TINAMIX REVIEW
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青少年のための少女マンガ入門(6)明智抄

■「だってわたし忙しいんだもの」

明智作品の登場人物は、そのほとんどの人格が破綻している。

特に女性キャラ。ここまで業が深くていいものだろうかというキャラクターが次々と登場する。

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『サンプル・キティ』
1〜4巻
(c)明智抄

まずはこのSFシリーズの序章『サンプル・キティ1』の沖本小夜子だ。 小夜子は夫と娘と平穏に暮らす、得意料理は「ヤキソバ」の専業主婦。 そんな小夜子がほのかな想いを寄せるアパートの隣室の美少年二宮くん。実は彼は、「サイコキネシスを持つ能力者を近親交配で増やし軍事利用する」という計画を企む組織によってつくられたサンプル(能力者)だった。 そして彼はなんと、10年前に死んでいる小夜子の兄(サンプルA)と小夜子(サンプルB)との、人工授精による子供だった…!OH!BIKKURI! マッドサイエンティスト・エリー(金髪美青年)の魔の手が小夜子の一家に忍び寄る。そこで小夜子はみのもんたさんに相談する…とまあいろいろあって(字数の関係上、割愛)、平凡な主婦だった小夜子がSFサスペンスに巻き込まれていくわけだが、問題はそのラストシーンだ。

サイコキネシス合戦となり、超能力でビルを崩壊し、自分の子供サンプルCを殺し、サンプルFも殺そうとした小夜子。 “どうして僕を殺したの!!”と聞こえてくるサンプルCの声に、 「…ごめんね、忘れるわ私忙しいし(中略)ばんごはんの献立考えなきゃならないし、そんな暇ないの」と答える。 周囲でどんな人類規模の問題が起ころうとも、主婦にとって最も大切なのは今夜の晩御飯なのだ。 そしてスーパーマーケットにて片手にヤキソバを持ち、「今夜もヤキソバ!」の高らかな一言で「一人カタルシス」を迎える小夜子。

…素晴らしい自己完結ぶりである。

そして続編『サンプル・キティ―郭公なわたしたち―』の主人公フェアリィ。 黒髪の美しい少女フェアリィは、サンプルF、要するに小夜子と小夜子の子供二宮くんをかけあわせてつくられたサンプル中のサンプル、サラブレッドな能力者だ。

義理の父親エリーを愛するがゆえ、自分の姿を周囲に誤認させ不細工なカバ面に見せたり、時空を操作して赤の他人を殺したり、無関係な人間もつぎつぎとミンチにしていくフェアリィのトンデモっぷりもとにかく凄まじいのだが、字数の関係上また割愛。

そして、クイーン・オブ・地雷女といえばやはり、そのフェアリィの魂を持つ(憶測)『死神の惑星』の鈴木エリザベート(ベス)だろう。

小惑星のガス事故により死亡した母体から取り出されたベスは、一命をとりとめ培養層の中で生かされる。 最新の医療のおかげで培養層から出たものの、生命維持装置に繋がれたまま「見ることと聞くことと考えること」の三つのことしか出来ない全身不随のベスにやがて奇蹟が起こり、動けるようになる。 ベスはもう歩くことができ、湿気の含んだ午後の風を感じることができ、大声を出すことができるのだ。 17歳になったベスは美しい少女に成長し、デューンという金髪の青年に出会い今までにない感情を経験する。医務室の職員からそれは「恋」というものだと教わったベスは、早速「あなたに恋をしたらしいんだけど、どうすればいい?」とデューンに尋ねる。 「忘れたらいいんじゃないかな」と冷たく言い放つデューン。 するとその目の前でベスはいきなりぶっ倒れる。 「忘れろといわれ、世界が壊れるかと思った」と言うベスの姿に、デューンはノイローゼである自分の母親を重ね合わせ、激しい嫌悪を示す。 「二度と…俺につきまとうな…!」と拒絶されたベス。

いわゆる“最大公約数の少女漫画”では、ここでヒロインは失恋の悲しみにあけくれるはずである。 しかし「ショックだったでしょ?」と友人に問われたベスは、「あの人はわたしのことを『おぼえた』のよ。事態は進展したと思うわ」と、不敵な笑みを浮かべるのだった。

それからもベスは自分の感情のおもむくままに、ほとんどストーカーともいえる行為を続け、無条件の陽性のストロークをもってデューンに接する。 次第に心を開き、ベスの存在を必要としはじめるデューン。 一方、「安易に手に入るものは宝物って気がしない」ベスは、「簡単」で「つまらない」デューンを退屈に感じる。 そして「あの人は、わたしの探してる人じゃなかったんだ…!」と勝手な確信をし、「もうあなたとは会わないわ。時間のムダだから」と一方的な別れを告げる。

デューンのことはすっかり忘れ、「見ることと聞くことと考えること」以外の体験を通じて、世界のあらゆるものに感動できる生活をおくるベス。 その後、デューンが自殺を図ったと彼の元ガールフレンドから知らされ、それはベスの「時間のムダ」だという発言によるものだと責められる。

するとベスはこう言うのだ。

だってわたし、ホントに忙しいんだもの。それに、それが理由ならそれはデューンがおかしいわ。デューンが必要かどうかを決めるのはデューン自身だもの。彼は何かポイントのずれた判断をしたんじゃない?

……正論だ。正論ではあるのだが、異常だ。 ベスにとっては「恋」も「声を出すこと」も「虹に気付くこと」も、単にルールにそった過程をクリアしていくだけのことに過ぎなかったのだ。

しかしまた異常ではあるのだが、ベスが単なる「地雷女」として描かれないのはまたベスもそれとは気付かずに「ポイントのずれた自己完結」をしているからである。

SFという枠組を使って明智抄が語るのは現実だ。しかもそれは醜い現実で、人間の真理だ。 ポイントのずれた判断やピントのずれた努力、誰もがしてしまい気付かずにいる過ちを、明智抄はつきつけてくる。 ズレている、と思われる明智抄の描く世界は、実は読む側のズレだったのだ。

自虐的な貴方にはもちろん、偽善者の貴方も、自分はマトモだと思い込んでいる貴方にも是非オススメしたい一品である。

そして、これからますます業を深めていくベス(鈴木エリザベート)の様子は前述の電脳連載をご覧いただきたい。>>次頁

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