No.887435

義輝記 別伝 その九 中編 その壱

いたさん

前後編で終わらせるつもりが、話が延びてしまいました。

2017-01-05 23:58:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:932   閲覧ユーザー数:897

【 対決 の件 】

 

 

〖 日ノ本 畿内 

 

飯盛山城 城下町 にて 〗

 

 

本来の軍師的立場からすれば、俺の取った行動は非難される行為にしかならない。 何故なら、この時の俺は……勝負内容を把握していないからだ。

 

だが、確信はあったんだ。 久秀殿の主君である長慶殿が事態を存じている。 ならば、勝負の内容は酷い物では無いだろう。 幾ら久秀殿が関与していても、長慶殿が許可しない限り無効だ。

 

だから、勝負は純粋な知で勝敗を決すると、考えたからだった。

 

だが、俺からの承諾を聞いた久秀は、目を細めて嗤う。 『微笑む』とかいう言葉では合わない、俺を見下す態度が鮮明に理解できる嘲笑だ。

 

ーー  

 

「ふふ………ふふふふ……颯馬が……ねぇ? ふふふ………」

 

「何が可笑しいのですか、久秀殿?」

 

「あら、ごめんなさい。 あの時、久秀の攻めを受け怯えながら震えていた颯馬を思い出したのよ。 それなのに、この久秀へ対抗しようなんて、面白いこと言い出すから。 つい……ねぇ?」

 

「……………」

 

ーー

 

久秀殿にとって、俺は未だ取るに足らない相手というらしい。 

 

もし、俺の実力を信じている光秀や忠興殿が聞いたら、機嫌を損ねているだろう。 だが、俺は静かに久秀の言葉を聞き流す。

 

何故なら、これが久秀殿の手だ。 

 

ーー

 

「…………久秀殿、双方とも多忙の身です。 早めに勝敗を決する為には、これ以上の無駄口は慎んで頂きたいのですが?」

 

「…………………………言うようになったわね。 いいわ、教えてあげる」

 

ーー

 

『勝負が始まる前に布石を打つ』 

 

これが松永久秀という将のやり方だ。

 

久秀殿は、こうして見下すような真似をして、俺の感情を揺さぶり、この後の展開を有利に進めるよう動いただけに過ぎない。 

 

これで俺が動揺すれば、この勝敗は久秀殿の有利に進み、動じなければ俺を警戒するだろう。 

 

また、同時に今の話を試金石とし、俺の力量を図った筈だ。 

 

意図を見抜かれた久秀殿は、とても楽しげに口元を綻ばした後、勝負の内容を説明し出した。

 

ーー

 

「双方で問題を一つずつ出し合い回答し正解を競うの。 二問で決着が着かないのなら、三問目は長慶様が準備してくれるわ」

 

「長慶殿の問題の内容は……ご存じなのですか?」

 

「知りたいけど、あの長慶様が教えてくれる訳ないじゃない。 でも、もし長慶様が答えを伝えても久秀は断るわ。 不公平……って考えもあるけど、久秀は颯馬を屈伏させたいの。 二度と逆らわないように………ね」

 

「……………」

 

ーー

 

勝負は───『知恵比べ』

 

俺と久秀殿との勝負は、表向きに天下を統一した足利家軍師の力、改めて確認したいとの申し出となる。

 

たが、あくまで表向き。

 

本当の目的は、俺が足利家から三好家に移動、いや……久秀殿の玩具になるか否かの賭け事だ。 正に……俺の命運を懸けた勝負になる。

 

俺は確かに承諾の意を示し、知恵比べに挑む事にした。

 

 

 

【 絆 の件 】

 

〖  飯盛山城 城下町 街道沿い にて  〗

 

 

あの後、俺と久秀殿が戻ると……長慶殿と一存が待っていた。 

 

まあ、正確には、ふらついている一存を長慶殿が支えているのだが……何故か二人の顔色が冴えない。 一存は判るのだが、長慶殿に対しての理由が判らない。 

 

既に周囲を取り囲んでいた領民は既に立ち去り、日常の生活へと戻っている。 今は復興で忙しい身。 あまりに立ち止まっていると、仕事が遅れてしまうから、早めに切り上げたと推測したのだが、実際は違った。

 

ーー

 

「私達の日常を見学してくれるのは……その、嬉しいのだが……」

 

「小さい子から『可哀想だから止めて』なんて言われると……俺の立場が…………あはははは………はぁ~」 

 

「弟を思って叱った身なのに、何故か罪悪感で心が重い………」

 

ーー

 

どうも、説教の最中に幼子が長慶殿に注意したらしい。 『一存が可哀想だ』と。 そのため、長慶殿の説教は急遽辞めて、幼子には長慶殿と一存で心配する事は無いからと言い含め、集まっていた人垣を解散させたようだ。

 

そんな疲れきった長慶殿に近付き、俺は勝負を受ける旨を伝えると……「そうか」と頷き、何か準備が必要なら言ってくれと言われた。 

 

だがら、俺は─────

 

ーー

 

「数十枚の紙と………巨大な筆?」

 

「はい、後………墨を溶かした桶を、俺と久秀殿用に『二つ』御用意して頂きたいのです。 これだけ用意して頂ければ、俺の意図なんか容易に判ると思いますが、最後に紙を並べて敷き詰める場所を確保を………」 

 

「まさか……かの有名な禅師の説話を模倣する気ではあるまいな? それで久秀に勝てるなど────無謀に過ぎるぞ!?」

 

「……………」

 

ーー

 

自分の問題を提示する為に準備を頼んだのが、その長慶殿は驚いて俺に聞き返して来た。 何故ならば、俺の問題は………長慶殿の指摘した通り、かの知恵者として署名だった禅師の説話を模倣した物だったからだ。

 

長慶殿は俺の頼んだ道具類だけで、その本質を覚った。 つまり、久秀殿も同様に答えを見つけるだろうと、心配してくれている。 だが、確かに説話と同じかも知れないが、それだけでは勝ち目が無い事など承知済みだ。 

 

だから、無言で一礼して、準備を願った。

 

ーー

 

「────任せろ! 俺が二人分の道具を、しっかり準備するように命じてくるからな! 姉さん、後は頼む!」

 

「か、一存! 何を勝手に─────」 

 

「大丈夫だって! 颯馬が勝算も無いまま、こんな事を頼んで来るなんて絶対にない! そうだろ、颯馬?」

 

ーー

 

すると、今まで倒れそうになっていた一存が、急に声を張り上げ俺の言葉に応えてくれる。 生き生きとした喜び溢れる笑顔を向けながらだ。

 

そんな一存からの問いに、俺は迷うことなく言葉にする。

 

ーー

 

「当然じゃないか!」

 

「…………へっ、やっぱりな!」 

 

「…………………」

 

ーー

 

軍師として矜恃もあるが、この友人に対して信頼は裏切れない。 だから、力強く俺も一存に応えたのだ。

 

気のせいか、長慶殿の熱い視線を向けられた気がしたが、それを確かめる前に、一存が動き出す。

 

ーー

 

「それじゃあ、姉さん! ちょっと行って来るぜ!」

 

「─────お、おいっ!」

 

ーー

 

長慶殿が止めようと声を掛けるが、一存は聞こえない振りして駆け足を始める。 そして同時に俺にも声を掛けてきた。

 

何時もの戯言と同じ様な気さくな言葉で─────

 

ーー

 

「いや~、忙しくなってきた!! それじゃな、颯馬!」

 

「おい、俺を信用してないのか!」

 

「ばぁ~か! お前を信用するのは当然だろうが!」 

 

「一存………」

 

「それに負けたら負けたで、姉さんと俺が颯馬と一緒に居酒屋で歓迎会を開いてやるよ!! 勿論、颯馬の奢りでな!!」

 

「それじゃ、俺の財布が持たないじゃないか! それに、日課で一存の荒稽古なんて冗談じゃない! どのみち荒稽古になるなら、義輝様に教えて頂く方を選ぶぞ!!」

 

「はははっ! じゃあ、精々負けないように頑張れよ!」

 

ーー

 

一存は俺の言葉を聞いて満足げに頷き、城まで走って行った。 あの調子なら直に準備して帰って来るだろう。 

 

長慶殿は溜息を吐きながら俺に向くが、その顔には先程の心配する表情は窺えない。 満足そうな微笑みを浮かべて、俺を見詰めている。

 

ーー

 

「貴公と一存は………信頼は断金之交だな。 あの一存が貴公の言葉を聞いて、こうも容易く勝利を信じ、嬉々として準備に走るとは……」

 

「いえ、あれは追加の説教を聞きたくないばかりに、動いただけだと思いますよ」

 

「……………ふふ。 今は、そう言う事にしておこう。 だが、こうして準備が始まれば、既に勝負も始まったも同然。 私は立会人として公平に裁断を下すまでだ。 よく覚えておいて欲しい」

 

「ええ、承知致しました!」

 

ーー

 

長慶殿は俺に、少し嫌味を付け加えた忠告をすると、久秀殿が準備している場所へと向かった。 久秀殿の準備は既に終わっている様子で、長慶殿を待っている。

 

ただ場所が………俺と一存を見下した店だったということだ。

 

 

◆◇◆

 

【 とある店 の件 】

 

〖  飯盛山城 城下町 茶道具店 にて  〗

 

 

長慶殿が、久秀殿の勝負条件と勝利条件を確認後、俺を呼び寄せる。 どうやら此処が、久秀殿の問題提出となる場所らしい。

 

ーー

 

「久秀の知恵比べの場所は此処になります。 長慶様や颯馬殿、どうぞ久秀の後に付いて来て下さいな」

 

「うむ、行こうか。 颯馬………貴公は、どうだ?」

 

「………はい、それでは」

 

ーー

 

その店内は大分繁盛しているらしく、高価な着物を着用した武士(もののふ)、もしくは大きな荷物を背負った商人らしい者が、多数出入りする。

 

同様に丁稚と思われる小僧達も勝手が理解しているのか、何人も走り出し、品物を抱えたり客を案内していた。 そして、店内の品物も客層に合う高級品ばかり。 茶器、茶道具、壺や釜など色々取り揃えている。

 

思わず、無造作で俺の側にある茶器を一つ手に取り、ユックリと眺め………値段を身比べ、思わず驚き手を離しそうになった。 

 

ーー

 

「なっ!? これは………曜変天目!? 凄いな……長慶殿の茶会で使用させて貰ったが、こんな所にも『ふん、目利きが足りんな』────っ!?」

 

「それは、油滴天目というのだ。 班文の違いがあれほど明確に判るのに、これだから数奇の道に疎い奴等は……」

 

「…………!!」

 

ーー

 

俺の後ろには、この店の店主らしき者が居る。 着ている着物は上品な物で店主の風格に合う素晴らしい仕上げであり、手触りも良さそうな物。 

 

だが、その中身は……蝦蟇のような顔をした親父が、俺をあの時と同様に軽蔑した目で凝視する。 多分、後ろで俺の間違いを指摘する言葉を発したのが、この者だといや応なしに理解した。

 

背丈が七尺二寸(216㌢)以上あり、力士みたいに恰幅良さげな体型をして迫力ある面構えだが、どうも俺としては気に食わない親父だ。

 

ーー

 

「曜変天目とはな、内側の斑文が見る角度により七色に変化する、天下の名物。 その内側に広大無辺な天を感じとる者こそが、所持する資格がある名品だ! それが、貴様の如く一見さんなどが来店できる店じゃねぇ!!」

 

「──────!!」

 

「店主───」

 

ーー

 

店内の品物は文句が付けようもない逸品だが、客を頭ごなしに叱る姿勢には苛立ちを覚えた。 他の茶道具を見ていた長慶殿も、この様子には我慢できないようで、俺の傍へ急いで近付き口添えしようと口を開く。

 

たが、長慶殿よりも先に、店の親父へ久秀殿が無表情で近付くと、抑揚を押さえた声を掛けた。 

 

ーー

 

「────ねぇ、店主」

 

「………こ、これは松永様! 本日もまた……麗しく……」

 

「世辞など要らないわ。 それよりも、久秀の要望した件……出来たの?」 

 

「はい……準備は整えておりますが、まさか……この若造が試すおつもりですか? くっくくく………まあ、無理だと思いますが……」

 

「…………………」

 

ーー

 

久秀殿が店主に一瞥すると、向き直り長慶殿と俺に声を掛けた。 

 

だが、それは知恵比べの説明ではなく…………

 

ーー

 

「長慶様、颯馬殿……後程、知恵比べの説明を致しますが、少しだけ久秀に御時間を頂いて構いませんか?」 

 

「……………颯馬の許しがあればな。 ただし、そう貴重な時間を費やせんぞ?」

 

「………はい。 店主に一言、伝えたい事がありまして……」

 

「まあ、それくらいなら……俺は……」

 

「ありがとうございます。 では、店主。 此方に来て下さいな?」

 

「───アッハイ!」

 

ーー

 

あの店主が顔を青ざめながら、久秀殿の後に付いていく。 

 

これは……もしかして……この店で購入した茶器か茶道具に何か不備でもあった為の苦情か? 久秀殿なら、かなり厳しく不備を追及するだろう。 

 

嫌な店主だったが、あの久秀殿に責められるのには同情してしまう。 まあ、時間も限りあるんだ。 多分、理由を告げて後に品物を持ってくるからと、約束でも交わすのだろうな。

 

そんな事を考えながら、長慶殿と茶器や茶道具を見て意見を交わしていた。

 

 

★☆☆

 

 

「あ、あの………松永様……?」

 

「………………さっさと来なさい! このグズ!!」

 

「─────し、失礼しましたっ!」

 

ーー

 

店の奥に到着すると、前を歩く松永久秀が突如振り向き、店主である大男を睨め付ける。 その久秀の態度に店主としては冷汗が止まらず、どこで怒りを買ってしまったのか見当がつかないままだ。

 

この場所には店子も誰も入れない場所。 久秀と店主の密会のできる場所である。 だから、この場所に………二人しかだけた。 

 

ただ違うのは、颯馬が予想したような『客と店主の関係』ではなく、『主人と傀儡の関係』のだった。

 

ーー

 

「………久秀が命じておいた事、当然、既に準備は出来ているわよね?」

 

「は、はい、何時でも……結構でございます! 『これ』の周りには、特別に雇った腕利き二人を護衛とし、どんな事でも守りきる自信がございますので……」 

 

「そう、そこまで自信があるのならいいの。 だけど……別に一言、貴方に言っておきたいけどあるわ。 …………いいかしら?」

 

「………は、はい」

 

ーー

 

用事が済んだ久秀の追及する言葉も険しく、その怒りを含む声に店主の顔が青ざめる。 逆鱗……主である久秀に対して、どのような理由で怒りを買ったのか理解できないまま、店主は怯えるしかない。

 

自分より遥かに背丈がある店主を、まるで見下ろすような態度で言い放つ。

 

ーー

 

「天城颯馬の立ち振舞いで喧嘩腰になるのは……許すわ。 だけど───気を付けなさい。 あの天城颯馬は……久秀が目を付けた玩具なのよ?」

 

「…………はぁ、はぃぃぃ!!」

 

「万が一、天城颯馬へ傷を一条でも付けたら……許さないわよ? 貴方や家族、この店さえも……全て……綺麗に壊してあげる」

 

「───────も、勿論! そのような粗忽な真似はっ!!」

 

「………ふぅ、判って貰えればいいのよ。 じゃあ、また後で。 遊んであげる時は……呼んであげるから、ねぇ?」

 

「────ヨロコンデェ!!」

 

ーー

 

店主の喜悦が滲み出る返事を……満足そうに眺める松永久秀。 

 

そして、同時に久秀は、店主の後ろにある壺を見つめる。 

 

ーー

 

「さて、久秀の問題に………どう答えを出すか見物だわ。 颯馬、遠慮は要らないわよ? 存分に足掻いてみなさい………」

 

ーー

 

そう呟いた久秀は、艶を帯びた唇を舐め、妖艶な仕草で手で触れ手触りを楽しむ。

 

そこには、高さが約六尺(約2㍍)の巨大な白磁の壺が、自身の存在を誇示するように聳えたっていた。

 

 

 

◆◇◆

 

【 来訪者 の件 】

 

〖 城下町 茶道具店 店内 にて  〗

 

 

長慶殿と店内の茶器や茶道具を見ていると、店に近付いて来る人影があった。 その人影は俺を見定めると、とても嬉しそうに声を弾ませて、小走りに駆け寄って来るではないか?

 

だが、ちょっと待て! この者達は確か…………此処より遥かに遠い場所で国を治めている筈なのに、なんでこんな場所にっ!?

 

ーー

 

「久しいな………軍師殿。 義輝公より拝謁した際、軍師殿が此方で手を貸して居ると聞いてな。 少し………顔を見に寄ったのだ。 うむ、いつの間にか逞しくなったな。 これは是非とも……剣の相手をして貰わなければ……」

 

「…………日ノ本より戦乱が鎮まったとはいえ、休む間もなく動いていては、何時か身体を壊しますよ? 《急がば回れ》……多少の休暇を取りつつ政務に励む事を勧めます。 何なら、私が話相手になってあげても………」

 

「そ、颯馬! 元気そうで何よりです! まさか……景虎殿を伴い姉上と一緒に京に上るなんて……思いもしませんでした。 これも、颯馬のお陰なんですからね! だから………颯馬が良ければ、何か……御礼をしたいな……って」

 

ーー

 

俺は、唖然とするしかない。 

 

勿論、俺の横に居る長慶殿も目を丸くして、目の前の人物の登場に驚いている。 だが、流石に大国の当主だけあり、直ぐに笑顔になり歓迎の言葉を述べ始めた。

 

ーー

 

「これは………お珍しい! 遠路遥々ようこそ御越し頂けた! 私の名は既に存じていらっしゃると思うが、三好家当主、三好長慶と申す。 我が居城では無い為、歓迎の馳走が出来ないのが残念だが………」

 

「「「 ………………… 」」」

 

ーー

 

断っておくが……別に久秀殿のせいでは無い。 

 

俺の知り合いの将達が……この地に何故か数名集結しているのだ。 しかも、畿内に領地を持たない当主自ら、何ゆえ集まって来たのか。

 

長慶殿は、そのまま挨拶を交わし、集まった三人に現状を軽く説明する。 今の現状、久秀殿との知恵比べ、その勝敗の結果等。

 

何やらソワソワしていた三人だが、話を聞くにつけ目が輝き始めた。 

 

そして、一人の将が口を開き────

 

ーー

 

「………成る程、事情は承知した。 ならば、私も……この勝負の立会人の一人として軍師殿の様子を見守ろう。 これもまた、毘沙門天の御導きだ」

 

「何をしれっと立会人などと巫山戯た(ふざけた)事を! 今、颯馬は足利家に居残れれるかの瀬戸際だと言うのに!?」 

 

「だからこそだ。 ただ黙して応援しても、軍師殿は私に気付かぬ可能性が高い。 ならば立場を変え、見守りつつも影で応援すれば……健気な女子と想われ、覚えもめでたいではないか?」

 

「謀を好まぬ景虎とは思えない深謀遠慮。 ですが、一つだけ前提が違いますね。 健気な者とは、戦場で悪目立ちする者が出しゃばるのでは無く、普段から慎ましく部屋住まいをしていた、この私が行うべきです!」

 

「姉上こそ状況を正しく把握して下さい! 姉上の名も世上名高いのですよ!? 幾ら私が代わりをしていたとしても、姉上が現当主なのは変わりません! だから、お二人が行うのではなく、この私が立会人に!」

 

ーー

 

長慶殿と同じく立会人を望む『甲越の三将』………『上杉謙信』『武田信玄』『武田信廉』殿達。

 

だが、知り合いは、この三人だけでは……なかった。

 

ーー

 

「きゃあぁぁぁ~! 颯馬さぁ────って、何を阻んでいるのです? 松永久秀…………」

 

「あら、御生憎様。 ここは店の中だから、どこをどう歩こうが久秀の勝手なの。 それに、久秀の落度を指摘する前に、前方をよく確認しなかった貴女の方が悪いと思うの。 だから、久秀に謝罪するのが先じゃない?」

 

「何をぬけぬけと。 わたくしが颯馬様に抱きつくのを阻んできたのは、そちらでそうに………」

 

「店内で叫びなから走る者を咎めるのは、当然の行いでしょ? 相手の不快な行動、尚且つ迷惑が掛かる行為なら、久秀でなくても注意する────」

 

「ほう………大仏殿を焼き、数々の者を謀で蹴落とした貴様が、万民の善を当然の如く口にし、その罪を咎めるとはな………」

 

「………さすがに、貴女だけには言われたくないわ。 第六天魔王様」

 

ーー

 

また別に、今回の壺を護衛する者として、店主より紹介された二人の『武将』もまた、俺の知り合い。

 

ーー

 

「ククククッ! 路銀が尽きたので、巷の護衛応募に参加してみれば………まさか、颯馬に関わろうとはな! 実に、実に面白いっ! この青二才の進行を止める催し、この信長の名に掛け見事阻んでくれようぞ!!」

 

「あぁぁ~颯馬様! まさか、この様な場所で再会を果たされるなんて、なんという運命の悪戯! しかし、御許し下さいませ、颯馬様! この順慶は囚われの身、愛する颯馬様に敵対する哀れな傀儡なのです!」

 

ーー

 

俺の顔を見ると同時に、華のある笑顔を浮かべる…………『織田信長』『筒井順慶』殿達。

 

 

計五名から成る俺の知り合いが……その場に居たんだ。 

 

何を言っているのか判らないと思うが、俺も何で居るのか判らない。

 

 

 

いや、だって……五名の内、四名が当主で一名が親族だぞ? 普通、幾ら平和になったと言えど、国の当主が畿内まで単独で来る事などあり得るのか? 

 

いや、実際に居るじゃないかと……突っ込まれても………応えようがないんだ。

 

 

しょうがないので、せめて理由を聞こうと足を動かすが………

 

ーー

 

「───いや、信玄と容姿が瓜二つである信廉殿が居れば、この城下へ混乱が巻き起こるのは明白。 それに、逆に義の将として署名な私なら立会人と重きをなそう。 うむ、やはり……ここは私に任せて貰うのが自明の理だな!」

 

「それならば、景虎と対等な戦いを示した私とて、十分重みがある筈です! 勿論、実際の身体の重さは、景虎に比べ私達の方が遥かに軽いのですが。 いえ……これは言わずとも、貴女がよく存じている筈ですね」

 

「あ、姉上! それとこれとは話が違いますっ!! それに、それでは御自身の─────」

 

「………つまり、私の方が信玄と違い、魅力的な女性(にょしょう)らしい姿だと言えよう? そもそも出るとこも出ず、締まるところも締まらないとは、正に幼子と同じ。 ふっ、これで私に同様と談じるとは……笑止千万!」

 

「ぐ、ぐうぅううう~~~っ!!」

 

「ああ……姉上っ!!」

 

ーー

ーー

 

「ふむ? 確か………うぬも路銀が尽きて募集に参加した身でないか? それに、中々面白い事を抜かす。 アレは我の者だ。 南蛮菓子の如く甘い所が多いが、その身に秘める才知は比類ない。 我が伴侶として相応しい!」

 

「まあ、笑わせてくれますわ。 颯馬様の気高く凛々しいお姿の横に居る身は、魔王など噂される貴女ではなく、颯馬様へ献身的態度を示す、このわたくしが似合いなのです。 身の程知らずな考えは止めて頂きたいですわ!」

 

「「 ………………… 」」

 

ーー

 

……………うん。 突込みと薮蛇になりそう。

 

取りあえず、比較的冷静な信廉殿に後で話を聞こう。

 

 

俺は上げた足を回れ右し、久秀殿へ勝負の説明を求めた。

 

 

 

◆◇◆

 

【 久秀からの問題 の件 】

 

〖 飯盛山城内 城下町 にて 〗

 

最初こそ久秀殿も驚いていたが、今は慣れた様子で俺に説明してくれている。 勿論、久秀殿が準備した問題の内容だ。

 

ーー

 

「…………あの壺の重さは五十三貫(約200㎏)はあるのよ。 荷車ぐらいは貸して上げるけど、颯馬の力で動かす事さえ出来るかしらねぇ?」

 

「………………………」

 

ーー

 

久秀殿が出した問題は、明確かつ単純だ。 

 

《 この店にある白磁の大壺を、颯馬が盗んでみなさい 》

 

あの豪華絢爛な店の奥に安置している白磁製の大きな壺を、俺に盗み出せというのだ。 勿論、店主には承諾済み。 それに、盗んでも勝負がついた後に返せば、罪に問わないと長慶殿からも了解を得ている。

 

壺を盗んだ後、長慶殿が居る場所まで持って来て、それを店主、久秀殿、長慶殿の三人で確認し、傷物でない壺だったら俺に軍配が上がるという仕組みだ。

 

この問題を初め聞いた時は驚いて、『何で泥棒の真似を───!?』と叫んで渋ったんだが、久秀殿が口角を上げながら答えたよ。 

 

『颯馬こそ、日ノ本を盗った大泥棒。 あれくらいの壺なんて、もっと容易く盗めるでしょ?』

 

まあ、確かに………義輝様を助けて国持ち大名達から国を掠め取る事をしたけど……これって関係あるのかな?

 

だが、壺を盗めとの問題だが、これが久秀殿が出すだけあって簡単には行かない。 あっちこっちに、これでもかと言わんばかりの罠が張り巡らせている。 

 

 

① 《 破壊して持って来るのは禁止 》

 

あの壺も売り物の一つゆえ、落とすな、壊すな、傷付けんなと無茶な条件を付けられ、最後には割れたら弁償という話だ。

 

ちなみに代金は………先程、俺が拝見していた名物茶器に比べれば安い。 安いが比較する物が物だから、全く宛にならない。 

 

もし、本気で購入しようとするなら、俺の給金を何年も貯めないと、到底買えない品物だ。 まあ、もっとも……あまりに高価過ぎて、買う気どころか興味も湧かないけどな。 

 

 

② 《 颯馬自身が身銭を切って買うのも禁止 》

 

もし、俺が盗むのではなく、金を自分から出して購入したら、違約した罰則と言う事で壺を店へ返却すると同時に、代金も没収するとの鬼畜な心遣い。

 

当然、失敗とは見なされ……足利家を去る事になるだろう。

 

 

③ 《 壺は証拠と言う事で、必ず久秀達の前に提出する事 》

 

一番の問題は………壺の大きさと重量だ。

 

俺よりも大きいし、そして重い。 だから、俺一人で持ち上げる事もできないし、幾ら一存に鍛えられているとはいえ、持て逃走できる品物じゃない。

 

持って行く前に、お縄を掛けられるのは確実だ。  

 

 

④ 《 颯馬自身が実行する事 》

 

代理は認めない………と言う事だ。 勿論、人数は俺一人。 

 

手伝わすのも駄目だと言われているんだ。 多分、順慶殿が何かしらしようとしてくるから、牽制で決めたと思う。 全く………よく思い付くもんだよ。

 

 

⑤ 《 騒ぎを起こし領民を困らせる行為も禁止 》

 

 

……………徹底に俺の逃げ道を塞ぐつもりらしい。 

 

火事だとか言って、店から壺を出そうと考えていたけど、これも駄目だ。 確かに勝負とはいえ、領民に迷惑を掛けるのは為政者としては許されない行為。 この手は封印しなければならないが………どうしようか。

 

 

─────と、このような条件を付けられて、更に時間制限は半刻(約一時間)以内。 

 

 

果たして、これで…………俺は壺を盗む事ができるのだろうか?

 

 

 


 
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