No.960998

失われる日々

ソルティさん

臆病な幽霊と不器用な霊力者の走馬灯。

2018-07-23 11:28:06 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:322   閲覧ユーザー数:321

プロローグ

 

「おめでとう」

 

 夕日と同じ髪を持つ少年が言った。

 フェンス越しに向けられた視線は、愚直に俺を見つめている。

 

「あんたは大人になるんだ」

 

 そう結び、彼は背面から空へ散った。

 

 思い出が、針に刺された風船のように弾けだす。

 

 

3

 

「『かみさま』って知ってるかい?」

 

「んだよ、突然」

 

 放課後の教室。

 

 まだ色も覚えている。ごく最近の出来事だ。

 

 ーー窓際から俺に問いかける少年。

 個性的な耳つき帽子に厚手の黒いパーカー。カーキ色のカーゴパンツ。

 

 今の季節には、よく合っている。

 決して褒め言葉などではなく、違和感がないというだけだが。

 

 それにしても奇妙なことを言いだすもんだ。

 

「それは、俺が寺の娘だからって馬鹿にしてんのか?」

 

「あぁ、そうじゃなくてさ」

 

 彼は気まぐれに足を組み直す。

 

「宗教うんぬんの問題じゃない。オレが言いたいのは、世界に奇跡と不条理と知らしめるもっと漠然とした存在だよ」

 

 天候共々曇天。俺の片眉は不自然に上下したことだろう。

 

 彼は語る。

 

「良くも悪くもオレたちを振り回す何か。その表現しようのない現象を肩代わりしてくれる、残酷な苦労人さ」

 

「で? それがどうしたっていうんだよ」

 

 俺は乾いた空気に鼻を鳴らす。

 張り詰めた冷気が壁からひしひしと染みていた。

 

「・・・・・・ほら、もうすぐで卒業だろ?」

 

 彼は目を細めていた。

 温度など感じないはずなのに、寒そうだ。

 

 黒板横の幼稚な日めくりカレンダーは、2月20日を示している。

 

 卒業まで一か月を切った。

 

 だが、俺には友達も夢も何もない。

 

 味気ない小学校生活が、味気ないままで終わるだけだ。

 

 あるとすればこいつだが、こいつはーー

 

「変わらねぇよ」

 

「いや、変えよう」

 

 チャイムが鳴った。彼の主張を誇張するように。

 

 それは不気味なほどタイミングがよく、柄にもなく鳥肌が立ってしまった。

 

「見せてやるよ、『かみさま』」

 

 

2

 

「オレが死んだ理由?」

 

 ぼんやりと滲む面影。

 

 これはいつの記憶だったろう。

 

 俺は保健室にいた。先生は出払っている最中だ。

 

 彼は俺の遠慮ない質問に珍しく目を見開き、戸惑いを露わにしていた。

 本当に生きているみたいに。

 

 スピーカーからは巷で流行りの曲が繰り返され、懸命に気怠い掃除を生徒に促している。

 

「・・・・・・成仏できない霊ってのは、必ず未練や後悔があるから還れずにいる」

 

「そりゃそうだ」

 

 俺は至って真剣に言い聞かせるものの、彼はヘラヘラとかわした。

 

「アオイも女の子だけど『俺』っていうだろ? いろんなヤツがいるってことさ」

 

「はぐらかすんじゃねぇ」

 

 そのとき、ばたばたと外から笑い声と駆け足が響いた。

 

 俺は無意識に振り返って扉を警戒していた。

 

ーー傍からみれば、俺は一人で話している。異様な様子だ。それでなくとも浮いているのに。

 

 目に見えて焦った俺に、あいつは吹きだす。

 俺は能天気な幽霊を無言で睨みつけた。

 

「・・・・・・空が綺麗だったんだ。溶け込みたいほどに」

 

「は?」

 

「要はさ、この学校の屋上から飛び降りたってこと」

 

 息をのむ。

 

 窓に広がる空は遥か高く、群青に澄んでいた。

 

 そうだ、この頃は秋だった。

 

「まぁ、こんなこと誰も覚えちゃいない。誰一人損もしなかった。これからだってーー」

 

「嘘つけ」

 

 彼がぱたりと発言を止める。

 

 俺の声色を、彼は窺っていた。

 

「そんな理由で跳べてたまるか」

 

 彼の笑みが深みを増す。

 

「・・・・・・やっぱり、アオイは良い子だな」

 

 彼は横を向いた。

 

 正面から俺と向き合うのを拒んだ。

 

「アオイがいれば、こうはならなかったのかもな」

 

 昼休みの終わりを告げるチャイム。

 俺は、彼の神妙な横顔を見守ることしかできなかった。

 

 彼の発言の真意を、この先も知ることはきっとない。

 

 

1

 

「あんた、いつも一人だな」

 

 静寂に包まれた早朝の廊下。

 最終学年の新学期を迎え、俺はいつも以上に憂鬱だった。

 

 そんな心中、幽霊と目が合ってしまった。

 

 見たところ同年代の少年だ、見たところは。

 

 体質上、霊なんて腐るほど目の当たりにしてきたが、直接話しかけてきた奴は11年間の内で数える程しかいない。

 

 こういう類は、人が弱っているのを見抜いてつけこもうとする。

 気を許す素振りなど見せてはならない。

 

 余談だが、俺の人間不信はその信条に繋がっているのだろう。

 避けられている理由などとうに把握していた。

 

「死人の分際で口を聞くんじゃねぇ、失せろ」

 

 ところが亡霊は、瞬く間に輝かしい笑顔を浮かべた。

 

「あんた、オレが視えるんだな」

 

 と、思えば、涙を零す。

 

 俺はその姿に呆然とした。

 

「オレ、ジュンヤ。ーーあんたは?」

 

 そう、この時わかってしまったんだ。

 こいつは、俺と同じーー

 

「・・・・・・べつに。幽霊なんて見慣れてる」

 

 立ち止まってしまった、認めてしまった。

 

 こいつはここに居ないのに。

 

「・・・・・・館 葵(たち あおい)。アオイでいい」

 

 後悔すらできなくなるなんて露知らず。

 

ーー彼は、ジュンヤは、俺の初めての『友達』となった。

 

 

エピローグ

 

 夢から醒めて、引き戻される。

 

 逃げ場のない宵の檻、一人ぼっちの屋上。

 

「俺は、どうしてこんな・・・・・・」

 

 状況を理解できないまま、涙が頬を伝っていく。

 

「・・・・・・ジュンヤ・・・・・・」

 

 身に覚えのない誰かを呼んだ。

 

 ずっと呼びたくて、結局呼べずに閉じ込めてしまった名を。今更懐古できる固有名詞を。

 

 冷めない温度がその愛しさを証明してしまっていた。

 

 宛てのない喪失感に胸を押さえ呻く。

 

「かみさまのばかやろう」

 

 夕はとっくに暮れていた。


 
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