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フレームアームズ・ガール外伝~その大きな手で私を抱いて~ ep16

コマネチさん

ep16『ヒカルと量産型スティレット3』(後編)

2019-07-10 22:09:24 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:593   閲覧ユーザー数:589

「隣町に入ったぜ黄一!スティレットはまだ移動してんのか!?」

 

 暗くなり始めた国道の歩道を走り続ける自転車が一つ。乗っていたヒカルは必死にこぎながら、ハンドル部のホルダーに固定されたスピーカー通話のスマホに叫んだ。ヒカルのプライベート用のMTBだ。

 

『あぁヒカル!!このまま真っ直ぐだ!GPS機能でスティレットの居場所は解ってる!ナビはこっちで任せてくれ!』

 

「あぁ!」

 

『そっちのバッテリーが心配だから一回切るぞ!また変化あったら連絡入れる!』

 

「頼む!」

 

 通話の終わったスマホに眼もくれず自転車をこぐヒカル。行き先は隣町にあるスティレットの前のマスターの家。黄一のナビでもスティレットはそっちを目指してるとの事だ。

 

「ハッ……ハッ……あの馬鹿……!!なんで!なんでなんだよ!」

 

 スティレットの行動にヒカルは怒りと焦燥感、自分を信じてくれない悲しみが混ざりながら自転車をこぎ続けた。……日の長い初夏ではあるが、空はどんどん暗くなってくる。いつ雨が降るか解らない状況だった。

 スティレットの出ていった直後、ヒカルは慌てて黄一に連絡を入れた。万が一にも友達の家に行ってるかもしれない。そして今彼女の友達と言えるFAGや人間は少ない。スティレットがいなくなったと伝えると、黄一はすぐさまシリアルナンバーを言う様にヒカルに指摘。

 セッションベースに書いてあったシリアルナンバーで検索をかけた黄一はスティレットの居場所を突き当てた。移動してる。隣町に向かってるとの事だ。ヒカルにとって予想通りの場所へ向かっていった。

 親がいたら車で追いかける事が出来たのに、とつくづくこのタイミングで出ていったスティレットを恨んだヒカルだった。幸い道は複雑に曲がる事は無くほとんどが広い国道だ。目的の場所へは簡単に近づいていく。昼間通った道だ。

 

「ヒカル……」

 

 ヒカルとの通話を終えた黄一は、通話と並行して起動させていたスティレットのナビアプリを見続ける。スティレットはヒカルのいる位置の先を飛んでいる。

 

「スティレット……止まりませんね」

 

 黄一の肩に乗っていた轟雷がぼやいた。彼女も今回のスティレットの騒動には驚いていた。

 

「ヒカルの方は信号とかで引っかかるだろうし、こりゃ目的地まで追いつけないかもな……」

 

「いっそ雨が降ってくれたら、雨宿りで足止め出来るんですけどね……」

 

 FAGのナノマシンは水に弱い。いっそ降って欲しいと願う轟雷、だが彼女は知らなかった。スティレットには、雨に関して心に深い傷を負っていた事を……。

 

「?止まった?」

 

 と、チェックを続けていた黄一はスティレットの移動が停止したのを確認。住宅街だった。

 

「公民館ですかね?この敷地の広さ……」

 

「じゃあそこでスティレットは止まったんだな!」

 

『あぁ、そこが目的地だろう』

 

「解った!サンキュー黄一!」

 

『それはスティレットを捕まえてから言ってくれ。……頑張れよ!』

 

 そう言って黄一は通話を切る。スティレットの目的地はヒカルの予想通り、前のマスターの家だ。

 

――あいつ、やっぱり前のマスターの所へ会いに行ったんだ!――

 

 だがそこから先の理由は解らない。前のマスターとやり直したいのか。それとも……、

 

「スティレット……いた!!」

 

 たどり着くとスティレットはあっさり見つかった。敷地には入っておらず門の所で佇んでいた。

 

「スティレット!!」

 

 怒りを極力抑えて少女の名を呼ぶ。

 

「っ!!」

 

 恐怖と戸惑いの表情で少女は体を強張らせた。今の装備はキマリスアーマーだった。こちらの方が高出力だったので長距離移動には向いていたのだ。

 

「アンタ……なんでここまで!!」

 

「こっちの台詞だよ。……前のマスターに会いに来たのか」

 

 気まずそうにコクリと頷く少女。

 

「……前の家に戻りたいのか?」

 

「ち!違うわ!!」

 

 ブンブンと少女は首を横に振る。

 

「だったらどうして……」

 

 観念したスティレットは、俯きながら本心を呟き始める。

 

「……前のマスターに……本心が聞きたかったの……お別れとして」

 

「本心って……お前、捨てられた時点でソイツの心は!」

 

「解ってるわよ!でもね!彼は!捨てるまでは私の味方でいてくれたの!私が旧世代だって周りから馬鹿にされても!表面上だけだったかもしれないけど!……酷い人間だって思いたくないのよ……」

 

 スティレットにとって、前のマスターは一番信じていた人間だった。それが裏切られてもスティレットは信じようとしていた

 

「DV受けた彼女かよお前は……」

 

「そんなんじゃないわよ!恋愛感情じゃない!!……答えはなんだっていいの。一度だけ、一度だけ顔を合わせて別れが言えればそれでいいの……。じゃないと、心をここに置いてきたままな気がして……、言えないのよ。あなたをマスターって……。なれないのよ。あなたの家のFAGに……」

 

 フルフルと震えながら絞り出すスティレットの本心。彼女が飛んで家に入らず門の所で待っているのも、戻る気はないと言う意思の表れだった。

 

「……終わったら帰るぞ……俺も待つよ」

 

 そう言ってヒカルはスティレットの横に、塀にもたれかかる。

 

「その、悪かったな。今日は流石に言い過ぎた」

 

「あ……ううん……いいの。その、私も今日は……ごめんなさい。……その……ありがとう」

 

 横に並びながらお互い顔を見合わせる。初めて自分の意志で、お互いの意気投合だった。

 

『……フフッ』

 

 不思議とお互いに笑みがこぼれる。ヒカルの方はスティレットの本心が知れた事、少しでも心を開いてくれた事、そしてスティレットも、ヒカルが自分の為にここまで追いかけてくれた事、信じる事が出来そうと思った。お互いが嬉しかった。

 遠くでゴロゴロと雷の音がする。遠くで夕立になっているのだ。

 

「もうすぐここも夕立が来そうだな……。家の中に入れてもらうか?」

 

 そう聞くヒカルに対して、スティレットはなんだかそわそわしだす。ヒカルはそれが気になった。

 

「どうした?」

 

「うぅん。なんでもないの。変ね、何か遠くの雷聞いてたら……」

 

「……あの、うちに何か御用ですか?」

 

 と、暗闇から誰かの声がした。誰だと警戒するヒカルと、ハッとするスティレット。黄昏時の暗闇から現れたのは、色白の少年だった。

 

「……マス……ター……?」

 

 スティレットが茫然としながら名前を呼ぶ。ヒカルと比べて少し小柄で線が細い。体育会系のヒカルとは全然雰囲気の違う少年だった。

 

――……コイツが……?――

 

 相手の事を胡散臭げに見るヒカル。と少年はスティレットが誰なのか気づいたようだ。

 

「……お前は……」

 

「……お久しぶりです……マスター……」

 

 少年は気まずそうにスティレットから目を逸らす。自分に対して後ろめたい感情があるのだろうな。とスティレットは推測した。しかし彼女は話を続ける。

 

「マスター……。どうして私を……」

 

「ご主人様?どうしたのですか?」

 

 と、少年の傍らにいたFAGが話に割って入った。スティレットの知らないFAGが……。

 

「え……?」

 

 スティレットに似たフォルムではあるが、細かい部分が違っている。ヒカルとスティレットを見ると、恭しくお辞儀をする。

 

「あら、ご主人様のお友達でしょうか。初めて見るFAGですね。ワタクシこの方に仕えるフセットと申します」

 

 新人のメイドといった雰囲気の少女、もしくは深窓の令嬢といった感じのFAGだった。純真無垢と言った感じだ。

 

「あの、ご主人様?この方達は?」

 

「わ!私は!」

 

 スティレットはすぐにでも答えようとする。「あなたの前に仕えていたFAGだ」と、だがその前に、若干バツが悪そうに、そして面倒そうに少年は答えた。

 

「い、いや、こいつとは初対面だよ。今日初めて会ったFAGだ」

 

「え……?」

 

 脳天に、稲妻でも落ちた様な衝撃だった。

 

「彼女とは会った事はない。関係のない奴さ」

 

「……?!!」

 

――どうして?――そう言いたいが声が出ない。

 

「ではどうしてご主人様に?」

 

「道にでも迷ったんだろう?早く家に入ろう」

 

 こんな反応で返されるなんて思ってもいなかった。……こみ上げてくる悲しさが、喉に出かかっていた声を覆う。そんなスティレットを二人はお構いなしだった。彼女を尻目に逃げる様に敷地内に入ろうとする少年とフセット。

 

「ぁ……」

 

――どうして?どうしてなの?――

 

 引き留めようと手を伸ばすスティレットだが、声が出ない。こみ上げてくる涙が、嗚咽が、声を遮る。あまりにも惨めで、悲しくて、絶望的で……。希望が消えていく様に、彼女のマスターは離れていった。……その時だった。

 

「待て……待てよッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 間近に落ちた雷の様な怒号が響く。ビクッとその場にいた全員が震えた。叫んだのはヒカルだった。

 

「っ?!なんですか!?」

 

 そんな少年の胸倉をヒカルが凄い勢いで掴む。ヒカルの形相は鬼の様になっていた。言うまでもなくキレていた。

 

「は!離れて下さい!人を呼びます!」

 

 フセットが警告する。ヒカルは一切動じない。そもそも聞いてないのだ。

 

「コイツが何の為にお前に会いに来たと思ってるんだ!!!わざわざ自分を捨てたお前なんかに!!!」

 

「え?捨てた?ご主人様?それって……」

 

 ヒカルの発言に戸惑うフセット、だが元マスターはヒカルに慄いて反応できない。

 

「なんで向き合ってやらねぇんだよ!!!コイツはなぁ!!!!スティレットは自分にケジメをつけようとしたんだ!!なのになんで逃げるんだてめぇは!!!どうして言葉の一つでもかわそうとしねぇんだ!!答えろ!!答えてみろよ!!!!」

 

 必死のヒカルに対して、元マスターは苦しそうに呟いた。

 

「……所詮ホビー、人形じゃないか……。何をムキに……」 

 

「っ!!!てめぇぇぇっ!!!」

 

 その態度にヒカルは思わず右手を離し拳にする。殴るのは目に見えていた。

 

「やめてっっ!!!!!!!」

 

 その時、スティレットが悲痛の叫びを上げた。その叫びによってヒカルは手を止める。

 

「もういい!もういいのよ!!それ以上はやめて!!」

 

「スティレット!何言ってんだ!!!お前はこんな奴に!!!」

 

「こんな奴だからよ……」

 

 涙をボロボロと流しながら、スティレットはヒカルを示しながら元マスターに対して口を開く。

 

「……この方が今の私のマスターです。今までお世話になりました。二度と会うことは無いでしょう……殴る価値も無い!!!もう二度と顔も見たくない!!!!」

 

 最後だけそう叫び、スティレットはその場から飛んでいった。

 

「っ!待てよスティレット!」

 

 それを自転車で追いかけようとするヒカル。だが元マスターに振り向くと、怒りと憎悪を込めた声で言い放つ。

 

「……一生お前を許さねぇ」

 

 恐らく黄一ですら聞いた事のない声だっただろう。感じ取ったのか二人は凍り付くように動かない。そんな二人を尻目にヒカルはスティレットの後を追いかけていった。

 

 

 少し離れた街頭の下でスティレットは俯いていた。……泣いている。

 

「スティレット……」

 

 ヒカルに気が付くとスティレットは、わざと明るい口調を出す。

 

「あは……ざーんねん。あれが前のマスターよ。格好いい所全く見せてあげられなかったわ……」

 

「……あれでよかったのかよお前……」

 

「清々したわよ。あんな奴だって思わなかったんだから……」

 

 ここでスティレットを慰めたいが、今の彼女を慰めても素直に受け取ってくれないだろうと、ヒカルは何も言えなかった。

 

「……帰ろう」

 

「うん……。ごめんね」

 

 その時だった。水滴がパラパラと落ち始める。雨が降ってきたのだ。雷も音がさっきより大きい。

 

「うわ降って来たな。参った。どこかで雨宿りしないと」

 

 自転車で来たヒカルは雨の中を走る事は出来ない。

 

「とりあえず近くにコンビニあったから、移動するぞスティレット」

 

 スティレットの方を見るヒカル。彼女の異変に気が付いたのはその時だった。

 

「ぅぅ……!あ、あぁぁ……!!!」

 

 恐怖に怯える様にその場に蹲るスティレット。両手で頭を抱えていた。

 

「なんだ?!どうしたよ!」

 

 スティレットの頭には捨てられた日の事がフラッシュバックする。裏切られた記憶が、臨死体験をした記憶が、自分の頭を、心を侵食していく。

 

「雨……雷……嫌……ぁ」

 

 気絶寸前だったスティレットは必死に声を絞り出す。恐怖にに塗りつぶされそうになる絶望顔。恐怖の中で、スティレットは惨めさで一杯だった。全て失って、信じてた人にも裏切られて、自分がすがっていた物はもうない……。何も……。

 

「スティレット!」

 

 ヒカルは片膝をついた体勢でスティレットを自分の胸に押し付ける様に持っていく。相手が人間なら抱きかかえるかの様なポーズだった。自分の身体を傘にする事でスティレットを雨から守る。

 

「ぁ……」

 

「大丈夫だ!俺がついてる!だから一緒に帰ろう!俺達の家へ!」

 

 少女の背中を、ヒカルの手は覆い包み込む様に抱く。彼女の脳裏に浮かんだのはヒカルの家、そして両親、そして目の前の……馬鹿でお人よしでスケベで……優しい少年。自分の為に無茶をしてくれた人の手、自分の為に怒ってくれた人の温もり、湧き上がる安心感に、スティレットは溢れた涙と一緒に叫んだ。

 

「ぅ……マス……タァ……。マスタァーッ!!!!!」

 

 自分を受け入れてくれた人の胸にしがみつきながら、スティレットは初めて自分の意志で、ヒカルに対してマスターと呼んだ……。

 

「私!私ぃ!!!わぁぁあああッッッ!!!!」

 

 溜め込んでいた感情全てを吐き出す様にスティレットは泣いた。わんわん泣いた。そんな泣き声も強くなっていく雨音に消されていく。少女の抱えていた苦しい記憶も、この雨が流してくれてる様だった。傷ついた心も、少年の温もりが癒してくれる様だった。

 

 

「じゃあ暫くすれば目を覚ますわけですね……良かった。有難うございました」

 

 近くのコンビニのカフェコーナーで、椅子に座ったヒカルはファクトリーアドバンス社へと連絡、今のスティレットはヒカルの胸にずっとしがみついたまま眠っていた。スリープモードに入っていたのだ。

連絡前にタオルを買って自分の身体を拭く。ヒカルはスティレットの身体が濡れない様にシャツから外そうとするも、離してくれない上に、引きはがした途端うなされる。仕方なく新しくシャツを買って、着た新しいシャツにスティレットを貼り付ける。ヒカルの胸にスティレットは安心する様だ。

その後スティレットのトラウマについて問い合わせをしていた。ガラス越しの外では相変わらずの雨だ。

 

――黄一の奴にもお礼の電話しなきゃな……これじゃ帰れないから母さんにも迎え来てもらわないと……――

 

 時計を見る。帰ってくるのは11時と言っていた。帰る頃には日付変わるだろうな、とヒカルは思う。

 

――明日の期末……こりゃ駄目かな、まぁお前が心を開いてくれたからよしとするか――

 

 ヒカルは眠り続けるスティレットに言った。ずっとスティレットはヒカルのシャツの胸にしがみついており、ヒカルはスマホを持ってない方の手でスティレットを抱き続けていた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……ったく、こんな可愛い寝顔も出来るんならもっと早く見せろよな」

 

 ヒカルが抱き続ける限り、スティレットはすやすやと安堵の寝息をたてていた。

 

 

「ぅ……」

 

 充電君に繋がれた状態で、スティレットは目を覚ます。

 

「あら目が醒めた?」

 

 パジャマ姿の母と父が目の前にいた。ヒカルの両親の寝室だった。

 

「おば様?あれ?ここは……」

 

「ヒカルがね、迎えに来てくれって言ったの。ずぶ濡れになっていたのを見た時は驚いたわよ」

 

「ぁ……」

 

 その時自分に何があったのか、自分が何をしたのか思い出したようだ。

 

「わ!私……ごめんなさい!昼間の事!勝手に出て言った事!」

 

「それはスティ子ちゃんが立ち直れたのならいいわ。辛かったのね……。自分の気持ちをないがしろにされて……」

 

 ヒカルは自分の事を話してしまったようだ。仕方ないと言えば仕方ないが、

 

「……えぇ、ひどい人でした。前のマスター、今のマスターよりずっと……あの!」

 

 言いたい事は色々ある。順を追って話そうとスティレットは頭の中を整理すると口に出した。

 

「私、やっぱり人形かもしれません!でも!ここにいたいです!ここで暮らしたい!」

 

 その発言に母はニッと笑う。

 

「元よりそのつもり!大歓迎よ!ずっと女の子いなくて寂しかったんだからこっちは!」

 

「あ!有難うございます!」

 

 嬉しくなる。確かにこの家は前の家と比べて全然小さい、でも距離間が心地いい。不思議な雰囲気があった。この家の全員がそれを作り出している。そんな場所にいていいと言うのが嬉しかった。と、少女は一番気になる事を問いかける。

 

「あの、それでヒカルさんは?」

 

 

「ったく、これじゃ完全に徹夜になっちまうな……」

 

 自室にて、寝間着姿に着替え、机に向かっていたヒカルがぼやく。帰ってきてから一夜漬けでも、と試験勉強をしているわけだが、どうにも進みが悪い。現在時間は午前1時である。

 

「焦らないでよ。ほらコーヒー持ってきたから飲んで」

 

「おうサンキュー。……ってスティレット?!」

 

 突然の声。後ろを振り向くとそこにはコーヒーの乗ったトレイを持ったスティレットがそこにいた。通常装備で空を飛びながらだ。

 

「マスターが手直しした装備、今度は完璧ね。……私の所為で勉強遅れちゃったんだから、これ位させてよ」

 

 責任感と羞恥心を一緒に出す表情で少女は言う。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「おかげさまでね。思いっきり泣いたらスッキリしちゃった」

 

「そっか。良かった……」

 

「……でもマスターの方は良くないでしょ?どうなのよ試験勉強の様子は」

 

 そう言ってコーヒーを渡したスティレットは机に降り立つとノートと教科書を交互に見る。英語の教科書だ。……と暫くして少女は大きなため息を出した。落胆のため息だ。

 

「……あのね。なんでこの英文こうやるわけ!?ちょっと考えれば解るでしょ!」

 

 そう言ってスティレットは置いてあったシャーペンを抱えると、正しい英文に書き直す。

 

「ぐ……しょうがないだろ!普段使わない会話なんて!」

 

「……マスターもしかして、いつもこうなの?」

 

「わ、悪いかよ……」

 

 再度落胆のため息。

 

「悪いに決まってんでしょ!折角見直したと思ったらこれだわ!こうなったら私も協力しないと駄目ね!」

 

「な!何!?」

 

「一緒に勉強するのよ!私が解釈してマスターに伝える。それならずっとマシになる筈よ!期末って事は1日3教科ずつって事でしょ?ポイントかいつまんでやれば朝までに2時間ずつ!余裕よ!」

 

「ちょっと待て!完全に徹夜前提かよ!」

 

「さっき一人でいる時に、『徹夜になっちまう』って言ったでしょうが。……ねぇ、私だってマスターがいたから、もう一度頑張ろうって思ったんだよ。マスターだってきっと……」

 

 スティレットはヒカルに手を差し伸べる。半分は色仕掛け感覚だ。しかしもう半分は本心。

 

「……そうだな。やるか!」

 

 ヒカルの方も、女の子にそんな顔をされては黙ってはいられない。スティレットにそう言われて机に向かっていった。

 

 ……でもって二時間後。

 

「うぁー!もう無理ー!脳みそが筋肉痛だー!!」

 

 机に突っ伏したヒカルが愚痴る。慣れない猛勉強に妙な頭痛を感じていた。生まれて初めての頭を使いすぎての頭痛だった。

 

「その表現どうなのよ。……まぁ確かに飛ばし過ぎたかもね。ちょっと休憩いれましょうか」

 

 スティレットの方はまだ余裕だった。

 

「こんなんで本当に大丈夫なのかよ。確かに効率は10倍以上になった気はするけどさ」

 

「普段どんだけ非効率的な勉強してるのよ……。大丈夫、私を信用しなさいな。それに今更寝ようったって寝付けないでしょ。頭使いすぎたんだから」

 

「まぁな、しかしこれじゃモチベーション維持が大変だぜ」

 

「モチベね……。そうだわマスター!勉強や試験を、私の前のマスターだと思えばいいのよ!」

 

「な!何だと?!」

 

「これならモチベになるんじゃない?あの時の怒り、殴れなかったしまだ残ってるでしょ?」

 

 ノートと教科書を、殴れなかった元マスターに置き換える。確かに……腹の底からマグマが湧き上がってくる感覚だった。

 

「それは……効くな。すぐにでもリベンジしたくてしょうがないや!残り4時間行くぜ!スティレット!」

 

「その意気その意気~♪」

 

「それにしても……酷い奴だったとはいえ凄い事言うなお前……」

 

「ンフフ♪マスターも気を付けてよね♪」

 

 子供の様に無邪気に笑うスティレット。こんな表情も出来るんだな。とヒカルは思いつつも、

 

――怖いんだか可愛いんだか……――

 

 怒りついでにそう思いながらヒカルは試験勉強に再び取り組む。

 

「……でもさ、あなたも酔狂よねー。こんな人形にあんなに怒っちゃって」

 

「?人間とか関係ないだろ」

 

 さも当然と言うヒカルにスティレットは……妙な嬉しさを感じる。

 

――……バカ。嬉しいけど、そんな事言われても、人間と私達の立場は同じじゃないんだから……――

 

 スティレットはヒカルに気付かれない位小さな声で呟いた。人間とFAGが同じ立場ではないと言うのも、今日の経験で改めて嫌と言うほど思い知った。

 

――でも、そう言ってくれるんだったら、一緒にいたいって思っちゃうからね……――

 

 これが、二人が仲良くなってからの初めての共同作業である。……後日試験結果は上々だったのは言うまでもないだろう。……スティレットがその日からヒカルの部屋で寝る様になった事も。

 

――

 

 ……そんなこんなでスティレットと洪庵家の生活は絆を深めていった。そして数か月後……。

 

「今日の夕飯はウド焼きそばー!ちなみにスティ子ちゃんが一人で作ったの!」

 

「マ、ママと比べたら味が落ちるって位解ってるんだから!マスター……不味かったら捨てていいからね!あなたがウド嫌いって知ってるし……」

 

 両親との絆も一層深まったスティレット。今ではおば様おじ様とは呼ばず、ママとパパと呼んでいる。

 

「大丈夫よ~。スティ子ちゃん色々工夫したし、愛情タップリなんだから~」

 

――……絶対俺の反応楽しんでるな母さん……、でもそっけない振りしてめっちゃ見てるよアイツ……――

 

 ツンデレ的にそっぽ向きながらこっちをチラチラ見るスティレット。

 

――……どうしよう――

 

「何戸惑ってんのよヒカル。こんなに美味しいのに」

 

 両親の方はウドが嫌いというわけではないので問題なく食べられる。

 

「どうですか?味見できないから出たとこ勝負になっちゃいましたけど自信はあります」

 

「もう合格よ。スティ子ちゃんたら掃除も洗濯も覚えちゃって大助かりよ!家事はもう完璧ね!」

 

「そりゃ……私人形ですから」

 

 照れながら……答えるスティレット。

 

「でも自分を人形というのはそのままなのね、そんな人間らしい心があるのに……」

 

「親しき仲にも礼儀ありですよ。私が色々覚えた中には、人間とFAGで出来る事と出来ない事があるというのも解りましたから……」

 

「……まぁいいわ。これならスティ子ちゃんにヒカルを任せられるわね」

 

 突然、母がそんな事を言い出した。面食らうヒカルとスティレット。

 

「どういう事?って言いたいのね。黙っていたけど、お父さんが今度長期出張でね、お母さんもついていく事にしたの」

 

「え?!なんでそんな突然!!」

 

「ほらお母さんとお父さん。あまり二人の時間とれなかったし……、ヒカルだっていつまでも子供じゃないんだからさ」

 

「そんな事言って本当はスティレットに全部押し付けようって事だろ?」

 

「そうでもあるが……ってゴメンね。でもスティ子ちゃんがいるから安心して任せられるってのも事実よ」

 

 ヒカルを押し付ける。というのは別に不快に思う要素はない。要するに自分がマスターと、ヒカルと二人暮らしという事になる。スティレットにとってそれは大いにときめく用件だった。

 

「わ、私がマスターと二人暮らし……あ、それは構いませんけど、そんないきなり出来るでしょうか」

 

「ずっと傍で見てきた私が言うんだから大丈夫よ。ヒカルの事、お願いね」

 

 そう言ったお墨付きをもらうと安心する。

 

「っ!はい!」

 

 キラキラした目でスティレットはそう言った。

 

「って!お父さんも何か言ってよ!あなたの出張でしょ!?」

 

「あぁ……そうだな。人間でも悪い奴がいる様に、ロボットでも人間以上に人間らしい奴がいる。君ならヒカルの事を任せられるよ」

 

「パパ……」

 

「もしもーし……」

 

 スティレットの方が話の主役になっている事にヒカルは釈然としなかった。とはいえ、スティレットがいてくれた方が心強いのも事実ではあった。

 

 

 そして両親は出張の為、飛行機に乗ってヒカル達の元を去っていった。空港でのドラマのワンシーンの様な別れから、二人は展望デッキで両親の乗った飛行機を見送っていた。滑走路を走りながら離陸する飛行機を見送るスティレット。彼女は自分の恩人であり、同時に家族である二人の乗った飛行機を大きく手を振りながら見送る。

 

「ママ!パパ!気を付けて行ってきてね!!」

 

「いや、スティレット。あの飛行機じゃなくてあれだよ」

 

 反対方向を指差すヒカル。別の飛行機を勘違いしたらしく真っ赤になるスティレット。

 

「ぐ……しょうがないでしょ!空港なんて初めてだったんだから!……でもこれで暫く会えなくなっちゃうわね……」

 

「暫くだよ……暫くすりゃまた会える」

 

「その時に、もっと誇れるFAGになりたいわ……。いってらっしゃい。ママ、パパ」

 

 そしてヒカルとスティレットは二人で暮らす様になった。それからの話はご存じの通りである。

 

――

 

「というわけ、それで私はマスターと暮らしてもう一年半ってわけよ」

 

 トマト鍋の準備を、クリスマスパーティーの準備をしながらスティレットは皆に語って聞かせた。といっても一部スティレットは話したくない部分もあったので、そこはカットしたが。

 

「凄いなぁ。そんなドラマがあったんだ」

 

「ドラマチック……私にはそういう話がないから憧れる」

 

 同じマスターに対して恋愛感情を持つフレズと、アーキテクトの興味を引くには十分だった。

 

「って、まさか私だけに言わせて終わりとか思ってないでしょうね!次はあんた達の番よ!ほら!アンタ達とマスターの話、聞かせなさい!」

 

「えぇ!ちょっとちょっと!それは横暴だろ!」

 

「同意……。大体よく考えたらマスターの両親の話だった筈、いつの間にか勝手にマスターとの馴れ初めの話にしたのはスティレットの方……」

 

「ぅ……いいでしょ別に!つなげて話さないと却って不自然な話になっていたんだから!アンタ達にも色々エピソードはあるでしょ!」

 

「それは……」

 

 話す内容を考えていたフレズの方は顔を赤らめる。彼女の場合浮かぶマスターとの話題がエロ絡みばっかりだったから。

 

「その反応……フレズ!次はあんたよ!さぁ話しなさい!」

 

「え?!えぇ!ちょっと待ってよー!!」

 

「藪蛇……」

 

 そう言いながらアーキテクトは時計を見る。まだそんなに経ってない事を確認。マスター達は今モールかなと予想した。

 

 その頃ヒカル達男4人はは、モール内のスーパーで無事買い物を終えたタイミングだった。年末というだけあってカップルや親子連れが非常に多い。店の方も稼ぎ時という事で、そこかしこで店員の呼び込みや活気であふれていた。

 

「いやーヤギ肉あって良かったなー」

 

「ドジョウもな。ていうかなんであったのか逆に不思議だわ」

 

 満足げなヒカルに対して、黄一の反応は冷静だった。目当ての全員の好きな物は手に入った。

 

「そういえば轟雷の奴大丈夫かな。玩具屋で欲しい物見ているって言ってたけど」

 

「確かクリスマスプレゼントが欲しいって言ってたけど、買ってあげないのかい黄一?」

 

「買わないって大輔。貰ったもんと同じもん欲しいって言ってんだから」

 

「迎え行っても駄々っ子みたいにごねそうですね」

 

 ヒカル達がスーパーで買い物中、轟雷はただ一人、玩具屋で欲しい物を探してると言っていたので置いてきた。で、当の本人はというと……。

 

「見つけました!轟雷改です!」

 

 フレームアームズ売り場の棚の上で轟雷は喜びの声を上げた。轟雷改の箱は五段積まれたフレームアームズの一番下だ。

 

「どうにかしてあれをもう一度買ってもらえるようにしないと!うーん!うーん!」

 

 お目当ての箱を引っ張り出そうとする轟雷、しかし箱の大きさ、積まれた重さは轟雷を越えていた。どうにかして取り出そうとする轟雷、最大限の力で引っ張り続けると箱がズルッと動く。が、上の箱まで巻き込んで勢い余って棚から落ちた。轟雷ごと、

 

「あ。わぁーっ!!」

 

 バラバラに落ちていく箱、埋もれていく轟雷。轟雷は目を回す。

 

「ねぇ!ちょっと大丈夫?!」

 

 落下音に気が付いたのか。店員らしき人の声が聞こえた。女性の声の様だ。箱を取り除くと目を回していた轟雷を掘り起こす。

 

「うーん……はっ、店員さんですか?あなたが助けてくれたんですね。有難うございます」

 

 店員であるツインテールの少女が「どういたしまして」と答えた。マスターと同世代っぽいなと轟雷は思う。

 

「轟雷?何やってんだ?」

 

「あ、マスター」

 

 と、黄一達がやってきた。店員の少女の手の上に乗っていたのが気になった。しかもその少女は……。

 

「え?諭吉君?!」

 

「?!玄白さん!?」

 

 ヒカル達のクラスメイトの玄白朱音だった。……アーキテクトの話の冒頭に出ていた少女である。

 

「そっか。この子諭吉君のFAGなんだね」

 

 そう言って朱音は手に乗った轟雷を黄一に返した。

 

「マスター?知合いですか?」

 

「クラスメイトだよ。……玄白さんはバイト?」

 

「うん。あ!ヒカル君達も来ていたんだ!」

 

 後ろに続くヒカル達に朱音は声を大きく上げた。

 

「玄白さん?バイト?」

 

「うん。あっとごめんね。その前に箱を戻さないと」

 

「て、手伝うよ!」

 

 黄一は朱音に続いてフレームアームズの箱を戻そうとする。

 

「あーいいよー。私店員なんだから」

 

「いや、俺のFAGが迷惑かけたんだからさ」

 

 そうして最後の箱を戻そうとして、二人の手が触れた。

 

『あ』

 

 突然の事に顔を赤らめる黄一、しかし朱音の方は別に動じていなかった。黄一の手が止まったので朱音の方が箱を戻す。

 

「手伝ってくれて有難う。この轟雷小さい子みたいで可愛いねー。黄一君と何年位一緒なの?」

 

「あ……もう三年位になるかな……」

 

「私もね、FAGが家族にいるんだー。でもちょっと愛想無いからさ、なんか羨ましいなこういう性格の子」

 

「いやーそれほどでも」

 

「照れるな照れるな。ガキっぽいって言われてるんだよ……」

 

「俺の方もFAGは持ってるよ。ここにいる全員がだけどね」

 

 そう言うヒカルに、朱音はさっきより強く食いついた。

 

「え?!ヒカル君も!?嬉しいな!共通の話題が見つかっちゃった!ねぇねぇ!今度FAGの話とかしようよ!ヒカル君はどんなFAGを連れているの?!」

 

「え?いやスティレットだけど……」

 

「私もね!家に『モモコちゃん』っていう名前つけた子がいるの!会わせて対戦とかしたいなぁ!」

 

「あの、ヒカル。そろそろ帰らないとスティレット達が心配するぞ」と茶々を入れる様に大輔が言う。

 

「あ!そうだ!玄白さんゴメン!俺達もう戻らなきゃいけないから!じゃあね!」

 

「そうなんだ。私もバイトあるから仕方ないよね……じゃあまた!」

 

――なんか、ヒカルに対しての方が食いつきいいなぁ――

 

 そんな事を思いながら、黄一はヒカルに不満を抱いていた……。そんな事は露知らず、スティレットはヒカル達の帰りを待つばかりだった……。

 

「マスター……まだかなぁ」

 

 

 ラブコメに興味が出て、FAGでやってみたいと思った時、ヒロインは公式小説で女の子っぽい事に憧れのあるスティレットに決めてました。そして異性の相手のキャラを想像する際に、自分にとって、経験のないジャンルだったので、昔印象に残ったキャラをモデルに彼氏役を作りました。自分が異種族との恋愛の話で感動した男の子『ジュエ○ペット○ンシャイン』の『黒○真砂』(※女児向け作品のキャラをR15作品のキャラにしてしまったので一応伏字です)それがヒカルのモチーフです。

 ……もう一人、同作品で異種族の恋愛を描いたキャラがいたので、そのキャラをバーゼかマガツキの相棒にでもしようと思った事もありましたが……、元ネタまんまになりそうなので、そっちはボツになりました。そのキャラの場合、元ネタで恋愛の決着方法がウルトラCだったので、モチーフに出したらそれの劣化コピーにしかならなそうってのが理由ですね。


 
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