No.1110154

年末の話

えらんどさん

特に年末感のない 吸血鬼ものがたり。

2022-12-31 20:45:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:149   閲覧ユーザー数:146

 何かが窓に当たる音がして、クシィはペンを置いた。カーディガンを羽織り直して、そっと窓へ近付く。結露した窓を袖で拭いて、外の様子を眺めた。

「……元気ねえ」

 呆れたような、感心しているような。そんな言葉とともに一つ息を吐いて、窓を開ける。年の暮れに相応しい冷気に一瞬震えるが、顔に出すのはぐっと我慢した。

「ちょっと! 窓が割れたら危ないじゃない、手加減しなさい!」

 下方へ大声を上げれば、見上げてくる人影が三つ。

「すみませーん! おばさまもどうですかー!」

「おばさまもおいでよ〜!」

「クシィもおいで!」

 三者三様の答えが返ってくるが、皆どれもクシィを誘ってくる。ある者は手を振って、ある者は跳ねて、ある者は雪玉を作りながら。

「あたし今、手紙を書いてるって知ってるわよね〜!? 終わったら覚えてなさいよ!」

 言うなり窓を勢い良く閉めて、机へと向かう。

 

 新しい年のはじめは、表で生きる人間たちにとって大事なように、裏で生きる者たちにとっても大切な時期だ。吸血鬼…とくに貴族種である彼らはいつ頃からか人間たちを真似て年始に届くよう手紙を書く。年に一度知り合いから手紙が届く―それが、寿命という概念が人間とは著しく乖離している彼らにとって新鮮に映ったらしい。どこの誰よそんなの続けようなんて言い出したヤツ、とはクシィの言であるが、彼女はマジメな貴族なのでせっせと手紙を書いているのであった。

「よしっ! 終わり!」

 ぐぐっと伸びをしてから、手紙の束を持って屈む。

「いっちゃん、お願いできるかしら?」

 クシィの影から黒い猫が現れる。婚約者の息子…という扱いになっている友人から借り受けた使い魔であった。いっちゃんと呼ばれた猫が口を開けてくれたので、

「ありがと! 帰ってきたらお礼するわね!」

 束を口の中へ放り投げて、外套を羽織って走り出す。猫は尾をひとふり、家具の影に消えた。

 

 あたかも、仕方ないけど呼ばれたから仕方ないけど来てやった、仕方ないけど。という体で外に出てきたクシィであったが、

「ひえ〜」

 寒さと、空気の新鮮さと、一面の白さと、飛び交う雪玉と。

「喰らえっ!」

「あたりませ〜ん」

「ぶわっ」

 剛速球が男に当たる。豪快に倒れた様を見て、少年少女がハイタッチを交わしてガッツポーズした。男はすぐさま立ち上がり雪玉を手に取るが、またも雪玉を当てられている。わあきゃあと騒ぎながら雪合戦に熱が入る三人を、クシィは目を細めて眺めた。どうやら、姪甥チームに対して一人で対抗しているらしい。これは、一人の側に入るしかあるまい。

「モノ、だいじょ……うぶね」

「ははは、元気だとも」

 雪まみれで振り返りながら満面の笑みを見せる。その瞳には闘志が見て取れた。血気盛んな吸血鬼である。足元には雪玉がいくつも転がっているが、それを投げる暇がないらしい。

「借りるわよ」

 クシィはひょいひょいと指を動かして、多量の雪玉を魔力で持ち上げる。

「それはズルでしょう!」

「ルールなんてあるの?」

 顔を青くした、姪であるサヤの抗議の声にニコリと返して、指を彼らにピッと向ける。そこそこの速さで飛んでいく雪玉から悲鳴を上げつつも対処している姪甥に感心しつつ、流石妹の子どもたちだなぁ…と苦笑した。

「モノ、体勢をととのえて」

「あ、ああ……でもいいのか、あんな容赦なく」

「手加減しても楽しくないでしょう」

「ん〜〜〜、確かに!」

 一瞬悩んでいた表情を見せていたが、クシィの言葉ですぐさま切り替える。一面の雪に対して手を振り、雪玉を次々と作り出してゆく。

「さあ〜、巻き返すぞ〜! コヒナ! クシィに成長した姿を見せるんだぞ〜!」

 モノは甥に向かってニコニコと声をかけながら、大きな雪玉を今まさに投げようとしていた。大人げない鬼たちと、成長期真っ只中の少年少女の戦いが始まろうとしている。

 


 
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