TINAMIX REVIEW
TINAMIX
演劇実験室◎万有引力
J・A・シーザー

はじめに、このインタビューを掲載するに至った経緯を少し紹介しておきたい。おそらく「万有引力」と言われても、TINAMIX読者の大半にはちょっと耳慣れない名前だろうからだ。

既に何度も書いてきたのだけど、僕は「オタク文化の可能性の周縁」をテーマにして、このTINAMIXに文章を書いてきた。あるときは「ネタT」と呼ばれるオタッキーなジョークTシャツを取り上げたし、またあるときはタトゥーカルチャーとオタカルチャーとの接続を取り上げた。それは、オタク文化のみならず、さまざまな文化ジャンルが自らの中に自閉し、ジャンル間相互の地下水脈が次第に狭まってきているのではないか、との認識があったからだ。僕はこの「壁」を突破し、文化的自閉状況からの「出口」を探すことを、一貫としたテーマにしてきたわけだ。

このような視点から眺めたとき、ここ数年の「演劇実験室◎万有引力」の活動は、非常に興味深いものに僕には思われた。というのも、万有引力はもともと寺山修司率いる「天井桟敷」の流れを汲む劇団であり、まぎれもない「アングラ劇団」である。そんな出自であるにも関わらず、映画『リング』の「呪いのビデオ」のシーンや「貞子」役での出演、ゴシック・ビジュアル系バンド「Dir En Grey」のプロモビデオ出演、さらには『少女革命ウテナ』の音楽担当など、さまざまなポップカルチャーと接続を始めていたからだ。

そしてその万有引力が、今回全国ツアーに出るという。しかも元・宝ジェンヌ、花組トップの大浦みずき嬢との共演であり、さらにはニッポン放送など各地の地上波局まで主催についている。いわば本公演はアングラ演劇と商業演劇の接続、00年代のクロスカルチャーのお手本のような「事件」なのだ。おまけに演目は『レミング』。まさに僕が問題としている「壁」をテーマとした演目であり、僕がTINAMIXにデビューした際の文章でも取り上げた演目だ。これで興奮しない方がどうかしている。

というわけで、10月18日の朝10時。僕は大阪梅田、シアター・ドラマシティーに赴いた。J・A・シーザー、天井桟敷以来の生え抜きメンバーであり、今回の『レミング』の演出・音楽を担当する、万有引力の主宰者にインタビューを行うためである。ちなみにシアター・ドラマシティーとは、収容1000人足らずとやや小振りだが、阪急電鉄グループの経営する、超ゴージャスな劇場。周辺には同系列の梅田コマ劇場のほか、巨大なホテルやショッピング・モールが隣接する大バコである。普通に考えれば、アングラ劇が上演されるとはとうてい思えない小屋だ。ちなみに取材当日、隣接する梅田コマ劇場では「大月みやこ 錦秋公演」が行われていた。要するに、そういう小屋なのである。この、「いかにも商業演劇」といった風情の小屋と、そこに来る観客、そして万有引力が、どのような化学反応を引き起こすか。僕の関心は、そこにこそある。

既にリハが始まっている舞台へ向かい、制作の山本氏に取り次ぎを請う。既に客席中央の演出席に陣取り、ガムを噛みながら舞台を眺めているシーザー氏。山本氏が僕に替わって来意を告げ、シーザー氏にリハ中の撮影許可を請う。ガムを噛み続けながら、返事の替わりに無言で片手を挙げるシーザー氏。周囲にはピリピリした雰囲気が漂う。

撮影のためにカメラの三脚を立てつつ舞台に目をやる。と、客席を潰すようなかたちで、飛び石状に小さな「舞台」が置かれているのが判る。中でもそのうちの一つは、舞台から客席中にジグザグに伸び、客席中央部に向かって食い込んでいる。

シアター・ドラマシティーは、いわゆるプロセニアム形式の「近代的」な劇場だ。プロセニアム形式とは、プロセニアム・アーチというガクブチ状の構造物で、舞台を縁取ってあるタイプの劇場のことだ。このプロセニアム・アーチは、舞台の上の出来事が客席とは無関係の「演劇」であることを示す記号であり、観客は一幅の絵を眺めるように演劇を「鑑賞」しなければならない。役者からも観客が見えているという当然の事実や、舞台と観客の間の関係は、このアーチによって閑却される。いわば、舞台の上で何が起ころうとも、「あれはお芝居だから」で済ますことのできるシステム、それがプロセニアム形式なのだ。このアーチの中に行儀よく収まる限り、演劇は日常に対して侵犯を行ったり、緊張関係を保ったりすることはできない。いわゆる「客いじり」のような行為ですら、「近代的」な演劇ではルール違反とされているのである。

寺山演劇は、近代に入って自明視されるようになってしまったプロセニアム・アーチという存在を、そして「劇場/観客」という対立を、疑ってかかることから始まる。飛び石状の舞台は日常に食い込む舞台であり、客席を侵犯する舞台なのである。

舞台ではやがて役者の点呼が始まり、続いて万有引力おなじみの準備体操が行われる。さらにしばらくして大浦みずき嬢が舞台に現れ、リハーサルが始まった。

精神統一? を図る、万有引力の団員たち
精神統一? を図る、万有引力の団員たち

本公演の演目『レミング』の主人公は、中華料理店コック見習いの二人。彼らの住む下宿から、突然「壁」が消えるところから、この物語は幕を開ける。「壁」が消えたその瞬間から、主人公は隣室に住むミス・トルコ、床下に封じ込めたはずの母親、天井裏に棲む「屋根裏の散歩者」など、訳の判らない隣人たちによって日常を浸食される。壁は自意識の隠喩であり、奇妙な隣人たちは無意識や夢、妄想や虚構の隠喩だ。そして今回大浦嬢が演じるのは、これら虚構の女王のような存在、「影山影子」である。「壁の消滅」とは、近代的な自意識に無意識や夢、妄想や虚構が侵入してくることの喩えであり、「影山影子」とは日常を犯すアニマなのだ。

芝居の中身については既にほとんど完成しているらしく、リハーサルはカーテンコールの練習を何度も繰り返している。朝から終日張り付いて、空いた時間にシーザー氏のインタビューを行う、という設定だったのだが、結局リハが終了したのは昼過ぎのこと。やがて、昼の部の開演である。>>次頁

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寺山修司
1940〜1983年。俳人、歌人、詩人、作詞家、劇作家、映画監督、エッセイスト、評論家、ゲーム考案家、力石徹の葬儀委員長、競馬評論家。無限の注釈を必要とする人物。

寺山修司

天井桟敷
寺山の手になる『家出のすすめ』に影響され、家出を遂げた人々を中心に結成されたアンダーグラウンド劇団。寺山の死去まで存続。

Dir En Grey
ゴシック・ビジュアルバンド。オフィシャルファンサイトはこちら。1997年、アルバム『MISSA』でインディーズ・デビュー。99年発売のビデオ『GAUZE-62045-』で万有引力とコラボレート。 『GAUZE-62045-』¥6,800(税抜き)

Dir En Grey

大浦みずき嬢
宝塚歌劇団出身。1988年「キス・ミー・ケイト」で花組のトップとなる。91年に宝塚退団、充電期間を経て「ザ・シンギング」で女優として再出発。「シーソー」、「蜘蛛女のキス」など、ミュージカル女優として活躍中。

客席を侵犯する舞台
下の写真中、向かって右側のグレイのゾーンが「花道」、右側が「飛び石」。写真では見えないが、左側にも同じ「飛び石」が作られている。いずれも客席の背もたれに覆い被さるように作られていた。

客席を侵犯する舞台
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準備体操
最初は普通の膝屈伸などから始まるのだが、猛烈な勢いで舞踏の仕草をし、かけ声にあわせて「坊さんが屁をこいた」の要領で静止したり、完全に暗転した中で動き回ったり、円陣を組んで互いの脈を取り、精神統一を図ったりと、かなりシュールな体操である。

準備体操

カーテンコール
カーテンコールといっても普通のそれではなく、音楽と同期させた、まるでミュージカルのようなカーテンコールである。

カーテンコー
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