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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百四十四話

ムカミさん

第百四十四話の投稿です。


ついに開戦した赤壁の戦い。
果たしてこの外史ではどのような道筋を辿ることになるのか。

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2017-08-20 22:12:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2187   閲覧ユーザー数:1863

 

赤壁における大戦が始まった。とは言え、まだぶつかり始めたばかり。

 

かなり早い段階で戦の口火を切った左翼側では、火輪隊と黄蓋の部隊とがその長射程を活かして連合軍を圧倒する――――とはならなかった。

 

他の部隊であればともかく、この二者に相対したのが甘寧だったのが問題だった。

 

その操船技術を侮ること無かれ、あっと言う間に距離を詰められ、射程の優位を消されてしまったのである。

 

 

 

一刀の背後にはこれからより一層激しい戦闘が繰り広げられようとしている左翼の戦場がある。

 

そこに背を向け、一刀は連合軍の中枢に目を向けた。まずはそこを目指すべきか。

 

いや、と少し考え直し、まずは大まかな目標の場所を確認することにした。

 

「なあ、おい。ちょっとすまん。周泰将軍の部隊ってどこに配置だっけ?」

 

すれ違った兵を呼び止め、一刀は目的の人物の居場所を聞く。

 

下っ端といえども兵士間のやり取りの中である程度の情報は持っているはずだ、との考えからの行動だった。

 

しかし、返ってきた答えは残念なものだった。

 

「へ?周泰将軍?だったら……ん?んん??

 

 っかしいな、そういや俺、周泰将軍の部隊の奴らから配置聞けてねぇや。すまんな」

 

軽く手を挙げて謝ると、兵はそのまま去ってしまった。

 

これは運が悪かった、と一刀は次の兵に同じ問いを投げ掛ける。

 

「将軍がいらっしゃるかは分からんが、そこの部隊にいる友達は本陣付きだと言っていたぞ」

 

「なるほど、そうだったか。すまないな。ありがとう」

 

「いやいや、いいってことよ」

 

周泰は本陣にいるらしい。それは一刀にとって少し意外なものであった。しかし、同時に納得も出来る。

 

周泰は幾度も一刀とやり合っていることからも分かるが、非常に優秀な間諜である。それと同時に、高い実力を有する武将でもある。

 

戦場において、前者で運用するならば要人の護衛、後者で運用するならば前線での削り役、他様々な配置が考えられる。

 

その中で今回は護衛になった、ということだろう。

 

孫堅に護衛など必要なのか、と一瞬だけ思うも、間諜からの報告を思い出して改めて納得する。

 

恐らく、孫権の護衛なのだろう、と。

 

孫堅には要注意だが、色々と固まっているのならば都合が良い、と一刀はほくそ笑む。

 

そのまま足を連合軍の中央、本陣の方へと向けた。

 

 

 

 

 

連語王軍の懐深くまで入り込むと、丁度中央辺りに一際立派な船があった。

 

その様子から見ても掲げられた旗から見ても、連合両国の中枢が乗り込んでいるのだろう。

 

「さて、困った……」

 

旗とここまでの道中で聞き耳を立てて集めた情報から考えるに、連合本陣には以下のメンバーがいるらしい。

 

呉から孫堅、孫権、周瑜、周泰、蜀から劉備、趙雲、諸葛亮、馬騰。

 

それといる可能性のある人物として袁術、張勲。もしかすると馬鉄もいるかも知れない。

 

もちろん、これらの人物が全ていると確認したわけでは無い。

 

が、孫堅と馬騰。この二人が揃っている場所に飛び込むことは危険を通り越して無謀であると言えよう。

 

現在一刀は変装しているとは言え、ものの二秒で見破ってきたとしても何ら不思議は無いのだから。

 

「……うん。こっちは諦めよう」

 

少し考え、一刀は周泰への接触をこの場では諦めることにした。

 

この件に関しては何も焦らなくても良い。

 

”とある時”までに接触を果たせれば、それで目的は達成できるのだから。

 

何より、接触は別に直接でなくても良い。間接的に接触する方法は数多存在する。

 

「一先ず、予定を早めてあいつに接触しとこうかね」

 

呟き、一刀は足を連合左翼へと向けた。

 

遠目に確認したその先には、黄の旗と関の旗が翻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤壁における魏と蜀・呉連合軍の大戦が始まって半刻。戦火はいっそう激しく燃え上がっていた。

 

戦場は主として互いの左翼・右翼が接する最前線。

 

しかも、それぞれで戦の毛色が異なっていた。

 

 

 

魏から見た左翼の最前線は真っ先に戦端が開かれた場所。そして、両陣営とも強大な戦力を投入している場所でもあった。

 

そのため、他のどの場所よりも早く、そして激しく、戦闘が繰り広げられている。

 

左翼戦場でどこよりも戦果を挙げているのは言わずもがな、甘の旗を掲げる呉の軍船。

 

呉も含めた他のどの軍船よりも操船技術が高く、乗り込んでいる戦闘員も船上での戦の経験を多分に積んで来た猛者揃いの部隊である。

 

旗が示す通り、甘寧が率い、乗組員のほとんどは河賊時代からの連れ合い。

 

呉に加入してから部隊に組み込まれた兵にしても船上訓練は甘寧が重点的に行っていて元からの兵にも引けを取らない出来上がりだった。

 

魏側としては甘の旗が確認された時点で敵右翼への警戒は最大限にまで引き上げている。

 

それでもなお、甘寧の部隊は獅子奮迅の活躍を見せつけていたのであった。

 

しかし、全体で見た時はそんな戦況の左翼だが、実は開戦当初に多大な戦果を挙げていたのは魏側であった。

 

理由は簡単で、恋と月の技量、そして十文字の存在である。

 

甘寧の部隊がいかに船上戦に慣れているとは言っても、全ての能力においてトップというわけでは無い。

 

総合力としては甘寧の部隊に負けていたとしても、火輪隊は遠距離攻撃能力の面で甘寧の部隊に勝っていた。

 

それも、単純に飛距離が長いだけでは無い。一刀による訓練のおかげで命中率も高いものを誇っていたのである。

 

ただ、一刀による訓練も特別長い時間を掛けて入念に行ったというわけでは無い。どこぞの間諜に勘付かれる事無く訓練を始めて終わらせるために、短期間で集中的に行っていた。

 

その内容は、たった一つのことを船上戦に参加する兵たちに教え込むというもの。もちろん、火輪隊のみではなく、出陣までに手を回せた兵全てに教え込んでいた。

 

教え込んだものは、一刀の知識にあったとある技術。

 

揺れる船の甲板での戦闘において優位を得るべく編み出されたと言われる、とある立ち方の型。

 

即ち、”(さん)(ちん)立ち”であった。

 

これは非常に安定した立ち方であると言われるもの。

 

一刀はこの立ち方を兵に叩き込むことで射撃姿勢を安定させることを目論んだのであった。

 

実際、その策は功を奏し、火輪隊の十文字による一斉砲火は地上での戦闘ほどでは無いものの高い命中率を叩き出した。

 

それは連合側の予測を大きく上回るほど。開戦距離と合わせて連合の予測を二重に裏切ったため、開戦当初に大きな優位を得ることが出来たのであった。

 

そう考えれば、やはり甘寧の部隊は称賛に値する。

 

開戦時の大きなディスアドバンテージを僅か半刻で取り戻し、あまつさえアドバンテージさえ奪い去ろうとしているのだから。

 

しかし、火輪隊も黙って優位を明け渡すつもりはさらさら無い。

 

人数は少なくとも最新鋭の武器と高度に訓練を積んだ精鋭たちで編制された部隊という毛色を持つ火輪隊は、兵を遠距離戦闘班と近距離戦闘班に振り分けた。

 

遠距離班は月が、近距離班は恋が率いることにし、月たちは十文字の連射能力を活かして矢の雨を絶やさない。そして、近距離戦闘が始まれば恋を筆頭にその力を遺憾なく発揮していた。

 

梅は主に月の護衛に入り、詠も比較的安全な場所から火輪隊全体に指示を出す。

 

二つ三つの行動を同時に行っていようとも、隊全体としてはまるで初めから一つの行動であるかのように動く。

 

それだけスムーズな部隊運用が出来ているのは詠の手腕と元董卓軍の精鋭で構成されているという隊の性質とががっちりと噛みあった結果だろう。

 

詰まる所、左翼での現状の戦況を纏めればこのようになる。

 

呉は機動力と蓄積されたノウハウで、魏は白兵戦能力と他にない武器の能力によって、相手より優位を取ろうと一進一退の攻防を続けている状態であった。

 

この中で黄蓋の部隊は特に大きな戦果を挙げるでもなく、かと言って大きな被害を受けているわけでも無かった。

 

ではやはり敵方――甘寧は黄蓋を使った策を知っているのか、と思いきや、甘寧の部隊が黄蓋の部隊に向ける殺意は本物、いや、それ以上。

 

隙あらばその喉笛を引き裂いて河の藻屑としてやる、と、そんな激しい怒りが感じ取れるほどだった。

 

この状況を肌で感じれば、黄蓋が戦果を挙げられていないのは防御で手一杯になっているからだ、と考えても何も不思議なことでは無い。

 

一刀の行動から密かに黄蓋を怪しんでいた詠だったが、彼女ほどの者でもこの状況を見て混乱してしまったのである。

 

 

 

さて、その一方で右翼側は左翼側とは大きく異なる様相を呈していた。

 

互いの布陣だが、連合側の主たる部隊は蜀の黄忠の部隊、それと関羽の部隊。対して魏は秋蘭の部隊、それと凪の部隊。

 

蜀側は遠距離部隊と近距離部隊とでバランスよく配置してきていた。魏もまた遠距離部隊と近距離部隊ではあるが、ただ一点において異なるものがあった。言わずもがな、凪である。

 

「楽進将軍!右方より再び蜀の小船接近!」

 

「確認した!はあああぁぁぁっ!猛虎蹴撃っ!!」

 

右翼の戦闘は基本的には黄忠の部隊と秋蘭の部隊との射ち合いだったが、彼我の距離が詰まってからは――つまり、近接戦闘が可能な距離となってからは――そこに新たな”弾”が加わった。

 

それが先ほどの”猛虎襲撃”である。

 

この技は元々華琳に士官する前から凪が会得していた氣による技。

 

練り上げた氣を足に纏い、蹴りと共に射出することで中距離の敵に対してダメージを与える技だ。

 

しかし、一刀と共に訓練をするようになってから、この技は長らく封印に近い状態であった。

 

というのも、猛虎襲撃はそれ自体がかなりの氣を消費する。加えて、射出後も氣の塊を維持するだけの強度を持たせるために多大な集中力を要する結果、攻撃動作中とその直後は無防備になってしまうからだ。

 

実力がそこそこの将程度の相手までであればそれでも問題は無かっただろう。

 

しかし、一刀は凪に素質を見た。その当時はまだ一刀の方が強くとも、いずれは追いつき追い越される。その可能性は十二分にあると感じたのだ。

 

だからこそ、一見便利だが使えば色々と不利になるこの技を、極力使用しないように言い聞かせたのである。

 

ではどうして今、凪はこの技を連発しているのか。

 

理由の一つは、単純に一時的に無防備となろうとも問題無い状況であったから。

 

それ以外にも理由がもう一つ。凪は一刀との長い氣の鍛錬の中で、氣の運用効率を格段に上昇させていた。

 

結果、猛虎襲撃の燃費の悪さはかなり改善されていたのである。

 

「凪よ!援護はありがたいのだが、お前の負担の方は大丈夫なのか?」

 

一射し次の矢を番える合間を縫って秋蘭から声が掛けられる。

 

凪はこれに対し即座に答えた。

 

「こちらは問題ありません!敵の近接部隊は我等の方で全て押さえます!」

 

その返答には余裕を装っている様子も無い。

 

言葉通りに捉えて問題無いと判断し、秋蘭は凪から視線を外して前を向いた。

 

視線の先では黄忠の部隊が次の斉射を行おうとしているところ。

 

その中においてただ一人、黄忠の動きに秋蘭は注目していた。

 

「皆!次の斉射が来るぞ!備え、反撃せよ!」

 

黄忠から一切目を離さず秋蘭は部隊に指示を出す。

 

毎度伝え、声を張るのは凪の部隊の方にも届くようにしているからだ。

 

秋蘭の警告を受け、防御担当の兵は大盾を構える。

 

数を用意するために木で拵えられたそれには、既に数えきれないほどの矢が突き立っていた。

 

兵が盾を構えて暫く、連合軍から数多の矢が飛んでくる。

 

魏の兵達は皆構えられた盾の裏側に回り込んでこれをやり過ごす。

 

盾の間などから入り込んで来る矢によって斉射ごとにいくらかの兵が甲板に伏す結果となったが、盾のおかげで被害は非常に少ないものとなっていた。

 

「構え!――――てぇっ!!」

 

秋蘭の隊の部隊長クラスの兵が号令を出し、魏の攻撃部隊が斉射する。しかし、こちらの攻撃もまた、連合側に対して大きな被害を出すことは無かった。

 

蜀もまた魏と同じく、盾を使って防御を行っていたからだ。

 

このような戦闘となっているのも理由がある。

 

蜀にしても魏にしても、付け焼刃の操船技術で機敏な動きをしようとは端から考えていなかった。

 

多少動けたところで呉には敵わない。

 

蜀からすれば足を引っ張らないため、魏からすれば呉に確実に対抗するため、取った戦略は似たようなものであった。

 

即ち、機敏な動きを捨て、船の積載量を増してでも不動の防御を可能とすること。

 

大盾を多数持ち込むことで矢による被害は格段に落とせていることは、この戦略が有効に機能していることを示していた。

 

では遠距離攻撃に対してはそれで良いとして、近距離戦闘に対しての備えはどうなっているのか。

 

これについても、どちらも方向性としては同じことをしていた。

 

船上戦闘の訓練を積み、揺れる足場でも戦えるようにする、ということである。

 

蜀は呉の者たちによって真っ当に水練を積んだ。

 

遠目に見ていても短い訓練期間の割によく訓練されている様が見て取れる。

 

魏も同じように真っ当な水練を以て連合に挑んでいたとしたら、教官の質の差によって敗北を喫していた可能性が高かった。

 

しかし、実際には魏の積んだ訓練は蜀とは異なるもの。

 

右翼に配置されている魏の兵たちも火輪隊と同じく三戦立ちを徹底的に叩き込まれ、とにかく船上でバランスを保ち続けることを重視していた。

 

バランスさえ保てれば攻撃はそうそうブレないし、力も込められる。防御時に想定外の力負けをすることも無い。咄嗟に動くことも出来る。

 

本来の三戦立ちを会得出来ていれば、地上船上問わず攻防両面において兵の能力が上昇することになったろうが、一刀にそこまで教え込めるほどの知識や理解は無かったし、何より圧倒的に時間が足りなかった。

 

従って、一刀が教え込めたのはほんの触りのみ。しかし、それで十分であった。

 

不安定な船上で自身を安定させる術を得た結果、遠距離部隊は命中率を向上させ、近距離部隊はまともな戦闘が出来るようになった。

 

あとは普段からの訓練の結果がどれだけ出せるかの問題。

 

100は出せずとも、それに迫るだけの実力を発揮できる者は確かに存在した。

 

彼らの存在と、そして先に述べた凪の存在が連合の想定を大きく狂わせていた。

 

 

 

「くっ……!この距離を近づけんとは……あれが碧殿の言う氣というものなのか?何とも厄介な……!」

 

連合側では随分前から関羽が苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたままだ。

 

言葉から分かるように、凪の氣弾の攻略に手間取っている状態だった。

 

しかし、良い手が浮かばず歯噛みする関羽に隣船から救いの声が届く。

 

「愛紗ちゃん!次の斉射は準備をしてから少し間を空けるわ!

 

 敵はその間、盾で視界が狭まるはずだから、その間に部隊を接敵させられないかしら?」

 

「それは……出来ないことは無いが、今の機を外した場合、敵の斉射や氣弾に落とされる可能性が高まりはしないのか?」

 

「大丈夫よ!もうずっと、私の部隊と夏侯淵の部隊は交互に斉射し合っているような状態なのだけれど、どちらも相手の斉射の準備を確認したら防御を固めているからなの!

 

 だから、そこを突いてこちらが斉射の準備をしてから射掛けるまでの時間を意図的に伸ばせば、その分はこちらの自由に出来る時間となるわ!」

 

「なるほど。承知した!では紫苑、合図を頼む!」

 

「ただし、愛紗ちゃん、これだけは注意してちょうだい!稼げる時間はそれほど多くはならないわ!

 

 相手は夏侯淵、斉射の準備から間が空けば何があったか察してもおかしくないわよ!」

 

「分かった、ならばこちらも速度重視で吶喊隊を組む!」

 

黄忠に応え、すぐに関羽は動き出す。

 

「周倉!周倉はどこだ!」

 

関羽が吶喊隊を組むに当たって一番に選んだのは、今や関羽隊の中でも目立った実力を示している周倉だった。

 

彼とその周囲の兵は怖いもの知らずな面がある。それ故に彼らは多少危険な策でも二つ返事で引き受けてくれるのだ。

 

いつしか、今回のように迷わず突っ込んだ方が良い結果を得られる場合、優先的に周倉にその役目が回されるようになっていたのである。

 

ただ、今回は周倉の姿がすぐには見つからない。

 

どこに行ったのか、と暫し探していると、少し後方に下がった位置で周倉の後ろ姿を発見した。

 

どうやら誰かと話をしている様子。

 

更に近寄って見てみれば、話している相手は呉の兵士であることが分かった。

 

「ここにいたか、周倉!取り込み中か?」

 

まだ少し離れていたが、時間が惜しいとばかりに関羽は声を張り上げて周倉を呼ぶ。

 

名を呼ばれた瞬間、周倉の肩が跳ねた。

 

呉の兵もまた関羽の方に視線を向ける。

 

それから一言二言話すと呉の兵の方は関羽に一礼してから本陣の方向へと戻って行った。

 

「すいやせん、関羽将軍。決してサボっていたわけじゃあねぇんでさぁ」

 

「ああ、それは分かっている。

 

 それで、先ほどの者は何を伝えに来たのだ?」

 

周倉は開口一番謝罪から入った。

 

どうやら先ほどの大声を叱責と勘違いされてしまったらしい。

 

関羽にそのつもりは無かったことを口にしつつ、呉の兵の用件を周倉に問うた。

 

もしかすると策の変更等、大事な用件だったのかも知れない。

 

今回は自軍の軍師だけでなく呉の軍師達も交えて策を立てているとあって、特に伝達の面で今までと勝手が異なる点があった。

 

今の一幕にしても、相手が呉の兵で無かったらその場で用件を問い質していただろう。

 

「へい、策の変更とかでは無ぇですぜ。

 

 右翼の方の戦況を伝えに来ただけだったみたいでさぁ」

 

「右翼の?ということは向こうは戦況が悪いのか?」

 

「いやいや、特別に悪いってわけでは無ぇみてぇですが、ちぃと消耗戦の様相を呈してるってぇ話でしたぜ」

 

周倉から聞いた情報が何を意味するか、それを関羽なりに整理する。

 

その答えは部隊の配置を考えればすぐに出てきた。

 

「なるほど。ならば遊撃隊は向こうに回される可能性が高いということか。

 

 ならば、周倉。これから与える任務はより大事なものになるぞ」

 

「任務ですかい。吶喊なら任せてくだせぇ!」

 

「まさにそのものだ。

 

 戻るぞ、周倉!任務の内容は戻りながら説明する!」

 

「へい!」

 

関羽は戻りつつ黄忠から提示された吶喊作戦の内容を周倉に伝える。

 

周倉はそれを聞きつつ、吶喊部隊を構成するためのメンバーを集めた。

 

 

 

「愛紗ちゃん!次に間に合いそう?!」

 

「大丈夫だ、紫苑!兵員は揃えた!いつでもいける!」

 

関羽が甲板最前まで戻って来ると同時に黄忠から声が掛かる。

 

今まさに斉射の準備に入ろうとしていたようだった。

 

「周倉、聞いた通りだ。すぐに配置に着いてくれ。

 

 吶喊の機については紫苑から合図が出るからそれで行け」

 

「へい、任せてくだせぇ。魏の連中の陣容に穴ぁ開けてやりますぜ」

 

ドン、と胸を叩いて大見得を切った周倉は実際に頼もしく見えたようだ。

 

関羽は周倉の背を叩き、この策の成否を彼に任せたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏の右翼では再び秋蘭の声が上がる。

 

「斉射来るぞ!皆、防御の用意!」

 

幾度も繰り返した後だけに、盾を構える兵の動きは速い。

 

ただ、そろそろ何かしら手を打たなければ、と秋蘭は考える。

 

一進も一退もしないような現状では体力よりも精神力が摩耗する。

 

僅かな気の緩みから一気に戦線が瓦解することなど、さして珍しいことでも無いのだ。

 

さて、ではどうしようか、と斉射が来るまでの時間を利用して思考する。

 

あの策は準備が足りない、この攻め方は機動性が足りない、などと思考を巡らせていると、ふと違和感を覚えた。

 

違和感の正体に瞬時には気付けない。が、それほど時間を掛けずに気付くことが出来た。

 

射手として鍛えた広い視野に端に呉の小舟を発見し、更に黄忠の部隊が弓を引き絞るだけでどうして射ってくる様子が無い。

 

二つが秋蘭の頭の中で結びついた瞬間、やられた、と思わず口を突いて出てしまっていた。

 

「くっ、そう来たか……!

 

 小舟の兵を――――いや、せめて斉射を早めてやらねば……っ!」

 

敵の弓兵が準備万端整えている現状、下手な動きは取れない。

 

下手な焦り方をすれば次の敵の斉射で甚大な被害を受けてしまうこともあり得るのだから。

 

秋蘭は自身のみ射撃を行うことにし、その対象を考える。

 

最も狙いたいのは接近してくる敵の近接部隊だが、そちらを狙うと無防備になった秋蘭の横面に黄忠が狙いを定めて来るだろう。

 

さすがに秋蘭でもノールックで黄忠の矢を避けるなどという芸当は不可能。

 

ならば、黄忠を視界に入れつつ弓兵の誰かを――――

 

「いや……ここで仕留めてやろうか」

 

秋蘭は狙いを黄忠に定める。

 

まだまだ戦は始まったばかり、お互いに手の内を見せていない状態だったが、秋蘭はここで一つを見せてやることを決めた。

 

あわよくば、黄忠を仕留められないか、とも考えないでも無いが、距離のある現状、深手を負わせられれば上出来だろう。

 

秋蘭は息を整えてから三本の矢を用意する。

 

三本連続の早射ち。それも、三本目は黒く塗りつぶして視認しにくくしたカモフラージュ弾。

 

かつて、一刀との仕合の中でも見せた技であるが、あの頃よりも秋蘭の技は遥かに洗練されていた。

 

息を吸い、止めて、揺れの端を待ち――――黄忠の心の臓に狙いを定めて一息に三射。

 

その軌道は三本とも完全に一致し、その先に的があれば綺麗な継ぎ矢となっただろう。

 

矢同士の距離も近い。

 

仮に飛来する矢を撃ち落したとしても、その動作が大きいものであれば二の矢、三の矢で倒れる結果となるだろう。

 

いかな黄忠といえども、これならば手傷を与えられるはず。

 

だが、その考えは甘かった。

 

秋蘭が攻撃動作に入った時点から全てを見て予測していたのだろう。黄忠は既に四本の矢を用意していた。

 

そして、秋蘭が矢を放った直後、黄忠もまた矢を放つ。

 

黄忠の矢の軌道はぴったり秋蘭の矢の軌道に重ねてきている。それが四本。

 

必然、手前の三本が秋蘭の矢を全て弾く。そして。

 

四本目の矢が秋蘭目掛けて飛来する。

 

弾こうにも態勢が悪かった。

 

「くっ……!」

 

多少の怪我は覚悟する。せめて戦闘続行が可能なレベルに抑えることを意識する。

 

そして、急所を外そうと身体を捻りかけた時、秋蘭の視界の端から四角い何かが覆って行った。

 

少なからず驚いていると、その何かに矢が突き立つ音が耳に届く。

 

直後、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。

 

「手出し申し訳ありません、夏侯淵様」

 

「……いや、助かった。お前は一刀と桂花の?

 

 だが、何故ここに?」

 

「はっ。始原より名を連ねております。

 

 隊長の命により、将軍のお側で防御に徹しておりますれば」

 

その会話で秋蘭は大よそを察した。

 

不慣れな船上での戦、そこで将を失うような事態だけは絶対に避けなければならない、と判断してのことだろう。

 

今までの黒衣隊の任務に比べれば異質な命となるが、地獄の特訓で能力全般を底上げしている黒衣隊員であれば大抵の任務はこなすことが出来る。

 

それは今回の任務にも当て嵌まっていた。

 

魏にとって利となるのであればどのような任務でもこなすのが黒衣隊。

 

今はただ、その采配に感謝しておく。

 

と、そのような会話をしている間に黄忠が、というより敵の部隊そのものが動いた。

 

秋蘭の攻撃を機に黄忠が斉射の号令を出したのだろう。

 

連合側から矢の雨が降り注ぐ。

 

秋蘭は大盾の陰に隠れながら再び矢を三本保持した。

 

ただし、今度の狙いは黄忠ではなく、こうしている間も着実に近寄ってきている連合の近接部隊。

 

部隊の兵には先ほどまでと同じように斉射をさせることで、黄忠にはそちらに集中してもらう算段だった。

 

しかし、すぐに秋蘭は計算を狂わされたことに気付く。

 

黄忠がそう指示したのか、連合の斉射が中々終わらない。

 

どうやら射つタイミングをズラすことで矢の雨を一時的に疎にして時間を延ばして来たようだった。

 

これは時間を稼ぎ終えられる、と秋蘭は直感する。

 

その直感に従ってすぐに声を張り上げた。

 

「連合の近接部隊に乗り込まれるぞ!近接対応部隊の者は注意せよ!」

 

「なっ……いつの間に……っ!

 

 迎撃部隊!矢が止んだらすぐに散れ!

 

 どこから乗り込まれたとしてもすぐに振り落とすんだ!」

 

秋蘭の声に真っ先に反応したのは凪だった。

 

盾の陰から可能な限りで見回してみれば、確かに回り込む形で至近距離まで近づいている連合の小舟が視界に入った。

 

もしかすると視認出来ない位置から接近している部隊もあるかも知れない。

 

そこで凪は咄嗟に全方位警戒を命じたのであった。

 

やがて、暫しの後、連合の矢の雨が止む。その直後、魏の船に連合の兵が乗り込んで来た。

 

奇しくも、秋蘭の勘が当たってしまったのである。

 

すぐに魏の船上各所で戦闘が始まる。

 

秋蘭もまずはそちらの鎮圧を優先しようとした。

 

その時、乗り込んできた敵の一人が秋蘭に襲い掛かる。

 

秋蘭は焦らず、冷静にその兵を撃ち抜こうとし――――その顔を見て手を止めた。

 

得物を振りかぶった兵はそのまま秋蘭に向かって振り下ろそうとし――――飢狼爪の手前で止めた。

 

そして周囲には聞こえぬよう潜めた声を出す。

 

「お久しぶりです、副室長。申し訳ないんですが、暫くこっちで暴れさせてもらいやす」

 

「久しいな、周倉。これは策か?」

 

「策っちゃあ策ですが、隊長のでは無いです。

 

 ただ、隊長の方から追加の任務を言い渡されたもんで、今正体を現すわけにはいかねぇんでさぁ」

 

周倉はその内容までは口にしない。しかし、秋蘭にとってはそれで十分だった。

 

それでも、秋蘭の口からは思わず溜め息が漏れていた。

 

「一刀はまた潜入しているのか……全く……

 

 だが、分かった。ちなみに、お前が連れてきた他の連中は?」

 

「選んだのは皆隊長に借りのある奴らなんで、大体の事情は知ってます。大きな被害は双方出さんようにさせますんで。

 

 ある程度暴れたらこっちが押される形で逃げ出そうと思ってるんで、そん時はよろしく頼んます」

 

「うむ。では――――」

 

程々にな、と続けようとした秋蘭だったが、離れたところから聞こえてきた連合側の兵の台詞が、秋蘭から言葉を奪ってしまった。

 

「ちょっ、おい!強ぇぞ、こいつら!」

 

「やべぇ!お頭のお願いごととか聞いてらんねぇぞ!」

 

「こうなりゃ仕方ねぇだろ!全力でやっちまえ!

 

 後のことは全部周倉のお頭が何とかしてくれらぁ!」

 

「「おおっ!」」

 

漫画であれば大きな汗マークを浮かべて吹き出しも無いような一コマが完成しそうな空気が二人の間に流れる。

 

その空気を破ったのは苦笑気味の秋蘭であった。

 

「…………なあ、周倉。本当に大丈夫なのか?」

 

「へ、へぇ。大丈夫でさぁ。

 

 …………多分」

 

若干ならず心配になる。が、このような状況になって今更どうこう言ったところでどうしようも無い。

 

気を取り直し、秋蘭は黄忠との牽制合戦に戻ることにした。

 

ただ、その前に一つだけ忠告を口にする。

 

「凪には仕掛けるな。あいつは一刀と共に鍛錬を積むことで恐ろしく強くなっているぞ」

 

「それは遠目に見てても分かりやした。

 

 せいぜい気を付けさせてもらいやす」

 

その言葉を最後に周倉は混戦の中へと飛び込んでいく。

 

前を向いた秋蘭の耳には一層激しくなった剣戟の音()()が届いてくるのであった。

 

 


 
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