No.913865

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百四十二話

ムカミさん

第百四十二話の投稿です。

両軍、遂に赤壁の地へ向けて――――


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2017-07-13 03:02:50 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2375   閲覧ユーザー数:2025

 

龐統、黄蓋の二人を迎えた魏はそれまでの進路を変え、連合よりも一足先に長江を目指していた。

 

ただし、その間も小部隊は派遣して連合にちょっかいは出し続けている。

 

その部隊を主に務めているのは霞と鶸。

 

騎馬部隊であるこの二人――と蒲公英――は長江での船上戦では使わないことが決定している。

 

その為、次に控えるのが船上戦となった時点から彼女達はバックアップへと廻っていたのであった。

 

これには利点もあった。

 

騎馬部隊故に情報のやり取りが早く、連合側に魏の行動の変化を察知され難い、というものだ。

 

その分、霞と鶸の負担は増すこととなるのだが、当の二人はこれを喜んで引き受けた。

 

「どうせウチは次の戦では暴れられへんしな。

 

 船の上でやり込めたら最後は平原なんやろ?せやったら、その準備運動とでも洒落込んで一足先に暴れたるわ!」

 

「せっかく一刀さんに鍛えて頂いたにも関わらず、次の戦では私も役に立てません。

 

 だからこそ、役に立てる今の状況に私はむしろ感謝しています」

 

霞も鶸も気力は十分。後はそれが空回りしないことを祈るだけ。なのだが、頭の回る二人のこと、その心配はほぼ無用であろう。

 

 

 

さて、そうこうしている内に魏軍は長江に出た。

 

別働隊に先行させて用意させておいた軍船も、進路を変更した時点で伝令を出し、合流に間に合っている。

 

それらを見て黄蓋は感心の色濃い声を上げた。

 

「ほう、これはなかなかの船じゃな。

 

 儂らの――いや、呉のものと比べても見劣りはせんじゃろうて」

 

「これだけ大きい船でしたら、繋ぎ合わせればかなり揺れは抑えられるものと思われます。

 

 二隻でも十分だと思いますが、三隻も繋げばほとんど地上と変わりないほどになるのでは無いでしょうか?」

 

龐統もまた魏の用意した軍船の大きさに驚きつつも、以前に自らの提示した策について再度説明していた。

 

華琳はまるで当然であるかのように一刀へと視線を向ける。

 

その流れは予想出来ていただけに、一刀は軽く肩を竦めてから答えた。

 

「前の時も言ったけど、双胴船は安定性を得る代わりに機動力が落ちてしまう。

 

 この二つは二律背反だけどどちらも欲しいものだから、丁度いいつり合いを考えないとな。

 

 というわけで、繋ぐのは二隻までにしておこう。船の総数が奇数なのなら、仕方が無いから一組だけ三隻繋ぎで。

 

 それでどうだろうか?」

 

「そうね、それで構わないわ」

 

華琳は一刀の案にあっさりと許可を出す。

 

良く言えば信頼の表れ、悪く言えば一刀への丸投げなわけだが、それで魏は上手く回っているので良しとしよう。

 

「ちょっとよいか、北郷?

 

 簡単に船を繋ぐと言っておるが、それには時間がかかるのでは無いか?

 

 連合には孔明と公瑾がおるんじゃ、あまり時間に猶予は無いと思うがのぅ」

 

「ああ、それなら心配はいらない。

 

 こういった技術的なことに関して、魏には反則的な人材がいるんでね」

 

苦笑とも不敵な笑みとも取れる不思議な笑みを浮かべて言う一刀に、事情を知らない黄蓋と龐統は首を傾げることとなった。

 

技術力はそのまま国力に繋がる。そして、それは集め、処理し得る情報量にも同じことが言える。

 

詰まる所、真桜と一刀が一所に集っているからこその最強の魏であり、その実態を今まさに龐統と黄蓋は目にしようとしているのだ。

 

 

 

「なんや、呼ばれたんで来たで~。

 

 河に着いて早々に呼ばれるっちゅうことは、もう繋いでもうたらええのん?」

 

至極いつも通りの様子で真桜がやってくる。

 

その人物が将であることは分かっていても、軍議の場であまり発言しないこの真桜を重要人物だとは思わなかったようで。

 

「こやつ、李典とか言うたか?

 

 工兵を呼ばずにこやつだけ呼んで、一体何をしようと言うんじゃ?」

 

「惚けてる……ってわけじゃなさそうか。

 

 それじゃあ、黄蓋さんも本当に李典の名を知らなかったってことかな?

 

 なら、魏の情報封鎖は呉にも有効だったってことで自信が持てるんだけども」

 

黄蓋の瞳は、御託は要らないからさっさと本題を話せ、と明確に語っていた。

 

龐統の方に目を向けても、一刀が何をしようとしているのかについて理解している様子は無い。

 

ならば、と一瞬だけ真桜の真価を秘匿し続けることを考えかけたが、ほぼ同時に、それに意味が無い事にも気付いた。

 

故に、一刀は真桜の真価とこれからすることを全て説明する。

 

「確かに真桜は将でもあるが、どちらかと言えばその役割は工兵の長としての役割が大きい。

 

 魏どころか大陸でも一番であろう技術力も持っているし、何より作業が早くて正確だ。

 

 この点は蜀や呉と比べても頭一つ抜けているだろう」

 

「ほう?なるほどのぅ。

 

 工兵隊専属の将なぞ、確かに呉にはおらんのぅ。蜀にもおらんかったのでは無いか?」

 

「あわわ……えっと、その……

 

 実は、朱里ちゃんがそういう発明とかは好きでして……

 

 色々と新しいものを考えては作ろうとしていました」

 

「へぇ、そうだったのか……

 

 ってことは、もしかして気球とか作ったりしたのかな?」

 

「え、ええっ!?ど、どうしてそのことをっ?!」

 

一刀が何気なく聞いてみた内容に、龐統は本気で慌てふためいた。

 

どうやら諸葛亮は本当に気球の製作に挑んだようだ。

 

ただ、それを魏の間諜が掴んでいないということは、どうやら完成に至ってもいないようでもある。

 

そうなれば、まず外には出ないはずの情報なわけで、それを外部の者が知っていたともなれば驚愕してもおかしくは無いだろう。

 

「前に、俺は未来から来た、という話はしたと思う。

 

 未来ではこの時代の知恵者として真っ先に名前が挙がるのが諸葛亮なんだ。この時代で一番とも言われている。

 

 そして、それを補強するようにたくさんの逸話が存在していた。その一つが気球の話でね。

 

 正直、これに関しては眉唾だと思っていたんだけど、まさか本当に挑戦していたとは……

 

 成功の兆しなんかは見えたのかな?」

 

「あわわ……えっと、えぇっと……

 

 じ、実は朱里ちゃんは大分真剣に取り掛かろうとしていたんですけど、ほとんど構想の段階で没案になってしまいまして……

 

 技術的に開発にもその後にも危険が大きすぎる、と判断したんです」

 

「む……まあ、残念よりもやっぱりかって気持ちの方が大きいな。

 

 いや、でも興味深い話が聞けたよ。ありがとう、龐統さん。

 

 さて、すまんな、真桜。それじゃあ指示内容だけど――――」

 

「ちょい待ち、一刀はん!」

 

龐統とのやり取りを締めて真桜に指示を出そうとしたところ、大振りなジェスチャーと共に真桜が待ったを掛けた。

 

その彼女が一刀に向ける目は好奇心に爛々と輝いている。

 

「さっきの、”ききゅう”て言うんやったか?それについて詳しく教えてぇな!

 

 なんや、ウチの気に入りそうな話の匂いがぷんぷんしてんでぇ~!」

 

「あ~、うん、そうだなぁ……」

 

新しいもの、そして技術的に難しいもの。そんなワードが会話の中に出て来ようものなら、研究者肌の真桜が食いつかないはずが無かった。

 

しかし、そうは言ってもいくら真桜でも、いや真桜だからこそ、この場で話だけを聞かせても、それで納得して引き下がってくれる保証は無い。

 

だったら、と一刀は即興で条件提示をすることにした。

 

「この戦で真桜の働きが十分以上だと判断出来れば、その時には俺が持つ気球の知識を全部話してやろう。

 

 前に言ったことを少し破ることになってしまうが、まあ諸葛亮が開発に取り掛かろうとしていたのならグレーゾーンだろうしな」

 

「ホンマやな?ウチはちゃんとこの耳で聞いたで!

 

 ぐれえっちゅうんが何かはよう分からんけど、要するにウチがちゃんと一刀はんの頼み通りに働ければええっちゅうことやんな?」

 

「ああ、そうだ。頼むぞ」

 

「おっしゃ!めっちゃやる気出てきよったわ!

 

 ほんで?」

 

真桜は満面の笑みを浮かべ、やる気に瞳を輝かせて一刀に指示を乞う。

 

一刀は若干空回りが恐ろしい気がしたが、こと技術面に関してはどんな状態であっても真桜はきっちりしている――――はずだ。

 

そう信じて一刀は指示を出す。

 

「以前の軍議で龐統から出た案のことだが、今すぐ全ての船同士を繋いでくれ。

 

 基本は二隻単位で。船が余るようなら一組だけは三隻繋ぎで構わない。

 

 それで――」

 

ここで一刀は真桜にだけ分かるようにスッと視線を龐統たちに向けて動かした。そこに込めた意味を真桜が理解してくれると信じて。

 

「――指示内容は全てだ。

 

 極力早く仕上げてもらいたいが、掛かる日数予測は立てられそうか?」

 

「う~ん、せやなぁ……

 

 船繋ぐための穴開けるんはウチの武器使(つこ)たら問題無いと思うわ。

 

 ウチも凪に色々教わっとるからちょいとなら氣ぃの出力も操れるようなっとるからな。船を壊さんように穴開けるくらいすぐやで!

 

 それよりもまず船を繋ぐもんを作らなあかんけど、こっちが時間掛かりそうやな。

 

 実際やってみな分からんけど、集めるにしても作るにしても、全部で五、六日くらいちゃう?」

 

真桜の回答に一刀は二通りの意味で満足して首肯した。

 

「それくらいでやってくれるか。

 

 ならその計画で華琳たちには話を通しておこう。

 

 一応言っておくが、遅れそうなら都度報告してくれよ?」

 

「おう、任しときぃ!

 

 ほな、早速取り掛かるわ!」

 

すちゃ、と手を挙げたかと思うと、次の瞬間には真桜は走り出していた。

 

それはそれはとても早く、余程真桜のやる気がゲージを振り切っている様が見て取れるものであった。

 

「あの……」

 

もの言いたげな様子の龐統は、しかし何を問えばいいのやら、と頭の中がグルグルしている様子。恐らくは先ほどの一幕も後を引いているのだろう。

 

その分、問う内容を整理したのは黄蓋が先であった。

 

「のう、北郷。先程李典は五、六日で作業を終えると言っておったが、それは本当なのか?」

 

「まあ、真桜ならそれくらいで仕上げてくれると思うよ。

 

 ひょっとして遅いかな?」

 

「逆じゃ!そもそも、縄なり鎖なりを調達するだけでそれくらいの時間は掛かるじゃろうて!

 

 そこから船に加工し、繋ぎ合わせるとなると十日は掛かると思っておったぞ」

 

「あ~……そっか、そう言えば二人は真桜の武器も知らないんだもんな。

 

 まあ、見てなって。真桜があそこまで自信満々に言い切ったってことは本当にすぐに終わるだろうしさ」

 

百聞は一見に如かず。その言葉に則て二人には真桜の作業を直に見てもらって納得してもらうことにした。

 

それが何より手っ取り早く確実な手段なのだから。

 

 

 

 

 

それからの四日、真桜の工作部隊はそつなく鎖調達のふり(・・)をこなし、五日目、船に加工する日を迎える。

 

黄蓋と龐統の二人は一刀に呼ばれ、その作業を共に見守ることとなった。

 

そんな二人の探るような視線もなんのその、真桜はいつも通りに事を進めんと作業を始めた。

 

船に加工するというのに工員が武器を構える真桜が一人だけ、と言うのは二人にとっては非常に不可解に見えるだろう。

 

が、それも次の瞬間までの話。

 

真桜が螺旋槍に氣を込めると、金属音を発して螺旋槍の先端が回転を始めた。

 

現代人であったならば、ドリルと言うものを知っているため驚きはある意味でまだ少ないのだろうが、大陸には当然そのようなものは無い。

 

必然、黄蓋と龐統の驚きは相当なものとなる。

 

何が起こるのやら、と黄蓋も龐統も目を白黒させながら真桜の動向を固唾を飲んで見守る。

 

「ふぅ……えっと、確かこう、やったよな……?」

 

真桜は更に何かを確かめるように螺旋槍の柄を握る。幾度目かのそれと同時、螺旋槍の回転数が変化した――――と言っても、見ている分には音が変化した程度でどう変わったのかまでは分からないのだが。

 

真桜は、よし、と頷くと、船の外壁に向き合う。そして――――

 

「よっ」

 

軽い掛け声とともに真桜の螺旋槍が船に押し当てられた。

 

瞬間、船の側壁が削られ始める。

 

螺旋槍が無闇な破壊を行わないのは真桜が回転数を調整しているからなのだろう。

 

凪から氣のコントロールを教わっていなければ、この作業はまた別のものとなっていたのかも知れない。

 

ともかく、真桜は螺旋槍で船に鎖を通す穴を開けようとしているわけである。

 

事前に練習を積んでおいたのか、真桜は螺旋槍を完璧にコントロールして見事に船体に穴を貫通させてのけた。

 

「おっしゃ、出来たで!特に問題も無さそうやな。

 

 ほんじゃ、この調子でさくっと終わらせてまいますかぁ!」

 

出来栄えには真桜自身も満足したようで、特段の指示も無くその場を他の工兵に託した。

 

どうやら工兵部隊の役割分担は既に明確に決まっていて、穴開けが真桜、船体を繋ぐ作業が残りの工兵の仕事となっているようだ。

 

淀み無くてきぱきと鎖を繋いでいく向こうでは、再び真桜が船体に螺旋槍を宛がっている。

 

そんな調子でものの二刻もしない内に全ての船で繋ぎ作業が完了していた。

 

「李典将軍、最後の接続が完了致しました!」

 

「おう、ご苦労さん。おっしゃ、今日のウチらの仕事はこれで終わり――――と言いたいとこやけど、他の兵器の整備しに行くで。

 

 なあ、一刀はん。この作業したっちゅうことは、最後の戦が近いっちゅうことなんやろ?」

 

工兵部隊への指示ついで、といった具合でそう一刀に問い掛けた真桜。

 

その内容に、瞬間一刀は顔を顰めかけた。が、気合で意地でも表情に変化を起こさせない。

 

『最後』の捉え方次第では一刀の嘘が黄蓋と龐統にバレるリスクがある。それは避けなければならない。

 

「……桂花と零の予想は、呉の十八番、水上戦闘で雌雄を決したいと連合軍が企てている、というものだった。

 

 それが概ね正しいことはこの二人からの話でも分かった。ならば、こちらは敢えて乗って、その上で叩き潰す。

 

 そう決めたのだから、確かに最後の戦い、か。それが近いことも事実だな。

 

 もう、十日とせず開戦するんじゃないかな?」

 

「せやんね。ほんなら、ウチらがやるべきことはいつでもいけるように準備万端整えることやな!

 

 ほな、行くで、お前ら!」

 

真桜が工兵を連れて去った後、一刀はこっそりと黄蓋・龐統を盗み見る。

 

少し苦しい言い分だったかと心配していたのだが、それ以上に真桜とその部隊の作業による衝撃が大きかったようだった。

 

些細な違和感は驚きに飲み込まれ、特に気にしている様子も無い。

 

このまま触れず、流してしまうのが一番だ、と一刀は結論付けた。

 

「黄蓋さん。早速で悪いけど、うちの兵たちに新たな船の状態の下での水練を行ってやってくれないかな?」

 

「む?おお、任せておけ。久々に鍛え甲斐のある奴らじゃとよいがのう」

 

「龐統さんの方は――――」

 

「あ、私は荀彧さん達と策を練ります。連合の策の変化は幾通りも考えられますので難航してしまっているのですが……」

 

「いや、助かるよ。敵の内情を知る者の存在はこちらの大きな利点、向こうの無視出来ない不確定要素となるからね」

 

これが心から言える事であったならばどれだけ楽なことか。

 

龐統が齎す情報の真偽は都度確かめなければならない。

 

それが密かに桂花や一刀の負担になってしまっているのだが、そんなことは本人に対して微塵も見せてはならないのだ。

 

加えて龐統の秘めている策がいつ如何なる形でどのように行われることになるのか、常に注意しなければならない。

 

全くもって難しい事この上ない任務になったものだ、と一刀は内心で独り言ちながら二人と別れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……厄介ですねぇ~」

 

「は、はい。ですが、ここまでは想定以上に兵の消耗を抑えられています。

 

 この先もこの調子でいけば万全の態勢で魏に対することが出来るかと」

 

連合軍が入った砦では魏からのちょっかいに対して軍師たちを集めての軍議が設けられていた。

 

状況を整理し終えての陸遜の言葉と、それに対する呂蒙の反応。

 

連合から見た状況をより詳しく説明すると、霞と鶸によって幾度となく攻め立てられており、都度迎撃部隊を当てて凌いでいる状態だった。

 

ぶつかり合う度に倒れる兵は出て来るものだが、始めから緒戦は撤退戦を演じることを決めていた連合軍にとってはそれも計算の内。

 

その上で被害の数を抑えられているのであれば上々だ、と呂蒙は言ったわけである。

 

しかし、陸遜から返された評価は厳しいものであった。

 

「亞莎ちゃんはまだまだですねぇ~。この状況だからこそ、逆にそれがまずいかも知れないんですよ~」

 

「待て、穏。

 

 そちらは魏の動きについてどう考えているか、改めて聞いても良いか?」

 

陸遜に対して周瑜が待ったを掛け、諸葛亮に対して蜀の見解を問う。

 

これまでに幾度か、ちょこちょこと話してはいるのだが、改めて見識を共有しようという目的がこの軍議にはあった。

 

「はい。我々としては、ここ数日の魏の攻勢には疑問を抱く点がありました。

 

 数日前までとは異なり、直近の魏の部隊は張遼か馬休が将を務める部隊ばかりです。

 

 初めこそ、機動力を主とした部隊に切り替えてこちらの損耗を狙っているのかと考えましたが、被害状況を鑑みるに目的は別にあると見ています」

 

「そちらの考えるその目的とは?」

 

「策の練り直しのための時間稼ぎ、では無いかと」

 

諸葛亮の言葉に蜀側の徐庶も頷きを見せている。

 

周瑜はそれを確認した上で陸遜に視線を向けた。

 

陸遜もまた同意の意味を込めて首肯する。

 

「ふむ、なるほど。

 

 どうやら見解は一致しているようだな」

 

蜀側の姜維、呉側の呂蒙は言われて気付いた、といった表情をしていた。

 

ただ、これで皆の認識がきちんと一致した。これを以てようやく本題に入ることが出来る。

 

この軍議の招集人である周瑜がここで一つの新たな情報をこの場に齎す。

 

「認識を共有したところで、本日思春から報告された魏の情報を伝える。

 

 現在、魏は我々連合を追うでは無く、一足先に長江へと向かい黄蓋を教官として水練を行っているようだ。

 

 方針の変更には龐統が魏に流した連合の情報が絡んでいる。

 

 更に、我々の造船技術の一部も伝えられ、既に魏の船には改良を加えることが決定したということだ。

 

 つまり、張遼と馬休が時間稼ぎのために攻めて来ている――いや、攻めて来るフリをしているのは確定だと言う事だな。

 

 そして、策の練り直しは既に済み、実行に向けての準備を進めているものと見て良いだろう」

 

「そうですか。想定通りと想定外が同時に来てしまいましたね……」

 

諸葛亮の呟きには皆が肯定の意を持つ沈黙で返す。

 

しかし、沈黙が場を暗くさせきってしまう前に周瑜が動いた。

 

「魏の動きが早いのであれば、こちらも早く動けば良いだけだ。そうじゃないか、孔明よ?

 

 我々呉は至急連合の全将を招集しての緊急会議を開くことを提案する」

 

周瑜の言葉は諸葛亮を真っ直ぐ見据えて放たれていた。

 

呉は覚悟を決めたぞ。蜀はどうなのだ。そのような意を込めて。

 

諸葛亮もまた、グッと下唇を噛み締め、腹を決める。

 

「蜀もその意見に賛成します。

 

 魏が長江へと流れた以上、策を前倒しして決戦に挑む他無いでしょう」

 

諸葛亮の後ろに控える徐庶も姜維も、彼女の意見を指示するように首肯する。

 

つまり、軍師全員の意見が一致した。

 

「ならば、すぐに招集を掛けよう。

 

 蜀の面々にはそちらで頼みたい。

 

 場所はこの部屋。時間は半刻後とする」

 

「分かりました。半刻後、皆さんを連れて戻ります」

 

諸葛亮の発した言葉を合図に、軍師達はそれぞれの陣営に与えられた区画へと足を向けた。

 

 

 

いよいよ、大詰めへと向けて事態は動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

きっちり半刻後、先ほどの部屋には蜀の将、呉の将、集まれる者全てが集まっていた。

 

面々が揃ったことを確認し、まずは周瑜が口を開く。

 

「突然の招集に遅れなく応じてくれて感謝する。

 

 事態が事態なだけに、今回は前置きは全て省き、本題から入らせてもらう。

 

 我々連合軍はこれより赤壁へと直進し、魏を迎え撃つ態勢を整えることとなった」

 

周瑜の突然の宣言に、室内の将達の多くがどよめく。

 

それは今までの軍議で聞いていた内容を大きく変えるものだったからである。

 

「皆が驚くのも当然だと理解している。

 

 思春。間諜からの報告内容を」

 

「はっ。

 

 本日、魏に潜入している間諜より情報が届きました。内容は魏の動向について。

 

 現在、魏は連合を追うのではなく、龐統の献策を以て長江へと出、黄蓋を教官として水練を行っている、とのことです。

 

 そしてもう一点。ここ数日の連合への魏の攻め手についてですが、張遼と馬休の部隊のみを用い、他の部隊は全て次の戦に向けての準備に入っているとのことです」

 

再び起こるどよめき。が、今度のものは先ほどとは毛色が異なる。

 

脱走した龐統と黄蓋が事もあろうに敵である魏に与していたこと。そして、魏が先手を打ってきているようであること。

 

それは魏に対して綿密な策を立てて先手を打ち、二国の力を終結してこれを打ち破らんとする計画そのものにヒビを入れ兼ねないもの。

 

それを理解出来た将は、事態の危うさに気付いたことになる。

 

「なるほどなのだー。どうにも歯応えが無いと思っていたのだ。

 

 でもでも、それが分かったってことは、やっと次の戦ってことなのだ?」

 

張飛の明るい声が響く。

 

普段からあまり頭を使わない方である張飛だが、この時ばかりはそれがプラス方向に働くこととなった。

 

過ぎた事に対して一々暗くなっていては今後に影響が出てしまう。

 

今は早い段階で情報を得られたことに感謝し、対策を立てることが急務なのだ、と皆が気持ちを新たにした。

 

「ああ、そうだ。こうなった以上、魏に余計な時間を与えるわけにはいかない。

 

 最短で赤壁へ到達し、即座に準備を整える。然る後、魏の船団へ向けて侵攻を開始する。

 

 が、魏の方もどの段階で動いてくるかがまだ不明となる。

 

 そこで、ここでは予め私と孔明の方で考えておいた、水上戦での新たな配置について通達する」

 

周瑜の口振りで分かる通り、連合がこれから赤壁へ出て、すぐに水上戦に臨むことは既に決定事項として話が進んでいる。

 

当然、その場の皆が気付いているが、誰もそこに疑問は抱かない。

 

皆、このタイミングで動かなければならないことだけは理解出来ていたのである。

 

配置に説明の段になって話の主導が周瑜から諸葛亮へと移った。

 

諸葛亮は竹簡を確認しつつ配置を伝えていく。

 

「細かい配置は追々微調整を加えていきますが、まずは大まかな配置をお伝えします。

 

 まず、今回の戦で重要となる最前線についてですが、右方に甘寧さんの部隊を、左方には紫苑さんの部隊を配置します。

 

 また、紫苑さんのすぐ隣に愛紗さんの部隊も配置します。

 

 甘寧さんの後ろには程普さんと呂蒙さんの部隊を、紫苑さんと愛紗さんの後ろには鈴々ちゃんと杏ちゃんの部隊を配置します。

 

 以上の七部隊が主力部隊となります。

 

 基本的に飛道具を扱う部隊と近接武器主体の部隊で組み、開戦後は飛道具を、敵の接近を許した際には近接武器による撃退を狙います。

 

 甘寧さんに関しては――――」

 

「思春は河賊流の船上戦闘を存分に発揮してやれば良い。お前たち最前線の部隊の活躍次第で後の策の成功率が左右すると思って目一杯暴れて来い」

 

甘寧を始め、名を挙げられた七名はしっかりと頷く。

 

己の役目が重要であることはしっかりと理解していた。

 

「中衛には孫策さん、太史慈さん、焔耶さん、翠さん、それと華雄さんの部隊に入ってもらいます。

 

 こちらの部隊は遊撃と最前線の部隊に被害が出た際の補填用部隊となります。

 

 陸遜さん、雫ちゃんも同時に配置しますので、お二人は適宜指示を出して戦況の変化に即応出来るようにしてください」

 

約一名、不満そうな表情を見せた者もいたが、概ねこちらも納得して自身の配置を受け入れる。

 

「最後に、残りの方は後方の本陣となります。

 

 碧さん、申し訳ないのですが、今回は本陣の砦役をお願いします」

 

「ま、妥当なとこだね。

 

 分かった、桃香も月蓮もこのあたいが守ってやるよ」

 

「はっ!あんたに守られるほど私ゃまだ落ちぶれちゃあいないよ?

 

 だがまあ、何にせよ……冥琳、一つだけ聞いておく。

 

 祭の行動は、あんたの予想通りになったかい?」

 

周瑜はこれに対し言葉では答えず、口角を吊り上げることで答えとした。

 

孫堅の方もそれで理解し、満足したようだった。

 

「なあ、朱里?私も後方なのか?

 

 正直に言うと、私では砦役にはなれないと思うんだが」

 

配置を聞いて、思わずといった様子で公孫賛が諸葛亮に問い掛ける。

 

ただ、それはどうやら少し早かったようであった。

 

「いえ、白蓮さんと、それから美以ちゃんのお二人には万が一の場合の備えを行って頂こうと考えています。

 

 不測の事態で決戦が陸地戦にまでもつれ込むことになった時のため、色々と準備をしておいて欲しいのです」

 

「なるほど、分かった。後でその内容を教えてくれ。

 

 その手の準備は得意なんだ」

 

「にゃ?美以もかにゃ?」

 

「はい、そうです。

 

 美以ちゃん、以前に見せてもらったアレ、どれくらい用意出来たかな?」

 

「んにゅう~……あれは美以たちもあまり捕まえられないにゃ。

 

 でも、頑張って五頭は捕まえたにゃ!」

 

「そっか。それで十分だよ。ありがとう、美以ちゃん。

 

 それじゃあ、美以ちゃんはあれを後で伝える場所に連れて来ておいてね。

 

 白蓮さんにはまた後で準備の詳細を記した竹簡をお渡しします。よろしくお願いします」

 

公孫賛と孟獲も首肯で納得したことを示す。

 

これで赤壁の戦いにおける連合側の配置が決まった。

 

諸葛亮の通達が終わり、再び周瑜が口を開く。

 

「配置は今孔明に通達してもらった通りだ。が、開戦までにより最適な配置があるとなれば、変更もあることを覚えておいてもらいたい。

 

 また、策の詳細などについては追って説明する。

 

 今回の軍議の内容や今後の方針について疑問のある者がいれば今の内に解消させておいて欲しいが、どうだろうか?」

 

周瑜の問い掛けには特に手を挙げる者もいなかった。

 

どうやら、皆納得したようである。

 

「ならば、これで本日の軍議は終了とする。各自、すぐに出立に備えて準備を開始してくれ」

 

連合は現在、一分一秒を惜しいと考える。それが周瑜と諸葛亮の一致した見解だった。

 

そのため、余分な話を一切挟む事無く、淡々と軍議は終了して連合は出立の準備へと入った。

 

 

 

 

 

その後、連合は実にスムーズに移動を開始し――――数日の後には既に水上戦闘の準備を万端整えた軍勢の姿が赤壁の地に並んでいた。

 

その船団が遂に魏のいる方向へと進み始める。

 

いよいよもって、大陸の雌雄を真に決する大戦が始まろうとしていた。

 


 
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