No.99702

恋姫†無双 真・北郷√12 後編

flowenさん

恋姫†無双は、BaseSonの作品です。
自己解釈、崩壊作品です。
2009・11・09修正。

2009-10-08 17:43:46 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:50459   閲覧ユーザー数:32958

 

恋姫†無双 真・北郷√12 後編

 

 

 

長江沿い赤壁北 北郷水上要塞上の軍営

 

/一刀視点

 

 三日後に東南の風が吹く……。今までつぶさに大陸の気象記録を取らせていた事が生きてくる。その為、こちらはある程度の時間まで分かる……それは夕方、酉の三刻。俺達風に言うと、18時頃だ。現在は北西の風、当日までこの風が吹く。現在、水上要塞は全船の連結を完了した。そして予想通り黄蓋から偽りの降伏を伝える使者が来る。22日夕方に合流すると。……俺達は最後の打ち合わせに入った。

 

……

 

三日後 未の三刻(14時) 水上要塞甲板 風向 北西

 

 俺は望遠鏡で相手の軍営の様子を見ている。呉の兵士達は昼飯を食べた後のようで、ほとんどが船から降りてくつろいでいる。

 

 風は変わらず北西、俺達は風上だ。黄蓋の降伏は二時辰(4時間)後の夕方。だが、待たない……好機は今だ!

 

 さあ、始めよう! 俺は息を大きく吸い込み、大声で叫ぶ。

 

「……聞け! 我が北郷の精兵たちよ!」

 

 船上の喧騒はぴたりと止み、十万の兵士達は俺の言葉に集中する。

 

「いまから呉との決戦に出撃する。これまでにない激しい戦いとなるだろう。だが、これから失う生命(いのち)の重さを背負い、掴み取った未来こそを俺は守ろう。決して振り返るな! それこそが志半ばで斃れた戦友(とも)達の願い。この十文字の旗は大陸をひとつにと誓う俺の誇り! 平和を願い力尽きた英霊達の墓標(しるし)! 我等兵(つわもの)が守るべき民達の希望の光! 全て北郷が進むべき平和への道標。(みちしるべ) この輝く十字を掲げる我等の手にあるのは夢を切り拓く剣(つるぎ)! 聲(こえ)を響かせ、天(そら)へと謳え! 我等詠うは……兵の道標(つわもののしるべ)なり!」

 

「ウオオォォーーーーッ!」「ウオオォォーーーーッ!」「ウオオォォーーーーッ!」

「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」

「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」

 

 

/語り視点

 

 大地を揺るがすほどの勝利への決意を込めた兵士達の大歓声が、空の彼方まで響き渡る。

 

 そして始まる水上要塞後部甲板の仮設舞台での歌姫達の公演。

 

 マイクやスピーカーのような絡繰を使い、天地人☆しすたぁずの歌声が、夢と希望を文字通り追い風に乗せ、兵士達の心へ勇気を運ぶ。

 

「天の御遣い様の願い……」

「この大地への誓い……」

「みんなの希望のうた」

 

「「「……我等詠うは兵の道標!」」」

 

 歌姫達は謳う、それは北郷一刀の願い。誓い。幾万の民達の苦しみと絶望を知り戦った。……その途中、平和を願い斃れたいった礎達。それでも皆の笑顔と希望を護る為。この大陸の未来を守る為に心の弱さも迷いも捨てた。砕けぬ敵も、壊せぬ壁も無い。最良の未来を引き寄せてみせると願い……この新たな外史の世界に誓った。

 

 北郷軍の兵士達の眼に希望の光が灯る。その心に無限の勇気が宿る。

 

「全ての帆を上げろ! ……水上要塞出撃っ!」

 

 

風向 北西

 

「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」

 

 連環の計により繋がれた北郷軍の巨大な水上要塞が、追い風に乗って全速力で呉の船団に突撃していく。

 

ドゴーーーン ゴオーォン ドゴォォン ゴッゴッ

 ガガッガガッ バキキバキャ ガキャキャ メキキキッグシャベキキッ

 

 避けようと急いで横を向くものの、間に合わず激しい轟音と共に沈む軍船。兵士が乗らないまま押しつぶされて水中に消えていく小船。

 

 最前列の特殊船に隠された衝角が今、敵船の無防備な腹に牙を剥く。

 

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 衝角 船の船首の水面下部位に取り付けられた突起、サイの角のような物。材質は主に鉄で、敵船の水面上にある装甲板を避けて、水面下の無防備な横腹を食い破る接近戦用兵器。推進力を生み出す櫂の列を破壊して機動性を奪ったり、浸水させ行動不能、もしくは撃沈する事を目的とする。水面下にある為、事前に視認する事は難しい。英名ラム。

 

 鍛冶屋で作った物を造船所で体当たり用に骨格を補強した装甲船に取り付けている。但し、味方の船に誤って衝突すると被害が大きい為、注意しなければならない。

 

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 全ての船が鎖で繋がれた超巨大な体当たり攻撃。北郷の船が何隻浸水しようと関係ない。連環によって互いの浮力を補っているからだ。

 

 呉の船を圧壊する破裂音が戦場に響き渡る。

 

ドォン ドォン ドォォーン

 メキキバキャバリバリバリバリィバキキキメリメリメリ

 

呉側 少し時間が戻る

 

「周瑜様! 北郷の奇襲です。す、水上の大きなあれが……真っ直ぐ突っ込んできます!」

 

 呂蒙の報告に、周瑜は己の策が狂った事を知らされる。だが……。

 

「な!?(祭殿がまだ出撃していないのにか!)だが、何故そんなに慌てているのだ……速やかに反撃しろ」

 

「それが……相手が止まらないので矢を撃つ暇もな」

ドゴーーーン ゴオーォン ドゴォォン ゴッゴッ

 ガガッガガッ バキキバキャ ガキャキャ メキキキッグシャベキキッ

「きゃぁ!」

「な、なんだこの大きな音は!? 一体どうした!」

 

 呂蒙の話の途中で、突然轟音が河の方から響いてくる。すぐに伝令が天幕に入って来て、

 

「ほ、報告します! 既に軍船の凡そ七割使用不能。混乱の為、乗船遅れています」

 

 何が起きた! 周瑜が天幕を出て長江を眺めると……北郷の水上要塞が呉の船を踏み潰すように、こちらの岸に向かってにじり寄っていた。予想もつかない展開。ただそれだけだった。

 

「作戦が上手くいっていたと思っていたが……完全に裏をかかれた。すぐに残っている船に乗船して火矢を用意しろ!」

(祭殿、劉備の撤退といい、この戦況といい……完全に裏目に出たようです)

 

 一時辰(2時間)後、やがて風が凪ぐ。

 

……

 

風向 無風

 

北郷側

 

「いまです! 帆をすぐに落として! 真桜さん!」

 

「あいよっ! 蒸気機関最大出力! 煙突弁開放! 水龍砲加圧開始! 凪! 沙和! ウチらの活躍、大将に見せつけるで!」

 

「応!」

「了解なの!」

 

 雛里が総司令官として雛羽扇を揮い、真桜達と伝令兵に指示を出す。

 

……

 

風向 無風

 

呉側

 

「よし、風が凪いだ。もうすぐ東南の風が吹く……敵船団を狙え! ……撃てー! 後続はあの要塞に、なんとしても取りつくのだ!」

 

 周瑜は必死に戦況を挽回しようと奮闘する。

 

「むぅ、儂の降伏前に攻めてくるとは……船に干草をのせ油をかけよ! 火を点けてそのままぶつける。出撃するぞ!」

 

 黄蓋も今から出ようと思っていた矢先の奇襲に驚くが、冷静に行動を開始する。

 

 やがて水上要塞のあちこちから黒煙が上がり始める。

 

「帆を落とした……火が回るのを嫌ったか? ……だがおかしい。煙が上がるのが早すぎる」

 

 周瑜が首を傾げている間に漸く敵船から火の手が上がり始めるが……。

 

 

風向 無風

 

北郷側

 

 船の煙突から蒸気機関を運転した為の黒煙が上がる。帆は落としたため、燃え上がろうとする炎は小さいまま。

 

「消火開始します! 総員外套着衣! 真桜さん、炎の根元を狙ってください!」

 

「了解や! ぽんぷ圧力開放! 水龍砲発射やっ!」

 

 北郷軍の水上要塞甲板上にある水龍砲から勢い良く放水が開始され、兵士達は白い外套を素早く身に纏う。

 

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 水龍砲 真桜の工房で造り蒸気機関のポンプを利用して加圧した水を噴出させる絡繰。簡単に言えば巨大な水鉄砲。消火を始め、取り付こうとする敵兵に向けて放水し、自船から押し落としたり、小船に注水して沈めたり出来る。前面防弾の回転銃座のような形。船内のポンプに直結させたこれを甲板上に配置している。ゴムホースやパッキン等を開発した為、実現出来た。水はポンプで河から汲み上げる。

 

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……

 

風向 無風

 

呉側

 

「ふむ? なにやら噴き出してくる……?」

バシャーーーッ

「ぶはっ、み、水じゃと!?」

バシャーーーッ バシャーーーッ

 

 ようやく火計のできる位置に近付いた黄蓋だったが、火を点けた途端、乗っている小船に水龍砲によって水の束が二本三本と集まってくる。だが、防ぐ事もかわす事も出来ない……。

 

 瞬く間に水で一杯になり次々と沈む黄蓋の船団。水を噴出している怪しげな物体は前面を盾で守られ、矢で反撃する事さえ出来ない……。

 

「……儂らの投降が偽りと知っておったか。手も足も出ぬとは、正にこの事……無念じゃ」

 

 消火を終えた水龍砲は天に向かって放水し続ける。辺りは雨が降った様に濡れていく。船も、帆も、人も、ビニール製の白い外套をかぶった北郷軍以外は……。

 

……

 

風向 無風

 

北郷側

 

 その頃、突撃から逃れる事ができた敵船の甲板上に、

 

「よっと♪」

「やっと出番だね♪」

 

 怪力自慢の虎痴、許緒と、剛力無双の悪来、典韋。最狂の破壊神達が降り立つ。

 

ドンドン! ドッカ! ドカンッ!

「ご主人様がボク達に派手に暴れてきてくれって! 壊しまくるよー、流琉!」

 

 季衣がその手に持つ岩打武反魔で力の限り船を破壊すれば、、 

 

バキャ! ドガガガガン! ドガドガドガ!

「うん! 一緒に思いっきりやって褒めてもらおう! 全力でいくよー、季衣!」

 

 流琉が伝磁葉々を船底まで突き破るように叩き付ける。

 

「にゅ」ズドン! メリメリ「にょ!」

「にゅ!」ドン! バキバキバキ「にょ!」

 

 遠くではちび恋がその如意棒を使い、文字通り船を上から下へ串刺しにしていた。

 

「恋ちゃんに負けられないよ! 季衣!」

「よーし。ボクだって!」

 

 地面に大穴を空けるほどの破壊力をぶつけられ、沈まぬ船は無い。次々と傾いていく呉の船。そして傾くたびに、次へ次へと飛び移っていく破壊神達。

 

 と、そこに、

 

ビュッ カカカカッ

 

「季衣!」

「ボクは平気だよ!」

 

 風切り音と共に二人の前に多数の矢が突き刺さる。

 

「これ以上、船を沈めさせるわけにはいきません」

「わし達の乗る船までなくなってしまうではないか……だが赤い童の方は無理じゃな」

 

 黄忠と厳顔。蜀で一、二を誇る弓の名手が季衣と流琉に狙いを定めるが……。

 

 

ビュッ カカカッ

 

 その名手達の前にも矢が突き立つ。

 

「……むぅ!」

「……あちらにも弓の使い手がいるようね」

 

「ご主人様のご命令でな……我が名は夏侯淵! 黄忠、私と勝負してもらおうか。季衣、流琉、先へ行け! ここは私達に任せろ!」

 

「「はい! 秋蘭様」」

 

「んじゃあ、アタイはそっちのデッカイ得物の姉さんとか。よろしくな~」

 

 そしてそれを阻む北郷軍一の弓の使い手と……ダークホース。一目見ただけではわからない不気味な実力を持った成長株。四人の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

……

 

ドンッドンッ ドンッ

 

 厳顔の得物、豪天砲が火を噴くが、それをなんなく避けながら猪々子は矢を放つ。一歩も引けを取らないその射撃の技量に厳顔は感心する。

 

「……ほお。お主は弓兵であったか……ならば!」ジャキン

 

 猪々子を格闘を嫌う弓兵と推測し、豪天砲を近接攻撃へと切り替え突撃する厳顔だが、

 

「へへーん。それはどうかなっと!」ガキン

 

 斬山刀を取り出した猪々子が、突き出された厳顔の豪天砲を逆に上から叩き付ける。

 

「な!? ……これは失礼した。どちらもいけるくちであったか」

 

「あん? 斗詩もアニキも大好きだけど……それってなんか関係あんの?」

 

 頭を掻きながら答える猪々子。厳顔は愉快気に口の端を吊り上げ、最高の喧嘩相手に満足するが……。

 

「これは楽しくなっ」

「厳顔様、黄忠様。諸葛亮様より撤退せよと!」

「む! 退却か……紫苑!」

 

「ええ……聞こえているわ。でも……っく」

「黄忠! 簡単には逃がさんぞっ!」

 

 伝令が退却命令を告げ、楽しい勝負を邪魔された厳顔が不満そうに相棒の名を呼ぶが、秋蘭が執拗に黄忠の退路を狙う。

 

「むぅ。夏侯淵め……この二人相手は骨が折れそうだが、紫苑! ここはわしが残る!」

 

「でも、桔梗!」

「璃々が待っておろう! 急げ!」

 

「……ごめんなさい」

 

 悲痛な顔で黄忠が親友を残しその場を去る。

 

「……さあ! ここから先は通さぬぞ!」

 

 喧嘩を始める興奮を隠せず、これ以上ない恍惚の表情で厳顔は猪々子と秋蘭の前に立ち、

 

「しばらくわしに付き合ってもらおう!」

 

 大きく咆えながら厳顔が豪天砲を二度撃つ。

 

ドンッドンッ

「……得物がデカイ分、狙いがバレバレなんだよっ!」

 

 猪々子が斬山刀を斜めに顔の前にかざし、腰を落として低い姿勢で弾を弾きながら、

 

キンッ ガキン

 タッタッタッタッタッ

「はぁぁーーーーっ!」

 

 厳顔に向かって疾走する。

 

「……はっ! だからこそ、こういう使い方もできるぞっ!」

 

 厳顔が豪天砲の重量を使い、低い姿勢の猪々子に真上から振り下ろす形で迎撃するが、

 

「(その武器じゃ低い姿勢の相手には)振り下ろすしかないよな! っと」ギャーン

 

「なんじゃとっ!」

 

 そのまま上に、猪々子が両手を広げて横向きに持ち直した斬山刀の真中で弾き返される。

 

 驚愕の表情を浮かべる厳顔の武器と両腕は、真上に持ち上がる。そして、その隙を猪々子は見逃さない。猪々子は既に下半身を捻り終わっている。

 

「腹ががら空きだぜっ!」ドカッ「かはっ……お主、名は……?」

 

 厳顔が体勢を整えるより早く猪々子の渾身の蹴りが古強者の無防備な腹部に突き刺さる。

 

「文醜。……良い勝負だったぜ」

 

「……わしも楽しかったぞ……文醜。……」

 

 勝負に満足しそのまま気を失う厳顔。猪々子はその体を支えてやり、

 

「敵将厳顔。北郷が家臣、文醜が討ち取ったりーーーっ!」

「オオォォーーーーッ」

 

「見事だな、猪々子」

 

 改めて勝ち名乗りを上げる。一緒にいた秋蘭もその勝利を祝うが黄忠は既にいない。

 

「秋蘭も手出ししないでくれてありがとな。黄忠は追わなくていいのか?」

 

「おや、気付いていたのか。黄忠は無理に追うなとご主人様が仰っていたのでな……」

 

 

「はぁーーーーっ!」ドガンッ

「……くっ、凄い力と持続力です。それに私の暗器が全く効かない……」

 

「この鎧は姫が私の体を守るために作ってくれた特注品です! そんなやわな暗器では、傷ひとつ付ける事も出来ませんよ!」

 

 呂蒙の袖の中から繰り出される様々な暗器。だが、体全体から指先までを覆う金色の鎧が斗詩の体を完全に防御する。彼女の鎧はこの大陸で最高峰の防御力を誇る重鎧。それを着たまま、金光鉄槌を振り回す絶大な体力。伊達にあのふたりに振り回されていただけではない。誰もが気付かない彼女の力強さ。その一撃一撃が暗器使いの呂蒙を圧倒する。

 

「あ!? ……」ペタン

「これで、終わりです!」ドカバキャキャッ「ひゃぁ!」

 

 先に体力の限界がきてしまった呂蒙が足をもつれさせてしりもちを付くと、その股の間に金光鉄槌が振り下ろされ……呂蒙の長い両袖を見事に下敷きに。その中の暗器が潰れた音がその後に続く。呂蒙はあまりの迫力におもわず可愛い悲鳴を上げてしまう。

 

「……あぅ」ビリビリッ「……あぁ袖が、人解まで粉々に……ま、参りました……」

 

 呂蒙が腕を引くと袖は千切れた。武器を全て失い、戦う術の無くなった呂蒙は潔く降参する。

 

「敵将呂蒙! 北郷が家臣、顔良が討ち取りましたーーーーっ!」

「オオォォーーーーッ」

 

……

 

 開戦から既に二時辰(4時間)ついに風が吹く、東南の風が……。

 

風向 無風→東南

 

北郷側 水上要塞

 

「がんがんいったれーっ! 当てただけじゃ死なん。船から押し出して落とすんや!」

「この場所に取り付かせるな。ここから一歩も引かず、水龍砲を死守しろ!」

「近づく小船は水龍砲で沈めるの! 火が付いてもすぐ消せるの! 正面、撃てーなのー!」

 

 真桜は蒸気機関の様子を見ながら、水龍砲の指示を出し、凪と沙和が兵士達を指揮して、敵兵から水龍砲と総司令官、雛里を守る。

 

「救助しているだけの船は狙わないで下さい! ……風が!? もう一度放水を! 真桜さん!」

 

「はいな! 敵さんに満遍なく水をかけたれや!」

 

 そして夜の帳が落ちる。東南の風は吹く。

 

風向 東南

 

水上要塞後部甲板

 

「さむーい! ちぃちゃん、人和ちゃん。もう中に戻ろうよー」

 

「そうね。もう勝負は決まったみたいだし」

「御遣い様のお言葉通り、風が吹いた」

 

 天地人☆しすたぁずは戦場を見詰めていた。そしてその場所を守っていたのは、

 

「三人とも、もう冷えますから中にお入りなさい。大盾隊はここで待機! 白苦隊は投降した兵の救助支援に回りなさい!」

 

 袁紹本初。その踵の先まである真っ直ぐな長い髪は、向かい風に吹かれて綺麗に後ろに流れていく。

 

「……さあ、ご主人様の策はまだ続きますわよ。周瑜さん(サラサラ)」

 

 麗羽は髪を掻き流し、岸辺にある呉の軍営を眺めた。

 

……

 

風向 東南

 

呉側 

 

 辺りは夕闇に包まれ薄暗くなっていく。今は冬。

 

「兵達の動きが硬い? 先程から水を掛けているのは火を消す為だけではなく、我等の体を冷やす為か! この気温と東南からとはいえ夜の風。水で濡れた呉の兵士。呉の船はほぼ壊滅し、乗っていた兵士達も大部分は水の中。北郷軍兵士の外套はこの為か……完全に負けだ。一度、軍営に戻るしか無い……」

 

 死傷者は少ないものの、船が圧倒的に足りない。周瑜は地上戦しかないと軍営を目指し残った船で一時撤退する。河に落ちてしまった兵士達は泳いでその後に続く……。

 

……

 

風向 東南

 

北郷側 長江沿い赤壁南 岸辺にある呉の軍営

 

 既に日は落ち、闇を照らす松明の光だけを頼りに二人の武将が敵中を進む。

 

「春蘭! 遅れているぞ。急げ!」

「応! どけどけどけー!」

「まだ間に合いますよー」

 

 愛紗と春蘭が宣言した通り、敵の岸辺にある軍営まで食い込んでいた。二人の手綱を握るのは軍師である風。

 

 陸遜はこの軍営を守っていた為、

 

「ここは、通しませんよ~♪ えぃっ!(ぽよん)」

 

 いつもの『不思議な踊り』で立ち向かうものの、

 

 「「邪魔だ!」」ドカンッ

 

 生粋の武人である『愛紗と春蘭には効かなかった』(MPが0的に)

 

「む? 今何かぶつかったか、春蘭?」

 

「いや? 私は知らん。それより急ぐぞ、愛紗」

 

 二人の激しい猛チャージに吹き飛ばされ、

 

「あややーーーーっ!(クルクルクル)」

 

 錐揉み吹き飛びから錐揉み落下して、

 

「……きゅぅ」

 

 衝撃と回転、ふたつの意味で目を回し、倒れる。そして陸遜が落ちた地点。丁度そこには、

 

「……おお! これはこれは(クスッ)敵将陸遜。北郷が家臣、程昱が討ち取ったのですーー!」

「オオォォーーーーッ」

「風! やるではないか!」

「くっ! いつのまに!」

 

 二人が気がつかないうちにちゃっかり手柄を手中にする風。恐ろしい娘……。

 

「愛紗ちゃん、春蘭ちゃん。軍営に残っている人達を全員非難させてください」

 

 呉の軍営を完全に制圧した愛紗達は人がいないかを確認して、主人の命令に従い兵士達に命じて灯油を撒き始め最後の仕上げに入る。と、そこへ、

 

「……お主達とは正直、二度と会いたくはなかったぞ……」

 

「貴様は黄蓋っ! これは良い所に」

「まあ待て春蘭……また水の中に戻られるか? 黄蓋殿」

 

 びしょぬれで体を震わせた黄蓋が現れる。春蘭は不完全燃焼な為に闘志を燃やし、愛紗はその青い顔と体の震えを見て皮肉を投げかける。

 

「……やめておこうかの。正直もう限界じゃ。寒さまで己の武器に使うとは……。完敗じゃよ」

 

 冷たい河の水で悴んだ体、その濡れた体から容赦なく体温を奪う風。そして目の前にはあの時、恐怖した二人組み……分が悪いどころでは無い。黄蓋が素直に縄で縛られると、愛紗が暖かい服を掛け、髪を拭いてくれる。その何気ない優しさを感じた黄蓋は小さく呟く。

 

「……ほんに見事じゃ」

 

 

北郷側 水上要塞

 

チリーン。チリーン。

 

「……(武将らしき者はいないな。……ならば一瞬で決める)」

 

 水上要塞中央本陣の北郷一刀。彼の命を狙い帆柱の上から響く鈴の音。刺客の名は甘寧。

 

「……鈴の音は黄泉路を誘う道標と知れ!」

 

バッ

 

 跳躍する勢いのままに、その細い首を獲ろうとするが……。

 

バサッ

「……っ」

 

 目の前で何かが『開き』前が真白に包まれる。甘寧がそれを避け飛び退くと……。

 

 純白のメイド服に身を包み、優雅に日傘を差した側使えが後姿で立ち塞がる。

 

「……(侍女)?」

 

「……ご主人様を私から奪おうとしたわね?」

 

 鈴の音は確かに黄泉路を誘う道標であった。

 

「……(この殺気……只者では無い。一旦引くか……むっ!?)」チリン。

 

「……その鈴は猫の首に付けるのに良さそうね」

 

 聖域を侵した者を飲み込む、覇気を纏った冥土が待つ黄泉路への顎門が……、

 

「……(孫策様を超える凄まじい覇気だと! う、動けんっ!?)」

 

「……今、丁度、可愛い子猫を捕まえたところなの♪」

 

 ……鈴を鳴らした甘寧の前に大きく開かれた。

 

「(ガクガクガクガク)」

 

「可哀相。そんなに震えちゃって……華琳が優しく(おしおき)してあげる♪」

 

 そして振り返った天使のような微笑を合図に……。

 

「――、――――っ!(れ、蓮華さまぁーーーーーっ!)」

 

 天(そら)に迷える子猫の叫びが響き渡る。泣き声なのか鳴き声なのか。両方なのか……。

 

……

 

長江沿い赤壁南 岸辺にある呉の軍営

 

「よし! 火を放て!」

「長江から上がってくる呉の兵士に注意しろ!」

 

 灯油をまかれた呉の軍営が大きな炎に包まれ、やがて大きな火柱が上がる。

 

 朱き揺らめきが赤壁一帯を紅く照らす……。

 

 退却して来た孫権、周瑜達はその炎の壁を見上げて呆然とする。

 

「……大きな炎? なぜか見覚えが……」

 

 頭を垂れて力尽きて……周瑜の脳裏に情景が浮かんでくる。これは……気が遠く。

 

……

 

周瑜の夢

 

 一人で業火に包まれる屋敷の中。

 

「これで準備は完了……。いよいよあなたの許に逝けるのね……」

 

 死を前に想うのは大切な……雪蓮。

 

「短かったあなたとの時間。長かった一人の時間……その全てがようやく終わる」

 

 記憶の中の私も雪蓮を失っている……。

 

「火がやがて私の身を焼き……私はもうすぐあなたの傍に逝く……今、このときになって私は素直に思うの」

 

 私も漸く逝ける……本当はただ雪蓮と一緒にいたかった私。

 

「……あなたの声が聞きたい。あなたの姿が見たい……あなたを感じたい……って」

 

 雪蓮……あいたい……玉座に見える雪蓮の面影。

 

「ああ……見える。雪蓮……あなたが見える……もう私一人を置いて逝かないでね……」

 

 そして涙を流した私は炎に包まれる。

 

「愛しているわ、雪蓮……だから私を――――」

 

 もはや眠る……我が祈りは……。

 

 

/周瑜視点

 

「……今のは夢?」

 

 今までの疲れが一気に押し寄せて一瞬だけ浅い眠りについていたようだ。蓮華様も疲れきって船の上で眠っている。もうすぐ岸に着く。だが逃げ切れ無いだろう。せめて蓮華様だけでも守らないと、あの世で雪蓮に合わせる顔が無いな……。

 

 船が岸に着くと、最悪の歓迎が待っていた。

 

「周瑜殿、お待ちしておりましたー」

「ふんっ」

「……伝令。……達をここに」

 

「はっ!」

 

 程昱、夏侯惇、関羽が私達の目の前を取り囲み。兵士達が弓を構えている。私はその場に跪き、

 

「待ってくれ! 降伏する……だから蓮華様、孫権様だけは助けてくれ!」

 

「それは虫が良すぎるのでは無いか?」

 

 私の勝手な言い分に、関羽が不快を顕わにする。

 

「この戦は私が決めた事……私はどうなっても良い! 勝手な事はわかっている。だが……」

 

「見事な忠義だ。私は構わぬが……ご主人様、どうなされますか?」

 

 その問いかけを合図に、関羽達の後ろから炎の紅い光を反射する白い服を来た長身の男と、白い外套を羽織り目深に布を被った人物が進み出てくる。

 

「俺も許すよ。俺は平和こそが目的で、この戦はあくまでも手段。君達を殺す事が目的じゃ無い……だけどこの人はどうかな?」

 

「……あなたは何も出来ない無力な袁術を殺そうとしてまで大陸を統一する事に拘った。それはどうして?」

 

 白い外套の人物が剣を抜いて私に問い掛ける。張勲だろうか……私は顔を上げずに、

 

「それは……今は亡き孫策の願いだからだ。大陸を統一すると言う目的。願い……」

 

「冥琳てば……私の願いをちゃんと理解してくれていなかったのね……」

 

……

 

時間は少し戻り 南下中の北郷水軍 七隻連結第一旗艦甲板上

 

/周泰視点

 

「なんとか。潜り込めました……お猫様もいないようですし、御遣い様や恋師匠に逢ったらどうしましょう……素早く終わらせなければっ!」

 

 そして目的の人物が通路を歩いているのを発見しました。……似顔絵の特徴と一致。なかなか出来る武将のようです。ここでは仕損じる可能性が。船の上に出た時にやるしか無いようですね。失敗しても逃げられますし。いえ、最近お疲れの公謹様の為にも確実に……。

 

 やがて好機が訪れました。私は風下。相手の後方。甲板には人がほとんどいない……。

 

 私は隠密としての全力を持って背後に忍び寄り、背中に背負った魂切を音も立てずに抜きます。

 

 目的の人物は何かに気をとられ、まだ気付きません。慎重に近付いていきます。確実に仕留める為、背中から胴を薙ごうと、必殺の間合いで無言のまま……。

 

「……(今だっ!)」ヒュッ「あぶないっ!」「(!?)」

 

 ……一閃。その瞬間、誰かがあぶないと叫ぶ声が聞こえます。でも、もう遅いです。これはかわしきれないっ!

 

ズババンッ

「……」

 

 

/一刀視点

 

 ふと気付くと麗羽がふらふらと長い板を抱え、周りをひやひやさせながら兵士達の仕事を手伝っていた。雪蓮も楽しそうに見ている。風に煽られ危なすぎる……あっ足元! 踏み外しそう!

 

「あぶないっ!」

 

 俺が叫んだ瞬間、麗羽を見ていた雪蓮はその場にしゃがみこむ。同時に凄まじい音が響いた……。

 

ズババンッ

「……」

 

 あれ? 変な音だな……俺の声に反応して麗羽の顔がこちらに振り返ると、持ったままの長い板が誰かの顔に思い切りぶち当たってめりこんでいた……すごく痛そうだ……。

 

「ま、まあ! 申し訳ありません」

 

「あーーーーっ!」

 

 麗羽が被害者に謝ると今度は雪蓮の悲鳴が……何だ!?

 

「どうしたっ、雪蓮!」

 

「うう、くすん。私の髪がぁ~」

 

 駆け寄ると雪蓮の首の辺りで無造作に切られた髪。切られた髪は三つ編みのままで髪飾りの部分が血溜まりに落ちていた。……被害者の鼻血の血溜まりだけど……っと平気だろうか?

 

「むっかー! よくも私の……って明命じゃない!?」

 

「お知り合いですの?」

 

 怒った雪蓮が掴みかかると……麗羽の被害者は明命で、

 

「いたた……はぅあ! そそそ孫策様!? なぜここに! あぅぁぅ! すみませんっ! すみませんっ!」

 

 鼻血を出しながら雪蓮に土下座している。そしてその脇には抜き身の長刀が落ちている……。

 

------------------------------------------------------------------------------------------------

 

解説 必殺の間合いで放った明命の一撃だったが、胴を狙った筈が麗羽の振り回す板を避ける為に雪蓮が素早くしゃがんだ為、首に……それでも届きそうなところへ明命の顔面に麗羽の振り回した板が直撃する。

 

ズババンッ

ズバ(髪が切られる音)バンッ(激しく顔に板が叩きつけられた音)

 

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 どうやらまた麗羽の強運が発動した模様……。

 

「うう……ハニー。髪が短くなっちゃった~」

 

「え? ……ああ。気にしなくても綺麗だよ。短いほうが活動的な雪蓮には合ってるかもね」

 

 いま首が飛びそうだったのに、気にするのはそっちなのか……。

 

「ホント!? 良かった♪ ……さて、明命~! 私を殺そうとしたわね!」

 

「はぅわ! で、でもですね。格好が全然違っていましたし! 髪形も……ああ! 孫策様の髪飾りに血が! どこかお怪我でもっ! はぅぁぅ……申し訳ありませんっ!」

 

 いやだから明命の鼻血だって……まあ可愛いけど。暗殺に来たのか……!

 

「麗羽。明命の鼻血なんとかしてあげて」

 

「はい。すぐに薬と拭くものを……」

 

 

 大喬と小喬は確かに呉にいて周瑜達と暮らしていたと雪蓮に聞いた……これで確定だ。この前考えた『役者は大体同じ』の結論から周瑜と孫権も同じ人物と考えられる。

 

 華琳は春蘭の痛ましい姿と恋に殴られた衝撃で記憶が完全に戻った。

 

 秋蘭は斗詩の金光鉄槌で吹き飛ばされてほぼ記憶が戻ったらしい。

 

 春蘭は殴られ方が足りなかったのかほんの少し。まあもともと頑丈だしなぁ。

 

 麗羽は分からない。華琳との事も覚えていると言うから結構戻っているのかもしれない。まあ麗羽、猪々子、斗詩とは前外史で余り親しくなかったから、確認しようも無い。つまり心か体に加わる強いショックが切欠になるらしい……なにか強い衝撃……。

 

……

 

「雪蓮。その切られた髪を使っても良いかな?」

 

「え~。使うなら私の方が良いわよ♪」

「はぅわ!」

「私はいつでも良いし♪」

 

「いやいや、そうじゃなくて……はぁ、耳を貸して雪蓮」

「はーい♪」

「……」

 

 俺は記憶の事を伏せて話をする。周瑜を救う切欠になると。

 

「……なるほど、良い考えかも(私が死んだと思わせて、もう一度考え直させるのね)」

 

「明命」

 

「は、はいっ! 御遣い様っ!」

 

 緊張する明命にお願いしてみる。

 

「この髪を持ち帰ってくれるかな?」

 

 俺は血が付着した髪飾りの付いたままの髪の房を袋に入れる。

 

「私はハニーを信じるわ。明命! 私からもお願い。それを直接冥琳に見せて」

 

「は、はいっ! ……でも私は嘘は苦手で……」

 

 雪蓮にも頼まれて引き受けてはくれる。たしかに明命には難しいかも知れないけど、

 

「何を言われても、はい。と、失礼します。で良いよ。多分」

 

「冥琳は今、疲れきってるから相手の顔色までは見て無いわ……私にも冷たかったし」

 

 俺と雪蓮が助言をするといつも通りに元気な明命に戻る。

 

「わかりましたっ! はいっ! 失礼しますっ! ですねっ!」

 

「いや、もっと淡々と、明命はぼろが出やすいから、はい。しつれいします。どうぞ」

 

「はい。失礼します。ですか?」

 

「完璧!」

 

……

 

 そして、明命は周瑜にその袋を渡した。

 

「公謹様、ただいま戻りました。頸は持ち帰れませんでしたが、これを……(嘘は今のところ言っていません! どきどきしますっ! でも孫策様のご命令です)」

 

「確かに斬ったのか?」

 

「はい(確かに髪を切りました!)」

 

「良くやってくれた。休んでくれ」

 

「失礼します(わぁー♪ 御遣い様の言った通りですっ!)」

 

 

時間と場所は戻り

 

/周瑜視点

 

「冥琳てば……私の願いをちゃんと理解してくれていなかったのね……」

 

「……その声!? しぇ、雪蓮!?」

 

 私の真名を呼ぶ懐かしい声……そしてその言葉に驚く。雪蓮が生きていた? 私が顔を見上げると……。

 

 外套を脱ぎ、髪を短く揃えてはいるけれど私が見間違えるはずも無い。死んだと思っていた雪蓮が私を見下ろしていた。

 

「驚いている暇は無いわよ、冥琳。もう一度思い出して!」

 

「……理解していない? ……だってあの時」

 

 私はあの時の言葉を思い出す……。

 

……

 

『私の夢は冥琳と二人で天下を統一して、平和な世界で冥琳と大喬ちゃん小喬ちゃん四人で仲良く幸せに暮らすの。ずっと一緒にね』

 

……

 

「何の為に天下を統一するの? 平和の為よ! 天下統一は手段。私の目的、本当の願いは、平和な世界で冥琳と大喬ちゃん小喬ちゃんずっと四人で一緒に暮らす事よ」

 

……

 

『はぁ……仕方ないわね、あなた一人じゃ天下なんて夢のまた夢なんだから。この私が手伝ってあげる』

 

『うんっ♪ えへへ、二人で一緒に頑張ろうね』

 

……

 

「!? ……ああ、そうだったのか。私達は幸せに暮らせる平和の為に二人で一緒に頑張ろうと誓った……」

 

「そうよ、冥琳。北郷は平和を目指しているわ。天下統一は手段。分かってくれた?」

 

「雪蓮の願いは平和……私達の願いは一緒に暮らす事。その為の天下統一。だから私達が統一しなければいけない訳じゃ無い……答えはこんなに近くにあったのね。……雪蓮」

 

 雪蓮にしがみつき私は泣きだしてしまう。

 

「ちょ、ちょっと冥琳!」

「今度はずっと一緒よ……もう私一人を置いて逝かないで」

「……冥琳」

 

「愛しているわ、雪蓮……だから私を――――」

 

 それは記憶を重ねた外史二つ分の想い。私の大切な、愛する人に伝えたかった言葉。

 

「あら。冥琳が私の事愛してるって、そんなの当然のことでしょ?」

 

「!? ……ぐすっ。そうだったな! 雪蓮には何でもお見通しだった」

 

「そうそう♪」

「……ふふふ」

 

 心が通じた二人にはこんなに簡単な事だった。なんて愉快なのだろう。私は笑顔で雪蓮と強く抱き締め合う。鉄さえ断ち切れるほどの硬い固い絆の様に。

 

 

/語り視点

 

 雪蓮は救い出せた喜び。周瑜は愛する人が迎えに来た喜び。いま、喜びがひとつに重なった……そこに目覚めた孫権が近付いてくる。

 

「冥琳……あの時は姉様のところに逝くあなたを見送る事しか出来なかった。私にとって最高の師であり、友であり、そして壁だった……でも今あなたは救われたのね」

 

「蓮華様……もしやあなたも?」

「蓮華? あの時って、なに言ってるの?」

 

 孫権と周瑜。二人だけにしか分からない話を聞き、雪蓮は首を傾げる。

 

「ええ、浅い夢を見ていたわ。そして思い出した。大陸統一、北郷ならば安心できるわ」

 

「そう……ですね」

「えーなによ? ふたりでーぶーぶー」

 

 孫権と周瑜が一刀を王として認める。雪蓮だけ除け者にされた為不満を垂れ流すが、

 

「冥琳。今度こそ皆の笑顔を取り戻せるわ。姉様も冥琳もその中にいるのよ? そして絶対に姉様とあなたを超えて見せるわ!」

 

「ふふっ。蓮華様。私もまだこれからです。負けるわけにはいきません」

 

「私だって負けないんだから! この~♪」

 

「ふふふっ 平和になってから勝負です」

 

 最後には全員が笑顔。北郷一刀が望んで引き寄せた、最良の結末。

 

……

 

 天への階(きざはし)を、後数歩で登り切ってしまうであろう北郷一刀。その彼を叩く事は誰が出来るのか……。

 

「ご主人様……」

 

「ああ、やっと救う事が出来た。風、春蘭、戦いは終わった。呉の兵達を助けてやってくれ」

 

「「御意!」」

 

「……愛紗、頼む」

 

「はい、ご主人様!」

 

 愛紗が青龍偃月刀を天に掲げて勝利を宣言する。

 

「北郷の兵よ! 我等は希望を勝ち取った!」

 

「ウオオォォーーーーッ!」「ウオオォォーーーーッ!」「ウオオォォーーーーッ!」

 

 北郷軍の兵士達が勝利の喜びを祝う。

 

 次に呉王、孫権が南海覇王を天に掲げ、戦いの終わりを宣言する。

 

「孫呉の兵よ! 我等は戦には負けた。だが希望と言う掛け替えの無いものを手に入れた! これより我等も北郷に降り、同胞として北郷軍の勝利を祝う!」

 

「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」

 

 孫呉の兵もまた、王の叫びに答え、これから訪れるであろう希望を夢見て、見事な勝利を収めた北郷軍を祝福する。

 

 愛紗と孫権が目を見合わせて頷き、声を揃えて、

 

「「勝ち鬨をあげよーーーーっ!」」

 

「ウオオォォーーーーッ!」「ウオオォォーーーーッ!」「ウオオォォーーーーッ!」

「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」「オオオオオオオオォォォォーーーーッ!」

「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」「ワアアァァーーーーッ!」

 

 ひとつになった喜びの聲は更に大きな響きとなり、その場にいる全員の魂を奮い立たせる。

 

 赤壁の戦いは幕を下ろした。正史での悲劇、無慈悲な朱き炎は、今……。

 

 この外史で希望を祝う為の暖かく大きな灯火となった……。

 

 

蜀に向けて撤退中の劉備軍

 

「朱里ちゃん。やっぱり私、桔梗が心配だわ……」

 

「戻っても仕方がありません。勝てそうもなかったら、すぐに蜀に戻るように桃香様が仰っていましたし、戻ったとしてもどうにもなりません……つらいのですが」

 

 親友の身を案じて後ろ髪引かれる黄忠は、諸葛亮にその心情を漏らす。

 

「桔梗……私のせいで。 ……あら、朱里ちゃん! あそこに馬車が一台見えるわ」

 

「本当ですね……高貴な方でしょうか。何故共も連れずに? ……こちらに向かってくるようです」

 

 もう一度振り返った黄忠の視線の先に、立派な馬車が走ってくる姿が見えた。諸葛亮も確認して、追いかけてくるその馬車を待つ。厳顔かも知れないと淡く期待して。

 

 やがて二人の前に馬車が着き、降りた御者が恭しく馬車の帳を開けると……。

 

「やはり劉皇叔の軍旗であったか。朕は皇叔の国で余生を過ごしたい……。どうか連れて行ってはくれぬか? すでに無力のこの身、最後くらいは自由に生きたいのだ」

 

……

 

 私が倒れてもあなただけは倒してみせる。私はあなたを認めない。あの子の為にも!

 

 力と仁、両方を持つ覇王を前にして、歪んでしまった力を持たない仁の王。予想もしなかった大義を手に入れた彼女はどこに向かうのか……。

 

 そして、その先に待つのは悲しみか……希望か……それとも……救い出せた生命の対価を払う瞬間(とき)が近付く。

 

 天の御遣いはまだ、それを思い出す事が出来ない……。

 

 確実に終端の足音が近付く。

 

 つづく

 


 
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