No.1043342

届けたい文化祭

薄荷芋さん

G庵真、G学のふたりです。
ミュー○ルド○ーミーを見て「そうだ文化祭……!」と思ったので書きました。

2020-10-13 21:22:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:485   閲覧ユーザー数:485

今日は文化祭だ。

……といっても、学校にいるのは生徒と先生だけで、保護者も他校の生徒も見掛けることはない。

G学は二階堂先輩のような芸能人や財閥の御曹司とか、草薙さんもそうだけどとにかく目立つ生徒が多くて、混乱を避けるために文化祭も体育祭も外部非公開の行事として行われる。

中学の文化祭は学区内の地域の皆さんと協力したイベントをやったり他校の生徒もたくさん来て賑やかで楽しかったから、ホームルームで話を聞いたときはちょっと残念だったけど、仕方ないことなんだろう。

それでも元々生徒数が多くて中等部も併設されている学校ではあるから、学年棟を越えて色んな生徒がそこかしこにワイワイとひしめきあっていた。

 

クラスの出し物のお化け屋敷の裏方も交代の時間になって、ようやく暗がりから明るい廊下に出たおれの目の前を横幅いっぱいに広がりながら女子の集団が通過していく。もちろん中心には、赤い頭がひとつ抜け出していた。

「いおりん、次あっちの教室見てみようよぉ」

「あー!ずるい!いおりんは私と美術部の展示に行くって決めてたのに、ねー?」

「そんな約束してないでしょ、ねえいおりん、運動部の模擬店コーナーいこ?楽しそうだよ~?」

なるほど、なんて独り言が口をついて出る。

学内だけでもこの喧騒を従えて歩く人間が、少なくとも一人は確実にいるのだ。非公開行事になるのも納得だな、と溜息が出てしまった。

「ああ、いたいた矢吹くん!模擬店の呼び込み、うちらの番だよ」

「あっ……ごめん、今行く!」

彼が取り巻きの女子たちと去っていった階段を見つめていたら、背後から部活のマネージャーがおれを急かす。何故だか見えなくなった彼の姿に後ろ髪をひかれるような気持ちを抱えたまま、おれは陸上部に限らず様々な模擬店の屋台が並ぶグラウンドへ向かった。

 

「矢吹くんは、後夜祭観に行くの?」

マネージャーが追加分のチラシを手渡しながら聞いてくる。おれは「片付けあるから無理だと思う」とだけ返してチラシを受け取った。

非公開の文化祭で、唯一外部公開されるのが後夜祭のステージイベントだ。今年は確か、草薙さんたち四天王の皆さんがファッション研究会とコラボしてファッションショーをやるって言ってたな。それに……八神先輩のバンドもライブをやるってポスターで見掛けた。珍しく先輩の方からは何も言ってこなかったのが意外だけど。

そもそも観ようにももうチケットがない。今年は一般チケットはおろか、学内優先予約のチケットすら瞬殺だったというから恐ろしい。四天王と八神先輩の会わせ技は強力過ぎて学校側もチケットが買えなかった人たちやメディアからの取材の問い合わせに追われてたって話だ。

マネージャーは運良く友達がチケットをゲットしたからそのおこぼれに与ることに成功したらしい。一度八神先輩にフラれているのだけれど、彼のステージが観たいと思う気持ちはきっと恋心とは別の問題なんだろう、そういう切り替えが出来るところは素直に羨ましく思える。

マネージャーは特別教室棟の方に行ったから、おれは正門と学年棟の間辺りの人並みに向かってチラシを撒く。

「陸上部、模擬店やってまーす!焼きそばとラムネ、是非寄ってってくださーい!」

運動部はほぼ飲食系の模擬店だからどこの部も割と呼び込みに必死だ。雑誌に乗るくらい人気のあるプロ志望の三年生がいる野球部とバスケ部に客足が流れてしまってて、我が陸上部は苦戦してしまっている。

「おい」

「あっ、ハイ!どうぞ!」

背後から呼び止められたので、おれは勢いよく振り返ってチラシを差し出す。チラシを受け取ったのは、階段に消えた赤い髪の先輩だった。

「陸上と焼きそばは、何か関係があるのか」

八神先輩は何やら小馬鹿にしたように鼻で笑うから、イラッとしたおれは無言で背を向けチラシ配りを再開する。忙しいってのに邪魔をしないで欲しい、だいたいさっきの女子たちはどこに行っちゃったんだよ、足止めしててくれたらよかったのに。

そう心の中でごちた半分くらいは言い訳だ。それを見抜いたように、先輩はおれの腕を掴むとそのままグラウンドへと引っ張っていく。

「案内しろ、売上に貢献してやらんこともない」

「や、やめてくださいよ!ちょっと、先輩!」

 

八神先輩に引き摺られて戻ってきたおれを見る陸上部の面々は、鳩が豆鉄砲を食ったようにぽかんとした後であからさまなざわめきに変わる。

無理もない、一年で短距離の選抜ってこと以外はこれといって特筆することもない男子が急に学内トップクラスの人気者を連れてきたんだから。

なんか、草薙さんと一緒にいたときも周囲からこういうリアクションをされたことがあるけど、その比じゃない気がする。二年の先輩なんて、「矢吹でかした!」ってガッツポーズをして八神先輩を呼び込みに使う気満々だ。

怖々と八神先輩の表情を伺ったら、意外にも涼しい顔をしていた。多分、慣れてるんだろう。そう思ったら好奇の視線に曝される人気者の宿命ってやつが少し不憫にも思えてくる。

さっきの言葉通り焼きそばとラムネを買ってくれた八神先輩は、店先に誂えたテーブルに腰掛けて黙々とそれを平らげる。聞けば、女子たちに振り回されて昼食をとり損ねたらしい。瞬く間に平らげてしまった先輩の口元のソースを拭ってもらおうと女子部員がタオルを差し出していたけれど、彼は無視して自分の指先で雑にそれを拭い取った。

校内放送のチャイムが鳴った。内容は後夜祭の一般客にもう駐車場に待機列が出来てるってことをアナウンスするものだった。食べ終わっても立ち去ることなく、また、彼目当ての客が次々陸上部の模擬店に列を成していくのを気にすることもなく、悠然と足を組んで座る先輩の横顔を見た。

「もう午後だし、後夜祭のリハとかあるんじゃないですか」

「ギリギリでいい、前座に京のくだらん出し物があるお陰で時間が稼げる」

隣に座れ、と合図されたので大人しく座る。後ろで話し掛けたそうにしている女子がいたから、代わる?と聞いたら、ぶんぶんと首を横に振ってどこかへいってしまった。

しばらく黙ってラムネの空き瓶を手慰みに弾いていた八神先輩は、不意におれに問うてくる。

「来ないのか」

こんな当日の土壇場になってようやく誘ってくるなんて。おれは吐息して頬杖をついて言ってやる。

「チケットもないですし……っていうかそもそも行けないんですよ、おれら一年は片付けがあるんで」

「そんなもの放っておけばいいだろう」

「できるわけないじゃないですかそんなこと」

先輩の言い付けは絶対だ、それに一年の中にも彼の言う通り片付けを放り出して観に行く部員がいるから手が足りない。そんな中でおれまでいなくなるのは流石に無責任だろう。

どれだけ誘おうがおれが折れないと悟った八神先輩は、はあ、と大きく吐息した後で、周りから見えないようにテーブルの下で手を握ってきた。驚いて撥ね付けようとしたけど、強く握られしつこく指を絡ませてくるからどうしようもなくなる。やめてください、誰かに見られたら。小声で言っても聞きやしない先輩は、今度はおれの目をじいっと見つめて告げた。

「……曲を書いた」

繋いだ手指が、八神先輩の指が、おれの手の甲の上で跳ねてリズムを刻む。

「真吾、お前に曲を書いたんだ」

「……は?」

「今日のライブで演る、貴様に聴かせる為だった」

ドラマとか漫画とか、そういうのでしか聞いたことがない台詞を、八神先輩が言っている。しかもおれに向かって。

意味がよくわからなくて、思わず「何でですか」なんて聞いてしまう。彼は困ったように笑って「此処で其れを言ってもいいのか」と囁いたから、おれは今度こそ彼の手をほどいて慌てて立ち上がった。

八神先輩も席を立って空の容器をゴミ箱用の段ボールの中へ捨てると、おれの頭を一度そっと撫でてから歩き出した。

「校内なら貴様も易々とは逃げられんと、そう思ったんだが、な」

「あの、先輩」

「観に来ないのなら、此方から貴様に届けるつもりで演る」

覚悟しておけ、なんて、まるで脅すような物言いと挑発的な笑みを残して八神先輩は去っていった。周囲の目がおれに不審なまなざしを向けている、だけどおれは今おれを見た彼の視線が熱く胸に焼き付いているから気にもならなかった。

 

夕暮れになり、講堂の大ホールから歓声が漏れ聞こえてくる。模擬店の店構えをバラしたりゴミ捨てに何度も往復したりしているうちに辺りはすっかり暗くなってしまった。

何かが起きたように、一際甲高い歓声が上がる。それからギターのうねるような音が聴こえてきたから、その後ろでベースを弾く八神先輩のことを考えた。考えてから、何で今おれは八神先輩のことなんて考えたんだろうって頭を振る。

おれのために書いた曲は、届きようがない。聴く術もないしこれからも多分聴くことはない。先輩はそれでもいいのだと言うだろう。でも……それでよかったんだろうか、おれ自身は。

 

後夜祭も終わったようで、講堂から大量の人々が吐き出されていく。

「いおりんの新曲やばかったあ……」

「めっちゃ切ない系のラブソングなんて意外だよね」

「もしかして、歌詞には誰かモデルがいる、とか?」

「やだあ!もしそれならマジで泣くからやめて!」

女子のグループ……私服だから外部の人たちだろう、そんなことを口々に言いながら帰っていくのとは逆に歩いて講堂の裏口へと向かう。理由は、はっきりとは言えない。だけど今の話を盗み聞いて胸が痛んだのだけは本当だ。

裏口からベースケースを担いだ先輩が出てくるのが見えた。走り出しそうになっている自分に気付いて足を止める、人波の中で不自然に立ち止まるおれを先輩はすぐに見つけてくれた。バンドメンバーに何事か告げてこちらへ歩いてくる先輩の顔は少し得意気で、目を逸らしてしまう。

「……別に、先輩を待ってたわけじゃないです。片付けが大変で、こんな時間になっただけで」

先輩から何か言われる前に言い訳したおれを、先輩は何も言わずに両腕の中に閉じ込める。裏口とは言えまだ帰る人たちがすぐ側を通っている、見つかったら何て言われるかわかったものではない。

「ちょ、先輩……っ」

だけど八神先輩はおれを離してくれなかった。何度も髪を撫でて、ライブの後で火照った体がおれを包んでいる。耳元で、先輩は吐息と一緒にして満足そうに囁いた。

「届いたな」

「違いますってば」

届いてなんかない、だっておれはまだその曲を聴いてないんだ。でもきっと、八神先輩はそれでもいいって言うんだろう。これからも多分、ずっとそうなんだと思う。

背中に回した手にベースケースが触れた。先輩は「これなら届くか」と言って、ボタンを外したブレザーの中へ俺の両腕を招き入れる。されるがまま先輩の腰へ抱き付いたおれは、熱い体温に深呼吸をしてから「はい」と短く返事をするので精一杯だった。


 
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