No.957951

偽典ダンガンロンパ -希望のための未来編- Chapter1

Quando judex est venturus, cuncta stricte discussurus.

2018-06-26 21:54:24 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:161   閲覧ユーザー数:160

 とある島に、高く聳え立つビルがある。その姿はまるで曾ての希望ヶ峰学園を模倣したような造形をしており、その足元には島を埋めるかのごとく敷地を持つ建物群がビルを中心に並び立っていた。

 この島は宗方が直々に建設活動に携わった、現状世界のどの地図にも存在していない島だ。わざわざそこまでのセキュリティを敷くには理由がある。江ノ島盾子が亡くなり、絶望小学生による騒動も一段落して絶望の残党による活動は徐々に収まりを見せていた。それでも活動の全てが終結したわけではない。今月に入ってもまだ四〇件以上のテロが起きているのだ。到底戦いが終わったなどと言えるはずがない。

 そんな状況下にあって、生存者に対する希望でもある未来機関の全てが安全であるはずもないのだ。そんな中での重要人物の集結が危険を伴うのは当然とも言えよう。

 だからこそ、宗方と天願により情報を齎されている人間以外が知ることのない空間というのは好都合だった。

 そんな安全に関しては担保されているビルの中心には十の姿があった。未来機関の支部長である彼らは宗方に呼ばれ、機関にとっても重大な決議を行うために集められていたのだ。

 部屋は天井からぶら下がる白い光を放つシャンデリアと、青白く光る一面の壁に貼られた巨大なモニタ、そして席と同じ数だけ用意された、手元向けのモニタが明かりとして機能しており、全体的に部屋は薄暗い。

 その中では遅々として進まぬ会議や今後の対策を話し合うために結集された面子が互いに目を見合わせるなど、時間が過ぎるに任せていた。

 

「にしても今月も日一件以上のテロかよ。……チンタラやってても死体が増えるだけじゃねーか。早く絶望の残党を殲滅する他ねえだろ」

 

 宗方より送られた資料を読む逆蔵が苛立ちを露わにして声を上げる。それは曾ての天願の考えでもあり、江ノ島の死亡以来若干考えを改めた天願への怒りでもあった。

 それでも機関が踏み込まないのには理由がある。所詮相手はゲリラだからといって、おいそれと殺戮を行えるわけではない事、ただでさえモノクマ印の武器を貸与された力のあるゲリラが多く、対応する未来機関とて平穏無事では済まされないこと。それらが特定の箇所に留まっているわけではなく、それこそ世界規模に広げなければならないこと。

 課題は山積みだ。立てこもっている凶悪犯を人質ごと殺せば解決といった極論でなんとかなるレベルではないのだから。

 

「だからそれが早急だっていってるでしょ」

 

 ため息をつき、吐き捨てるように反論したのは曾て学園を退学処分となった安藤だった。彼女は学園を追放されて以降十六夜と当てもなく彷徨っていたところを、未来機関に救われたという経緯がある。

 それが故に一応未来機関に従ってはいるが、決して全てに賛同しているわけではない。だからこそ何事においても急速な結論を求めたがる逆蔵に歯向かうことも多いのだ。

 

「あん? てめえも絶望の残党を片っ端から捉えることに反論はしなかったじゃねえか」

「殺すだけで全部が終わるなら簡単すぎるでしょって言ってるの」

 

 安藤の言うことは殆ど正しく、江ノ島が最後にぶち上げたように、絶望の残党は捉えど捉えど切りがない状況なのだ。絶望が絶望を呼び、もはやその絶望にこそ快感を感じる暴動が日を追うごとに増えている、そんな流れに苛立つ血気盛んな二人がぶつかることは多い。

 

「んなことをいってる間にここが襲撃されたらどうすんだよ!」

 

 一応念には念を入れ、この島の事を知る人物は限りなく少なくしている。同時に知っている人間の身辺も慎重に調査はしているのだ。だからこそこの極秘の会議が成り立ってはいるのだが、その中に江ノ島盾子のように素性を隠して潜伏している可能性も十二分に考えられる。

 それを踏まえての逆蔵の発言だと安藤は受け取ったが、彼の意味するところは違う。誰かが素性を隠しているなどというぼんやりとした予想ではない。逆蔵は雪染を疑っているのだ。決して雪染がクロと断定出来ているわけではない。しかし彼女が殆ど考える事無く江ノ島はシロと断定したのがいつまでも引っかかっている。自分の視点ではグレーである彼女がいつ翻意するかわかったものではない。

 それより先に絶望の残党を殲滅に追い込めれば、雪染が行動を起こしたとしても対策は容易い、そう考える逆蔵だからこそ焦っていたのだ。

 互いの考える部分が噛み合わず、睨み合う二人に挟まれるようにあたふたと見やっていた甲高い声が諍いを諌めるように割って入った。

 

「まあまあ、ここで喧嘩してもイルカもシカも松のうちだよ。頭に血を登らせても冷静な話し合いはできないと思うよ」

 

 安藤が声の主をちらっと見やり毒づく。

 

「うるさいわね、アンタの甲高い声、その図体でキモいんだけど」

「いやあ、念仏坊主に親知らずだよ。それに逆蔵さんも踊る狼に酒いらずっていうし、安藤さんの話を頭ごなしに否定する必要もないんじゃないかな」

 

 と互いの仲を取り持とうとするのは万代大作だ。口ひげとアフロ、そして未来機関随一の長身である彼は一方でその甲高い声から安藤のヘイトを自然と買っている。勿論理由はそれだけではないのだが。

 

「っていうかあんたの言ってること、全く理解できないんだけど」

「うん、自作のことわざだからね、意味はないんだよ」

「はあ? 尚更意味わかんないんですけど」

 

 ――というように彼は自作の諺を作り出すことが多い。自然と会話に挟み込もうとするのだが、彼以外、いや、彼が宣言するように彼自信も意味がわからないものだから、こうして安藤の怒りを自然と買う図式になっている。

 それでも万代の争いを好まない性格から速やかに自分が低姿勢になり下がることで、安藤も変に絡もうとはせず話は落ち着くのだが。

 

「まあみなさん、とりあえず落ち着きましょう。本題はそこにはないんですから」

 

 と万代には多少負けるものの、それでも居丈高な牛の顔のマスクをした大男が遠くから声を発した。

 

「宗方さんを待ってからにしましょうよ」

 

 超高校級の才能は個性の塊だ。だからこそクラス内で強調することはまずない。それゆえにかつて学園で見られた雪染あっての七七期と、自然とまとまりがあった七八期はほとんど特例といって差し支えない。

 だからこそ学園では生徒同士の協調性についてはなんら問わず、どころか才能があればそれでいいという主義を貫いてきたのだ。これは学校生活という期間においてはさしたる問題にはなりえない。しかし例え卒業をしたあとでも、局面々々において協力しあうという概念が何処か抜けるのは、学園の教えがマイナスに働いているからだと言えよう。

 それは会議は踊る、されど進まずを如実に表す眼前の状況からも明らかだった。やれやれと天願がため息を付くのも無理はない。

 

「宗方くん、遅いわね」

 

 そんな中我関せずを貫いた雪染が呟いた。そう、今日集められたのは兼ねてよりディスカッションが行われていた議題に結論を出すためだ。だからこそ中心で結論を出すべき彼がいなければならないのだが。

 

「リーダーが重役出勤なんてね」

 

 安藤がちくりと皮肉り、逆蔵が三度睨みつける。またも険悪な雰囲気が二人の間に生まれ、一触即発となった次の瞬間だった。

 自動ドアが静かに開き、その様子に気がついた二人が怒りの矛を収める。二人の動きに注意を払っていた何人かも姿勢を正し、ようやく到着した男へと会釈を送った。

 予定されていた全員が集まっていることを確認した宗方は一応、

 

「全員集まっているな」

 

 と声を送り、淀みない動きでテーブルに登ったかと思えば、脇目もふらずそのまま部屋の奥、上手までを静寂な空気の中を歩いて行く。

 コツコツと音を立ててテーブルを歩む男に、安藤が心の中でなんでそこを歩くんだよとツッコミを入れるが、それを表情に出さないように努め、十六夜が彼女の表情に疑問符を浮かべた。

 

「さて、今日集まってもらったのは他でもない。苗木誠の処遇についてだ」

 

 いがみ合っていた二人は互いに目線を合わせないようにと手元のモニタに視線を落とし、宗方の言葉を待つ。テーブルに薄く灯る十台のモニタと、宗方の背後にある巨大スクリーンに映し出されたのは十五の生徒の姿。それは曾て雪染ちさが担任となり、学園に稀に見る仲の良いクラスとなった七七期の確保時の姿だった。

 

「絶望の残党となった彼らが起こした事件、便宜的に人類史上最大最悪の絶望的事件と呼ばれた事件は今もなお収まることをしらない。江ノ島盾子が死してなお、だ」

 

 人類史上最大最悪の絶望的事件。

 それは江ノ島盾子の協力者となった十五の才能が起こした大量殺人事件を発端とする一連の事件の総称だ。彼らにより死亡が確認された人間は千五百万を超え、そんな彼らに感化された人間もまた連続殺人を行うなど負の連鎖は留まる事を知らない。故に未来機関は長期間に渡り、彼らの無効化に尽力してきた。

 彼らの一人一人は間違いなくミリオンクラスの殺人鬼であり世界屈指の大悪だ。最後には多大な犠牲を払いはしたものの、幸いにして未来機関は彼らを捉えることに成功した。この会議は本来はその処遇を巡るものだったのだ。

 しかしそこに割って入ったのが未来機関に所属し、希望の宣伝塔となった苗木誠という人間だった。苗木は彼らの処遇を自分に任せてほしいと名乗り出ると、取り調べを行うわけでもなく彼らに対し保護を行うという以外な動きに出る。

 江ノ島盾子に勝ち希望を見せた苗木誠の事、何か考えがあるのかと受けた未来機関は十五人の処遇を苗木に一任するという結論を出す。そんな苗木が行ったのは彼らの更生だった。江ノ島盾子という元凶が無くなった今、彼らは更生できると信じた苗木が月光ヶ原の力を借り、絶望の残党に更生プログラムを施そうとしたのだ。

 だが苗木の考えに未来機関はいい顔をしなかった。そんなことが可能だとは到底思えない。何せ教えを授けたのはあの江ノ島盾子なのだからという理由で。これを切っ掛けに、機関は目に見えて三つの派閥に分裂してしまったと言っても過言ではない。

 主な反苗木派は苗木の意見に耳を貸し、七七期のメンバーの処遇を一任した、事実上の最高権力者であり運営管理担当、第二支部長の元超高校級の生徒会長、宗方京助をはじめとし、医療技術担当の第四支部長、元超高校級の薬剤師、忌村静子、治安維持担当の第六支部長、元超高校級のボクサー、逆蔵十三、食料の安定支給支援担当、第八支部長、元超高校級のお菓子職人の安藤流流歌、軍備管理の第九支部長、元超高校級の鍛冶屋、十六夜惣之助が名前を連ねる。彼らは全員が全員ではないものの、宗方の疑いを肯定し、苗木の処分にも賛成の立場を取る。

 一方で親苗木派もいないわけではない。隊員のスカウトや人員管理担当の第三支部長にして、元学園のスカウトマン、黄桜公一、諜報担当の第五支部長、元超高校級の家政婦、雪染ちさ、セキュリティとアンチ絶望技術開発の第七支部長、元超高校級のセラピニストの月光ヶ原美彩、未来機関広報担当、第十四支部長、元超高校級の探偵、霧切響子の名前が上がる。

 立場的には彼らは苗木の理屈も出来ないできないわけではないとして、苗木の処分には否定的だ。特に直属の上司となる霧切、彼らに用いた更生プログラムの製作者の一人たる月光ヶ原は苗木の考えに全面的に理解を求めるよう尽力している。

 そしてどちらにも組みせず、苗木の処分は保留すべきとしたのが中立派となる、機関会長にして元希望ヶ峰学園の学園長、天願和夫、教育文化復興支援担当の第十支部長、元超高校級のアニメーター、御手洗亮太、農業復興支援担当の第十一支部長、元超高校級の農家、万代大作、そしてインフラ復興支援担当の第十二支部長、元超高校級のプロレスラー、グレート・ゴズだ。

 彼らはどちらの立場も理解出来るとし、七七期のメンバーの現状を持って改めて苗木の処分を考えるべきだという考えに立つ。

 こうしてわかるように未来機関も一枚岩ではない。今回の案件に限らず、彼らの中では絶対の意志はない。無論出来る限り事実上の権力者たる宗方の意志を中心にまとめようとはするが、絶望の残党に対する立場一つをとってもバラバラに分かれている。

 そんな内部の対立構造を目の当たりにした安藤が、

 

「どっちもドチャクソに腐っている」

 

 と吐き捨て、十六夜とともに第三陣営を立ち上げようとするのも無理のないことだった。それでもなんとかして、てんでバラバラの彼らをまとめあげた宗方の力量のほどが伺い知れよう。

 

「これらを食い止めるために私は、今まで通り残党の全てを滅するべきだという立場を変えない。しかし苗木は彼らもまたやり直せる。それこそが希望の理念であるという立場だ。それを一概に否定する事はできないだろう。ただし」

 

 宗方はそう言いながら、モニターを振り返り、

 

「それを肯定できるのは、苗木が本当に希望のままでいるなら、だ」

 

 結論だけ言ってしまえば、宗方ら苗木否定派はすでに絶望の仲間なのではないかと考えている。それはかつてのコロシアイで江ノ島ですら救おうとしたこと、絶望小学生による事件で被害者になりきらなかったこと、そこにきての絶望の残党の保護。疑う余地は十二分にあるというものだ。苗木否定派の面々は、宗方の可能性に賛同するように小さく頷いている。

 

「ようやく到着したらしい」

 

 モニターに映し出されるのは、ビルに取り付けられている外部に向けられたカメラだった。そこにはヘリポートに着陸したヘリから、四人が降りてくる様子が映し出されている。

 

「あ、あんたはここまでよ」

 

 今回この施設に訪れたのは呼び出しを受けた苗木、苗木の上司である霧切、諸事情があり身動きがとれないという、復興地域食糧物資支援担当の第十三支部長に変わり代理出席を行う朝日奈、そして役職の無い葉隠だったが、そのうち呼ばれたのは前の三人。即ち今回の会議において葉隠は完全なる部外者だ。故に朝日奈が彼が施設に入ろうとするのを止めるのも当然ではある。

 

「な、なんでだべ、俺も苗木っち側の証人に立つ権利くらいはあるべ!」

 

 確かに葉隠も先のコロシアイの生き残り、その後の苗木のことは少なくとも七八期以外よりは詳しいという自負はある。しかし、だ。

 

「ここは招待された人以外は本当は来れないんだから、ここまでこれたことの方が有り難いんじゃない?」

 

 と朝日奈が否定するように、出来るだけ外部に情報を漏らしたくない島の在り処を、招待されてもいない葉隠が知る事はデメリットでもあるのだ。ただでさえ睨まれている苗木がさらに睨まれる案件は避けた方がいい。朝日奈のそんな説得に、

 

「う、うーん……確かに苗木っちの事を考えたらそうした方がいいのか……?」

 

 葉隠が悩みこんでいる間に、朝日奈は二人の背中を押して建物へと推し進めていく。そして葉隠が、

 

「決めたべ!」

 

 と声を発する頃には、

 

「あ、あれ?」

 

 入り口にはロックがかけられ、葉隠は完全に締め出された格好となった。

 

「はあ……気が重い」

 

 否が応でも高まる緊張に、苗木は小さくため息をつく。少なからず自分の事をよく思っていない、機関の権力者から直々の呼び出しだ。しかもその内容は自分が中心となって保護した七七期に対する案件である。足取りが重くなるのも当然だ。

 

「そうね。私も直属の部下が呼び出しを受けて気分はよくないわね」

 

 真面目くさって苗木に薄く微笑む霧切。そんなことを言う彼女もまた苗木の更生プログラムの運営に協力した、宗方からすれば共犯者なのだが、そのことを知るのは苗木と霧切を中心とする第十四支部だけなのだ。これもまた、支部間の意思疎通が薄弱な事を証明する例だろう。

 

「二人共、巻き込んでごめん」

 

 何にせよ自分の意志に基づくスタンドプレーが招いた格好だと深く頭を下げる苗木に、朝日奈が首を振る。

 

「ううん、いいのいいの。だって響子ちゃんは支部長だし、私は支部長代理として呼ばれてるんだから、なんであれ呼ばれたらここに来る立場なんだから。それに私、苗木のやったことは間違ってるとは思わないもん」

 

 気落ちする苗木を慰めるように朝日奈は苗木の背中を叩いて鼓舞し、霧切もまた、

 

「部下を守るのも上司の役目でしょう。あなたは私達の事を考えるよりも、自分に自信を持ちなさい」

 

 と苗木の目を見やり、微笑む。

 

「そうだね。……じゃあ、入ろう」

 

 霧切がIDカードを認証させ、厳かにドアが開く。その先には静かに罪人を待ち受ける九人の視線。そして一番奥で足を汲み待つのは、苗木の処遇を決めるかのごとく睨みつける、宗方の姿だ。

 

「第十三支部長代理、朝日奈葵入ります」

「第十四支部長、霧切響子、入ります」

「……第十四支部、苗木誠、入ります」

「さて、苗木誠」

 

 入り口で座ること無くじっと宗方を見据える苗木に、宗方はそっと口を開いた。

 

「ここに呼ばれた理由はわかっているな」

 

 わからないはずもない。何故呼ばれたのかなどいう理由付けは事前に通告されているのだから。この確認行為は、あくまで苗木は自分の罪を再確認しろという晒し上げにしか過ぎない。

 

「はい」

 

 宗方は逆蔵に目配せし、頷いた逆蔵が徐ろに立ち上がる。その手に握られているのは紛れもなく手錠だ。

 

「第十四支部苗木誠。貴様を反逆の容疑で逮捕する」

 

 そう宣告されて驚くものは誰もいない。宗方直々の呼び出しの時点でほぼほぼ決まっているとは推測できたからだ。目を丸くしている朝日奈も、宗方の判決に驚いているというよりは、判決に到るまでの結論に改めて驚かされたというのが正しい。ただ苗木を弁護した人間として、納得がいかないというだけだ。

 勿論苗木としても九分九厘わかっていた結論でしかない。万が一、宗方が何かのはずみで翻意するのではという考えが脳裏を過ぎらなかったわけではないが、概ね想定通りの結論だ。

 逆蔵は淀みのない所作で苗木に手錠をかけ、突然苗木の頬に強烈な一撃を見舞った。

 予想もしなかった逆蔵の動きに、今度こそ全員が驚く。さしもの安藤や十六夜ですらリアクションをしめしたほどだ。

 蹲り咳き込む苗木の背中をさすりながら、朝日奈が逆蔵を睨みつける。

 

「突然なんですか!」

 

 逆蔵は朝日奈を睨み返すと、

 

「こいつにはこれくらい当然だ。世間じゃこいつを希望のシンボルかのように言ってやがるが実態はどうだ。てめえらは江ノ島以外の九人の死の下に成り立ってるじゃねえか。それに絶望の残党の奴らはそれに比類しねえ凶悪犯だ。あいつらを匿うのは世の中に対する反逆でしかねえ。そんな苗木がヒーロー面してるのが許せるわけがねえだろ」

 

「だからって!」

 

 朝日奈の反駁にやっと喋れるようになった苗木が口を挟むように立ち上がる。

 

「ぼ、僕は……」

 

 逆蔵は肩で息をする苗木の胸倉を掴み、

 

「てめえは黙ってろ!」

 

 ともう一度拳を振り上げたが、

 

「そこまでですよ」

 

「てめえ……」

 

 思わず苗木が上げた腕の隙間から見えたのは、今にも振り下ろされようとしていた逆蔵の拳を、グレート・ゴズが強く掴んでいる姿だった。

 

「おいゴズ、てめえも苗木の味方をするってのか」

 

 さすがの元プロボクサーも、元プロレスラーの力を振りほどくのは容易ではないらしい。逆蔵が払おうとすれはするほど、ゴズは手にその力を入れていく。

 

「そこまでは言いません。ですがここであなたの私刑を認めて何になるんです。私たちは一つになって絶望と戦わなければならないんです。それは苗木さんも同じこと。彼が絶望か否かがはっきりとしていない以上、仲間割れは控えるべきです」

 

 ゴズの一件筋が通っている意見に逆蔵が小さく舌打ちする。確定もしていない案件で奮う暴力が解決するのは自分の溜めたストレスの解消くらいのものだ。逆蔵もその分別くらいはついている。あくまで私怨であることは自覚していた。

 

「逆蔵。勝手な行動は謹んでくれ」

 

 だからこそ宗方に注意されようものなら逆蔵も諦める他がない。そんな様子を眺めていた霧切が冷静に声を上げた。

 

「宗方副会長。悪いけれど時間をもらえるかしら」

 

 思わぬところから上がった声に、宗方が視線を逆蔵から滑らせる。

 

「私の直属の部下に無意味な暴力を振るわれて平然といられるはずはないでしょう。治療の時間と手錠を外すことを要請するわ。頬と手首の傷の治療をしてもらえるかしら」

 

 霧切と苗木の互いの好意については少なからず情報が入っていた。それが故に苗木との時間を取るつもりだろうことはわかりやすい。しかし霧切の考えはそれだけではないだろう、逆蔵への一連の行為に対する処罰を決めろと言うことも暗に含まれていることは想像に難くない。

 暴力沙汰の処分についての内規はないものの、暴力行為そのものは法律に照らし合わせれば問題となる行為だ。一方的な暴力行為が許されるのかと問われれば強くは出られない。だからこそ霧切は苗木に対し暴力を振るわれたと言葉にしたのだろうから。いくら苗木反対派であろうと、身勝手な暴力までは肯定しないだろうとの考えもあろう。

 霧切は何処か強かな面があることは常々感じていることだ。だからこそ支部長へと任命した部分が大きい。平然と手錠を外すことを要請したことからもその一端が伺える。さて、この条件を飲んでいいものか。宗方は顎に手を当て考えを巡らす。

 ここで苗木や霧切ごと機関から切り離すメリットは何かあるだろうか。答えは簡単だ。彼らが絶望の残党であることはほぼほぼ間違いないのだから、彼が保護した七七期ごと処分することができる。これなら絶望の大本の根っこから切り落とせる可能性が高く、未来機関にとっても良いことづくめだろう。

 一方でデメリットは何か。わかりやすい希望の宣伝塔が無くなることだ。ある日突然、重大な規律違反から判明したこととして希望の急先鋒である苗木誠は絶望であり、崇拝するに値しないと上げたところで世間の反応はどうなるか。間違いなく、未来機関は何故そんな苗木の素性を調べられなかったのかとなるだろう。ひいては未来機関の沽券にも関わる問題だ。

 事情が変わったと一言で切って捨てるのは容易いが、人の心はそうは変わらない。絶望の権化だった江ノ島が死んでもなお彼女を崇拝する人間が一向に減らないように、苗木を信ずるものによる抗議が起きるだろう。それは人間の未来の希望を標榜する機関としてはなんとしても避けなければならない事態だ。

 元々この問題は苗木を内に抱え込んだ時から孕んでいた問題ではあるが、苗木の理想がこうした事態で裏目に出るとは考えもしなかった。そしてそんな苗木を守る形で上にたった霧切の、苗木への信頼も未来機関にとっては裏目に出たと言わざるをえない。

 

「……わかった。だが一つ条件をつける。治療に関して席を外して良いのは苗木と雪染だ。霧切と朝日奈に対しては苗木と口裏を合わせないために、接触を議論の再開まで控えてもらう。それでいいな」

 

 霧切としては宗方からかなりの譲歩を引き出せたことになる。なにせ今の行為で逆蔵への印象はかなりマイナスへと振れた。意見の全てを奪うことは出来ずとも、逆蔵や宗方が結論を急ぎすぎているという水面下に存在していた異論が湧き上がることも十分考えられよう。

 

 今後の長期展望はわからずとも、短期の結論を先送りに出来るのは大いにプラスである。

 

「ええ、それでいいわ。雪染さん、苗木くんのこと、お願いします」

 

 落とし所で僅かに負けた気分を味わった宗方は原因となった逆蔵を見やりながらため息をつく。

 

「では休憩を挟む」

 

 

 

「ごめんなさいね、逆蔵くんが乱暴者で」

 

 何処かで言ったことがある台詞だな。雪染はそんなことを思い浮かべながら、苗木の手当を速やかにこなしていく。

 

「……雪染さんは、何も言わないんですね」

 

 手首に巻かれる包帯を見ながら、苗木は治療に当たる曾ての教師を見上げた。世界のお尋ね者たる七七期生を受け持っていて、それこそ彼らの更生に苗木以上に喜びがあるはずの彼女の反応は何故か予想以上に静かだった。宗方への遠慮か、あるいは未来機関としての体裁を保つためか。あろうことか更生プログラムの主任であると判明した後も、苗木たちとの接触すら図ろうとしなかったのだ。苗木の何よりの驚きはそこにある。

 雪染はそうだねと小さく呟き、

 

「私がどんな顔をして向き合えばいいか、わからなかったの。あの子達を捕まえた時もね。目の前にいながらにしてみすみす爆発に巻き込まれたあの子達を救えなかった私が声をかけていいのかって。まあ実際のところ、江ノ島さんに思想を染められたあの子達が耳を貸すことはなかったんだけど……」

 

 困ったように笑うその言葉は、どこか懺悔を含んでいるようにも聞こえた。

 

「苗木くんは知らないかもしれないけど、亡くなったことに疑う余地がない場合、学園からの保護が外れるの。学園の恩恵が無くなって、予備学科性と同じ扱いになるってことなんだけど、それは私にとってはもし消息が判明したとしても再び他人になれと言われてるのも同じこと。……だから頑張ったんだけど、駄目だった」

 

 はい、治療終わり。自然な流れで言葉を挟み、苗木が一歩遅れてお礼を返した。

 教え子を言葉でなく武力を持って、自らの手で捉えなければならない、その苦しみは想像するにあまりある。だからこそ、苗木の行動は雪染の胸の蟠りを楽にしたのは確かだ。

 

「だからね、苗木くんがあの子たちを助けたいって言ってくれた時、ほんとに嬉しかった。あの子達にもやり直すチャンスができたんだって。みんなの手前喜ぶわけにもいかないけど。ねえ、苗木君。どうしてあの子達を庇ったの?」

 

 雪染が教え子たちを庇うのはまだ考えうる範囲内の出来事だ。それが良いことか悪いことかはさておき、心情が理解できないわけではない。死んだと思われていた生徒たちが生きていた事を喜べないはずがないのだから。

 しかしそれは雪染が唯一該当する話だ。同じ学園に通っていたものの、殆ど接点がない苗木には彼らに親愛を感じるはずもない。にも関わらず何故保護し、更生させるという再出発を支援する行為に出たのか。雪染にはそこが理解出来ない。

 外部から見れば彼らはミリオンキラーの極悪人集団だ。彼らを崇拝するか、あるいは恨みこそすれ、それでも擁護しようという人はまずいないだろう。

 苗木も改めて問われると苦しい部分があるようで、言葉で明確に表すのは難しいんですがと断りはしたものの、

 

「でも思うんです。彼らも絶望に落ちる前は、希望を友達と語り合った時があったんじゃないかって。その時のことを何か思い出すことが出来れば、更生出来ると思うんです。それが僕が彼らをかばった理由、になるんでしょうか」

 

 なんか論点がズレちゃいましたかねと苦笑いを浮かべる苗木に、雪染は小さく首を振る。

 

「希望、か」

 

 学園が戴いた言葉にして、学園の理念、カムクライズルが学園より賜り、現在は苗木が描いた未来機関を表すための言葉。そして江ノ島盾子が否定し続けた言葉にして、誰も知る由もないが雪染が唾棄すべき言葉。

 

「……私、宗方くんを未来機関の希望だと思ってるの。彼ならこの絶望的な世界に打ち勝つための行動が取れるんだって。苗木くんの考えも一概には否定できないけど、きっとあなたの優しさだけでは勝てないって思うから」

 

 生ぬるい。それは宗方や逆蔵にも何度か言われた言葉だ。己とてその自覚がないわけではない。しかし彼らはあまりにも薄情で淡白過ぎる。それが苗木が彼らに抱いた感情だった。

 救いようがないと切って捨てるのは簡単だ。されどそれでいいのだろうか。彼らには戻る道は何も用意されていないのか。苗木が疑問を覚えたのはそこだった。

 それでも優しさは時に仇となる。組織の上に立つ人間という意味においては、宗方の判断力はおおよそ間違いではないのだから。

 

「だから宗方くんの決断も理解してあげてほしいな。宗方くんも、苗木くんの考えを全面的に否定しているわけじゃないし、ここで争っても仕方のないことだもの。……もし二つの希望がわかり合って協力したら、もっと素晴らしい希望が生まれるって思わない?」

 

 

「全く、苗木くんには困ったものだわ」

 

 苗木と引き離されるようにして休憩時間中も接触を断たれた霧切と朝日奈は、休憩スペースへと足を運んでいた。霧切の言葉は内容とは違い、どこか嬉しそうにも聞こえる。朝日奈はそんな彼女を見やり、

 

「そういう割りには、響子ちゃんは苗木のこと信頼してるよね」

 

 ニコニコと笑う朝日奈に、霧切は満更でもない表情でそうかしら、と返した。

 

「でも苗木くんの考えを肯定出来るようになったのは、苗木くんがいるからなのは間違いないわね」

 

 苗木と霧切の関係性の進展のほどは、別の支部に所属する朝日奈にはあまり入ってこない。自分たちの事を話そうとしない二人のことだから尚更だ。

 それでも今の口ぶりだけでも、朝日奈が思い描く方向性に進んでいるのは遠からずと言ったところ。

 やがて朝日奈がお茶を飲み終えた事を確認すると、

 

「そろそろ戻りましょう」

 

 休憩の終了時間は特に指定がなかったため、どの時間に戻ろうと自由なのかもしれないが、あくまで苗木の治療を目的とした休憩であるからには、あまり外に長居は出来ないだろう。

 霧切のそんな誘導に朝日奈は、

 

「あ、私トイレ寄ってからにする。響子ちゃん先に行ってて」

 

 と答えて、一人逆方向へと歩き出した。

 

 そう、と頷いた霧切の頭は、苗木をどう支援するかへとシフトしていく。苗木は自分の考えを宗方に問い詰められて改めることはないだろう。それならばこんな事態にはなっていない。だからこそ自分は苗木を守る。そんな単純にして、苗木に付き添う本心が揺らがないように。

 自分にそう言い聞かせた霧切が会議室へと戻る道すがら、先程まで姿がなかった男の背中が視界に入った。

 彼の視線の先にあるのは中央会議室だ。きょろきょろと入って良いものかどうか、どころか一歩踏み出して良いものかと躊躇している挙動不審な姿。時折会合で見かける事があった背中に霧切は声をかける。

 

「御手洗くん、どうしたの?」

 

「あ、ああ、霧切さんですか……」

 

 御手洗は突然背中から声をかけられ、動揺を隠しきれずに口籠った。その姿は着られたスーツからも見て取れるほどにまるで支部長には似つかわしくなく、ともすれば苗木よりも弱気な姿を見る事が多い。

 そんな彼は七七期はおろか、希望ヶ峰学園の生徒としても貴重な生存者の一人だ、学園無き今その立場はなんら意味をなさないが、それでも全員が江ノ島の協力者だと思われていた雪染の教え子の中では唯一、江ノ島の息がかからないまま生き延びていた。

 もちろん最初は詐欺師のこともあり宗方に疑いをかけられていたが、その後の調査や天願の推薦により、未来機関に拾われたという経緯がある。なので彼は基本的に天願の意向に賛同する事が多い。

 そんな彼だが、何故こんなところでウロウロしているのかと霧切は首を傾げる。確かに最初に苗木が呼び込まれた際には、その姿はなかったが、入りづらい理由があったのだろうか。今日此処に天願がいることくらいは知っているだろうに、躊躇う理由もなさそうなものだが。

 

「ちょっと予定があって、後から合流することになっていたんですけど、入っていいのかと思いまして……」

 

 と申し訳なさそうに呟く御手洗に、霧切は大丈夫よと返す。

 

「今は小休憩中だから、全員が集まったら再開するんじゃないかしら」

「それならよかった……」

 

 どこかほっとしたような御手洗が振り向いて、

 

「じゃあむしろ早く行ったほうがいいですね」

 

 と霧切を促した時だった。

 

「じ、地震!?」

 

 突如として二人を、どころか建物を襲ったのは大きな揺れだ。立っているのがやっとというほどの大きな振動に御手洗は頭上をキョロキョロと見回し体を屈める。霧切も同じように体を屈め外を見やると、

 

「地震……? それにしては……」

 

 と違和感を感じたように辺りを観察していた。同じように建物内で揺れに慌てたのは朝日奈も同じだ。お手洗いを済ませ手を洗い終わった直後に訪れた揺れに、体を安定させようと思わず掴んだのは個室のドアノブだった。

 しかし揺れの勢いは凄まじく、体が持っていかれるのと同時にドアノブを破壊し勢い良く転倒。

 

「いててて……」

 

 と叩きつけるようにしてぶつけた腕をさすりながら、

 

「ああ、壊しちゃった……どうしよう」

 

 鍵が無残にむき出しになってしまったドアにドアノブを宛てがったその時だ。都合上外開きであり、外側から開けることができなくなったはずの扉がキィと音を立てて開き、そこから溢れ出てきたのは、

 

「……え、え、何? どういうこと?」

 

 朝日奈が顔面を蒼白にして動揺を口にするのも無理はないことだった。女子トイレの個室から錆びた鉄の匂いを放ち零れ落ちてきたのは、施設に勤めていたであろう三人の警備員だったからだ。

 彼らは一様に首を捻じ曲げられ、口からは血と泡を吹かせながら、折り重なるようにして詰め込まれていたことになる。それが今の揺れで崩れ、引っかかる鍵がドアノブで破壊された結果露呈したのだろう。

 残念なことにクラスメイトの死体を幾度となく目撃してしまった以降、殺人事件も多い中見慣れることとなってしまった都合から大きな悲鳴を上げる事はなかったが、それでも気分の良いものではない。朝日奈は急いでトイレを脱出し、全員が集まっているはずの会議室へと駆けて行った。

 今の揺れといい一体全体何があったのか、その答えを知るのはビルの中に居た人間ではない。

 

「はーあ。外にほっぽりだされてしかも帰りのヘリも無し……苗木っち、霧切っち、朝日奈っち、早く戻ってきてほしいべ……」

 

 と所在なさげにしていた葉隠だ。

 

「あ、そうだべ、苗木っちの未来を占えば……この三億円の水晶で!」

 

 と鞄から取り出した、三億円の水晶玉という触れ込みの球体を覗き込む。されど映し出すのは水晶玉の底に敷いた布なのだが。

 

「ほーれほーれ見えてきたべ見えてきたべ……戦闘機が……は?」

 

 葉隠が思わず顔を上げた。何故水晶に戦闘機が映り込むのだ。それが占いによる何かの暗示でなければ当然、現実の物であるが。

 

「いやいやいや、何だ何だ何だ!?」

 

 葉隠に向かって突っ込んできたのは、正確には戦闘機ではなく戦闘ヘリの姿だった。葉隠の向こう正面から勢い良く降りてきたかと思えば、葉隠の姿を認めるやいなや、躊躇う様子も見せずロケット弾を放ったのだ。

 

「人に向けて撃つもんじゃないべ!」

 

 葉隠の悲鳴も尤もだった。戦闘ヘリが積むようなロケット弾や対戦車ミサイルは人に命中しようものなら跡形も残らないだろう。葉隠は悲鳴を上げながら辺りを逃げ回り、ミサイルの爆発の拍子に水晶玉を手放してしまった。

 

「あ、三億円!」

 

 落としても傷が付く程度のはずの水晶玉はいとも呆気無く粉々に砕け散る。その現実に葉隠は頭を抱えて、

 

「な、なんで三億円もしたのにそう簡単に割れるべ!?」

 

 命の危険より未だにガラス玉を水晶玉と信じ嘆き悲しんでいた。

 

「なんだ?」

 

 揺れが収まった会議室では、各々の無事を確認した一同がようやく頭を上げ、赤く点滅する緊急事態を知らせるブザーに耳を傾けていた。

 メインモニターは監視カメラの映像を映し出し、今しがたの揺れの理由を余すこと無く再生していく。ライブカメラが捉えたのは一台のヘリがミサイルやロケット弾を用いて建物の入り口という入り口を完膚なきまでに破壊していく姿。正面玄関はおろか防火扉や緊急口、屋上をはじめ、移動されないようにとエレベータまで細かに破壊していた。

 幸いなことに建物の深い位置にある会議室にはダメージを与えられることはなかったが、明らかな敵襲であることを存分に知らしめていた。

 

「何故この島がバレている……?」

 

 今日この場に支部長が集まっていることは未来機関しか知るはずがなく、もっといえばこの島の存在は支部長クラスの人間しか知らないはずなのだ。にも関わらず何故ヘリによって襲撃されることがあるのだろうか。

 逆蔵は雪染と一緒に息を切らせて戻ってきた苗木をすぐに捉えると、

 

「てめえか、絶望の残党にこのことを教えたのは!」

 

 と凄み今にも手をあげようとしたところを雪染が慌てて制した。

 

「ストップ、逆蔵くん。苗木くんは今ずっと私といたんだから、苗木くんに今そんなことが出来るわけがないでしょ。苗木くんの保証は私がするわ」

「まあ苗木くんが教えたなら一機で来る必要もないし、苗木くんが来る前に撃ったほうがいいと思うけどね」

 

 と黄桜も一応苗木を擁護する姿勢を取る。

 

「うーん、やっぱり外との連絡は取れないねー」

 

 入り口で睨み合う中入ってきたのは、タブレット端末を持った万代だった。

 

「一通り回ってきたけど、階段も駄目、入り口も駄目、エレベータも不通だったよ。それと外部の連絡もダメそうだね」

「何があったんですか」

 

 首を傾げる万代に声をかけたのは御手洗と霧切だ。万代はああ、ごめんねと入り口から離れると、

 

「第十支部長、御手洗亮太到着しました……こんなタイミングで悪いんですけど……それと外部と連絡が取れなくなってるんですけど、みなさんはどうですか」

 

 と謝りながら入る御手洗に道を開けた。

 

「おや、キミも来たのかね」

 

 御手洗に意外そうに声をかけたのは天願だ。自身も端末機が使えない事を確認すると、

 

「どうやら我々は閉じ込められたみたいだな」

 

 冷静に現状を分析する。

 

「閉じ込められた……って誰がそんなことを!」

 

 狼狽える御手洗に、苗木の腕を折らんがばかりに撚る逆蔵が声を発する。

 

「こいつしかいねえだろ、絶望の残党に組みしそうな奴はよ!」

「みんな! 警備員さんが!」

 

 今度はなんだと言いたげに宗方が入り口まで歩み出てくる。息を荒くした朝日奈は自らが来た方を指差しながら、

 

「トイレで警備員さんが死んでるの!」

 

 と事実を改めて報告、ひたすらに事態が悪くなっていることが嫌でも突きつけられていた。出入り口は塞がれ、通信は遮断され、おまけに避難させ応援を呼んでもらうべきであろう警備員の尽くが殺されているとなれば、いっそ嵐が過ぎ去るのを待つ方が安全とまで考えられる。

 幸いにして電気そのものは死んでいない。そのことは不幸中の幸いだったといえよう。電気が生きているのであれば、通信を阻害している物を取り除くのは、月光ヶ原がいる以上不可能ではないからだ。

 

「……わかった。みんな、話を聞いてくれ」

 

 全員が集まっている事を確認した宗方は一同の視線を自分に集めさせ、

 

「未来機関は現在過去最大級の危機に瀕している可能性が高い。支部長である我々はなんとしてでもこの場を切り抜ける必要がある」

 

 ここで演説を打って観衆の意思疎通を図らせる能力は、さすがの宗方だ。宗方は特に逆蔵の動きに注意を払い、苗木へと視線を向け、

 

「そこでだ、苗木。お前が我々に疑われている事は十分承知だと思う。俺はこの場でお前を追放すべきだと考えている」

「つ、追放って」

 

 思わず朝日奈が声を発した。

 しかし宗方の意見は理にかなっている。絶望の残党であるとの見方が多い苗木を隔離し、未来機関が取る行動を見られる状況に置かないという考えは苗木が確定でクロの場合は取るべき行動であることは間違いない。

 

「勿論今は屋外に出ることは適わない。逆蔵に苗木を監視させ、脱出が可能になるまでは行動を制限させてもらう」

 

「苗木が犯人って証拠がないじゃん!」

 

 苗木よりも朝日奈が食って掛かる。そんな不思議な状況に噛み付いたのは逆蔵だった。

 

「やけに苗木を庇うじゃねえか。実はお前もグルなんじゃねえのか!」

 

 というが早いか、逆蔵は朝日奈に向かって回し蹴りを放ち、避けきれなかった朝日奈が派手に転んだ。その様子を見やった苗木が声を上げ、

 

「苗木は黙ってろ」

 

 と逆蔵に再び強烈な一撃をお見舞いされる。そんな留まる事を知らない暴力に、雪染とゴズが被害を受けた二人を庇うために逆蔵に立ち塞がった。

 

「逆蔵くん、やめなさい」

 

 雪染を疑っている逆蔵といえど、彼女に手を挙げる事はできない。ちっと舌を鳴らしてようやく拳を収めた。

 

「それに焦る事はありません、我々全員で束となれば、相手が誰でも勝てないなんてことはないでしょう。苗木くん一人がいたところで問題になるはずがありません」

 

 とゴズが朝日奈の手をとった、次の瞬間だった。からん、からんと小気味いい金属音がどこからともなく全員の目の前へと転がってくる。そこに描かれているのはどこかで見たことがある模様。

 

「なんだ?」

 

 と逆蔵が覗き込もうとした次の瞬間、その金属は白い煙を勢い良く噴出したかと思うと。

 

「ガスか!?」

 

 急いで口元を覆い、その場から離れようとする各メンバー。しかしその内容物は致死性の毒物ではなく、むしろ睡眠薬に近い成分だったらしい、月光ヶ原や霧切、そして苗木、天願など影響を受けやすい人間から順番に倒れていく中、近くに雪染がいない事に気がついた宗方が彼女の影を追う。

 

「雪染!」

 

 彼女は咄嗟に危機を感じたのか、少しばかり離れた位置に逃げていた。しかしガスの勢いは凄まじく、辛うじて堪えているのはゴズや逆蔵ぐらいのもの、それ以外はとうに眠りに落ちている事が見て取れた。

 雪染は苦しそうに体をテーブルで支え、

 

「京助……ごめん……ね……」

 

 そのまま滑り落ちるようにとテーブルの向こうに消えていく。宗方は急いで雪染を起こしに行こうとしたものの、

 

「雪……染……」

 

 もはや己も限界だった。視界は徐々にガスが霧散し晴れていく様子がわかる。しかし頭が回らない。意識と呂律が混濁していく。助けなければ。思えど体は動くことなく。

 それから何時間が経過したのだろうか。急激な眠りで痛む頭を抑えながら、一同はようやく体を起こす事が出来た。

 

「……なんだこれ」

 

 目覚めた苗木の視界にまず入ったのは、左手にいつの間にか装着された、一時間五十八分四十秒、三十九秒とカウントしていくタイマーのついたバングルだ。周りを見ても全員が同じようなバングルをつけており、時間も全く同じものが刻まれているらしい。

 

 その状況が理解出来ない一同は互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 

「というか、ここ、あの部屋だよね?」

 

 バングルも気になるけどと声を上げたのは黄桜だ。そう言われて辺りを見渡した一同は、あまりに変わり果てた部屋に驚きを隠しきれなかった。

 眠りに落ちる直前まで、全くと言っていいほどゴミすら落ちていなかったような空間が、今では壁は剥がれ落ち石材が散らばっており、モニター式のテーブルもそこかしこにヒビが入っていて、起動しているかどうかも怪しい状況だ。

 唯一壁一面の巨大モニタは電源こそ落ちているがその機能は果たせるらしく、宗方がスイッチを入れれば暗い蒼を持ってして一同を照らし出していた。

 

「間違いないな」

 

 眠っている間にとは言うが、どれくらいの時間がたったのか、時計すらない状況では検討のつきようもない。

 

「うーん、時計も時間が狂っちゃってるな……二つの端末の時間が一致してないよ。雑魚にご飯ってところだね」

 

 万代は残念だねと飄々と答えはするが、即ちこの調子では正確な時間はわかりようもないということだった。

 

「とりあえず外の様子、見てきたほうがいいかな」

 

 と万代が動き出そうとした、その時だった。

 

「うぷ……うぷぷぷぷ……うぷぷぷぷ……久しぶりだね」

 

 聞き覚えのある声がどこからともなく響く。

 

「誰だ」

 

 逆蔵が問うまでもない。苗木たちはその声の主をトラウマレベルで脳に刻み込まれている。決して拭い去ることの出来ない、特徴的な笑い声。この場で決して聞くはずのないその声。

 

「みんな、絶望してるのかな? それとも希望を持ってるのかな?」

 

 今まで青白かったモニタが突如白く点灯したかと思えば。

 

「人の心に絶望ある限り、モノクマは何度でも現れるのだ!!」

 

 金色の屏風を背に、ぴょこんと跳ね上がり、テーブルなのであろう部分に座った見覚えのある姿。白と黒で体の半分を分け、可愛い挙動で愛嬌を振りまくぬいぐるみ、モノクマが鎮座ましましていた。

 しかしそんなはずはない。モノクマは、正確にはモノクマを操っていた江ノ島盾子は確かに死んだのだ。ならば目の前で動いているはずがないだろう。しかし目の前には確かに、モニタ上でとはいえ喋り動くモノクマの姿。

 

「てめえは誰なんだ」

 

 そんな問いかけにもモノクマは答えようとしない。

 

「やあ未来機関のみなさんこんにちは。お前らの世界を救う志、僕も感心しています。お前らのミリオン級の活躍のお陰で、僕達絶望は連戦連敗。今にも根絶されようとしています。ああ嘆かわしや。こんなにもあっさりと潰されるなんて露とも思わなかった僕としてはびっくりすることこの上ないよ。そこは素直にお前らを褒めてあげよう。うぷぷぷぷ。ただ指を咥えて駆逐されるのを待っている僕達ではありません。そんな中起死回生の一手として行ったのが、今回の襲撃なのでした。驚いた?」

 

 なるほど、襲撃は予想どおり、絶望の残党による未来機関への攻撃だったのだ。宗方や逆蔵の予想は正解らしい。しかしそれにしては手ぬるいようにも思えた。

 いっそ未来機関の幹部が居ることがわかっているのなら。ビルを崩壊させる程度の攻撃は可能だったではないか。にも関わらずヘリを一台だけ用いて、入り口を塞ぐだけに留める意味がどこにあろう。

 

「何を考えている」

 

 という宗方の呟きに反応するように、モノクマは口元をうぷぷと抑え、

 

「そんな僕達からお前らに感謝を込めて、今日は未来機関のみなさんに、コロシアイをしてもらいまーす。ゆとり世代特有のゲーム感覚で、さくーっと殺っちゃって頂戴ね」

 

 コロシアイ、その言葉に苗木は顔を顰め、奥歯を噛み締めた。曾ての仲間を死に至らしめ、剰え絶望を世界に拡散させた江ノ島の世紀の絶望的プラン。そんな横暴を三度と許してはならない。

 

「二度あることは三度あるって言うじゃない? マンネリ? いやいや、これは王道だよ」

 

 生徒会や七八期のコロシアイ、表沙汰にはなってはいないが、更生プログラム中で行われた七七期のコロシアイ。そして今回もまた同じ事をやろうというのだ。

 

「ふざけるな! 僕たちはお前のゲームなんかに乗ったりしない 仲間を喪うようなコロシアイは二度とごめんだ!」

 

 苗木は声を荒げ、可愛く首を傾げるモノクマに言葉を返す。迫真めいた苗木の本心を宗方は見定めようとしたが、ふととある人物の姿がないことに気がつく。

 

「雪染は、雪染はどうした?」

 

 確かに辺りを見渡せど、雪染の姿はない。確か彼女はテーブルの奥で倒れ込んだはずだ。しかしそこには誰もいない。まさに煙のように消えてしまったのだ。

 思わぬ人間の不在に一同は声を失い、辺りをキョロキョロと見渡した。安藤が何かに気が付きふと耳を欹て、同じように雪染を探す皆に問いかける。

 

「ねえ、さっきから何の音? ぴちゃんぴちゃんって。雨漏り?」

 

 いかにもオンボロな建物だ、水道管にダメージがあったり、あるいは外が雨なら可能性はなくもない。しかしそれは決して雨漏りなどではなかった。

 音の発生源は電源が入らないテーブルモニタ。巨大モニタの光に潰され、その色のほどは伺えないが、明らかな生臭さが徐々に一同へと伝わってくるのがわかる。

 何人かの視線がテーブルの水滴を辿り、天井にぶら下がるシャンデリアへと到達しようとしていたその時、モニタのモノクマが思い出したかのように喋りだす。

 

「ああ、そうそう。みんなコロシアイをしない方法考えてるでしょ?」

 

 誰しもが気づいてしまった。それが進行形で流されている血であることに。シャンデリアが垂れ流すそれではない。即ちそこにあるのは、誰かの肉体だ。この場に不在で、そんなことが起こりうる該当者は誰だ。

 

「言い忘れてたんだけど」

 

 苗木の言葉は儚くも崩れ去っていく。コロシアイなど起こさせないという意気込みは叶うことはない。全身から血を流し、磔になるようにシャンデリアに載せられていたのは明確に雪染ちさなのだから。

 

「コロシアイはもう、始まってるんだよね」

 

 ブチッ、カシャン。鈍い音がシャンデリアから鳴り響いたかと思えば、雪染の体ごとシャンデリアが落下しはじめる。砕けたカバーのガラス片が光に反射し、雪染の死体を幻想的に包み込んでいった。まるで彼女の名前の如く、粉雪のように光り輝くガラス片の中を彼女が散っていく。

 そんな演出に誰も動くことが出来ない。現実が理解出来ないのだ。あの雪染ちさが無残に殺され、最初の犠牲者となったことに。

 ようやく現実を飲み込んだ宗方は顔を俯け、拳を強く強く握りしめる。

 

「……俺は間違っていないよな……雪染……」

 

 曾て二人で描いた理想図。そこに向けて邁進していた自分とはなんだったのか。其のことを問われているようにも思えて。何より自分が守らなければならなかった存在を、こんな形で失おうとは。

 感傷に浸る宗方を無視するようにモノクマは苗木へと矛先を向ける。

 

「さ、苗木くん。今から始まるのは、人類の命運をかけたコロシアイ。希望と絶望の最大最後の闘いだよ。大袈裟? いやいや、そんなことはないよ。この戦いこそが、君と僕の完結編なんだからね」

 

 二度ならず、三度までも苗木の前に立ち塞がってきたモノクマ。そんなモノクマが完結編と言い放った。過去のことを知る最大のライバル、苗木誠に向けて。

 

「そんなコロシアイのルール、聞きたい? 聞きたいよね」

 

 モノクマは画面の半分を叩き、簡単なフリップを表示しながら説明を連ねていく。

 

「今回のタイムリミットについて。お前らがつけているバングルはタイムリミットを表しています。バングルの残り時間がゼロになった瞬間、そのバングルからはぷちゅっと睡眠薬が挿入され、お前らはすぐさま夢の中。気持ちよく眠ってもらいましょう」

 

 画面上のモノクマはそう言って、鼻提灯を膨らましながら説明を続けていく。

 

「襲撃者のルール。お前らが眠っている間に、襲撃者が一人目覚めます。襲撃者は一度のタイムリミットで、一人だけ殺害することができます。つまりこいつがお前らにとって裏切り者ってことだねー」

 

 画面上には黒塗りのアイコンが苗木のアイコンを刺殺していく様子が映し出されていた。そんな悪趣味に、何人かが顔を顰める。

 

「お前らはこの裏切り者を誰か推測して拘束、またはお前らが殺してタイムリミットが来た瞬間、誰も死ななければゲームクリア。簡単なルールだね!」

 

 血を流した苗木アイコンをぽいと放り投げたモノクマは、もう一個ルールがあるから聞いとけよと喋り続け、

 

「今回は新たな試みとしてNG行動を用意しましたよ。お前らには一人一人にこのコロシアイ中にはやってはいけない行動というものがあります。そのNGに触れたらどうなるか?」

 

 画面上のモノクマの手首のバングルに表示されているのは、ジャンプする、の文字列。その文字列を見せつけるように腕を伸ばしたモノクマが徐ろにジャンプした瞬間、画面上のモノクマの左半身が一瞬で真紫に染まり、

 

「バングルから毒が注入され、あっという間に死に至ります。あ、そうそう、そこの力自慢。お前が無理やりバングルを外そうとしても、やっぱり毒は注入されるからね」

 

 暗に指名されたと思ったらしい逆蔵が眉をひそめる。

 

「で、このコロシアイ、やっぱり一部始終はカメラを通して、世界中に放送されてるからね。お前ら未来機関がいかに無能……いやいや違った。いかに有能で素晴らしいか、世界中が注目してるってわけだね」

 

 当然未来機関が簡単に殺し合うような事があれば、それは希望ヶ峰学園のその時と同じだ。希望などまやかしでしかない、絶望こそが正しいという江ノ島や、江ノ島に感化された者の感情を膨れ上がらせることは間違いないだろう。

 

「あの時もそうだ……」

 

 苗木は小声でそう呟いた。自分たちが行う事となったコロシアイ。それをきっかけに世界の絶望はより勢い良く燃え上がった。ようやく小康状態になった今、新たな希望のシンボルが同じ状況下に陥ったら。考えたくもない事実が突きつけられる。

 そんな苗木の脇で、月光ヶ原が勢い良くキーボードを叩き続けている。やがて一段落したのだろう、彼女が画面をモノクマに向けて上げたかと思えば、

 

「あ、アナタを操ってるのは誰なんでちゅか!」

 

 まるで緊張感のない、場違いな甲高い声が辺りに響いた。その声の主、月光ヶ原のモニタに映し出される可愛らしいウサギはいかにも怒りの表情と、腰に手を当てるポーズを取りながら、モノクマに向かって声を荒げる。

 

「ぜーったいアナタの横暴を許したりしないでちゅよ!」

 

 ステッキを振り回し、ぷりぷりと起こるウサギにモノクマはモニタから会議室を覗き込むかのごとく顔を近寄らせ、

 

「ん? お前どっかで見たことがある顔だな?」

 

 と首を傾げると、

 

「でもちょっと違う。見覚えの姿に変えてやるよ!」

 

 そう言ったかと思えば、モノクマは巨大モニタから姿を消し、いつの間にか月光ヶ原のモニタへと移動していたのだ。直後、モノクマはどこからともなくハサミを取り出し、ウサギへと襲いかかった。

 

「な、何をするんでちゅかー!!」

 

 ウサギの悲鳴がモニタから鳴り響く。

 

「うるさい、お前なんかこうだ! こうだ!」

 

 大人気なくモノクマも応戦。画面上は旧い漫画の表現のごとく砂煙が立ち上がり、やがて二人の諍いが終わったかと思えば

 

「ふいー、これにて一件落着」

 

「ま、またこんな姿にされたでちゅ……えぐえぐ」

 

 ウサギは何故かモノクマと似たように、半身をピンク、そしてでべそに加えおむつを履かせられるという妙な姿にさせられていた。

 

「おい、モノミ。僕のことはお兄ちゃんと呼べ」

 

 横暴なモノクマお兄ちゃんはそんなことを言いながら、同じ属性になったモノミを背中から踏みつける。其の様子を見やる月光ヶ原はどうにかしてモノミの操作権を奪い返そうと奮闘しているようだが、モノクマは意に介することもないらしい。

 

「い、嫌でちゅ! 元に戻してー!」

「だからお兄ちゃんと呼べといっているだろう!」

 

 家庭内暴力を綺麗に極めたモノクマは、やがて満足したかのように元の大きなモニタへと戻ると。

 

「それじゃお前ら、健闘を祈ります」

 

 結局会議室からの質問には答えることなく、姿を消してしまった。

 部屋にはモノクマが生きていたという事実、雪染が殺されたという現実、コロシアイが進んでいるという現状に言葉を失い、モニタが響かせる電子音だけが部屋に広がっている。

 刻一刻と減らされていく時間。このまま立ち尽くしていても、ただ二時間が過ぎ犠牲者が増えるのは間違いない。だからといって何ができようか。どうもこれといった打つ手が想像できない中、苗木がそっと口を開いた。

 

「……モノクマのことです、アイツは僕達がすぐにでも犯人を見つけるために追放や処刑を始めることを望んでいるはず。だからといってアイツの口車に乗るのは悪手です。今は協力体制を築かないと」

 

 何より疑われている苗木が音頭を取るのは違和感があるがと宗方は前置きをしつつ、それでも言葉そのものを否定することはない。

 

「我々未来機関がこの程度の事で怯んだりはしない」

 

 中継を眺めているであろう絶望の残党はこちらが動揺し混乱する姿を楽しみたいに決まっているのだから、わざわざその期待に答える必要もないというものだ。

 

「うーん、うーん」

 

 と身動きが取れない一行の中、緊張感の欠片もない声のモノミが声を発する。

 

「だめでちゅ、あいつのモニタとは通信が遮断されてるでちゅ。それどころか有線も無線も電波そのものですら死んでるでちゅ……復旧には……どれくらいかかるか」

 

 即ち外部に応援を求めることは不可能だといっているに等しい。にしても堅牢な防衛を誇るはずの未来機関のセキュリティが、いともあっさりと破られるとはどういう了見か。朝日奈がモノミもとい、月光ヶ原を見やりながら、

 

「ここのセキュリティ、ちょっとザルなんじゃない? そんな簡単に破られるものなの?」

 

 と不安そうに首を傾げた。しかしモノミは不満を露わにして反論する。

 

「決してセキュリティには穴はないでちゅ、もし襲撃があったとしても対策は何重にも用意してまちゅから! だいたい今回の攻撃は外からのものではないでちゅ。通信履歴からも其の様子は見受けられないし。むしろ内部の通信網を使われているような……」

 

 内部から、と朝日奈が目を丸くする。確かに外部からのセキュリティは万全かもしれない。それは物理的な攻撃アプローチ以外、外部からの行動が無かったことからも推測ができる。だが内部からの攻撃というのは予想もできなかったことなのかもしれない。基より侵入されるという想定はないのだから。

 しかし内部からの攻撃ということであれば、その攻撃者を想定するのは決して難しくはないだろう。配置されている警備員はおらず、ヘリから降りてきて侵入した人物はいない。今この隔離された施設で生き残っているのは未来機関のメンバーと、外でサバイバル生活をしている葉隠だ。即ちこのメンバーの誰かが裏切り者なのである。

 そうとあれば簡単だろうと過激思想に陥る逆蔵が拳を突き合わせ、

 

「襲撃者を見つけて殺す、それだけだろ」

 

 と声を荒げ苗木を睨みつけた。この場にいる全員は一流の才能持ちである。単純な拘束だけでは無意味なことは重々承知だ。絶望の根絶のためにも死を厭う姿勢があってはならない。天願の思想は、もはやこの場の多数派を締めていた。

 

「だから、わかってんだろ、苗木」

 

 逆蔵は何度目かの詰め寄りを苗木に行う。もはや逆蔵は苗木と彼を擁護する者を信じてはいない。

 

「暴力は駄目って言ったばっかりじゃない!」

 

 と擁護する朝日奈にも冷たい目を向け、拳を振り上げて威しの声を上げた。

 

「なんでそこまで苗木を擁護できる」

 

 女性に対しては、あの江ノ島にですら暴力を振るわなかった逆蔵であるが、いよいよを持って朝日奈を殴りつけるかと思われた瞬間、御手洗が二人の間に割って入った。

 

「宗方さんも言っていたじゃないですか、仲間割れをしている場合ではないって」

 

 厳密にはそれは苗木の言葉ではあるが、混乱している最中の受け取り方としては同じようなものだろうか。ただそんな言葉があろうと割り込んできたのが男であれば、逆蔵は容赦しない。

 御手洗の軽い体が逆蔵の膝蹴りを受けて当然のように軽く浮き上がった。

 

「ここはもうそんな正論が通用する場じゃねえんだよ! むざむざ全滅させられるのを待てっていうのか!」

 

 暗に宗方を批判する言葉でもあるが、確かに現状は悪化の一途を辿っている。モノクマの言うことが正しいのであれば、間違いなく裏切り者はこのうちの誰かなのだ。そんな特大の地雷があるにも関わらず、怪しい人物を追放しないことこそ、逆蔵からすれば筋が通らない話だった。

 じりじりと追い詰められていく感情。最高潮の緊張の中、悪夢は確実にその歩を進めていた。異変を覚えたのは挙動不審に暴力沙汰をどう諌めるべきか、動けずにいた万代だ。

 突如としてどこからともなく、ゲームに用いられるような軽快なSEが流れはじめる。周りがキョロキョロと音の出処を探り、ブブーというブザー音が鳴ったかと思えば。

 

「うぐ……あ、……ああああ!!」

 

 万代は突如として苦しみを覚え、左目を抑えながらその場に倒れ込むように体を屈ませ、大きな悲鳴を上げたままに勢い良く地面へと突っ伏した。そばにいた忌村がその巨体を擦るが反応はない。それどころか口元からはわかりやすく赤黒い血が溢れているのだ。

 

「……死んでる」

 

 と検死のために霧切と宗方が再確認。万代の左半身はモノクマの如く青黒く染まり、目に至っては鮮血がにじみ出ているほどだ。

 

「参加者の暴力を目撃する」

 

 検死を終えた霧切は、そんなことを呟きながら万代の左手を持ち上げた。赤く点滅し、NG行動を伝えるバングルに表示されていた文字列。それはまさにたった今目の前で行われた事がNGであったことを指し示すものだ。

 

「不用意な行動で誰かを殺すこともあるというわけね」

 

 あえて明言することなく、その視線は逆蔵を明確に捉えていた。

 

 例えば逆蔵が全員のNG行動を承知しており、流れの中でそうとはわからないように一人ずつ殺していくことも十分に可能なのではないか。そうなってしまえば、最後の二人になるまでもしかしたら相手が裏切り者だとわからないことも十分に考えられよう。

 ただこの大掛かりな仕掛けを実行するにあたり、逆蔵一人でなしえるとはとてもではないが思えない規模である。霧切からすれば付き合いの長い宗方や雪染ですら要注意人物の一人だ。

 

「い、今みたいに誰かの不注意が誰かを犠牲にすることもあるでちゅ、だからここは落ち着いて互いのNG行動を把握して、うっかりで殺さないようにするのがベストだと思いまちゅ!」

 

 とモノミが声を発し、せめてもの争いを避けようと提案。確かにコロシアイの黒幕、襲撃者が殺して回るのは、黒幕が予定通り行っていることであり、やめろといって止まるものではないのは今でのコロシアイから承知するしかない部分だ。

 しかし一方で、誰かに行動によって死ぬことは避けられないわけではない。万代は不幸にも、わかりやすく喧嘩っ早い男の被害にあってしまったが、故に一層慎重になるべきであった。

 ただ協調性を保つためのモノミの意見に、安藤は首を縦に振らない。

 

「何言ってんの、この中に黒幕がいるっていうのにそんな不用心なことができるわけないじゃん。それにこんな時だからって嫌いなやつを殺すこともしようと思えばできるんだし」

 

 と安藤が睨みつけたのは忌村だ。売り言葉に買い言葉で忌村も三白眼で睨み返す。

 

「それに、NG行動を明かす事がNGという可能性がゼロではないものね」

 

 霧切も安藤の拒否に理解を見せ、

 

「無理やり人に聞き出すことは得策ではない。あくまで自分たちが行動を満たさないようにするしかないのではないかしら」

 

 と亡くなった万代へと視線を送った。彼も視界に捉えないように振る舞う事ができなかったわけではない。急激な出来事とはいえ目撃しないようにすることは可能なはずだったのだ。逆蔵が三度苗木に暴力を振るう可能性は考えられただけに。

 ただこうして互いの意見を否定するだけでは話は進まない。

 

「方針を決める必要があるな」

 

 と宗方が軌道修正を図るのも当然のことだった。

 

「ゲームそのものを止める方法は恐らくないだろう。こうして二時間待っても何も解決しない。ならばまず襲撃者を見つけるところから始めるべきだ。先程言ったように、怪しい人間を隔離し、何事も起きなければそれでいい。それでも駄目なら残された人間からまた怪しい人物を追放。ゲームが終わるまで繰り返せばいいだろう」

 

 一見冷酷な判断。しかし宗方の理念では最善手だ。

 

「何より今行うべきは、絶望をこの場から滅すること。最後に一人でも生き残れば構わないんだ。今できる事をやるしかない」

 

 現状自分が安全圏にいる人間からすれば、宗方の意見は尤もだった。苗木の言う理想はこの状況下では果たせない事はわかりきっている。現に裏切り者が一人以上確定している今、怪しい人物を減らすにこしたことはないのだから。

 

「現状、追放されるべき一番怪しい奴は誰だ」

 

 宗方に問われ、最初に手を動かしたのは逆蔵だ。彼が指差すその相手は勿論苗木。続けて安藤、十六夜、忌村が動き、同じように苗木を示すように指が動く。

 

「……うん、じゃあ俺は」

 

 と黄桜が指差したのは何故か月光ヶ原だった。驚いたモノミが両腕を振り上げて、

 

「なんででちゅか!」

「いや、なんとなく」

 

 他は誰かを指名することなく、宗方は決まりだなと小さく呟いた。

 

「苗木、まず貴様を追放する。……いや、絶望に対し追放では生ぬるいな。苗木誠。お前が本当に世界の希望を望むなら、絶望を憎むのなら、ここで命を断つべきだ」

「何を言ってるんですか……」

 

 苗木が予想を上回る提案に目を瞬かせる。しかし宗方は動じることはない。

 

「お前に協力してもらうと言っている。我々の中ではお前は絶望の急先鋒だ。絶望たるお前がまず死ぬことで、我々に、このコロシアイを見ている連中に希望を見せろと言っている」

 

 そんな提案をされて、おいそれと自殺を図れるはずもない。そんなことを可能とするのは、自らのプランが破れ、負けたこと、自死することに絶望を見出した時の江ノ島盾子くらいだろう。

 

「てめえにそのつもりがねえなら、俺が介錯してやるよ!」

 

 煮え切らない態度にいよいよを持って逆蔵が動き出した、その手にはナイフが握られ、わかりやすくコロシアイをはじめようとする。苗木はダメージを抑えようと体を強張らせ、腕を防ぐ。

 

「やめなさい!」

 

 そんな中苗木を身を挺して庇ったのはゴズだった。強く手首を握りしめ続け、痛みに耐えかねた逆蔵がようやくナイフを手放す。

 

「何を考えてやがる! 絶望を殲滅しなきゃ俺らに希望み未来もねえだろうが!」

「仲間の死が希望を生むとは思えません!」

 

 仲間の死は希望を生まない。そんなことは痛いほどわかっている。かつての同窓生も、未来機関の同士も、絶望との戦いで命を落としていた。そこに希望を見出せたことはない。だが今ここには絶望がいるのだ。絶望は最早仲間などではない。仲間を殺す事があっても、絶望を切り離さなければ。

 宗方の苦渋の決断に要した時間は、睨み合う二人以外の動きが視界から外れるのに十分すぎる時間だった。

 

 プシュという勢い良く何かが噴霧される音とともに、部屋が徐々に白い煙で満ちていく。

 

「ガスか!」

 

 と身構えた逆蔵が、注意を苗木から反らしてしまう。しかしそれはモノクマが用いた催眠ガスではない。部屋に設置され、動作するか怪しかった消火器の薬剤だ。

 霧切が咄嗟の起点で視界を悪くし、苗木のそばにいた朝日奈へと目配せを行う。何を言われているか瞬時に理解した朝日奈は、未だに困惑気味の苗木の体を強引に引っ張り上げると、

 

「苗木、逃げるよ!」

 

 視界の片隅で二人が消えた事を確認した宗方と逆蔵が二人を追うようにして離脱。その姿を追いかけ、ゴズや月光ヶ原も会議室を脱出。

 

「よいちゃん、私達も逃げよう」

 

 大人数が揃っているところより、信頼しあっている二人のほうが安全なのは間違いない。十六夜はわかった、と小さく頷いて、薄霧の晴れゆく会議室から離脱していった。そんな二人の後を追いかけるのは忌村だ。

 

「苗木、早く逃げないと!」

 

 一番最初に会議室を脱出し、まるで迷路のような機関施設の構造のお陰で追手を巻く事が出来た朝日奈が、本来狙われて追いかけられているにも関わらず走って逃げようとしない苗木を叱りつける。

 

「う、うん、そうなんだけどね……」

 

 と苗木は申し訳なさそうに苦笑を浮かべるだけだ。彼はバングルに点滅している文字を見ながら、

 

「僕のNG、廊下を走るな、なんだ……」

「なにそれ!」

 

 まさか一番逃げなければならないはずの人間に、逃げる事を封じるような行動がついてまわるとは。いや、このNGを設定した黒幕も、こうなることを見越して意図的につけたのかもしれないが。

 ご、ごめんと苗木は謝るものの、こんな事態になってしまったのは苗木に責任があるわけではないので、朝日奈も批判することが出来ない。

 

「そういうことなら、しょうがない」

 

 と朝日奈はその場に屈み、

 

「背中、乗って。歩いて行くよりはいいでしょ」

 

 そう言われて素直に乗る根性が苗木にはない。ただ朝日奈の言う通り、逆蔵と宗方はこちらを追いかけているだろう。ここは朝日奈の行為に甘えることにした苗木は、ごめんねと謝りながら朝日奈に背負われ、できるだけ遠くへ遠くへと走り出すに任せた。

 

「女性に背負われるとは思わなかったよ……」

 

 申し訳ないやら情けないやらの苗木に、朝日奈は、

 

「私だって男の子背負う日が来るとは思わなかったけどね!」

 

 とぶつぶつ言いながら、建物を右へ左へ道をかえて駆け抜けていく。

 

「宗方さん、あなたも暴力を肯定するんですか」

 

 その遥か後方で、ハンマーと刀で鍔迫り合いを演じていたのはゴズと宗方だ。普段は力仕事を逆蔵に一任している宗方が態々刀を持ち歩くことは普通ではない。着地点にあるのが苗木の私刑というのが容易に見て取れた。

 

「我々は絶望殲滅するという使命があるからな」

 

 ゴズの怪力に負けず劣らずの力でゴズを振り払おうと言葉を探る。

 

「苗木さんが犯人だと決まっていないじゃないですか!」

「黒幕が誰かと決まっている事が重要なのではない」

 

 力のぶつけ合いでは拉致が開かないと判断した宗方は自分から距離を取るようにして、後ろへ大きく跳躍。ゴズの豪腕から振り下ろされるハンマーを、宗方は最小限の動きで避けていく。

 

「怪しい人物を減らしていくということが重要なファクターだ」

「それでは皆殺しと変わらないではないですか」

 

 宗方の理論では、怪しい人物を減らしていって、殺害が止まればそこで終了、未来機関の再生を行う事となる。これはほぼ正確に犯人を導き出せる一方、ゴズがいうように全滅も十分に考えられる。ただ宗方には一人までは減らないという確固たる情報が用意されていた。

 

「少なくとも俺はお前や逆蔵は確実にシロだと考えている。だてに長らく協力していたわけではない」

 

 同じような事は雪染や万代にも言えた。しかし彼女たちはもういない。今残っている面子はなんとしてでも生き延びて貰わなければならないのだ。しかし一方で、そうでない面子をどう見てるかと思えば、

 

「それ以外の人間は最悪切り捨てる対象と俺は見ている」

 

 七八期は言うまでもない。天願や御手洗など持論を転向させた連中も信頼するには一枚落ちる。第三組織を作ろうとしていると噂の安藤や十六夜も然りだ。

 

「だからといって!」

 

 一瞬の隙をつき、宗方はゴズの脇を通り抜ける。しかしそれを許すゴズではない。直ぐ様後につき、僅かにリーチで劣る宗方と攻撃を交えながら建物の奥へと進んでいく。

 

「……へ、なんで!?」

 

 朝日奈が驚いたのは、その直後だ。何度も道を切り替え、部屋の中を突き抜け、出来る限り下がらない用に走ってきたはずなのだ。にも関わらず、なぜ後方から追いかけてきたはずの宗方とゴズが目の前にいるのだろうか。

 

「ちょっと待つでちゅー!!!」

 

 おまけにそこに合流したのは、逆蔵の進軍を阻止し、苗木に合流しようと建物を駆け抜けてきた月光ヶ原ならびにモノミだった。だが逆に苗木からすれば好都合とも言える。立場的には宗方以外は、中立か肯定派だ。

 

 一人アウェイ状況に置かれた宗方は、ゴズの背中へと逃げた朝日奈や苗木を睨み、

 

「ゴズ、そこをどけ」

 

 睨まれたとて退くゴズではない。

 

「従えません! 苗木さん、朝日奈さん、月光ヶ原さん口を閉じていてください、舌を噛まないように!」

 

 ゴズは振り上げたハンマーを勢い良く、地面へと叩きつける。指示された苗木と朝日奈が口を閉じる間もなく、床がごっそりと抜け、ゴズを含めた四人が階下へと吸い込まれていく。

「宗方!」

 

 一方で直前まで月光ヶ原に足止めを食らっていた逆蔵は、遅れ馳せながらぽっかりと空いた大穴に視線を向け、

 

「なんだこれは……」

「ゴズだ。あいつが苗木を庇っている。お前こそどうした」

 

 違う道を通り苗木を追っていたはずの逆蔵はどうしてたどり着けなかったのか。その疑問に逆蔵は顰め面をして扉の奥へと消えていく月光ヶ原の背中を指差す。

 

「月光ヶ原の奴、無茶苦茶しやがる。車椅子に誘導弾なんか積み込みやがって、殺す気満々だ。あいつも協力者なんじゃねえのか」

 

 基より彼女は車椅子やモノミの操作のすべてを、手元のキーボードで行っている。コマンドによる出力で攻撃を行うことは容易いだろう。そこから機械仕掛けの車椅子に用意されたありとあらゆる手段で攻撃されるとなると、リーチでは一歩劣る己の肉体かナイフを武器とする逆蔵には不利でしかない。

 

「わからん。だが苗木を守るべき何かがあることは確かだろう」

 

 と宗方は踵を返し、下方へと向かう階段へ足を向ける。その後を追う逆蔵は、一端は刀を鞘に収めた宗方に向けて呟いた。

 

「……なあ、宗方。お前こそが俺らの希望だ。お前さえ生き残れば未来機関は何度でも再生できる。そのためにも俺たちで絶望を殲滅しなくちゃならねえんだよな」

 

 雪染のためにも。三人でかつて誓った約束のためにも。

 

「ああ。そのためにもお前には働いてもらう必要がある」

 

 

「大体さ、裏切り者が一人って変だと思わない?」

 

 忌村から距離を離すようにして十六夜と二人逃げ出した安藤が、角のクリアリングを行う十六夜に問いかける。

 

「一人でできることではないってことか」

 

 安藤が大きく頷く。

 

「そう。だって人が眠れる時間なんてたかが知れてるし、そんな時間でこんなに建物をボロボロになんてできないよね」

 

 それは安藤だけではない、何人かも同じ考えには至っていた。モノクマは襲撃者は一人だと述べていたが、用意された状況下がすでにそのことと矛盾しているようにも思えた。

 

「複数人いるのかもしれないな」

 

 安藤といる状況では言葉を発することが多い十六夜が、安藤の手を握り十字路を駆け抜けるように走り、弧を描く回廊に目を凝らしながら、慎重に歩を進めていく。

 

「誰が裏切り者だと思う」

「そんなの、忌村に決まってるじゃん」

 

 安藤は眉をハの字に寄せ、

 

「一度裏切ったやつは何度でも裏切るんだ。……流流歌たちを裏切った時みたいに」

 

 脳裏に過るのは三人が退学になった、忌々しきあの日の事。それから仲違いしている彼女を信じることなど到底出来ようもない。

 

「だからアイツを信頼してる未来機関も信用できない。会長も一緒だよ」

 

 忌村を勧誘したのは天願であることの調べはついている。結果、彼女は絶望に対しては、天願と同じく穏健派の派閥だ。立場だけでも安藤とは敵対関係に当たる。そういった点も加味して昔からの事をよく知っている安藤だからこそ、今の忌村は信頼するに当たらないし、彼女を擁護した天願も信頼に値しないのだと切り捨てる。

 

「ねえ、よいちゃん。流流歌怖いよ。……よいちゃんは最後まで、流流歌の味方で居てくれるよね。流流歌のこと、絶対に裏切らないよね」

 

 十六夜は一切安藤を振り返る事無く、安藤の震える手を握りしめ、

 

「当たり前だ。俺がお前を裏切ることは絶対にない」

 

 

 さらにもう一グループ、会議室に残った面々は改めて通信状況の確認、万代や雪染の検死を行うところから始めていた。

 雪染は心臓をナイフで一突きにされており、死因がこれであることは間違いない。固まりつつある出血は大抵がシャンデリアのガラス片が刺さった際についたものだろう。NG行動を灯す文字は「宗方が死亡すること」とあった。宗方が生存している現状では抵触しえないNG行動であることを示すように、彼女の左目は血で滲まず、左半身も特別青黒くなっているようには見えない。

 霧切は手帳に具に状況を記しながら、続けて万代へと視線を向ける。雪染と違い、万代は目の前で死んだ事が証明しているように、左目から血を流し、左半身が青黒く染まっていた。この違いがNGか否かを示している。

 モノクマがルールを間違いなく伝えているとしたら、一人は殺され、二人以上の犠牲が出た場合は被害者にNG行動が含まれると見ていいのかもしれない。霧切は手帳を仕舞いながら、自分のNG行動へ一瞬だが視線を送る。

 このNG行動は果たして何を基準にセットされたものなのか。それがわかれば黒幕に辿り着くヒントがあるかもしれない。そう考えれば、NG行動を明かさないというのは失敗のようにも思えるが、内容によっては苗木が無理やりにでもNGを踏まされていたかもしれないことを考えればやむを得ない選択だっただろう。

 霧切はこの後は何をするべきかと悩みながら、入り口のドア付近を見つめ、何かに気がついたようにメモへと書き記していく。

 

「熱心だねえ、霧切ちゃんは。流石探偵さん」

 

 ニヒルに笑いかける黄桜に、霧切は小首を傾げながら、

 

「脱出するのに情報は少しでも必要でしょう」

「確かにね。宗方くんと天願さんに言わせれば、ここは二人しか全容を知らないはずなんだから、彼らが知る隠し通路みたいなのもあるはずだ」

 

 と二人から視線を送られ、申し訳なさそうに手を振る天願。老体がずっと気を張り続けるのは矢張り疲れるのだろうか、ぼろぼろに朽ちている椅子に腰をかけながら、

 

「いやいや、確かにわしも設計に携わりはしたが、すべての道を明確に覚えられるほど若くはないよ。今間違いなく道を覚えているのは宗方くんじゃないか」

 

 霧切はふと天願の反応に違和感を覚える。現状自分たちはすべての一般的な出口が塞がれている密室に置かれ、いつ死んでもおかしくない状況下なのだ。にも関わらずこの落ち着き払い方はどうしたことか。それにすべての道を覚えていないのは仕方ないとして、いざというときの緊急通路こそ覚えていないといけない道なのではないか。

 それにここで宗方は間違いなく知っていると肯定する意味は何か。無い話では無い、犯人の可能性をなすりつけようとしている?

 霧切がじっと見つめていることに対し、天願が不思議そうに目を細める。

 

「苗木くんが心配かね」

 

 朝日奈という信頼できる人間に託したものの、本来は自らが守るべき部下である苗木と連絡の取りようがない。だからこそ彼の所在を不安に思うのも無理はない話だった。しかし霧切は、

 

「この状況がどう転ぶのか、そちらを心配しています」

 

 と冷静に状況を観察するだけだ。なんで冷静にいられるんだ。御手洗がそう思う程に。確かに未来機関に配属されてからの霧切は、常に物事を理論的に考え、感情で動こうとはしないタイプの人間だ。時折苗木の事に関しては感情を覗かせる事もあるが、それ以外の面では。

 それでも自分の生死が関わっている今この場において、なぜそこまで冷静に先の事が考えられ、次の行動に移せるのか。

 ――まるで自分が馬鹿みたいじゃないか。

 かつて江ノ島の脅しに屈し、秩序も未来も崩壊したあの街で怯えるように過ごした時間に震えていた自分は、絶対に彼女のようになれない。精神の差をまざまざと見せつけられ、御手洗の意識は暗く落ちていく。

 

 

「お、追いかけてこないかな」

 

 朝日奈が後方を見やりながら、宗方や逆蔵が追いかけて来ないことを確認。長時間逃げていたことも忘れるほどの緊張感。ようやく一息をついて入り込んだ部屋で、苗木と朝日奈は大きくため息を付き、とりあえずは逃げおおせた事をゴズと月光ヶ原に感謝する。

 

「……もうこんな時間か。ほんとにコロシアイなんて起きるのかな」

 

 バングルの表示は、二十分を切っていた。モノクマが現れてから早百分。まだ雪染の死体から溢れた涙が脳裏に焼き付いて離れない。あれは現実だ。紛れもなく、モノクマが仕掛けた最初の犠牲者なのだ。

 

「……ところでゴズさんも、月光ヶ原さんも、どうして助けてくださったんですか。心情的には宗方さんの方が近いでしょうに」

 

 わざわざ苗木擁護の汚名を着てまで助ける必要があったのか。命を救ってくれた恩人にぶつけるような言葉ではないが、そこに引っかかるものがある。

 月光ヶ原もといモノミは苗木の前まで車椅子を走らせると、

 

「あちしは一人は嫌でちゅ! だから一緒に行こうと思ったでちゅ!」

 

 と怯えるウサミがモニターを右往左往。大概にしてモノミの発言は月光ヶ原の心情をそのまま表している事が多い。即ち月光ヶ原自身の発言と捉えて差し支えはないのだ。

 そう気づいた朝日奈は、

 

「うん、おかげで助かった。ありがとうね」

 

 と頭を撫でようとしたが、月光ヶ原は朝日奈の手から逃げるように頭を傾がせ、暗に触る事を拒否しはじめる。

 

「え、ああ、ごめん、触られるの嫌だった?」

 

 喋る事もなければ、瞬き以外で表情の変化を見せない月光ヶ原の本心は、モノミが答えなければわからない。だから今の行動が拒否なのか、恥ずかしさから来る行動なのか朝日奈には判断ができなかった。嫌がってるのなら無理に触ることもない、と朝日奈は苗木の隣に腰を下ろす。

 

「ねえ、苗木」

 

 朝日奈はふと床を見つめ、

 

「また、みんなが疑い合うコロシアイになっちゃうのかな」

 

 かつて江ノ島盾子主導で行われたコロシアイが昨日のことのようにも思える。皆が皆を疑い、剰え脅迫された大神さくらのような協力者が自ら死を選ぶような事態は二度と起きてはならない。そう思い参加した未来機関でも同じ事が起きるのか。気丈に苗木を庇ってきた朝日奈だが、一方不安に押しつぶされそうになっていたのだ。

 そんな弱気な姿を見せる朝日奈に、苗木は大きく頭を振った。

 

「あの時は一人だったかもしれない。でも今回は僕がいる。いや、僕だけじゃない、霧切さんやゴズさん、月光ヶ原さんも協力してくれてるんだから、一人で考え込む必要はないんだよ」

「やはり苗木さんは、いつの時も希望を人に見せようと努力されるのですね」

 

 ゴズは壁に凭れ掛かりながら、苗木のこれまでの姿勢を改めて評価する言葉をかけた。

 

「あなたは人を信じて、江ノ島盾子に動かされそうになった時に周りを説得し、あの勝利で世界の多くの人々の心を動かしました。その力はこの先、人類にとっても、未来機関にとっても重要なものになると思います。だからこそ天願さんも、あなたの加入による変化を信じ、同時にあなたお陰で考えを改められたと言っていました」

 

 ありがとうございます。苗木は照れくさそうに頭を下げるが、

 

「でもそれは僕一人の成果ではないですから。あの時もし江ノ島盾子と二人きりであれば、僕もたやすく江ノ島に感化されていたでしょう。でも現実は違った。最初は疑われましたが、それでも最後には僕の事を信じてくれた。そんな仲間が居てくれたからです。今回も、みんながみんなを信頼し合う。その状況を作れさえすれば、モノクマの思い通りにしないことはできると思うんです」

 

 やがて腕時計は最後の二桁を点滅させていく。

 

「苗木……なんか、嫌な予感がする」

 

 コロシアイは始まったばかりだ。対策も何も打てていない以上、次の犠牲者は起きてしまうだろう。だがそれが誰かなどとは想像のしようもない。隔離し守りようもないのだ。それはコロシアイをさせないという苗木にとっては到底肯定出来ない出来事。しかし間違いなくそのときは訪れる。宗方は恐らく苗木の考えを再び嘲笑うだろう。これこそ犠牲の上に立つ希望じゃないか、と。

 

「大丈夫、僕は超高校級の幸運だよ。今度も絶対、大丈夫」

 

 せめてもの慰め。はたして己の幸運が他人に撒けるかといった実証は行っていない。ただただ落ち込む朝日奈を慰めずにはいられなかっただけだ。

 

「うん、そうだね、ありがとう」

 

 0の文字がバングルに刻まれ、全員の意識がゆっくりと薄らいでいく。目が冷めたら、コロシアイが終わっている僅かな奇跡を願い。


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