No.998129

【エスコン6】夜明けよ、疾くと来たれ【エメリア軍】

カカオ99さん

以前書いたものを手直しして投稿。6のガルーダ隊中心のエメリア軍の愉快な仲間たちの話。時期はM11モロク砂漠戦後。ネタバレと捏造だらけなのでお気をつけて。戦後のガルーダ隊→http://www.tinami.com/view/380426  戦時中のバレンタインデー→http://www.tinami.com/view/1019936

2019-07-04 15:44:25 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:149   閲覧ユーザー数:149

   1

 

「殴られるの、覚悟した方がいいですよ」

 シャムロックの後部座席の兵装システム士官が言った。「分かってるよ」とシャムロックはため息交じりに答える。彼の心はF-15Eのキャノピー越しに見える空の青さ並みに、憂鬱(ゆううつ)だった。

 先程のモロク砂漠における作戦で、シャムロックは命令違反をした。撤退命令が出たのに撤退しなかった。攻撃してくるシュトリゴン隊と交戦し、撃墜した。

 結果的に、一番機のタリズマンを付き合わせる羽目になった。もちろん、うしろに乗っている兵装システム士官、いわゆるWSOも。

 東部防空軍第八航空団が使っている機体はF-16C。第二十八飛行隊のガルーダ隊も、開戦当初からその機体を使い続けていた。

 機体が変わったのは、エストバキアの巨大な空中艦隊撃破後。偉業に気を良くした司令部は、ガルーダ隊にF-15Eを与えた。タリズマンもシャムロックもF-15Eの免許は持っていたため、操縦は可能だったが、なにせ久しぶりである。

 だが、次の作戦までの日程を聞かされてガルーダ隊は驚いた。実質二週間程度しかない強行突破。そこを補うため、「この機体によく慣れている」という二人のWSOが来た。

 戦前からアグレッサー部隊として外部から雇われたという話で、一人は一瞬人形と見まがうほど精巧で、空色の目が印象的な絶世の美男子。もう一人はどこにでもいるような青年。日の光に透けて、ようやく赤毛と分かる濃さの持ち主。

 どちらのうしろに乗るかは、「年功序列で決めました」と赤毛の青年が言った。年上が一番機、年下が二番機。聞けば空色の目の美男子はタリズマンやシャムロックと同世代だという。

 二人は同時に「えっ」と驚きの声を上げた。落ち着いた雰囲気のある赤毛の青年が、年上に見えたからだ。

 そんな新しい隊員の彼らとも、今までうまくやっていた。新しい機体も自分の体のように馴染んできた。

 そこに亀裂が入ろうとしている。シャムロックの(あせ)りと怒りから生じた行動によって、タリズマンとWSOたち、三人の人間が巻きこまれた。

 基地に着陸して格納庫へ。シャムロックは大きく深呼吸を一つしてから、ヘルメットなどを外して降りる準備をして、キャノピーを開ける。タリズマンが自分の機体に向かって歩いてくる姿が見えた。

 シャムロックがタラップから降りて、うしろを振り返る。タリズマンと名前を呼ぼうとした瞬間、シャムロックは胸倉をつかまれた。

「なにをしたか分かってるか!」

 普段はあまり真剣に怒らないタリズマンが激昂(げっこう)している。周囲に人が集まり、呆然(ぼうぜん)と見つめた。

「みんな君と同じだ! それでも歯を食いしばって命令に従ったんだ! 謝れッ!!」

 手は離され、思い切りうしろに突き飛ばされる。硬い床にぶつからなかったのは、とっさにシャムロックのWSOが体を支えたからだった。

「なにを騒いでいる!」

 そこへ第十五飛行隊隊長のウインドホバーが登場し、場の雰囲気でなにが起こったか察すると、軽いため息をつく。

「これからデブリーフィングだ。さあ行くんだ!」

 厳しい口調で皆をうながした。

「ガルーダ隊もだ。早くしろ」

 タリズマンは「行くぞ」と言い残すと、一人で先に行った。シャムロックは自身のWSOに「ありがとう」と一言礼を言うと、自分の足で歩く。

「……罰ゲーム?」

 バラバラに行動する前席パイロットを見て、タリズマンのWSOが隣にいたシャムロックのWSOに小声で聞く。

「イエス、罰ゲーム」

 その答えに、タリズマンのWSOはアに濁点がついたような声とため息を同時に出し、シャムロックのWSOは苦笑した。

 デブリーフィングでは、終了前にガルーダ隊の仮処分が言い渡された。十六時から出撃禁止のうえ、戦時作戦参加資格はすべて剥奪。自室以外の場所での行動制限を()せられ、詳細は自室で待つことになり、実質軟禁状態。

 周囲の眼差しや反応がガルーダ隊に集中する中、タリズマンは「先に行く」と早々に部屋に戻って行く。

 WSOたちは「まあ大丈夫」と楽観的なことを言って、シャムロックを(なぐさ)めた。「罰ゲームには気をつけろ」と気になる一言を()えて。

 

   2

 

「命令違反した罰ゲームだ。食え」

 夕飯時になると、タリズマンがガスマスクにレインコート、厚手のゴム手袋という謎の格好をして部屋にやって来た。手には口を厳重に縛った透明で大きなビニール袋。袋の中には缶切りと缶詰が入っている。

 タリズマンの怪しい格好を見て、野次馬たちが次々と集まってきた。出入り口を塞ぐ形となり、シャムロックは追いつめられたと直感する。

「食えって、なにを……?」

 タリズマンはビニール袋越しに缶切りをつかむと、缶切りの刃を缶詰の(ふた)に食い込ませた。バシュッという小さな破裂音と共に、缶詰に穴が開く。

 すると、缶詰から謎の茶色い液体が溢れ出し、シャムロックは不安に狩られた。更にほんのりと異臭が漂い始める。タリズマンは気にすることなく、黙々と作業を続けた。

 缶詰の蓋を開けると、今度はビニール袋の口を開ける。途端にものすごい悪臭があたり一帯に広がった。野次馬たちは「くさい!」を連呼しながら、廊下の(はし)にまで逃げる。

 くさいといっても半端ではない。腐った生ゴミかドブか。もはや有毒ガスといっても差し(つか)えない。だからタリズマンはガスマスクをしていたのかと、シャムロックは得心した。

 忍び足で逃げようとしたシャムロックの腕を、タリズマンのゴム手袋の手がつかんだ。声なき悲鳴を上げてシャムロックが固まっていると、手に缶詰が乗せられる。中身は魚の切り身らしい。缶詰から液体が(こぼ)れ落ちたうえに、服に飛び散った。

 壮絶な(にお)いと、まだ少し泡立っている中身を見て、シャムロックは青ざめる。捨てようとするが、これは食べ物。粗末(そまつ)にする訳にはいかなかった。とっさに床に置いて部屋を出る。

 だが、そのあとを完全防備のタリズマンがゆらりと追ってきた。缶詰を再びシャムロックの手に乗せる。遠くにいる野次馬たちは、「シャムロック! 来るな!」と悲鳴を上げた。

 年功序列により、防波堤として一番前に押し出された北部防空軍第三航空軍の第四飛行隊隊長のスカイキッドが、「俺たちを生きてグレースメリアに帰らせてくれ!」と懇願した。隊員のレッドバロンとブルーマックスも首を縦にブンブンと振って頷く。

 騒ぎを聞きつけたゴーストアイがようやく駆けつけ、怒鳴ろうとして、「なんだこの臭いは…!?」と口と鼻を手で(おお)う。

「缶詰を開けたらあれだ。なんだ?」

 海軍第二空母航空団の第二戦闘攻撃飛行隊隊長のアバランチは、徐々(じょじょ)に後退する。「缶詰…?」と、ゴーストアイはなにかに気づいた。

「タリズマン! まさか……シュールストレミングを開けたのか!?」

 ゴーストアイが怒鳴(どな)ると、タリズマンは親指をグッと突き出す。正解というジェスチャーらしかった。

「命令違反以上の厄介なことをするな! それよりどこから仕入れた!」

 アバランチの部隊の隊員のブリザードが「シュール…なに?」と聞くと、セラックが「聞いたことあるな」と言う。ゴーストアイはイライラとした口調で、「外国の食べ物だ」と答えた。

「ニシンを醗酵させたもので、人によって味の評価は分かれるが、世界一くさい食べ物なのは確かだ」

 警戒航空隊第三〇三飛行隊のスネークピットが、「それってうまいのか?」と問う。

「食べ方によってはな。だが、あれの汁が服に着くと、臭いが数日取れない」

 遅れてやってきたウインドホバー、ラナー、セイカーの第十五飛行隊の面々が周囲から話を聞いて、状況を把握(はあく)する。

「シャムロック、素手で缶を持っているよな? つまり最臭(さいしゅう)兵器…」

 ウインドホバーが皆まで言い終える前に、野次馬たちは逃げ始めた。あまりの逃げ足の速さに、思わずシャムロックは「なにがあった!」と大声で聞く。

「シャムロック! 撤退は許可できない! その場に留まれ!」

「ゴーストアイ! 昼間と言っていることがまったく違うぞ!」

「それとこれは違う!」

 なかば(あき)れた様子で、ウインドホバーが「……ここで喧嘩するな」とゴーストアイの肩に手を置いた。

 ラナーがどこからか素早く拡声器を持ってきて、「はいこれ」と隊長のウインドホバーに手渡す。

「タリズマン、首都奪還に向けて戦力の消耗は避けたい。殺すなよ!」

 再び親指が突き出される。殺す気はないらしかった。

 早速シャムロックはフォークを持たされ、食べさせられている。我慢して食べているのが、うしろ姿でも分かるほどだった。

「俺、ガルーダ隊でなくて良かった……」

 セイカーの言葉に、「俺も」という連呼がさざ波のように広がる。

 その瞬間、タリズマンの首が機械仕掛けのような動きで、ぐるんと野次馬たちの方へ向いた。金縛りにあったかのように、皆がその場に固まる。

 アバランチが恐る恐る、「この距離で聞こえてんのか?」とゴーストアイに尋ねた。

「この状況を見て、自分のことを言っていると判断したんだろう。多分、全員チェックされているぞ」

「こりゃあ、次の作戦でタリズマンから支援要請を出された時、死に物狂いで助けないとまずいかもな」

 一人冷静に分析するウインドホバーの言葉に、皆はますます固まった。

「どうした? みんなでダルマさんが転んだでもやってんのか?」

 野次馬たちのうしろに、ガルーダ隊の兵装システム士官(WSO)たちが来た。手には調理された食材や牛乳のパックを持っている。シャムロックのWSOだけが、ガスマスクを装備していた。そのアンバランスさに、皆の金縛りが()ける。

 西部防空軍第三航空軍の第五飛行隊隊長のスティングレイが、「そういやお前たち、ほぼ自室謹慎じゃなかったか?」と聞く。

「基地から出なきゃいいってこと」

 タリズマンのWSOの答えに、スティングレイの部隊の隊員たちは「アバウトすぎる……」と呆れた。

 ウインドホバーの手から拡声器を奪ったタリズマンのWSOは、「なあ!」とタリズマンに語りかけた。

「もうそろそろ、普通に食べさせてもいいだろ? 全部食わせるってことでどうよ。もう十分シャムロックくせえから! 明日になれば、みんなから嫌われるのは確実だって!」

 しばしの沈黙のあとで、タリズマンはWSOたちに向かって手招きをする。

 パン、タマネギ、ジャガイモ、トマト。それらの普通の食材を見て、シャムロックは思わず二人のWSOの手を硬く(にぎ)った。パンの上に色々乗せてからシュールストレミングを乗せると、普通に食べられるらしい。先程とは打って変わり、シャムロックはおいしそうに食べている。

 どうやら事態は終息の方向へ向かっていると判断した野次馬たちは、一斉に安堵のため息をついた。「ほら解散だ!」とゴーストアイが命令する。

「俺たちは普通の晩飯を食うぞ。食堂へ移動だ!」

 ウインドホバーが更なる号令をかけた。

 

   3

 

 激動の夕食タイムが終わると、ガルーダ隊の兵装システム士官(WSO)たちは洗い場で食器を洗っていた。

 世界一くさいといわれる缶詰を食べることになった哀れなシャムロックを救うため、食堂から食材を分けてもらうのと引き換えに、食器を洗うよう言われたのだった。二人は食器洗浄機と手洗いフル稼働で、ノルマをこなしていた。

 タリズマンは二人に声をかけてねぎらい、自身は一人、(にお)い騒動を起こしたお詫び行脚(あんぎゃ)に行く。

 すると、ゴーストアイが「一緒に行こう」と着いてきた。

「どうしたの。シャムロックの所に行かないのか」

「ガルーダ隊へのご意見は、巡り巡って俺の所にも来る。だったら先に、一緒にお小言をもらった方がマシだ」

「そうか。じゃあ、一緒に済まなさそうな顔してくれよな。頼りにしてるよ?」

 気の置けない各部隊へはフランクな言葉を使いつつ、丁寧に謝るが、ジョークまじりの罵声(ばせい)には適当にあしらう。

 他の部署へは謝ると同時に、どれだけ自分たちがあなたたちのお陰で助かっているかという一言を()える。

 上にはひたすら平身低頭で謝り、遠回しな嫌味も(おお)せの通りでございますといった風に、けして逆らわない。

 二番機の暴走の尻拭(しりぬぐ)いに、一番機は色々と気を使っていた。

 お詫び行脚が終わると洗い物を手伝い、なぜかゴーストアイも手伝わされた。ぶつぶつと文句を言いながら、結局最後まで付き合ってやる。

 ようやくすべての作業が終わると、WSOたちは自分たちへの部屋へと帰っていった。

「今日は男四人、狭い部屋でお泊まり会ですよ」

「自業自得だ」

「それを言われると、反論の余地なしだ」

 タリズマンは自販機で買ったジュースを、「はい、今日のお礼」とゴーストアイに投げて渡す。

「炭酸じゃないから大丈夫だよ?」

 ゴーストアイは缶をまじまじと見たあと、「やめておく」と(ふた)は開けなかった。

 その光景を見てタリズマンは笑ったあと、「なあ」とゴーストアイに話しかけた。

「シャムロックが一番機になれないのは、頭に血が昇ると暴走するからだろ」

「正解だ」

「あなたも手綱を引くのが大変だな」

 シャムロックは普段は人当たりが良く、穏やかで優しいのだが、怒りがある一定のレベルを超えると(われ)を失う時がある。その苛烈さに、友人のゴーストアイもしばしば面食らったことがあった。

「君もよく付き合ってくれる」

「面倒を見るのは一番機の務めだよ」

「それもあるが……あの時、なにも言わずに、命令違反をするシャムロックに付き合った」

「いやいや。最初は止めたでしょ」

 そう言ってタリズマンは笑う。

「まあな」

 タリズマンはシャムロックが命令違反をした直後は、ゴーストアイと一緒に止めていた。シュトリゴン隊からの攻撃も、必死に逃げ回っていた。

 それをシャムロックの「ゴーストアイ! 貴様に肉親を取られた奴の気持ちが分かるか!」という叫びを聞いてから、無言で迎撃に回った。

 ガルーダ隊の腕を持ってすれば、シュトリゴン隊と渡り合うことは可能だったろうが、シャムロックは怒りのあまり、無線を壊す始末。単独行動に回ったシャムロックをどうするのか。

 戦争が始まって以来、ずっと一緒に飛んでいたタリズマンがシャムロックをフォローする形で飛び、息の合った連携プレーでシュトリゴン隊を見事撃墜した。

「あなたの方からも、シャムロックを注意して見てくれないかな。多分俺だけじゃ無理だし」

「地上で?」

 「空でも」と、タリズマンは上を指差す。

「今回は自室謹慎だけで済んだから良かったけど、首都奪還がまた失敗するかもって不安を、今の右肩上がりの士気で散らしている状態だ。それを維持する方が先決」

「快進撃のエメリア軍も、薄氷の上を歩いている訳か」

「そういうことかな」

 第八航空団に異動してきたタリズマンを評して、ウインドホバーが「周りをよく見ている奴だ。トラブルがまだ芽のうちに見つけて、人知れず()む奴だよ」とゴーストアイに言ったことがある。

 それまで第八航空団のパイロットたちのまとめ役のようなポジションにいたのはウインドホバーだったが、今ではタリズマンと分け合うような形になっている。

 ほうほうの体で首都から逃げ出し、戦争初期に行われた首都奪還作戦に四度も失敗したエメリア軍が士気を保ち続けているのは、反攻作戦の快進撃のお陰もある。

 同時に、連携を密にしてトラブルを前もって潰しておくという、組織内で地道な作業をする人間たちがいるからだった。

 夕食での奇妙な騒動でシャムロックは周囲から哀れみを覚えられ、集団の輪を乱した人間への色々な負の感情が薄まったのは、想像に(かた)くない。

「まあ……シャムロックがああなるってことは、そういうのを溜めこんだ人間がかなりいるってことだ。今、連鎖反応が起きたらまずい」

「だからって、シュールストレミングなんて持ち出さなくても良かっただろうに」

「ガス抜きだよ。ちょっとしたお祭り」

「どこで買った」

「悪いけど、それは極秘事項だ」

 二人は笑い合ったあと、タリズマンは「ここで、酒やクスリに逃げさせる訳にはいかんでしょ」と穏やかな表情で言う。

 ゴーストアイはタリズマンの横顔をちらりと見たが、なにも変わっていない。

 タリズマンはシャムロックの叫びを悲鳴ととらえたから助けた。助けてと言えないほど深度のある苦しみに迷うことなく、恐れることなく、もがいて攻撃してくる手をつかみ、引き揚げる。

 誰もがやろうと思えばできそうだが、最初の一歩を踏み出すには相当な勇気がいることを当たり前のようにやってしまう、見方によっては英雄的行為を事もなげに成し遂げしまう方が、ゴーストアイは若干苦手だった。

 その強さは身近すぎるがゆえにまぶしい。まるで金。

 金はありふれた貴金属で、金属としては重いが(やわ)らかく、延びて変形する能力に富み、熱と電気を伝える優れた性質があり、腐食に強く、合金にすることで他の金属の性能を向上させる。

 ゴーストアイの脳裏に、金色の王という単語が一瞬ちらつく。

 ここに金色の王はいるのだ。

 迷わず前線へと行き、怒りと苦しみに荒れる人間の手をつかむ(さま)は果断にして豪胆。敵を駆逐していく様は苛烈にして熾烈。

 それはおそらく、歴史に名を刻んだエメリア王アウレリウス二世のごとく。

 古代神話の戦神をもとに、味方の士気向上のために作ったという金色の王の像。その神々しさに敵は屈した訳ではない。アウレリウス二世自身が(いくさ)で強かったからこそ、象徴となる。

 それが現代では、ガルーダ隊のエンブレムがペイントされた戦闘機となる。

 自分はまだAWACSとして距離があることに、ゴーストアイは内心ホッとした。僚機として近くにいたら、おそらく焼かれてしまう。

 シャムロックとは元々友人だったが、タリズマンとは職場のみでの付き合いというのがベストな距離間。

「おや、二人でこんな所にいたのか」

 手に私物(しぶつ)を持ったシャムロックがいつも通りの笑顔で近寄ってくるが、彼から漂う臭いは、控えめに言ってもくさかった。

「二人とも顔で分かるぞ? こいつはくさいって」

「次からこの罰ゲームはやめるよ」

 (あき)れたようにシャムロックが「僕を実験台にしたのか?」と返す。

「まさか。罰ゲームだよ、罰ゲーム」

 険悪なムードになっていないガルーダ隊の二人を見て、ゴーストアイは忍び笑いを漏らした。タリズマンはシャムロックをうまく扱っているじゃないかと。

「それじゃあな。今日はご苦労だった」

 ゴーストアイは別れの言葉を口にする。タリズマンは「また管制よろしく」と軽く手を()げた。

「一応、自室待機の身、だろう?」

「どうだか。うち、意外に使い勝手は荒いでしょ?」

 タリズマンの分析に、ゴーストアイは「それもそうだ」と苦く笑う。

「今回の件、ジュース一本でチャラにできると思うなよ?」

 ゴーストアイは手の中にあるジュースをタリズマンに見せた。

(きも)(めい)じておくよ」

 困ったように笑う今のタリズマンは、少なくともゴーストアイには身近に感じる気軽さがあった。

 

   4

 

 くさい部屋から(のが)れ、おそらく無事であろう数少ない私物(しぶつ)を持ち出し、シャムロックは避難してきた。

「それで? 今日は彼らの所に泊まるのかい?」

 彼らとはWSOたちのこと。部屋の構造はタリズマンとシャムロックが使用している部屋と同じなので、男二人、雑魚寝(ざこね)をするスペースはある。

「あとで色々とご進物を渡さないといけませんよ。お菓子とか酒とかお菓子とか肉とかね」

「彼ら、よく食べるからね」

「胃袋がほんと高校生並みだよ。若さだねえ」

 シャムロックの「仕方ない。僕らは三十も半ばだ」という言葉に、互いに笑い合う。グルーミングのような会話が終わったあと、タリズマンはシャムロックが持っていた私物を指差す。

「これ、アイドルの雑誌?」

 私物の一番上にあったのは雑誌だった。表紙は765(ナムコ)プロダクションの女性アイドルが勢ぞろいしていた。それぞれのイメージカラーに合わせた秋物の服を着ている。

「娘が好きでね。将来はアイドルになるんだって、彼女たちの歌や踊りを一生懸命真似するんだ」

 シャムロックは「これが結構うまいんだ」と嬉しそうに笑い、タリズマンに雑誌を渡す。

「娘に渡そうと思って買ってたんだけど、戦争が長引いたから渡せなくて……」

 今は二〇一六年の三月。表紙の年号は二〇一五年と古かった。タリズマンは中身をパラパラとめくったあとで、表紙をじっくり見る。

「それじゃ、このアイドルの似顔絵でも機体に()いてみようか。これなら誰が乗っているか、一発で分かるでしょ」

 突拍子(とっぴょうし)もない発言に、シャムロックは「本気か?」と尋ねた。

「もしかしたら、あれってパパが乗っているかも! って思うじゃないか」

「いや、そんなことは思わない」

 だがタリズマンはシャムロックの真顔での突っ込みを無視して、「たとえばミキって子の似顔絵を描くとか」とつぶやく。

「でもストライクイーグルってタイプじゃないよな。……あ、ついでに煙が緑だと、ちゃんと働いているかどうか分かって良さげだな。いいアイデアだと思わないか?」

 そう言うと雑誌をシャムロックに返す。一瞬の沈黙のあと、シャムロックが雑誌を受け取りながらアハハと笑った。

「タリズマンも冗談がきついな」

 釣られるような形でタリズマンもさわやかに笑い、「また命令違反したら本気だ」と笑顔のままで言う。

 再び一瞬の沈黙が訪れたあとで、シャムロックは困った表情で笑った。

「本当にタリズマンは冗談がきついな。君はどうなるんだ。同じ部隊だろう?」

「上から連帯責任を取れと言われたら、俺もアイドルのノーズアートが描かれた戦闘機に乗ることになる。目立つだろうね」

 本当に痛車ならぬ痛機に乗せられそうな予感がして、シャムロックは悪寒がした。

「だけど、ガルーダ隊にパパがいるって、本当に思っているといいな。あとでみんなに自慢ができる」

 シャムロックはタリズマンの顔をちらりと見てから、雑誌の表紙に視線を落とす。

「ああ……そうだね」

 女の子向けのカラフルでかわいらしい雑誌。本来ならこれを手にして見ているのは娘のはずだった。今頃なら最新号を買っているはずだった。表紙のアイドルたちは春物の服を着ているはずだった。家族に関する時間は、すべてが約半年前で止まっている。

「今日は助けてくれてありがとう」

 つぶやくように言うと、タリズマンは「君は貴重な戦力だ。失う訳にはいかない」と冷静に返した。

「……それもそうだ」

「でも、僚機を助けられる時に助けられるのは、悪くない。前のガルーダ2は、捕虜やってるだろうしね」

 瞬間的にひんやりとした空気が頬を撫でる。シャムロックはハッとしてタリズマンを見たが、いつもと変わらない。

 エストバキアが侵攻してきた二〇一五年八月の終わり、シャムロックはガルーダ2として暫定的にガルーダ隊に編成され、なんとか領土の西の果て、ケセド島まで脱出できた。

 その後、タリズマンとシャムロックは所属していた部隊の仲間を探したが、とうとう見つからなかった。そのまま二人はガルーダ隊としてエレメントを組み、十一月のヴィトーツェ防空戦に参加。今に到る。

 生死の行方が分からなければ、できるだけ死を匂わせる言葉は回避する。心の中では諦めかけていても、エストバキアの捕虜になっている、更に理想を言うなら暴力は受けていないと前向きに考え、悪い考えはできるだけ表に出さないようにする。

 そうやって、薄いなにかの上を皆で歩いている。死の可能性を考えた瞬間、あっというまに不安と猜疑心にとらわれ、足元が砕ける。

 自分たちはあまりに危うい状況にいると、シャムロックは改めて理解した。

「僕たちは本当に、グレースメリアに帰れるだろうか」

 タリズマンは最初、ゴーストアイと一緒にシャムロックを止めた。ある瞬間から迎撃に回った。シャムロックはあとで思い返してようやく気づいた。タリズマンが攻撃に転じたのは、自分が家族に関して叫んだあとだと。

 シャムロックに賛同する訳でも、ゴーストアイを責める訳でもない。ただシュトリゴン隊を撃破した。

「帰れるさ。そのために頑張ってきたんだ。そうだろう?」

 当たり前のように言う。ケセド島にいた時も、タリズマンは「グレースメリア? もちろん帰るさ」と軽く言った。

「楽観的なんだな」

「そうでもない。言葉にすれば現実になるかもという、一種のおまじないだ。言い続ければなにかに伝わって、いつか必ず叶う」

「おまじない? だからタリズマンっていうTACネームにしたのか?」

「それはあるかも」

「じゃあ、君が少しそのへんを飛んだり、ガルーダという名前を出したら、きっと敵は戦わないで逃げるだろうな」

「金色の王みたいで面白いな」

 そう言うタリズマンは金色の王ならぬ、金色の鷲。そこに関連性を見出し、皆がタリズマンに期待する。

 城から金色の王はいなくなったというが、生身の金色の王はここにいる。王の帰還を皆信じている。それで恐怖と不安を和らげ、あるいは見ないようにしている。

 よどみが溜まりすぎれば、シャムロックのように爆発する。だがタリズマンは己が傷つくことをいとわず、その人間を助ける。

 タリズマンとは話さない訳ではないが、どこか距離があるゴーストアイに、うちの一番機は苦手なのかと聞いたら「ちょっとな」と言葉を(にご)された。「あれは強すぎる」と。

 てっきり戦果のことかと思ったが、こういうことかと思った。文字通り強いのだ。沈みゆく人間の手をつかみ、安全地帯まで容赦なく放り投げる。そういう強さ。

 怒られるのまでは普通だが、罰ゲームの件は思いきり放り投げられたとシャムロックは思った。助けたからといって、(いた)わって癒してくれる訳ではない。タリズマンを危険にさらせば、もちろんツケは払わされる。

「歌も歌えば、現実になるかな? ほら、ラジオでよくかかる……『A BRAND NEW DAY』だっけ」

「なるさ。アニメの台詞だってな。我が人生の(しん)の夜明けよ、()くと来たれ! とかね」

「それ、なんのアニメだい?」

「雷娘が出てくるラブコメだったかな。古いアニメだからなぁ。見れば思い出すだろうけど、配信よりは街のレンタル屋の方が確実にありそうだし、今でもやってるといいな」

 懐かしそうな顔で言う。タリズマンが自分を助けたのも怒鳴ったのも本気だったのだと、シャムロックは思った。

 皆が金色の王だとほのかに期待する彼もまた普通の人間で、いつか故郷へ帰れると信じている。

 そうやって、歴史のアウレリウス二世もエメリアを統一していったのだろうかとぼんやり考える。

 王権は失墜し、戦争が日常化した遥か昔、たとえ一時であろうとも、戦いのない日々を求めて進んでいった彼らは、今この瞬間のエメリア軍と同じように、伝説の金色の王を心の支えにしていたのではと。

 なにかを信じるというのは、おそらくそういうこと。

「それじゃ、先に寝るよ。みんな寝たあとに来て、締め出されるなよ?」

「すぐ行く。くさいからって締め出さないでくれよ?」

 タリズマンは笑いながら「しないよ」と言って、先に部屋に帰って行く。

 一人残されたシャムロックは、窓の外の月を見上げた。同じように家族も見ていればいいと思った。ガルーダ隊のパイロットはパパだと会話していればいいと。

「パパはここにいるよ」

 答える者は誰もいない。シャムロックは雑誌を丁寧に抱え直す。

 夜明けよ、疾くと来たれ。お前を連れて故郷へ戻る。必ず。

 

END

 

   備忘録

 

脇キャラについての解説です。

 

ブリザード、セラック:6の味方部隊の仲間。アバランチ(アサルトレコードNo.36)の部隊所属。

 

レッドバロン、ブルーマックス:6の味方部隊の仲間。スカイキッド(アサルトレコードNo.37)の部隊所属。

 

ラナー、セイカー:6の味方部隊の仲間。ウインドホバー(アサルトレコードNo.35)の部隊所属。


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