No.116110

~薫る空~49話(洛陽編)

明けましておめでとうございます!
何気に2週間以上空けてしまった・・・
申し訳ないですorz

2010-01-03 00:01:15 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:3317   閲覧ユーザー数:2850

 

 

 

 

 

 

 ――劉備軍

 

 虎牢関開門から数刻。

 曹操軍の動きを聞いた鳳統が、その不自然な行動から偵察を放ち、その報告を聞いていた。

 

 【鳳統】「……そうですか」

 

 諸葛亮の策によって、城門が開く前に落城させるという結果を残したにも関わらず、その表情は晴れたものではなかった。

 

 

 

 一方、汜水関に続いて、虎牢関と陥落させた劉備たちは、その十分すぎる結果に喜びを隠せなかった。

 

 【劉備】「それにしてもすごかったね~、朱里ちゃんの作戦」

 【諸葛亮】「そ、そんなことないですよ!た、たたまたまです!」

 

 褒められることに慣れていないのか、諸葛亮は顔を赤くしながら慌てていた。

 

 【関羽】「いや、本当にたいしたものだったぞ。味方である私たちまで騙されたくらいだからな」

 【趙雲】「ふふ……味方が騙されてどうするんだ?」

 【関羽】「う、うるさいぞ、星……そもそもお前こそまったく姿を見せないと思ったら、いきなり山の中から出てきて……」

 【趙雲】「そういう作戦だったからな。まぁしかし、ここまで早く落城させられたのは、中にいた兵がほとんど撤退していたせいもあるんだろうが」

 

 いやらしい笑みから一転して、趙雲は表情を雲らせた。

 諸葛亮から受けていた命は二つ。連合が汜水関へと当たる際、横を抜け、山を越えて進むこと。もうひとつは、連合軍が虎牢関城門前まで攻めあがったのを機に、山道から城壁へと乗り込むこと。

 内側から門を開き、兵を中へと突撃させることが目的だった。

 しかし、実際に中に入ってみれば、兵の姿は城壁にいた数部隊しかなく、本隊と呼べるものは既になかった。

 

 【関羽】「そういえば、先ほどから鈴々の姿が見えないが……」

 【趙雲】「あぁ、鈴々なら……」

 

 

 

 

 

 

 ――城門前

 

 

 【張飛】「それじゃ、あのちびっこは助かったのか?」

 【一刀】「あぁ、君のおかげだよ。ありがとう」

 

 偶然にも、張飛が外の空気を吸おうと出たところで、一刀と鉢合わせとなったので、丁度良かったと、あの時運んでいった琥珀の様子を伺っていた。

 

 【張飛】「そっか……よかったのだ」

 【一刀】「うん」

 

 一刀の両手に抱えられた剣を気にしながらも、張飛は少し顔を緩ませ、安心したようだった。

 

 【一刀】「それじゃ、もう行くね。またね、張飛ちゃん」

 【張飛】「うん、またなーなのだ!御遣いのお兄ちゃん!」

 

 どこか急いでいる様子だった一刀を見送りながら、少し力の抜けた様子で、張飛はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 張飛と別れた後、一刀は華琳のいる本陣へと走っていった。

 本陣もこちらへと進軍しているので、それが見えるまではさほどかからなかった。

 数分して、華琳の姿が見えるところまで来ると、一刀は華琳の名を呼ぶ。

 

 【華琳】「一刀?」

 【一刀】「はぁ……はぁ……お、おす」

 

 間の抜けたような声の華琳に、息切れしながらも挨拶はしておく。

 小太刀とはいえ、剣を五本も担いだ状態で全力疾走すれば、誰でもこうなるものだが、この時代ではその常識は何人の人間に通じるだろうか。

 

 【華琳】「……はぁ。作戦失敗しておいてよく平気でいられるわね」 

 

 少なくとも、この主様には通じないようだった。

 

 【一刀】「あぁ……その節は誠に……」

 【華琳】「ふふ、まぁいいわ。華雄を捕らえた戦功で帳消しにして置いてあげる」

 【一刀】「…………ありがとうございます」

 【華琳】「で、それは?……琥珀の剣かしら」

 【一刀】「あ、あぁ。あちこち散らばってたからな。一応預かっててくれるか?」

 

 ようやく本題に入れたと、安心しながら、一刀はその手に抱えた剣を華琳へと差し出す。

 

 【華琳】「そうね。わかったわ」

 

 おおよその状況は把握して、華琳は一刀からその剣を受け取る。

 

 【一刀】「じゃあ、俺も前に行くよ」

 【華琳】「えぇ」

 

 踵を返して、春蘭達に追いつこうとしたとき。

 

 【華琳】「一刀!!」

 【一刀】「――え。うわっと!!」

 

 呼ばれて振り向けば、目の前に鞘に収まった両刃の剣が飛来していた。

 あわてて受け止めたものの、もう少しで顔面から激突する所だった。

 

 【一刀】「か、華琳」

 【華琳】「また一本落としたからって苦戦していちゃ話にならないでしょう」

 【一刀】「あ……」

 

 剣を投げつけられた怒りよりも、戦いを一部始終見られていたことの恥ずかしさが上に来てしまい、一刀は何も言えなった。

 

 【華琳】「気をつけていきなさい」

 【一刀】「あ、あぁ……ああ!」

 

 強い口調で言う華琳に、一刀は何度か頷いて、答えた。

 振り返って、こんどこそと、一刀は前へと走る。

 

 

 【季衣】「華琳さま。あの剣って大事なものじゃなかったんですか?」

 【華琳】「そうね…。けれど――」

 

 馬に乗り、走っていく一刀を見ながら、呟いた。

 

 【華琳】「剣は所詮剣。仕えてくれる者以上に大切なものは無いわ」

 【季衣】「華琳様……」

 

 【華琳】「―――それに、あの”奇天”を振り回せる一刀なら、あの剣も大丈夫でしょうし」

 【季衣】「……?」

 【華琳】「……なんでもないわ」

 

 

 

 

 

 そこは、ほんの数刻前までは灰色のモノトーンに支配された街だった。

 活気なんてものはなくて、ただ外見上の華やかさが、中心にそびえているだけ。かつて日輪を思わせたこの国の頂点に立つ者は、今は一枚の絵のように、薄っぺらいものになっていた。

 そんな街が、今は赤色に染まっている。

 灰色の街を黒に沈め、その上に赤色が立ち昇る。

 轟々とした音が、人々の悲鳴をかき消して、静まり返った街に、歪んだ活気をもたらした。

 曇り空だった空には、今は別の雲で覆われている。

 

 

 【董卓】「………………」

 

 窓からみえるそんな景色。

 少し前から、文官達が急に忙しなくなったことや、いつも嫌というほど顔を見せる李儒がいないことから、この原因はなんとなく察しはつく。

 あの賢しい男が、こんな反逆にも値することを行ったのだ。いろんな事がもう、止まることの出来ない場所にまで走り出しているのだろう。

 気を抜けば一瞬で我を忘れそうな状況の中で、董卓は自分のすべきことを考える。

 もしかしたら、もうこの街は元には戻れないのかもしれない。

 あまりにも栄えすぎたここは、多くの物を取り入れすぎた。

 色が混ざり合えば、最終的に存在するのは灰色だけ。燃えカスのような文化で、国が動かせるはずもない。

 

 【董卓】「天子様を……」

 

 考えなければならないのは、兎にも角にも、まずは帝の事だった。

 李儒によってハリボテと化した者とはいえ、それでもこの国にとってはおそらくは最後の帝だ。

 ゆっくりと振り返って、董卓は歩き出した。

 自分についてきてくれる人が今この場に何人いるのだろうか。

 そんな事を思いながら、扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 洛陽郊外。戦場とも燃え上がる都とも離れた場所。

 そんな場所に、まったく不釣合いなほどに、黒の鎧を身にまとった軍が駐留していた。それを率いている者は、同じように鎧を身にまとっているものの、他の兵士とはまったく別の雰囲気を持っていた。

 

 【李儒】「既に漢は力なく、董卓といえども、もう流れは止められない。袁紹によって作られた反董卓連合がその流れを助長させてくれる」

 

 李儒の視線は何処を向いているのか。その何もなく、ただ荒野が広がり、遠くには山々がそびえているだけ。

 

 【李儒】「天は誰に分を与えるのか…。乱世がそれを示すはず」

 

 まだ夜というには程遠い空。

 白い月がぼやけて見え始める時刻だが、まるで天文でも見るように、李儒は呟いた。

 そして、そんな時だった。

 一人の兵が、李儒の元へと走りこんだ。

 伝えたことは、虎牢関へと向かっていた賈駆たちが、洛陽へとたどり着いたというもの。

 

 【李儒】「速いな。さすがは賈駆といったところか。あの少女をこれまで支え続けてきただけはある。だが…」

 

 もうひとつ。賈駆以外の軍がこちらへ向かってきているというもの。

 

 【李儒】「やはり称えるべきはこちらだな。本当に神がかった情報収集力だ。この速さ、お前なのだろう…?袁紹を動かし、この戦乱を加速させたのは……!」

 

 遠目に見え始めた軍。全体に青を思わせる鎧と旗。立っている文字は「曹」、「夏候」、「司馬」。

 

 【李儒】「曹操か。黄巾の乱より名をよく聞くが……よもや、総大将が先頭を駆るはずもないだろう。ならば……」

 

 この戦の構図を描き出した張本人は、夏候の名を持つもの。または司馬の名を持つもの。二人のうちどちらか。あるいは両方か。

 

 【李儒】「ふふふ……それももうすぐわかるというものだ」

 

 楽しみにするように笑った顔は、どこか子供のようでもあった。

 そんな彼の視線の先には、黒い髪の少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――side薫

 

 賈駆を追ううちに、あたしの中にいるあいつがまた話しかけてきた。

 虎牢関の前では勝手に出てきたくせに、今度は話しかけてくる。そんな事が出来るなら始めからすればよかったんだ。

 と思ったけど、どうやらあたしが彼女の存在を認めないと出来ないらしい。

 で、本人的には散々夢や幻できっかけはくれていたらしい。そんなの分かるはずがないって…。

 それで、その話しかけてきた内容は、賈駆が何故急に洛陽に撤退するのかと、洛陽から新に出撃した軍について。

 この戦であたしが出した策は全部あたしじゃなくて、あっちだから、今更教えてくれたところで判断のしようがないんだけど、それでも知っておいて欲しいとかなんとか。

 「面倒だから、もうあんたが表でれば?」と言えば、複雑な顔をして首を振る。嫌味で言ったつもりはなかったけど、あの子としては気にしているようだった。

 でも、やっぱりこの状況下であたしが下せる判断なんてあるはずもなくて。

 だから、あたしは嫌だったけど――。

 

 【薫】「…………自分なのに、よくわかんない奴」

 【桂花】「……?」

 【薫】「ううん、なんでもない。それより桂花、春蘭達も追いついてきてるし、二手にわかれよっか」

 【桂花】「二手?片方は洛陽に向かうとして、もう一方は何をするのよ」

 【薫】「犯人探しだよ」

 【桂花】「ふむ……」

 

 私の言葉に、少し首を捻ったけど、なんとなく察してくれたのか、桂花はすぐに了解してくれた。

 

 【桂花】「わかったわ、こっちは洛陽へ向かうわよ。そうね…秋蘭をもらおうかしら」

 【薫】「え゛……」

 【桂花】「なに?」

 【薫】「なんでもないです…」

 

 頼んでいるのはこちらだけに何も言えなかった。

 

 【桂花】「適材適所よ。わかったら軍をわけるわよ」

 【薫】「はぁい」

 

 いつの間にか指示する側が入れ替わっているし。

 そんな感じで追撃していた軍を二つに分け、片方を私が率いることになった。

 当然狙うのは、この戦の変異点であるあの男。

 私の目的のためには、前回から変動することは極力避けたい。

 すでにいくつか変わってしまってはいるが、まだ歴史を狂わせるほどではない。

 今のうちに出来ることはやっておく必要がある。いずれ来る時のために。

 

 

 

 【一刀】「はぁ……はぁ……急げ…っ……急げっ」

 

 いつの間にうまくなったのか、初めて戦に出る頃はしがみついていなければならない程度の乗馬術は、今では全力で手綱を振るっていた。

 薫の言う通り、洛陽に近づいて行くほどに明確に見えてくる黒煙。立ち上るそれが物語るものは一つしかなくて、一刀の気をより囃し立てる。

 馬が一歩足を前へと出すほどに、琥珀から預かった剣。華琳から預かった剣が、がちゃがちゃと音を立てて、その存在を主張する。

 何の意図をもって、一刀にこの剣を預けたのかは分からない。琥珀の剣でさえも、未だに手に余るものだというのに、華琳はそれでは足りないでしょうとでも言うように、これを与えてきた。

 まだまだだと言われたはずの俺の武力に、何を期待しているのか。

 前を見ると、曹の旗は二方向に別れている。

 何があったのか、おそらくは薫と桂花が別れたのだろう。

 以前から疑問を抱く事の多かった薫が、何を思ったのか。どうして誰よりも早く洛陽の事を知る事ができたのか。

 何かに恐れているように、薫は不安になっていた。自分が自分でなくなる、と。

 呉にいたときに何かあったのか、と考えもしたが、結局はわからないまま。

 それに、わからない事でひっかかるのは薫だけじゃない。

 琥珀も、昔何があったのか。最近は接する事が多くなってきただけに、気になるところがある。

 華琳は知ってるんだろうけど、あの調子では決して話す事はないだろう。

 

 

 【一刀】「…………ったく、どいつこいつも……」

 

 

 洛陽に火なんて放った奴も、何を考えてやったのか。そんな反逆まがいの事してただで済むはずがない。

 本当にどいつもこいつも、何を考えているのかはっきりしない。歴史がわかるから、力になれる事もあるなんて、最初に言ったのは誰だ。

 力になんて、なれないじゃないか。

 知らない事ばかりで、中途半端に適合する箇所がある分、尚の事一刀には手の出しようがない。

 放り捨てることもできず、かかわる事も出来ず、なら、自分には何が出来るのか。

 走る馬はそれを考える時間を与えてはくれない。

 燃え盛る都はどんどん近づく。

 その周りに集まる多くの軍も見え始めて。

 混乱し始める頭が、訴えてくる。

 ”俺は元々学生なんだから、当たり前”だと。

 ――違う。

 違う。

 ”出来なくて当然なんだ”と。

 ――違う。

 違う。

 ”華琳達のような戦乱の時代の人間ではないんだから”と。

 ――違う。

 違う。

 

 

 ――俺はもう、”ここ”の人間だ。

 

 

 そして、走る馬は足を止める。

 馬を降りて、目指してきたその街に足を踏み入れる。

 沈む都、洛陽に。

 

 

 

 

 

 ――洛陽

 

 

 初めて入った都は、想像していた煌びやかさなんてかけらもなくて、灰が飛び交い、人間の悲鳴と燃えるにおいと、炎だけが乱舞していた。

 ここが都だと物語るのは、遠くに見える高い建物くらいで、その周りは既に廃墟そのものだった。

 既に中にはいっている軍もあり、そこかしこに兵の姿が見える。鎮火するもの、救助するもの。役割はさまざまだが、しなければならない事は同じだった。

 

 【一刀】「…………」

 

 それは、一刀も同じだが、足の裏から伝わる熱を孕んだ砂の感触が、一刀の意識を話さない。

 どうして……。

 そう思わざるを得なかった。

 噂や華琳の話で、ある程度予想していた都の現状は、それを大きく上回っていて、何かに魅入られるように、一刀は少しの間、そこから動けなかった。

 はっとして、気がついたのは、制服のズボンのすそを引っ張る、見知らぬ人のおかげだった。

 這いつくように、一刀にすがるように、その人は呻くように何かを呟いて、意識を失う。

 小さくもらした一刀の声はだれにも聞こえず、伸ばそうとした手が届く前に、その人の体は地面に崩れ落ちた。

 どれだけ貧しかったのか、その人の力は非常に弱くて、指なんかは骨が浮き出るほどに細くなっていた。

 轟々と立ち上る炎の中で、この様はもう、都というより、地獄そのもの。

 

 【一刀】「…………っ」

 

 散々触れてきた死が未だになれない事は、果たして救いと言えるのか。

 

 【一刀】「ごめんなさい……。行かないといけない場所があるんだ」

 

 正気をくれたその人を、兵に預けて、一刀はあの高い建物を睨む。最も高い場所に備えられた窓。

 

 【一刀】「…………董卓」

 

 おそらく、この時代に来て初めての事だろう。こんなにも、他人が許せないと思った事は。

 

 さらさらと、鞘から剣が抜かれる。

 救うはずの街で、その行為がどれだけ異常か。それは周囲の兵達の反応が物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍・本陣

 

 

 

 【琥珀】「…………一刀」

 

 もう一度目を覚ました時、目に入ったのは天幕の天井じゃなくて、砦の石の壁だった。

 気分が悪いのは、斬られた傷があるせいだけなのか。

 体の横に並べられた何本かの自分の剣。

 折れた物もあわせれば五本なんだろうが、折れた剣を数えたところで意味はない。

 帰ったら真桜に直して貰うか。ああ、でもめんどくさい。なんて考えながら、壁を見つめる。

 しばらく無言になって、視線は右腕から肩まで伸びる傷に移る。そして、ため息が一つ。

 

 【琥珀】「はぁ……。本当に、面倒だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騎兵が一騎、洛陽へ入ったと知らせが入った。

 おそらくは一刀だろう。

 桂花は上手く一番乗りをあげられただろうか。

 少しの心配を覚えながら、薫は目の前まで近づいた敵軍を眺めた。真っ黒な鎧で顔はよく見えないが、敵将の正体は分かっている。

 理不尽なまでの情報力だが、その分の代償は支払っているだけに、薫としてはあまり卑怯とは思わなかった。

 

 【春蘭】「奴らを倒せば良いのだな、薫」

 

 と、考えている最中に突然春蘭が何か言い出した。

 

 【薫】「どうだろ、まず話してみたいんだけどな…」

 

 敵イコール抹殺という考え方を否定はしないが、それも時と場合だろうと薫は考える。

 少なくとも相手の事が何も分からない場合は避けたいものだ。

 薫は把握していてもこの場にいる者全てが奴らを知っているわけではない。

 

 【兵】「司馬懿様、敵軍から一人こちらに向かってきていますが…」

 

 およそ伝令の兵がそう伝えてきた。

 確認するように前を向くと、たしかにこちらに向かってきている者がいる。

 

 【薫】「ありがと、私が接触してみるよ。あ、一応春蘭も来てくれる?」

 【春蘭】「あぁ、わかったぞ」

 

 馬を動かして、敵将に薫は近づいて行く。

 こうして敵と面と向かうのは初めての事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【李儒】「…………」

 

 面食らっている。というのが正しい解釈だろうか。

 李儒は薫の姿を見て、明らかに驚きを隠せなかった。

 董卓の時ですら動揺してしまうものがあったが、今回のそれはまったくの別格で、まさか畏怖すら覚えた相手がこんな子供だとは考えすら及ばなかった。

 

 【薫】「はじめまして……だよね?」

 【李儒】「……あぁ。我が名は李儒だ」

 【薫】「……司馬仲達」

 

 互いに警戒しているのか、会話は短い。

 

 【李儒】「身なりを見る限り、どうやら軍師のようだが」

 【薫】「軍師だよ」

 

 頭の中から聞こえる「見習いだってば」という声を薫はとりあえず聞き流し、目の前の男に視線をそそぐ。

 

 【薫】「さっそくで悪いんだけど一ついいかな」

 【李儒】「舌戦の中で質問とは、変わった奴だ」

 【薫】「なんで、”火をつけた”の?」

 【李儒】「ほう……やはりお前か」

 

 普通ならば成り立たない会話。実際に隣で聞いている春蘭はまったく理解できない顔をしている。

 だが、成り立たない会話は二人の間では完全に成立しているように、留まる事はない。

 

 【薫】「あれ、否定しないんだ?」

 【李儒】「貴様の存在を知る事が出来た礼だ。それに否定したとこで、貴様には意味がないだろう?」

 【薫】「……へぇ」

 

 予想以上に頭は切れる。

 薫はそう感じた。特に存在を知られないように行動していたわけでもないが、まさか初対面のはずの男に”自分の異様さ”を気付かれるとは思っていなかった。

 

 【李儒】「不可解なまでの袁紹の蜂起。賈駆の計略を完膚なきまでに打ち崩す知略。普通ならばどちらもありえん事だ。」

 【薫】「そうでもないでしょ?」

 【李儒】「噂が広まりはじめたとほぼ同時に連合軍を立ち上げ、敵の計略が行動を起こす前に潰してしまうような事態が普通だと言えるか?」

 【薫】「……あはは」

 

 ああ、”やりすぎた”ってことね。

 事態を円滑に進めていくために行ってきた小細工だが、それが見事に李儒の思惑に合致しすぎていたようだ。

 頭の回転だけでいうならもしかしたら秋蘭並みかそれ以上かもしれない。

 そこに軍略の知識が入ったとしたら軍師としての能力は桂花以上か、下手をすれば朱里にも及ぶかも知れない。

 

 

 【李儒】「さて、我らは長安へと向かいたいわけだが」

 【薫】「素直に通すはずもないよね?」

 【李儒】「ふ……兵の損失は避けたほうがいいのではないのか?」

 【薫】「ここであんたを見逃すほうが損失は大きいとおもうんだけど」

 

 それは戦うつもりかと聞かれているのと同義だった。

 たしかに兵を失うのはさけたいが、それはむしろ李儒側のほうが強く思うことだった。

 

 【薫】「それに私ははじめから兵を失うつもりなんて無いよ」

 【李儒】「……よかろう」

 

 呟くように言い放ち、互いに振り返った。

 

 

 【薫】「春蘭、今からいう陣形に兵達をまとめてくれるかな」

 【春蘭】「……ふむ」

 

 陣形の形を伝えると少し怪訝な顔をして、春蘭は兵達に指示を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――曹操軍・本陣

 

 

 【華琳】「もういいのね?」

 【琥珀】「だいじょぶ」

 

 立ち上がり、琥珀は着物を着なおしていた。

 以前着ていたものは、呂布によって破かれた上に血で真っ黒に染め上げられてしまったからだ。

 

 【華琳】「これ、一刀が集めていたわ。二本ほど使えなくなっていたけれど」

 【琥珀】「……うん」

 

 琥珀は華琳が差し出す剣を左手で一本だけ受け取った。

 

 【華琳】「琥珀?」

 

 そんな琥珀の様子に疑問を抱いたのか、華琳は覗きこむように、琥珀の顔を眺める。

 

 【琥珀】「今は、一本でいい」

 【華琳】「そう……」

 【琥珀】「馬……借りる」

 【華琳】「えぇ、好きなのを選びなさい」

 

 琥珀は適当に馬を選んで、その上に乗る。

 

 【琥珀】「ん……しょ」

 

 身軽なはずの琥珀だが、随分と乗りにくそうにしていた。

 体の大きさを考えれば不自然な事は無いのだが、それが琥珀となるとまた話は違ってくる。

 

 【華琳】「琥珀、あなた大丈夫なの?」 

 【琥珀】「うん、ほら」

 

 そう言って、左手で剣を抜き、華琳に切っ先を向ける。

 

 【華琳】「……なら、いいわ。気をつけていきなさい」

 【琥珀】「……ん」

 

 声をかけおわり、琥珀は駆け出す。

 

 

 

 

 

 

 【華琳】「…………馬鹿ね。斬られたのは右腕でしょうに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――洛陽

 

 暗い空。

 燃える街並み。

 その中を走りぬけて、ある建物の中に入った。

 この一番上に、董卓がいる。

 そう思い、駆け出そうとしたとき――

 

 【呂布】「…………」

 【一刀】「お前……呂布……」

 

 真紅色の少女が、立ちふさがっていた。

 

 【呂布】「月のとこには……行かせない」

 【一刀】「……っ」

 

 あの連合をひれ伏せさせた圧力が、俺一人に向かってくる。

 けれど、俺は行かなければならない。それが目的で、こんな戦争が始まったんだ。

 

 【一刀】「……どいてくれ……っ!」

 【呂布】「だめ…」

 

 ただ立っているだけのはずの少女。

 だが、俺は彼女の姿を直視するので精一杯だった。

 それは、炎すら吹き飛ばしてしまいそうなほどの、氣。

 まったく制御されないそれは、膨大な空気の壁となって、幾重にも重なって、こちらに飛ばされて来る。

 足が後ろへ下がってしまう。

 それは物理的におされているわけではなくて、単に俺が怖くて下がってしまうだけ。

 無意識に目の前の相手を怖がってしまう。

 近づけば殺される。

 通ろうとすれば殺される。

 動こうとすれば殺される。

 

 【一刀】「くっ……」

 【呂布】「帰れって言ってる…!」

 

 ――呂布が何か呟いた瞬間。

 俺の体が浮いた。

 

 【一刀】「ぐああっはぁっ!!!」

 

 強烈な打撃を感じたと思ったら、次の瞬間には、灰燼を巻き上げ、俺は壁に叩きつけられていた。

 

 【呂布】「月は悪くない。お前達がわるもの」

 

 呟くように、また何かを言っている。

 それを聞き取るような余裕なんてあるはずもなくて、俺は立ち上がる事で頭が一杯だった。

 

 【一刀】「……がはっ……あぁ……そういや、俺も怪我してたんだったな…」

 

 傷が開いたか、口から咳と共にでたのは赤い液体。同じものが腹からも滲んでいて、体中が熱を持っていた。

 

 【一刀】「関係……ない……な」

 

 考えるのも面倒だ。痛みをこらえるので体力を持っていかれている今、上へ行く事以外の思考は完全に遮断してしまいたかった。

 

 【呂布】「帰れ」

 【一刀】「そこをどけ…!」

 

 怖いくらいに、呂布の顔を正面から睨む。

 視界が半分くらいぼやけてしまっているせいか、先ほどよりも恐怖感は薄れていた。

 ……単に思考が鈍っているだけかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 【呂布】「――っ!!」

 

 呂布が何か動いたと見えたとき。俺はまた吹き飛ばされていた。

 

 【一刀】「がはっ……」

 

 怪我をしても多少は受ける事が出来た華雄の時はとは随分違う。 

 受けた瞬間に体ごと全部薙ぎ払われている感覚だ。

 

 

 二度目の壁との激突は、少しまずい状況をもたらしてくれた。

 ……立ち上がれない。

 腹部の鈍痛がひどくなってきた。

 それに呼応して、咳が止まらない。

 

 呂布がこちらに近づく足音が聞こえて来る。

 

 

 【呂布】「……引かないから」

 

 そうなるんだと言わんばかりに見下ろしてくる。

 苦し紛れに剣を握るが、持ち上げるだけの力が入らない。

 ぼやけた視界の中で、近づく呂布の顔が随分悲しげに見えた。

 そんな彼女が戟を振り合げる。

 

 【一刀】「俺、は……」

 

 かすれた声で上手く話せない。

 呂布の戟が振り下ろされ――

 

 【???】「おらぁぁぁあああっ!!!!」

 

 瞬間。豪快な音を上げながら、扉が吹き飛んできた。

 

 【呂布】「――っ!!」

 

 振り下ろされるはずの戟は、起動を変え、その扉を粉砕した。

 舞い上がる砂塵の向こうから出てきたのは叫び声の主。

 

 【馬騰】「おお!?悪ぃ悪ぃ。邪魔だったもんでつい……ってあれ、そこの小僧、曹操んとこのガキじゃなかったか?」

 

 悪ぶれも無く、笑い散らす彼女。

 たしか、最後に見たのは戦前の軍議の時。

 ずっと眠っていたのが印象的だった。

 

 【一刀】「……っ……がはっ」

 【馬騰】「ああん?なんだ、お前瀕死かよ!あはははは!何やってんだよ!」

 【呂布】「……」

 【馬騰】「ああ、そっちもいたんだっけな。忘れてたわ」

 

 瀕死の状態を笑い飛ばしたり、呂布をそっちと言いのけたりするあたり、豪気すぎる人だと思う。

 

 【呂布】「お前も……月を狙うのか……」

 【馬騰】「月?……あぁ、董卓か。当たり前だろが、こっちはそのためにわざわざ遠くから来てんだ」

 

 にやにや笑いながら、呂布へと近づいていく馬騰。

 

 【呂布】「――はぁっ!!」

 【馬騰】「おっと……ははっ!おもしれぇ!!」

 

 呂布の一撃を完全に受け止めた瞬間、馬騰を取り巻く空気が変わった。

 

 【馬騰】「お前とは虎牢関で見た時からやってみたかったんだ!!」

 【呂布】「うるさい…っ!」

 

 関羽すら一蹴した呂布だが、馬騰の変貌に一瞬気を取られ、その一撃に後ろへと下がらされる。

 開いた距離は保たれる事無く、次の瞬間には二人はまた激突していた。

 その剣圧だけで、建物が崩壊しそうなほど軋みを上げる。

 

 【馬騰】「はははははは!!!!」

 【呂布】「―――!!」

 

 消えたと思ったら背後へと回りこみ、斬るというより屠るに近い一撃を放つ。

 一振りごとに床が崩れ落ちる馬騰の攻撃。

 笑いながら放たれるそれは、恐怖以外感じさせるものは無かった。

 戦闘スタイルが完全に真逆な二人が、完全に互角というありえない事態を生み出している。

 関羽と呂布の戦いは見るものを魅了する何かがあった。武と武のぶつかりを思わせるものが確かにあったのだが、相手が馬騰に変わった途端、それは完全に消えうせ、ただの殺し合いとなった。

 

 

 【一刀】「……っ」

 

 二人が戦う間の時間。

 その間に、なんとか立ち上がるだけの気力は回復した。

 こんな調子でたどり着けるか心配になるが、気にしている余裕も時間もない。二人の戦いを避けながら、俺は階段を上る。

 その時に見えた、馬騰のいやらしい笑いが気にかかるが、振り向く事無く、上へと上る。

 

 【呂布】「くっ、待て――!」

 【馬騰】「余所見なんて随分だなぁっ!!」

 【呂布】「――っ!」

 

 

 最後に聞こえた剣戟は随分大きな音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 <あとがき>

 

 あー、明けましておめでとうございます!

 前回の投稿から非常に日にちがあいてしまいましたね。。。

 それなりに悩む展開もあったりで書いては消して書いては消しての繰り返しをしてましたw

 何気にオリジナル増えすぎじゃね?と作者自身も思ってきた次第です・・・w

 次回から気をつけて行きます。はい。

 

 えとー、それから思われた方がいるかもしれないので先に書いておくと、最後の方でちゃっかり出てきた馬騰ですが、マジ恋のMOMOYOを相当意識してます。

 これは否定できませんw

 

 さて、次回でカヲルソラも50話と区切りがいいので、次辺りで決着つけたいんですが。。。

 まったく出来る気がしないですね(ぁ

 

 ってわけで、今年もおそらくgdgd投稿していくと思いますが、よろしくお願いします!

 

 あ、年末年始にもかかわらず応援メッセくれた方ありがとうございます!返信追いつかないのでこっちで(

 

 ではでは~


 
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