出没!
TINAMIX
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「ネットは広大だわ」とは『攻殻機動隊』での草薙素子のセリフだったか。確かにインターネットが出てきてこちら、というよりはパソコン通信が普及しはじめてから10余年が経って、ネットの広大さを身をもって実感できるようになった。

普通だったら絶対に知り合えないような遠くにいる人、年齢の離れた人、社会的な立場の違う人たちと、ネットを通じて簡単に知り合いになることができる。メールで言葉を交わしてコミュニケーションを取り、寄り集まってサークルを作り、 オフで集まっては酒を飲んだり喋ったりできる。仲良くなれば結婚だって。うーん素晴らしきかなネットワーク・コミュニケーション!

とか言って、ネットの素晴らしさを宣伝するのは簡単だけど、実際にネットを使っている身として、ネットは確かに広大で、コミュニケーションを促進する力を持っている一方で、人間の持っているコミュニケーションの能力を、根底から変えてしまえるだけの力にはなっていないんじゃないかと思えて来た。根が暗く、引っ込み思案で、人見知りが激しく、そのくせに自意識ばかりは過剰な自分にとって、相手の目を見て話さなくても済むネットは、きっかけ作りには格好のツール。けれども自分のそんな性格を、180度変えてくれる魔法の杖でも、異世界へと通じる扉でもなかったと、そんなことを身をもって感じている。

この3月から4月にかけて、インターネット上で発生したコミュニティなり、ネットワーク上で知り合った人たちが実際に集まって、夜を徹して語り合うというイベントが立て続けにあってのぞいて来た。ネットに接続していると、ホームページでも掲示板でも、とにかく情報にアクセスしやすい。誰それがどこそこで集まってなになにをする、ついては参加しませんか――という呼びかけを全国、概念的には全世界に向かって行えるのがネットの特徴。これを紙なり放送といった普通のメディアでやろうとしたら、どれくらいの費用がかかるか分からない。

参加表明の気安さもある。フォームが用意してあればさらりさらりと記入してボタンをポン。そのままメールで送られて受付が完了するし、電子メールを書くのもそれほど億劫じゃない。学校のクラスとかでどっかに行こうという話が持ち上がった時、参加したいけどできないけど行きたいけどモヤモヤと悩んで言い出せない人が直面しているのは、「自分なんかが参加して良いのかな参加したいって言った時にイヤな顔されないかな」という人見知り&不安症のツープラトン精神攻撃。ネットだと少なくとも相手の顔が見えない気安さで、ベシベシと「参加しまーす」とメールを出せる。

が、問題はこのあと。実際にイベントに参加した時に、そこではまさしく“肉の交流”が繰り広げる訳で、引っ込み思案&自意識過剰のタッグ攻撃が胸をドキドキ高鳴らせては、隣に座った人ですら挨拶ができない、話しかけられないという苦境におちいる。かくして2時間なり3時間の宴会の間も、話しかけてくれる親切な人の言葉に緊張感からぞんざいになってしまい、実は自分で溶け込もうとしていないだけなんだけど、自己中にも心の中で「どうして誰も僕を見てくれないの」と叫び、針の筵(むしろ)な時間を過ごしては、あとで自己嫌悪に陥って枕に涙をこぼしつつ布団の端を噛みしめるのであった、ガジガジ。

ちょっと大げさ過ぎやしないかい?という既にしてネットにてご活躍の面々からのツッコミもあろうことは承知。きわめて属人的な事情によるものだということも認識した上で、それでも1つの可能性として明示しておくことが、どこかにいる、かもしれない同類のために「悩むんじゃないよ」と言って聞かせる効果もあるから恥をしのんで書き記そう。そんな同類がネットで知り合って集まったらどんな会合になるのか?という疑問も浮かんだけど考えると怖いから没。

DASACON3さて3月から4月にかけて開かれたネット絡みのイベントのうち、4月1日に大阪・日本橋で開かれたのが「DASACON3」というイベント。SFを中心にして主に書物のエンターテインメントが大好きという連中が、適当にお気楽に集まってはダベり続けるという会合だ。

「3」とあるのはこれが3回目ということ。もともとは98年の秋に、ネット上で主にSF関連の書評のページを提供していた面々の、知らない間に出来た横のつながりの中でアクティブな一群が「集まろう」と言い出して、目黒にある公民館だかに場所を借りて顔見せを行ったのが始まり。それが「どうせだったら泊まって夜を徹して語り明かそう」となり、99年3月に旅館を借りて「DASACON1」がスタートした。

巨大イカだ!眼をねらえ!!以後、99年8月に第2回目が開かれて、その時に「次は西へ」と叫んだ発起人の一言が重しになったか半年間の沈黙へ。やがて年もあけた3月頃になって突然の再起動がかかり、言葉通りに「西」の大阪は日本橋にあるホテルで、晴れて「DASACON3」が開催される運びとなった、こりゃ目出度い。

3回目ともなると顔見知りも多く、顔を知らなくてもネットで文章を読んだことがあるという人も多いから、外国人ばかりの場所に一人行ってコーヒーすら買えないディスコミュニケーションに青ざめる、といったような恐怖感はない。でも、そこはやっぱりフェイス・トゥ・フェイスな肉弾戦の場。参加表明するまでの気安さはとうに吹き飛び、現場では引っ込み思案と自意識過剰が邪魔してなかなか隣の人と気安くしゃべれない、という事態に身をさいなまれる。

時間も経って、周りではゆるゆるとうち解けた雰囲気の輪が出来て、何やらかにやら楽しそうにお喋りに花を咲かしている。SFについて熱く語り合う人もいれば、来場しているプロの作家さんに小説の疑問点を聞いたり、著書にサインをもらっている人もいる。そんな和気あいあいとした状況を見ながら、自分は壁の花と化し、車座の後ろに背後霊のごとく張り付いては参加している“フリ”することになる。

アマチュアが立ち上げた伝統もないイベントにも関わらず、プロの参加の多いのにはちょっと驚く。「DASACON3」に来ていたプロは順不同漏れ落ち多謝で並べれば作家では田中哲弥田中敬文牧野修北野勇作我孫子武丸米田淳一山之口洋森青花に幻の作家山尾悠子。翻訳・評論でも大森望をはじめ多士済々が集まる異常なまでのプロ率の高いイベントになっている。目黒の時にはプロ、一人もいなかったんだよなあ。

おめでとう…ニョロニョロ?こうなるとうずくのがファン心理って奴で、プロとお近づきになれるかもしれない、なれなくてもせめて遠くから見るだけでも嬉しいかも、という考えもあって勇気を振り絞って参加した人も多いだろう。自分もそう。しかし、面と向かって作家に挨拶できるくらいの精神力があれば、とうにネットだろうとリアルだろうと快活にコミュニケーションを楽しんでいるはずで、それができないからこその壁の花であり背後霊、という訳で、談笑する作家や取り囲むファンを遠くから眺めては、ホーウとため息をつく丑三つ時、なのであった。

なにしろ泊まりのイベントだ。宴会だったら3時間も我慢すれば済むところが、夜を徹して気持ちを張りつめコミュニケーションに努力しなければいけない。最初の気安さがかえってあだとなり、参加しなかった場合以上の自分のコミュニケーション能力のなさに自己嫌悪に陥るという寸法。ネットらしくあとで参加者のレポートがバババババっと出まくるけれど、そこに書かれてある「おしゃべりできて楽しかった」「サインをもらった」といった人たちの声を聞きつつ、どうして自分もあの時という気持ちに胸をかきむしられるのであった。強くなりたい。

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