No.959139

ヘキサギアFLS2 天国に一番近い村 (上)

 前作並びに関連投降を多くのガバナーの皆さんにご覧頂きとても嬉しく思います。本作を機にヘキサギアを知ってくれた方もいたら? いやはやどうしたものか
 そんなこんなでヘキサギアフロントラインシンドローム第二回。今回はヘテロドックスの一つに焦点を当てたお話しとなります。戦闘シーン控えめ過ぎたかな-、と思いつつ、まずは導入ということで(上)をどうぞ。

本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。
またフィクションであり、実在物への見解を示すものでもないことをあらかじめご了承下さい。

2018-07-07 04:04:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:641   閲覧ユーザー数:641

 ――ここは遠い、いつか、どこか。

 文明の頂点を過ぎ、衰退し行く人類の時代。

 甚大な汚染と引き替えに無限のエネルギーを与えるヘキサグラム。

 肉体を失う代わりに永遠の時間を約束する電脳空間への逃避。

 そんな歪んだ希望に人々がすがり、争う時代。

 戦火と汚染で生物の多様性を失っていく大地において、わずかに残る鬱蒼とした森がその場所の個性だった。

「こんなにいっぱい木が生えてるのを見るの久々ですよー」

 林道を行く小振りなヘキサギアの荷台で、一人の少女が周囲を見渡して言う。黒の軽装アーマータイプに身を包むのは、年若いガバナーのノースだ。

「同じく、だな。あいにく俺の嗅覚や温感はセンサーと結びつけられていないからわからないが、いい心地だろう」

 ヘキサギアの操縦席に収まるのは白いアーマータイプの男。羽根飾りのようなブレードアンテナを備えた灰色のインカムを着けた彼は、ミスターと周囲からは呼ばれるガバナーだ。

「ミスターはパラポーンですからねえ」

『ガバナー・ノース。誤解を招くような表現は慎んで下さい』

 走行するヘキサギアのコンソールから、平板な女の声がノースを咎めた。それに対し、荷台から伸びるクレーンにぶら下がる別のヘキサギアが同じような声で応じる。

『クイント。ノースは電子工学的知見からミスターの支援態勢について近似の事例を引き合いにしているだけです』

『ベクター。私は「誤解を招くような表現」を警戒しました。事実は関係ありません』

「喧嘩するな」

 ミスターが自機のコンソールを軽く叩く。

 ミスターは、電脳世界へ情報体として渡った人々が戦いのために用いるアンドロイド体、パラポーンの技術を用いる不死の兵士だった。だが彼もノースも、情報体化を推し進める人工知能SANATに反抗する企業連合、リバティーアライアンスのガバナーであった。

「人気者はゴシップ対策大変ですねえ」

「ブラックロータスのガバナーにそんな心配されるとは思わなかったよ」

 ミスターの事情も複雑ではあるが、ノースも決して負けてはいない。彼女が属する企業ブラックロータスシステムズは秘密主義を徹底しており、麾下とする特殊部隊フェアリーテイルごとゴシップ好きの流言飛語に挙がる組織だ。

「ま、出る杭は打たれるって奴ですよ。それに今回は出る杭なおかげで楽な任務に就けたわけです」

「楽な任務ね……」

ミスターが駆るヘキサギア、リトルボウで行くこの森は、戦場ではない。他の戦地からも遠く、戦略的価値も希薄だからこそこの緑を保っているのだ。

 ここはリバティーアライアンスに参画する企業の一つ、リープ製薬が所有する自然保護区。人からも時間からも置き去りにされた土地。

 しかし、天然自然のこの地は人の手を必要としていた。管理のため、そして自然の中での淘汰において人間が担っていた領域を埋めるため。リープ製薬はその役目を社外の人々に依頼していた。

「ヘテロドックス相手に信頼を得ようなんて、銃を撃ち合ってる方がまだ楽だと思うけどな。ましてや、武闘派でも無いヘテロドックスとなるとまた話が厄介だぞ」

「えー? こんな自然の中に住んでるんだから優しい人達ばっかりなんじゃないですか?」

「そういう人達が俺達みたいな兵士をどう思っているか、見物だね……」

 リープ製薬が契約した相手は、この混迷の時代に独自の集団を作って生きる人々、ヘテロドックスの一団だった。

 契約相手、自然回帰思想を掲げるヘテロドックス〈平和の森〉は戦火を避け自然が多く残るこの土地の集落に住まい、森の管理報告を行っている。

 しかし、〈平和の森〉はリープ製薬とは契約協力関係を結んでこそいるものの、リバティーアライアンスとは関係の無い組織であった。そしてこの時代、孤立した集落がいつのまにかSANAT派の軍勢、ヴァリアントフォースの浸透を受けていることが多々あった。

 リープ製薬はリバティーアライアンスへの薬品供給にて重要な役割を持つ企業であり、それが被害を受ける可能性をアライアンスは許容できなかった。〈平和の森〉のメンバー達とリバティーアライアンスの間に連絡や防衛態勢を確保することが求められ、交渉役と通信機器を設置する技師が送り込まれることとなる。

 白羽の矢が立ったのが、リバティーアライアンスの広報戦略にも用いられ知名度が高いミスターと、彼に親しい電子工兵ノースだ。そして目下、平和の森の集落を目指しているところである。

「戦闘も面倒ではあるが、人間の心理の面倒さは輪をかけたものだ。いろいろあるだろ? 恨み辛みや、嫌悪感や、そんな感情を表わす言葉は、たくさん」

「ミスターはブンガクテキですねー」

 ノースは脳天気にケラケラと笑い、近寄ってきた蝶と指先で戯れる。振り向いてその様子を見たミスターは、ため息のような排気音を漏らした。

 すると、森の奥に長く伸びるフェンスが見えてくる。その切れ目も、道の先に。そこには旧式アーマータイプを身に付けた男が一人、アサルトライフルを手に立っている。

 ミスターは愛機リトルボウをそこまで進ませると、操縦席から降り立つ。そして男に端末を示し、

「リバティーアライアンスの者です。〈平和の森〉の方ですね? リープ製薬から話は行っていると思いますが」

「ああ、あんたがミスターね。こんな森にまでいろいろ持ち込んで、なんか捕まえるのかい?」

 ドレッドヘアにサングラスの男は、ミスターのリトルボウが曳く野戦砲を見て笑う。ミスターは腰に手を当て、

「雉でも撃つかもしれんね」

「はは、そいつはいいや。んじゃ、通過は今の時間と。ごゆっくり」

 端末同士でデータをやりとりし、ミスターはリトルボウへ戻る。そしてまたクローラーを動かして走り出すと、やりとりを見ていたノースが訊ねた。

「雉を撃つと、どうなるんですか?」

「トイレに行くことの符丁だよ」

「ばっちい」

「トーク術の一環だ。ノースには使わないから安心しろ」

 そもそもトイレに行くこともない身だが、とミスターはぼやいた。それ以外にも、人の身の自然な働きからは随分と遠い存在になってしまった。この自然の中ではそのことが強調されるようだ。

 静かに疎外感を抱くミスターだが、それに感づいたかのようにノースは呟く。

「けどまあ、こういうところで狩りしたり木の実集めたりして暮らすのが大変なんであれこれ作ったのが人間ですよね」

「……お気遣いどーも」

「なんです急に! なんのことだかわかんないですね! ねーベクター!」

 妙に必死に呼びかけるノースに対し、クレーンに自身を吊るしたヘキサギア、ブルコラカスは静かにそっぽを向いた。

 そうこうするうちに、木々がまばらになり、やがて視界が開けた。未舗装の道は崩落したアスファルトの道へと繋がり、その先に古い村落を修復して使っている〈平和の森〉の村が見えてくる。

 

 見張りの男から連絡が行っていたためか、ミスターとノースは村の開けた場所にある駐機場へと案内された。

 技術から距離を取ったこの村落には、旧式機械や一線を退いたヘキサギアばかりがあるようだが、ただ一機だけよく見かけるタイプのヘキサギアがあった。スケアクロウ、と呼ばれる第二世代ヘキサギアだ。

 武装を外したその機体は、代わりに正面装甲から背部の操縦席にまでびっしりと荷物を吊るしている。長く砂を浴びたであろう機体や荷物の傷み具合から、どこか余所から来た機体であることは明白だ。

 そしてその機体のガバナーらしき者が、機体の脚に腰掛けて休んでいた。旧式動甲冑を着た青年だ。

「お邪魔しますよ」

「あ、どうも。……え? グレーのブレードアンテナ……ミスターですか?」

 よれた文庫本を読んでいた青年は、声をかけるミスターの姿に気付いて声を上げる。ミスターは彼のスケアクロウの隣にリトルボウを留めながら、頷いて見せた。

「まあね。君は、旅でも?」

「はい。初めまして、僕はケインといいます」

 操縦席を降りるミスターに、ケインと名乗った青年は握手を求めた。応じるミスターに、ケインは自分のスケアクロウを示す。

「僕はこういうヘテロドックスの集落に本を届ける行商をしているんです。僕の生まれた都市には印刷所と古いデータベースが残っていて、いろんな本を印刷できるんですよ」

「ほお……。ということはこの荷物は」

「商売道具です」

 誇らしげにケインは頷き、スケアクロウへ手を挙げて合図を送った。それに応じたスケアクロウは、キャンパス地で包まれた荷物に作業アームをかけ、広げる。

 そこには、縫製で本棚のようになった布地の中に大量の文庫本が収められていた。古今東西の著名な学術書や思想書の数々だ。

「貴重なものばかりだね!」

「ええ、わかりますか」

 顎に手を当てて見渡すミスターに、ケインは嬉しそうに笑う。その後に続いて覗き込むノースはキョロキョロと視線を巡らせ、

「マンガは?」

「……お前、よくそんな古典娯楽作品を」

「え? ブラックロータスの企業都市では結構流通してますよ?」

 きょとんとするノースに、ミスターは排気音を漏らした。その様子を見るケインはなにやら手帳を取り出し、

「すみません、コミックは僕の担当じゃないんですよ。でもお住まいの場所を教えてくれれば、僕の仲間が販売に行きますよ」

「マジですかやった! じゃー普段いる基地の場所でいいですかね」

 嬉々としてケインと話し込むノースを尻目に、ミスターは本棚へ歩み寄ると気になる数冊を手に取る。大事に運ばれながら長旅に付き合ってきたためか、背表紙もページも日焼けしているのがわかる。

「ケイン、こいつをもらおう。支払いはリバティーアライアンスの共通貨幣でいいかい?」

「あっ、ありがとうございます! ここでは売上が無くて困ってたんですよ」

 ノースから販売先を聞いていたケインは、顔を上げミスターに走り寄った。ミスターはアーマータイプのポーチから貨幣を取り出す。

「『ソクラテス以前の哲学者達』と『曙光』ですね。一一六〇クレジットです」

「ああ。――ここじゃなにも売れなかったのかい」

 会計しつつミスターが問うと、ケインは陰りのある笑顔を見せた。

「こういう本は人間が自然から離れていく中で生み出されたものだって言うんですよ。まあ、仕方ないですね、そういうヘテロドックスなんですから。僕自身も歓迎されていないようですし、明日にはもう出発しようかと思ってるんです」

「大変だね、君も」

「いえいえ。ミスターこそ、いろんな人を守っているじゃないですか。それこそ大変ですよ」

 屈託無く賞賛するケインに、ミスターはなにか考え込むようなジリジリと聞こえるノイズを漏らした。そこで、ふらふらと背表紙を眺めていたノースが接近してくる人影に気付く。

「村の人が来ましたよ」

 ノースが示す先、村の会議場らしき鉄筋コンクリートの建物の方向から、作業着姿の壮年女性が足早に向かってくる。

「リバティーアライアンスの人達ですってねえ! うちの偉いさん方の待ってますんで来て下さいね!」

 だみ声を張り上げ、女性はミスターとノースに呼びかける。そして二人がケインとやりとりをしているのを見ると露骨に顔をしかめ、

「その男の子は村の子じゃ無いですからね! 何か言っても気にしないで下さいよ! じゃあこっちにね! 急いで下さいよ!」

 無遠慮にそう言うと、女性はミスターとノースが応じるのも待たずに会議場へと戻り始める。ノースが呆気に取られる様子に、ケインは苦笑した。

「……ま、こんな風光明媚なところに暮らしていたら、僕みたいな余所者は邪魔ですよね」

「気を落とすことは無い。君は立派なことをしている」

 ミスターが肩を叩くと、これまで柔和な表情を浮かべていたケインはようやく、心の底から救われたような笑みを浮かべた。

 

 ずかずかと、面倒そうに歩く女性に連れられてミスターとノースは村の会議場へ招かれた。かつては村役場だったであろうそこは、見てくれはともかく内装に関しては手が入っており、清潔な館内を保っていた。そして二人を待っていたのは、白いケープ付きの服を着た五〇代ほどに見える男。

「ようこそ我々の村へ。〈平和の森〉代表のスルガです」

 館内同様汚れ一つ無い服のスルガは、奥を軽く示し、

「歓迎の料理を作っていたのですが、もう少しかかりそうでしてね。よろしければ村内を案内しますよ」

「お願いします。道すがら、話すこともあるでしょうし」

 スルガに連れられ、ミスターとノースは再び外へ。古い家屋が並ぶ村の中央通りを通って、畑へ向かう。

「まあ我々は、その思想通り小さな集まりですよ。ヘテロドックスと言っても武装したヘキサギアも持っていない、単に自然が好きな集団でしかない」

 スルガはそう言うと、作業する人もまばらな畑を指し示した。ミスターと同じく、リトルボウを改造し農作業機械を取り付けたものが刈り入れをしたり、畑に畦を作っているのが見える。それらを作業服姿で扱うのはもはやガバナーというよりも、単なる農家の姿の男女達だ。

「年齢層が高いですね」

「ええ、まあ……。若い方々は血気盛んですから、私達の言うようなことは中々理解してもらえないんですよ。真剣に話を聞いてくれる数少ない若者は、私達の宝です」

「私もこういうところは興味ありますよ。珍しくって」

 キョロキョロと周囲を見渡すノースに、スルガは微笑む。すると、畑を越えた先の森で銃声が一度鳴った。

「狩りに出ている者もいます。森から恵みを頂くことで、我々は営みを続けられるのです。さらに森も、私達が適度に動物を狩り、木を取ることを我々に求めている。自然の神秘的なバランスの中に、我々も組み込まれているのですよ」

「自然を守るだけじゃないってことですか」

 ノースの問いに、スルガは頷く。

「自然の中から生まれた人間が消費し、そして死んで自然に帰すものは自然のサイクルの中に含まれています。そこから離脱していくことは、自然にとっても損失なのですよ。自然を押し退け大きな街を作り、その中に閉じこもることで人間も自然も悲しいことになってしまったのが旧い時代の話です」

「自然の循環ですか。無限のエネルギー源であるヘキサグラムや、SANATのプロジェクト リ・ジェネシスなんかはそれらの対極ですな」

 ミスターの一言に、スルガは我が意を得たりと言わんばかりに視線を強めてミスターの手を握った。

「その通りです! 自然のエネルギーの循環から逸脱したヘキサグラムというインフラ形態に、それを支えにした電脳空間への退避など……。ああ、それは自然を見捨てることですよ」

 めまいでも起こしたかのように顔を覆ったスルガは、表情に力を戻すと胸を叩く。

「我々はヴァリアントフォースの方針もやり方も憎んでいます。あなた方が危惧するような奴らの浸透など……許しはしませんとも。我々は同士を迎え入れ、通り過ぎていく人々を見送るだけです」

「心強いことです。しかし我々が心配しているのは単純な奴らの接近だけではなく、力尽くの侵攻や、逆に搦め手での潜入があったときにすぐ報告できる手段がないことなのですよ」

 そう言って、ミスターは自身の端末にデータや写真を表示してスルガへと示す。電子機器を取り出したためか、周囲の畑で作業する中から鋭い視線を向ける者もいたが、ミスターは努めて気にせず、

「ヴァリアントフォースは航空ヘキサギアも水陸両用ヘキサギアも保有しているので単純な通行路の監視だけでは間に合わないし、外見からは人間と見分けがつかない潜入用のパラポーンも存在するのです。危機感はいくら抱いても抱き足りないぐらいだ」

「しかし、ここは他のどの都市からも遠く軍事的な価値などありません。大兵力を投入するにしても、スパイを潜り込ませるにしても、損をするだけだと思いますが」

「確かにこの土地はそうですが、あなた方はリープ製薬と繋がりを持っている。あの企業はリバティーアライアンスの医薬品やその他の薬品の供給を支える重要な企業だ。そこへのアクセス源としてあなた達が利用される恐れは、排除しきれない。そういう繋がりが出来ることを予期してパラポーンに忍び込まれていたヘテロドックスは、数え切れない程存在するのです」

 ミスターの言葉に、スルガは悲しそうに視線を逸らした。背中で手を組み、

「我々は平和に生きたいだけだというのに……」

「リバティーアライアンスも、そういう人々の集まりですよ。だからあなた方の力になれると思う。いかがです?」

「……そうですな。時代という『自然』が我々にそれを求めるなら、拒んではいられないでしょうか」

 ミスターはスルガの言葉に頷き、ノースへ振り返る。

「じゃあ、無線機を設置しましょう。ノース、いいな?」

「はい、仕事が無くならなくてよかったですよー。無線機自体とアンテナ類の設置は、あの会議場がいいと思いますよ。頑丈そうだし背も高いし。電源が心配ですが」

「やむを得ず設置している村で唯一の固定式ヘキサグラム発電機がありますので、それに直結するといいでしょう。普段は会議場の照明類などは落としていますので、電力を取り合うこともないはずだ」

「じゃあ、そういう手はずで」

 頷きつつ、ミスターは周囲を観察している。畑で作業する人々は、貼り付けたような笑みを浮かべているか、逆に至極面倒くさそうに顔をしかめているか。そして一目で見渡せる程度のこの畑の広さは、村の規模と比してどこか違和感がある。

 さらにミスターは一つの疑問を抱いていた。

「――そういえば、話は変わりますが子供はいないんですか?」

 先程から見かけるのは壮年以降の年齢の者達ばかりだ。わずかに青年はいるが。訊ねられたスルガは、一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたがすぐに笑い、

「子供達は今村の学校で勉強をしている時間帯ですよ。学校と言っても、教師役の者の家ですけどね。自然の中での生き方、畑の作り方……慎ましく生きて行くにも覚えなければならないことはたくさんあるので」

「ああ、いるんですね。よかったよかった。しかし若い人がいないとなると、高齢出産など多くて大変なのでは?」

 問うミスターに、スルガは笑みのまま応じる。

「ご心配、痛み入ります」

 笑みのスルガに、表情の無いミスターは静かにアイセンサーを稼働させる。その様子を見ていたノースは、どこか張り詰めた空気に首を傾げていた。

 

 畑を抜け、小さな牛舎や養鶏場養豚場、さらには野草が取れるという村奥の森の入り口などを案内された後、ミスターとノースは会議場に戻ってきた。素朴な料理が用意されていたが、実質的にパラポーンであるミスターは辞退。代わりにノースが育ち盛りだと言わんばかりにそれらを平らげた。

 休憩の後、会議場最上階の一室でリバティーアライアンスへの無線機の設置作業が始まる。無線機類を机に置き、会議場の建築図をチェックするノースの背後で、ミスターは手持ち無沙汰だ。

「無遠慮に食ったもんだなあ、ノース」

「ええ? なんか気をつけることありました?」

 裏手に設置されているヘキサグラム発電機からここまでの配線を考えていたノースが、ミスターに振り返る。椅子に後ろ座りしたミスターは、嘆息するような排気音を立てた。

「閉鎖的な村に思想的な独立心が強いヘテロドックス……。俺が飯食えない体だからなにか盛られることはないだろうが、一悶着あった時に満腹で動けるのか?」

「へーきへーき、腹八分目ですよミスター。貴重な生野菜やお肉がいっぱいで大変おいしゅうございました」

「そりゃよござんした」

 ミスターは呆れたように応じ、西日差し込む窓を見上げる。その黄昏れた様子に笑いながら、ノースは作業に戻り。

「ただ、調味料は結構食べ慣れたヤツ使ってるみたいでしたねー。やっぱそういうのは手に入りにくいんでしょうね」

「? まあ、こういう内陸部じゃ塩とかは手に入りにくいが……」

「いやあ、そんな基本的なヤツじゃなくて、化学調味料とか使ってた感じなんで、自然派の人達も大変だなーって思ったんですよ」

 図に線を引くノースの背に、ミスターはハッと視線を向けた。

「そういう調味料とか買うお金、どうしてるんでしょうね? お肉とか野菜売ってるんですかねえ」

 ケラケラと笑うノースに、ミスターはじっと注意深い視線を向けて問う、

「ノース、お前、何か知って――」

「えー? どうしたんですミスター」

「……いや、なんでもない」

 振り向くノースの脳天気そうな表情に、ミスターは気が抜けたように視線を逸らす。再び見た窓の外、畑では農作業が終わったのか、人の姿が見えなくなっていた。リトルボウ達は、その場に残したまま。

 

 夜までノースの作業は続き、ひとまず無線機を設置する部屋のレイアウトと、配線作業の立案までが終わった。そして夕食時は、農作業を終えた村の人々も集まり、連絡線設置決定の祝いと、歓迎の宴会ということで再び会議場が盛り上がっている。

 ノースは小綺麗な顔立ちに鮮やかな赤毛ということもあり、酒の入った村の男達をデレデレさせて悦に入っている。一方、食事を摂らないミスターは散歩に出ることにした。

「あらー食事も出来ないなんて大変ねえ」

「やっぱ体を置き換えるなんてロクなもんじゃないんですよお」

「村から出た所に崖があるから踏み外さないようにねえ! 兵隊さんなら大丈夫だろうけど!」

「それともあたしら相手に踏み外してみるかい!」

「やだよおオバちゃんが何言ってんだか」

 男衆と異なり絡む相手がいないからか、酒が入ったからか、無遠慮な村の女性達に見送られミスターは高台へ向かう。

 虫の声に導かれるように登った高台は、整地された広場と倒壊した木造建築の跡が残っていた。本来の『村の学校』だった場所なのだろう。錆びて潰れ、元がサッカーゴールだったのかバスケットゴールだったのかもわからない鉄塊に腰掛け、ミスターはインカムを軽く叩いた。

「クイント」

『こんばんはミスター。社交は嗜んでいますか?』

「パーティーは抜けてきた」

『……ミスター、あなたはアライアンスの……』

「そういうのはいいから、お前の視覚データログを寄越せ。こっちからもデータを送るから検証しろ」

 そう告げ、ミスターはインカムに備えられた、KARMAに撮影データを送るためのカメラを高台から眼下へ向けた。畑と村全体が一望できる。

「作付面積から、何人までなら村民を養える畑なのかを推測して欲しい」

『通信を中継する施設が存在しないため、私が参照できるデータが少なく推測は困難です』

「概算でいいよ」

 言いつつ、ミスターはクイントが送ってきた映像データを自身の視覚に投影した。駐機場のリトルボウの視覚センサーが捉え続けていた数時間分の映像ログを圧縮したもので、パラポーンの処理能力が無ければ一瞬の早送り映像にしか見えないものだ。

 映像の中では、リトルボウやスケアクロウの足下で休むケインの前を通り過ぎていく村人達の姿が左右に行き交う。彼らは年配者ほど無関心そうに、年齢が下るにつれて露骨な嫌悪感を示して去って行くようだった。

「ケインも居心地が悪いだろうに……。クイント、どうだ?」

『基礎的な分析ではありますが、住民規模に比していささか面積が少ないのではないかと推測します』

 さらに、とクイントは付け加えた。

『ミスターより受信した画像内に、民家に偽装した、冷蔵を備えた貯蔵施設らしきものを一棟、出入りを制限する施設を有しているように見える建造物を一棟、発見しました。表示します』

 クイントから戻ってきた画像には、確かに室外機の排気口らしきスリットがそれとなく隠された物置付きの家と、監視カメラやテンキー式の警備システムコンソールが見出せる家とがマークされている。

「……なあクイント。俺はこのヘテロドックス、最初に話を聞いたときから相当胡散臭いんだが、どう思う」

『私はAI、KARMAです。主観的な感想を求められても応じかねます』

「都合のいい奴だぜ」

 高台に胡座を掻き、頬杖をつき、ミスターは排気音を上げる。すると、高台をやや下った位置にある藪が不意に音を立てた。

 ミスターはそれに気付くと、そっとインカムを外し膝の上に置きつつ、カメラを藪へと向けた。視覚をリンクし、藪の暗視画像を視覚イメージ内に別ウインドウで開く。

 そこには、こちらの様子を窺う小さな子供の姿があった。男の子の、未就学児程度の身の丈に見える。ミスターはインカムを傾け、イヤーパッド内のスピーカーを指向性モードにしてその子供に向ける。

「この村の子かい?」

 周囲には響かず、ミスターの照準技能で的確に子供へ向けられた音波は、その問いかけを彼に届けた。驚いたように目を見開く子供に、ミスターは続ける。

「小さな声でいい。聞こえているよ」

 インカムのマイク部も指向性モードに変更。子供の息づかいも聞き取れるようにすると、ささやく声が聞こえてくる。

「おじさん、ガバナー?」

 おじさんかあ、とポーンA1のヘルメットを掻きつつミスターは応じた。

「リバティーアライアンスのミスターっていうガバナーさ」

「ミスター! パパ達から聞いたことあるよ。すっごい強いって!」

「すごくはないさ」

 心底実感を込めてミスターは言う。しかし、村の入り口であった男とスルガ以外はリバティーアライアンスに詳しくはなさそうに見えたが……。疑問しつつ訊ねるのは、

「この村の子なんだろ? どう思う、ここ」

 問われ、子供は戸惑ったようだ。顔をしかめる彼に、ミスターは努めて優しい声音で続ける。

「思ったことを、何だっていいから言ってみてくれよ。聞いてみたいな」

 促しても、子供の戸惑った表情は変わらない。彼は顔を上げ、

「僕は『下の畑』の方に住んでるから、こっちの村のことはわかんない」

「『下の畑』?」

「崖の下にあるんだ。僕はそこで生まれたけど、もう少ししたらこっちの学校に入るの。お父さんやお母さんと離ればなれになるから、嫌だなあ」

 寂しげな表情を見せる子供だが、ミスターは頬杖から顎に手を当てて思考を巡らせておりその様子を意識の外に置いていた。そして、声音を注意深く操り、

「――『下の畑』のことはこっちの人達から聞いてなかったな。案内してくれないか?」

「無理だよ。僕が通ってきたところは大人は通れないし……。それに、崖の上り下りは『上の村』の人が見張ってるんだ」

 そこまで言って、子供はハッと気付いた様子で顔を上げる。

「ミスター、外から来たなら『下の畑』のことを『上の村』の人達に聞かないで! 僕達がいることは秘密みたいなんだ。だから僕も岩のヒビを通ってこっそりここに来てて……」

「ああ、任せてくれ。君も今日は一度帰った方がいいだろう。――名前は?」

「ノボルだけど……」

「いい名前だ。気をつけて帰るんだぞ」

 優しく言うと、ノボルは頷き藪の中へ後じさっていく。その様子を最後までカメラで捉え続け、ミスターはインカムをまた装着した。

「――クロだと思うぞ俺は。なあクイント」

『如何なさいますか?』

「この周辺の地形データ、一番高精度のものをよこしてくれないか」

 胡座から片膝を立て、ミスターは村を見下ろす。『上の村』と呼ばれた、平和を名乗る集落を。

 

 同時刻、広がる森の上空。

 虫が鳴く音色が響き、夜行性の生物が蠢く濃緑色の絨毯を見下ろす夜空を、攻撃的な羽音と共に飛ぶ者がいた。二対の羽に長い尾を曳いたそれはトンボのようであったが、明らかに巨大で背に二人も人間のシルエットを乗せていた。

「分け入っても分け入っても深い森……。地上行軍だったらうんざりだなあこいつは」

「野放図な森ですねえ」

 ハンドルを握る野太い声の男の背後で、甲高い声の男が頷く。二人のシルエットは人体から拡張されたアーマータイプ装着者、ガバナーの姿だ。

 前席の男はフェイスガードを上げ、胡乱げな眼差しのアーマータイプのフェイスを見せている。センチネルタイプ、人類の情報体化を推し進めるSANATの軍勢、ヴァリアントフォースが用いるアーマータイプだ。

「元自然派ヘテロドックス出身としては、こういうところはどうよ、フォーカス!」

「シング、よして下さいよそんな過去。呪われた出生ですよまったく」

 ぐにゃりと首を巡らせて振り向く前席の男、シングに問われ、後席のガバナーは首を振る。シングと同型のセンチネル型アーマータイプに身を包みながら、その首から上は観測ユニットに換装されていた。情報体が用いるアンドロイドボディ、パラポーンだ。

 シングと、フォーカス。ヴァリアントフォースの中でも少数で活動する偵察・破壊工作コマンドに属するガバナーだ。ミスターとは因縁浅からぬ仲の二人だが、彼を相手にしたときのような浮かれた調子は見えない。

「ま、潜入に破壊工作と、便利な仕事をしてりゃあそういう因縁と巡り会う時もあらぁ。運が悪かったと思って諦めるんだな」

「あいにく、生きている間に諦めたことが無いのが取り柄ですからねえ私は。予定通りぶっ潰しますよ、ええ」

 センチネルの背面ラッチに固定されていたハンドアックスを抜き取り、フォーカスは手の中でそれを弄ぶ。航空ヘキサギア、シャイアンⅡのハンドルを握るシングは笑いで肩を揺すり、

「好きにしな。俺は世間に背を向けて自分達だけが正しいと思ってるような奴の生き死になんざ、知ったこっちゃねえからな」

「ええシング。貴方は存分に任務を果たして下さい。私は、私の復讐を……」

 俯いたフォーカスも、病的に肩を震わせた。後ろ手にその頭を叩くと、シングはシャイアンⅡを旋回させていく。

 広がる森の彼方に、一筋の渓谷が見える。さらに遠くには、森の中に切り開かれた小さな村の姿も――。

 

 深夜まで続いた宴会も終わり、酒も入ったノースはふらふらと駐機場まで歩いてきた。リトルボウのクレーンにぶら下がったブルコラカスが、彼女の接近を察知して自動的にハンモック状の野営モードへ変形する。

「ういー、いい気持ちですよー」

 翼の間に転がり込み、ノースは膝アタッチメントに装着していたタブレット端末P.K.I.D.をブルコラカスのKARMA筐体に繋いで寝転ぶ。そしてアーマータイプの腰部ポーチに備えられたスイッチを操作し、

「アルコール分解酵素投与」

『こちらベクター。周辺索敵結果を報告します。軽装備、旧式アーマータイプのガバナーが四名、こちらを監視中』

 酔いつぶれたかのように寝転びつつ、ノースはP.K.I.D.の画面に指を走らせる。

「さあて、ミスターとクイントも気付いたようですね。情報、抜き取れてますか?」

『ミスター、クイント両名の閉鎖ネットワークをリアルタイムモニタリング中です』

「私らが掴んでるデータと照合してみましょうか」

 P.K.I.D.が表示するのは、周辺地形図だ。村の外れにある崖――渓谷も映ったそれには、赤くマーキングされたエリアがある。

「『下の畑』の件、どーおなりますかねえ」

 指を絡み合わせ、脳天気な口調とは裏腹に、ノースはひどく鋭い表情を浮かべる。

 

 その夜、ミスターは高台に陣取り、クイントと静かにやりとりを続けていた。

 情報を精査する中、村人やノースも寝入ったはずの真夜中に、リトルボウの隣に駐機していたケインのスケアクロウが動きだし、村を出る道へ歩いて行くのをクイントが報告した。

 別れの挨拶は、無かった。


 
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