No.954260

さきはひ-死にたがり少女と恋する少年-

朝凪空也さん

流されやすい女の子とちょっと強引な男の子の甘酸っぱいラブストーリー☆(嘘)

友人から甘酸っぱい恋愛ものをとリクエストを受けた結果生み出された作品です。しかしながら甘酸っぱさはどこにもありません。
筆力が無いため展開早いです。
シュールレアリスムの絵画を見るかのようにでも楽しんでいただけましたら幸いです。

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2018-05-29 18:02:56 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:349   閲覧ユーザー数:349

一、雨の少女

 

 降り続く雨の中、少女はただ立ち尽くしているように見えた。着物も両手で胸に抱えた風呂敷包みもぐっしょりと濡れてしまっていた。誰もが見て見ぬふりで少女の横を素通りした。そんな中、一人の少年が見慣れぬ少女の普通でない様子を不思議に思って近づいた。少年、昌小路千鶴しょうこうじちづるは少女に傘を差し掛けて言った。

 

「ねえ、君、ここで何をしているの。」

 

少女はゆっくりと虚ろな眼を向け、言った。

 

「さいごに、みておきたくて。」

 

「何をだい。」

 

「みやこが、どんなものだかを。」

 

「ふうん。旅の人かい。それじゃあ雨で残念だったねえ。」

 

ふる、と小さく首を振り、少女はふっと微笑んだ。

 

「あめも、いいものでした。」

 

では、と去ろうとする少女を千鶴は慌てて止めた。

 

「待って。僕の家はすぐそこだから、これを使うといい。」

 

そう言って傘を手渡そうとする、が、少女は再び首を横に振り、言った。

 

「ひつよう、ないから。」

 

「けれど、そんな格好でどこへ行くって言うんだい。」

 

「どこにも。わたし、もう死にます。」

二、生まれて初めて

 

 もう死ぬのだという少女を放っておけず千鶴は半ば強引に自宅の屋敷へ連れ帰った。少女は名前をハナと名乗った。聞けば村から逃げてきて行き場も無く、どうせ死ぬのなら最後に都を見てからと思い一人で旅をしてきたらしい。

 

「ねえハナ、どうせ死ぬのならさ、そんなびしょびしょじゃなくて、綺麗な着物を着たくはないかい。君が良ければ着替えを貸すよ。」

 

「結構です。何のお礼もできませんし、着物もお返しできないもの。」ハナはぼんやりと言った。

 

「いいから一休みして着替えようよ。僕は君に新しい着物を着て欲しいな。僕のためだと思ってさ。駄目かい?」

 

「あなたのため?」

 

「そうさ」

 

「…それがあなたのためになるのなら。」

 

ためらいがちな様子のハナに、千鶴はにっこり笑って言った。

 

「じゃ、決まりだね。僕に任せて。とびきり似合うのを着ようねえ。」

 

千鶴が使用人を呼び半刻もすると湯浴みも着替えも済まされて、濡れ鼠だったハナは見違えたようになった。

 

「あたたかい」ハナがぼそりと呟いた。

 

「さっぱりして気持ちが良いだろう。その着物、とても良く似合っているよ。」僕の見立ては間違っていなかったねえなどと頷きながら千鶴は上機嫌で言った。

 

「わたし、こんなに綺麗な着物を着たのは生まれて初めてです。ありがとうございました。満足です。もう死にます。」ハナが相変わらずの淡々とした調子で言った。

 

千鶴はこの頃にはすっかりこの見ず知らずの死にたがりなお嬢さんに興味を持っていたので、何とか彼女を引き留めようと考えた。

 

「ねえハナ、どうせ死ぬのならさ、美味しいものをお腹いっぱい食べてからにしないかい。一緒に食事をしようよ。食事はね、誰かと一緒に食べると一層美味しく感じるのだそうだよ。僕は君と食べたいな。」

 

「あなたのため?」

 

「そうとも」

 

「…それがあなたのためになるのなら。」

 

 千鶴はさっそく食事を用意させた。料理が出来るのを待つ間も、食事の間も、千鶴はハナに色々なことを話した。自分のことや家のこと、面白かった話、楽しかった話。千鶴はなぜ自分がこの少女にこんなにも夢中になっているのかこの時にはまだわからなかった。ハナはたいてい話を聞いているだけだったが尋ねれば答えてくれたし、少しは打ち解けてくれた様子に千鶴は喜んだ。しかし、食事が終わるとやっぱりハナは淡々とした調子で言うのであった。

 

「わたし、こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてです。ありがとうございました。満足です。もう死にます。」

 

千鶴は慌てて言った。

 

「もう夜も遅いしさ、死ぬのは明日でもいいんじゃないかな。今日はゆっくり休みなよ。うちに泊まっていって。色々付き合ってくれたお礼だよ。」

 

「そんな、お礼をしなければならないのはわたしのほうなのに、そういうわけには」

 

「うち部屋がたくさん余っていてね、たまには使わないと手入れができないだろう。うちのためだと思って。」

 

「あなたのため?」

 

「そうだよ」

 

「…それがあなたのためになるのなら。」

 

「ありがとう。ハナは優しいね。」千鶴はにっこり笑って言った。

三、僕のお願い、僕の気持ち

 

 翌朝、千鶴と顔を合わすとハナはやっぱりこう言った。

 

「わたし、こんなに気持よく眠ったのは生まれて初めてです。ありがとうございました。満足です。もう死にます。」

 

やっぱりそう言うのか、と千鶴は昨晩考えていたことを言った。

 

「ねえハナ、どうせ死ぬのならさ、最後に一つ、僕のお願いを聞いてくれないかい。」

 

ハナはふわりと頷くと言った。

 

「あなたに、お礼ができるのならば、なんなりと。」

 

「それじゃ、君の三日間を僕に頂戴。一緒に出掛けてほしいんだ。」

 

 

 二日の間、二人は色々な場所に出掛けた。買い物、見世物小屋、公園。千鶴はとても楽しかったし、ハナが時々ふっと蕾がほころぶように笑うと心が跳ねた。ハナも楽しんでくれているように感じた。

 

しかし、三日目の昼過ぎ、ハナは暗い表情をして、ゆっくりと口を開いた。

 

「もう、帰りましょう。もう、駄目です。これ以上は。」

 

千鶴は焦って言った。

 

「どうしたの?楽しくなかった?それとも」

 

ハナが慌てて遮った。

 

「楽しかったんです。この二日間。とても。とても楽しくて、満足で、昨日もおとといも、もう死んでもいいと思っていたのに。なのに……」ハナは消え入るような声になっていた。

 

「あなたが、ずっと、とても優しくて。もっと一緒にいたいって。死にたくないって思ってしまったから。わたしには、どこにも行くところはないのに。だから。……失礼なことを言ってごめんなさい。」

 

その言葉に千鶴は目を見開いた。

 

「失礼なんかじゃない!すごく嬉しい!僕は、僕は……」

 

そうか、僕は

 

「僕は君が好きなんだ。きっと、君を一目見たときからずっと。君に死んで欲しくない。ずっと一緒にいたい。君と。ずっと一緒にいたいよ……」

 

「わたし、わたしは……。わたしは生きていてもいいの?でも、行くところもないし、何も持っていなくて、わたし……」

 

「何もいらないよ。君だけでいい。大丈夫、僕に任せて。」

 

千鶴はハナの両手をぎゅっと握って

 

「僕とずっと一緒にいてくれるね?」

 

笑いかける。

 

ハナはぽろぽろと泣きながらただそっと頷いた。

四、諍い

 

 翌朝、千鶴とハナは千鶴の父親の前に立っていた。

 

「と、言うわけで、僕達婚約します。」

 

千鶴は心底幸せそうににこにこ笑ってそう言った。

 

突然のことに父親は驚き、当然反対した。

 

「何が、と言うわけ、だ!そんなこと了承できるわけがないだろう!だいたいそんなどこの馬の骨とも知れない女を勝手に家に上げるな!」

 

「!いきなり怒鳴ることないだろう。なんだい父さんの分からず屋。ハゲ。デブ。」

 

「千鶴!お前はー!だいたいお前はいつもいつも……」

 

諍いを始めた二人に青ざめてハナはそっと家を出た。

 

やっぱりわたしはここに居てはいけないんだ。生きていてはいけないんだ。

 

それからハナは行方知れずになった。

五、一緒に帰ろう

 

 ハナが行方をくらましてから千鶴はみるみる憔悴してしまった。

 

その様子には父親も焦り一家総出でハナを見つけ出そうとあらゆる手段を使った。

 

ひと月後、やっとのことで見つけたハナは、三つ隣の町の茶屋で働いていた。

 

「ハナ!!」

 

千鶴は夢中で駆け寄った。

 

「ハナ、やっと見つけた!」

 

逃げ出そうとするハナの手首を捕まえて千鶴は言った。

 

「わたしがいると迷惑だから。どこの馬の骨とも知れない女っていうの、その通りだし、だからわたしのことは放っておいてください。」

 

「父さんの言うことなんか気にしなくていいのに!頭に血が上るといつもああ

 

なんだよ?それを、あんな仕様もない喧嘩を鵜呑みにして出て行くなんて!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ずっと一緒にいるって約束しただろう。一緒に帰ろう。」

 

「……何度も死のうとしたの。あれから。だけど、できなかった。死ねなかった。あなたのせい。」

 

「ハナ!」

 

千鶴はハナをぎゅっと抱きしめた。

 

そうして二人は屋敷へ帰った。

 

こうして死にたがり少女は生きたくなって、恋する少年には素敵な恋人ができ、二人はいつまでも幸せに暮らしたのだそうだ。

 


 
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