No.872495

かぐや ひめ

月が、きれいだった。見あげる、この地も。
それを見るために、彼女はここに来た。

2016-10-02 03:24:46 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:388   閲覧ユーザー数:386

かぐや ひめ

 

 

 

 月界は、清浄のせかい。

 

 人界は、穢れのせかい。

 

 なぜ彼女は、穢れにまみれるために、来たのだろう。

 

 なぜ彼女は、清浄のせかいに帰されたのだろう。

 心地いい風が、教室を、ふきぬける。

 

 教室の窓から、学校の脇をながれる川がみえる。

 

 秋になり、川をわたった風も、心地いい。

 

 雲が、ほそく、ほそく、幾重にも、秋をつたえていた。

 

「また、かぐや姫かよ」

 

 男子生徒が、いっせいに笑いだす。

 

 竹取武(たけとりたけし)も、顔だけ、笑っていた。

 

 どうしようもなくて、顔だけ、笑っていた。

 

「ほんと、武はおもしれーな」

 

 幼なじみの藤原俊樹がしゃべりながら、ひときわ大きく笑っている。

 

 武は、小さい時から、かぐや姫の話をよくしていた。

 

 自分の家では、そのことが、普通だったから。

 

 まわりの子どもたちも、そのことが普通だと、思っていた。

 

 でも、普通は、普通ではなかった。

 

 武は、いつも、わらわれた。

 

 そのたびに、武は、みんなの普通が、少しずつ、わかってきた。

 

 自分の普通は、普通ではないと、少しずつ、わかってきた。

 

 だんだんと、自分の普通を話すことが、悪いことだとわかってきた。

 

 これは、罰なのだ。

 

 自分が、受けつぐ、罰なのだ。

 

 武は、かぐや姫のはなしを、家でよく聞かされた。

 

 いや、教え込まされた。

 

「我が家には、言い伝えがある」

 

 武の祖父は、いつも、そういった。

 

「これは、我が一族に伝わる、罰なのだ」

 

 武の祖父は、そういった。

 

 そして、なぜだか、かぐや姫の話を、教え込まされた。

 

 一族に伝わる伝承として。

 

 俊樹が、わらいながら、ほかの生徒に話しかける。

 

 俊樹は、武がわらわれると、いつも、バカ笑いをして話をそらしてくれる。

 

 昔から、そうだった。

 

 その理由を、きいたことはない。

 

 でも、武は、笑顔だけ、作っておけばよかった。

 

 何となく、その場が、過ぎていった。

 

 また、誰かの言葉に、笑いがおきる。

 

 もう、高校3年の秋だ。

 

 受験をひかえて、机にむかって、勉強している生徒もいる。

 

 クラスの端に集まって、話をしている生徒もいる。

 

 教室の後ろの席で、すわっている加具美千子(かぐみちこ)が外をみてい

た。

 

 ながい黒髪を、風にゆらしながら、窓の外をみていた。

 

 美千子は、3ヶ月前に、急に転校してきた。

 

 色白で、ほっそりとした顔。

 

 男子も、女子でさえ、見とれてしまうような美人だった。

 

 スレンダーで、腰までのびた黒髪が、ひときわ、うつくしかった。

 

 クラスのみんなが、美千子のことを、気にしていた。

 

 だが、美千子は、ほとんどだれとも、しゃべらなかった。

 

 ただ、静かに、すわっているだけだった。

 

 美千子のきれいな横顔が、見えた。

 

 そのほほに、一筋のなみだが、流れた。

 

 武は、顔だけ笑いながら、そのことに気がついた。

 

 同級生の誰かが、何かをいった。

 

 武は、それを聞きながら、美千子を見ていた。

 放課後、俊樹が、女子生徒といっしょに、教室からでていった。

 

「武。先、かえってくれ」

 

 俊樹が、その女の子に、なにか、ささやく。

 

 ふたりは、笑い声をあげて、教室からでていった。

 

 武は、教室の窓から川を、みた。

 

 俊樹は、昔から要領がいい。

 

 話を合わせるのもうまいし、勉強もスポーツもできる。

 

 その上、顔もいい。

 

 背も高い。

 

 武とは、なにもかもが、正反対だ。

 

 武は、俊樹を見送りながら、川をみていた。

 

 もう涼しくなるのに、まだ、子どもが、川にはいって遊んでいる。

 

 なにもないが、自然だけは豊かな、この町。

 

 高校の脇には、小学校も、中学校もある。

 

 夏になると、みんながこの川に、遊びにくる。

 

 武は、この川を見るのは、すきだった。

 

 でも、みんなにわらわれる事が怖くて、川にいくのは、きらいだった。

 

 いつも、明るく振る舞っては、ビクビクしていた。

 

 どこにいても、それは、いっしょだった。

 

 でも、そういう生活も、もうすぐ終わる。

 

 もう、受験がちかい。

 

 受験が終われば、武は、都会の学校にいく。

 

 そこで、自分がかわれるとは、おもわない。

 

 でも、ここでビクビクしながら生活することだけは、なくなる。

 

 武は、カバンを取ろうとした。

 

 教室の中を、風が、吹き抜ける。

 

 教室のカーテンが、風に、ゆれていた。

 

 教室の後ろの席で、美千子の長い髪も、ゆれていた。

 

 美千子は、まだ、すわったまま、そとを見ていた。

 

 美千子の髪が、風に、ゆれていた。

 

 川をわたり教室に届けられた風に、ゆれていた。

 

「さっきの涙は、何だったのだろう」

 

 武は、そうおもった。

 

 でも、話したことのない美千子に、そんなこととは聞けなかった。

 

 武は、教室を出ようとした。

 

 そのとき、だった。

 

「竹取さん」

 

 澄んだ、きれいな声がした。

 

 武は、驚いて、声の方向に目をむけた。

 

 美千子が、たって、武を見ていた。

 

 美千子の、長い髪が、ゆれていた。

 

「あなた、かぐや姫、すきなのね」

 

 美千子の髪が、うねるように、ゆれていた。

 

「イヤ」

 

 武は、否定しようとした。

 

 また、笑われると思った。

 

「わたしも。好きよ」

 

 美千子が、真剣な目で、武をみていた。

 

「今度、ゆっくりおしえてね」

 

 それだけ言うと、美千子はカバンを持って教室から出ていった。

 次の日、俊樹が、左ほほに大きなアザをつくって、登校してきた。

 

 教室のみんなが、驚いてみていた。

 

 俊樹は、大きな笑い声をあげた。

 

「女の子にちょっかいを出したら、このざまだよ」

 

 俊樹は、笑っていた。

 

 教室のみんなは、自分たちの事に戻っていった。

 

 武は、席についた俊樹に、声をかけた。

 

「大丈夫か」

 

「おうっ」

 

 俊樹が、武の胸を、こぶしでこづく。

 

 武だけが知っている、俊樹の、アザの意味。

 

 武が、小さいころから聞いている、怒鳴り声。

 

 となりの俊樹の家から、聞こえてくる、俊樹の父親の怒鳴り声。

 

 なにが起こっているのかを知ったのは、武が、小学3年のときだった。

 

 夕方、公園のベンチに、ひとりで、俊樹が座っていた。

 

 お使いから帰る途中に、武は通りかかった。

 

 小さいときから、武が笑われると、俊樹が話をそらしてくれていた。

 

 その理由が、武は、気になっていた。

 

 いま、公園には、俊樹ひとりだけだ。

 

 武は、その理由を、聞いてみようとおもった。

 

 武は、俊樹の座るベンチにむかって、歩いていった。

 

 俊樹に近寄って、声をかけようとした。

 

 そのとき、聞こえてきた。

 

「なんで、なぐるんだよ。お父さん、なんで」

 

 俊樹が、泣いていた。

 

 ひとりで、泣いていた。

 

 俊樹は、いつも大きな声で、笑っていた。

 

 みんなの中では、いつも、笑っていた。

 

 武が、はじめて見る、俊樹だった。

 

 武が、はじめて見る、俊樹のなみだだった。

 

 俊樹が、近づいてきた武に、気がついた。

 

 腕でなみだをふいて、振りかえった。

 

「なんだ。武か。お使いか」

 

 赤い目で、俊樹が、笑っていた。

 

 大きな声で、俊樹が、笑っていた。

 

 夕日の傾きはじめた空を、たくさんのカラスが飛んでいった。

 

「大丈夫だよ。おじさんの怒鳴り声、聞こえているから」

 

 武は、目の前で、俊樹が泣くのをみていた。

 

 俊樹が、こえをあげて、泣いていた。

 

 俊樹は、武の前で、たった一度だけ、泣いた。

 

 それから、俊樹の体にアザがあると、武は、声をかけるようになった。

 

 俊樹は、いつも笑顔で、武の胸をこづく。

 

 ただ、それだけだった。

 

 授業開始を知らせるベルがなる。

 

 武は、自分の席に戻っていった。

「武。コンビによってこうぜ」

 

 放課後、俊樹が、武に声をかけた。

 

 武は、美千子をみていた。

 

 教室を、ふきぬける風。

 

 川を渡った風が、美千子の髪を、ゆらす。

 

 カバンを持って、帰ろうとしている美千子の髪を、ゆらす。

 

 美千子が、歩きながら、武に顔をむける。

 

 まっすぐに、武をみている。

 

 そして、そのまま、教室を出ていった。

 

「武よ。このごろ、加具のこと見てんな」

 

 俊樹が、にやつきながら、武の首に手を回す。

 

「そんなんじゃないよ」

 

 武はあわてて、俊樹の手を振りほどこうとした。

 

「声かけちゃえよ」

 

「そんなんじゃないって」

 

「どんなんだよ。いきおいだよ。いきおい」

 

「何のいきおいだよ」

 

「こ~い~」

 

「俊樹、おなえなぁ」

 

「武は、気、使いすぎなんだよ。みんな適当だぜ」

 

「そんなこと。ないだろ。おまえだって」

 

「オレは、武に感じてんだ」

 

「何だよ」

 

「こ~い~」

 

「あっ、この野郎」

 

 俊樹が、振りほどこうとした武の腕をかわす。

 

 カバンを持って走り出した。

 

「待て、この」

 

 武もカバンを持って走り出した。

「待て、俊樹」

 

 武は、校舎を出たところで俊樹に追いついた。

 

「わかった、わかった」

 

 俊樹が笑いながらふりかえった。

 

 川のせせらぎ。

 

 ほかの生徒の、笑い声。

 

 川をわたった、柔らかい風。

 

 笑いあう、武と俊樹の脇を、風がふきぬける。

 

 武と俊樹は、ならんで、あるく。

 

 校門を、くぐっる。

 

 校門のまえの橋。

 

 学校の脇をながれる川に、架かる橋。

 

 それをわたるときに、俊樹が気がついた。

 

「あれ。加具だろ」

 

 橋からみえる河原に、美千子が、たっていた。

 

 たって、川の流れを、じっと見ていた。

 

「武。行ってこいよ」

 

 俊樹が、武をみた。

 

 真剣な目で、武を見ていた。

 

 武は、言い返せなかった。

 

「ほれっ」

 

 俊樹が、武の肩を叩く。

 

 武は、河原にたたずむ美千子を、みた。

 

 美千子の流した、なみだが、うかぶ。

 

 武は、美千子のもとへと、歩きだした。

 美千子は、カバンを持ったまま、じっと、川の流れをみていた。

 

 川から、吹き寄せる風が、美千子の髪を、ゆらす。

 

 美千子は、目を離さずに、川の流れをみていた。

 

「きれいね」

 

 武が、美千子に、近づいたときだった。

 

 まえを見ていた、美千子が、口を開いた。

 

「そっ。そうだね」

 

 武は、それだけいうのが精一杯だった。

 

 川をみていた美千子が、武が来るのがわかったように、武に顔をむける。

 

「あなたたちも、きれい」

 

 美千子が、強いまなざしで、武をみていた。

 

「なにが」

 

 それが、精一杯だった。

 

「ひとが想いあうのは、本当にきれい。本当にあたたかい。あなたたちをみ

て、そうおもうわ」

 

 美千子の、うつくしい瞳が、そこにあった。

 

「きみには、なにがみえるの」

 

 武は、美千子の瞳を見ながら、聞き返していた。

 

 美千子は、また、川の方に顔をむけた。

 

「ねぇ、あなたはなぜ、かぐや姫の話をするの」

 

「いや、家で」

 

「なぜ、かぐや姫の話をするの」

 

 武は、なぜだか、美千子には、真剣に話さないといけない気がした。

 

「ぼくのうちでは、普通だから。かぐや姫の話をするのが普通だから」

 

「みんな、はなしてるの」

 

「一族に伝わる伝承なんだよ。うちの一族が、昔からつたえているんだって」

 

 急に、美千子が、武に顔をむけた。

 

「伝承」

 

「そうだよ。ちょっと変だろ。うちの祖先が、かぐや姫の翁の一族なんだっ

て。たがら、かぐや姫の話を伝えないといけないって、教えられたんだ」

 

「かぐや姫の、翁」

 

「昔話なのに。一族だなんて。忘れることがないように伝えてきたって、じい

さんが言ってた。それが広まって、竹取物語ができたんだってさ」

 

 武は、笑おうとした。

 

 武は、笑顔だけ、つくろうとした。

 

 そうすれば、何となく、その場が過ぎていくと、おもった。

 

 でも、美千子の瞳は、そこにあった。

 

 美千子のほほに、一筋のなみだが、ながれた。

 

「きみは、だれなの」

 

 武は、引き込まれるように、美千子の瞳を、みていた。

 

「なぜ、ぼくたちのことを、きれいっていうの」

 

 武は、ただ、まっすぐに、美千子の瞳をみていた。

 

「なぜ、その涙は、ながれるの」

 

 ただ、川のせせらぎだけが、響いていた。

 

 空は、あおく、透きとおっていた。

 

 ほそい雲が、幾重にも、続いていた。

 

 川をわたった風が、美千子の髪をゆらしていた。

 

 武と、美千子は、見つめあっていた。

 

 ただ、それだけが、そこにあった。

 

「今日は、十五夜ね」

 

 美千子が、静かに、口をひらいた。

 

「あなたに、お願いがあるの」

 

 美千子が、武をみていた。

 

「きみは。なに」

 

「月がのぼったら、ここに来てほしい。わたしは、ここでまってるから」

 

 美千子は、すっと、振りかえった。

 

 そのまま、橋の方へ、歩いていった。

「どうだったよ」

 

 俊樹は、武が戻ってくると、しつこく聞いた。

 

「どうって」

 

「なんか、見つめ合ってたじゃねぇか」

 

「そんなんじゃないよ」

 

「どんなんだよ」

 

「その。月がのぼったらこいってさ」

 

「デ~ト~か~」

 

「おまえなぁ」

 

「デ~ト~か~」

 

「うるさいなぁ」

 

 俊樹は、コンビニに着くまで、武にしつこく話しかけた。

 

 だが、俊樹はコンビニにつくと、きれいなコンビニスイーツを、ふたつ買っ

た。

 

 それを、武に差しだした。

 

「お月見には、団子がつきものだろう。団子じゃねぇけど」

 

「俊樹」

 

「がんばれよ。おまえも、ちょっとは人生楽しめ」

 

 そういうと、俊樹は、ひとりで帰っていった。

 

 武は、学校の脇をながれる川に戻った。

 

 河原で、メロンパンを食べながら、月が出るのをまった。

 

 なぜだか、遅れてはいけない、気がした。

 

 美千子の真剣な表情も、一筋の涙も、ないがしろにしてはいけない、気がし

た。

 

 とても、大切なものがある、気がした。

 

 武は、じっと、月が出るのをまった。

 

 夕焼けが、くれないの空を引きずりながら、西の空に消えていった。

 

 東の空から、大きな、まるい月が、のぼっていく。

 

 強き光を、放ちながら、闇につつまれた世を、てらしていく。

 

 白き、透きとおる、強き光が、薄雲を突きぬけ、闇につつまれた世を、てら

していく。

 

 武は、ただ、じっと、月がのぼるのを見つめていた。

 

 月が、きれいだった。

 

 ただ、きれいだった。

「うつくしい、月」

 

 澄んだ、きれいな声がした。

 

 武が驚いて横を見ると、そこに、美千子がたっていた。

 

 いつ来たのか、わからなかった。

 

 美千子が、真剣なまなざしで、月をみていた。

 

「加具さん。いつ来たの」

 

 武がきいた。

 

「あなたたちの想いあうこころは、本当に、きれいね」

 

 美千子が、武が手に持っているコンビニの袋を、みていた。

 

「きみは、なにがみえるの」

 

 武は、透きとおるようにうつくしい美千子の顔を、みていた。

 

「きみは、だれ」

 

 武は、うつくしい美千子の顔を、ただ、みていた。

 

「わたしは。竹取の翁に、育てられた姫」

 

 武の前に、おおきな、まるい月がのぼっていく。

 

 のぼっていく月のまえに、美千子が、たっていた。

 

 美千子の髪が、川をわたる風に吹かれて、はためいていく。

 

 月の光が、まっすぐに、美千子をてらしていく。

 

 美千子の全身が、光り輝いていく。

 

 美千子の着ていた高校の制服が、光り輝く十二単に替わっていく。

 

「そんな。うちの一族の伝承の、昔話のはずだ」

 

 武は、ただ、呆然とそれを見ていた。

 

 美千子が、静かに、口をひらいた。

 

「1000年の時をへて、あえたのが、あなたでよかった」

 

 白き、透きとおるような、月の光が、美千子をてらしていた。

 

「つらいときも、あなたと友は、お互いを想いあっている。ひとのこころは、

本当にきれいであたたかい」

 

「きみは」

 

「わたしは、月の世界からみえる、ひとのこころがきれいだと、あこがれた。

 

想いあう、ひとのこころがあたたかいと、あこがれた。

 

穢れにみちた人の世に、こころ動かされた。それが、わたしの犯した罪」

 

「きみの罪」

 

「でも、また、すべてを忘れさせられて、月の世界に戻される。

 

そして、1000年ごとに、人の世界に、再び戻されしまう。

 

そのたびに、記憶がもどり、人の世のはかなさを、思い知らされる」

 

「もどって。だから、伝承に」

 

「でも、それでも、人の想いはきれいであたたかいと、感じてしまうの。

 

戻されるたびに、きれいであたたかいと、感じてしまうの。

 

それが、わたしが、永遠に受けつづける罰」

 

「うちの家のかぐや姫には、はじめに伝える言葉が、きまっているんだ」

 

「伝える言葉」

 

「そうだよ。一族に受けつがれる、伝承の言葉。

 

失った悲しみの大きさに負け、不死の薬を燃やしてしまった。

 

本当は、おまえが帰るのを、待っていなければいけなかったのに。

 

だから、一族に伝えていこう。いつまでも、伝えよう。

 

いつ、おまえが帰ってきても、覚えていてくれる人が、待っているように」

 

 美千子のほほを、なみだが、流れていく。

 

「月の世界は、清浄でうつくしいけど、なにもない。

 

でも、人のせかいは、きれいなあたたかい想いで、満ちあふれている!」

 

 美千子を、月の光が、つらぬいていく。

 

「わたしは1000年ごとに、罰として、人の世に戻されるけど。

 

そのときだけは。わたしは。人のきれいであたたかい想いに触れられるの。

 

本当に、きれいであたたかい想いに、触れられるの。

 

わたしは罰を受けつづけるけど、それが、それたけが、唯一の救いなの。

 

なにもないわたしにとって。たとえ罰でも。

 

この、きれいなあたたかさに、触れられることが、唯一の救いなの」

 

 美千子の姿が、月の光をうけて、薄くなる。

 

「このきれいなあたたかさと共に、いたかった。

 

わたしは、きれいなあたたかさと共に、この世界に。ずっと。ずっと」

 

 美千子の姿が、月の浄化の光をうけて、透きとおっていく。

 

「本当に、ありがとう。覚えていてくれて、ありがとう」

 

 武は、本当にイヤだった。

 

 自分の家が、かぐや姫の伝説をつたえているのが、イヤだった。

 

 でも、それをイヤだった、自分がイヤだ。

 

 今、自分にしかつたえられない言葉を、それをつたえるために、ここにいた

んだ。

 

 1000年間、途切れることなく、受け継いできたんだ。

 

 こんなに、想いを大切にしている人に、つたえるために。

 

 この想いは、あったんだ。

 

 自分は、それなのに、自分は。

 

 いつでも、そうだ。

 

 自分が苦しいと、自分だけ苦しいと思い込んで。

 

 まわりのすべてに、目をつぶって。

 

 俊樹だって。

 

 みんな、苦しんでいるのに。

 

「きみにあやまらないと。ぼくは、ぼくは!」

 

 透きとおるような、強き、白き光を放つ、満月が浮かんでいる。

 

「ぼくは弱くて、ごまかして。大切な事から逃げようとして」

 

 美千子のかげが、消えていく。

 

 もう、なかったことのように、消えていく。

 

「本当に。本当に。きれい」

 

 澄んだ、きれいな声が響いた。

 

「1000年後まで、伝えていくよ。かならず」

 

 月の光が、かがやいていた。

 

「本当に。本当に。あたたかい」

 

 澄んだ、きれいな声が響いていた。

 

「1000年後、また、まってるよ。かならず」

 

 月の光が、ただ、かがやいていた。

 

「本当に、ありがとう。本当に。だいすき」

 

 透きとおるように、強き、白き光を放つ、満月が浮かんでいた。

 

 ただ、光を放ち、月が、そこにあるだけだった。

 加具美千子は、次の日、学校に来なかった。

 

 担任の先生が、転校したことだけ、みんなにつげた。

 

 だれも、なにも、いわなかった。

 

 気にも、しなかった。

 

「武。加具、いなくなったんだな」

 

 昼休み、俊樹が、武に声をかけた。

 

「あぁ。あの子は。まぁ、いいよ」

 

 武は、それだけをいった。

 

「そうか」

 

 俊樹は、そう言うと、自分の席に帰っていった。

 

 ただ、普通に、日常が過ぎていった。

 

 放課後、武は、俊樹とならんで、校舎をでた。

 

 校門のまえまで、ならんで、あるいた。

 

「俊樹、おまえはこの先。どうすんだよ」

 

 武が、俊樹に、まえを見たまま、声をかけた。

 

「あんな親父のとこに、お袋ひとり、おいてけねぇだろ。地元で働くよ」

 

 俊樹も、まえを見たまま、口をひらいた。

 

「大丈夫か」

 

「おうっ」

 

 武が、立ち止まった。

 

 俊樹を、みた。

 

「ぼくは、自分の家が、普通じゃなくてイヤだったよ。

 

でも、そうじゃない。つたえなくちゃいけない意味があるんだと、思ったよ。

 

だから、大学でかぐや姫を研究するよ。そして、また帰ってくるよ」

 

 俊樹も、立ちどまった。

 

「なにがあったか、知らねぇけどよ」

 

 俊樹が、まえを見たまま、言葉をつづけた。

 

「おまえは、まっすぐ過ぎんだ」

 

 俊樹が、武に顔をむけた。

 

「でも、そこが好きなんだけどよ。オレは、親父の顔色をうかがうクセがよ。

 

だから、すぐ、ひとの顔色ばかり見て。うまくやろうとして。

 

考えて、しゃべって」

 

 俊樹が笑った。

 

「自分が本当にイヤになるよ。ときどき。おまえがうらやましくなるよ」

 

 俊樹のキズのわけを、武は、知っていた。

 

「俊樹。遊びにこいよ。オレも、帰ってくるからな」

 

「おうっ」

 

 いつも、決まった、返事の意味も。

 

 俊樹が、校門にむかって、歩きだす。

 

「コンビニ、よってかえろうぜ」

 

「あぁ」

 

 武も、並んで歩きだす。

 

 2人で、校門の外へと、歩きだした。

 

 学校の脇を、川は流れいた。

 

 ふたりは、橋をわたった。

 

 川の流れは、ただ、先へとつづいている。

 

 その先へと、ふたりは、歩いていく。

 

 川は、ながれていた。

 

 風は、吹きぬけていた。

 

 月は、夜を、ただ、きれいに、てらしていた。

 

 ふたりは、歩いていく。

 

 いつもでも。

 

 その先へ…

 


 
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