No.949450

うつろぶね 第二幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説になります。

前話:http://www.tinami.com/view/949217

2018-04-20 23:41:35 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:618   閲覧ユーザー数:607

「何か釈然とせんのう……」

「如何されたな、仙狸殿?」

「いや……」

 何か言いかけた口を閉ざして、仙狸は微苦笑を浮かべた。

「人の好意を素直に受け止められぬというのは、いかん事じゃと思うてな」

「なんと、それは確かに宜しくない、人の心の刃とは別に、実際示された好意は、快く受けるが人の道ってなもんだい」

「ふふ、受けた故に、今こうしてお主と風呂に浸かっておるじゃろ」

「然り然り、ならば今はただ、些事に思い煩う事無く、この極楽気分に浸りましょうぞ」

「全くじゃ、人の心は見えぬが故に良き物よ」

 カクの芝居掛かりの言葉を聞きながら、仙狸は気分良さげに笑って、白く濁った湯を掬って肩に流した。

 滑らかな湯が凝脂を洗い、柔らかいが、張りのある肌の上を、白い繊手が滑る。

 とはいえ……だ。

 どうにも最近、皆が仙狸の事をおばあちゃん扱いしているような気がしてならない。

(わっちもまだまだ若いと思うんじゃがのう……)

 主の祐筆のような真似をしていた時、書き物の仕事が立て込んで肩が凝った所を、飯綱に揉んで貰っていた姿を古椿に見られ。

(孫娘に肩を揉まれる老婆の如き姿が、実に様になっているでありますな、ぽんぽこ殿も歳であります)

 などと言われてからこっち、どうも、周りの扱いからしてそんな気がしてならない。

「ところで仙狸殿」

「何じゃな?」

「此度の事は、どうやって調べる心算なんだい?」

 普段芝居掛かりなのに、時々こうやって、外見相応の言葉遣いに戻るのが、実に可愛いのう。

 そういえば、かぶきり殿も似たような事を言うておったな。

 カクちゃんほんと可愛いのよ、だから私みたいに人を誑かす術じゃなくて、人を楽しませる術で頑張ってほしいんだけどねぇ。

 弟子入り諦めてくれないのよね……。

 珍しく困ったような顔でそう呟いた、茶飲み友達の顔を思い浮かべながら、仙狸は心地よさげに目を閉ざした。

「調べか……」

「夜を待って船を出すかい?それとも海の妖怪に渡りを付けて、調べを手伝って貰うとか」

 どこかわくわくした様子で言い募るカクを見て、仙狸はくすりと笑った。

 情報を探るのも発掘もある意味同じ、当たりを付けて、時間を掛けて掘り返して、現地では勘と経験頼りに微調整。

 かつて、そんな風に孫麗が楽しそうに語っていたが、調査活動も、カクにしてみれば、宝探しと余り変わらないんだろう。

「頑張るのう、おぬし」

 とにかく行動で何かを打開しようと言うのは、一つの見識で、それはそれで良いのだが。

 元気な事じゃな……等と思いながら、仙狸は肩まで湯に浸かった。

「まぁ、主殿には遊山のついでに調べて来いと言われた事じゃしな」

 こうして暗い中で湯に浸かって居ると、疲れや悪しき物が、全て湯の中に溶けだしていくような、何とも言えぬ良い心持。

 果報は寝て待ての言葉もあるし。

「何もせぬで良いのではないか?」

「んなっ!?」

「渡された金子も、使いきれぬほどたんまりとある、湯に浸かり、美酒を傾け海で獲れた旨き物を食い、近在の寺社など巡り、釣りをしたり、旅籠の客とへぼ将棋でも打ちながら、半月の間、ひねもすゆるりとさせて貰おうさ……」

 普段はあまり見せないが、猫その物に戻ったような怠惰な顔で、仙狸が湯の中でふにゃりと欠伸をする。

 こいつはどうやら本気だと見て、カクは呆れながら、仙狸の顔をまじまじと見た。

「それは流石にさぁ、何というか……駄目じゃないかい?」

「そうじゃなぁ、では、わっちはこの湯治場でゴロゴロしておる故、お主に一つ頼むとするか」

「合点承知だ、このカクに何でもお任せあれ」

「頼もしいのう、いや何、お主なら造作も無い事じゃよ」

「坊ちゃん嬢ちゃん……なんて品の良いのは居そうも無いね、そこの洟垂れで良いや、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、仲間を呼びに行ってらっしゃい、楽しい楽しい、カクの変面劇が始まるよー」

 祠とも社ともつかない程度の可愛い稲荷の社の前で、カクが声を張り上げる。

「なーなーねえちゃん」

 くいくいと汚い手で袖を引かれて、カクが顔を下に向ける。

「お姉さん、位の言葉は覚えても罰は当たらないってもんだよ……で、何だい?」

 青洟を垂らした顔がこっちを見上げて、にへらと笑った。

「へんめんてなんだー?」

「そこから聞くかー、そりゃそうだよな、ええと変面ってのは顔を変える術だぞ」

 こんな風になー、と言いながら、カクは顔をひょっとこに変えた。

 おおっ、と子供の表情が素直な驚きの形を作り、次いであんぐりと口を開く。

「すげー、お面かーこれー?」

「お面じゃないぞー、これならどうだー」

 子供が見ている前で、カクの顔が真っ赤な鼻高の天狗のそれに代わる。

「ぎゃー!天狗様ー!」

 お助けと、その場にぺたんと座り込んでしまった子供を見て、カクは顔を、元の愛らしい少女のそれに戻した。

「悪い悪い、こんな風に自在に顔を変えるのが、このカク自慢の変面術さ、これを使ってちょっとした劇をやろうってんだけど、どうだい、他の子呼んで来てくれないかい?」

 タダとは言わない、ほれ御駄賃と、カクは懐から飴を取り出して、子供の手に落とした。

 手に落ちるや否や、電光の如き素早さで、それが口の中に放り込まれる。

 兄弟間のおやつの争奪戦の激しさを偲ばせる、練達の動作であった。

 しばし、もっちゃりもっちゃりと動いていた口が、歓喜の声を上げた。

「あめー、うめー!」

「旨いだろー、狗賓さんが麹から造ってくれたこの逸品、魅惑のとろとろ甘々だい、この辺の子供を沢山呼んできてくれたら、もう一個やるよ」

「おー、まかせろー!」

 解けた帯を引き摺りながら、バタバタと走り出す子供の背中を見ながら、カクは社の前に置いてあった欠けた椀の中に、こちらは瓢箪から酒を注いだ。

「今より、少々境内を拝借して芸の披露を致します、ご無礼の無いようにしますが、失礼の段は平にお許し」

 期待薄ではありますが、稼ぎの在りました時は、改めて分け前を出します故、場所代はこれでお許しを。

 ぱんぱんと柏手を打ち、カクは顔を上げて、うららかに晴れた空を見上げた。

「しかし、仙狸殿も何を考えておいでか」

 貴殿は知るや?

 カクは傍らに置かれた、可愛いお狐の像を一撫でしながら、低くぼやいた

「この辺の子供達と仲良くなっておいてくれって言われてもさ、一体何の意味があるってんだい」


 
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