。
「アンディ、ビィーリ、クラーク、任せた。はやく医者に見せてやってくれ」
止めに入るのを押しのけて相手の目の前に立つ。その瞬間にまわりのボルテージも上がる。
「がんばれよ坊主!できるだけ楽しませてくれ!」
「こっちはお前に賭けてんだ!大穴持ってこい!」
いい大人たちが集まって真昼間から酒、喧嘩、賭け、と、まさにろくでもない場所にいるもんだ。
才人もこの雰囲気に飲まれて絶賛ろくでもない連中の一人だである。
「ミルクのボンちゃん。おこちゃまの癖にいい度胸してるねえ。意外だわ」
「かたき討ちしろって言ったのそっちじゃん!ボイルさんだっけ? 覚悟しろよ!」
「俺とやりたきゃ列に並べや。先生お願いします!」
体格的には同程度。先手必勝!突進してぶん殴ろうかと気合をいれていたのも束の間。早くも選手交代。
用心棒の用心棒がはやくも登場。
フーケは才人と目が合うと、杖を振った。
杖の先端から赤黒い光の粒が宙に舞ったかと思うと……。
無機質で無骨な二メートルもありそうな、人形になった。
「な、なんだそりゃ!」
殴り合いを想定していたら、用心棒の用心棒、のまたさらに用心棒の人形が出てくれば文句も言いたくなる。しかも……。
「土人形が三つって流石に卑怯でしょ」
「言い忘れたな。私の二つ名は『土くれ』。土くれのフーケだ。従って、青銅のゴーレムでお相手しよう」
無機質な形をしたゴーレムが、才人に向かって突進してきた。
三体のゴーレムのうちのどれかの腕が才人の腹にめり込む。
ボディにもらった一撃は人生の中で一番の衝撃。
「げふっ!」
才人はうめいて、地面に転がった。無理もない。土とは名ばかりの青銅製の拳がはらにめり込んだのだ。
「意気込みだけか。これなら私が出るまでもなかったな」
「……ちょ、ちょっと油断した。勝負はこれからだ」
立ち上がった才人を見て会場が再び盛り上がる。いつの間にかあたり一面ダメな暇人だらけだ。
「立ち上がるか。手加減したのは私なりに子守りのつもりだった。ボイル!本気でやるぞ」
「もちろん後始末は引き受けるんで、平民ふぜいにお貴族様の力をわからせてやってください!」
才人はダメージが残った体で用心棒の貴族に向かって歩き出した。アンディ、ビィーリ、クラークの三人は才人を囲んで止めに入る。
「才人!もう謝って許してもらおうよ。こ、殺されちゃうよ……」
「ムカつく……。貴族の後ろで威張ってるやつもそうだが……こないだの貴族の連中もそうだし」
才人はよろよろと歩きながら、呟いた。
「メイジだか貴族だかしんねえけど。お前ら揃いも揃って威張りやがって。魔法がそんなに偉いのかよ。アホが」
「事情はしらんがこっちは仕事なんでな。無駄だとおもうが無理するな」
フーケの顔から余裕が消えた。三体のゴーレムの拳が飛んできて、才人の顔面を襲う。モロに頬にくらって、いや、寸前で右手の甲でブロックする。
それでも勢い良く吹っ飛んで、顔面から着地する。
幸い折れなかったようだが、とろりと鼻血が垂れる。
「何となくだけどコツをつかめてきた。土人形で遊ぶのも楽しくなってきた」
「……ちょっと待ってろ。もうちょっとで出来そうなんだ」
改めて参ったな……、これがメイジの力か。この世界に召喚されてからメイジが使う魔法の恐ろしさには何度も味わってきた。それでもあの時は一人じゃあなかったし、何とかなったっけ?
ふらふらになりながらも立ち上がる。そんな才人をゴーレムたちは容赦なく殴り飛ばした。
擦り傷だらけになりながら立ち続け。殴られ続ける。
十回目のパンチは、才人の左腕に当たった。全身に衝撃が走る。
殴る蹴るの嵐の中、そっと目を開いて体の様子を見てみるが手足は曲がっておらず、致命傷は避けていられた。
ゴーレムの青銅の腕が才人の顔面をとらえるラリアート。
派手に後ろに吹き飛ばされてすっころんだ。
頭を強く打ち付け、才人は一瞬気を失ないかけたがなんとか耐えた。
目を開けると才人の予想外の健闘に空き地の決闘場内は今日一番の盛り上がりを見せている。
その様子にアンディは才人に駆け寄って肩に手をかけ叫ぶ。
「才人!もういいよ!良くやったからさ!謝って逃げよう!」
たしかに才人は健闘はしている。だが、一発だってやり返してない。
いつかは捕まって散々痛めつけられるのだろう。痛めつけられるだけならいい。殺される未来も十分にあるのだ。
ヒラガサイト。
少し前にアンディたちが働く大工一家に入ってきた新入り。
黒い髪と黒い瞳をした、いかにもな外国人。年齢も十六歳と若いほうだ。
まじめなようでふざけていて、それでも仕事が出来て、それでも年相応の反応のする『かわいい後輩』だ。
一家の絆なんて臭い事は言わない。それでも仕事仲間に死なれたくない。だからアンディはもう一度叫ぶ。
「才人!謝って逃げよう!」
負ける気はすでになかった。それでも勝てる気もしない。周りは勝手に騒いでいる。
心配している人たちもいる中、気が付かずこの状況でおセンチになっていたのかもしれない。
「俺は遠い国からやってきて、帰れるかどうかもわからねえ」
だから、独り言をつぶやく。
「大工だってその日ぐらしで食べられない日もあれば、仕事中は気にならないけど家に帰ればあちこち痛くて眠れない日もある。でも生きるためだ。しょうがねえ」
どこにでもいる平凡な男子高校生が文化や常識がちがう異世界に迷い込んだ。
最初は事情が一切わからず、この世界の貴族たちに命を狙われてなんとか生き延びた。
元の世界に帰る方法を探してくれる事になったがその間は自分ひとりで生きていかなければならない。
衣食住を得る為に最初は頭を下げて仕事をさがし、住処をさがし、糧をさがした。
「でも……」
世間知らずの少年が生きる為に覚えた処世術。世の中の大人たちが成人する辺りで学ぶ『お願いします』だ。
「下げたくない頭は、さげられねえ」
それでも『お願いします』を絶対に言えない時があり、今がその時だった!
才人は残った気力を振り絞って両の足で立ち上がった。アンディの手を振りのけて『右の拳』を握りしめた。
その時……。
才人の右手の奥にあった『なにか』が、光りだした。
・
・
・
才人は驚いていた。拳を握った瞬間、体の痛みが消えた……などと都合よく起こらなかった。
自分の右手の奥の『なにか』が光って、血管越しにうっすらと赤くなっていることに気づいた。
そして……。
体が羽のように軽く、まるで飛べそう……などと都合よく起こらなかった。
「あれだけ叩きのめしたのに立っている事。一応、誉めてやろう」
右手が真っ赤に光ってるように見えるのは手のひらを太陽に透かして見れば状態。
そんなことを考える余裕があることに驚く。
こんなに体がボロボロなのに恐怖を感じなくなっている。殴られすぎて感覚が壊れたのかも。
フーケのゴーレムが襲ってくる。青銅の塊の腕が改めて才人に襲い掛かる。
―――― ガキィーーーーン!
けたたましい金属音を響かせて全てが命中。致命傷は必至。
青銅の拳を全弾浴びて、「なんだよ……」と呟いた。
才人は、殴り返した。
・
・
・
自分のゴーレムが生身の少年と互角以上に殴り合う様を見て、フーケは声にならないうめきをあげた。
ぐしゃと音を立て、上半身を引きちぎられたゴーレムが地面に落ちる。
同時に、才人はフーケめがけて体当たりの体制で突っ込んだ。
フーケは慌てて杖を振る。赤黒い光の粒が舞い、新たなゴーレムが十体現れる。
全部で十体がフーケがゴーレム同時に出せる最大数である。三体しか使わなかったのは殺すまでもない手加減の証。用心棒とは言え殺すまでには及ばないと思っていたためである。
ゴーレムがフーケを取り囲む形で、突っ込んでくる才人を待ち受ける。
そして、一気にはじき返す……、かに見えた瞬間、八体のゴーレムが才人の体当たりに『弾かれて』バラバラの積み木のように散らばった。人間がぶつかった様には思えない。まるで巨大な魔獣のような一撃
とっさに残りの二体を、フーケは自分の盾に置いた。
次の瞬間、そのゴーレム二体は頭部を潰される。ダブルのアイアンクローがさく裂。
「な、なにぃ!?」
やられる!と思って頭を抱え込んだ。
―――― カラン!
才人がゴーレムの頭部だった『もの』をフーケの左側の地面に投げつけていた。
「土人形全部くずしてやったぞ」
才人は呟くように言った。
「……っ」
フーケは驚きを隠しながらも目の前の光景に驚嘆した。
「続けるか?」
自嘲まじりの声でフーケは言った。
「ふっ、参った」
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ゼロの使い魔 二次創作