No.865338

魔法使いと弟子 番外 夏の修練(後)

ぽんたろさん

後編です。なんとか夏の間に投稿できました。

魔法使いと弟子
庵と邦子
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2016-08-25 06:32:55 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:384   閲覧ユーザー数:384

夏の修練

庵と邦子

 

ぽんたろ

 

 

 長谷川邦子は神楽坂庵の弟子である。

魔法使いの弟子である。

 

自室でライフルのストック(手に持つ辺り)に頬をつけ、邦子は考え込んでいた。

「邦子さま、庵さまを撃つの?」

傍らには小さく雑な作りの狐が侍っている。

口もないのにしゃべるそれは、縫い目があればゲームセンターの景品にしか見えないだろう。

「ええ、手伝ってくれる?」

「手伝いおっけーなの?いいよ。でもご主人に回収されたらナイショはできないよ」

「充分よ。ありがとうね」

邦子は片手でこちょこちょ狐をくすぐった。

きゃっきゃと狐は嬉しそうに笑い声をあげる。

この狐も庵の作った魔術生物だ。 

邦子の警護に一匹渡されている。もう七年の付き合いになるか。

火狐は庵に従順だ。通常主に対する傷害行為には敏感に牙を剥く。

ただし、庵は主要な臓器と血管系には物理的、魔術的な障壁を作っていた。心臓に着弾しても殺せはしまい。火狐達もそれはわかっているし、何より庵の意思と誓約を重んじ邦子から庵に対する加害行為だけは全て見ないふりをしている。 

去年心臓を刺した時には庵が手ずから赤飯を炊いてきた位だ。舐めきっている。

 しかし如何に強敵であろうと昨晩メールで環に祭りに行けるかもと告げたら家族と行く予定だから会場で合流しようと言ってくれたのだ。失敗はできない。

庵の狙いは功をそうした様で邦子は水分補給を再開していた。

脱水のままで精密射撃は厳しい。

 

 

「庵。ちょっといいかしら」

「何だい邦…」

銃声が響いた。

廊下の曲がり角で銃を構えた邦子は庵が此方に曲がって来る直前に飛び出し発砲した。

「チッ」

舌打ちは邦子の方から零れた。

庵は鉄扇を紙扇子を扱うようにひらひらと扇ぐ。外傷はない。

「ふふ、残念」

鉄扇のフレームには銃弾が突き刺さっていた。

邦子は薬莢を袋に仕舞う。

「今のはちょっと意外だったよ」

「それは皮肉かしら」

「受け取り方はおまえに任せますよ。ああ、ワタシは明日は仕事だから。せいぜい頑張ることです」

ライフルはボルトアクション、つまり一発づつレバーを引き弾薬を装填しなければならない。

自動装填ではない以上連射はできない。

今の一発で確信したが庵は反射速度を向上させる術を使っている。

二人の住んでいる家は道場物置を抜いて5LDK、2階建て。一部屋当たりの広さはそこまで広くもなく狙撃にはもともと不向きなつくりだ。

かといって外出先で庵を補足するのは雲をつかむような話になる。まず捕まえるまでに半日以上かかるだろうし、庵はこちらの位置をいつでも補足できるのでおいかけっこになればまず勝ち目がない。

それに、庵をよく迎えに来る国木田という構成員は仕事中の庵は幽鬼のようだと形容していた。

だとすれば家で狙撃する方がまだ勝機が見込めるというもの。

庵の集中力が限りなく低下している在宅時を狙うとなると不意をつきつつ着弾までにモーションを取らせない対策が必要だ。

「で、邦子。用はなんだい?」

にこにこと庵は上機嫌だ。

「宿題を片付けてくるから。図書館に行ってもいいかしら」

「いいよ。狐を持っておいきなさい」

 

 翌日、庵は早朝に家を出た。

邦子が背後から行ってらっしゃいの代わりに狙撃したが、ひらひらと上機嫌に手を振っていたので帰る時間を見計らい玄関前に対人地雷を仕掛けたが、難なく解除され意味は成さなかった。

 

 さらに次の日、庵は居間で新聞を読んでいた。

ふいに庵が後ろにごろりと倒れた。

甲高い音がし、ガラスが割れる。

「おやおや、宿題をしに行っていたんじゃなかったのかな」

「…」

 銃を持った邦子が部屋を覗く。銃にはサプレッサーらしき筒がついている。

どうやら廃材などで自作したようだ。

白いワンピースとライフルがミスマッチだが好きな人は好きそうな図である。

 庵は腹筋だけで体制を戻すと何事もなかったように新聞に目を走らせる。

邦子は庵の後ろを横切り割れた窓を確認すると外に出て銃弾を回収した。

そうしてまた庵の後ろを通り、部屋に戻ると今度は銃の代わりに刀を持って戻ってくる。

割れたガラスに紙を載せ邦子が数言つぶやくと、刀から淡い光が漏れ、すぐ収まった。

ガラスは元通り嵌っている。

音はもともと家の敷地内自体が防音になっているので近隣を気にする必要もない。

「いい子ですn」

発砲音が鼓膜を揺らした。

「あいたたた」

 庵は手のひらで銃弾を受け止めていた。

弾が落ちる。

「これも止めるの…」

 邦子は自分のスカート越しに二階から落としたライフルで狙撃を行っていた。

庵の手は特注の手袋が裂け赤い血がだらだらと流れている。

邦子は救急箱を持ってくると庵の手に綿を当てる。

「今のは油断していましたよ邦子。やるじゃないですか」

「手袋、とって」

「いやです!」

庵は手を見られるのを極端に嫌がる。頬を赤らめて嫌がるので恥ずかしい、ということなのだろう。

「…止血できないわ」

「自分でやります。もしくは邦子も全裸でやってくれるなら喜んで取りま」

「じゃあ自分でやって」

邦子は治療道具を置いて自室に戻っていった。

 

 毎日、あの手この手で庵を撃つも避けられる。

庵は常に鉄扇を携帯するようになり、狙撃はますます難しくなっていった。

 

 そして、あっという間に祭りの当日、最終日となった。

 ピークは過ぎたそうだが、酷暑は続いている。

「挑戦は今日で良かったのですか?」

「ええ、真剣勝負もしないと腕が鈍るし」

 地下の道場で、邦子は赤い着物を着て剣を携えていた。

月に一度の殺し合いの申し込み。それを邦子は祭り当日に指定した。

「構わないけれど、今ワタシを倒せなければ祭りの約束もおじゃんになりますよ?」

 邦子が居合の構えをとった。返答は、不要か。

「どうぞ。かかっておいで、邦子」

空気が動く。邦子の着物の裾がふわりと舞い上がった。

金属と金属がぶつかる。

庵の手には黒い刀が握られている。邦子の唇に狩人の笑みが浮かんだ。

「二番は研ぎにだしていますから、今日はこれで遊んであげましょう。光栄に思いなさい」

「っ」

 黒い刀は庵のお気に入り、一番刀と呼んでいる。

反りの薄い刃は納刀時はお遍路さんの杖のように見える。

勿論庵の技量もあるのだろうが通販番組で紹介できそうなほど切れ味がいい。

 少なくとも現代魔法戦術を扱う魔術師にとって刀は打ち合う道具ではない。

歯零れすれば剪断性を損なうし長く刃を合わせていれば集中力がそがれる。

凶器として使用するならば即殺。そうでなければ抜かない方がまし。鞘入りのまま防具にでも使えと言われる始末だ。通常であれば。

 庵は邦子相手に肉体強化などはするが攻撃魔術は一切用いない。

それは心・技・体全てにおいて人間としての極限まで鍛えぬいた自身への、慢心ではなく、自信でもなく、確信でもなく、ただ事実として数値的に死ぬだろうという単純な予測に基づいていた。

ゆえに、刀はただの刃物として振るわれる。

カッ、ガッ、ギヂッ

金属がぶつかり火花を散らす。

「今日は調子がいいみたいですね。ふふ」

邦子に返答する余裕はない。口を堅く結び、庵の隙に刺突を放つ。

黒い刀がはじく。

「花のごとく燃え、雪のごとく溶かす」

刀が熱を帯びる。

「五番輝葉」

庵は口角を上げ刀を振るう。

「また美しい術を組んで、おまえは」

邦子の構える刀。庵が昔使っていた『芳華』の刀身が白光を放つ。

「あなたに出し惜しみなんてしない」

殺陣の速度が上がる。肉体強化とセットの術のようだ。

「くふふ」

庵は嬉しそうに邦子の剣撃をすべて受けその性質を探る。

浅く庵の着物が裂ける。嬉しそうに庵は刀を刀で捌き、邦子の身体に手を伸ばす。

ばちりと庵の眼前で火花が散った。

「おやおや」

ほんの一瞬。庵の意識がそれた。

邦子が庵の足を払った。

庵が倒れ邦子は馬乗りになる。

「首を取りに来ればよかったのに」

邦子は着物の中から取り出した銃身とストックの切られた元ライフルを握っていた。

銃口はしっかりと庵の心臓の真上に当てられている。

「今の練度じゃどうせ切れないわ」

「狙いが読めないと思ったら刀身はフェイクでしたか。騙されました」

「わたしも、まさかこの状況でトリガーを止められるとは思わなかったわ」

庵の左腕の親指はしっかりとトリガーと銃身の間にはさまり発砲を阻止している。

「素晴らしい、自分で改造したんですね」

庵は陶酔するようにうっとりと目を細める。

ライフル弾を撃てる拳銃ではケル・テックやトンプソン・コンデンターが有名だ。

構造を調べて改造したのだ。この子は。この短期間で。

「隠せないから。あの銃を使えとは言われたけど手を加えちゃいけないってルールは無かったわよね」

「ええ、そうですよ。賢い子。そしてわかっているでしょう?」

 邦子も理解している。

これも一度しか使えない手だ。庵は《銃を破壊しない》とは言っていない。

トリガーを抑える形で庵が触れている以上、いつ破壊されてもおかしくない。

「庵、撃たれて」

銃口はしっかり胸板にあたっている。

引き金を引けば当たる。しかし指が動かない。後少しなのに。

邦子は両手をトリガーにかけた。

「そんなにあの娘が好きかい」

 庵は悲しそうに表情を歪めた。

「っ!」

 邦子が背を蹴られたと理解したのは横転して背中を打ち付けた瞬間だった。

どうやら足首になにか仕込んであったようだ。鉄パイプで殴られた痛みに似ている。

「ワタシは泣いてしまいそうです」

肋骨が折れて内臓に刺さっている。激痛。

「うそ…つき…」

泣いたりなんか、しないくせに。

「———ですよ。邦子」

遠くで、声が聞こえた。

何を言っているの

きこえ

ない

 

 

邦子はためらいがちに目を開けた。陽光から日が傾きつつあることを悟る。

家の方に運ばれて布団に寝かされていたらしい。

「勝負は…」

「ワタシの勝ちです」

わかっていた。とはいえ、邦子はがくりと肩を落とした。

痛みはない。気絶している間に施術が終わったのか、胴巻のようにギプスがつけられていた。

「お手合わせ、ありがとうございました。師匠」

「…一つ、提案があります」

 

+ + +

 

 

 虫の声がする。

太鼓の音がする。

どこかくぐもったマイク越しのナレーションと、なじみもない歌謡曲が聞こえる。

そして、カラコロと下駄の音がする。

「たま!」

 邦子は顔を上げ破顔する。

芦原環は今日は浴衣姿だ。

サイズがないためか子供向けだが青地に花の染め抜きが美しい。

いつも一房だけ縛って垂らしている後ろ髪をくるくるとまとめ、お団子にしている。

「くにちゃん、こんばんはー」

邦子も浴衣だが、なんというのだろう。環は普段とのギャップもあり、天使か。

道すがら出店を見てきたようで、休憩スペースで環の両親と兄が食事をしながら談笑しているのが見えた。

「ごめんね。くにちゃん、待った?」

「いいえ、たまは踊ってきたの?」

「うん。盆踊りだからね!」

今日の祭りは盆踊り大会ではなく納涼祭だった気がするがそんなことはどうでもいい。

夜に公園で小学生と一緒に練習に参加していたらしい。

「くにちゃんちも家族できてるの?それとも学校のお友達と?」

「違うけど…恩人みたいなひとよ」

邦子は少し困った顔で笑った。

 

 環と一緒に祭りを回る。

金魚すくい、ヨーヨー釣り、カチワリ氷、くじ引き、お面、わたあめ、リンゴ飴…

本で見たカラフルな光景の数々。邦子は恥ずかしいので平静を装いつつも内心はしゃいでいた。

友達と縁日を回る。

 射的で環が好きなキャラクターのぬいぐるみがあったので4発で落とした。

屋台の店主はいぶかしんでいたが、今週の訓練の賜物だと邦子はひそかにほくそ笑む。

術は一切使っていない。一番ぬいぐるみのバランスが悪い部分を、最適の力を込めて詰めたコルク栓で撃っただけだ。庵を撃つよりはるかに楽である。

「本当にもらっちゃってよかったの?」

しろくてもふもふしたぬいぐるみを抱え、環は隣を歩く邦子をうかがう。

「私の部屋、置き場所ないから。よかったらもらってほしい」

「ありがとうくにちゃん」

花が咲くような笑顔。カワイイ。

邦子はくらりとめまいを感じ、公園端の手すりに手をついた。

「くにちゃん大丈夫?」

「え、ええ」

かっこ悪い姿をみられてしまった。少しだけ邦子の顔が赤くなる。

「暑いもんね。お茶あるからちょっと飲む?あ、新しいの買ってきた方がいいよね。ちょっとまってて!」

あたふたと荷物の中からペットボトルを取り出し環ははたとしまい直すとぬいぐるみを邦子に預け財布を手に走っていった。

「あ…」

残された邦子は固まっている。

「ぬいぐるみのお礼だから!!ちょっとまってて!!」

間接…いや、なんでもない。

 

 環は5分ほどで戻ってきた。手にはビニール袋。

「どれがいいかな」

お茶や水のボトルが入っている。邦子は一本でいいと言うとミネラルウォーターのボトルを受け取った。

平静を装い、ただ内心ほんの少ーしだけ残念に思ってしまいながら邦子はふたを開ける。

「くにちゃんは制服も素敵だけど浴衣も似合うよねー」

環は悪意の無い顔で言った。

邦子はボトルに口をつけずうなだれる。

「不格好だと…思う…」

「そんなことないよ!」

着物はシルエットがきれいな方がいい。浴衣も。

薄いものに付け替えたがギプスも入っているので着付けの上手い庵が手伝ってくれたのだが、やはり少しつぶしても胸が気になってしまう。

「くにちゃんはすっごく綺麗だよ!!」

「え」

力説する環に、邦子は戸惑う。

「くにちゃんは友達だけどその前に私の憧れだからね」

「あこ、がれ…?」

「うん!くにちゃんくらいは無理でも私ももうちょい大人っぽくなりたいなぁ」

「え、へ、そう、かな」

無駄肉だけど、環がそう言ってくれるなら、いいのかもしれない。

 

+ + +

 

 

「お待たせ」

環と別れて邦子は人払いのされた神社の裏に来ていた。

「騒がしいですね」

庵は心持ち落ち着きがない様子でそわそわとあたりを気にしている。

対して邦子は自分で気づいていないのか柔らかい笑顔を浮かべていた。

「ごめんなさい、庵」

「?」

「わたしはわたしのまま、頑張るわ。筋力はつけたいけど、怠けて刃をいれるのはあなたの言う通り違うわよね。トレーニングで落としていくわ」

「そう、ですか」

「あと、負けちゃったのにお祭りに来させてくれてありがとう。すごく…楽しかった」

「……」

庵は小さくため息をついた。

「庵…?」

「では…約束です。来なさい邦子」

 邦子は庵に近づくと、ひょいと庵に抱えあげられた。 

 庵はそのまま軽い足取りで跳ねるように本殿の屋根に飛び乗る。

古びた瓦を割らぬよう術をかけると邦子を座らせ、自身も隣に腰掛ける。

「これ、お土産」

 ペットボトルのお茶と焼きそばのパックを受けとると庵はしげしげとそれを見つめる。事前に祭りの参入業者と材料の流通は調べてはいたがそれにしても屋台の食品はかなり久しぶりだった。

邦子の肩から小さな火狐を指に取りパックに乗せると、くんくんと匂いを嗅いで足で器用に丸を描く。

 庵は邦子に、少しの時間環と祭りをまわる代わりに最後の花火は二人で見る条件を出していた。

邦子はしばらく理解しかねるといった顔をしていたが、なんだかんだとても喜び着付けを手伝っている間も鼻歌を口ずさむほど上機嫌だった。

 庵は我ながら甘いとは思いつつも環が懸案を勝手に解決してくれた幸運に歯噛みする。

 ロマンチックなシチュエーションで歯が浮くような説得をせずに済んだことだけは心底ありがたい。ありがたいが、複雑な心境だ。

 庵は世辞が苦手である。

心にも無い美辞麗句は何の抵抗もなくぽんぽんと口に出るしおかげか女受けはすこぶるいい。

ただし、苛立ちや不快感ではない、社交辞令を一切含まぬ本心を吐露することにはこの齢になっても慣れないのだ。

似合っていますよ。その一言すら躊躇うのだ。

 そして、認めたくはないが庵は環に嫉妬している。

何の労もせず邦子に好かれるあの小娘が心底憎い。

敵対的でもない人間相手としては最上級の殺意を常に抱いている。

 邦子は隣でわたあめをちびちびかじっている。本当に体形を気にするのはやめたらしい。

短絡的、そして身に覚えのある単純さだ。

「ふふ、甘い」

 邦子が笑う。

 軽い破裂音を立て、小ぶりながら花火が打ち上がる。夜空に炎の花が咲く。

一発数千円の花火。小さな地区の納涼祭。

例え高名な花火大会の立派な尺玉でもこの子はこんな顔をしてくれないのだろう。

すぐ傍にあるのに手にできない高嶺の花。

庵は花火に見とれる邦子の横顔をそっと見つめていた。

 

ああ、もうすぐ夏が終わる。

 


 
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