No.898823

矢矧

東郷さん

艦これ バッドエンド風味

2017-03-26 22:54:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:622   閲覧ユーザー数:617

私は『阿賀野型』軽巡三番艦、矢矧。

 第二次大戦の終盤、坊ノ岬海戦の際、戦艦大和を守る為に乗組員共々奮戦して、沈んだ。

 けれど、私は大和を守ることが出来なかった。

 その無念が私の胸の奥底に燻っている。

 それを隠して、私は今日も自分たちを指揮する提督の執務室へ向かう。

 私の上司の提督はお世辞にも優秀とは言えない人物だ。

 彼は不器用で小心者で見栄っ張りでそして、意地っ張りだ。

 いつも何かに怯えている。

 ううん、ずっと秘書として脇に控えている私には分かる。

 提督の指揮する艦娘たちが無事に帰ってくるか、誰も欠けることなく鎮守府に帰ってこられるか、ずっと心配している。

 そのくせ、帰ってくればあのビッグ7の長門、日本の期待を一身に背負った超弩級戦艦、私が身を挺して守ろうとした大和にも罵声を浴びせる。

 そんなことをしているから、艦娘たちから嫌われる。

 中には彼の本質を知っている娘もいるみたいだが………。

 ほら、今日も………。

 

 

 

 「ふざけんな、弾薬も燃料もただじゃねえんだ。あれだけ大口叩いといて生き残った駆逐艦も落とせねえのかよ。なにが『栄光のビッグ7』だよ。大体、赤城も赤城だ、回避もろくにしねえで何が「一航戦の誇り」だよ。てめえの誇りは敵の攻撃で大破するのが誇りか、わらわせるz………ぐぇっ!」

 

 

 

 提督の言葉は途中で遮られる。

 長門の拳を顔面に喰らったからだ。

 椅子から転げ落ち、床を転がった提督を見る長門の目は冷ややかで上司を見る目ではなかった。

 隣に立っている赤城は自身の誇りを否定され静かに泣いていた。

 

 

 

 「自ら前線に出る勇気もない無能な奴にどうこう言う資格は無い。もう限界だ。出ていかせてもらう」

 

 

 

 本来、提督から艦娘たちを解雇することはあっても、艦娘たちから出ていくと言う宣言は無い。

 それほどまでに長門は憤慨しているのだろう。

 口を出さず、見ていると提督は顔を真っ赤にして立ち上がり、長門の顔をぶん殴った。

 

 

 

 「おう、出てけ出てけ!てめえみたいなのはいらねえよ!確か新任の提督にお前を欲しがっている奴がいるからさっさと荷物まとめてここから出てけ」

 「…………」

 

 

 

 殴られた長門は提督の言葉を聞いて、何も言わず部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 あの一件から、私のいる鎮守府では艦娘たちの離反が相次いだ。

 もう私たちの鎮守府に残っている艦娘は片手で数えるほどになってしまった。

 提督は口では「ああ、清々する。五月蠅い奴らがいなくなってくれて。これで安心して眠れるぜ」と言ってはいるが、夜になると、いなくなった艦娘たちの写真の前で泣きながら謝っているのを私は知っている。

 その頃から、私は訳の分からない感情に襲われていた。

 この気持ちを私の知っている言葉で表すなら「保護欲」ではないだろうか。

 提督の泣いている姿を見ると、今すぐにでも抱きしめてどこかへ連れて行ってしまいたいと思う。

 そんな気持ちを抱えて私は日々を過ごしていた。

 だが、予想だにしない出来事が起きてしまった。

 

 

 

 いつものように部屋へ入ると、提督はいなかった。

 だが、机の上に何か紙が置いてあるのに気が付いた。

 気になって手を取って、中身を読む。

 そして、後悔した。

 内容は、艦娘の離反を咎める内容で、提督の無能を延々と批判し続けるものだった。長ったらしい手紙の最後に『貴官を近日中に提督から解任、更に降格させることとなるだろう。』

 そう書いてあった。

 読んだことを後悔しつつ、手紙を元の場所へ戻そうと思った時、提督が部屋に入ってきた。

 提督は私の手の中の手紙と私の顔を交互に見ると、ため息を吐いた。

 

 

 

 「読んじまったんだな。ったく、勝手に読んでんじゃねえよ」

 

 

 

 いつもならもっと罵倒されるのに、今日は言葉にも力がなかった。

 

 

 

 「ま、見えるとこにおいてた俺も悪いんだろうけどよ。矢矧、今日の業務は終わりだ。部屋に戻れ。あと、厨房にいる鳳翔にも行っておけ」

 「は、はい。」

 

 

 

 そう言うと、提督は[[rb:何故か > ・・・]]軍帽と勲章、階級章を机に置くと、部屋を出て行った。

 私は、手紙を畳んで机に置くと、フラフラと部屋を出た。

 この時私は気が付くべきだった。

 なぜ提督の声が優しかったのか、提督が得たもの、大切な物を自身から離したのか。

 彼はこの手紙を読んだときに決意し、決断した。

 私は彼をちゃんと見ていなかった。

 “小心者”な彼ではあるが、彼もまた栄誉ある帝国海軍の一員であると言う事を完全に失念していた。

 

 

 

 

 

 

 「提督、遅いですね」

 

 

 

 異常に気が付いたのは、鳳翔だった。

 1900時、提督が決めた夕食の時間に提督の姿が無かった。

 恐らく手紙の件で色々と悩んでいるのだろう。

 

 

 

 「私が呼んでくるわ、食卓に並べるのをお願いしますね」

 「はい」

 

 

 

 私は鳳翔に食卓を任せ、提督の私室へ向かった。

 本来、提督の私室への出入りは秘書艦でも禁じられているが、この場合は仕方がないだろう。

 そう言い聞かせながら、ふと気が付いた。

 なぜ私は提督の部屋へ行くのを楽しみにしているんだろう。

 なぜ私は提督の事を考えるとこんなにも胸が苦しいのだろう。

 いくら考えても分からない。

 気が付けば、提督の部屋の戸の前に立っていた。

 深呼吸をしながら、戸をノックする。

 

 

 

 「提督、いらっしゃいますか?」

 

 

 

 返事がない。

 もう一度、今度は少し力を強めてノックする。

 

 

 

 「提督、夕飯のお時間です。早くしないと冷めてしまいますよ?」

 

 

 

 やはり返事がない。

 失礼かと思ったが、この場合は仕方がないと割り切り、ドアノブを回す。

 戸を開くが、中は暗い。

 

 

 

 「電気のスイッチは…、あった」

 

 

 

 電気をつけると、部屋の真ん中に提督が座っているのが見えた。

 丁度東の方向を向いている。

 だが、体勢がおかしい。

 坐禅でもくみながら、寝てしまったのだろうか。

 私は提督の後ろから肩をたたいた。

 反応がない。

 視界の端に見覚えのあるものがあった。

 そちらを向くと、そこには刀の鞘だけがあった。

 じゃあ刀本体はどこに…、と部屋を見渡すが、どこにもない。

 ふと、提督の体に見覚えのある物、刀の柄があった。

 

 

 

 「!!?」

 

 

 

 提督の体を起こしてみると、提督の体はとうに冷え切っていた。

 そこから私の記憶は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「軽巡矢矧、着任したわ。提督、最後まで頑張っていきましょう!」

 

 

 

 何か忘れているような、そんな気持ちを抱え、私は私を必要としている提督へ敬礼をした


 
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