No.912544

zuiziさん

オリジナル小説です

2017-07-02 23:30:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:484   閲覧ユーザー数:484

 知人が塩の柱になってしまってということは何か悪いことでもしたのかしらと思うけれどもどうも確たる理由は聞こえてこないで、振り返ったとか振り返らなかったとかそんな定かでない理由らしい、それでいつまで経ってもその振り返ったところで固まっているのもいけないので、当局から呼び出しが掛かって、その塩の柱を回収してくださいというような通達が出されて、通達というかまあその元知人だった塩の柱に粗大ゴミの日でないのに出されている粗大ゴミに対して貼りつけられるような注意書きみたいな案文で、何月何日までに回収されない場合は処分します云々というような文言が書かれており、そりゃ、当局はこれが元々は人だったというようなことは信じられないであろうから、そんなふうに粗大ゴミの一種であろうともくろんでいるのだろうけれども、元は人なのであるからそれはいくら何でもゴミ処理場まで回収されていってしまってはいけないだろう(じゃあ百歩譲って火葬場まで持っていけばいいのかというとそういうことでもないだろうけれども)。

 仕方がないので回収することにする。知人には、知己の人物が私しかいない、という確かな確信が私にはあって、というのも知人は私に対して「お前しか知り合いがいないよ」というようなことを悲しそうな顔でよく自嘲していたからで、それは確かなことだ。

 夕方になるまで灯りを付けない部屋で押し入れの中で植物育成の紫色のランプを付けて朝顔を育てていた知人はよくうつぶせのまま畳に額をつけて何時間も動かないことがあって、私はどうしてそんなに動かないままでいられるんだろうと聞いたことがあったけれども、知人はついぞ理由を言ったことはなかった。

 知人は近所の街区公園の椅子から立ち上がった辺りで塩の柱になったらしい。公園へ行くと子供たちが集まっていて知人をつついていたり「塩だ」などと言って遊んでいたりするので、私が台車をガラガラと押して持っていくと子供たちは「どうするの」と言って私の周りに付いて回る。私はうっとうしいので無視していると子供らは飴をあげるからどうするのか教えて欲しいというようなことを言って、私は彼を連れて行くんだよと言うと子供たちはへーと言ってそれきり関心を失ったような感じで三々五々散っていく。知人を持ち上げると思ったよりも重く、成人男性だから六十キロだかそれぐらいの重さのある塩の塊を台車に乗せるのは苦労するし、素手で触れたところが触れた先から痒くなってくるのには難儀するが、塩の柱なので仕方がない。

 知人を台車に乗せて押して行くと知人と過ごしたあれこれの日々のことが思い浮かんできて私は思わず涙ぐんでくるが、そういう中で具体的に思い浮かぶのが目黒のサンマを食べに行こうと言ってサンマ祭りの日に目黒に行ったのはいいものの、どこがサンマ祭りの会場なのか分からないで二人でずっとうろうろして、結局見つからなくて大戸屋に行ってサンマ定食を食べた思い出だ。

 大戸屋の椅子に座って知人はトイレへ行くふりをして店内にいるすべての人の頼んでいるものを観察して「誰もサンマ定食を頼んでいる人はいない」「みんなサンマを食べてきてしまったから頼んでいないのだ。ここでサンマを頼んだらおれたちはいい笑いものだぞ」などと言って私にもサンマを頼ませずに、口の中はすっかりサンマになっていたのにサンマを食べられなかったものだから私はとても悲しく味噌カツ定食の大味な味付けのご飯を一生懸命かっこんでいた、あの記憶だ。

 少し台車を押して行くと分かったことだが、段差などに乗り上げると知人がすぐ傾いてしまって倒れそうになるのでバランスが悪い。近所のホームセンターへ行ってトラロープを買って、それで知人を台車に横倒しにしてトラロープで固定するともう動かないで大丈夫だ、そんなふうに扱うことは人道に悖るようにも思ったが、何しろ塩の柱なので多少手荒い真似をしても大丈夫なのだ。知人の顔を見ると苦しそうな表情は少しもしておらずむしろ間の抜けた表情で、きっと知人は一瞬にして塩の柱にされてしまったのだろうから、苦しむ時間はなかったのだと思うと、それがせめてもの慰めだと思う。

 やがて何度か知人が台車からずり落ちてそのたびにトラロープで結び直すたびに少しずつ知人が欠けていっているような気がしたけれどもとりあえず運ぶことを第一に考えて見ないふりをしているうちに時間が流れて夕方になって、防災のチャイムが子供は家に帰りましょうというような趣旨のアナウンスをして、それから明日は大雨になりますから傘を用意していきましょうというようなアナウンスをする。私の家の前の水路がよくオーバーフローするものだから、明日の大雨の時は大丈夫だろうかと思いながら知人の家までやってくると、鍵は開いていて、私は易々と入ることができる。

 知人はもう帰ってこないつもりで鍵を開けたまま出て行ったのかなと思って明りをつけようとしたら、電気が止まっているのか開閉器を押しても付かないし、カーテンから差し込む西日の明りだけではもう目鼻の区別も付かないぐらい。仕方がないのでスマホの明りを灯しっぱなしにして知人を部屋の中に持ち上げて入れて、そのまま立たしておくのもなんだから布団を敷いてあげてそこに寝かしてあげる。寝ていようが坐っていようが、どっちだっていいような気はするけれども、寝ている方がまだましだと思う。知人だってそう思うに違いない。

 そういえば知人は金魚を飼っていたなと思って金魚鉢を確かめたら金魚はもうみんないなくて、ただ電気が通っていない筈なのにモーターが動いていて水中にぶくぶく酸素を送っているのは不思議だった。苔で緑色になった水草だけがぶくぶく言うのに合わせておよおよと動いており私は知人は後半生は水草を眺めて時間を潰していたのかなと思った。

 スペアの鍵が玄関のすぐ脇にあったから、私は知人の部屋を出て鍵を掛けて帰ろうとした。帰り際に居間の方からすまないねと知人が私に手を振ってきたけど、私は疲れたので無視して戸を閉め、郵便受けから鍵を落して帰った。


 
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