No.869905

全部夏のせいにしちゃって

mofuさん

高2の夏休み直前あたりです。
仲がちょっと進展するお話。原作のイメージを大切にされたい方、いちゃいちゃが苦手な方はご注意ください。

2016-09-18 23:25:40 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2496   閲覧ユーザー数:2446

定期考査も終わり、あとは夏休みを待つだけという7月中旬。

 

休み明けに催されるイベントの事前会議のため、泉水子が生徒会室に向かうと、すでに深行と真響、眼鏡コンビが来ていた。なにやら楽しそうに盛り上がっている。

 

泉水子が中に入ると同時にこちらを見た真響は、少々眉をひそめた。

 

「あれ、泉水子ちゃんだけ? 真夏は?」

 

「馬場にちょっと寄るって。大丈夫、ちゃんと来ると言っていたよ」

 

真響が疑わしそうな顔をしたので、泉水子は矛先を変えるべく、何の話をしていたのか聞いてみた。すると真響は苦笑して、

 

「ああ、みんながそろうまでと思って雑誌を読んでたんだけど、この服可愛いって言ったら、先輩たちが」

 

「だってこれは罠だろー! どうしてこんなのが流行るんだよ。まるで見てくれと言っているようなものじゃないかっ」

 

「それでちらりとでも見れば、何見てんだよオタク!とか言ってゴミを見るような目をむけるんだろ?」

 

やけに鼻息を荒くしている眼鏡コンビが指差す先を見てみれば、可愛らしい女の子がオフショルダーを着てにっこり微笑んでいる写真だった。

 

見た目には涼しげで可愛いと思うけれど、泉水子に着る勇気はなかった。なので、どこか別次元のような気持ちになる。

 

「可愛いと思うけどなあ。相楽はどう思う?」

 

どこか意味ありげな視線で真響に水を向けられた深行は、明らかに嫌そうな顔をした。

 

「別に・・・。良識の範囲内なら個人の自由だろう。着たいものを着ればいい」

 

「泉水子ちゃんでも?」

 

「・・・それとこれとは話が別だろ」

 

「何が別なの?」

 

急に自分の話になって瞬くと、深行はそれには触れず、泉水子をじろりと見下ろした。

 

「それよりお前、最近あまり食ってないだろ。また夏バテを起こしてぶっ倒れても知らないぞ」

 

いきなり指摘されて、泉水子はうっと詰まった。どうしても夏は食が細くなりがちで、ゼリーやヨーグルトで済ませてしまう時がある。

 

前科があるだけに泉水子が首をすくめていると、大河内は「かーっ」とどこからか変な声を出し、芝居がかった口調で言った。

 

「相変わらず過保護なリア充ですこと」

 

「こんな何様?なヤツのどこがいいんだ、鈴原さん。大人しく言うことを聞いてると、どんどんつけ上がるから気をつけた方がいいぞ」

 

「いつ鈴原が俺の言うことを聞いたよ」

 

深行がげんなりと独りごちる。

 

その話の流れで、そういえば、と泉水子は思い出した。

 

「相楽くんは、俺様です」

 

室内が一瞬時間が止まったかのように静かになり、それから勢いよく真響と眼鏡コンビは吹き出した。

 

深行がどことなくショックを受けているような面持になったので、泉水子はまずいことを言ってしまったのかとおろおろした。

 

「あの、ミユーが・・・クラスの友達が、相楽くんみたいな男子を俺様というんだと言っていて。自分をしっかり持っている人のことだと思ったんですけど・・・違いました?」

 

慌てて説明してみてもみんな笑うばかりで、泉水子は苦い顔をした深行に両頬を引っ張られた。

 

「い、いたた」

 

(こういう時はふつうなのにな・・・)

 

頬にわずかな痛みを感じながら、泉水子は和やかな空気の中でぼんやりと考えた。

 

 

 

滞りなく会議は終わり、休み明けは準備のため目の回る忙しさになりそうだが、どうにか夏休みは確保された。やはり戦国学園祭が特殊だったのである。

 

執行部員たちが帰った後も、習慣として泉水子と深行は居残り、参考書を開いた。

 

深行と同じ大学を目指すのならば試験が終わっても気が抜けず、夏休みもきっと勉強漬けになるだろう。

 

(それはいいのだけど・・・)

 

泉水子はこっそりと隣を見やり、黙々と問題を解いている深行の横顔を眺めた。空調のきいた室内は適度に涼しく、窓の外からは蝉時雨が押し寄せてくる。

 

最近、深行の様子がおかしい。

 

でももしかしたら、おかしいと思う泉水子の方がおかしいのかもしれない。

 

はじめて唇を合わせてからこの夏まで、もう数えきれないほどキスをしている。そして、ただ触れるだけのものではないと知ったのは春ごろ。

 

それが、ここのところまったくなくなった。

 

電話やメールは変わりないのに、ふたりきりになると、時々気まずい空気が流れることがある。きっと今がそう。拒絶というほど強いものではないけれど、にわかにぴりぴりしたものを感じるのだ。

 

寂しい。そう感じるのは、はしたないだろうか。

 

はじめは、深行が彼氏になるなんて信じられなかった。だけど直接的な言葉はなくとも態度で示してくれたから。

 

見つめられるたび、抱きしめられるたび、唇が触れるたび、想いは膨らんでいく一方で。あたたかさを知ってしまった分、手放されるのが怖くなる。

 

でもいつか・・・。

 

そんなことを考えていたら肘にペンケースが当たってしまい、がしゃんと床に落としてしまった。

 

「あ・・・っ」

 

しゃがみこんで拾っていると、深行もかがんで手伝ってくれる。シャーペンを手渡してくれようと視線を上げ・・・ものすごい勢いで顔をそらした。

 

「・・・ほら」

 

こちらを見ないままシャーペンを突き出し、席に戻る。目を合わせようとしない態度が悲しくて泉水子はうつむいた。

 

(何かあるのなら、言ってくれればいいのに・・・)

 

そう思うと、なんだかむかむかしてくるものがあった。だいたい思っていることをしゃべれと言ったのは深行なのに、彼の方はそれを実行しているとは言い難い。泉水子はすくっと立ち上がった。

 

「思っていることをしゃべりたいんだけど」

 

泉水子のあらたまった態度に深行は身構えたようだった。ノートに走らせていたシャーペンを置き、ためらいがちに泉水子に向き直る。

 

今までの泉水子だったら、自分の気持ちを言えずにあきらめただろう。大変な勇気を必要としたが、後悔したくなかった。深行とのことにおいて、何も行動せずに後悔をするのは嫌だと思った。

 

だって、来てくれたから。何度も、迎えに。

 

 

「最近深行くんの様子がおかしいの、気のせいじゃないよね」

 

「今のは不可抗力だ。それに・・・見てないから」

 

発した言葉は同時で、しかも噛み合っていなかった。

 

「えっ?」

 

深行はぽかんとしていて、恐らく泉水子も同じ顔をしているはずだ。

 

あれ?と思いながらも、泉水子は続けた。言いたいことは一息で言ってしまわないと、きっとくじけてしまう。

 

「深行くんがいつ私から離れて行くのか不安に思いながら黙っているんじゃなくて・・・きちんと聞こうと思うの。私、なにかした? それとも、もう私のこと」

 

だんだん声が震えてしまい、涙が浮かんでくる。叱咤するべくひと呼吸すると、深行は目を丸くして泉水子の腕をつかんだ。

 

「ちょっと待て。どうしてそんな話になるんだよ。なんで離れるのが前提なんだ」

 

ひどく慌てた様子で顔をのぞきこまれ、泉水子は濡れた目で瞬きを繰り返した。

 

「違うの? じゃあ・・・どうして触れてこないの?」

 

予想外の反応に、つい本音がぽろっと出てしまった。

 

固まってしまった深行を見て失言に気づき、全身が一気に熱くなるのを感じた。

 

耳をつんざく蝉の鳴き声だけが室内に響く。

 

沈黙がひどく重く、耐えられなくなった泉水子は筆記用具をかばんにしまった。

 

「へ、変なことを言ってごめんね。今日はもう帰・・・きゃっ」

 

出口に向かおうとしたところで腕をつかまれ、引っ張られたと思った瞬間には深行の顔が目の前にあった。

 

「あ、あの」

 

あまりの近さに、自分の顔が紅潮したのがはっきりと分かった。深行の膝の上に座る形で身動きが取れず、つかまれた腕と支えられた背中に感じる彼の手がとても熱い。

 

大きな手。骨ばった手首。半そでから伸びる腕は無駄のない太さで、間違いなく男の人の腕だった。当たり前のことなのに、今はじめて気づいたような気持ちになる。

 

「止まらなくなるから」

 

「えっ」

 

「さっきの、鈴原の質問に対する答え」

 

言うと同時に、深行は泉水子に唇を重ねた。

 

くらりとして目を閉じると、深行のあたたかい体温に頭の先からつま先まで包まれた気がした。

 

舌が歯列を割って入ってきて、泉水子を確かめるように溶かすような動きに、頭の奥が痺れていく。酸素を求めて唇を離すと、すぐに角度を変えてふさがれた。

 

「ん、」

 

思わず吐息をもらすと、泉水子の腕をつかんでいた深行の手に力がこもった。すぐにその力は抜け、手は胸に移動した。

 

「・・・っ」

 

泉水子がびくりと肩を震わせると、言葉を封じるようにいっそう唇を強く求めてくる。

 

深行の手は優しく、おそるおそるといった様子で、まるで形を確かめるみたいに少しだけ力を入れた。

 

心臓は壊れそうなほど早鐘を打っていて、こういうことをする深行は深行ではないみたいだと思うのに、それでも泉水子は怖いと思わなかった。

 

やがてゆっくりと手が離れ、それがきっかけみたいに唇も離れた。

 

深行は目元を赤らめ、気まずそうに目をそらした。泉水子もまともに深行を見ることができず、目が泳いでしまう。

 

「・・・そういうことだ。夏はただでさえ制服が・・・いや、こうも暑いと自制心だってやられるだろ」

 

夏がどう関係あるのだろう。泉水子が首をかしげていると、誤解をさせたのは悪かった、と抱きしめられた。

 

清潔感あふれるシャツが頬に触れて、深行の鼓動が伝わってくる。それが思いのほか速く、泉水子の胸があたたかくなった。

 

「あのね、私、嫌じゃなかったよ。私だって、深行くんに触れたいと思っていたもの」

 

頬を染めながら慎重に言葉を選ぶと、深行は身体を強張らせ、やがて深々とため息をついた。

 

「・・・お前な。ただでさえ寝苦しい毎日なのに、俺を寝かせないつもりかよ・・・」

 

ここにどうつながるのかやっぱり分からないけれど、深行は意外にも暑さが苦手らしい。落ち着いてきた泉水子は、深行を見上げて提案した。

 

「そんなに暑いのなら、寝る時もエアコンをつけたら? 深行くん、私のことを言っておいて、自分の方が熱中症になってしまうよ」

 

泉水子に言われたくないと思ったのか、深行は心外極まりないという表情でこちらを見つめた。

 

 

くっついている状態はいちいちドキドキしてしまうが、泉水子は大きなぬくもりに素直に甘えて目をとじた。

 

後ろ向きな性質はすぐには直せないけれど、不安になったら聞けばいい。そのたびに誠実な答えが返ってくるはずだ。

 

胸のつかえがすーっと取れて、癒されていく。

 

きっと深行の知らない部分はまだまだたくさんあって、こうして少しずつ知っていけたらいいと思う。

 

そこまで考えて、ふと思い出した。泉水子が顔を上げると、深行は何かに耐えるような顔をしていた。

 

「なんだよ」

 

「さっきの、不可抗力ってどういう意味? 見てないって何を?」

 

目に見えて顔を赤らめた深行は、激しくうろたえた。こんな彼を見るのも、はじめてのことだった。

 

 

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

深行くんが寝苦しい日々を送っているのは、泉水子ちゃんに触れたくて悶々としているからです(笑)

おなじみの苦行回でしたが、しゃがんだときに見えてしまった(!)ラッキー有り・いちゃいちゃ有りで、結局幸せでした。

 

 


 
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