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4月9日(2日目)西海ノ暁18 吉田ノ國 保ー04 『遠くまで』 サンプル

クサトシさん

4月9日(2日目)西海ノ暁18にて「吉田ノ國」より頻布予定の『遠くまで』のサンプルになります。
時雨とビスマルク、時雨と山城、時雨と五月雨の3本+αになります。
サンプルは時雨とビスマルクの話から少し。
表紙、挿絵はよしだ(651)氏
http://www.tinami.com/creator/profile/47581

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2017-03-30 19:39:36 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:785   閲覧ユーザー数:784

東の国にも雨は降る

 

 

 

 

電車の窓の外はめまぐるしい速度で異国の街、異国の文字の森を幾度も通り、得体のしれない、どこか見覚えある景色を映していた。しかし、彼女には関係無い事だ。

長旅で長続きするそれに飽きた、飽きないというより、彼女にとってそれは興味が無い事で、故に、『ただ』外を見ていた。

「わあ。」

目の前に座る銀髪の少女が窓に映る光景に目を奪われたのか、身を少し乗り出して、顔を窓へと近づける。

「ねえ、マックス。」

「海が見えてきたよ。」

「そう。」

少女の横に座る赤髪の少女はぶっきらぼうに答える。自身が読んでいる本を捲るのに夢中なようで、視線は本から動かず、彼女の感動の共感を一つも理解する気は無いようだ。

「きれーい。」

陽が照り返し、いくつもの眼が瞬くように海は光り輝く。

初めて見るその光景を目にしても、彼女の心が揺れ動く事はなかった。

 

「『戦艦』Bismarck.」

「『駆逐艦』Leberecht Maass.」

「同じく『駆逐艦』Max Schultz.」

「以上、3名。ドイツより着任。よろしく頼むわね、『Admiral』。」

『司令官』と呼ばれた堂丸は呆気にとられていた。

彼の目の前で女性3人が海軍の訓練行動にも負けない動作を揃えて行った上で挨拶をしてきた。

ここの鎮守府にドイツから新しく艦兵が来るという情報は受けていたし、日本語も少し喋れるのというのも聞いていた。ただ呆気にとられていたのは、その所作ではなく、ここまで流暢に日本語を喋れたことだ。

それと、大抵、熊とでも言われそうな大きな図体の堂丸を見れば、尻すごみされるのが彼のここに来てからの日常だったのだが、ビスマルクと呼ばれる女性は今にも啖呵を切りそうな火花を散らす目で、レーベレヒト・マースは新しいおもちゃでも見つけたような目で、マックス・シュルツは逆にこちらを観察しているような機械にも似た冷めた目でこちらを見ていた。

「どうかしたかしら。」

返事が来ない事に待ちかねたのか、ビスマルクが静寂の場に声を投げかける。

「いや、済まない。」

「あまりに立派な動作を見たもので少し感激してしまった。」

日本語が流暢なことの方が上回っていたが、急にドイツ語で話されても困るのでそこには触れ無い事にした。

「あら。」

声が少し柔らかくなった気がした。

「Danke.」

先程までの威厳溢れる立ち振る舞いから隣人に自慢話でもするかのように柔らかくなった。

「まあ、当然ね。ドイツが誇る戦艦の名を冠しているのだから。」

そうではないのだが。堂丸は少しの笑顔を取り繕った。

「それで、」

ビスマルクの目がまた光る。

「出撃はいつなの。」

「出撃?」

頭を傾けた堂丸の後ろから小柄な少女が現れた。もしかすると隠れていたわけではないだろうが。

「えっと、長旅のところお疲れだろうからすぐ部屋を案内しようと思うんだけど。」

「あなたは?」

 ビスマルクはその少女を睨みつける。特に少女は怯む様子はなく、まっすぐビスマルクを見た。

「あ、紹介が遅れてごめんね。ボクは時雨。ここで堂丸司令官の補佐を務めているよ。」

堂丸は時雨に続けるよう目配せする。

「それで、さっきも言ったけど長旅で疲れているだろうから、部屋を案内したいんだけど。」

ビスマルクの視線が時雨から動かない。

「時雨。そろそろ時間だ。案内したい気持ちもあるだろうが、変わるから行ってくれるか。」

「うん。」

「待ちなさい。」

ビスマルクは二人を引き留める。

「任務かしら。」

「え、えっとそうだけど。」

「私も連れて行きなさい。」

「え?」

「長旅で体が鈍っていたところよ。一人や二人、貴方達が増えたところで変わらないでしょうけど、私は戦艦『Bismarck』。多大な戦果を上げるわ。期待しなさい。さあ、行くわよ。」

「え。いやちょっと、話を、」

ビスマルクに襟を掴まれて、ずるずると引きずられていく時雨を堂丸、レーベレヒト・マース、マックス・シュルツは目だけ動かして見送った。

「レーベレヒト・マースにマックス・シュルツ、だったか?」

取り残された者達、堂丸は二人に話しかける。

「レーベでいいよ。こっちはマックス。何かな。」

「ありがとう。」

「それじゃあ、レーベ。」

「彼女はいつもああなのか。」

「うーん。」

「今日は一段と張り切ってるかな。」

「・・・そうね。」

そうかあ、とまた頭を悩ましているとレーベが話しかけてきた。

「ねえ。こっちからもいいかな。」

「うん?」

「ボクって言ってたけどさっきいた、シグレ、は男の子なのかい。」

「いや。女性だ。君らと同じ。」

「ふーん。」

 ボクかあ、と呟くのが聞こえた。

「堂丸3尉。」

今度は赤髪のマックスが話しかけてきた。相変わらず表情が固いのか、何も感じ取らせない。ただ覗かれているような薄気味悪さを少し感じていた。

「休みたいのだけれど、」

「案内してもらっていいかしら。」

「ああ、そうだな。案内しよう。」

時雨が連れていかれた部屋の入口を堂丸がちらと目に入れた時、まあいいか、と頭の中の考えを完結させた。

「任務と言ってもなあ。」

 

 

「哨戒任務とはどういうこと!」

海を走り、風を切る中、激昂するビスマルクは吠えていた。

「何度も言っているじゃないか。そのままの意味だよ。」

隣にいる時雨は答える。

引きずられている時も答えたのに。一体何度目だろう。

「敵は?どこに出るの!」

「ここは敵なんてほとんど出ないよ。」

今日は風が強い。走りながらでは、近くにいても大声を出さなければ相手に届かない。時雨の優しさと裏腹に声は切れかかりそうだった。

「なら、」

「何で私は来たの。」

荒げた声に対して、時雨は顔を引きつらせることしか出来なかった。

「知らないよ。」

 

傍目で見て、喧嘩している、ような、二人の後ろをやや離れて3人が追走する。

内二人が会話する。

「誰だいあの人。」

最上が隣の満潮に聞く。

「あんた、聞いてないの。」

ごめんごめん、と最上は両手を合わせ、可愛らしく謝るような動作を満潮に向ける。

「ドイツから新しく来るってあいつが言ってたでしょ。」

「ああ、そうか。あの人が。成程ねぇ。」

合点がいったのを喜ぶ最上に対して、覚えてなさいよ、と満潮は小声で海に吐き捨てた。

「来て早々なのに、」

前はまだ声の飛ばしあいをしているようだ。

「時雨も大変だねえ。」


 
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