No.921004

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百四十五話

ムカミさん

第百四十五話の投稿です。


赤壁・一日目。

2017-09-03 01:35:43 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2164   閲覧ユーザー数:1822

 

赤壁の河上で戦が始まってどれくらいの時間が経過したのか。

 

開幕当初の射撃戦はどこへやら、今や右翼左翼ともにがっぷりと四つに組んで戦闘しているような状態であった。

 

もちろん、互いの軍の射撃部隊は今でも機能している。

 

しかし、それ以上に近接部隊の動きが激しい状態となっていたのである。

 

その状況であっても、互いにまだ中衛の部隊を投入する動きは見せない。

 

そういった意味では、激しくぶつかってはいるものの、規模としては大きなものでは無いのであった。

 

 

 

さて、そんな中、連合軍の中衛部隊の船の一つに他の者とは行動を異にする兵が一人いた。

 

呉の水兵の鎧を纏っているその者は誰かを探すように船上を眺めている。

 

ただ、その行動を咎める者は一人もいない。否。()()()()()()()()

 

「う~ん……やっぱり、もうちょっと詳しい位置を聞いておきたかったなぁ。

 

 けど、関羽が来ちゃったからどうしようも無かったしなぁ。

 

 ふぅ……しょうがない、やっぱり地道に続けよう」

 

その兵は己を納得させるかのように二言三言呟くと次の船へと足を向ける。

 

見る者が見れば分かるだろう。その兵は相当な隠密としての腕を持っている。

 

自信の気配は限り無く消し、周囲の気配を細かに探り、人目の少ないポイント、瞬間を狙って器用に行動していく。

 

この兵の存在に気付く者はいない。

 

仮に気付けたとしても、それはその者にとっては極大の不幸でしか無い。暫くの後に仲間によって物言わぬ骸と成り果てた姿を発見されるだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合軍の中衛のとある船上で、華雄は悶々としていた。

 

自らが敬愛し、主と見ている者はこの世でただ一人。

 

例え微力であろうと、陰ながらであろうと、その方の今の望みを叶える手助けとなれるのなら、と華雄は”あの男”の誘いに乗った。

 

その結果が今こうして連合軍の将として中衛という中途半端な位置に配置された状況へと繋がっている。

 

今まで幾度となくその男と会話――というより密談に近かったのだが――は重ねてきた。

 

その都度言い渡されたのは、指示があるまで待て、というその男の上役からの伝言。

 

ただ、華雄にはこの戦が始まってよりずっと考えていたことがあった。

 

それは、自分は騙されたのでは無いのか、ということである。

 

男の誘いに乗ったはいいが、今の今まで何かがあったわけでは無い。

 

敬愛する主に関しても、情報が偶に流れて来る程度だ。しかも、それは男からのものでは無く、主に諸葛亮が軍議の場で伝えるものだった。

 

華雄自身は考えることに向いていないことは理解している。それでも、自分なりに今まで知り得た中から確実な情報だけを抜き出してみた。

 

すると、なんと確実だと言えるのは敬愛する主がどこにいるのかという情報だけ、のようだ。

 

男の正体すら不明。その口から様々な名前が出てはくるのだが、果たしてそれが出まかせで無い保証はあるのか。

 

もろもろ考え、やがて華雄は疑念をより深めていく。

 

そして、ふと恐ろしくなった。

 

もしも、このまま何も気付かずに利用され続けたら、最悪の場合は敬愛する主を自らの手で追い詰めてしまうのではないだろうか、と。

 

それはダメだ、と華雄は脳内から想像を追い出さんと強く頭を振るった。

 

――――そのような行動に出てしまうほどに深く物思いに耽ってしまっていたのだ。

 

「久しぶりだね、華雄さん。

 

 ほんの少し会っただけだけど、俺のことは覚えているかな?」

 

「っっ!?な、何奴っ!?」

 

突如、至近距離から掛けられた声に飛び上がらんばかりに驚いた。

 

意識外からの不意打ち。どのようなものであれ、最もダメージが大きくなるそれを華雄は喰らったということだ。

 

どうにか誰何の声を発するも、華雄は体温が二度も三度も下がった気がしていた。

 

もしも攻撃を仕掛けられていたら、高い確率で戦闘不能、場合によっては死亡。そんな状況だったと気が付いたからだ。

 

例え戦場の現場が遠そうに見えても決して油断してはならない。そんな初歩の初歩を怠っていた自分に羞恥すらも感じていた。

 

それでも表面上はそれを見せないのはさすがと言えよう。

 

ただ、華雄の側近の兵の驚きようもまた異常であった。

 

まるで声が聞こえて初めて気づいたかのような様子。

 

逆に言えば、それだけ自然に、誰にも怪しまれることなく華雄の側まで来る実力を有しているということなのだが、今の華雄にはそこまで頭が回らなかった。

 

「おっとっと。まあまあ、落ち着いて。

 

 周倉の奴からも話を聞いていないかな?

 

 俺は北郷一刀。かつて月を保護し、今はその身を預かる者だ」

 

呉の兵の装いでありながらそんなことを宣う人物に、華雄は目を丸くして驚いた。

 

男の口からは敬愛する主、董卓の真名が飛び出した。どうしてそれを知っているのかと詰問したくなる。

 

しかし、その男の顔をよく見てみると、確かにどこか見覚えがある気もする。

 

男から目と意識を離さず、華雄は記憶を辿る。そしてとある記憶に行き着いた。

 

「貴様、虎牢関にて張遼が連れ帰った、あの時の男か!」

 

「お。思い出してくれたようだね。

 

 なら、その時の出来事も思い出してくれたかな?」

 

「む……確か……

 

 呂布が貴様を連れて洛陽に帰還し、董卓様と賈詡を逃がす、と、そういった策を企てていたはず。

 

 つまり、それが成功した、ということなのだな?!」

 

「そういうこと。色々と拗れてたこともあって、月と詠には暫くの間、”死んで”もらっていたんだけどね」

 

一刀はそう言うが、華雄にとっては細かい事情はどうでも良かった。

 

あのように絶望的な状態に追いやられたにも関わらず月が生き延びられたことだけが華雄にとって重要であったのだ。

 

「そういうことだったのだな。

 

 今更にはなるが、董卓様を救ってくれたこと、感謝させてもらう」

 

華雄が一刀に頭を下げた。

 

それが合図となったように、周囲の兵の一刀への警戒が解かれる。

 

別に声を抑えていたわけでも無かったので、会話を聞いている最中にはほぼ一刀への疑いは晴れていたのであった。

 

さて、互いに互いを認識したところで一刀は本題に入る。別に一刀は華雄と親交を深めに来たわけでは無いのだ。

 

「華雄さん。周倉から一応は聞いているが、改めて俺自身で問い掛けておきたい。

 

 貴女は月のためならばどんな役目でも担うと言うのは本当か?」

 

一刀の改まった問い掛けに、華雄も表情を引き締めた。

 

「そう考えてもらって問題無い。

 

 我が主は董卓様のみ。真にあのお方の為になると言うのであれば、例え汚れ仕事であろうと喜んで引き受けよう」

 

一刀の視線は華雄の瞳を真っ直ぐに捉える。

 

いつものように瞳から言葉の真意を測ろうとしたのである。

 

結果、分かったこと。華雄の想いに嘘偽りは無い、という事実。

 

それは一刀の顔に笑みを形作らせるに十分なものだった。

 

「それじゃあ、華雄さん。貴女には”無能な働き者”になってもらおう」

 

 

 

 

 

「――――という感じだ。合図はこちらから出す。

 

 周倉の動きに合わせて華雄さんにも行動してもらいたい」

 

「……それだけで良いのか?

 

 今の私の立場を利用すればもっと大きいことでも出来ると思うのだが?」

 

「それはひょっとして、劉備や孫堅、馬騰なんかの暗殺のことを言っているのかな?」

 

華雄の質問に一刀はそう返してみる。半ば冗談のつもりだったのだが。

 

「その通りだ。私は汚れ仕事でもなんでもやると言っただろう?」

 

大真面目に華雄はそう言って来た。

 

一刀は思わず溜め息を吐いてしまいそうになる。が、そこは現代のものとこの時代の一般的なものとで考え方に差があるのかも知れないと考え直した。

 

「暗殺は行わない。あれは、相手が余程悪どい者でない限りは様々な面で悪手なんだ。

 

 何より、そんな手段で大陸を取ったところで、大陸は纏まらないし、すぐに支配は崩壊するだろうさ」

 

「そうなのか?邪魔者を排除した後に董卓様のお人柄を示せば誰もがあの方に心酔すると思うのだが」

 

「だから、その考えが甘いと言っているんだ。

 

 為政者がどれだけ人格者であったとしても、誰一人として不満を持たないということはあり得ない。

 

 そしてそれを隠す気も無く、どころか悪意のままに攻撃を仕掛けて来る者もいる。

 

 もしも暗殺なんて手段で大陸を取ってみろ、そんな国ではまさに”何でもあり”って感じで上の意向を無視したドロドロの権力闘争に発展してしまうぞ?」

 

一刀が口にしたのは極端な例であろう。しかし、確かな実力を示したのでなければ下賤な者に舐められるのは必定。

 

況してや、今回の相手は過去の英傑二人。

 

ここで暗殺などに頼ろうものなら、野心潰えぬ者はこう考えるだろう。

 

曹操は実力で及ばないから英傑を陰から殺した、と。

 

華琳の覇道に泥を塗るどころか、マイナス面ばかりでプラスが見当たらない。故に、暗殺など問答無用で却下であった。

 

肯定に転ずる可能性の欠片も見られない一刀の物言いとその強い瞳に圧され、華雄もそれが悪手なのであると理解した。

 

華雄は一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。

 

この時になってようやく、もろもろの事で浮足立っていた華雄の心は落ち着いたのであった。

 

「ふぅ……

 

 すまない。どうやら私は少しでも董卓様のお力になろうと焦っていたようだ」

 

「いや、構わない。それだけの覚悟を持てるのは素晴らしいことだ。

 

 この戦が終わったなら、是非ともその覚悟を保持して月の下で働いてやってくれ。

 

 華琳――曹孟徳やその周りの者には俺から進言しよう」

 

「感謝する。

 

 ところで、北郷よ。今まさに両翼で起こっているあれらの戦に関しては放置で良いのか?

 

 この結果次第では先ほどの策に影響を及ぼすこともあろう?」

 

華雄は今度は純粋に心配して問うてくる。

 

口にはしないが、暗に何か出来ることがあるならばするぞ、とも言っていた。

 

しかし、これには一刀がニヤリと薄ら笑んでこう答えた。

 

「ウチの軍師たちを嘗めてもらっちゃあ困るなぁ。

 

 荀彧、司馬懿、郭嘉に程昱、そして賈詡。勉強中だが陳宮もいる。仕える国が違えば誰もが筆頭軍師となり得る逸材ばかりさ。

 

 これだけの者がいれば、例え船上戦闘の技量で劣ろうとも数の優位を活かして優勢は譲らないよ。

 

 深刻な被害を被ることは無いだろう。だからこそ、奴らは動く」

 

「そこまで言い切るのだな。分かった。ならばもう、何も言うまい。

 

 私は”その時”が来るまで待機しておくとしよう」

 

「ああ。よろしく頼むよ、華雄さん」

 

華雄は力強く頷いて一刀に応えた。

 

 

 

こうして、一刀は華雄の協力を直に取り付けた。

 

勝利への道筋をより確たるものにすべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華雄の船から去った一刀は、更に連合軍の陣中を行く。

 

先程は華雄の手前ああは言ったものの、甘寧の部隊を間近で見た一刀は改めて呉の水軍の力に驚いていた。

 

技量の面で言えば、魏の兵では逆立ちしても呉に勝てない。

 

数で押し潰したいところだが、打つ手を間違えればただの供物にしかならないだろう。

 

こうなってくると、やはり呉の戦力は削れる時に削っておきたいのである。

 

(呉の将たちが船上戦においてどれだけノウハウがあるかは分からない。

 

 けど、世代に応じて熟達していると考えるなら……)

 

孫堅、程普は非常に危険。孫策、周瑜、太史慈も危険レベル。孫権、陸遜、周泰辺りはまだ与しやすいかも知れない。

 

ただ、一刀が個人的に削っておきたいのはこれらとは別の二人。

 

一人は甘寧。かの三国志演義では河賊として有名な人物でもある。

 

どうにか黒衣隊員が得てきた情報の中には、確かに甘寧が元河賊であったらしき旨も記されていた。

 

つまり、今この場で最も船上戦闘に精通しているのは甘寧とその部隊なのだろう。

 

それと一刀が警戒する者がもう一人。呂蒙である。

 

武勇を誇り、それのみならず、勉強を始めればめきめきと成長してまさしく文武両道を地で行った人物。

 

果たしてこの世界において、今の呂蒙は士官してからどれだけ経つのか。

 

地上船上問わず、場合によっては厄介極まりない相手となり得る人物なのだ。

 

なお、警戒対象に孫堅や馬騰は含まない。あれらは警戒などという生易しいものでは全くもって足りないからである。

 

今無力化するのならば甘寧か、呂蒙か。

 

暫しの逡巡の後、獲物は呂蒙に定めた。

 

甘寧より呂蒙を警戒した、というよりは、甘寧を狙って黄蓋に捕捉されるリスクを避けた結果だ。

 

さて、それじゃあ呂の旗を探して出発だ、と足を動かそうとしたその時だった。

 

「あらぁ?そこのあなた、思春のとこの兵じゃない?

 

 何か伝言でもあるのかしら?」

 

突如、背後から声がする。

 

一刀は警戒心を最大に引き上げる。

 

その声は、台詞の内容こそ普通に兵に問い掛けているだけに聞こえる。

 

しかし、一刀はその人物が近寄ってきていることに気付けなかったのだ。

 

それはつまり、一刀に気配を悟らせぬように行動していたということ。

 

ならば、どうして不意打ちを仕掛けて来なかったのか。

 

それは恐らく、彼女が周泰からの報告なりで俺のことを聞いていたからでは無いだろうか。

 

いずれにせよ、ここでの戦闘は最早避けられない。

 

声を掛けられてから一瞬間の後には、一刀は既に覚悟を決めて振り返った。

 

そして、その声の主――孫策と向き合う。

 

「……いつからですか?」

 

孫策の問いには答えず、一刀は短く問う。

 

主語も無く、一刀の正体に気付いていなければ全く噛み合わない会話。だが。

 

「ついさっき、偶然、ね。

 

 最初こそ、本当に思春の兵だと思ったわよ?

 

 けど、私の勘って当たるのよねぇ~。

 

 何故だか不審な感じがしたから近づいてみたら、あら不思議!随分な大物がいるじゃない!

 

 改めて聞こうかしらね?こんなところまで、何しに来たのかしら?

 

 ねぇ……北郷?」

 

完全にバレていた。

 

ただ、どうやらその口ぶりから、孫策以外はまだ気づいていないようだ。

 

一刀は心中で計画を大きく修正する。

 

呂蒙では無く、孫策。

 

リスクコントロールをした上でのハイリスクハイリターンから、リスクコントロール無しのハイリスクハイリターンへと。

 

「あら?やっとやる気になってくれたみたいね?

 

 なら――――楽しみましょう!」

 

最後の言葉と同時に孫策が斬りかかってきた。

 

その一撃は速く、鋭い。流石は呉でも実力上位に位置する将である。

 

これを相手に、しかも時間を掛けずに一刀は戦わなければならない。

 

出し惜しみなどしていられなかった。

 

(飛燕!)

 

氣無しでの一刀の最速の攻撃である居合二連を放つ。

 

一撃目で孫策の剣を弾き、二撃目で仕留めに掛かった。

 

「おぉっと!危ないわねぇ~」

 

孫策はどうしたわけか、飛燕の一撃目が当たる前から既に攻撃を止めて回避行動に移っていた。

 

如何なる理由か分からないが、攻撃を読まれたらしい。

 

二撃目はものの見事に空を斬った。

 

「……知ってたのかな?」

 

「さあ?どうかしらね?」

 

意味深な台詞と自然に漏れた様子の微笑。

 

まぐれなどでは無く、余裕をもって確実に回避されたのだと悟った。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

今度はこちらから、とばかりに一刀が斬り込む。

 

僅かな会話中に脚に氣を乗せ、瞬発力を高める。

 

そして繰り出す雲耀の太刀。

 

全身に惜しみなく氣を込めた最強の技では無いが、これもまた一刀の技の中では最速に近いものだった。

 

この時、一刀が仕掛けたのはまたも二連撃。

 

雲耀の太刀で仕留められればそれで良し、仕留められずともその速度を嫌って避けようものならば、振り下ろした太刀を返し様に”比翼斬り”で仕留める。

 

そのつもりだったのだが。

 

「はあっ!!」

 

孫策は一切避けることを考えず、正面から一刀の刀を受けたのだった。

 

鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

その均衡が再びの会話を呼んだ。

 

「ことごとく、か」

 

「あんたの攻撃って、な~んかやな感じがするのよねぇ。

 

 け・ど!」

 

孫策はガッと得物ごと一刀を押し込み、無理矢理距離を取った。

 

ただ、それは武器を振るうに必要最小限の距離のみで、すぐさま孫策が斬りかかる。

 

「要は攻撃させなければいいのよね!」

 

そんな言葉と共に始まったのは、いつまで続くのかと嘆きたくなるほどのラッシュだった。

 

それは一刀にとって非常にやりにくい相手だった。

 

リズミカルな連続攻撃が数合来たかと思えば、次の瞬間には変則的なリズムで斬り込んでくる。

 

速さと重さを兼ね備えた連撃を防いでいると、いつの間にか速さに特化して連撃数を挙げて来る。

 

様々な攻撃が目まぐるしく入れ替わる。しかも、一刀を混乱させるのはそのバリエーションの中に非効率的な攻撃も混じっているのだ。

 

例えば、重くはあれど遅い一撃。そんなものはひょいっと避けてやれば良い。

 

例えば、単調な攻撃の連続。先が読み易すぎて、逆に不安になってくるほど。

 

孫策の猛攻を丁寧に一つずつ捌きながら、一刀は孫策の武を分析する。

 

幾度か攻め方の変わり時にヒヤッとする場面もあったが、それでも一刀は冷静さを失うことなく正確に見極めようとしていた。

 

初めの内こそ、様々な深謀遠慮を疑った。

 

しかし、幾度も剣を交えた今、孫策の武を大凡理解していた。

 

(春蘭みたいな本能型かぁ。けど、ちょっと違うような……?)

 

先程から一刀は自身の攻撃の胆を外されてばかりいる。

 

そして孫策の攻撃からは春蘭のような匂いを感じる。

 

だが、しかし。心のどこかにほんのりと、違和感が残ることにも気付いていた。

 

だったら、と一刀は一つ試してみることにする。

 

孫策の猛攻の最中、重く遅い攻撃に合わせて瞬間的に氣を練る。

 

これを両腕に通わせて――――

 

「はあっ!!」

 

「おっと!」

 

瞬間的に増加させた膂力で以て孫策を弾き飛ばして距離を取らんとした。

 

が、またしても、今度は孫策が自ら後ろに飛んだことで思ったよりも弾くことが出来なかった。

 

ただ、今はそれで良い。少しでも距離が出来れば、今度は一刀の方から前に出ることが出来るのだから。

 

一刀は前に出る構えを見せる。孫策はそれを見て身構えた。

 

ここで一刀は技術――歩法を使う。

 

視線と初期動作から相手が予測する移動先とは正反対に動く、攪乱のための技。

 

前進の際、左に出ると見せて右に消えて斬りかかれば瞬時に決着が着くこともある技だ。

 

そして、この技の厄介なところは、相手の動きを読める者、要するに実力の高い者ほど引っ掛かりやすいという点。

 

それは孫策も例に漏れることが無く。

 

「っ!?消え――」

 

孫策は一刀の思惑通り、その姿を見失った。

 

後はこのまま斬りかかれば終了である。

 

ここで斬りかかるのに声を上げるなどという愚を犯すことも無く、一刀は静かにその刀を孫策の身体に食い込ませようとした。

 

が。

 

キィンと甲高い音が響く。

 

刀が鎧に当たった――――というわけでは無い。

 

一刀の刀が当たったのは、なんと孫策の剣であった。

 

「うっわ!あっぶなかった~!」

 

完全に決まったと思った。

 

しかし、結果は見事に孫策に防がれてしまった。

 

孫策がそれだけの実力を有している、と考えるのが第一だろう。が。

 

不可解なことに、孫策自身も一刀の攻撃を防げたことに驚いているようなのだ。

 

妙な間が空く。

 

一刀は孫策の武の質が理解出来ず、孫策は想定外の攻撃に驚いて。互いに攻めあぐねる状態となったのである。

 

ツツ、と一刀の頬を伝う暖かい液体を感じる。

 

(冷汗?そこまでの脅威を本能で感じた……?)

 

恋や馬騰、孫堅を前にした時のように、一刀は意識の上では脅威とまでは考えていない。

 

但し、ここで言う脅威とは一刀が半々以上の確率で殺され得ることを言っているので、苦戦程度はその意識に無い。

 

そもそも、一刀はこの世界において、対将軍戦では苦戦を当然のものと考えていた。

 

将を名乗る”女性”はいずれも膂力が尋常でなく、何かしらの方面に突出した能力を有している。

 

その能力を見極めることが、一騎討ちにおいて一刀がまず行っていることであった。

 

では、一刀が脅威と見なすものはどういった類の者か。

 

答えは単純。現代で幾人か会った達人の方々を遥かに凌ぐ”圧力”を感じた者たちだ。

 

自身でも気付かぬ内に孫策の圧力を感じ取ってのか。

 

そう思ったのだが――――

 

液体が頬から顎に伝わり、それが雫となって右手に落ちて来た。

 

孫策から視線を話さず、チラリと見る。それは赤かった。

 

(なんだ、『こっち』か。これはこれで厄介だけども……)

 

どうやら先ほどの攻防の際、掠った孫策の剣によって傷をつけられていたらしい。

 

もう少ししっかりと見極めておきたかったところだが、どうやら難しいようだ。

 

何より、既にしてかなりの時間が経ってしまっている。

 

逆に言えば、これだけ武の本質を一刀に悟らせない孫策が凄いということなのだが。

 

そろそろ退き時か、と一刀は内心で独り言つ。

 

次の攻撃と共に逃げる。そう一刀は即決した。

 

そして、右手に垂れた血を胸元で拭う動作を取った。

 

その間も孫策は動かない。

 

と思いきや、一刀が再び得物に両手を添えると声を掛けてきた。

 

「な~んか、何かが変わった気がするわね……

 

 もしかして、次で決めようとしてる?」

 

「さて、どうだろうね?」

 

「うっわ……あんた、性格悪いわね……」

 

一刀の意趣返しに孫策はしっかりと気付いていた。が、それだけだったようで、その事に一刀は安堵する。

 

実は内心で動揺していた。思惑を言い当てられたことに。

 

まさかのズバリである。気配を漏らしたつもりは無いにも関わらず、である。

 

(異常に鋭いな、孫策は。

 

 ……ん?ということは、まさか、”そんなこと”も有り得るのか?)

 

ふと思い至った内容。

 

孫策が持つ突出した能力は、春蘭のような腕力や霞のような速度や月のような器用さといった、物理的なものでは無いのではないか、と。

 

例えるならば、凪の氣のような、そんな特殊性。孫策は”第六感”が予知レベルで突出しているのではないか。そんなことを考えたのである。

 

(これは、後で確認だな……)

 

一つ、胸に決めて一刀は孫策を見据える。

 

ズバリと言い当てられようが、次で逃げる計画に変更は無い。

 

それに。

 

いくら警戒しようとも、初見で”これ”を完璧に防がれることは無いだろう、と一刀は考えていた。

 

一刀と孫策が刹那、睨み合う。次の瞬間、一刀から動いた。

 

そして、一瞬の内に様々な事が起こった。

 

 

 

戦闘が止まっていた間に一刀は抜け目なく氣を練っていた。

 

短い会話の間に、これを脚部に。

 

そして、先ほどと同じように超高速の雲耀の太刀を放つ。

 

それを見た孫策の顔には、またなのか、とでも言いたげな、それでいて怪訝な表情が浮かんでいた。

 

同じ攻撃では無い、と直感したのかも知れない。警戒はされているらしい。

 

が。それだけでは足りないだろう、と一刀はほくそ笑む。

 

突進の最中、一刀の右手()()が振り下ろされる。

 

一刀の行動が理解出来ず、孫策は頭上に疑問符を浮かべていた。が、直後、驚愕に襲われることとなる。

 

(北郷流卑剣・隠剣)

 

一刀は右手に隠し持っていた極小の棒手裏剣を放ったのである。

 

それは戦場に於いて如何なる手段を用いてでも勝利・生還することをのみ目的とする北郷流卑剣の一つ。

 

先程、わざわざ右手の血を拭った動作は棒手裏剣を取り出す動作の誤魔化しであった。

 

自然な動作で行えたことで孫策の意識の外を突けたことになる。

 

孫策は飛来する棒手裏剣を必死の表情で避ける。

 

武器で受けるのは視界と次の行動を妨げるので即座に却下したようだ。

 

(そこまでは正解だが、さて、次はどうかな)

 

卑剣・隠剣で一刀の攻撃が終わったわけでは無い。

 

左手のみで雲耀の太刀も続いているのだ。

 

「っええぇぇぃっ!!」

 

左手に渾身の力を込め、一刀は刀を振り下ろす。

 

「くっ……!」

 

棒手裏剣を避けて態勢が崩れ気味の孫策は、それでも次の攻撃にどうにか対応しようとした。

 

態勢を崩したまま剣で受けることを忌避し、どうにか回避することを選択する。

 

(さっきその技を見せたのは悪手だったわね、北郷!)

 

一度目の雲耀の太刀を受けて、孫策はその間合いを見切っていた。

 

一刀の踏み込みを見て、避けられることを確信する。

 

その顔には直後に反撃してやろうと獰猛な笑みまで垣間見えた。

 

しかし、孫策は失念していた。或いは、知らなかった。

 

両手持ちの刀を片手で振るった場合、どうなるのかを。

 

刀を片手で振るった場合、言うまでも無く威力は激減する。

 

その代わり、()()()()()()()

 

結果、どうなるのか。

 

「……っ!?そん……な……」

 

一刀の刀は孫策を捉えた。右肩からザックリと。

 

孫策が膝を突くのと一刀が踵を返すのは同時だった。

 

長居は無用。百害あって一利なし、と一刀は走り出した。

 

戦果の詳細は不明だが、孫策に負わせた手傷は軽くは無いだろう。それだけで十分だった。

 

 

 

間もなく、その船では上を下への大騒ぎとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

音ばかりが激しい激戦を繰り広げている船上で、秋蘭は不意に河から何かが上がってくる音を耳にした気がした。

 

そっちを向けば、そこには驚くことに甲板へとよじ登って来る一刀が目に入る。

 

「お疲れ様だな、一刀。

 

 やりたいことは出来たのか?」

 

問われた一刀は何故知っているのか、と驚く。が、近くで周倉の怒号が聞こえ、納得した。

 

「大体は、な。

 

 ちょっと想定外の事態にも見舞われたけど、概ね問題無い。

 

 これでより有利にこの戦を制することが出来るだろう」

 

「そうか。

 

 ただ、これだけは言わせてくれ。

 

 あまり私を心配させてくれるな、一刀」

 

「む……すまない」

 

秋蘭の言う事にも一理ある。それは分かっているので一刀は素直に謝罪する。

 

そして、ありがとうの意味を込め、秋蘭の邪魔にならないように一瞬だけ抱きしめた。

 

「……まったく、お前はずるい男だ」

 

前方を油断なく見据えたままそう呟いた秋蘭の頬は赤く染まっていた。

 

それを可愛いと思うものの、今はそれを口にしている場面では無い。

 

「じき、日が落ちる。そろそろ今日の戦は手仕舞いとなるだろう。

 

 終わる直前の気の緩みを突かれないように注意してほしい」

 

「ふっ、大丈夫だ。それくらいは理解しているよ」

 

頼もし気に応えた秋蘭。

 

その言葉に偽りは無く、それから暫くの後、危なげもなくこの日の戦は終了したのであった。

 


 
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