No.981618

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第020話

どうも皆さんこんにち"は"。
昨日に続きさっそく投稿です。歩闇暗の過去回も残るところあと一つです。一体彼女は誰なのか?
何処から来たのか?
そして一刀はどの様に料理するのか?←今回は手を出していません。

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2019-01-25 05:58:40 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1203   閲覧ユーザー数:1138

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第020話「歩闇暗(ファンアン) 伍 ~裏切りの執行者~」

 次に麓が目覚めた時、彼女は異変に気付いた。覚えているのは標的に出された料理を食べた瞬間、泥の様に眠ってしまったことと、自身の体内時計によれば、あの日より既に三日は過ぎていることだ。

更に彼女の寝間着と下着は変えられており、三日気を失っていたというにも関わらず、体は汗臭く無く、寝具も穴もふさがっている。考えられることは一つ。麓が気を失っている際に、この部屋の寝具は取り替えられ、更に体を清潔にされて、着ているものも取り替えられたということだ。そして机の上にはまた新しい料理、出来立てである。気を許して敵に隙を与えられただけに飽き足らず、また同じような手で篭絡しようとする手口に、彼女は内心憤怒した。この様な何処にぶつければよいかわからない気持ちは初めてであり、締め切られた密室に料理の香りが鼻に刺さる。寝ていようとも彼女は三日何も食べていない。空腹に苛まれようとも、彼女は決して料理に手を付けないことを決心し、布団を頭から被った。料理の匂いが届かないようせめてもの抵抗である。膝を抱え、爪を噛んで耐え忍んでいるうちに、日は昇りそして沈み、彼女は耐え忍んだ。幸い料理は冷めて、匂いは消えたために、彼女は布団を破いてそれを視界に入らないようにした。空腹と喉の渇きは自らの尿を摂取し、やり過ごした。やがて足音が聞こえ鍵の外れる音がして扉が開かれると、待ち焦がれた相手がやって来る。

「おぉ、目覚めたか。もう体力は回復したのか?」

呂北は自分を殺そうとした相手であろうとも、あたかも気にしていないかのようにそう問いかける。そんな彼に麓はその喉元に噛みつき、喉笛を引きちぎりたい衝動に駆られるが、現状で標的に敵うと思うほど暗殺家業をやっていない。

「一体食事に何を混ぜた?新種の薬物か?」

そこで彼女は質問した。相手の真意を洞察し、そして考察。そこに道を開けて相手を屠り脱出をする。彼女の心は憤怒に溢れていたが、頭は至って冷静であった。

「別に。確かにお前に出している料理は俺が作っていたが、変な物は何も入れていないぞ」

「嘘をつくな。だったら何故料理を口にした瞬間、胸焼けが起こった!?何故私の目から液体が溢れ出た!?」

麓が言うように、彼女にとってはあり得ない現象なのである。胸焼けはしたが死ぬほどでもない。痛みが与えられたわけでもないのに、目から液体が溢れてくることはあり得ない。演技でもないのに自然と溢れ出てきたのだ。

「こんなことで嘘をついても仕方がないと思うのだが?ま、とりあえずこっちに来て食え。料理を置いておく」

呂北は机に料理の乗った盆を置いて、彼は彼女の残した冷めた料理を食し始める。

「言っておくが、馬鹿な事は考えるなよ。例えお前の体調が万全であろうとも、お前を屠ることなど造作もないからな。......わかったら食え。俺を殺すことなど、体調を取り戻してからやればいい」

呂北の殺意ある言葉に、麓は怒りどころか組織の大人以上に恐怖を感じる。確かに彼は組織の人間や、今まで殺してきた標的者とは違っている。素直に呂北の前の席に着くと、食すことにまた躊躇した。無論、匂いから毒が入っていないことも確認できるが、何故か彼女の体は固まっている。何を察したか呂北はまた料理を毒見してみせる。その際に彼女の盆を取り上げた際に、麓の頭に「奪われるのではないか?」という考えが浮かんだので、自らがこの料理を欲しており、また返された時に安堵もしたので、この感情が食欲によるものだということも理解できた。

しかしそれだけではない様な気がした。自らの中のわからない何かの感情が、この料理を欲している。それが理解できないでいるから手を伸ばすことが出来なかった。人には色んな恐怖がある。他の者に自らをわかってもらえないこと。自分が何をしていきたいかなど、自らの未来の事。だが、人が本当に恐怖することは、”自分自身が自分のことをわからなくなる時”ではないだろうか。そしてその恐怖で彼女は今目の前の料理に戸惑いを見せている。

「俺がいるから食べられないのか?だったら出ていこう。また皿をさげにくる」

いつの間にか、呂北は麓の食べ残しを完食させ、空になった皿を持って部屋を出た。一人残された部屋で、ようやく安堵した麓は、少し冷めた料理に手を伸ばした。前回の出来立て料理とは違う料理を口に含んだら、また彼女の頬に液体が伝い、食欲が溢れてきて、視界も液体に遮られ、殴られて痛みに苦しんでいるわけでもないのに嗚咽が漏れ始めた。

 

 次の日。前回の様に食事を終えた時に睡魔が襲ってくることはなかった。やがて麓は呂北と食事をする様になった。彼の作った料理を、互いに食べた。会話は無く、彼が麓の部屋を訪れては、食事をして帰るといった流れだ。しかし、時に一人の時もあった。呂北自身のことはわかっていなくとも、ずっと麓にかまっていられないことは彼女もわかっていた。それでも、毎回料理だけは届けてくれるので、そんな日は一人で食事をしたが、どうにも味気が無かった。麓一人の料理だけであるので、手を抜いた味付けをしたのだろうと彼女は思っていた。

さらに時が過ぎると、麓は呂北に質問した。「何故わざわざ私の所に来て食事をとるのか?」と。食事は体に生きる為の養分を吸収するものであり、一人で食べようが二人で食べようが同じ。寧ろ彼女は監視されているものと思っていた。だが彼女とどれだけいようとも、組織の中で比較的若い彼女には、与えられるだけの情報も与えられていなかった。名前すらも偽名なのだ。そんな彼女と食事をすることに何の意味を成すというのか。

そんな麓に呂北はこう答えた。「一人で食べるより、二人で食べるほうが楽しいだろう」と。『楽しい』とは一体何だろうか。大人達が捕虜に拷問加えているとき、泣き叫んでいる相手に向かって笑いながら「楽しいな」と言っていた。だが麓は拷問を与えられていない。寧ろそれとは逆のことを与えられている。「ダッタラ、ソノギャクトハイッタイ、ナンナンダロウカ?ワカラナイ」彼女は自問自答した。自らの感情に問いかけ続けた。しかしそんなことをしていようとも、答えが出るわけでもなく、時が流れた。

「お前は一体誰なんだ?」

呂北からそんな質問が飛んできた。

「麓という名前も、おそらく偽名だろう?だったらお前の名前は一体何だ?」

麓は組織に教えられてきた。「どの様な拷問が待ち受けていても、自らの素性は決して明かしてはならない」そう物心つく前より教え込まれてきたのだ。だが今は拷問をかけられているわけではない。それに、呂北を強襲した組織の人間は、捕まった際に”たかが顎を砕かれた”だけで組織の情報を吐露した。『矛盾』と『使命』。麓の中で二つの思いが天秤にかけられたが、どちらにしろ自分は捕まってから随分の時をこの部屋の空間で過ごした。標的である者と共に。なれば、例えここを出られたとしても、組織は自分のことを生かして置く筈もない、組織に対する義理も無い為、麓は初めて呂北の質問に答えた。

「......わからない」

「わからない?わからないとは、自分の名前のことか?だったら親は?何処で生まれて、どうやって育った?」

「......わからない。気づいたら大人達に育てられていた――」

麓は自らの境遇の全てを吐露した。今までどの様に生きてきたかを。呂北は黙って机に拳を添えておいて、彼女の話を聞いた。全てを話し終えた後、呂北はそっと左手で彼女の頭を人撫でして、そして食器を持ってそのまま部屋出ていった。その時、何時も聞こえてくる音に違和感を覚えたのと、何故か机の上に、滴った血が数滴ついていたが、普段使わない顎の筋肉を使ったのか、疲労が溜まって麓はそのまま寝具に入った。

 翌日、麓の部屋の空気の流れが違う気がした。窓ではない。天井の僅かな隙間でもない。部屋の唯一の出入り口、扉が僅かに開いていた。何かの罠かと警戒しながら、彼女は扉をそっと開いた。特に変わった様子無い、代わり映えのない扉であり、衛兵が立っているわけでもなかった。現在、麓の体調は万全であり、多少の邪魔が入ろうとも脱出自信もあった。今は稀に見ない好機なのだ。

以前の彼女であれば、間違いなく脱走していたであろう。しかし頭と思考ではわかっていようとも、体が動かなかった。脱出に成功すれば、悪くて呂北は追っ手を差し向けてくるであろう。仮に差し向けなかったとしても、今度は組織に追われることとなる。前記の二つについては大した問題では無かった。生きるか死ぬかの世界にいる彼女にとって生と死は隣りあわせ。何の感情もわかない組織の人間ぐらい屠れる自信はある。その為の技術も身に着けている。だが脱走した手前二度と呂北に会うことは出来なくなる。彼女が思い浮かんだのは、自分を撫でた呂北の手の温もりと、机に残った血痕であった。またあの時呂北は自分の目を見据えていた。その時に見た彼の澄んだ瞳の正体は一体何であったのか。そう考えると、部屋の扉を越えていくことが恐ろしくなった。呂北に恐怖したわけではない。実行しようとしている自らの判断に恐ろしさを感じていたのだ。

 結局、彼女は脱走せず部屋に留まった。本能が彼女を押し留めたのだ。それから呂北は部屋を訪ねて来る度に、自らの義妹の話をした。可愛くて甘えたがりな自慢の義妹だと語っていた。洛陽に来るにあたっては、自分の腐れ縁であり、彼も歯が立たないと語る友人の下に預けているという。これまで以上に喜々として語る彼に対し、彼女も何処か面白さを感じており、その義妹と友人に会ってみたいと思うようになっていた。他人に興味を抱いたのは初めてであったが、この時の呂北は何処か血生臭い匂いがした。

 やがて呂北が訪ねて来ては、彼の義妹についてや、彼の身の回りに起こった可笑し話を聞く日々になり、ある時呂北はある網目の荒い風呂敷に包まれた球体を持ってきた。

「麓、この顔に心当たりがあるか?」

そういって解かれた風呂敷に入っていたのは、彼女がいた組織の大人の首であった。何時も椅子にふんぞり返って自分たちをこき使う醜悪な面構えであったため、よく覚えている。

「......大人......達の一人だ」

「そうか。なら付いて来い。お前に見せたいものがある」

呂北はそういうと、彼女を連れて部屋を出た。そんな彼に付いて外に出る。久しぶりに眼球に差し込まれる太陽の光に少しやられるが、すぐに慣れた。彼女がいた場所は洛陽の貴族街中でも比較的人通りの少ない地域であった。人通りが少ないのは、その辺りの地域は、呂北は全て土地ごと購入していたからだ。自らが寄付者という名の下に管理しているあの娼館での経営や、他の貴族や豪族の汚職での功績。宮中に権威を持つ宦官に掴ませている裏金のお陰で、この辺りの者よりは遥かに多くの土地を持っていた。この土地に住まうのは、あの娼館の責任者である(ゲン)や、娼館で働いている者、洛陽にいる、呂北子飼いの者達である。この辺りの地域は、別名『呂北街』。人通りが無いのは、彼らは現在働きに出ているためであり、夜には帰ってくる者たちの声で、それなりに賑やかになるのだが、呂北が出てきた場所は何を隠そう洛陽での彼の別荘。防音効果も完備されており、それほど大きな音も入ってくることもない。また、麓が寝静まる時間帯に、働きに出たものが返って来るために、気づけなかったのだ。彼女が案内されたのは、呂北別邸の庭であり、そこには大人も子供も女も関係ない数百の首が並べられており、どれも組織の見知った顔であった。

「これは全て、お前の所属していた所の人間だが、お前の記憶の中でいない人物はいないか?」

見える限り、彼女の記憶の中の人物全てが首だけの状態にされており、昔仕事(ころし)を共に学んだ者もそこにはいた。

「麓。これでお前を知る者は一人も居なくなった。お前を縛る者は何もない。お前は自由だ」

『自由』言葉の意味がよくわからなかった。「ジユウトハイッタイナニカ?イッタイコノモノハナニヲイイタイノカ?ダガ、ヒトツイッテイルイミガ、ワカルコトガアル。それは自分に命令する者が居なくなったこと。殴って来る者がいなくなり、殺される心配もなくなったこと」そんなことを思っても、彼女は実感がわかなかった。

「それから、これは調べる限り調べることの出来たお前の素性だが――」

麓の姓は曹、名を性と言った。彼は乳飲み子・曹性を売った奴隷商人を調べ上げて見つけて尋問した。曹性はある豪族の娘として生まれたが、問題が起こり面倒を見切れない状態となり捨てられたのだ。そこに奴隷商人が通りかかり、拾って組織に売ったのだとか。

「どうすればいいかわからないって顔だな。ま、わかるまでここに居ればいい。引き続き俺の命を狙うのであれば狙うといい。いくらでも相手になろう」

呂北が指を鳴らした瞬間、幾つかの闇の様な人影が表れ、黒い衣装に身を包んだ者たちが表れる。

「片付けろ。跡形も残さずな」

黒い者達は一つ了承し、首を次々に何処に運び込んでいき、呂北は自らが屠った者達の首を見届けることもなく、そのまま家の中に入っていった。

 


 
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