No.924418

僕の廃ビルと幽霊とコーヒー

zuiziさん

オリジナル小説です

2017-09-30 22:08:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:434   閲覧ユーザー数:434

 廃墟のビルにも幽霊が増えてきて、僕は夜な夜な眠るときに頭上にある八階分の空間に広がっている暗闇のことを考えると、気が遠くなりそうな気分になる。

 こんなところに暮らしているのは精神衛生上もよろしくはないことだろうけれども、他に居場所がないのだから仕方はない。僕が両親から相続した唯一の資産がこの廃墟のビルで、一階に布団と冷蔵庫を用意して、水とガスは出るから何とかやっていけて、給湯室のシンクで体を洗って毎日お湯を沸かしてインスタントラーメンを食べていた。

 ビルは売ることも考えたけれども、そうすると住む家がなくなるし、働いていないので新しく部屋を借りることはできないだろうし、だいいちこんなビル、売れる気がしないので、僕はもうほとんど諦めてしまっていた。

 幽霊については、たまに友人が来て幽霊を置いて行って、どうしてそんなことをするのかというと友人はゴーストハンターをしていて、依頼主に憑りついた幽霊を引っぺがしてくるのはよいのだけれども、それはどこかへ持って行ってしまわなくては幽霊はまた元の通りに戻ってしまうのだといい、

「幽霊には居場所が必要なんだ」と言い、しかも幽霊にとってある程度居心地のよい場所でなくてはならず、

「その辺の路上とかそれこそゴミ捨て場に捨てっていってしまうのはいけないんだ」と言った。

 友人曰く、正直、同僚のゴーストハンターの間にも有名な、悪徳な幽霊処理業者がいて、そういう業者は劣悪な環境に幽霊を閉じ込めるだけ閉じ込めてあとは見て見ぬふりをしているんだというような話をしており、幽霊は一応経年劣化でだんだん消えていくことは消えていくけれども、その許容量を超えた幽霊を一か所に集めてしまっては、いったいどういうことになるのか、想像するだに恐ろしいという。僕はそのうちにその悪徳な幽霊処理施設を見てみたいものだと思っている。

 で、その居場所とやらのために僕のビルが手狭になってしまうのは困るけれども、幽霊はなにぶん体積を取らないから、いくらでも住まわせてやることができるっちゃあできるのだ。僕のビルの僕の住んでいないところ頭上の八階分の暗闇の中に、友人は次々と幽霊を押し込んでいって、幽霊の好む饅頭だとかパックの寿司だとかをたまに買ってきて、それを真っ暗なフロアに机を並べて放置して供養だよとか言って帰るようなことをしているのだった。饅頭や寿司は夜の間にきれいさっぱりなくなって外装だけになっているので、あんまり霊感のない僕でも、幽霊と言うのは本当にいるものだなあというような気にはなった。

 まだ寒い春の頃、友人がやってきてこんばんはといって入ってきた。朝まだきの頃でまだ外は暗く、僕は給湯室の明かりだけ灯してコーヒーを作っていて、コーンポタージュの粉のスープをコップに入れてお湯を注いで、コーンポタージュとコーヒーを交互に啜る朝ごはんを食べていた(なお、こんな時間に起きているのは、概日リズムが少しずつズレていっているというだけで、別段僕が健康的に早寝早起きをしているというわけではない)。

 友人が何をしに来たのか分からないので、

「コーヒーは出さないよ」と言っておくと、

「コーヒーはいらないからちょっとおれの話を聞いてくれ」という、僕がこんな朝早くに来て話も何もないものだと思いながら椅子を取り出して座っていると、友人は

「実は知り合いの幽霊を取ってきたのだ」と言って、瓶を取り出して僕の方に見してくれて、瓶の中には確かにキラキラと光る半透明の幽霊が詰まっていて、僕の方を心細そうに見ていた(瓶に詰めている状態の幽霊なら、特別な瓶なのか何なのか知らないけれども、霊感のない僕の目でもはっきりと幽霊の輪郭が見えるのだった。その幽霊は大体手のひらサイズぐらいの大きさで、人魂みたいな形をしていて、目みたいなのが上の方についているという、そういう外観だった。幽霊の外観はその時その時でさまざまなのだ)ので、

「僕はきれいな幽霊だねえ」と言い、

「こういう幽霊ばっかりだったら僕のビルにたくさん放ってもいいのだけれどなあ」と言うと、友人は首を振って、

「この幽霊なんだけれども、とても気が弱くて心配性だから、できればお前のビルのひとフロアを全部借り切りたいんだ」

と言って、僕の前にスーツケースを取り出して、中から百万円の札束を三つ取り出して、それを僕の机の上に置いた。僕はコーヒーを入れてやる気になって、コーヒーを入れてやると、

「ペーパードリップはだめだ、フレンチプレスを使え」と言うので、このお金で買ってくるよと言って適当にあしらっておいた。

 それで友人と一緒に階段を登って久しぶりにビルの九階まで行って、友人はいつもビルの二階ぐらいに幽霊を放っておくだけなので九階まで来るのは本当に久しぶりだったので心も体も疲れたけれども、ここまで上がってくる頃には朝がもう完全に来ていて、僕は九階の高さから見る都心の夜明けは周りに高いビルがたくさんあるけれども光がビルの壁に乱反射してきれいっちゃあきれいだなあと思っていた。

 それで友人は九階に居座っている過去に捕まえてきた幽霊をみんな階下に追いやってしまって、階段の途中の段に強力なお札だと言いながらお札をベタベタと貼って、

「これでこのフロアはこいつだけの場所になった」と言いながら瓶を開けて中にいたキラキラ光る幽霊を解き放った。解き放たれた幽霊はおどおどとしていたが、やがて部屋の隅の暗がりのところまでふよふよと泳いで行って、僕の目には見えなくなった。

 僕は、「いくら知人の幽霊だとはいえずいぶんいい待遇をするじゃないか」と冷やかすと、友人は頬を心なしか赤らめ、

「実はこの幽霊はおれがひそかに思いを寄せていた人なのだが、死後実の母に憑りついて悩ませていたものを取ってきたものなのだ、迷惑をかけていたとはいえかつては思いを寄せた人を取り除けるのは心苦しく、またおれがかつて取り除けてきたほかの乱暴な幽霊と一緒に住まわせるのも気がかりだったので、こんなような待遇をお願いしたのだ」と言った。

 ふうんと僕はいい、

「そういうことならたまに水でもコップに酌んで持って行ってやっても良いけども」というと、友人は頼むというので、僕は指で輪っかを作って「これ次第だなあ」と言うと、友人はスーツケースからもう一つ百万円の束を出してくれたので、僕は「うっひゃっひゃ」と言いながら、

「良い織部のコップを買ってきて、そいつにアクアク○ラのウォーターサーバーから酌んだ水を入れて持って行ってあげるよ」と言った。友人はそれでも感謝するよと言ったので、僕はあっこいつは本当なんだなと思って、百万円をだいたい半分こぐらいにして半分は返して、

「やっぱりこれぐらいでいいよ」と言って、懐の広いところを見せておくことにした。

 それからは一週間にいっぺんぐらい、一階にあるウォーターサーバーから水を汲んで肉体労働をして九階まで登って、折りたたみ机の上に織部のマグカップに入れたお水を置いておくことにした。他のフロアとちがってひそひそ声のしないそのフロアはしんとして、僕も居心地はいいような気がしたから、たまにはコーヒーを持って行って、幽霊の分もコーヒーを置いてやって、そこで幽霊とコーヒーを飲むために椅子を据えて窓から外を見ていることもあり、存外、悪くない生活を送っているなあと思っている。

 


 
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