No.928839

白い砂浜と病院の中の同窓会

zuiziさん

オリジナル小説です

2017-11-05 22:26:50 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:557   閲覧ユーザー数:554

 白い砂浜を歩いているうちに体の具合が悪くなってしまい、病院に入院する羽目になると、意外なことに友人も入院していて、それも隣のベッドだったので、友人は「よっ」、と言って私に挨拶をした。

「君の姿をぜんぜん見ないと思っていたら、ここに入院していたんだね」と言うと、友人は「うんそうだ」と言い、それ以上は言わなかった。もしかすると、人には言えない類いの病気なのかもしれないと思い、私はそれ以上は聞かなかった。

「あの砂浜で歩いていたんだろう」と友人は窓から見える砂浜を指さし、暮れていく砂浜は海の緑色を反映して暗緑色になってだんだん暗くなっていくようだった。私はうなずくと友人は「気を付けたほうがいい」と言い、「あの砂浜はあんまり白いので、目から人の体内に悪い光を散らすんだ」と言い、「三半規管をやられてしまって、何人も入院しているんだよ、あの白い砂浜の色には三半規管の中の小さな砂をとろかすような作用があるんだと思う」と言った。

 私はそんなことはあるかなと思ったけれども、なるほど体調を崩してしまったのは事実なので素直にうなずくことにした。

「それだったら砂浜は立ち入り禁止にしたほうがよいのではないの」と尋ねると、「そこのところが誰も分かっていないから、みんな砂浜で砂に目をやられてしまうのさ」と言う。おれはここを出たらそのことを論文に書くつもりだよと友人は言った。

 二日ほど点滴だけの食事が続いて私はすっかり痩せてしまい、鏡を見ると頬骨がくっきりと浮かび上がって骸骨のようだった。病院の中は砂浜の反射光を和らげようとしているためか常に薄暗く、掃除が行き届いていないのか部屋の隅や廊下の隅には埃の厚い層があった。先生は定期的に回診に来るけれどもそれ以外の看護師や患者はほとんど姿を見せないので、私はこの病院には誰も入院していないのじゃないかという疑念を募らせていった。

 友人は私の疑問に深くうなずき、「実はおれもそう思っている」と言った。

「おれの体調はここに来てから悪くなるばかりで、窓の外の鳥を見ていると元気になるのに、その鳥を追っ払うような毒ガスを病院は撒いているみたいなんだ、おれたちはここを脱出した方がいいかもしれない」

 それで私たちは月のない夜に病院を脱出することにした。棕櫚の木がざわざわと風になびき人気はなく、病院はしんとして静かで、ただどこからか水の流れる音がしていて不思議だった。

 私たちは廊下に出て、誰もいないことを確かめてから正面玄関へ進むと、一階のホールからなにやら楽しそうな雰囲気の談笑が聞こえてきて、何だろうとそっと顔を出すとたくさんの人が集まっていてなにやらパーティーをやっているらしかった。友人に、「パーティーをやっている人がいるよ」と言うと、友人は「行かない方がいいんじゃないか」と言うけれども、しかし時すでに遅く、私はホールに向かって歩き始めていた。

 近づくにつれてそれはどうも私の小学校の時の級友たちであるような気がしてきて、テーブルの傍まで行ってしまうと間違いなくそうで、これはまぎれもなく私の級友たちが同窓会をこの病院で開いているものだということが知れた。級友の一人に尋ねて私達は大仰に再開の抱擁を交わし、話を聞くところによると、「この病院はあんまりベッドの稼働率がよくないから、よくこうして同窓会の会場などに貸し出してお金を稼いでいるんだよ」と聞いた。私は入院患者や看護師やその他の人影を全然見ない理由がそれですべて納得せられたような気持になった。

 あとはもう懐かしさに誘われるまま私も参加してお酒やワインなどを飲み交わしながら楽しそうに昔あったことなどを話し、台風の時に小学校の周りがみんな沈んでしまって、私たちがいる三階の教室から眺めた台風が過ぎた後の外の町の様子の美しかったこと、巨大な水たまりを揺らす波紋一つない水鏡に十五夜の月が映えてとても明るかったことなどを思い出しだし語っていると、私の友人が壁の傍に佇んでいてこちらを見ながら悲しそうな顔をしており、私はそうだここから逃げ出すんだと思い直し、友人の方に向かって手を振って「おおい今行くよ」と小さく声を掛けると、友人は何かを断ち切るように首を横に振って一人で病院を出て行ってしまったらしかった。

 私はあとを追いかけようとしたけれども、私の級友たちが強いて私を止めるので、私はついに病院から逃げ出すことが出来なかった。

 同窓会は夜遅くまで続き、私たちはみんな楽しく乾きもののチーズを一枚ずつパクパク魚が息をするように食べていった。

 日付が変わった頃に会はお開きになって、級友たちは一人、また一人とホールからいなくなっていき、どこへ行くんだろうと思っているとどうやら自分の病室へ帰っていくらしかった。みんなはカラカラと点滴の台を引きながら歩いて行って、そういえばみんなパジャマみたいな服を着ていてまるで入院患者みたいだなあと思ったものだけれども、それで理由に合点がいった。みんなこの病院に入院している患者らしかった。私はそれでこの病院はあんなに静かだったのだなと思った。

 級友たちの最後の一人がホールから帰ろうとするときに、私は「また会えるかな」、と尋ねると、最後の一人は寂しそうに首を横に振って入院棟に戻って行った。人気のなくなったホールには食べ散らかされた食器やグラスが白いクロスを張ったテーブルの上に乗っているのが見えたけれども、ふいに明かりが消えてそれも闇の中に落ちて、窓の外の真っ白な砂浜の明かりと非常灯の緑色の明かりがぼんやりとリノリウムの床に反映しているばかりになった。私は急に空寂しくなってきた。

 夜も更けて、もう帰りの電車もバスも走っていないだろうから、私は今日は病院から逃げ出すのを止めにしようと思い、それで部屋に戻って、相部屋の誰もいないベッドを見ながら、そういえば友人は無事に病院から逃げ出せたかなと思い、点滴の針を刺して栄養を体に入れながら、街灯の照っているところだけ真っ白になっている砂浜を見ないようにしながら、目をつむって寝た。

 波音が遠くから聞こえてきていた。


 
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