No.996091

夜摩天料理始末 終章

野良さん

式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/995591

想像以上に長くなってしまった作品でしたが、お付き合い頂いた皆様に、深甚な感謝を。

2019-06-12 20:55:36 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:247   閲覧ユーザー数:234

 その周囲に居た、全ての式姫がそれを感じた。

 主の帰還、そして、私たちの式姫の庭が蘇った。

 庭の中央に位置する大樹が、夜の中で、館を燃やす炎を圧倒するかのように、ひときわ激しい光を放つ。

 主を取り戻した庭の全てに力が満ちていく。

「この力は……式姫の降臨か」

 依代に神霊を降ろし、世界の諸力を結集し、この世界に顕現させる、式姫の秘術。

 熊野の呟きに、かやのひめが頷く。

「ええ……でも、一体何を召喚しようっていうのよ、あの男」

 こんな途方も無い力を結集し……どれ程の神格の霊を降ろそうというの。

 かやのひめが、戦慄の響きの籠もる呟きを漏らす。

 空を切り裂き、男に迫る尾裂の獣の前で、札が炎に包まれ、彼女を阻む巨大な炎の壁となる。

 サセヌ!

 例え、何が立ち塞がろうが、我が牙を、あの男の喉に突き立てるまでは。

 主の無念を晴らすまでは。

 眼前に迫る、炎の壁を払いのけようと、残った腕を振り下ろす。

 その腕が、斬り飛ばされた。

 炎の中から伸びた手が握った、斧の一撃。

 斬りおとされた腕が、瞬時に炎に包まれ、灰となって散る。

「ここは通しません」

 更に炎の中から伸びた手が、その獣の頭を鷲掴みにした。

 半分にされたとはいえ、勢いを付けて飛びかかって来た虎ほどもあろうかという巨体が、その手によって、軽々と止められた。

 後僅かで、あの男の喉笛に、我が牙が届いたというに……。

 オオオオ、オノレ、アトワズカデ!

「諦めなさい」

 轟々と燃え盛っていた炎が鎮まっていく。

 その中から、一人の女性が姿を現した。

「貴女とその主の妄執、果てる時です」

 その職位を示す冠を頭上に戴き、裁きを司る者の法服をきっちりとその身に纏う。

 背に負った火炎光背が、彼女の闘気に呼応して炎を上げる。

 端正で、厳しい印象を与える顔に、僅かに柔らかさを添える、紅い縁の眼鏡。

 そして、その後ろから、海と空の色を宿した澄明な瞳が尾裂の獣の目を、正面から射抜いた。

「貴女ですね、彼を謀殺し、冥府にも色々ちょっかいを掛けてくれたのは」

 き……キサマハ……マサカ。

「数え切れぬ良民の殺傷、悪への誘惑、閻魔帳の改竄の使嗾(しそう)、二つの魂の消失、冥府に封じられた黄龍の封を解こうとした策動、何れも許し難し」

 頭を握る手に、力が籠もり、頭蓋骨がミシミシと軋みを上げ、脳がひしゃげ、痙攣する顎が、鋭い牙をガチガチと噛み合わせる音と、喉から洩れる良く判らない悲鳴が不気味に響く。

 ぎ……ギギギ……ぎぃ。

「それら諸々の罪を鑑み、汝に判決を申し渡す」

 その腕に更に力が籠もり、指が頭にめり込み、その手が宿した炎が、金色の毛に燃え移っていく。

 

「死罪」

 

 ぐしゃり。

 無造作に桃でも握りつぶしたような音と共に、歯噛みの音が止み、重い物が地に落ちる鈍い音が立つ。

「地獄に堕ちる事すら敵わぬ、魂なき悪意と妄執よ……せめて獄炎に浄められ、世界に還るが良い」

 地に落ちたその体が燃え上がる。

 今ここに、玉藻の前の残した九尾の呪詛が一つ、尾の三、藻と呼ばれたその大妖怪が、完全に滅んだ。

 その火明かりの中、彼女が振り向いた。

 夜明けにはもう少し間がある、仄かに稜線が瑠璃色がかり始めた夜の中でも、その綺麗な浄眼がはっきり見える。

 澄み切った目が、ほんのわずかに喜びの気配を見せながら、彼の方を向く。

「ご無事ですか?」

「助かったよ……しかし、最前別れたばかりだってのに、また直ぐにお目に掛かれるとは思ってなかったな」

 男が苦笑しながら、身を起こし、彼女と向き合う。

「本来でしたら、私は生者が会うべき存在ではありませんからね」

「違いないな」

 くすくすと笑いあう二人の間に、可愛らしい声が割って入った。

「お話し中すまんが……お主は誰じゃ?」

 妙に仲のいい二人の様子に若干の嫉妬を漂わせて、こうめが彼女の法服の袖をくいくいと引いた。

 その可愛らしい様子に僅かに目元を優しく緩め、彼女は腰をかがめてこうめの顔を見た。

 そうか、この少女が、彼をこの世界に繋ぎとめた存在か。

 

「こうめさんですね、初めまして。我が名は夜摩天、式姫となり、この方の進む道の助けとなる為、参上しました」

「夜摩天……冥王の一人ね」

 かやのひめが、彼女の名乗りを聞いて、一人頷く。

 本来中立たるべき存在、そして冥法の守護者として多忙な冥王が、地上界のごたごたに手助けする事は本来あり得ないし、そもそも、その強大無比な力は地上にあるだけで、あらゆる生命にとって危険をもたらす。

 だが、分霊を式姫と化しての助力なら、その辺りの問題は、解決される。

 とはいえ、それとて夜摩天自身が彼を認めねば、一部といえど自らの力を貸し与えるなどあり得ない事。

 何が有ったかは知らないが、死んでも只で帰って来ないとは、何とも、この男には毎回驚かされる。

(まぁ、私の主でもあるんだから、この程度はして貰わないと……よね)

 こちらに歩いて来た二人に目を向け、男は華の女神の様子を ー激戦の後を歴然と残したその姿をー 見て、軽く頭を下げた。

「かやのひめ、色々と苦労を掛けたようだな、すまない」

 男の言葉に、かやのひめは可愛らしく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「私にとって、別にこの程度は苦労でも無いわ、それよりそこの蜥蜴丸や、怪我をしてる鞍馬や飯綱や小烏丸を、早くいたわって上げなさいな」

 だが、そう素っ気なく言い放つ彼女の周囲の地面から、後から後から草が萌え出で、可憐な花を次々と咲かせ、辺りが爽やかな香りに包まれる。

 華の姫の感情に大地は応える……素直になれないけど、誰よりも素直に喜びの感情が見えてしまう彼女。

 その様子を見て、男やこうめが微笑む。

 だが、それを指摘すると、彼女の機嫌を損じる。かやのひめの足許で増殖し続ける花の絨毯を見ないふりをしながら、男は激戦の痕跡を示す館に、そして動けずにいる蜥蜴丸へと目を転じ、そちらに歩み寄り、傍らに膝を付いた。

「……随分な無茶をさせたみたいだな、けど、こうめを守ってくれてありがとうな」

「いえ、私の務めですから……それより、この度は、主無きこの庭の脆さ、そして私の未熟さを痛感しました、明日からまた鍛えませんと」

「とはいえ、暫くは怪我した皆と静養しててくれよ、鍛えるにも健康じゃないとな」

「そこは余り心配しなくて良い、君の力が戻り、この庭が霊地として完全に復活した今、君の式姫達なら、おむすびでも食べさせて、私の薬を飲み一晩ゆっくり寝かせて置けば、天地自然の気を得て、程なく回復するだろう」

 案ずることは無い、二人の後ろでそう呟く見慣れない女性に、男は若干の困惑の籠もった顔を向けた。

「……済まないな、多分面識は無かったと思うんだが、君は?」

「ああ、そういえばそうだったな、失礼、鞍馬とおつの君の旧友の熊野という者だ、君の救命の為に、紀州の山奥から引っ張り出されて来た藪医者さ」

 色々大変だったんだよ。

「そいつは、知らぬ事とはいえ世話になった、可能な限り礼はさせて貰うよ」

「ああ、そっちはお気遣いなく、今日からこの庭で主治医をさせて貰う予定だからね、身内からは金は取らないよ」

 しれっとそう口にして、熊野はにやりと笑った。

「主治医って、え、何の話だ?」

「給金の心配は良いよ、ここに居れば非常に稀な知見が得られそうだし、色々実地で試せそうだ、それが私には何よりの報酬だからね、ただ、貴重な薬種を贖う時には、金銭の援助して貰えるとお互い助かるかな」

「お……おう……」

 困惑した様子で、勝手に話しを進める熊野の顔と、また変なのが仲間に増えたと小さくぼやく、かやのひめとを交互に見ていた男が、最後に達観した様子で肩を竦めた。

「医者が常時居てくれるってのは有り難い話だよな、ご厚意に与るよ」

 屋敷はこの有様だが、歓迎する。

「そうそう、細かい事は気にしない事だ。では主治医として私は他に怪我人がいないか見回ってくるよ」

 ではね、そうさらっと言って背を向けて歩み出した熊野の背中を見ながら、男はかやのひめに目を向け、声を低くした。

「なぁ、あの医者先生、大丈夫なのか?」

「私も何度か珍しい薬草を融通した事があるから知ってるけど、腕は折り紙付きの名医よ……ただ、研究熱心過ぎて、時々、変な薬を処方したがる事に注意すれば、だけど」

「……さよか」

 やっぱりな、俺の所に来るような式姫は、どいつもこいつも、一筋縄で行くようなのじゃ無いか。

「苦い薬は嫌じゃな、甘い薬を開発してくれんかのう」

「大食いの誰かさんにしてみりゃ、甘かろうが辛かろうが、医者と胃薬が常備されてるのはありがてぇだろ?」

「乙女に向かって何じゃ、その言い種は!」

 そのこうめに、更に何か言い返そうとした、男の耳に、こちらに駆けよってくる幾つもの足音と、声が聞こえた。

 

「ししょーーー、ししょー、どこだー、ししょーーーー、無事かーー返事しろー!」

「そんな大声で喚き続けると返事が聞こえませんわ、呼びかけたら少し静かにするんですの、バカ悪鬼」

「お前みたいなトリ耳と違って、あたしの耳はすげー良いんだよ!」

「何ですってぇ、聞こえた事が頭に残らない耳の良さなんて、自慢にもなりませんのよ、南瓜悪鬼頭!」

 

「くんくん、これは間違いなくご主人様の匂いッス、こっちに突撃ッスーーーーーーーー!」

「狛犬ちゃん、そっち塀よー、お願いだから止まってーーー!」

「嬉しい狛犬は止まれないッスーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

「ふむ、無事に戻ってきたようだね、まぁ、大体私の予想の範囲内で事は収まったな」

「クラマ、ムズカシイ顔してないデ、笑いたいトキは、笑ったホウがイイヨ?」

「……コロちゃん、あのね」

 

「何よこの火事は!ああもう疲れてるのに、また私が鎮火するしかないの?雨ごいできる式姫とか連れて来てよ」

「ぶっ壊して消火ならウチがやるぜ」

「水撒き程度には、わっちも水は操れるが、今の所、おゆき殿がじゃんじゃか降らすしかないのう、お疲れ様じゃな」

 

「うわーなにこれ塀もお庭もお屋敷もめっちゃくちゃじゃないのよー、明日から何処で寝れば良いのこれー、寝るといえばおつのちゃんお気に入りのお布団とお人形も焼けちゃったのかなー、みゃーちゃんと一緒に作った、世界で一つだけの、かわいーかわいーお人形だったのに、うわーん悲しい、あの化け狐ゆるさないぞー、でもまー、お屋敷もお人形もまた作り直すしかないかー、世の中しょぎょーむじょーだもんね。肝心のお庭もご主人様が無事ならなんとかなるよねー、あー、安心したらお腹すいいたー何か甘いもの食べたいなー、葛切りとかお団子とかが良いなー、ぷるぷるでもっちもっちのやつー」

「白兎ちゃん、飯綱ちゃん、コロちゃーん、大丈夫ですかー?ハバキリお姉さんが帰って来たからには、もう安心ですよー」

「あーあ、風通しが良くなっちまってまぁ、派手にぶっ壊しやがったねぇ、あんの腐れ女狐」

「でも参りましたねー、再建資金は、何処から捻出しましょうかー」

「そうねぇ、手始めに、童子切と紅葉の酒代を削ろうかしら」

「オイちょっと待て鈴鹿、そいつは私らに死ねってのか?」

「そんな殺生なー、それだけはご勘弁ですよー鈴鹿お母さーん」

「誰がお母さんよ!」

「みんな無事そうだな」

 嬉しさを隠しきれない表情の男の傍らで、夜摩天が静かに微笑んだ。

「……ここが、貴方の家なんですね」

 貴方が、死すら超えて尚、帰りたかった場所。

「ああ、良い所だろ?」

「ええ」

 ええ、本当に……素敵な場所。

 嬉しそうに、こちらに駆けよってくる式姫達の姿を見る夜摩天の顔を見ながら、男は呟く様に問うた。

「なぁ……何で君は式姫になってまで、俺を助けてくれたんだ?」

 俺が現世に戻ってしまえば、冥王たる君には関係ない話の筈。

「あら、忘れたんですか?」

 夜摩天が少し背伸びをして、男の耳元で囁いた。

 

「あんなに情熱的に『俺に味噌汁を作ってくれ』って私に仰ったじゃないですか」

 

 あんな風に言われてしまったら、これはもう添い遂げるしか無いと思い、現世に参りましたのに。

 責任取って下さらないのですか?

 あの毅然として、厳正な彼女の口から出たとは思えない程に甘やかな響きと香りを伴う囁きに心臓が跳ねる。

「んな……た、確かに言ったが、いやちょっと待て、そいつは」

 あれは、そういう意味じゃ。

「ふふ、判ってます、冗談ですよ」

 そう言って、彼女は表情を改めた。

 玉藻の前の分身、尾裂妖狐の地上での蠢動が、想像を超える規模に拡大しており、冥府までその影響が伸びてきている事を確認した以上、看過出来る事では無く、然るべき対処をせねばならない。

 また、緊急時の冥王二人の判断のみで、危険性のある人物を人間界に戻したが、彼が心変わりする可能性を排除できない以上は、現地で判断できる権限と力を備えた存在が、近くで監視すべき。

「そういう判断の下、私が貴方の助力に参上しました」

「成程な、ちとおっかないが、そいつは助かるよ。しかしなぁ、さっきみたいな心臓に悪い冗談は勘弁してくれ」

 あれ、どこかで一度やったな、こんな感じのやり取り……あれは、何処でだったか。

「すみません、でも、女性に気安く使う言葉では無いのも、間違いないですからね」

 冗談で済まして上げた事を感謝して欲しい位です。

「ぐ、申し訳ない、あの時は必死だったんで……しかし意外だな、君もそういう冗談を言うんだな」

「私だって木石ではありません、仕事を離れれば多少は丸くなりますよ、多少ですけどね」

「そりゃ、その方がこの先助かるな、ま、ご覧の通り駄目な主だが、お手柔らかに頼むよ」

「そうですね、善処いたします」

 しれっとそう言いながら、夜摩天は袖で口元を覆った。

 らしくない事を言ってしまったという、若干の後悔と、それでもやはり、して良かったとの思いに緩む口元を。

 

 そう、さっきの言葉はあくまで冗談。

 

「では改めて、冥王夜摩天、貴方の式姫として参上しました、今後ともよろしくお願いしますね」

 

 でもね、冗談は嘘という意味では無いんですよ。

 

 何処までも続く青空と、深い深い海の色を宿した浄眼が、彼をまっすぐに見て、赤い眼鏡の奥で優しく煌めいた。

「ご主人様」

 

 

                       式姫の庭、二次創作小説「夜摩天料理始末」 了


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