No.907430

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百三十九話

ムカミさん

第百三十九話の投稿です。


事態は動く。急激に。

2017-05-27 04:08:24 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2219   閲覧ユーザー数:1889

 

龐統が砦を去った翌日。

 

その日は早朝から不穏な空気が砦に渦巻いていた。

 

否。正確には砦の中のとある一室を、である。

 

今、件の部屋に集うのは蜀の将達、それと呉の将達。

 

双方とも、何とも言い難い堅さを伴っていた。

 

ただ、その度合いは蜀の方が大きい。

 

その理由は、この招集の経緯にあった。

 

そもそも、龐統に逃げられたことを受けて、蜀は謝罪と対応を兼ねて緊急の軍議を招集するつもりだったのだ。

 

ところが、日も明けぬ内に呉から伝令の兵がやって来て、こう告げた。

 

「孫堅様が緊急の軍議を開かれるとのことです。

 

 日が昇る頃までには始めたいとのことで、場所は昨日の軍議と同じ部屋となります。

 

 この場にいない方への通達をよろしくお願いいたします」

 

不意打ちと言って良かった。

 

呉の側から緊急で招集する理由は、いくつか想定出来る。

 

当然、その中には蜀にとって最悪のものも含まれているのだ。

 

事と次第によっては、計り知れないダメージを蜀が負う可能性がある。

 

極度の緊張に苛まれて当然の状況だと言えるだろう。

 

 

 

部屋に誰よりも早くいたのは孫堅。

 

孫堅はそれから微動だにせず、続々と集まって来る二国の面々を眺めていた。

 

やがて、その流入の波が途絶える。

 

それを以て、ようやく孫堅が動いた。

 

「お互い、いくらか見えない顔があるようだが、どうやらこれで全部みたいだね。

 

 さて、それじゃあ始めようか。

 

 その前に……まずは、蜀の。

 

 緊急での招集、すまなかったね。応じてくれて助かるよ。

 

 ちょいとこっちの陣営で問題が起きちまってねぇ。

 

 今後の連合の動かし方にも関わってくるってんで、こっちだけで抱えとくわけにもいかなくなっちまったんだよ」

 

孫堅は軽い言葉で話し始める。

 

しかし、その口調には軽さは無く、どころか十二分に重い内容の話が展開され始めていた。

 

蜀としても、この軍議のどこかで龐統の件を切り出しておかねばならない。となると、早い方が良い。

 

諸葛亮も徐庶も、切り出すタイミングを慎重に窺っていた。

 

そんな二人の、そして軍議場内の皆の耳に、孫堅からの報告事項が入って来る。

 

「昨夜のことなんだが、祭――――黄蓋の奴に逃げられちまったようだ。

 

 それに関しては――――思春、詳細を報告しな」

 

「はっ」

 

孫堅の言葉に応えて甘寧が一歩歩み出る。

 

そして、溜めるでもなく事務的な報告然として口を開いた。

 

「昨晩、祭殿――――黄蓋が脱走しました。

 

 我等が陣営内のことながら気付いた者は少なく、将が二名追跡したのですが、夜闇に紛れて撒かれてしまいました。

 

 現在、黄蓋の行方は知れず。目下、捜索中となります」

 

甘寧の報告内容に、蜀の一部の者は身を固くする。

 

それは、蜀にとって最悪の事態に繋がり得る内容であった。

 

「甘寧さん、一つよろしいでしょうか?」

 

徐庶が挙手し、発言の可否を伺う。

 

甘寧が孫堅に伺い、孫堅が頷いて許可を出すと、徐庶は確認の意味を込めてズバリの質問を投げることにした。

 

「黄蓋さんはそちらの方で軟禁状態にあったのでは無かったでしょうか?

 

 そのような状況から、どうやってあの方は誰にも気付かれずに姿を眩ませたのでしょう?」

 

「それについてですが、詳細な方法は判明しておりません。

 

 ですが、黄蓋の脱走を内部から手引きした者がいたことは事実です」

 

「内部から手引き、ですか?」

 

問い返す徐庶の声には、注意深く聞けば焦りを含んでいることが分かる。

 

ただ、甘寧はその場で気付くことも無く、普通に受け答えする。

 

「はい。昨晩、黄蓋の部屋の見張りに立っていた者によれば、夜更けに一人の兵が竹簡を持って来た、と。

 

 その兵は見張りの者に、月蓮様からの当面の処罰内容を記したものを届けに来た、と言っていたのですが……

 

 兵を部屋に通した後、いくら待てども兵が出て来ず、不審に思った見張りが黄蓋の部屋を覗いた時には既にもぬけの殻になっていた、とのことです」

 

「勿論だが、私ゃそんな竹簡なんて書いてないよ。

 

 つまり、祭の奴をどうしても逃がしたかった()()()()が騙った、ってとこだろうね」

 

孫堅は蜀の者たちに向けて含み笑いでそう語った。

 

それがまるで降伏勧告かのように聞こえた者は少なく無かっただろう。

 

事実、徐庶は黙って首を横に振った。諸葛亮に無言で視線を向け、どうするかを問う。

 

果たして、諸葛亮が出した結論は――

 

「報告の途中に申し訳ありません。今の件に関しまして、我々からも一点、報告しておきたいことがあります」

 

これ以上後手に回るのはマズい、というものだった。

 

孫堅にジェスチャーで先を促され、諸葛亮は一度深めに呼吸してから覚悟を決めて話し出した。

 

「実は昨晩、我々の方でも先の一件で軟禁処分を課しておりました龐統が脱走しました。

 

 幸い、やり込められた者がすぐに回復したため、迅速に捜査網を構築でき、捕縛する寸前まではいったのですが……

 

 蜀国内で幾度か現れた義賊を称する者がまたしても現れ、龐統に助太刀されたことで逃げられてしまいました。

 

 その際ですが、正確なものではありませんが、呉の方たちの方へと逃げた可能性も十分にありまして……

 

 甘寧さん、すみません。一つお尋ねしたいことがあります。

 

 昨晩に黄蓋さんの下へ現れたという兵についてですが、何か容姿に関する情報はありませんでしょうか?」

 

「兵の容姿に関する情報でしたら、非常に小柄な兵であった、という程度のものです。

 

 体調を崩している風を装って口周りに当てていた布によって性別も分からない状態であった、との報告が上がっています」

 

「そう、ですか……」

 

がっくりと項垂れたくなるような心境を、諸葛亮や徐庶は味わっているのだろう。

 

どう考えても、その”非常に小柄な兵”は龐統なのだから。

 

「本当に申し訳ありません。どうやら、こちらを脱走した龐統はそのままそちらの方に侵入し、黄蓋を連れて姿を晦ましたようです」

 

「ま、そんなとこだろうね。ところで興味本位で聞きたいんだが、さっきの話に出てた義賊とやら、捉えたのかい?」

 

孫堅の言葉に、瞬間、諸葛亮は意外そうに目を見開いた。その顔は余すところなく驚愕の色に染まっている。

 

が、すぐに軍師の顔へと戻して孫堅の質問に答える。

 

「いえ、申し訳ないのですが、そちらにも逃げられております。

 

 その義賊は非常に腕の立つ者でして、こちらの関羽と渡り合うほどの実力者なのです。

 

 その上、どうやってかこちらの武将の癖を知り尽くしているようでして、多対一にも持ち込めず。

 

 色々と攪乱された上で大した手傷も負わせられなかった可能性が高い、という状態です」

 

「んん?また随分と曖昧な物言いだね。あんたんとこの事じゃないのかい?」

 

自軍内のことでありながら断言しない諸葛亮の言い方に孫堅は違和感を覚えた様子。

 

が、諸葛亮のそのような言い方にも当然理由があった。

 

「それなのですが、こちらの皆さんの話を統合しても、どうにも最後が曖昧になってしまうのです。

 

 昨晩に義賊と刃を交えた武将の中で最後の方に戦ったのは愛紗さんと星さん――関羽と趙雲なのですが、聞き取る限りは関羽、趙雲の順番で戦っています。

 

 そして、関羽は深手では無いにしても手傷を負わせた手応えは感じている、と。

 

 ですが、その後で趙雲に当たって……」

 

「そう言えばその趙雲がいないようだね?そん時に何かがあったってことかい?」

 

「はい。星さんは義賊との戦闘で負傷しました。今は大事を取って休養してもらっています。

 

 それと、星さんの話では義賊の動きに鈍りは見られなかった、と。

 

 愛紗さんと星さんは実力が伯仲していますので、愛紗さんとの戦闘で手傷を負った義賊は本来であれば星さんが捕らえられるはずだったんです。それが……

 

 すみません、情報が曖昧となってしまっているのはそういう理由です」

 

「そういうことかい。ま、逃げられちまったもんは仕方ないね。

 

 一先ずそっちの話はこれで置いとこうか。

 

 さて、それで話を戻して、祭と龐統についてだが――――」

 

「あ、あのっ!」

 

孫堅が話を進めようとしたタイミングで、蜀側から声が上がる。

 

皆の視線が声の主――――姜維の方へと流れた。

 

瞬間だけ怯んだものの、叫んだ勢いに任せて姜維は孫堅に問いを投げる。

 

「お話の途中で申し訳ありません。ですが、一つだけお尋ねしておきたいことがあるのです。

 

 こちらの龐統の行動についてなのですが、その……宜しい、のですか?」

 

「貴女は馬鹿ですか、杏!それを問うにも機というものがあるでしょう!それに問い方にしても……もっと言葉を取り揃えてから発言しなさい!

 

 申し訳ありません、孫堅殿。我々の教育不足でご迷惑をお掛けしました」

 

姜維の発言内容に対し、即座に徐庶の叱責が飛んだ。

 

確かに、姜維の気持ちも分からないでは無い。実際、彼女の立場になって考えてみれば、そこはいち早く知りたいであろう事柄なのだから。

 

ただ、徐庶の言葉の通り、尋ねるタイミングはここでは無い。

 

それこそ、軍議が終わってから、或いは早くとも当面の行動指針を決定してから、話題転換して問うのが筋だ。

 

故に、徐庶は姜維を叱り、孫堅に頭を下げた。だったのだが。

 

「ふむ。確かに、そりゃあそうだ。気になるもんは仕方ないだろうね。特にあんたは軍師なんだろう?

 

 いいだろう、話を進める前に軽く説明でもしておくさね。

 

 簡単に言っちまえば、龐統に簡単に侵入を許しちまっていたこっちの責任もデカいと考えているのさ。

 

 確かに、昨晩の内に祭が脱走しちまった原因は龐統が侵入したことだろう。

 

 だがね、昨晩にあいつが実際に脱走したってことは、遅かれ早かれそうなっていただろうさ。

 

 だったら、ここで龐統を擁していたあんたら蜀を責め立てたって無意味じゃないかい?

 

 何にせよ、これからの展開次第じゃあこっちの祭があんたらに迷惑を掛けちまう可能性も十分にある。

 

 ってことでこの件はこれで手打ちってことにしちまおうと思うんだが、どうだい?」

 

孫堅の最後の台詞はこの場で蜀としての対応の決定権を持つだろう諸葛亮に向けられたもの。

 

諸葛亮は頭を下げて答えた。

 

「是非もありません。呉の寛大な対応に感謝いたします」

 

諸葛亮のみならず徐庶や姜維にも異存は無い様子だった。

 

「それじゃあ、さっきの話に戻そうか。

 

 祭と龐統の動きと連合の今後の対応についてだが、冥琳、説明を頼んだよ」

 

「はい、月蓮様。

 

 今後の予想に関して、前提として祭殿と龐統が共に行動しているものとして予想を立てています。

 

 龐統が共にいるということを考慮すると、恐らく二人は魏に流れるものと考えます。

 

 二人が向こうで求めるものの予想もある程度付きますが、ここは置いておきます。

 

 問題は何を手土産として下るか、になります。

 

 十中八九、こちらの内部情報、そして赤壁にて画策しているこちらの策についてでしょう。

 

 これを受けて魏がどのように動くか、その詳細は正直に言って予想が付きません。

 

 そこで、こちらは周泰をそのまま魏に張り付けることとしました。

 

 ただ、魏は二人が降ったことを罠だと捉える可能性も非常に高いと考えられます。

 

 そうなれば当然、間諜に対する警戒は最大となるでしょう。そこで、蜀の皆さんには申し訳ありませんが、魏に向ける間諜はこちらの選りすぐりの者のみで構成することとしたいと思います。

 

 いかがでしょう?勿論、異論があればお聞きします」

 

周瑜の説明の内容に、諸葛亮を始めとする蜀の頭脳陣は内心で喜んでいた。

 

彼女らにとっては一つの重荷、つまり蜀からの間諜派遣の取りやめの提案について頭を悩ませる必要が無くなったということになる。

 

ただし、そういった感情はおくびにも出さず、諸葛亮が代表して答える。

 

「こちらに異論はありません。両国の間諜の能力差、魏の捕殺能力を考慮すれば妥当な判断かと。

 

 ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」

 

「では、対魏の当面の方針はそのように。

 

 それと赤壁での布陣についてですが……後で詳細については互いの軍師を集めて改めて軍議を開きたいのですが、簡潔にこちらの考えを話します。

 

 策が漏らされると考えますが、敢えて策の変更は無しにしたいと考えます」

 

周瑜のこの発言には蜀側でも呉側でも、主に武将から驚きのどよめきが起こった。

 

予想の範疇だった周瑜は用意していた回答を口にする。

 

「勿論、完全に同じではありません。策の向きは変えず、手を加えることで罠を張る。そのようにします。

 

 利点は二点。一点目は魏の疑心を誘い、動きを鈍らせること。

 

 二点目は魏の動きの予想が付けやすくなり、こちらの対処が楽になること。

 

 当案の採用可否を含め、詳細は後程周知いたします」

 

「と、いうわけだ。

 

 さて、こいつは緊急で集めたもんだし、互いに内部で話しておきたいことも多々あるだろう。

 

 お互い、特に今聞いておきたいことが無けりゃあ、ここは一旦終わろうかと思うんだが、どうだい?」

 

周瑜の説明が終わると、孫堅は一同を見回しながらそう提案した。

 

これに対する反対はどちらからも上がらない。

 

「よし。それじゃあ、こんな早くから悪かったね。

 

 当面はお互い今まで通りに軍を進めておくとしようか」

 

孫堅の言葉を最後に、明るい雰囲気など微塵も見られない軍議が終わった。

 

 

 

言うまでもなく、連合には不安という暗い影が落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合軍で事件が起こった数日後。

 

遠く離れた場所で新たな事件が起こる。

 

 

 

「ご報告申し上げます!斜め前方より少数ですが武装した一団が接近中!

 

 現在のところ、行軍速度は遅く、敵対する意志も見せてはおりませんが、白旗を上げてもおりません!

 

 一団の兵の鎧を見るに呉の者のようですが旗印は無し!目的は完全に不明です!

 

 いかがいたしましょう?」

 

連合を追いながら赤壁の地へと向けて行軍中の魏軍。

 

その本陣に伝令兵が駆け込んで来て急ぎ報告した内容が上のもの。

 

その場にいた三人――華琳と桂花、零は報告を聞いて、まずは互いに顔を見合わせた。

 

表情には決して出さず、しかし瞳で、遂に来たか、と言葉を交わす。

 

「秋蘭の部隊に伝令を送り、警戒させなさい。相手が行動を起こさないのであれば暫くは様子見よ。

 

 敵対行動を見せることなく去った場合、決して後を追わせないこと。それは罠の可能性が高いわ。これは全部隊に通達。

 

 それと、一刀をここに呼ばせなさい」

 

「はっ!!」

 

華琳がいつも通りにてきぱきと指示を出す。

 

いつもと違う点と言えば、一刀をこのタイミングで呼んだことくらいだが、それを不審がるような者はいない。

 

将としてであってももう一人の国の柱としてであっても、呼ぶことにおかしなタイミングでは無かったからである。

 

暫くの後、一刀が来るとほぼ同時に、一団からの使者が来たとの報告が入る。

 

伝令兵によれば、黄公覆を名乗る者が降伏を宣言し、謁見を求めているとのことだった。

 

一刀もそれで瞬時に状況を理解する。

 

「許可するわ。ここに連れて来なさい。

 

 それと、全武将に招集の伝令を出しなさい」

 

華琳は伝令兵に向けてただ一言だけを返した。

 

兵が去った後、華琳は一刀に視線を向ける。

 

その瞳を正面から捉え、一刀は一つだけ頷いた。

 

そのやり取りを言葉にするならば、こうなるだろう。

 

『いつも通りにやらせてもらうわよ?』に対し、『ああ、それで頼む』、と。

 

事前に聞かされていた事の大きさにも関わらず、特に気負った様子の無い華琳は、改めて、やはり大物なのだと悟らせるに十分なものだった。

 

 

 

魏の将が皆集まった後、魏の兵に案内されて入ってきたのは事前の通達通りの黄蓋その人、そしてもう一人、フードを目深に被った小柄な人物であった。

 

共に華琳に向かって拝手の形を取るとまずは黄蓋が口を開いた。

 

「曹孟徳殿とお見受けする。

 

 儂は姓を黄、名を蓋、字を公覆と申す者。知っておられるじゃろうが、つい先日まで呉の将をしておった者じゃ。

 

 この度は儂の無理を聞き入れてくれたこと、誠に感謝いたす」

 

「構わないわ。こちらも興味があったのよ。

 

 呉において宿将とまで呼ばれた貴女が、どうしてこのようなところに一人でいるのかしら?

 

 降伏宣言にしては他がいないわよね?ならば和平交渉でもしにきたかしら?

 

 ああ、面を上げていいわよ?そのままでは話しにくいでしょうしね」

 

華琳の許可に対して礼を述べ、顔を上げてから黄蓋は答える。

 

「降伏宣言か和平交渉か。そのどちらかででもあれば儂も喜ばしかったのじゃが……

 

 残念ながら堅殿も蜀の連中も、お主らとはとことんやり合うつもりのようでしてな。

 

 儂らの主張とは相容れず、あまつさえ儂らは軟禁までされた。

 

 じゃから、儂らは儂らの主張を通すため、こうやってお主らの下に参った次第じゃ」

 

「ら?ということは、貴女だけでは無くてその後ろの者も将なのかしら?」

 

「然り。ただし、儂とは違って蜀の将じゃ」

 

話題が向けられて注目された小柄な人物は、軽く頭を下げる。

 

「あらあら。蜀も呉も一枚岩では無かったということかしら?

 

 まあ、どちらでもいいわね。我が覇道の最後の障害が案外脆かったとしても不都合は無いわ。

 

 それで。名乗ってもらえるかしら?」

 

最後の言葉は小柄な人物に向けられたもの。

 

その者は華琳の言葉を受けてフードを外すと再び拝手の形を取って名乗った。

 

「この度は突然の訪問を受け入れてくださり、誠にありがとうございます。

 

 こうしてお目に掛かるのは二度目となりますが、龐士元にございます。

 

 黄蓋さんと同じく、つい先日まで蜀で軍師をしておりました。

 

 桃香様――劉備様に降伏を進言し、軟禁されたため、黄蓋さんと共に脱走してここまで参った次第です」

 

「へぇ……あの鳳雛が、ね。少し意外ね。

 

 ああ、貴女も面を上げなさい。

 

 それで、貴女達がここに来た目的と要望を聞かせてもらえるかしら?」

 

回りくどいやり取りなどいらない、と華琳はズバリ本題のみを突き付ける。

 

こうした展開も想定の内だったのか、黄蓋と龐統は特に焦るでもなく、龐統がその問いに答えた。

 

「使者を通じてお伝えしました通り、我々は魏に降伏に来ました。

 

 少ないですが我々の部隊も同行してきております。勿論、兵の皆さんも納得尽くです。

 

 連合を降すに当たり、我々の武や知識を存分にお使いください。

 

 ただ、決戦の際と、戦が終わった後について、蜀・呉それぞれの王とその一族の命を保証して頂きたい。

 

 我々の要望はただそれだけです。

 

 それさえ約束して頂けるのでしたら、協力は惜しみません」

 

「なるほどねぇ。降伏し、従いはすれども、忠誠は元の主にあり、という事かしらね。

 

 桂花。どうかしら?

 

 この提案、受ける価値の程を評価してくれる?」

 

桂花は話を聞きながら既に諸々の展開を考えていた。

 

その内容を纏めて華琳への答えとする。

 

「はっ。この提案は受ける価値があると考えます。

 

 まずこの二人の脱走については連合軍も間違いなく把握しています。

 

 そして、諸葛亮や周瑜であれば二人がこちらに流れているものとして今後は策を考えていくでしょう。

 

 であれば、今まで組み立てていた敵方の策の情報はあまり使えずとも、内情や将の癖などを知るこの二人を使わないことに利はほとんどありません。

 

 そして二人の要望についてですが、こちらに関しては何とでも出来ると考えます。

 

 最悪の場合として戦で捕縛出来ずに逃してしまったとしても、次の戦で勝利を収めた後では我々に歯向かうことは実質不可能となるでしょう。

 

 戦の後に多少の不安要素を抱え込む可能性という欠点を考慮しても、次の戦を確実に有利に進めるための情報を得られる利点は大きいです。

 

 ただし、いずれの対応を取るにしても一点だけ確認を取ってからの判断とすることを進言します。

 

 確認すべきは二人の脱走とやらの理由が真実かどうか。

 

 これに関しては近く、草の者より報告が上がって来るでしょうから、それを待ってから対応を決定してはいかがでしょうか?」

 

「なるほどね。それで、零、風、稟、詠、それにねね。貴女たちはどうかしら?

 

 桂花の評価は正しいものか、それとも間違ったものか。遠慮なく言っていいわよ?」

 

華琳が軍師陣を促すも、誰からも声は上がらなかった。

 

それはつまり、詳細部分では違いはあれども、大まかな方針や考え方に違いは無いということを示している。

 

「我々も桂花に賛成です、華琳様。

 

 一点付け加えるとすると、草の報告でたとえ脱走が真実だと判明したとしても、二人と部隊には一定の行動制限を設けた方が良いかと考えます」

 

「そですね~。というか、桂花ちゃんはその辺のことも気付いていたと思いますが~。

 

 風からの提案ですが、この戦中は命令外で陣外へ出ることは禁止して置いた方が良いかと~」

 

零と風が桂花の評価に自身の考えを補足する。

 

風の言う通り、桂花もそこの対応は考えていた。

 

最善の対応について後で一刀とでも話し合おうと考えていたために言葉としては出ていないに過ぎないのであった。

 

兎にも角にも、軍師の意見は全員一致で提案を受ける方向。

 

後は桂花の言にもあった通り、間諜からの報告待ちである。

 

「黄公覆、それに龐士元よ。貴女たちの受け入れは前向きに検討しましょう。

 

 ただし、今しばらくは決定を待ってもらうわ。

 

 その間、天幕を一つ与えることとする。多少不便でしょうけど、そこは我慢してもらうわよ?」

 

「全く問題ありません。元よりこちらは無理を申している身なれば、前向きにご検討いただけるだけで良き返事にございます。

 

 ありがとうございます、曹孟徳様」

 

「感謝する、曹孟徳殿。

 

 それと一つだけ情報じゃ。

 

 堅殿は明命――――周泰をお主らの陣に潜入させるつもりで話しておった。

 

 間諜対策の守りは堅くしておいた方が良いじゃろうな」

 

黄蓋の言葉を最後に、二人は来た時と同じく兵に連れられてその場を去って行った。

 

後に残った魏の者たちも、今時点ではこれと言って新たな任務が増えることも無い。

 

各々、先ほどの内容を思い出しながら自身の仕事へと戻っていった。

 

 

 

 

 

その二日後。

 

桂花の言った通り、間諜が連合軍の情報を持って帰ってきた。

 

その報告内容は、二人の脱走が真実であると裏付けるもの。

 

蜀の対応にも呉の対応にも罠や欺瞞の兆候は見られなかったとのことだった。

 

これを受けて、華琳は黄蓋と龐統の受け入れを決定したのであった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
16
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択