No.933353

さくら 5

野良さん

式姫草子の二次創作小説になります。
申し訳程度の式姫要素……

2017-12-15 20:42:06 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:520   閲覧ユーザー数:508

「私を開放すると?」

「そうだよ、さくら」

「何故だ?」

 なぜ……か。

「お前は、ずっと私を封じて居たではないか」

「そうだね」

 封じたかったわけじゃ無いけど……私には、他に方法が無かった。

 

「厳しい修練の果てに手にした、その力の大半を使い」

 

 そう、私は、自身が無力だった故に、式姫達が戦い、傷つくのを、後ろで見ているのだけの男だった。

 それは、確かに辛かったよ。

 けどね、さくら。

 人が力を欲するのは、何かを成し遂げるためで。

 私は多分、人として一番幸せな力の使い方が出来た陰陽師だったと……心からそう思っている。

 

「ずっと、都の安寧の為に、私を封じて居たのではないのか?」

 

 貴方は、ずっと都の平和を祈って戦い続けた。

 自らの力が殆ど使えなくなった後も、式姫達と共に戦い。

 この都を、強大な妖たちから守り抜いた。

 ……私は、その妖の側の一人。

 そこまでして守って来た都を、何故、今、危機に晒す。

 

「それは違うよ、さくら」

 

 ……今、何と。

 違う?

 何が違うと。

 

「私は、都の為に戦って来た訳じゃ無い」

「嘘だ!」

 

 私は知っている。

 貴方は、最前線に立てない事を、他の陰陽師や武士たちに蔑まれながら。

 それでも、式姫達と共に。

 彼女たちが万全に戦えるように、あちこちに頭を下げ、家財を投じて人を懐柔し。

 時に妖怪すら凌ぐ力を持つ、そんな彼女たちの身に危害が及ばぬよう、したくも無い政治的な折衝を繰り返しながら、妖怪討伐を続けたのではないか。

 ここを守りたいんだ。

 そう言いながら、辛い毎日に耐えていた姿を、私は知っている。

 

「いいや、都を守ったのはついでの話さ」

 わが身を賭して、都を守る……か。

 そんな聖人君子に、私が見えていたのかい?

 私に、そんな御大層な望みは無かった。

 あれは、結果としてそうなっただけの話。

 

「ついで……では、貴方は何を」

 あんなに傷つきながら、何を守りたかったの。

 

「守りたかったのは、自分の屋敷だけ」

 そう、私は度し難い、自分勝手な我儘者なのさ、さくら。

 

「君が居た、あの場所だけだ」

 花びらが散り、空を漂う。

 一片。

 二片。

 時が止まったような空間の中で、ただ、その動きだけが、時を刻んでいた。

 彼女が、じっとこちらを見る。

 感情の無い、あの目で。

 ただ、何かを滅ぼそうという。

 その意思だけが、そこには宿っていた。

 ぴぃ。

 狐火が小さく悲鳴を上げて、私の懐の中に飛び込んで、小さな体を震わせる。

 それが合図だったかのように。

「おう!」

 ひゅうという彼女の鋭い呼気と、武者の気合が交錯した。

 鬼すら凌ぐ、あり得ない身体能力から繰り出される、予測の付かない体術。

 そこから変幻に繰り出される左右二刀。

 それを、武者は、甲冑の防備と最小限の見切りで辛うじて凌ぐ。

 いや、凌げているのは、彼の武術のお蔭のみでは無い。

 明らかに、彼女の動きは、鈍くなっていた。

 ここに至るまでに、幾度も繰り返された交戦によって受けた傷により、彼女は著しく消耗していた。

 とはいえ、その動き、力、鋭さ、その全てで、未だに彼女は彼を凌いでいる。

 故に……機は一度だけ。

 

(いつ、誘いの手を入れられるか、俺にも判らぬ、ヌシに合図も出来ぬ)

 だが、私はそれを見出し。

(その時だけ、あやつの刃を、ヌシの術で防いで貰えぬか)

 やらねばならない。

 失敗したら……。

「火は灰となりて土を生じ、土、その体内より金を産す」

 これに失敗したら、私と彼は死に、彼女はまた殺戮を繰り返すのだろう。

「金は面に結露し水を生じ、水、その恵みにて木を生ず」

 誰も……彼女自身にすら、何も生まないその営みを。

「木は火を生じ、火は土を生ず、ここに五行の相生の理は巡る」

 天地万物は繋がっているのだ、滅びたと見えても、次の命を繋いでいく。

 ならば、私は陰陽師として。

 彼女の回す過剰な破壊に満ちた、悲しい連鎖の輪を、止めねばならない。

 

 札を構える。

 

 じっと、二人の戦いを見据える。

 すね当てが砕けた。

 しころがちぎれ飛ぶ。

 明らかに、彼が押され始め、彼女の刃が彼の身を捉えだす。

 だが、まだ。

(ただ、あれだけの達者を誘う一手は、こちらの命を的にせざるを得ぬ……頼むぞ呪い師)

 彼は、自身の命を防いでいる。

 だから、まだ、その時では無い。

 じっと見据える、その視界の中の光景が、ボウと霞む。

 それなのに、不思議な程、私には二人の動きがつぶさに捉えられていた。

 彼の発する陽の気と、そして、彼女の虚無が。

 その二人の間で、激しくせめぎあう、金の気の動きだけに、意識を絞る。

 

 時は、唐突に来た。

 彼の手にした刃が強く弾かれ、彼の手から飛んだ。

 次いで薙ぎこまれる刃。

 防ごうと掲げられる彼の手。

 

 これか?

 だが、彼は己の命を守ろうとしている。

 故に、まだ。

 

 むぅぅっ!

 掲げた左腕に刃が食い込み、それを両断した。

 だが、籠手が、鍛え上げた筋骨が盾となり、その刃の力を奪う。

 だが、それで盾は無くなった。

 彼の空いた胸に、もう一方の刃が薙ぎこまれる。

 だが、彼の手は、その刃を防ごうとはしなかった。

 その気を感じた。

 これだ。

「我が命により、金の気を封ず、刀、汝、切る事能わず!」

 一言毎に、全身から力が抜ける。

 世界の理を、ほんの一瞬だけ歪める。

 本来やってはいけない。

 その存在の在り様を、否定する呪。

 

「禁!」

 

 刃が彼の胴に食い込む。

 だが、それは棍棒で叩いたかのように、鈍い音と共に彼の甲冑に止められた。

 刃であることを禁じられたそれは、ただの薄い鉄棒となる。

 

 本来、この世の理に非ざる事態に直面した時、彼女は、疑問や驚愕という物を抱くのだろうか。

 

 その、私の時ならぬ疑問に答えが出る前に。

「おおおおおっ!」

 満身の気力を振り絞る気合声と共に、彼が手にした直刀が、鋭く彼女の腹を抉っていた。

 下から上に。

 その切っ先が、柄まで腹に埋まるほど深く。

 彼女が血を吐いた。

 その光景を見届けた私の目に、溢れるように額から流れ出た膏汗が入り、嫌な痛みをもたらす。

 背筋から何か抜けたかのように力が失われ、眩暈を感じる。

 歪む光景の中で、彼女がゆっくりくずおれる。

 この光景を望んでいた筈なのに。

「……ああ」

 私の口からは、ため息しか出なかった。

 目を濡らしているのが、汗なのか涙なのか。

 その涙は、悲しいからなのか、それとも汗を洗い流すための、ただの体の要求だったのか。

 それすら判然とせずに溢れた涙が、この世界の全てを滲ませた。

 それで気力が尽きたように、私はすとんと、冷たい土にへたり込んだ。

 武者もまた、よろりと後ずさり、彼女の腹に刃を残したまま、その場に腰を落とす。

 彼も死ぬことは無かろうが、暫くは動けまい。

 空しい戦いだった。

 だが、それだけに、生き残った物は、ちゃんと生きるべきだろう。

「止血位はしませんと……」

 よっこらせ……と、じじむさい声を上げながら、私はなんとか重い腰を上げようとした。

 その視界の中で。

「……そんな」

 歪んだ私の目が見せた、それは悪夢か。

 彼女がぐにゃりと動いた。

「何?」

 それが、何の前触れも見せずに跳ねた。

 とぐろを巻いていた蛇が、獲物に襲い掛かるような、そんな動き。

 彼女が、空中で刃を腹から引き抜く。

「呪い師!」

 私の方に。

 弱い命の方に。

 今の彼女でも奪えそうな命に向け、一直線に。

 咄嗟に刀に手を掛ける。

 亡とした意識のまま、手に掛けた束から、何か聞こえた気がした。

 キリタイ……。

 その声が導くように、私の手がするりと動き、まるで練達の武士でもあるかのように刃が手の中に納まった。

 だが、遅かった。

 いや、彼女が速すぎた。

 私が構えるより先に、彼女はその直刀を私の胸に擬していた。

 腹の傷から、夥しい血を振りまきながら、それに頓着せず。

 死に瀕してなお、その体は己の命を保つより、人の命を奪う事を求めたのだ。

 何という……哀しい命か。

 人を憐れむなど、私にそんな資格は無いが。

 私が、彼女が奪う、最後の命となるなら。

「それも良いか」

 

 ぴーーーっ。

 その時、泣いているような細い声が、私の懐から飛び出した。

 青白い光が、真っ直ぐに彼女に向かう。

「飯綱、よせ!」

 私は咄嗟に手を伸ばした。

 たかが狐火の式……。

 その時、私はなぜかそう思わなかった。

 飯綱の体が、刃を握った彼女の腕に飛びつく。

 小さな式の体当たりにすら揺らぐほどに、彼女は弱っていたのか。

 その切っ先が揺らぎ、心臓を狙った刃が私の肩口を浅くかすめた。

 そして……私の手は。

 刀を握ったまま、飯綱に伸ばそうとした、その手が握った刃は。

「あ……あ」

 彼女の心臓を、刺し通していた。


 
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