No.950399

エメラルドグリーンの水で泳ぐ金魚

zuiziさん

オリジナル小説です

2018-04-28 23:00:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:640   閲覧ユーザー数:638

 汚れた鳥が空を飛んでいてぴーちくぴーちく言っていて、僕は機嫌がそんなによくないのでうるさいなあと思いながら目をつむっていて、でも今日は昼頃から友達と遊ぶ約束をしていたからどうにかして起きなくてはいけないので、普段は飲まないような合成のコーヒーを淹れて合成のバターを入れて飲んでこれでよしと思って寝床から起きると、壁にかけてあるコートを取って着て外へ出た。

 外は今日も空気が汚れていて、たまに風の強くて空気がそれほど汚くない日に見える向こうの方にある電波塔は見えなくなっていて、これはまた今日も喉が悪くなりそうだなあと思ったけれども僕は酸素マスクを持っていないから仕方がなく普通の布のマスクをしてそのまま歩いていく。

 だいたいみんな肺が腐れてしまって死んでしまうようになってきたのはここ十数年のことで、僕の親戚もみんな肺が真っ黒なねずみのようになってしまって穴が空いて死んでしまったのだけれども、僕もいずれはそうなってしまうのだと思うとやるせない気持ちがする。

 どうにかならないかなと思ったけれども、たぶんどうにもならないので、近ごろはあんまりそのことを考えないようにしていた。考えすぎるのはよくないし、無になるのがいちばんいいのだと言うようなことを言っていた親戚のおじさんは合成のお酒をグビッグビ飲んで、肺に穴が空いて死んでしまったのだったけれども、かえってその説には説得力が増すというものだと僕は思っていた。

 四辻のところに友達が待っていた。友達は僕よりも多少お金があるからマスクを買うことができて背中に背負った酸素ボンベからシューシューと言う酸素の音がしていた。友達は「こんにちは」と言い、僕が相変わらず布のマスクだけして外へ出ているのを見てしらじらと僕のことをどうしてそんなふうに平気なんだろう、と思っているらしいそぶりをする。

 僕のほうは僕の方でゆっくりと咳をしながら、もはやどうにもならないんだということを繰り返し言うけれども、それは友達には伝わらないのでいつもちょっとした間がその時は生まれて僕はひどく居たたまれない気持ちになった。

「今日は向こうの崖の方まで行ってみよう」と友達が言うので僕らは崖の方まで行くことにした。

 崖というのは地震のあとで山が崩れてできた崖で雨が溜まったりして池ができたりしていた。まだ地滑りが起きやすくなっていてとても危険だからいつもは封鎖されている崖なのだけれども、僕らはいつもそこを遊び場にしていて、というのもその崩れた山というのももともと産廃の処理業者が違法に投棄したゴミで出来た山だから、中にはいろいろな注射針や燃えないゴミに混じって金目のものも落ちていたりするので、僕らはそれを掘り返してたまに故買屋に売ったりしてもうけを出すのが楽しいのだった。

 というか、それぐらいしかやることがないので、僕らはもうそれをだめだと言われたらほかには本当にすることがなくなってしまうのだ。

「金魚鉢の金魚を見ていることぐらいだよ」、と友達は言った。「おまえ、何かすることある?」と聞かれて、「配給食の出てくるチューブを見つめたままじっと座っていることのほかにはすることがない。ナッシングだ」、と答えると、友達は「そうだよなあ」と言い、

「ほかのやつらは、みんな世界をクリーンにする研究所に就職をして、世界中の大気を体に害のないような大気に改良する研究をしているんだけれども、おれはどうもそういう風潮にはいっさいノれないんだよね」と言う。

 僕もまったくそうで、友達にはまったくそうだそうだと言って同意をして、「このままもっとずっと悪くなったらいいと思うよ」と答えて、「あらゆるものが」と言い二人でちょっと笑って、でもそのちょっと笑う中には、僕と比べてマスクを買うことができるぐらい裕福であるとはいえ、やっぱり高性能マスクを買うことはできないぐらいの貧乏な友達と僕の境遇を悲しそうに笑うことぐらいしかできない僕らのいたたまれなさが根底にはあるので、本当は笑っている場合などではないのだった。

 “怒りを通り越すと呆れて笑えてくる”みたいなもんだ。

 崖の方まできて、その日は産廃の処理業者のトラックが二台も三台も走っていて、今日は忙しいなと思ったけれども、行政も指導をしていないから仕方がなくて、みんなどんどんゴミを運んでくるのだった。

 僕らはトラックの合間を抜けて、立ち入り禁止のトラロープの下をくぐって崖の下の水が溜まっているあたりまで行って、そこに溜まっている水は崖からにじみ出た化学物質の色なんだと思うけれどもエメラルドグリーンの色をしていたから、なにはなくともなにもすることがないときにはその水を見ているだけでも僕はいやされる気持ちになるのだった。

「この水を持って帰って金魚鉢に入れたら、金魚、死ぬかな」。僕はぽつりとつぶやくと、友人は「死ぬだろう」とにべもなく答えて、「ただ死ぬちょっと前にエメラルドグリーン色の水で泳げたことは喜ぶと思うよ」とそっけなく答えて、僕はそうだよねそうだよねと答えて、池の水のたまったそばに誰かが捨てたのを再利用したのであろう置いてあるベンチに腰を掛けてしばらく水を見ていた。

 それからちょっと僕は吐血して、いつもよりもだいぶ長い吐血だったので僕は少し驚いてお腹が痛くなって、友達が僕の背中をさすってくれたけれども僕は僕で、池の中に血が混じってしまって色が汚くなることを心配していた。

「でもどうしようもない、いずれはみんな混じってしまうのだもの」と友人が慰めるつもりなんだかどうだか分からないような感じでぼそりと言うのだけれども、彼ほどの男がそういうのだったら、きっとそうなんだろうなと思った。

 その日はちょっとだけゴミの混じった土を掘り返して、18金のネックレスとイヤリングのかけらみたいなものを手に入れた。それからそれを故買屋へ売って、1000円ばかしのお金になったので、友達と二人で“当たり”付きの自動販売機へ行ってメッツを買った。

 当たりは出なかった。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択