No.845990

あの日の恋をもう一度 ...3

くれはさん

睦月結婚もの第12話。

続けて語られたのは、それから少しだけ経った日の記憶――
如月が鎮守府に来てからの事。

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2016-05-04 19:18:14 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:817   閲覧ユーザー数:815

「――そうそう。そんな感じで、睦月ちゃんと司令官は仲良くなったのよね♪」

 

……昔話をいったん中断して。少し、皆の様子を見る。

へえ、そんな事があったんだ……という様な表情を多く見受けて、まあそう言う反応よね、と思う。

 

そんな中、その話を知る側の一人――如月は、頬に手を当てて喜色を顔に浮かべる。

私と睦月の馴れ初めを改めて聞けるのが嬉しいとか、そんな感じで――

 

……いや、ちょっと待ちなさい。

 

「……って、こら。まだあんたが出てきてないでしょ、如月?」

「あら、私の話は別にいいと思うわよ?だって司令官と睦月ちゃんの馴れ初めですもの」

「よーくーなーい。あんたの事も込みでなんだから。……それとも、昔の話されるのが恥ずかしいの?」

「そんな事、ないわよ?」

 

私の問い掛けに、如月は笑顔で答える。……でも、怪しい。

何かを誤魔化そうとしたり、はぐらかそうとしたり。そんな気配が、どことなくする――

 

 

 

 

「――ほーう、つまりそこに如月が司令官好き好きしてる理由があるって訳だねえ?」

 

 

 

 

そんな風に思った、その瞬間。

その疑問に答えを与えるかのようなタイミングで、誰かの言葉が飛び込んでくる。

その声の方向――私達がいるより斜め右側を見れば、そこには、

 

「……何面白い格好してるの、望月」

「いや、この間の一晩部屋交換の時に愛宕さんが気に入っちゃったみたいでさ……。

 なんか離してくれないんだよね……」

「だって、望月ちゃんって抱きしめたら気持ちいいんだもの。

 こう、小さくてぴったり収まる感じが、ね?うふふっ」

 

……愛宕にその身体をぎゅっと抱き締められた望月がいた。

望月の小柄な体躯は、それよりもひと回り……いや二回り?大きい愛宕が抱きかかえる事で、

まるでこう、カンガルーか何かに近い印象を受けるような……。――と、そんな風に印象を整理していたら、

 

「……そんな気はしてたけど、やっぱり、如月も司令官の事好きだったんだ」

「何となーく、そんな気はしてたぴょん」

「いやぁ、弥生も卯月も……バレバレだったろ?如月の様子で」

「ん、如月は結構、さびしがり屋だったから……気のせいかな、って」

「……あら、弥生ちゃんと卯月ちゃんにそんな風に思われてたのね、私」

 

弥生と卯月――この鎮守府では遅れての着任で、かつ睦月と如月の妹という二人が、

如月に対する印象をそう表現する。そして、

 

「そういえば、私がここに来た時……もう、如月ちゃんは司令官にべったりだった様な……?

 何だか凄く可愛いって、そう思ったのは覚えてます」

「あ、やっぱりそうですよね?私と同時期に着任した羽黒ちゃんがそう言うなら」

 

如月より後に着任した、羽黒と比叡の二人が。ここに着任した直後の印象を話す。

……けれどその後、比叡は首をひねって。

 

「……ん?……あれ?私達って如月ちゃんのすぐ後……ですよね??」

「あれ、そう、です……よね?比叡ちゃん」

「私は羽黒ちゃんと比叡の後だけど……やっぱり、如月ちゃんはもうそんな感じだったわね……?」

 

比叡は、自分の違和感を口にする。自分は如月の次くらいに来た筈なのに、

もう如月の印象がそうなっていて。私や望月の言う『そういう事』があったのを見た記憶がない、と。

そして、比叡の言葉に羽黒、そして二人の後に着任した陸奥も頷く。

 

……まあ、確かにその時期なんだけどね。……くく。

 

「如月が来てから、その次に二人が来るまで結構時間空いてたのよ。その時、ね」

「だから、司令官と青葉たち7人だけの内緒だったんですよ。

 神通ちゃんが言っていた恋物語――『睦月ちゃんと司令官の出会いとその後』は、ですね。

 ……いやあ、内緒にするつもりもなかったんですけどね?その、話す機会を逃したと言いますか?」

 

笑いをこらえながら、その比叡達の疑問に私と青葉は口々に答える。

……と、それに補足するように如月が、

 

「でも、一つだけ言っておくとね?私が司令官の事を好きなのは確かにそうだけど、

 睦月ちゃんと司令官が一緒にいるのが、私は一番好きなのよ?

 だから私は、睦月ちゃんの妹で、司令官の義妹で。それで、二人の『家族』としていられるのが嬉しいの♪」

「……こんなに幸せオーラをまき散らしてる如月、昔は見なかったぴょん」

「私も、ないなあ……」

「あたしもないねえ……」

 

余りにも。……余りにもこっぱずかしくなるような事を笑顔で言って。

それに、昔の如月を知っている卯月、夕張、望月が呆れた顔で口々に呟く。

そして、

 

「……というか、そんな恥ずかしくなりそうなこと笑顔で言わないの、如月」

「そう言ってもらえるのは、睦月達としてもうれしいけど……その、ね?」

 

私と睦月もあんまりにもこっぱずかしすぎて、黙っていられなかった……。

 

 

 

 

 

 

――さて、それじゃあ。

 

「続きの話をするわよ、如月。――いいわよね?」

「もう、仕方ないわね♪」

 

 

 

そうして、もう一度私は口を開く。

夏から、少しずつ秋へ移り始めた時期の――如月が来た頃の話を。

 

 

 

 

 

ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

あの日からずっと強くなって、人も増えた。そんな私達の、大切な家――

 

 

 

 

 

 

 

***

 

「――如月です。ふふ、お傍に置いてくださいね?」

 

 

 

――リンガ泊地鎮守府、執務室。

朝の陽射しが窓から差し込み、室内を明るく照らす。

その日の射しこむ部屋には――暫くここで過ごす内に、私達の匂いが、少し染みてきたような気がする。

 

そんな場所に――

 

「いらっしゃい、如月ちゃんっ!!…………久しぶり、だね」

「睦月ちゃん……ええ、久しぶりね。ほんとうに――久しぶり。また、こうして会えるなんて思わなかったわ」

 

睦月型2番艦――睦月の妹に当たる子が、本土から着任した。

 

本土から新しい子が着任する……それも、ここのリンガをわざわざ希望して、と。

最初に暁から、本土にいる暁の妹つながりで連絡を聞いたときは

こんな未熟な司令官がトップの新設鎮守府なんて何がいいのか……と思ったけれど。

……そっか、睦月がいるからだったのね。――と、いけない。私も自己紹介しないとよね。

 

「私、この鎮守府の司令官。よろしくね」

 

そう短く言い、その後に電、響、暁、神通、青葉と、執務室に集まっていた皆……今の鎮守府の全員が続く。

全員の紹介を終えてから、一回頷いて、

 

「それじゃあ睦月、如月にここを案内してあげたら?」

 

今の睦月と如月の様子を見て、ふと思いついたことを口にする。

……しばらくぶりの――恐らくは『かつての戦争』以来の再会なら、きっと積もる話はあるだろうと。

そう、思って。その私の言葉を聞いて睦月は、

 

「おりょ、いいの?やりかけのお仕事、有ったよね?」

 

大丈夫か、ってそう聞いてくる。

――いつの間にか、私の相棒と。そう思えるくらいに馴染んだ睦月は、私の仕事の進捗や具合も把握していて。

まあ……良く分かってるわよね、睦月。今睦月が抜けたら、進捗にちょっと影響が出る。けれど、

 

「大丈夫よ。一応私一人で何とかできるし、ちょっと時間かかりそうだったら誰かに手伝ってもらうから。

 きっと、色々話したい事もあるんでしょうから――行ってきなさいな、睦月」

「……ん、りょーかい。てーとくもがんばってね?」

 

大丈夫と、そう言って送り出し……睦月もそれに頷いてくれる。

 

 

 

 

「それじゃ行ってくるのですっ」

「失礼するわね、司令官」

そうして、睦月と如月は執務室を二人揃って出ていく。

睦月が扉を開け、如月を促し。如月が外に出て、その手でゆっくりと扉を閉め――

 

「…………」

 

……見送るつもりで見ていた扉は、半秒だけ止まったように思え――

締まり切らない扉の隙間から、執務室の中と、外に出た睦月を交互に見るような如月の顔が見えた後。

 

 

 

がちゃん、と。軽い金属の音を立て、扉は締まった。

 

 

 

***

***

 

 

「――それで、ここが資料室。こっちが……」

 

――私と睦月ちゃんは、ここ、リンガ泊地の鎮守府の中を歩いていた。

 

まず睦月ちゃんに、私達二人の部屋になる予定の場所を教えられて、ひとまず荷物を置いて。

それから、睦月ちゃんに『どこから案内した方がいい?』って聞かれて、

私は、『じゃあ、ここからにしましょうか』って冗談交じりに答えて……、

けれど、睦月ちゃんは特に迷う事もなく私に案内をしてくれる。

 

ふうん……頭の中にちゃんと入ってるのね、ここのこと。

……と、そう思い。その睦月ちゃんの姿に――ここに来る前に考えていた事が、頭をよぎる。

 

 

 

睦月ちゃんは、私の知らない時間を――私が居なくなった後の時間を、過ごしている。

睦月ちゃんは、どんな事を思ってその時間を過ごしたのか。

 

……きっと、悲しかったに違いないと思う。睦月ちゃんは、優しいから。

兵器の身体に宿った私達にとっては、戦いの中で失われる事は――十分有り得る事ではあったけれど。

でも、実際にいなくなるのは別、だもの。

 

 

……ぐ、と手を握りこんで。

 

 

だから、私は。あの日、きっと睦月ちゃんを泣かせてしまったのだから――

今度は、睦月ちゃんが幸せになれる様に。その為に頑張らなくちゃ、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、私達は鎮守府の中を歩いて行って――

今いる施設の説明が一通り終わった後、屋外にある施設の説明の為に外へ出て。

海に面した港を通り過ぎる時に――ふと、私は足を止めた。

 

「…………」

「……如月ちゃん?」

 

立ち止まった私に気付いて、前を歩いていた睦月ちゃんが戻ってくる。

 

「ああ、ごめんなさいね、睦月ちゃん。……少し、海が気になって」

「海?」

「ええ。ここは静かだな、って。そう思ったの」

 

前線基地で、差し迫った危機や敵襲がない、というのもあるけれど……。

補給や整備をする人も、炊事をする人も。私達に乗り、一緒に戦っていた様な『兵隊さん』達も、ここにはいない。

いるのは、司令官と――その『兵隊さん』がいなくても艦の力を発揮する、私達。

 

 

だけれど、この静かさは……睦月ちゃんも――弥生ちゃんも、望月ちゃんもいなかった、

あの暗闇に船体(からだ)ごと沈んで、意識を失っていった……あの時を思い出すみたいで。

……睦月ちゃんも、私の表情から何を考えているか察したのか。少し、顔に陰がみえて。

 

「……如月ちゃん」

「ねえ、睦月ちゃん。……私が居なくなった後、弥生ちゃんと望月ちゃん、夕張ちゃんはどうだったかしら」

 

出来る限り、表情を変えない様にして。付き合いの長かった妹ともう一人の名前を挙げて、それを聞く。

その言葉に、……睦月ちゃんは少しだけ時間を空けて、口を開いて、

 

「……弥生ちゃんは、泣いてた。望月ちゃんは、しばらく遠くを見てた。夕張ちゃんは、辛そうだったな……。

 少し後に、卯月ちゃんがまた戻って来たんだけど……卯月ちゃんも、泣いてたよ」

 

……3人の反応と、そしてもう一人の妹の名前も聞いて。そう、と頷く。

この身体を得た後に、資料で見て識っていた……私の知らない時間の事を、睦月ちゃんから聞く。

 

 

 

そして……少し間を空けて。

私の次の言葉を予測して俯いている睦月ちゃんに、言う。

 

 

 

「睦月ちゃんは、」

 

 

 

「……そんなの……っ、悲しかったに決まってるよっ!嫌だったに決まってる、よ……っ!

 でも、でもぉ……っ!!」

 

 

 

言い終わる前に。睦月ちゃんが私を抱き締める。

叫んだ声は今までの睦月ちゃんの物とは思えないくらい大きく、荒げていて……

その声に同期するみたいに、抱き締める力はさらに強くなる。だけど――

 

――睦月ちゃんは、でも、の後は……続けなかった。

 

「……っ」

 

睦月ちゃんに抱き締められて。『でも』の後の言葉を――

それでも、お姉ちゃんだから泣けない、という言わずに押し込めた睦月ちゃんの想いを、察してしまって。

……じわりと、涙が溜まって。視界がにじんで。

 

 

 

 

 

 

 

――私達は、小さな嗚咽を互いに漏らしながら抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……それから、少しの時間が過ぎて。

 

 

「……ご、ごめんなさいね、睦月ちゃん。こんな話、しちゃって」

「ううん、いいよ。……それにしても、如月ちゃんがあんな風に泣くなんてびっくりしちゃった」

「それを言うなら、睦月ちゃんもじゃない。……ふふ、今は弥生ちゃんも望月ちゃんも、誰もいないからかしら」

 

 

胸の奥から次々湧き出る、寂しさ、悲しさ、嬉しさ――そういった感情が、やっと落ち着いて。

私達は互いの顔を見て、笑う。……うん、やっぱり睦月ちゃんの笑顔は素敵だわ。

 

「さて、ちょっと時間取っちゃったかしら。睦月ちゃん、案内の続き……お願いできる?」

「うん、まかせてー!」

 

そうして、私達は再び歩き出す。海から吹く微風を受けて、先を行く睦月ちゃんの髪が踊り――

猫みたいで犬みたい、と可愛い姉の姿を見てそう思う。

 

 

 

そして――睦月ちゃんよりも先に逝って。

こんな可愛い睦月ちゃんを泣かせてしまった自分が、やっぱり許せなくて。

だからやっぱり、強く思う。……私は、睦月ちゃんに幸せになって欲しい。睦月ちゃんを、幸せにしたい。

その為なら、私はこの生を――。

 

 

 

 

……と、そこまで考えて。

ふと、先程の――執務室にいた時の、睦月ちゃんの表情が気になった。

 

「ねえ、睦月ちゃん。ちょっと質問なんだけど……」

「およ?なぁに?」

 

……少しだけ逡巡して。私は、睦月ちゃんに聞いた。

睦月ちゃんが、あんな顔をする――その理由を。

 

「あの、ね?司令官と睦月ちゃんって……何か、あったのかしら?随分、親しそうだと思って」

 

すると、んー、と睦月ちゃんは少し唸って――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――えっと、ね?てーとくに求婚されちゃったのです、少し前に」

 

 

 

 

 

 

 

 

――衝撃的な一言を、言った。

 

 

 

***

***

 

 

 

「…………じぃ」

 

 

 

「……………………」

 

 

――如月が来てから、数日が過ぎて。ここ最近、その如月の方から視線を感じる気がする。

いや、『気がする』……じゃなくて、見られてるのは確信してるんだけど。

けど、ね――

 

「てーとく、今日の府内演習の予定、こんな感じでいいかな?」

「ん、いいと思うわよ。……響と神通、両チームのリーダーっていう事で演習、お願いできる?」

 

本日の演習予定を、演習の参加者……と言っても、今鎮守府にいる全員だけれども。

執務室に集まった皆に伝える。そして――

部屋に備え付けられた柱時計に背を軽く預ける様にしている響は、私のその言葉にふむ、と頷いて、

 

「私は問題はないよ……けれど、いいのかな?私がこちらの旗艦で。

 戦力という意味で言えば、私よりも青葉の方がリーダーに適していると思うけれど」

 

そんな風に、リーダー選びに疑問を呈する。……うん、まあそう言われる気はしてた。

でも、今回の演習をこの二人で、と決めたのにはちゃんと理由はあるのよね。

 

「……だって、神通。響と青葉、どっちがリーダーの方が強そう?」

「ええ、と……どちらが旗艦でも、侮ったりは、しません。

 青葉ちゃんはなかなか倒れない、厄介な相手ですし……響ちゃんは、時々大胆な手を切ってきますから」

「不足はないそうよ、響?」

「……ふむ。なら、そうする事にするよ」

 

……神通はあえて言わず、響も恐らくは――神通の言葉の意味を分かってはいる、だろうけれど。

響はその『手』を取るのに躊躇がないのが強みで――そして弱みでもある。

普通の攻め手自体はそうでもないけれど、自分が飛び込んで、その手を打つ事で戦況が変わるなら

『自分の被弾を前提にした』攻め手を取って突破を図ろうとする。……そんな事がある。

 

……だから今回は、あえて響を旗艦にして。同じく攻め手に容赦のない神通と戦わせる。

厳しい攻め手に対して、旗艦としての判断を優先するか、旗艦であっても前に出る事を選ぶのか、

さて、どうなるのかしらね。

 

 

 

 

……と、そんな事を考えている間も。

 

「…………じぃ」

 

視線を感じる。……如月の方から。

ここ最近は、ずっとこんな感じで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここ、何回か偵察行ってみたけど……どう、睦月?』

『んー……もうそろそろ地形や潮流も分かって来たし、大丈夫……かにゃ?』

『そっか。じゃ、安全はある程度確保できそうと見て……そろそろ攻める、かな』

 

 

『…………じぃ』

 

 

『………………ねえ、睦月』

『あ、あはは……あー……うーん……、もう、如月ちゃんは……』

 

 

 

 

 

 

『……あ、やば。焦げた。ごめん暁、人参焦げちゃった』

『……もう、またなのかしら、司令官てば。暁を手伝ってくれるのは嬉しいけど、

 ちょっと凝ったお料理を作ろうとしたらいつもこう。

 あの時暁に偉そうなこと言ってたわりには、そんなにお料理上手じゃなかったじゃない』

『あー、まあそこは心構えっていうかなんというか……

 作りたいものに合わせた調理法がある、って言いたかったというか』

『今考えたら、両方ともお芋の炒め物っていうのもないわよね……』

『……う、簡単なのと芋料理だけは得意だったから……その』

 

 

『…………じぃ』

 

 

『ねえ司令官。……如月、何をしてるのかしら』

『……私にも良く分からないわよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……青葉、何してるのよ?こっちにカメラ向けたかと思えば変な格好でシャッター切って。

 まあ、いいわ……あげたカメラの使い勝手、どう?』

『結構面白いですよ、司令官っ。ほへー……、私と一緒に行動してた記者さんも、

 こんな感じで写真撮ってたんですねえ。……お、おおー?この構図と角度も中々……』

『……写真撮る時って、立つかしゃがむかくらいだと思うけど。縦長で取りたいなら、

 姿勢変えないで、カメラだけ横持ちにしたら?』

『いえいえ、こうやって撮り方を模索してるのも中々……。あ、そういえばなんですけど司令官』

『なに』

 

 

『…………じぃ』

 

 

『如月ちゃん、陰から司令官の事をずっと見てるんですけど。如月ちゃんと一緒の一枚撮ります?』

『そんな変な2ショット写真とかお断りよ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ずっと、如月が私の方を見ている、気がする。

かと言って、それがどう、と面と向かって言うほどには迷惑はしていないし。ただ、見ているだけなのよね。

 

……さて、いつまでもそれを気にしている訳にはいかない。

今回の演習は、次の海域へ攻め込むための準備も兼ねているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、10時から演習ね」

 

……そう言って、この場での集まりを解散にする。そして、その言葉に合わせて、皆で部屋を出て――

これからそれぞれの組み合わせで、装備の準備や打ち合わせを行う。

 

 

こうして演習と、そして出撃を繰り返し――戦闘の練度を上げながら、私達は、少しずつ進んでいる。

生活の方も、大分勝手が分かってきてそれぞれで仕事を分担したりできる様になった。

……まあ、『人間』としての生活に皆不慣れな部分もあるから、私が少しサポートしたりもしてるけど。

 

 

 

 

ふう、と一息を吐いて。少し考える。

 

……睦月達と一緒に前線に立って、敵も少しずつ強くなっているのを感じる。

だから、今はまだないけれど、その内に大きな被害を受けることもある、だろう。……でも、その時に。

 

私は、『司令官』としての判断をするのか。それとも、『兵士』として、仲間を――

 

 

 

 

「――てーとく?」

「へ?」

 

 

……不意に声を掛けられ、意識を物思いから引き戻され。定まった視界の中に、私は睦月の姿を捉えた。

響達と共に部屋を出ているはずの睦月の姿を見つけて、一瞬戸惑い……

そして、その睦月の顔は、何だか渋い顔をしていて――なんて考えていると。

 

むに、と。

 

「ぅむ?」

 

睦月が伸ばした両手、その先の人差し指が。私の唇の両端を押す。

……え、なに?なんなの??

 

「……固い顔、してるよ?その、ね……

 睦月は、そういう事はあんまり考えないでほしいかなって思うのです」

 

……睦月にそう言われて、一瞬固まって。

はは、と軽く笑ってから――睦月の顔を真っ直ぐ見て、答える。

 

「……そういう事、か。まだ付き合い長くないとは思ったけど、睦月には見破られちゃってるのね」

「だって、てーとく……最近ずっと、如月ちゃんや響ちゃんと同じ顔してるから。

 睦月は、もっと明るい顔になった方がいいと思うのです!

 ……その、一番最初に会った時みたいな顔、とか」

「それはちょっと……」

 

……いや、睦月と一番最初に会った時――つまりは睦月にいきなり告白した時の顔って事でしょ、それ。

それは流石にちょっと。……というか、どんな顔してたのよ、あの時の私。自分でもわからないし……。

 

……さて、それはそれとして。

 

「響と……それに、如月、ね。……うん、善処するわ。ごめんね睦月」

 

そう言って、睦月に対して。そんな顔をしていた事と――

心の中で、睦月にそんな心配をさせてしまった事に――謝る。

 

そして、すぅ、と軽く息を吸って。心を落ち着かせてから。

 

「……ん、大丈夫。心配かけて御免ね。演習行ってらっしゃい、睦月」

「了解なのです!響ちゃんが相手でも、睦月と神通ちゃん達は手を抜かないから――

 演習勝利の報告、しっかり持ってくるのです!待っててね、てーとくっ!」

「ふふん、私が相棒が負けるなんて、思ってるはずないでしょ?……当然睦月が勝つって思ってるわ」

「えへへ……」

 

……良く考えたらこれも相当こっ恥ずかしい会話な気がするけど。

でも、私の可愛くて頼りになる相棒が負けるとかないものね。まあ、負け戦になるのは御免ね、響?

 

 

 

 

そんな会話をして、睦月を送り出して――やっぱり睦月は可愛いわよね、と当たり前のことを再確認してから。

――睦月には申し訳ないけれど、もう一度だけ思考を沈ませる。……これは、考えなくちゃいけない事だから。

 

 

 

 

 

睦月の声で引き戻されて、考えを一度切って。そして、改めて思考に戻り。

――送り出した睦月の、笑顔や、心配そうな顔を思い出し、

 

そして、『響と』『如月』という、2人の名前を挙げられた事を思い返して。

 

……やっぱり、私はもうあの子達が大切になってるみたいね、と、

そう思っている事を実感して、ああ、そうなんだ……と僅かに嬉しさを感じ。

そして、――それを失う事への恐れを混ぜながら嘆息して。心の中、密かにその選択を決める。

 

 

 

              ・・・・・・        ・・

これから向かう海域は、もしもあの時のままなら――きっと『あれ』がいる。

その時、私は――

 

***

***

 

「――いやー、負けちゃいましたねえ。

 私と如月ちゃんと響ちゃん、火力的には神通ちゃん達よりは上の筈だったんですけど」

「火力だけで結果が決まるものじゃない。それは仕方がないさ。

 ……睦月と神通の動きに、私達が対応できなかったのもあるしね」

 

 

――演習を終えて。

私と青葉ちゃんと響ちゃんは、演習の控室として設けられた部屋で煤の付いた服を着替えながら――

さっき行った演習の反省点を確認していた。……そしてその中で、私達は特に気になった事があって。

 

 

「すごかったわね、睦月ちゃん……。当てられると思ってたものを、避けられちゃったもの」

「あれが、司令官の言う『人の動きの強み』――なんだろうね。

 前後へ進むんじゃなくて、横に数歩を踏むだけで避けて、続けての攻撃に移る。

 ……やはり、それを出来る相手と戦ってみると実感するね」

「神通ちゃんも、睦月ちゃんほどではないですけど……青葉びっくりですよ」

 

 

――『人の動き』。

それが、私達の反省会の中心の話題だった。

 

 

 

 

『――ねえ、そういえばなんだけど。どうして戦うときに足動かさないの?

 鎮守府でやってるみたいに歩いてみれば、もうちょっと戦闘が楽になるような気がするんだけど』

 

この話題の始まりは、私が鎮守府に着任する前――ある出撃の時に、司令官がそう言った事が発端らしい。

 

『足』は動かさないで――砲を構えて、撃つ。

そして、敵から攻撃を受けた時には、直撃弾の軌道を読んで艤装で前進や後進して回避する。

基本的には、それが『艦』である私達の戦い、なんだけど。

 

でも、その私達の戦いを見て。司令官としては『左右に数歩歩けば避けられるんじゃない?』と言ったのよね。

『歩いて左右に避ける』――っていうのは、私達にはない発想で。

でも、実際言われてみたら、私達も今は人間の姿なんだからできるかもしれない、という事になって。

 

……実際に、司令官は睦月ちゃん達の前で疑似艤装で『歩く』という事をやって見せて。それを、

睦月ちゃんは勘の良さですぐに習得して。神通ちゃんも、睦月ちゃん程ではないけれど習得しつつあって。

そして――私達は実際に、『人の動き』の強みを、演習の中で実感している。

 

 

 

「……それにしても。青葉は結構派手に被弾していたと思ったけど――

 こうして見ると、あまりいい一発は貰っていないものだね」

「生き残るのは青葉のお得意ですからね!」

 

 

 

……それにしても、と。そうして司令官の事を考えていて――私は、少し物思いに入ってしまう。

 

『――えっと、ね?てーとくに求婚されちゃったのです、少し前に』

 

睦月ちゃんからあの話を聞いた後。

……私は、どうしたらいいか。どうしたら、睦月ちゃんの幸せにつながるのかしら、って考えて。

司令官が睦月ちゃんを幸せにしてくれる人かを見極めよう、って決めたの。

そして、しばらくあの人の様子を陰からこっそり覗いたり、本土にいた頃に見せて貰った

漫画を参考に、……その、ちょっと思わせぶりな事を言ってみたり、色仕掛けをしてみたりした、けれど……ええ。

 

少し、あの人には。――『覇気』っていうのかしら、そういうものが足りない気がする、のよね。

だから――その部分が、気がかりで。もしもそれが、睦月ちゃんを幸せに出来ない要因になるのなら、私は……。

 

 

 

「ふう、新しい服はふっかふかですねえ♪……あれ、如月ちゃんどうしたんですか?」

 

――と、不意に青葉ちゃんの声が聞こえて。私は、自分が物思いに耽って、動きを止めいた事に気が付いた。

……いやだ、私ったら。服を着替えてる途中なのに。

 

「あ、ごめんなさいね青葉ちゃん。ちょっと考え事をしてて――あら?」

 

ぼんやりとしていた事を青葉ちゃんに謝って、着替えを続けようとして。

――私は、青葉ちゃんが手に持ったカメラが気になった。確か、あれは司令官と青葉ちゃんが……。

 

「ねえ、青葉ちゃん。そのカメラ……」

「あ、これですか?司令官にもらったものなんですよ」

 

私が、カメラが気になった理由。――それは、『私達の持ち物ではないもの』だから。

 

私達は、艦の魂が形になったもので。

だから、武装や艤装は持っていても、カメラっていう趣味の物は……持って生まれてはこないはず、だもの。

そういう理由もあって、私は青葉ちゃんの持っているカメラが気になった。

確か、あれは司令官が『あげたカメラ』って――そう、思っていた私に。

 

 

 

 

 

 

 

「――そういえば如月ちゃんは知らないんでしたっけ。司令官のお父さんの形見だそうです。

 司令官のお爺さん……牧田中将さんから送られてきた荷物の中にあったのを、青葉にくれたんですよ」

 

 

 

 

 

「――――え?」

 

 

 

 

 

 

そして、その後。青葉ちゃんが続けた言葉に――私は、絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………如月」

 

響ちゃんがぽつりとつぶやいた、その言葉も。

私の耳には入っていなかった。

 

 

***

***

 

 

 

 

『……う』

 

 

 

 

 

――微かに聞こえる水音。ぼんやりとした意識の私の耳に入ったのは、そんな音だった。

そして、頬に張り付くざらざらとした嫌な感触が気になり、一気に意識がはっきりする。

 

『……、ここ、どこ……?お父さん、お母さん……?』

 

むくり、と起き上がって。周囲を見回した私の目に入ったのは、海と、白い砂浜と、名前も知らない植物と――

そして、何人もの倒れている人の姿、だった。

私は駆け寄って、ここが何処か、って聞こうとして――

 

『ひ……ッ!?』

 

――その人の腕は、千切れて。赤いものが、見えていた。

この人は怖い。そう思って慌てて逃げて、他の人に声を掛けようとして――

今度に見つけた人は、お腹に穴が。次の人は脚が。その次の人は……肩から腕の先までがなかった。

 

『……っ、っ!?』

 

怖い、と。それだけを思っていた心に、それ以上に何かがおかしい、危ないと、そんなものが広がり始める。

……誰でもいい、誰でもいいから、誰か喋れる人がいて、私と一緒にいて。

お父さん、お母さんはどこにいるの、誰か私と一緒に探してよ、と。そう思って無事な人を探すけれど――

傷のある人も、傷のない人も、身体を揺らしても誰も反応してくれない。喋ってくれない。

 

 

 

――そして、ぱしゃん、と。今までと違う水音が響く。

誰かいるの、と振り返った私の目に入ったのは、

 

 

 

白い肌、黒い服、そして光る青い目の、腕に大きいものを付けた『何か』が――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

――薄暗い天井をぼんやりと見上げて。ぼんやりとした頭が覚醒に近付き、

ここは鎮守府の食堂だと認識し……ああ、今のは夢か、と理解して。

 

 

「……………………嫌な夢見た」

 

ベッドの中で、私はそう呟く。こんな夢、しばらく見ていなかったけれど――

・・・・

例の海域が近いから夢に見たのかしらね、と自分を納得させながら、同じ様に眠る睦月達の姿を見て。

床に広げたシーツに手をついて、……少し昔の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

――それは、数年前の事。

 

何処からともなく現れ、海を侵す異形の存在……深海棲艦。

今では人類の生存権を脅かす恐怖の存在としてその名を呼ばれる彼らは、

けれどその当時はそれほど認識されず、危機感も覚えられていなかった。

 

その存在は噂では聞いたことがある、けれど局地的にしか確認されていないみたいで、

少なくとも私達の生活には関係はない、遠い遠い場所の事。

だから、自分達の居る場所は平穏なんだって――直接彼らと遭遇した事のない人達は、誰もがそう思っていた。

……そして、そんな中。わたしは父さんと母さんと一緒に、長距離のクルージングに行く事になって。

そして、ある海域を通過した時――

 

 

 

 

――轟音が響き、船が大きく揺れた。

 

それは、あの白と黒の人型……今は『重巡級・改』と呼ばれる深海棲艦による砲撃で、

私達の乗る船の壁が吹き飛んだ衝撃による物、だった。

 

 

 

 

突然の衝撃――そして、実際に深海棲艦を目の当たりにした事、それによる攻撃を受けている事……

それは、乗客を混乱と恐怖に叩き込むのに十分過ぎた。

 

 

 

 

……こんな所で死ぬのは嫌だ、と叫んだ人がいた。

砲撃を受け、揺れた船から投げ出されて暗い海に消えて行った。

 

 

 

……早く逃げよう、救命ボートに乗れば逃げられる、と皆を先導しようとした人がいた。

壁ごと砲撃で吹き飛ばされ、次の瞬間には姿が見えなくなった。

 

 

 

 

そんな中、私は父さんと母さんに手を引かれて、救命ボートに乗って。これで逃げられると、そう思った時。

……海の上に浮かび、船に両腕を向けていた白と黒の人型が、――こちらを向いて、腕を構えて、

 

 

『――――――――――――――』

 

 

――その後、私は。

衝撃で意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、目を覚ますと――私は見知らぬ島に流れ着いていて。

 

 

周りに同じ様に流れ着いている人を見つけ、けれど皆反応はなく……死んで、いて。

痛む体でしばらく歩き回ったけど、……父さんも、母さんも見つからなくて。

 

 

絶望と恐怖の中――船に積まれ、浜に流れ着いた僅かな食料を食べて、必死に生きようとして。

そして数日後……私は、事故を知り救助に来た船に助けられた。

 

 

――生存者、1名。死者35名、行方不明者67名。襲撃された船体は、ほぼ原形を留めておらず。

その余りにも大きな被害と、そして深海棲艦未確認の海域に深海棲艦が現れた事。

……その事実は、世界中を恐怖に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

そして、たった一人生き残った私は――軍人だった祖父、つまりは爺に引き取られて。

一般の社会に復帰するには無理があると考えた爺の配慮で軍学校へ特別転入し、

そこで数年を過ごしながら心と身体を癒した。

 

 

 

 

 

 

……そして、私が傷を癒すその数年の間に。深海棲艦の侵攻は大きく進み、海は奪われ。

睦月の様な艦娘と呼ばれる存在が現れ。世界が大きく変わってしまい――

いつしか私が遭遇した事故も、深海棲艦が原因の内の一つと……そんな程度の扱いになる頃に。

 

傷も癒え、成長し。一般社会への復帰を進めた爺に――私は、正式に軍人になる事を希望した。

 

 

『――私は、お前に普通の生活に戻って欲しかったんだがな。

 その為に、どんな生き方もできるように色々な事を教えたつもりだったんだが』

『分かってるわよ、爺。そうして欲しかったのは、十分に分かってる。だけど――』

 

 

一般人としての生活に戻って欲しいと思っていた爺には悪いけれど――

あの事故で何もかもを失った私は、こんな経験を他の誰にもしてほしくないと。

その為に戦える人間になろうと、そう思ったから。

 

 

 

「――とはいえ、こんな夢を見る以上は克服は出来てないのかしら、ね」

 

ふう、と溜め息を吐いて。……ベッドの横に備え付けた時計を見る。5時前。

寝直すにしても中途半端な時間で、さてどうするかと考え……

一人分の空っぽになった寝床を見つけて、早起きして訓練に勤しむ子を思い出して。

 

「……神通、いるかしら。居たらちょっと組手でも頼もうかな」

 

……少しでも、このモヤモヤした感覚を振り払いたい。その為なら身体を動かすのが一番いいかと、

そう思って。私は、恐らく神通が居るだろう鎮守府内の武道場へと、着替えて向かう事にした。

 

 

***

***

 

 

「…………」

 

 

――薄く朝の光が差し込む、木の匂いも真新しく香る資料室。

私達が目を覚ましてから、暁ちゃんと睦月ちゃんが朝食を作るまでの間に、私はそこに向かって。

資料室に収められた、一冊の資料……私はそれを手に、もう一度そこに書いてある文章を読み返した。

 

 

 

――20XX年8月、17歳でリンガ泊地鎮守府司令官に着任。

 

――横須賀鎮守府、牧田中将の孫。艦娘との合同作戦を想定した部隊に所属し、

  対深海棲艦戦闘の経験あり。

 

 

――10歳の時、深海棲艦による旅客船襲撃事故に遭遇。

  日本の南西、XX島に向かう航路で発生したこの事故で、唯一の生存者。

  他の乗客及び船員は、彼女の肉親含め全て死亡、または行方不明である――。

 

 

「…………私」

 

 

資料を持つ手の指に力が入って、……それを自覚して、慌てて資料を閉じて棚に戻す。

そして……動悸を抑えきれないまま、項垂れて、本棚の前に立ち尽くす。

 

 

――少し、あの人には……『覇気』っていうのかしら、そういうものが足りない気がする、のよね。

 

 

そう、昨日まで思っていた。だから、睦月ちゃんを司令官が好きでも、

睦月ちゃんを司令官に預けるのには不安がある……って。

 

……だけど。あの人は一度、何もかもを失っていた。

そうなるだけの理由があった、のよね。それなのに私は――。

 

「…………」

 

そして、……あの人に起きた事、そしてそれによるあの人の痛みを想像して。

その想像を、私はいつしか私の事に置き換えて考え始めていた。

 

 

 

 

あの日、私は睦月ちゃんを残して逝ってしまった。……私は、睦月ちゃんに痛みを残してしまった。

睦月ちゃんはきっと……その痛みを抱えて、ずっと戦っていた、のよね。……だけど。

 

もし。もしもあの時、私が生き残って。

……そして、睦月ちゃんも、弥生ちゃんも、望月ちゃんも、卯月ちゃんも、夕張ちゃんも――

他にも、私が出会ってきた大切な人達が。みんな私より先に失われてしまったとしたら。

 

 

 

「……っ」

 

 

 

……想像するだけで耐えられなかった。私を失った睦月ちゃんも、きっと同じはず、だった。

私は、そんな思いをした人を――睦月ちゃんに相応しいか、なんて自分勝手な理由で、試そうとしていた。

 

そして……頬を冷たいものが――涙が伝っているのに気付いて、

 

「あ……」

 

それが私の目から次々に溢れてくると……止められないと、そう思って。

こんな顔を見られたくない。見られたら、きっと皆に心配されてしまう。……だから、

どこか、人に見られないところへと行かなくちゃと。

 

 

 

 

そう思って、私は駆け出した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ」

 

――資料室の奥手、予備室の扉を開き、一つ溜め息を吐く。

その溜め息は、如月が走り去るまでを見てしまった事の後悔か、如月に私を見られなかったことへの安堵か、

どっちだろうか――と、そんな事を考えていたら。開け放たれたままの資料室の扉から微風が吹き込み、

私の白い髪を揺らす。

 

 

 

……もともと、私は私で調べものがあってこの資料室に来ていて。少し資料を集めていて――そんな、中。

少し、昨日の如月の表情が気になっていて。その心の内も予想できてしまったからこそ、

彼女は大丈夫だろうかと、そう思った時――彼女が、資料室に現れた。

 

資料室に如月が現れる前、足音が聞こえ始めた頃に。私はどうしてか、慌てて予備室に隠れなければと、

そんなふうに考えたけれど……結果として、その判断は間違ってはいなかったようで。

 

「……如月は、走って行ってしまったか。そうなるような気はしたけど」

 

隠れながら、あの資料を如月が手に取った時。……彼女が、そうなるのを予測できてしまった。

だって如月は、私よりはずっと繊細で――、他の人が抱える痛みを自分も抱えてしまいそうな位に、優しかった。

それに、……それに。戦没が早い故か、彼女は。

 

 

 

睦月ほどには、無理をする事には慣れていなくて。

 

 

神通の様に、自分の命を賭けてでも目的を為すという強さを求められる場面に……立ち会う事は無くて。

 

 

――そして、私と青葉程には失い尽くしてはいないのだから。

 

 

 

……そんな事を思いながら、如月が立っていたその位置――例の資料が収められてた棚の前まで歩いて。

床に零れた滴を見つけて……猶更、如月のそんな姿を見てしまった事に後悔を感じ――。

そして。その後悔とは別に、ぽそりと。その言葉を呟いた。

 

 

「……涙、か」

 

 

人の身でも、人の身を模した魂だけの存在であった頃でも。変わらず私達が零すそれを。

 

 

「涙を流せるのは、羨ましいな。

 ……私は、もう磨れ切ってしまって泣けそうにないよ」

 

 

***

***

 

 

『――提督、今日はどうかされたのですか?調子、お悪いのでしょうか』

 

 

――武道場で、神通との人の動きを教える為の組手を終えて。

いつもの様に、私と神通は今日の動きの確認と反省点の対応を行い。

さて、もう一回やるか――と、そう思った時。不意に、神通にそんな事を聞かれた。

 

『――へ、なんで?」

『いつもに比べて、動きに斑が有りました。

 私、今は人の姿でも、艦に宿っていた時は二水戦旗艦――ですから。

 訓練が、どれだけ大事か。訓練の積み重ねが、どれだけ正確な動きを……

 そして、求められる戦果を挙げる為の力になるか。それは、良く存じています』

『……それで、私はその訓練の積み重ねが出来てるのに動きがおかしかった、って?』

『はい。……お気に障りましたか?』

『いや、見抜かれるとは思わなかったわね、って。軍学校で結構動き叩き込まれてた筈だったんだけどね』

『それを崩すのが、悩みや焦り――心の影響、ですから』

 

……そんなふうに話をして、その時は心の中で嘆息した。気付かれるとは、思わなかったから。

抜群に習得の早い睦月と違って、まだまだ組手を繰り返して人の動きの習熟を目指す段階の神通に――

組手をするだけで不調を見抜かれるなんて。やっぱり二水戦旗艦は違うわね、とそう思い。

 

 

 

……ただそれでも、神通に付き合ってもらって少し気は晴れた。

このまま執務室に戻って仕事をしようか、と思――

 

「……いや、お風呂はいろ」

 

――汗臭い。そう思って、先にお風呂に行く事にした。

暁達が朝食を作るまでにはまだ時間があるでしょうし、大丈夫だろうと思って。

風呂場――兼皆の入渠ドックへと歩き出す。

 

 

――と、

 

 

「あれ、司令官さん?」

 

 

不意に、背中から声を掛けられて。振り返ってみると――

 

「電?どうしたの、こんな所で」

「ちょっと、部屋のお掃除をしてて。それでひと段落ついたので、お風呂に行こうと思ったのです。

 ……司令官さんは?」

「神通と組手の帰り。……そっか、部屋の掃除か。

 3人の部屋にしたい、って言ってたから少し大きめの部屋にしたけど、その分手間じゃなかった?」

「そこは大丈夫、なのです!なんといっても、これから響ちゃん暁ちゃんと一緒に住むお部屋ですから。

 お掃除も気合が入る、のです!」

 

ぐ、と拳を握ってみて、電がそう言う。その姿を見て、少し苦笑した。

まあ、言うとおりに気合入ってるわねえ……。

 

 

 

そろそろ人数も増えてきたから、雑魚寝じゃなくて部屋割りをしたい……

そんな風に話をしたのは、如月が来るほんの少し前。そんな中で、誰と誰を同じ部屋にするか、

という話し合いをした時に。

 

『司令官さん。私と暁ちゃんと響ちゃんを、同じ部屋にしてもらえないですか?』

 

そう言い出したのは、電だった。

睦月は今度来る子――如月と一緒にするとして、あとの電、響、暁、神通、青葉をさてどうするか、

と考えていたところだったから、まあ3人一部屋でもいいか、と思っていたけど。

 

……ここまで電が気合を入れていると、その理由をちょっと聞いてみたくなる。

 

 

 

「そういえば、どうして『3人がいい』って言ったの?部屋割りの時に」

 

私はそう、電に単刀直入に聞いてみる。すると電は、少し逡巡して、頷いて、――頬を少しだけ染めて、

 

「あの、笑わないでください、なのです。……響ちゃんの為にそうしたかったのです」

「響の為?」

「はい、なのです。出来るだけ響ちゃんが心配しない様に、そばに居てあげたかった、というか……

 響ちゃんは、すごく寂しがり屋で。そうさせてしまったのは、私達ですから」

「…………」

 

 

 

――響は。

戦友も、大切な姉妹も、何もかも失いながら生き残った。

そしてそのまま、更に数十年を生きて――やっと皆の所へ行けたんだ、と。前に話を聞いた時に、言っていた。

 

そんな響が、もし二度と会えないと思っていた『皆』に会えたのなら。響はきっとそれを喜び――

そして、もう二度と失わせたくはないと。必死になるだろうと、そう私は響の態度から感じた。

……なら、それを姉妹の電と暁が察していないはずもなくて。

 

 

 

「笑わないわよ。……電達がそうしてくれて、助かるわ。

 私は何もできない――響の悩みも解決できない司令官だもの」

「それほどの事じゃ、ないのです」

 

――響ちゃんを悲しませたのは、私達ですから、と。

そう、微かな声で電が呟く。

 

 

……そんな電の姿に、はあ、と溜め息を吐く。

これ以上ここでこうしていたって、私も電も悪い方向にしか頭が働かない気がする。

 

「……お風呂、行きましょうか。電も一緒に来る?」

「はい、……なのです!」

 

 

***

***

 

――湯気の靄が、薄く室内を満たして。偶に、天井から降る滴がぽちゃり――と、真下の水面を震わせる。

それ以外は、何も音がしない。……いえ、

 

「……はあ」

 

私の、溜め息だけが。……大浴場、兼入渠ドックであるこの場所に、反響するように響いた。

 

……両手を体の前で寄せて、そのまま水を掬い上げて。すると、ゆるく開いた指の隙間からお湯が零れていく。

掬い上げた時は一杯だった水が、時間が過ぎる毎に少なくなって、――最後には、手の平に残るだけになって。

そこで両手を話して、溜まったお湯をぱちゃ、と湯船に戻す。

 

……お湯がなくなり、僅かにしずくだけが付いた両手を眺めて。

はあ、とまた一つ溜め息を吐いて。

 

「……私、司令官に悪い事、してたわよね」

 

昨日までの自分の愚かさを、攻めたくなる。

だって、司令官に、それに睦月ちゃんに――私は悪い事をしていたのだから。

 

睦月ちゃんに相応しい人かどうか、幸せに出来る人かどうか……そんな自分勝手な理由で、あの人を測ろうとして。

あの人にだって生きてきた時間があることを、失念してしまっていた。

辛い時間があった事を……考えも、しなかった。

 

「…………」

 

……あの後、資料室を飛び出して。誰にも見られない場所で、泣いている事をすぐ誤魔化せるところ。

そう考えて、この入渠ドックに来て。それからそのまま、しばらくお湯に浸かっている。

 

そうして隠そうとした涙も、跡も……もうすっかり見えなくなったと、そう思うけど。

心を落ち着かせて、睦月ちゃん達に普段通りの顔を見せるにはもう少し時間がかかりそうで――

 

 

 

「……あら、如月?」

「お風呂、先に入ってたのです?」

「っひゃん!?」

 

 

 

突然背中側から聞こえてきた声に驚いて、慌てて振り向く。すると、そこには……、

し、司令官と、電ちゃん!?

 

「ど、どうしたのかしら?司令官も電ちゃんも……こんなに早い時間にお風呂なんて」

「いや、それは如月もでしょう」

「……なのです?」

 

司令官に、聞いた事をそのまま自分に返されて。そういえばそうで、どうしよう、と混乱して。

 

「……ま、別にいいわ。隣、ちょっと失礼するわね。電も横に来る?」

「はいなのです」

 

そうしている内に……司令官と電ちゃんは、私の横に座って、お風呂に浸かり始めた。

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 

 

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 

 

……そして、それからずっと沈黙が続く。

司令官も、電ちゃんも、……私も、誰も何も言わないで。

それが5分位続いたころ、

 

「……どうしたの、如月。今日、調子おかしいけど」

「え?……そ、そんな事、ないわよ?」

 

突然、司令官にそう言われて。どきりとした。

……私は司令官に、今考えている事を悟られているんじゃないか、って。でも、

 

「だって、ねえ?いつもなら、

 『見て見て、この輝く肌。もっと近くで見てよ?』とか、

 『あなたも一緒にお休みする?』とか、えろえろしい事言って挑発してくるじゃない、如月は」

「え、えろえろ……そ、そう……ね……」

 

そう、司令官は言う。

……睦月ちゃんの為に司令官を試そうとしてた事、え……えろえろって思われてたのね、私……。

 

そして、そんなやり取りをした後にまた、沈黙が訪れて。

……その間、少し逡巡して、そして。

 

 

「……司令官のお父さんとお母さんが亡くなっている事、聞いたの」

 

 

……少し、顔を俯かせたままで。誤魔化さないで、聞く事にしようと。そう、思った。

 

「……ああ、そういえば如月には言ってなかったっけ。誰かから聞いたのね」

 

司令官は、私が言った言葉に特に動揺もなく。……まあそうね、と。そんな感じで、私の言葉に応えた。

その言葉に、私は続ける。

 

「私は、……睦月ちゃんに幸せになって欲しいって、そう思って。司令官を試そうとしていたの。

 だから、……司令官の事情も知らないで、そんな事をして。ごめんなさい」

「大した事じゃあないから、気にしなくていいわよ。そんなに重く受け止めてもらっても困るし、ね。

 それに――」

 

は、と軽く息を吐いて。――司令官は、自嘲するように。

 

「――あんた達に比べたら、私の事情なんて大した事はないんだもの。

 ずっとずっと戦い続けて、色んな物を失い続けたのに比べたら、ね

 そんな事情があるから、如月はもう一度睦月と出会えた今、睦月を幸せにしようとしてる――そうでしょう?

 それは大切な事だもの。如月にとっても、睦月にとっても」

 

……だから問題ない。私の事なんかより睦月の方がずっと大事で当たり前だもの――と、司令官はそう言う。

 

「……それは、そうだけど」

「ま、ちょっと聞きなさいな」

 

 

 

 

――そうして、司令官は話し始めた。

 

 

 

 

……数年前に起きた、深海棲艦による事故の日の事。

 

 

……司令官一人だけが生き残った事。

 

 

……そして、司令官が家に帰った日の事を。

 

 

「父さんと母さんが居なくなって、……でも、最初は信じられなかった。信じたくなかった。

 病院から退院して、家に戻ったら――そこに、父さんと母さんが待ってるんだって思ってたのよ」

 

でも、と言って、

 

「……家に帰っても、誰も居なかった。ご飯の匂いも無かった。花瓶の花は枯れてた。

 それに――そもそも父さんと母さんの靴は無かった。

 それで思い知ったのよ。父さんと母さんはもう、居ないんだって。……分かりたくなくても、分からされた。

 如月が居なくなった時の睦月も、こんな感じだったのかしら」

 

信じたくなくて、それでも居ないという事実は嫌でも突きつけられて。

だけど、そんな事を思い知ったからこそ――

 

「だから私は、もうあんな思いを誰にもして欲しくない。それが、私が軍人を……深海棲艦と戦う役割を選んだ理由。

 ……だからね、如月。私は如月にもそんな思いをもうして欲しくないのよ」

 

だから軍人として――求められるなら、司令官としても。自分はそう戦う、って。司令官は言った。

 

 

「……司令、官」

「司令官さん……」

 

 

私と電ちゃんが、左右から司令官の顔を見ながら同時に呟く。

その言葉で、表情で……気付いてしまったから。

……この人は、もう自分の人生を諦めてしまっているんだって。

 

そして、自分と同じ様に――いえ、司令官の言葉を借りるなら。色々なものを失い続けた私達が、

この世界で再び出会えて、互いを大切に思っている事を尊んで、それを叶えようとしてるんだ、って。

 

 

司令官の表情からは、自分への諦めと、そことは別の場所に向けての強い思いと――そんなものが見えていて。

それが司令官の本心だって、分かってしまう。

 

 

 

 

 

……でも、だけど。だったら、噛み合わない事が、ある。

 

 

 

 

 

「でも、司令官は――睦月ちゃんが好きなのよね?」

 

 

司令官は、睦月ちゃんが好き。その思いは――司令官が諦めようとしている事と噛み合わない。

だから私は、続けた。さっきまで後悔していた私のエゴだけど――司令官の本心を聞くにはこれしかないって、

そう思って。軋む心を抑えながら、続ける。

 

 

「……さっきの言葉を翻すみたいで、ごめんなさい。でも、聞かせてほしいの。

 司令官は、睦月ちゃんをどうして好きになったの?」

 

 

司令官が、あの表情みたいに。何もかもを諦めてしまっているのなら。

睦月ちゃんに告白するなんて、――自分の諦めに睦月ちゃんを巻き込もうとするなんて、司令官はしない筈だもの。

 

 

「……う」

「ね、司令官。……教えて、貰えないかしら」

 

 

どうしてかは分からない、けれど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

睦月ちゃんと司令官ふたりの為なんだって、心の中の何かに突き動かされて……言葉を続けた。

 

そんな私に圧されたのか。司令官はもう一回溜め息を吐いて、笑わないでよ、と言って、

 

 

 

「……その、睦月の笑顔が眩しくて。

 あの子の隣に一緒に居たいって、……睦月と歩きたいって、そう思ったの」

 

 

 

 

――そして音にはせず、ただ口の中で呟くように司令官は言葉を続ける。

ああ、私思いっきり恥ずかしいこと言った……、って。そして、

 

「……じゃあ、私もう出るから!」

「あ……」

 

そう言って。

司令官は、そそくさと湯船から出て行ってしまった。

 

「…………」

「…………」

 

しばらく、私と電ちゃんは茫然として――

 

「…………ふふ、もう司令官たら」

「司令官さん、顔が真っ赤だったのです」

 

……二人揃って、笑い出していた。

 

 

 

 

「……それじゃあ、電ちゃん。私達もそろそろお風呂から上がりましょうか♪」

「はい。あんまり長くお風呂に入ってると、ご飯を用意してる暁ちゃんに怒られちゃいます」

 

そう言って、私達は談笑を止め、準備を始める。――と、

 

「あ、でも如月ちゃん。一つだけ、電のお話を聞いてほしいのです」

 

そう言われて、私は電ちゃんの方を見る。

電ちゃんは、そんな私の顔をまっすぐに見つめて、

 

「如月ちゃんは、睦月ちゃんに幸せになって欲しいと思ってて。それは、私も……分かるのです。

 私も、響ちゃんに幸せになってもらいたいって思ってるのです。……でも」

 

 

 

少しだけ間を置いて。

 

 

 

「私達が悲しい思いをさせてしまった、響ちゃんも。私と暁ちゃんに幸せになって欲しいって、思ってるのです。

 ……だから睦月ちゃんもきっと、如月ちゃんの事、そう思ってるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

***

***

 

 

――窓から夕焼けが見える頃。

執務室で、私と睦月は今日の出撃についての資料を作っていた。

かりかり……と、万年筆と紙がこすれる音が、二人分。それだけが響く中。不意に――

執務室の扉が、開く音がした。

 

「失礼するわね。お茶を淹れてきたけど、進捗はどうかしら?」

 

扉を開けて入ってきたのは――如月。その姿を見て、私も睦月も目を丸くする。

いつもなら、差し入れに来るのは主に暁の筈で。如月が持ってくるのは、予想していなかったから。

 

――そんな私達の様子を見て、如月は微笑んで。

 

「ちょっと、ね。暁ちゃんに頼んで、今日だけ変わってもらったの」

 

            ・・・

そう言って、お盆を置き。3人分のお茶を、机の上に並べた。

 

「……って、何で3人分?」

 

いつもは、私と睦月の分で二人分で――それがもう一つある、という事に、

如月が差し入れに来た事も合わせて、尚更に戸惑う。そんな私達に如月は。

 

「それはね?睦月ちゃんと、司令官と、……私の分。

 少し、ここで睦月ちゃんと司令官のお仕事を見せて貰おうと思って♪」

 

そう言って、私達が作業を行う机の横に、如月は座ってしまった。

……そんな如月の様子に、私と睦月は顔を見合わせて。

 

「……まあ、いいけど」

「う、うん……」

 

昨日までの、私達を覗く様な姿勢とは打って変わって。真横から、じっと私達を見ていて――

そんな如月の姿に、私も睦月も困惑していた。

 

 

 

そして、如月に見られながら。私と睦月はしばらく仕事をしていて――

不意に。

 

 

 

「……ね、司令官。今日は睦月ちゃん、凄く頑張ったかしら?」

「へ?」

「ふぇ?」

 

 

 

……唐突に行われた如月の質問に。私と睦月は、揃って目を丸くする。

え、何いきなり突然……??意図はさっぱり分からないけれど、とりあえず答えようと思って、

 

「そう、ね……頑張ったと思うけど」

 

そう、答える。すると如月は、少しだけ逡巡した後、微笑んで。

 

「じゃあ、司令官から睦月ちゃんに、ご褒美を上げたらどうかしら」

 

 

 

***

***

 

 

――司令官から睦月ちゃんに、ご褒美を上げたらどうかしら、と。

そう言ったのには、私なりの意図があった。

 

司令官は、自分の人生を諦めていて――そうして、私達を守ろうとしている。

けれど、睦月ちゃんといるときだけは、そうじゃない。……そこには、司令官の願いが見えるんだもの。

司令官が、睦月ちゃんと一緒に居たいって……そう思っている心が、見えるんだもの。

 

……だから、その心に素直になってもらって。

司令官が、本当の心で睦月ちゃんに触れて――

その姿を見て、私は司令官が睦月ちゃんを幸せに出来るかを、見定めようと思った。

……睦月ちゃんを眩しいと、隣で歩きたいと言った人を、もう少しだけ見守ってみようと、そう思ったの。

 

 

 

 

 

 

…………でも。

 

 

 

「そ、それじゃあ…………えっと、その……」

 

「う、……うん」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「………………………………か、髪撫でてみて、いい?」

 

「………………………う、うん」

 

睦月ちゃんを相手にするときだけ赤くなって。

睦月ちゃんに触れるのも、おっかなびっくりなこの人を――

 

 

――睦月ちゃんの反応と併せて見守るのは少しだけ、楽しいかもしれない、わね?

 

 

***

***

 

「……もう、てーとく、いきなり頭撫でてくるからびっくりしちゃった。

 如月ちゃんも、てーとくとちょっと仲良くなってたし……むむむ」

 

 

 

――執務室でお仕事を終えて。すっかり、お外も暗くなって。

晩御飯を食べてから、少し後。今日のお仕事分を資料室に収めに行きながら。そんな風に呟く。

 

二人は、いつの間に仲良くなったんだろう?って、そう思ったりして。

でも、……そうして頭を撫でられて、何だか嬉しかった気がする、のです。

 

「……ん」

 

自分の手を、頭のてっぺんに持って行って。軽く触って、そして――

 

「えへへ……」

 

――少しだけ、笑ってしまって。

てーとくの、睦月よりちょっと大きい手で。髪を、ちょっとだけ強く撫でられて。

髪が乱れるのはちょっとだけ気になるけど、それよりてーとくにそうして撫でて貰えることが嬉しくて……。

 

 

 

 

 

 

 

――とくん、と。思い返して、心臓が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

「……お、およ?」

 

 

 

 

 

 

 

――とくん、とくん、とくん、とくん。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

どうしよう、って。今までの自分と違う感覚に、戸惑う。

とくんとくんと、心臓の鼓動は、収まらなくて。

 

 

 

 

 

「…………うん」

 

 

 

 

 

どうしてかは、わからないけど。

 

 

 

てーとくの事を考えたら、また少し、鼓動が早くなった気がした――。


 
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