No.960294

【にか薬】花雲【掌編集】

朝凪空也さん

にか薬。いろいろ詰め。
【求む】にか薬クラスタを増やす方法

2016年4月14日 13:39

2018-07-17 12:32:01 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:442   閲覧ユーザー数:442

ピアノ・フォルテ

 

 冬の寒さと春の陽気の入り交じる季節。

 

戦と戦の間、つかの間の休日。

 

その日は朝から雨が降っていた。

 

しとしと、しとしと、雨音が静かに響く。

 

 そんな中、にっかり青江と薬研藤四郎の二振りは、本丸の音楽室にいた。

 

この本丸の審神者は楽器好きで、給金が入るたびに古今東西、世界各国の楽器を買っては仕事の合間に拙く鳴らすのだ。

 

そんな審神者の影響なのか、この本丸に集まる刀剣男士も音楽を愛するものが多く、初期刀加州清光の三味線に始まり、愛染国俊の祭太鼓、今剣は龍笛を買ってきて、というようにどんどん増えて行き、ついには楽器の保管、演奏専用の部屋が作られたのだった。

 

その部屋を皆は審神者に習い音楽室と呼んでいる。

 

 青江と薬研は壁際に設置されたアップライトピアノの前に揃って腰掛けていた。

 

さりとてこの二振り、別段ピアノが弾けるわけではない。

 

青江が黒の革手袋に包まれたすらりとした指を一本鍵盤に乗せる。

 

ポーンと音が響く。

 

その音に合わせて青江が「ドー」と声を出す。

 

それに習って薬研も「ドー」と声を出す。

 

 ド

 

  レ

 

   ミ

 

    ファ

 

      ソ

 

       ラ

 

        シ

 

         ド

 

        シ

 

      ラ

 

     ソ

 

    ファ

 

   ミ

 

  レ

 

 ド

 

一音ずつ続けていく。

 

青江が薬研に西洋音階を教えているのだ。

 

単音が響く。

 

それに合わせて低く柔らかい声が響く。

 

そこにより低く心持ち固い声が重なる。

 

雨音の様に規則的に繰り返される音はふたりをゆったりと柔らかく包む。

 

ピアノと、声と、重なりあう響きを味わうように耳を傾ける。

 

ときどき音を外しては、くすくすと笑いあう。

 

まるで二匹の猫の様にじゃれあいながら、夕飯の時間になるまで、ふたりはピアノの音とお互いの声とを楽しんだ。

 

 

〈了〉

夜桜

 

暗い夜道を歩いていると、ふと桜の木が目に入った。

 

こんな大きな木にどうして今まで気がつかなかったろう。

 

桜は満開に咲いている。

 

引き寄せられるようにふらふらと歩みよる。

 

と、いつの間にやら目の前には子供が立っているではないか。

 

「これより先に進むのはオススメしねえなあ、旦那さんよ。」

 

子供からはその輪郭からは想像のできない低くよく通る声が発せられた。

 

(何故だ。桜はこんなに美しく咲いているのに。見てはならぬという法があろうものか。誰にも見られず咲いている方が哀れではないか。)

 

私の心の声が聞こえていたわけではあるまい。

 

またぞろいつの間にやら、今度は真後ろから声が掛けられる。

 

「ああ、そうだね。美しく咲き誇っている。まるで、誘うように。

 

……ねえ、あの桜は、どうしてあんなに美しく咲いているのだろうねえ。」

 

低い声は這うように私の耳に響いた。

 

「あれにのまれたくなければ引き返すことだ。

 

まあ、どちらが君の幸せかは、君が決めることだけれど、ね。」

 

その声に体を震わせ振り返ると、ひらり、視界の隅で白い布が翻ったように思った。

 

そこにはもう誰も居ない。

 

目の前の子供も影も形も消えている。

 

私は俄かに恐ろしくなり、もつれる脚を出来るだけ早く動かし家路を急いだ。

 

家に帰っても桜のことが頭から離れない。

 

桜は今もあそこに咲いているのだろうか。

 

近づいていればどうなっていたのだろうか。

 

しかしあのふたつの影の言ったことがどうにも恐ろしく、ついに確かめることはできなかった。

 

 

〈了〉

ベルガモット

 

 気温の穏やかな晴れた日。

 

庭の桜は満開に咲き美しさを誇っている。

 

各々が春を満喫している今日である。

 

薬研藤四郎と前田藤四郎の兄弟はふたり大広間で将棋を指していた。

 

開け放たれた窓から差し込む柔らかな日差しとときどき頬を撫でる風が心地よい。

 

薬研の一手に前田が長考している所へ、にっかり青江がやってきた。

 

「やあ、楽しそうな事をしているね。」

 

「おー、青江、ちょうど良いところにきた。」

 

「なんだい。助太刀ならしないよ。」

 

「違う違う。紅茶が飲みたい。」

 

「ええ、紅茶?僕は今ほうじ茶を入れてきたのに。」

 

薬研は嫌嫌と首を振る。

 

「あれが飲みたい。この間飲んだ、あの、不思議な匂いの。」

 

「この間……。」

 

青江はふむと考える素振りを見せる。

 

「アールグレイのことかな。」

 

小首を傾げる青江の言葉に薬研の顔がぱっと輝く。

 

「それだ。あーるぐれいが飲みたい。」

 

「 はいはい、今入れてくるよ。」

 

青江は微笑して薬研の頭をひと撫でするとまた元来た道を戻って行った。

 

ふたりの様子をだまって眺めていた前田は、青江が部屋を出ると、堪え切れないというふうにくすくすと笑った。

 

薬研が怪訝そうに眉をひそめる。

 

「いえ、この本丸に来てから随分珍しいものばかり見られるなと思って。青江殿にだけですからね、薬研がそのように甘えるのは。」

 

「そんな事ないだろ。」

 

「誤魔化せませんよ。兄弟にだって甘えたりしないでしょうあなたは。」

 

「それはお前だって同じだろう。」

 

「そうでしょうか。」

 

前田の真っ直ぐな視線に薬研はぐ、とたじろいだ。

 

「……あれは目も耳も良いだろ。」

 

「ええ」

 

「視野も広いし頭も良い。」

 

「はあ」

 

前田は話が見えなくて曖昧に頷く。

 

「こちらが何か言う前に何でも気が付いて動けちまうんだ。それを気味が悪く思うやつもいるほどにな。いつもそんなだと疲れるだろう。だから俺はあいつが気を回す前に全部言うことにしてるんだ。わがままだろうと何だろうとな。」

 

「……なるほど。」

 

頷いてからはた、と気が付く。

 

もしかせずとも今のはひどい惚気を聞かされたのではないだろうか。

 

と、そこへ青江が戻ってきた。

 

「お待ちかねの紅茶だよ。」

 

「おう」

 

「前田くん、君は砂糖は何杯入れる?」

 

「いえ、僕は今日はお砂糖は結構です。甘いものは十分頂きましたので。」

 

「そう?」

 

青江がカップに紅茶を注ぐと辺りはふわりとベルガモットの芳香に包まれた。

 

「うん、やっぱり頭を使っているときは甘いものに限るな。」

 

「なるほど、それは気が付かなくて失礼したね。」

 

「だからお前はまたそうやって……」

 

パチリ、駒を置く音が響く。

 

「ほら薬研、あなたの番ですよ。」

 

前田が言うと薬研はム、と唸って思考の海へ沈んでいく。

 

青江はふたりの様子を上機嫌に眺めている。

 

どこからか桜の花弁がひらりと舞い込んだ。

 

春は盛りに差し掛かっている。

 

 

〈了〉

 

胡蝶

 

起きしなのぼんやりとした頭で考える。

 

夢の中でひらひらと舞っていたのは何だったか。

 

古の賢人に己が蝶になる夢を見ていたのか蝶が己になる夢を見ているのかと言った者がいたそうだが、果たして俺は。

 

腕を持ち上げる。

 

白い浴衣の袖が着いてくる。

 

手を握る。開く。握る。

 

俺は短刀で、付喪神で、今では刀剣男士とかいう何か。

 

これは確かに俺だが。俺は何だ。

 

夢に引きずられて思考は定まらない。

 

春の朝は余りにも優しい。

 

微睡みを許す空気に飲み込まれてどこまでも沈んでいってしまいそうだ。

 

そこに聞きなれた足音。

 

あれは足音など立てずに歩く事もできる。

 

俺を驚かさないようにと態と立てているのだ。

 

そういう気遣いを無意識にする男だ。

 

ふうっと溜息をついた。

 

じきに声が掛かるぞ。

 

そらきた。

 

「薬研、開けるよ。」

 

にっかり青江の声だ。

 

黙っているとスラリと襖が開けられる。

 

「怪我の具合はどうだい。」

 

言いながら近付いてきた青江は寝たふりをした俺の顔の横に膝をつくと額に手を当てた。

 

青江の手はひやりと冷たくとても気持ちが良い。

 

懐くように擦り寄って目を開ける。

 

青江は平素の戦装束を身に付けている。

 

暁色の瞳が気遣わしげに揺れている。

 

左肩に掛かる白装束に手を伸ばしていたのは無意識だった。

 

ああ、そうか。

 

倒れる前に見た景色。

 

ひらひらと舞っていたのは、戦場を駆ける俺の蝶。

 

自然口元が笑みの形になる。

 

「道案内ご苦労」

 

俺が言うと青江は苦笑いだ。

 

「……ほどほどにね」

 

こう言う所がこいつは甘い。

 

俺にだけなら良いものを、あわいにいるものにはみな平等に甘いのだから困ったものだ。

 

枕元に置かれた己が神体を手に取る。

 

鞘から抜き放ち掲げる。

 

審神者によって手入れされたそれにはもはや傷一つ、曇り一つ無い。

 

さて、俺は粟田口吉光が一振り、薬研藤四郎。

 

これが夢だろうが現実だろうが、そんな事一向構いやしない。

 

「青江、昨夜の反省会と行こうや。」

 

「そういうと思った。」

 

二本の脚ですっくと立って、今日も戦場を駆け抜ける。

 

 

〈了〉


 
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