タニグチリウイチの出没!
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タニグチリウイチの出没!

「決定的瞬間」。という言葉を使ったのはフランスの写真家、アンリ・カルティエ=ブレッソン。字面だけみると、なにやらアクシデントが起こった瞬間とかを、タイミング撮った写真のような気がするけれど、ブレッソンの場合は、単なるシャッターチャンスのことじゃなくって、考えていることと写っているものがピタリと一致した時のことを「決定的瞬間」と呼んでいるらしい。

だから、ブレッソンの写真集を見ても、ノルマンディーに上陸する兵士も写っていなければ、日比谷公会堂の壇上で右翼の少年に刺される日本社会党の委員長も写ってない。路地かける少女とか、キスする人たちとかいった街で見られるごくごく普通の光景が、それはもう見事な構図で切り取られている。大勢の人たちが暮らす喧騒にあふれた都市の断片を、文字通り結晶化させたって感じの作品で、そこからは都市が持つ悠久の歴史や、写っている人のこれからの人生、なんていったものが、匂い立って来るような感じがする。うーんゲイジュツ的言い回し。

空間を切り取るだけじゃなく、過去から現在、そして未来へと続く時間をも切り取って封じ込めてある、なんて思えば思えないこともなさそうだけど、実際問題そうした域へと写真への理解を行き届かせるのも、さらにはそうした写真を撮ることもシロウトの身では難しい。というより情動に流されやすい人間は、やっぱり事件の場面とか、事故の瞬間とかに居合わせて、うまくすれば写真に撮ってひと山あてたいなんて思ってしまう。ノルマンディー上陸作戦を撮って話題をさらったロバート・キャパが、ブレッソンよりもカメラマンとして人気があって、知名度も高いことからもなんとなく分かる。

ブレッソンとキャパのどちらが、写真を撮る人として正しいスタンスなのかは判断の難しいところだし、ビッグネームだけにどちらもたぶん正しいんだと思うけど、いずれにしても”その一瞬”に居合わせてこそ吸える空気があって、うまくすれば記録にだって残せるもの。もしかするとそれが”その一瞬”だなんてその瞬間には気がつかず、あるいは”その一瞬”になる可能性を持っていても結果的には”その一瞬”にはなりえない場合もあるけれど、とにかく行って歩いて見て聞いて、もしかして歴史に刻まれるかもしれない「決定的瞬間」を、晩秋から冬にかけてのあちらこちらに探してみた。珍しくない話ばかり?内容がショボい?金も運もないシロウトなんで、「ちょっとピンぼけ」はご容赦を。

東京ヴェルディ1969vsFC東京
「緑虫」とかFC東京ファンに言われながらもラストには名門ならではの底力。来年こそは(ってなにをだ?)

歴史的な瞬間なんてものに、狙ってもなかなか出会えないのは仕方のないことだし、そもそもが歴史的瞬間を見られるかもなんて、下心たっぷりの気持ちでいたらかえって”その一瞬”は逃げてしまうもの。11月24日、東京・調布にある『東京スタジアム』でそのことを強く実感させられた。この日、スタジアムで行われたのはサッカーJリーグの最終節「東京ヴェルディ1969vsFC東京」のいわゆるダービーマッチ。同じスタジアムを拠点にしている2つのチームが戦う試合は、イタリアの「セリエA」なら「ローマvsラッツオ」のように、街を上げてのお祭り騒ぎなって、ひどいとけが人だって出るとか。その部分だけでも、「東京ヴェルディvsFC東京」は注目できる試合だった。

さらにこの試合。負ければヴェルディが下位リーグのJ2に落ちるかもしれない瀬戸際にある、という面でサッカーファンにとっては大きな意味を持つゲームだった。90年代初頭のJリーグバブル華やかかりし頃、カズに北沢にラモスに柱谷ら、有名プレーヤーを何人も抱えて世間の耳目を一身に集め、なおかつ人気に匹敵する実力もそれなりに見せた東京ヴェルディ。そのチームが、奢る平家もなんとやら、弱体化の果てに2部へと落ちてしまったとしたら、それはもう笑う……じゃなくって驚くよりほかにない。それが決定した瞬間は、まさしく歴史的な瞬間といえるだろう。

結論からいえば、ヴェルディはFC東京に勝って同じように2部落ちの危機にあった「横浜・F・マリノス」も勝ってJ1残留を決め、「アビスパ福岡」が負けてJ2へと落ちて行った。「決定的瞬間」は見られなかった訳だけど、その場にいなければ残留だろうと陥落だろうと見られなかった以上、行って見物するより他になかった。まあ仕方がない、って残念がってどうする、来年は「名古屋グランパスエイト」が陥落するかもしれないんだぞ。

名古屋グランパスと言えば、先発メンバーの中にミッドフィルダーとして元グランパスの小倉隆史選手の名前が入っていたのが名古屋出身者には嬉しかったかも。同じスタジアムで開催された、ストコビッチの公式戦最終試合となった名古屋グランパス戦では、ベンチにも入れず当人的にもファン的にも悔しく悲しい想いをしただけに、うっぷん晴らしにも近い活躍を見せてくれた。

プチ「決定的瞬間」
アトランタ五輪合宿でのアクシデント。あの瞬間が小倉選 手にとっての「決定的瞬間」だったんだろう。小倉ファンにとっても。

なのに。監督が後半に入って真っ先に代えたのがこの小倉選手。運動量が落ちたようでもなく、怪我している感じもなかっただけに、どうして真っ先に代えられたのかが分からない。当人的にも納得がいかなかったのか、ピッチの外に出るなり胸をバンと叩き、さらにはユニフォームを脱ぎ捨て地面にたたきつける激しい行動を。最後なんて立ててあった看板を、足でガンとけっ飛ばしてベンチにも寄らずロッカーへと消えていってしまったほどで、温和な印象のある小倉にしては珍しい行動に、プチ「決定的瞬間」を見られたような気がした。あくまでもプチ。それにしても一時は未来の代表と騒がれたレフティーモンスター、来年もその勇姿を見られるんだろうか。

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