「3度のメシより本が好き」―なんて言い切れるほどではないにしても、日に1食くらいなら本のために食事を浮かせても良いと思っている程度には本好きで、日に1回は本屋をのぞいて新刊が入っているかを確認しなければ落ち着かないし、行けば行ったで1冊くらいは本を買わなければ気が済まない。おかげで部屋は本に埋もれて寝る場所を確保するのに毎日、山積みの本を右へ左へと移動しなければならない始末で、年相応に弱くなって来た腰と筋肉に悪いこと悪いこと。メシを抜くよりそちらの方がもしかしたら健康には悪いかもしれない。
幸いにして住んでる場所から徒歩で5分以内に百貨店内の大型書店が2軒と中規模書店が2軒、あと成人向け文庫と写真集と新刊コミックの品揃えだけは妙に良い小規模書店が1軒あって、本探しに困るということはないし、根っからの悪食にして大食いにして早食いの身(本について、だけど)。どんな本でもこだわりなく買い楽しく読める性格だから、読む本がないと迷うこともない。本のすべてが宝に見える。そんな人間にとって、山と本の積まれた本屋がまわりに森のごとく存在している状況を見るにつけ、「本」は今、この世の夏真っ盛りを謳歌しているんじゃないかと思えて来る。
けれども、どうやら今、「本」は大変なことになっている、らしい。まず売れない。「だって五体が不満足な人の本もヤンキー上がりの弁護士の本もシングルマザーの書いた童話もモノが捨てられない人への啓蒙書も、売れて売れまくってるじゃない!」と言われれば確かにそうだけど、ごくごく一部のそうした突出した本を除けば、本は確実に売れなくなっている、らしい。それから本屋が変わって来ている。理由の1つがネット書店の相次ぐ事業スタートだ。昨年末から夏頃にかけて、「本屋さん」に「BOL」に「bk1」と大型で話題性もあるネット書店の開店が続いたし、この11月にはネット書店の走りとも言えるあの「アマゾン・コム」の日本での営業が始まって、知名度の高さでもってまさしく“黒船級”の話題をさらっている。そんなこんなで最近の1、2カ月間、新聞を読み雑誌を開き町を歩いて拾い集めた「本」に関わるあれやこれやの出来事を、ここに綴って「本」を取り巻く環境がどんな風になっているのかを考えてみたい。
「本」は本当に売れていないのか。ということでのぞいてみたのが業界大手の出版社にして業界では珍しく株式を公開している角川書店の決算説明会。CS(通信衛星)やBS(衛星放送)向けのコンテンツ供給事業にインターネット向け情報提供事業、キャラクタービジネス、他社の優れた出版企画への資金援助と、昔ながらの出版事業に止まらないどころか企業の枠組みさえも大きく越えて、新しい事業を手がけている姿から、“メディア界の風雲児”的なもてはやされ方をしている角川歴彦社長も登場しての発表会。それだけに、大勢の記者やアナリストが集まっては発表された業績資料を食い入るようにながめている。
話題の会社だけに、さぞや業績も良いんだろうなと思ったらさにあらず。2000年4月から9月までの上半期の決算は売上こそ微増になっているものの、原価が上がって利益は大きくマイナスとなっていて、折からの出版不況を裏付けていた。「どうせ売れない本ばかり出したんでしょ」というなかれ。業界全体でもこの上半期は雑誌前年同期比4.7%のマイナスで、書籍も4.2%のマイナス、合計では4.4%のマイナスといった具合に、実に4年連続のマイナス成長を記録してしまった。クリスマス商戦で逆転できるような業界ではないだけに、年間通じてのマイナス成長は確実。株より土地より本が売れない状況に、政治だってもっと関心を持って欲しいよね。
利益が大きく下がったのは、連結決算の対象になっている映画事業でお客の入りが悪かったからで、決して本のせいばかりではない。それでも何らかの手を打たなければ納得されないのがビジネスの世界で、角川書店では原価率を下げて営業段階から利益が出るような体制に転換しなければならない、そのためには制作にかかるコストを見直して、部数なんかも市場性を反映したものにして極力無駄を省くんだということを訴えていた。
それが実現した暁には、最近出た角川書店の本の中でもひときわ表紙に凝っていた、瀬名秀明の『八月の博物館』あたりも例えば国立科学博物館にぶら下がっている「フーコーの振り子」の写真1枚になってしまうんだろうか、いやいや表紙があるだけまだマシで、ペーパーバックのようになってしまうんだろうかと心配してしまう。瀬名秀明に限って売れないなんてことはないだろうから表紙にだってコストはかけられるけど、代わりに表紙どころか中身も出ない、つまりは本が出せない人もたくさん出てくるかもしれない。恐ろしき哉、出版不況。>>次頁