TINAMIX REVIEW
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マンガ学会設立大会レポート

「マンガ学会」という現象

……去る2000年7月29日、京都比叡山の京都精華大学表現研究機構で日本初のマンガ研 究を目的とする学会「日本マンガ学会」の設立大会がおこなわれた。

でまあ、個人的な理由でこの動きに対し若干の興味があったので、ここで書かせて もらう前提でこれを見物するために自分から京都まで行ったのだが、正直に言って困 惑した。行っている最中も困惑していたが、帰ってきてから現在までずっと困惑し続 けている。

まず、この学会成立までの経緯を順を追って書き記していこう。

以前ここでレポートされた「学術的まんが研究シンポジウム─内と外との対話─」 (伊藤剛「2000年の学術的漫画研究の動き」)の主催団体のひとつでもあったマンガ 学会設立準備会が学会設立に向け本格的に動き出したのは意外に遅く、今年になって からのことである。

7月8日に東京において第一回の準備会がおこなわれ、7月28日に京都精華大学表 現研究機構のマンガ文化研究所の開設記念行事後に第二回の準備会、その翌29日に設 立大会と案外に気忙しいスケジュールである。この日本マンガ学会設立準備会が立ち 上げられたのは'98年でこれまで精華大学の牧野圭一教授と立命館大学のジャクリー ヌ・ベルント教授が中心になって進めてきた。

この二年ほどの準備期間に呼びかけ人として小野耕世氏、呉智英氏、村上知彦氏、 米澤嘉博氏といったマンガ評論家が名を連ね、マンガの実作者たちからの支持も集め 、前述のイベントを含めこれまで「日本マンガ学会準備会」名義で日本アニメーショ ン学会、絵本学会と合同でいくつかのイベントを後援、主催してきている。

しかし、その実態はというと……いまいちよくわからない。

つまり私が「困惑した」と書いているのはこの点だ。

29日のイベント時には設立趣意書が発表され、理事諸氏より学会設立に対する期待 が述べられたのだが、これを聞いてなおこれがなにをやるための組織なのかよくわか らないのである。

趣意書には「大学でマンガを研究する教員や学生」の増加、美術館でマンガ展の開 催、平成14年度中学校学習指導要領での「漫画」の記載などの事実が指摘され、こう した社会の変化にともなう「マンガの研究・評論」の充実がうたわれている。だが、 ここでいう「マンガの研究・評論」が具体的にどういうものなのかが見えない。

伊藤氏の「2000年の学術的漫画研究の動き」ですでに指摘されていることだが、一 般向けの評論と学術研究は本来異なったものである。しかもこれまで日本において「 マンガ学」というオフィシャルな研究領域が存在しなかった以上、「マンガを学術研 究する」とはどういうことか? ということ自体が「学会」の側からプレゼンテーシ ョンされないと一観客としては困惑せざるを得ない。

当日会場では小野氏や米澤氏など数人の理事から「論文発表の場」が増えるだけで も価値があるのでは、という提言があったが、学会でアクセプトされるその「論文」 がどのようなものかがまったく見えないというのが正直な感想である。

これまで商業ベースで「マンガ評論を書く」というのは比較的個人的な行為だった ように思う。

日本では文芸評論自体も伝統的にそうなのだが、ある作品を通して個人的な体験や 世代的な感性をその内部に発見し論じていく「論文」というよりはエッセイとしての 評論。内容紹介を旨としたブックレビューをのぞけば、現在のウェブ日記上に多数存 在する書評を含め、日本における「マンガ評論」とはこういうタイプの作家論、作品 論が主流だったのではないか。

べつに善し悪しの問題ではなく、こういうものと「学会」で求められている「論文 」が同じものでいいのか? 特にアカデミックな「学会」を標榜する以上、それはア カデミズムという共通の価値観を踏まえたものとしてそのまま海外の「学会」から注 視されることになる(一部報道でこの「日本マンガ学会」が「世界初」であるかのよ うな記述があったが、これに類するものはすでに海外にはいくつも存在する。そうし た場所で「論文」が流通している以上、じつは「マンガの研究論文」のグローバルス タンダードはすでに存在するのだ)。実際に日本においても大学でマンガを研究して いる学生もいる現在だからこそ「スタンダードなマンガの学術研究スタイル」の提起 があるべきではないのか……ま、行く前にこのような勝手な期待があったために行っ てみて余計に困惑したわけだが。

もっとも、実際に設立大会を見聞してみて、これはある程度仕方がないのではない か、という気分も一方には残った。

なにしろ今年の7月8日に公式な第一回の準備会がおこなわれたばかりなのだ。前 述した4人の評論家やマンガ家の長谷邦夫氏などが呼びかけ人からそのまま理事に選 出されているが、彼らを含めた理事諸氏自身がまだそれほど具体的な「研究」のビジ ョンを持っていないのではないかという印象を受けた。

当然、理事諸氏は個々にやりたいこと、やるべきことというものを持ってはおられ るだろうし、実際に何人かの方はそういうものを語っておられたが、それはむしろ個 人としての研究テーマであり、学会という組織を運営する上でのメソッドや基準の確 立といったものではなかった。

まだそういう問題意識自体が具体的になってはいないようなのだ。

当日、学会理事の牧野氏から「これは(マンガを研究するにあたって)どういうこ とを考えているひとがいて、どういう問題があるかということ自体を話し合う場であ る」という趣旨の発言があったが、つまり「マンガ学会」というのはオーソライズさ れたアカデミックな研究機関ではなく、むしろ「マンガの研究・評論」とはどうある べきかを考えるための実験場のようなものとして考えるべきなのだろう。

要するに「設立された」とはいっても、実際にはまだなにもはじまっていないのだ。

…その点ではここに参加したひとが積極的に発言し、行動することによって今後いく らでも変えていける、そういう開かれた場ではある。

今後、この学会は一般より学会員を募集し、幅広いマンガ研究者のネットワークづ くりを目指すという。組織としては体系的な資料・情報の収集、整理をおこない、各 種講演会の開催、学会誌の発行も予定しているというが、こうした部分に関してはむ しろこれから具体化していくことのようだ。

11月には第一回の総会、大会も予定されており、とりあえずはここでもう少し具体 的なこの「学会」の姿が見えてくることになるのだろうと思う。

実際に動き出したこの団体が今後どうなっていくかは実際に参加する人々の肩にか かっている。「学会」とはいっても参加資格は大学人に限られてはいないので、興味 のあるひとは事務局に連絡をとってみるとよいだろう。◆

取材/構成:小田切 博
日本マンガ学会事務局
〒606-0000
京都市左京区比叡山一本杉 京都精華大学表現研究機構・マンガ文化研究所内
TEL 075-702-3330 

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