No.843444

同調率99%の少女(7)

lumisさん

 自身の高校と鎮守府の提携が決まり、制度に則って堂々と艦娘部を立ち上げるという目的を果たした那美恵。ようやく那美恵の、那珂の、そしてまだ見ぬ川内型の艦娘仲間の本当の物語の始まりが目前に迫りつつあった。
 喜んでばかりもいられない。那美恵たちは艦娘部の勧誘活動をせねばならない。艤装との同調のテストを学校で行い、効率よく人を集める。そのための準備の一環として、まずは提督らから 艦娘と艤装の話を詳しく聴く。三千花とともに鎮守府に赴くことにした。そして自身らの高校で勧誘活動のための展示会を開くことを決め、その準備に勤しむ日々が始まった。

---

続きを表示

2016-04-20 20:45:03 投稿 / 全20ページ    総閲覧数:406   閲覧ユーザー数:406

=== 7 艦娘部勧誘活動1 ===

 

--- 1 艤装の持ち出しについて

 

 校長と提督の打ち合わせから1週間と3日ほど経った。いざ艦娘部を設立できるとなると準備が忙しくなり、那美恵はその間生徒会の仕事・部設立の学内の準備・鎮守府への掛け合いの3つをほとんど並行して行う日々を過ごす。

 提督から艦娘としての通常任務や出撃任務は控えられていたのと、もともと鎮守府Aは出撃任務自体が少なかったのが那美恵にとって救いであった。学生の身であるため、実際の作業は放課後の数時間で行うことがほとんどである。ため息をつく暇もない時間が続く。

 そんな忙しくなる日々の前、打ち合わせがあった翌々日のこと。

 

 

--

 

 那美恵は高校の授業が終わったあと、生徒会室への顔出しを軽くしてからすぐに鎮守府Aに向かった。目的は、以前質問した艤装の持ち出しに関する回答を聞くためだ。なお、学校側の代表として三千花も連れて行こうと思い提督に連絡すると、OKが出たので二人揃って学校を発った。

 

 その日鎮守府にはめずらしく全員が揃っていた。五月雨たちと五十鈴らは艦娘の待機室に、先日那美恵の高校に来た妙高は提督とともに執務室にいる。那美恵はノックをして執務室に入り、二人に挨拶をして提督に近寄った。三千花は執務室の前で待たせている。

 

「提督、昨日言ってた質問の回答聞きに来たよ。あと三千花連れて来たんだけど、入れていーい?」

「あぁ、どうぞ。」

「みっちゃん、入っていいって。」

「失礼します。」

 

 三千花が執務室に入ると、提督と妙高はにこやかな顔で彼女を迎え入れた。三千花は来賓扱いということで提督はソファーに案内し着席を促す。ほどなくして妙高がお茶を出してきた。

 

「あの、私ここまで案内されてもよかったんでしょうか?那美恵、那珂の関係者とはいえ一応部外者ですし。」

「いやいや、那珂の関係者だからこそいいんだよ。それにこれから伝える話はあなたにも一応知っておいてほしいからね。」

 

 三千花ははぁ…と返事をして、提督が話しのため準備が終わるまで待つことにした。

 その間那珂は何かすることはあるかと提督に尋ねたが、特にないので三千花と一緒に座っているようにと提督から指示を受ける。その提督は妙高に何か指示を出していた。

 

「提督。今日は五月雨ちゃん秘書艦席にいないのね。どーしたの?」

「ん?あぁ。今日は俺は朝から鎮守府勤務でね。五月雨は学校で外せない用事があったみたいだったから、急遽妙高さんにお願いしたんだよ。」

 その日は妙高が秘書艦なのであった。その妙高が内線で呼び出したのは工廠長の明石だ。

 

 明石は数分後、執務室にやってきた。メンツが揃ったので提督は明石を那美恵と三千花の向かいのソファーに座らせ、自身も明石の隣に座って話し始めた。

「さて、那珂から預かっていた質問を大本営、つまり防衛省の鎮守府統括部に問い合わせてみた。その回答が来たよ。」

「うん。」「はい。」

 那美恵と三千花は頷く。

 

「条件付きでOKとのことで、その条件とは……。」

「条件とは……? もったいぶらずにサクッと教えてよぉ~」

 那美恵は提督にやや甘えた声でせがむ。提督は少し溜めた後その条件の内容を口に出した。

「本人が同調して使える艤装ならOKとのことだ。」

「自分が?」

 那美恵は片方の眉を下げて怪訝な顔をして、提督の言葉を聞き返した。

 三千花は明石の方に視線を向けて言った。

「それって……?」

 それに気づいた明石は三千花のほうをチラリとだけ見てすぐに提督の方を向き、続きを促すべく小声で催促する。それを受けて提督は小さく咳払いをしてから続きをしゃべりはじめる。

「言葉通りの意味だよ。本人が同調して使える艤装なら持ちだしてもいいということだ。」

「いやいや、同じこと2回も言わなくてもわかってるって。あのさ、それじゃさ。意味……なくない?詳しく教えてよ?」

 那美恵の語気が荒くなり始める。提督の言い方にやや苛ついる様子が伺えた。

 

「今現在の艤装装着者に関する法律では、鎮守府つまり深海棲艦対策局および艤装装着者管理署の支部・支局外への艤装の持ち出しについては特に明記されていないんだ。」

「へぇ~そうだったんだぁ。じゃあ今は問題ないんだよね?」

 那美恵が期待を持って言うと提督と明石は明るくない表情になった。

「それが……そうでもないんだよ。だから持ち出していいよという簡単な話じゃなさそうなんだ。」

 とバツが悪そうな提督。提督の言葉の続きは明石が続けた。

「いわゆるグレーっていうことなの。艤装の任務以外での鎮守府外への持ち出しについては艦娘制度当初から特に定められてなかったみたいなの。」

「うん。そんでそんで?」

 那美恵は軽いツッコミで聞き返した。明石はそのツッコミ混じりの相槌を受けて続ける。

「ちょっと歴史のお勉強になるけどゴメンね。付き合ってね。……20年前に誕生した艦娘こと艤装装着者。彼ら彼女らの使う艤装は武装としても内部で使われている電子部品としても一級品のいわゆる金のなる木のような存在で、初期の数年では一部の鎮守府で国外への持ち出しがあったのが発覚したの。それを重く見た当時の政府は国内はまだしも国外に技術A由来の日本独自の設計による艤装が国外に渡って不意な技術流出があってはならない、ということで国外の無断持ち出しは禁止にと、法改正で決まったの。国外への持ち出しこそ禁止になったけど、法の施行当時まで、鎮守府外・国内の非戦闘地域への持ち出しについては特に誰も問題視しなかった。というよりもすっぽり抜け落ちていたらしいの。その後問題提起されたんだけど……。今回提督が防衛省に行って確認して、それでお偉いさんも思い出す羽目になって慌てて提督に臨時で言い渡したらしいのよ。」

 

「でも国内はおっけぃなんでしょ?」

「うーん。どうでしょね。提督からお話聞いて私も気になってうちの会社の艤装開発設計部の上司や関係部署にその辺りの法律関係のこと聞いてみたんだけどね。そのことについては取り決められてないから製造担当の企業である自分らでは判断しかねるって誰もが言うのよ。」

 続いて提督が説明を引き継いだ。

「銃や刀など、一般的な武装・武器なら銃刀法に照らし合わせるのが当然なんだけど、艤装はあまりにも特殊なケースすぎて従来の銃刀法に合わせるのはどうかという議論がその後あったそうなんだ。その議論を持ちだしたのは艤装を開発した当時の企業の集まった団体だそうだ。一般的な銃刀法には当てはまらないことと関連して国内の非戦闘地域への持ち出しについても問題提起がなされたらしい。与野党全政党、関連団体他巻き込んで相当揉めたそうで、現在まで何度か艤装に関する法の改正が持ちだされたんだけど、結局国内の戦闘・非戦闘地域への持ち出しの規定については見送られたらしいんだ。俺も法律について詳しいわけじゃないから、知り合いの弁護士事務所に頼んでやっとこさ調べてもらって知ったことなんだけどさ。」

 提督は手元の資料から一旦顔を挙げて那美恵たちサッと眺め、そして再び資料に目を向けて再開する。

 

「もともと日本国における艦娘……艤装装着者と深海凄艦に関する法律は20数年前の成立当時に大揉めに揉めてやっとこさで強引に成立させた、今にしてみれば結構穴の多い法らしい。なにせ今までありえなかった人外との戦いに対応するものだからね。とはいえ明確に敵に対して軍事力を行使するってことに敏感な人達が騒いだことも影響したそうで、結局2度目以降の法改正も見送られて議論も続いたまま。だから日本国の法としては国外禁止止まりということ。でもだからといって国内の自由持ち出しが公的に認められたわけではないんだ。非戦闘地域への持ち出し禁止の根は張られているかもしれない微妙な状態ということ。今は国内外の情勢の別問題もあって表沙汰にならなくなったけど、実は現在も関係各位と話をすりあわせて議論を続けている議員さんもいるとか。」

 

 いつの間にか視線は下、つまり手持ちの資料に向いていて、眉間にしわを寄せて難しい顔をして話していた提督だが、那美恵らのほうに視線を戻して表情を和らげた。

「……ま、そのあたりの詳しい事情は又聞きになってしまうからツッコまないでくれ。だから黙ってやろうと思えば、どこにだって持って行けてしまうんだ。」

 那美恵は法が絡んだ内容に興味なさそうな反応をし、提督をただからかうのみ。一方の三千花は内容に少し興味がある様子を見せる。

「艦娘と深海凄艦に関する法絡みの話って大変だったんですね……。知らなかったです。今回西脇提督が防衛省に聞いてわかったことですけど、もしかしたら艤装を黙って自由に持ち出してる鎮守府は今でもあるかもしれませんよね?」

「多分、あるだろうねぇ。」

 提督は予想を答えた。

 

 法律でその部分に言及する条文がなければ、抑止力がないために倫理的には禁止と思える行為を堂々とする輩は少なからずいるのが世の常である。艦娘の艤装は他の機器とは違い、技術A由来の同調という人と機械のいわゆる相性診断で明確に使用者を判別するため、持ちだされても使えない可能性が大きく悪用される危険性は低い。ただし分解されればその価値はまったく違うものになる。横流しして海外に艤装を持ち出すのに一役買っている鎮守府もある。そうして流れた先では、結果的には他国の役に立つ場合もあるが大抵は闇の世界行きである。つまりは分解され貴重な部品として売られてどこかの団体の財布を潤したり軍備の増強に繋がるなどだ。2080年代の今でも闇の世界は昔からあいも変わらずなのだ。

 表沙汰にならないのは、艤装があまりにも特殊なケースすぎるため、鎮守府が隠してしまえば鎮守府を管理する国(政府)としては法律にないがために調査し、情報開示さす強制力がないのである。

 

 鎮守府Aを任されている立場の西脇提督としては、法にないとはいえさすがに勝手に持ち出すようなことはしたくない、仮にでも大本営からそう言われたなら筋を通してそう扱いたいという考えである。

 

「まぁ法改正まわりは議員の先生方に任せておくとしても、実際の法律がどうであれ一度問い合わせた以上は従いたいというか従わないと気まずいからさ。俺らとしては防衛省のお偉いさん方から急の言いつけとはいえ、それにキチンと従って成果を出しておけばさ、持ち出しをうまく容認してくれる勢力の議員の方々の力にもなれるだろ?だから……」

「だからつまり、あたしは那珂の艤装しか持ち出せないってことだよね?」

「あ……。まぁ。そうなるな。」

 苛つきがさらに強まっていた那美恵は先程よりも言葉の勢いが荒々しくなっていた。それに気づいた提督は気まずそうに返す。

 提督からの返しの一言を聞くと、那美恵はソファーから急に立って激しくまくし立てた。

 

「それじゃあ意味ないじゃん! 那珂はあたしが使ってるんだよ!?他の艦娘用の艤装じゃなきゃ!」

「いやまあ、そうなんだけどさ……」

 提督は那美恵をなだめようとするが、那美恵は収まる気配がない。

 

「これから配備される艤装勝手に持ち出させてよ!法律にないんだったらいいでしょ!?政治家さんの事情なんてあたし知らないもん!これから艦娘になってもらえそうな人のための艤装を持ち出せなかったらまったく意味ないよ……。」

「一応大ほんえ……防衛省のお偉いさんとの決まりだからさ・・」

「だから法律にないそんな口約束なんか反故にしてうちらも持ちだしちゃえばいいって言ってるの!」

 

 那美恵が激昂する理由。それは同調できる艤装、つまり自身の担当である那珂しか持ち出せないという本来の希望とはかけ離れたことをその場しのぎで適当としか思えない条件をしてきた大本営に対して、そしてそれを承諾してしまった提督の甘さに対してであった。那美恵の中では法や政府のやりとり云々は眼中になく自身の目的のためということで、提督や明石にとっての向いている視野が異なっていた。

 

「那美恵、落ち着きなさいって。西脇提督もきっと立場上つらいはずなんだから。」

「そんなことわかってるよ。」

 三千花の制止も一言で振りほどき、那美恵は再び提督に詰め寄る。

「提督さ、大本営からそういう条件の言い方されて、はいわかりましたって下がってきたの?」

 

 強い剣幕で迫る那美恵にあっけにとられ提督は無言で頷く。それを見て那美恵は呆れたという意味で大きくため息をつき、ソファーに倒れこんだ。

「はぁ……甘い人だとはなんとなくわかってはいたけどさ、しっかりしてよぉ! あたし……たちの頼みの意味をもっと理解してから大本営と交渉してよ! もしここで余計なこと聞かなきゃ、ううん。うまい条件を取り付けられれば、あたしの高校だけじゃなくて、今後他の学校に対しても正しい手続きで持ち出せて、もっと効率よく艤装とフィーリングが合う人を探し出せるかもしれなかったんだよ?提督が言うところの味方になってくれそうな議員さんの力にだってもっと適切になれるかもしれないんだよ!?」

 若干ヒステリックな口調で詰め寄られ、提督は一言で謝した。

「すまなかった……。」

「せめて大本営に話に行く前に私たちにもっとちゃんと意見を求めて欲しかったよ……。」

 那美恵のその消え入りそうな覇気のぼやきを聞いた提督はもはやはっきりとした言葉が出ず、ただただ態度で謝ることしかできずにいた。那美恵はその様子を見て怒りが通り過ぎたため、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせることにした。

 

 那美恵は、提督に対してこう思った。

 自分と同じように根元では責任感があって物事に対して真摯に取り組む人だが、詰めが甘い。あと基本的には議論が苦手な人なんだろう。以前親友が評価していたように、この提督の運用の仕方で果たして大丈夫なのか。親友の言っていたことは当たりなのかもしれない。この提督のもとで艦娘が安心して働けるようにするためには、細かいところでしっかり立ち居振る舞えるようにさせないとダメだ。そのためにも自分が、そして自分ではわからない分野ではこれから採用される別の艦娘で補ってあげるようにさせないといけない。

 

 提督の頭の中でぼんやりと浮かんでいる、様々な仕事を多くの艦娘たちにさせて分担して運用させたいとしていた考え。それは提督の代わりに、那美恵の頭の中でその意義と形がはっきりした姿で生み出されつつあった。それは今後、多くの鎮守府の内、鎮守府A独自の運用にまでなる。

 

--

 

 那美恵は思考を切り替えてある考えを提督と明石に打ち明けることにした。座りながら前のめりになり、テーブルに手をついて提督たちを上目遣いで見るような体勢になる。

「言われちゃったもんはしょうがないや。今回は提督の顔を立ててあげる。今後どこかでまた大本営にきちんと交渉してもらうとして、今さっき思いついたことがあるの。明石さんも聞いてください。いーい?」

「え?あーはい。なんですか?」黙っていた明石は一言返事をする。

 

「まずこれから配備される予定の艤装は何があるの?それ教えて?」

 提督は後ろにいた妙高と隣にいた明石と顔を見合わせる。しかし妙高はわからないので頭を横に軽く振る。明石は直近では確か神通が……とだけ言い、それ以上は自分まで情報が降りてきていないのでわからないとつぶやいた。その辺りの情報は正規の秘書艦たる五月雨に管理を任せているためだ。その資料にあたるものがどこにあるのか五月雨以外は誰も知らない。

 しかたなく提督は五月雨を呼び出す。ほどなくして五月雨が執務室に入ってきて、秘書艦席からある資料を取り出して提督に渡した。

 

「ゴメンなさい。そういうお話になるとは知らなくて、この資料わかりづらい場所にしまってました。」

「いやいい。大丈夫。」

 五月雨を優しくフォローした提督は彼女から手渡された資料を確認し、そしてそれを那美恵に伝えた。

「1週間後に軽巡洋艦神通、その後同じく軽巡洋艦長良、名取。未定となっているが夏までに駆逐艦黒潮、重巡洋艦高雄。直近ではその5機が配備される予定だ。今うちにある誰も担当していないストックの艤装が川内だけ。だから直近では川内と神通がうちに配備されるぞ。あくまで予定であって、時間的な話は多少ずれるかもしれないけどな。」

 

「あとは神通かぁ……。」

 それを聞いた那珂は小声でひとりごとを言い、その後思いついたことの続きを語り始める。

「率直に言うとね、川内と神通の艤装、あたしにちょーだい。」

 

「へっ!?」

「えっ!?」

 提督と明石はほぼ同時におかしな声をあげた。そして提督は反論する。

「な、何言ってるんだ!?光主さんには那珂の艤装があるだろ!」

 

「うん。けどあたしは川内にも合格しているんだから、川内になってもいいでしょ? あたしさ、実は最初に艦娘の試験受けに来た時に、同調のチェックで川内の艤装に91%で合格していたんだ。」

 最後の説明は三千花に対しての言だ。

「え?そうだったの? じゃあなみえは川内でもあるんだ?」

 三千花が率直に尋ねると那美恵は頭を振ってそれに答える。

「ううん。あたしはあくまでも艦娘那珂だよ。試験の時あたしはその後那珂の艤装と同調のチェックしてもっと高い数値で合格したからそっちを選んだの。」

 

「そうか。川内の艤装とも同調で良い数値出してたのか。那珂の同調の数値に注目しすぎてすっかり忘れてた。というか一人で複数の艤装に合格するのってありえるのか?」

 提督は明石の方を向いて彼女に質問する。明石は片頬に手を当てて悩むポーズをしつつ答える。

「えぇと。ありえないことではないと思いますけど、多分まれです。」

 そう一言言った後に続けた明石のは説明を続けた。

 

 艤装にインプットされる艦の情報は膨大なものである。人格を有することができるほどに高密度な情報がインプットされたメモリーとそれを処理する基盤が搭載された艤装とフィーリングが合い同調できた場合、姉妹艦であったりその艦と深く関わりのある別の艦の情報がインプットされた艤装でもフィーリングが合う可能性は少なからずありうる。

 ただ一般的には一つの艤装で同調して合格したら、その艤装装着者=艦娘として採用されて試験は終了する。そのためそれ以上別の艤装でチェックされることは、本人がはっきりと望んで言い出すかその他特別な条件下でないかぎりは行われない。

 とはいえほとんどの受験者は、用意された艤装の同調すべてに不合格となるのが常であるため、1つに合格するというスタート地点に立てない。そもそもの可能性がない。

 受験時、川内の艤装で合格した後に那珂の艤装をも願った那美恵は最終的に両方で同調できたので、まれだと判断されるのである。

 

 

--

 

「百歩譲って川内はいいとしても、神通はまだうちに正式配備されていない。だからくれと言われても……。」

 提督は尻窄みの言葉になりながらも反論し続ける。那美恵は現状を踏まえて、妥協案を提示した。

「ま、神通の艤装はまだ可能性の域出ないから半分冗談として、川内は欲しいな。そのあたりの法律だったり規約はないから判断できない?」

 

 判断に困ってうつむきがちな提督の代わりに明石が答え始める。

「えぇとですね。艤装の装着者と艤装の担当に関することは別に法律じゃなくて、あくまで制度内で定められる運用です。各鎮守府に向けて推奨される運用であって、厳密に制限されていることはなかったはずなんです。だから鎮守府で独自運用したとしても、大本営は大目に見てくれると思うんです。」

 

 希望的観測で明石は言うが、最後に付け足した。

「……私今なんの資料もなくものすごく勝手なこと言ってますから、あまり真に受けないでいただきたいですけど。ただ技術者側から見たら、那美恵ちゃんみたいな例はどんと来いって感じですね。むしろ那美恵ちゃんをあれやこれやいじったり解剖したり調査したいくらいですよ~。」

 付け足しがやや危ない方向に行きつつあったので、最後の方のセリフについては提督たちはあえて無視しておいた。明石は提督らの反応に気づいたのか、顔のニヤケをやめて続きを語る。

「……コホン。提督、推奨されているというだけの以上は、うち独自の運用を適用してもいいと思うんです。今さっき言いましたけど、那美恵ちゃんみたいな一人で複数の艤装と同調できる例は冗談抜きで、私達艤装開発・メンテする立場としては、嬉しい存在なんです。」

 明石は技術者的な面で、那美恵の今回の提案を認めて欲しいと暗にほのめかした。

 

「明石さんがそこまで言うならいいか。ただし神通は届いてから同調のチェックで合格できなかったらすまないがナシだ。そこだけは守ってくれ。」

「やった!! うん。おっけーオッケー!」

 那美恵は提督の言葉を聞いて両手でパンッと手を叩いて声を上げる。

「ただ俺が少し気になるのは、複数の艤装を同調して使いまわして本当に大丈夫かという点なんだが……。」

「まぁ、使う本人は異なる艤装の同調をするので精神的に疲れるかもしれませんから、その点は那美恵ちゃんは気をつけて那珂ちゃん、そして川内ちゃんになっていただくべきかと。」

 提督は装着者である那美恵をやや心配し始める。明石も心配ながらも艤装の技術者らしいフォローの言葉を発した。そんな提督と明石から承諾の意を受けた那美恵は頭を振って、自身の狙いの真意を話し始めた。

「あー、二人ともちょっと勘違いしてる? あたしね、別に本気で川内や神通という艦娘になる気はないよ。」

「「?」」

 提督と明石は?な顔をして那美恵を見る。

「自分が使える艤装じゃなきゃダメって防衛省の偉い人が言うならさ、一度同調してあたしのものにしておけばあたしが自由に持ち出せるでしょ?」

 

 提督らはなるほどと相槌を打った。

「そーやって理由付けできるなら、糞真面目で律儀な提督だってすっきりOK出せるでしょ。」

 言葉の最後の方はゆっくりねっとりとした口調でもって皮肉気味に提督に視線とつきだした唇を向けて那美恵は言った。提督はその仕草の真意に気づいてかいおらずか、こめかみをわざとらしくポリポリと掻いて口を開いた。

「……さすが光主さん。わかってらっしゃるわ」

「エヘヘ~。提督の真面目さなんてすーぐにわっかりますよぉ~~だ。提督の顔立ててあげるんだから感謝してよね?」

 那美恵は、提督が何か物事に対して正当な理由、筋がはっきり見いだせないと動けないという、誠実であるがゆえの融通の効かない点を察していた。

 

 

--

 

 那美恵と提督が話している姿を、妙高と並んで後ろに立って見ていた五月雨がポツリとつぶやいた。

「提督のことわかってるなんてすごいですね~。私なんか最初からいるのにあまり……。」

 それが聞こえたのは妙高だけだったので、妙高は五月雨の肩を抱いて、彼女に顔を横から近づけてささやく。

「五月雨ちゃん、人それぞれなんだから。あなたはあなたのペースで提督のお側で一緒にお仕事をして、彼の役に立って支えてあげればいいのよ。」

 と小声で、まるで母親が娘に言い聞かせるような雰囲気を出して言葉をかけていた。

 

--

 

 そんな五月雨たちの小さなやりとりに気づくはずもない提督は、那美恵をべた褒めして彼女を照れまくらせていた。

「光主さんはすごいわ。機転が効くというか発想がすごいというか。ほんっと助けられてる。」

 横髪をくるくるいじりながら那美恵は言葉を返した。

「いやだなぁ~提督ぅ~。あたしおだてても何も出ないよぉ~?ちょうきょ…支援してあげてる甲斐あるなぁ~」

「……おい待て。今調教って言いかけなかったか?」

「気のせい気のせい。」

 

 那美恵の冗談で言った一言を問い詰めようとした提督はツッコミを入れる。そんな提督からのツッコミに那美恵は手のひらをブンブン振って一応否定するのだった。

 

 

--

 

「そうだ。今日時間まだあるか?」

 提督は那美恵に尋ねた。

「うん。あるよ。みっちゃんも大丈夫だよね?」

「えぇ。大丈夫。」

 

 那美恵たちの返答を受けて提督は続ける。

「今から工廠に行って念のため川内の艤装の同調チェックしてみるか?」

「え!?今から持ち帰っていいの?」

「……いや、確認するだけだよ。それに今から持ち帰っても大変だろ。」

「そっか。エヘヘ~」

 提督がもう持って帰れる手はずをしてくれるのか素早いなと那美恵は勘違いしてしまった。提督の言葉を受けて明石は準備してきますと言い、先に工廠へと戻っていく。

 

「じゃあこの場での打合せはお開きとして、工廠に行こうか。光主さんたちは当然行くとして、五月雨、付いてきてくれるかな?」

「え?私も行っていいんですか?」

「あぁ。今日の秘書艦の仕事は妙高さんに全部任せてるからさ。五月雨には後学のために一緒に見ておいてほしいんだ。」

「はい。わかりました。」

 元気よく返事をする五月雨。那美恵はそれを微笑ましそうに眺めた。

 その後荷物をまとめて那美恵と三千花も執務室を出る準備をする。数分後提督、那美恵、三千花、そして五月雨は遅れて工廠へと足を運んだ。

 

 

--- 2 艤装を試す

 

 工廠についた4人は、先に戻っていた明石が出してきた軽巡洋艦川内の艤装を目の前にしていた。

「これが川内の艤装です。まぁ那珂とは姉妹艦なので、細かな違いはあれどほとんど同じです。ちなみにネームシップです。」

 そう説明して川内の艤装の各部位をキュッキュと撫でる明石。新品なので丁寧に扱っている様子。

 

「あたしは川内の同調に合格しているから、いまさら試験みたいなのしないよね?」

 那美恵は提督の方を向いて尋ねる。提督はそれに対して頷いた。本当にただの動作チェックをするだけと那美恵たちに説明をした。

「じゃあつけまーす。」

 那美恵は明石に艤装の装着を手伝ってもらい、数分後装着し終わる。ちなみに高校の制服のままである。

 

「じゃあ那美恵ちゃん。同調始めて。」

「はい。」

 那美恵は目をつむり呼吸を整える。頭の中に那珂のときとは違う何かの情報・記憶の情景が浮かび上がっては消える。さながら走馬灯のように。ほどなくして体中の関節がズキッとしたあと、全身の感覚が人間光主那美恵のものとは違うものに変化した。

 その瞬間、那美恵は軽巡洋艦艦娘、川内へと切り替わった。

 

「……なみえ、同調終わったの?」

「うん。今のあたしは川内だよ。」

 

 川内となった那美恵をまじまじと眺める三千花。一般人から見て、違いなぞ全くわからない。しかし装着している本人とて、明確な違いはわからない。

「ふぅん。わからないわ。私じゃ全然違いがわからない。なみえはなにか違うってわかるの?」

「ぜーんぜん。同調したときに那珂のときとは違うイメージっていうのかな? 頭のなかに流れ込んでくる感じがしたけど、それ以外は特に変わらないなぁ。あ、でも……那珂の時よりなんとなく艤装が重い感じがする。那珂のときの身軽さっていうのがないよ。なんでだろこれ?」

 

「それは同調率の違いですね。」明石がサラリと述べた。

「同調率の違い?」

 三千花が聞き返した。

「はい。艤装の元になった技術Aを使った機器はみんなそうなんですけど、同調率が高ければ高いほどより体に馴染んで、何もつけていないかのように身軽に感じられながらも、本来の人体の限界を超えた動きができるようになるんです。その逆で、同調率が低いと、馴染んでないということになるので、その分機器本来の重量の一部が感じられてしまうんです。那美恵ちゃんがちょっと重いと感じるのは、那美恵ちゃんにとって那珂の艤装がものすごく軽く感じるくらいに体に馴染んでいるからですね。だから那珂より同調率の低い川内だと重く感じてしまうんですよ。」

 

 そう明石が解説をする脇で、そのことを意に介さないでその場でクルッとまわったり、パンチやキックをする那美恵。それを三千花や提督らは2m程彼女から離れて眺めている。

「そうなんだー。まーでも艦娘としての仕事に支障はなさそうかな~」

 那美恵のパンチやキックではその筋のプロさながらにシュバッ!という風を切る音がハッキリ聞こえる。三千花はそれを耳にした瞬間に2mからもう少し後ずさりながら言う。

「なみえ……あんたどんだけ恵まれてるのよ。それにしても、艦娘の制服じゃなくて学校の制服で動いてるのっておかしく見えるわね。」

 言っておいてハッと時雨たちのことを思い出した三千花だったが、幸いにもその場に居るのは彼女らの友人五月雨だけだったので、彼女をちらっと見てホッとする。五月雨はなんで三千花に見られたのかよくわかってない様子で、その視線に気づくと三千花に会釈して微笑みかえした。

 

「ちなみに……今の那美恵ちゃんと川内の同調率は、91.25%です。もうふつーーーに合格してて当たり前の数値ですね。那美恵ちゃんすごいですね~」

 明石は艤装のチェック端末で確認しながらウンウンと感心している。

 もう十分だとして那美恵は艤装を外す旨明石に伝え、同調を切断して艤装を外した。外し終わった後、彼女の頭にふと考えが浮かんだ。

 

--

 

「ねぇみっちゃん。みっちゃんもどーお?川内つけてみない?」

「へっ!?私が!!?」

 突然の親友からの提案に完全に声が裏返る三千花。

「ねぇ提督、明石さん。いいかな?ちょっと試すだけ。ちょっと入れるだけだから!」

 

「……女の子がそういう言い方するもんじゃありません。……まぁせっかくだからいいじゃないかな。明石さん、中村さんにもやってあげて。本人がよければだけど。」

 提督の前半の言い方に女性陣は?な顔を一瞬浮かべその意味をまったくわかっていない様子を示したが、気にしないことにしすぐに普通の表情に戻る。

 そして三千花はわずかにまごついた態度を取りながらも承諾した。

「うーーん。まぁ、少し試すだけなら。私も少し興味ありますし。」

 側で目をキラキラさせて期待の眼差しで見ている親友の視線に耐えられそうになかったのだ。

 そして明石の手伝いで三千花は川内の艤装をつけ始めた。しかし三千花は同調の仕方が全然わからない。おそらくわからないだろうと思っていた那美恵は三千花に近づき、顔を近づけて耳打ちしてコツを教えた。

 

「そういえば中村さんは同調するの初めてでしたね。ではこちらで遠隔でスイッチ入れるので、あとは……あ、那美恵ちゃんが教えてあげたんですね?ではそのとおりにしてください。」

 明石はチェック用の端末でササッとタッチしていじり、川内の艤装の電源を入れた。あとは装着者が精神を落ち着けて同調をするだけとなる。装着者の三千花は深呼吸をし、無心になって落ち着く。その後、三千花は那美恵から教えてもらった方法でなんと同調できてしまった。

 

 

「あ、なんか。感覚が変わりました。え……?な、なにこれ?あ、あ、あぁっ……!」

「ヤバ。肝心なこと教えるの忘れてた。」

 那美恵は万が一同調出来てしまった場合、初めての同調時に催す恥ずかしい感覚のことを伝えるのを忘れていた。三千花の様子を見るに、同調出来てしまったがゆえにその恥ずかしい感覚に襲われてしまっている様子が伺えた。

 時すでに遅しということで苦笑いを浮かべる那美恵。

 三千花はビクビクッとした直後すぐにへたり込み、顔真っ赤にして立ち上がろうとしなくなってしまった。

 その様子に提督以外のその場の人間は那美恵と同様にハッと気づいて三千花に駆け寄った。提督は装着して初同調した人しかわからぬ感覚のことをフィルターがかかった又聞きでしか知らない。なぜ三千花がへたり込んだのかわからず、思わず尋ねてしまった。

 

「ん?どうした中村さん?具合でも悪i

「わあああぁぁ!!!提督はちょっと黙ってて下さいーー!!」

「提督はあっち向いてて!!」

 それを五月雨と那美恵が大声で遮る。五月雨は駆けて行って提督の体を方向転換させようと押し出した。

--

 

「うっうっ……ううぅ。」

「ゴメン……みっちゃん。その、それのこと言うの忘れてた。テヘ!」

 ポリポリと眉間を掻いたのちに後頭部に手を当てて軽い謝り方をする那美恵をキッと睨みつける三千花。頬は赤らみ、その目には怒りと恥ずかしさがないまぜになったような色を見せている。異性が見たら思わず興奮して様々なモノが沸き立つような表情になっていたため、これはまずいと感じた那美恵や明石が好奇の眼差しから三千花を守るために提督を必死にガードする直線上に立ちふさがる。

 一方の五月雨は盾になっている那美恵と明石の背後で三千花の側に座って語りかけた。

「初めての時は……あの、みんなそうなりますから。私なんか初めての同調でその……思わずゴニョゴニョして思いっきり泣いちゃいましたから。大丈夫ですというのもなんですけどとにかく大丈夫です!」

 自身の体験を思い出したためやや頬を赤らめる五月雨は優しく言葉を三千花にかけた。年下の女の子に慰められる形になった三千花は涙目になって思わず五月雨に抱きついてしまった。

「五月雨ちゃん、ありがと……。」

 

「あの……俺もうそっち向いていいんですかね?」

 那美恵たちとは逆向きの提督が背中から問いかけた。

「提督はあとでお仕置きね。」

「そうですねー。少々無神経ですね~」

「なんでだよ!?」

 那美恵と明石が提督に無実の罪を着せてツッコミを入れた。

 

--

 

 三千花が川内の艤装と同調できてしまったので、明石は同調率を確認する。

 

「中村さんの川内の艤装との同調率は81.17%です。ギリギリですが合格範囲内です。どうします?このまま川内ちゃんとしてやってみませんか? ねぇ提督?」

「そうだな。俺としても勧めたいな。光主さんと仲の良いあなたが那珂の姉妹艦をやってくれるといろいろ助かるシーンもあると思うんだ。中村さん、どうかな?」

 

 三千花はしばらくの沈黙ののち、口を開いた。

「なみえがやってるって知ってから、艦娘に興味はあるといえばあるんですけど、私がやるのはなにか違うなーと思うんです。それに私はなみえと違ってはっきりした意欲を持つことはできなさそうですし。多分なみえも私が艦娘やるのを求めてないと思うんです。そうでしょ、なみえ?」

 

 同意を求められた那美恵が答える。

「うん。そうだねぇ。まさかみっちゃんが同調クリアできるとは思わなかったから驚いたけど。」

 提督はそれに食い下がる。

「もしかして二人とも、中村さんの同調率が低いこと気にしてたりするのか? だったらそれは……」

 

 提督の言葉を遮って那美恵は首を横に振って答える。

「ううん。別にそういうことを言っているんじゃないの。同調率はひとまずの結果でしょ?あとは本人の訓練とやる気次第で今後どうにでもなんとでもなるって思うし。あたしはね、全く知らない新しい人を探して艦娘部の仲間に入れて広げてみたいんだ。知り合いだけで固めるんじゃなくてぇ、色んな人を仲間に入れるの!そのほうが絶対うちの鎮守府面白くなるって思うから。そしてみっちゃんにはね、うちの学校からそういう面白くなる人を探したり陰でサポートしてくれる立場にいて欲しいの。」

 

 那美恵が話している間、提督と明石は顔を見合わせたり頷いたりするも言葉を挟まずに那美恵の想いを聞き続けている。三千花はその言葉を聞いて、親友が同じ思いであったことに安堵して目を閉じつつ口元を緩ませた。三千花自身まったくやる気がないわけではなかったし実のところ艦娘には少なからず興味があったが、親友のやることを叶えてあげるにはいつも一歩引いてきた。今回もそうすべきだと判断していた。

 那美恵の考えと三千花の意思の向く先が固まった。そのことを理解した提督と明石は少々もったいないと思っていたがそれを表には出さず、本人たちの意思を尊重し三千花を艦娘に誘うのをやめた。

 最後に三千花は提督と明石をフォローするために言った。

 

「でもまぁ、こうして艦娘になる一歩手前を経験出来たのはよかったと思いますよ。学校で艦娘部設立を手伝うのに役に立つかもしれません。」

「そーそー。もしかしたら学校でみっちゃんには川内の艤装つけて何かやってもらうかもしれないしね~」

 三千花が綺麗に締めて終わらせようとしていたところに、那美恵は茶化しを入れてその場を和ませた。

 結局三千花の艤装の試験はなかったことなり、純粋に彼女の経験のためだけの数分となった。そして川内の艤装は正式に、ただし一時的に那美恵のものとなった。後日川内の艤装は那美恵らの高校に輸送され、艦娘部設立までは生徒会管理のもと、校内での同調のチェック用の機材として高校内で使用されることになる。

 

 

 

--- 3 艦娘部設立準備

 

 鎮守府に行った翌日から那美恵は三千花、書記の二人とともに生徒会室で艦娘部設立および部員募集の紹介の企画を考えはじめた。せっかくやるのであれば大イベントよろしく開きたいところだが、那美恵たちはその規模も考える必要があった。どうせならまずは提督にも付き添ってもらって学校の皆に見てもらいたいという那美恵の考えに三千花らも賛同した。開始日は学校側と正式に契約を交わしに提督が高校を訪れる日を狙うことに決まった。

 提督が正式な契約を交わしに来るのは2週間後と那美恵は教えてもらっていたが、なぜそんなに期間が開くのか、那美恵は提督と教頭経由で校長に聞いてみた。

 

 学校側では艦娘部を通して保護者・責任者となって、提督と直接接触する代表としての顧問をなによりも優先して決めるのが、学生艦娘制度の学校提携の前提条件である(どの職業艦娘になるかは別として)。そのための準備期間なのだ。顧問となる教師は教頭と校長で選出する。

 なおこの取り決めは厳密なものではなく、高校側が鎮守府A、提督に願い出た一応の期間である。

 

 那美恵たちは部員集めに専念するようにお達しを受けており、当面は那美恵たちは顧問のことを気にせず自分たちのペースで宣伝・部員集めに集中することにした。

 

 

--

 

 いくつか案が出ては消えていき、那美恵達の間で揉まれてアイデアが形作られていく。そうして最終的に4人全員納得した企画は、那美恵のこれまでの経験を説明したミニ企画展を開き、興味を持った人には川内の艤装で同調のチェックを案内するというものであった。

 

 生徒会室での打合せの最中。

「なんか文化祭の展示考えてるみたいっすね。」

「同じようなものだと思いますけどね。」

 三戸が一言思ったことを述べると、それに和子が相槌を打って感想を言った。

 

「この案、占いの館みたいなそんな感じもするよね~。」と那美恵。

「あ、それあるっすね!」

 三戸はノリノリで那美恵の感想に乗る。

 

「いっそのこと相性占いみたいにして艤装でビビッと来たらてきとーなこといい並べて占いにしちゃおっか? 占い師役はぁ~、恥ずかしい思いして81%でめでたく川内に合格してたみっちゃ」

 自身の恥ずかしい経験に触れた悪ふざけアイデアを止めるべく、那美恵が言い終わる前に三千花は顔を赤らめながら彼女の両頬をひっぱった。

 

「な~み~え~! そういうこと言うんだったら91.25%で夢はアイドルのあんたがやりなさいよぉ……!」

「いひゃい!ほめん!ほめん!みっひゃん!(痛い!ごめん!ごめん!みっちゃん!)」

 ギャグアニメよろしくパチンと音が鳴るかのような頬つねりの手離し方をして、三千花は那美恵を叱り、そっぽを向いてしまった。

 

 

--

 

 ヒリヒリする頬を撫でながら涙目の那美恵はまとめに入る。

「じゃあこの内容でやろ!使う部屋は……どこがいいかな?」

「この生徒会室でいいんじゃないっすか?」

「うーん。それだと生徒会的に見られたりいじられたらまずいものもあるから止めたほうがいいと思う。」

 那美恵の質問に提案した三戸を、和子が的確な指摘をして考えなおさせる。

 

「それじゃあ視聴覚室とか借りますか?」

 次の案として三戸が口にしたことに、那美恵たちは好印象を示し始めた。

「それだ!それだよ三戸くん!」

「視聴覚室か、なるほどね。もしそこが無理でも生徒会権限で借りられる別室でもいいわね。毛内さん。生徒会で借りられる部屋は何があるかすぐにわかる?」

「ちょっと待って下さい。……こことこことここです。」

 

 那美恵は三戸に賛同し、それを受けて三千花が和子に実際に使えそうな部屋の確認をさせる。和子が見せた、生徒会として借りられる部屋の情報は視聴覚室を含め4つだった。その後先生たちに相談をすると、放課後なら視聴覚室を生徒会として一定期間まとめて使ってもよいとのこと。那美恵はさっそく放課後の視聴覚室をしばらく生徒会権限で借りるようにした。

 

 

--

 

 那美恵たちは4人で分担して展示の資料やパネル作成やネタ整理をする毎日を過ごすこととなった。その間でも、生徒会本来の仕事や授業の課題や宿題もあるため、さすがに忙しくて艦娘のほうは無理だと感じた那美恵はある日の学校の帰り道、こっそり提督に連絡する。

 すると提督は出撃任務や依頼任務は他の艦娘たちに割り振るので、そちらは存分に集中していいと言い、那美恵を労い励ます。言葉の最後には、展示楽しみにしているよとの一言も。携帯の画面越しではあったが、提督の真面目で余計な飾りのない素の優しさにグッとキた那美恵。心やすらぐ思いを感じつつも、その表情には頬がひくつくほどの喜びが隠しきれずに全面に表れていた。

 

 

--- 4 生徒たち、教師たち

 

 作業すること数日、人数的な面もあり、あまり大規模な展示にはできなかったが、パネル数枚、配布用の説明資料多数、写真や映像を表示するためのタブレット2台を設置しての展示規模になった。視聴覚室は仕切りによって4部屋に分割できるようになっているため、そのうちの一部屋を展示に、もう一部屋に川内の艤装を置いて、同調を試せるように各展示を取り付ける。

 提督が来る日の前日までにリハーサルと称して一度全ての展示を取り付け、4人と生徒会顧問の先生の5人で練習が何度か行われた。

 

「……ということです。」

 副会長である三千花によるパネル紹介がやや小声で行われている。別の一角では書記の二人が配布資料の枚数チェック、それから写真や動画用のタブレットのコンテンツ表示の最終チェックをしている。

 そのまた別の一角では生徒会顧問と那美恵により、翌日以降の展示の手順や終了時の撤収のてはず、スケジュールの確認が行われていた。

 

 その前の日には、那美恵から各学年の学年主任を通して各組へ、艦娘部設立のための部員募集展示の宣伝用資料が配布、あるいは高校のウェブサイト、SNSの高校のページにて掲載が進められており、事前の宣伝への根回しも抜かりはなかった。

 

 

--

 

 一方で教師側では、提督が校長に交渉に来た翌日から、ある一つの話題である種不穏な空気になっていた。艦娘部の顧問にすべき教師を選出しなければならないためだ。国とは言うが、鎮守府と名乗るよくわからない団体と学校が提携するのに、なぜ部活が必要で学校側の責任を一手に任されなければいけないのだと、教師たちには不満や疑問の声を上げる者もいる。校長と教頭から説明があったにもかかわらず、彼らの態度は2~3ヶ月前となんら変わっていなかった。

 艦娘というのが何をするのか、漠然としかわかっていない教師ばかりのため、押し付け合いにすら発展しないほど、?が頭に浮かんで思考停止になりかけている状態である。30年前以前の海の様子と今の様子を知る、一定の世代の教師は初期の艦娘のことを多少知っているためか、あんな危険な戦いに関わりたくないという考えを持っている。

 

 そんな中、ほとんどすべての教師が艦娘部という新設の部の顧問にふさわしいと推薦という名の全員一丸の押し付けにより選ばれたのが、教師になってまだ2年目の、ある女性教師であった。

 その女性教師は教師陣では一番年下だ。いまだフレッシュさを前面に押し出して精力的に活動している、誰からも頼られている熱血教師……と自分では思っているが、その実生徒たちからの評価は本人の思い込みとは全然違う方向に振り切れている。本人の能力的には良い物を持っているのだが、それを発揮できるだけの考えや立ち居振る舞いができていないのが、ウィークポイントな教師だ。

 

 その教師の担当は1年生の国語の副担当。1年の学年主任と教頭から呼び出され、艦娘部の顧問になってほしいという依頼を受けた。

 その瞬間彼女は、ついに自分が教師仲間からも頼られる時がキター!!と心の中でファンファーレを鳴らして喜びに心沸かせた。それはやや、というかモロに表情に表れているのに本人はまったく気づいていないが、ともかく喜びに沸いた表情でもって、二つ返事で艦娘部顧問を承諾した。

 

 

--

 

 別の日、生徒会室と視聴覚室を行き来して展示の最終準備をしている那美恵たち。視聴覚室で那美恵と三千花の2人が作業していると、学年主任の先生ともう一人、女性教師が視聴覚室の扉をノックして入ってきた。

 

「あ、先生。何か御用ですかぁ?」

 那美恵は学年主任に尋ねる。

「光主さんに伝えたいことがあって来ました。よいですか?」

「はい。」

 返事をして学年主任の先生らを招き入れた那美恵。そして学年主任の先生は那美恵たちにもう一人入ってきた先生を前に出して紹介してきた。

「このたび新設される艦娘部の顧問が決まりました。関係各位への案内は後日しますが、先に光主さんに紹介しておきますね。」

 学年主任のセリフのあとに、もう一人の教師が自己紹介し始めた。

 

「はじめまして!1年生の国語の副担当をしてる、四ツ原阿賀奈です。光主さんたちは確か2年生だったよね?だから会う機会はなかったと思うから、これからよろしくね!!」

 無駄に声甲高く元気いっぱいに自己紹介してきた四ツ原先生を目の前にして、那美恵と三千花はその妙な気迫にあっけにとられつつも、至って平穏に挨拶しかえした。

 

「「よろしくお願いします。四ツ原先生。」」

 担当の学年が違うとはいえ生徒によろしくと言われて嬉しくて仕方がない四ツ原先生は満面の笑みでその大きい胸を張って那美恵たちに挨拶しかえし、頼れるお姉さん・先生であることをアピールする。

「まっかせなさーい!先生が顧問になるからには、もー!ビシビシ部活指導するからね~!」

 なんとなく妙な感覚を覚えた那美恵と三千花は四ツ原先生とその場でそれ以上話をする気はなく、適当に話を流したのち、作業の追い込みがあるからと強制的に話を終わらせた。

 

「なんか変なテンションの先生だったわね……。なみえあの先生のこと知ってる?」

「ううん。だってあたしたち2年だし。直接授業習わないでしょ。」

「そうだよね。特に噂とか2年生の間では聞かないから、あの先生どういう先生なのかサッパリ。だけど……」

 三千花は言葉の先を言わずに那美恵をジーっと見つめる。見つめられて眉をひそめて?な顔をする那美恵だが、冗談っぽく頬を赤らめて照れるフリをする。

「やだぁ~なになにみっちゃん?急に見つめられるとほれてまうやろー」

 

「気づいてるんでしょ?せっかく私がフったんだからそれにノッてよね。……こっちがはずかしいわ。」

「はーいはい。で、なぁに?」

「……気づいてないのかい。あーもう。……なんとなくだけどさ、あの先生なみえに似てない? 変なテンションとか。」

「へ? ……ひっどーい!あたしあんなに無駄に大声出すテンションしないよぉ!」

 

 親友からの突然のからかいに対し、頬をふくらませてプリプリと怒る那美恵。自分がからかうのはいいが、他人、特に親友からからかわれるのは少々許せないところがある。

「ゴメンゴメン。許して、ね?」

「ブー。帰りに何かおごってくれたら許してあげるよぉ。」

 三千花とは逆のほうを向いて声だけで反応する那美恵。

「はいはい。おごるから機嫌直しなさいよ。」

「やった!だからみっちゃん大好きー!」

 

 もちろん本気で怒ったり嫌がっていたわけではない。三千花が折れたとわかるとコロッと態度を変えて彼女の腰回りに抱きついて那美恵は甘える。10秒くらい抱きつかれてさすがにうっとおしくなったのか、三千花は那美恵の額を押してなんとかまとわりつきを解除する。

 二人ともひとしきりイチャイチャ(那美恵が一方的に)したあと、この場での作業を終えて生徒会室に戻っていった。

 

--

 

 生徒会室に戻った那美恵らは、書記の三戸と和子に、艦娘部の顧問が決まった旨、その顧問が四ツ原阿賀奈という先生であることを伝える。すると1年生である二人は顔を見合わせ、苦笑を顔に表しながら那美恵と三千花に告げた。

 

「あがっちゃn……じゃなくて四ツ原先生を押し付けられたんすか? はぁ……。」

 三戸は素っ頓狂な声をあげて本気で驚いている。

「あの先生、悪い人ではないんでしょうし、普通に教え方うまいし頭良い人だと思うんですけど、ちょっと……。」

 和子は静かに言うが、その言葉は語尾を濁している。

 

 二人の言葉が要領を得ないのに思い切り気になった那美恵と三千花。顔を見合わせ、再び三戸たちの方を見て問い詰めることにした。

「わこちゃんわこちゃん。ちょっと…なぁに? 四ツ原先生ってどういう人なの?」

「あの、その。あの先生、何をするにも空回りというか、それでいて面倒見が良いから正直言いまして……」

 

 その続きは三戸がハッキリ・ズバリ言い放つ。

「いらぬおせっかいなんっすよ。おれら男子生徒の間の評価じゃあ、四ツ原先生は童顔でかわいいし、おっp……ふくよかだし、天然入ってて結構ツボなんすけど、度がすぎる世話やきなところあるんすよねぇ。それでいて俺ら生徒の間の問題をとりなそうとしてよくわかんねぇ方向に持って行って結局失敗することもしばしばで。頭は良い人だっつうのはわかるけど、なんというか抜けてるっていうか」

 

 那美恵と三千花は三戸の言いたいことがわかった。三千花がそれを言い当てる。

「つまり考えがちょっと足らない人なのね。必要以上に頑張っちゃう人、言葉悪くいえば無能な働き者ってところかしらね。」

「あぁそれそれ。そんなところっす。」

「副会長、そんなにぶっちゃけてそれさりげないどころか普通に失礼だと思いますけど……。」

 珍しく言葉がきつい三千花のセリフを聞いて、和子はツッコむ。

 

 那美恵は腕を組んでうーんと唸りながら感じたことを口に出した。

「頭良いというのは勉強ができるとか自分の得意分野でのことなんだろうねぇ。頭強い弱い・思考とは別のベクトルだろ~し。」

 三戸たちの話を聞いて、ますます、自分とは全然違うだわ~と密かにツッコミを何もない宙に入れておいた。

 

「ヘタに動かれると厄介そうな人ね。なみえ大丈夫? 割りと苦手なタイプでしょ、自分のペースを乱されそうで。」

「う~~ん。そこはまぁ先生なんだし、うまく接するよ。ただ普通の部活と違って、顧問の先生も艦娘になる可能性が大だから、鎮守府内で変に動かれるとまずいかも。提督がなぁ~、三戸くんたちみたいに四ツ原先生にメロメロになったりしないか心配。」

 

 

「え゛?」

 

 

 三戸は何の脈絡もなく自分に振られて焦る。そんな様子の三戸を見て、那美恵は意地悪そうな表情で三戸に少し詰め寄ってさきほどの彼の語りの一部にツッコミを入れはじめた。

 

「さっき言いかけたのって、ここでしょ~?」

 那美恵は控えめな胸を張りながら自身の胸を指さして三戸に向かって言った。

「え!?あーその、いや~アハハ……」

「男の子はやっぱここがええのんかぁ~。ん?ん?」

 

 男同士で下ネタ話をするのは気が楽なので楽しいが、気さくな人とはいえ生徒会長である女の子から言われると、三戸もどう反応すればいいか困ってしまう。

 困りながら愛想笑いしてうやむやにしようと言葉を濁しながら彼が思ったのは、"違います!そんな小さいのじゃない"という、うっかり口にしてしまえば那美恵だけじゃなくその場にいる2人の女の子からも非難轟々にやりこめられること必至の大変失礼極まりないことだった。

 

「あーもうなみえ。せっかくわたしも毛内さんも突っ込まないようにしてたのに、なんであんたは余計なのに触れて脱線するのよ……。」

 三千花は那美恵の悪い癖を親友として厳しく咎めた。那美恵はエヘヘと照れ笑いをしながら後頭部をポリポリと掻いたのち、気を取り直して言葉を続けた。

 

「まぁ。まだどうなるかわからないし、なんとかなるとは思う。どのみち今度提督がうちの学校に来て正式に提携の契約するときに顔合わせするはずだし、その時にあたしたちの知らない意外な事実が出てくるでしょ。お楽しみお楽しみ~。」

 

 やや心配される先生が顧問になったが、那美恵は楽観的に考えることにした。これでようやく足回りが揃った、本当のスタートだと。そして物と人は使いようだと、すでに接している提督と自分の関係性のように、きっとうまく影響を与えあって力になってもらえるかもしれないと考える。

 なお那美恵が気をつけようとしているのは、その人のプライドなり、大事にしている部分は尊重しておだてつつ、うまく支えてあげることだ。

 

 

--- 5 正式な提携成る

 

 

 提督が高校に来て提携を正式に契約する日が来た。その日提督は14時頃高校に訪れることになっている。那美恵は提携の仲立ちをした生徒側の代表として一連の式に参加することになっているため、先日と同様に授業は別の時間帯へということで免除。そのため校門まで行って、そこを通ってくる提督を待っていた。

 

 数分後、その日来たのは提督と五月雨だった。

「あれ?五月雨ちゃん? 今日学校は大丈夫なの?」那美恵は二人に尋ねた。

「はい。提督が学校に話してくれたので。」

 そう言うと五月雨は隣にいる提督を見上げる。提督はその視線を受けて補足した。

「うちの正式な秘書艦は五月雨だからね。彼女の学校からまたOKをもらっているよ。」

 

 提督は五月雨の自分寄りの肩を軽く叩き、言葉を続ける。

「今までは対外的な面を気にしてしまって妙高さんに代理を頼んでたけど、これからは早川さんとしての都合がつくならば、こうした交渉事や公的な式の場になるべく出てもらおうと思ってね。もちろん秘書艦が違えばその時のその艦娘に出てもらうことになるけどね。」

 

 那美恵はふぅんと、相槌にも満たない一言を出す。その心のうちでは、提督は彼女の成長を期待しているのだなと察した。挨拶もほどほどに那美恵は提督たちを校舎に、そして校長室に案内した。

 提督と校長は数日ぶりの再会ということで軽く挨拶を交わす。次に教頭から提督に、一人の教師が紹介された。那美恵は先日会ったことのある、四ツ原阿賀奈だ。阿賀奈は先日那美恵らに挨拶したテンションそのままで提督に挨拶をし始める。

 

「はじめまして!四ツ原阿賀奈といいます。○○高校の1年生の国語の副担当をしています!このたびはぁ、艦娘部の顧問になりました!あなたが提督さんなのですね。これからうちの生徒をよろしくお願いします!」

「こ、こちらこそよろしくお願い致します。」

 弾んだテンションで自己紹介をし、最後に責任ある役を任された立派な教師であることを意識して伝えるために彼女は提督に一言言って締める。

 提督は先日の那美恵たちとほとんど同じリアクションをする。ただ違うのは、那美恵たちが自分らの反応をうまく隠せたのに対し、提督は隠しきれずに少し戸惑った反応を表現してしまったのだ。そんな提督の態度を阿賀奈は、自分の教師としての威厳がありすぎて相手が怖気づいて戸惑っているのだと勘違いしていた。

 怖気づいたというのはある意味間違ってはいなかった。

 

 戸惑いつつも提督は阿賀奈にお辞儀をして挨拶を締めることにした。

 

 

--

 

 そしていよいよ提携の締結をする段になった。校長と提督はソファーに腰掛け、教頭・阿賀奈は校長の、那美恵・五月雨は提督の背後に立ち、校長と提督が書面にサインを交わすのを見届ける。

 校長がサインをしたのち、書類を提督のほうに丁寧に、音を立てずに回して渡す。提督はそれを受けて自身もサインをし、国から発行してもらっていた鎮守府の印鑑を押した。その瞬間、その書面は日本国において那美恵の高校が、鎮守府こと深海棲艦対策局および艤装装着者管理署という、国がバックボーンの艦娘制度特有の末端機関を経由して、日本国と結んだ有効な契約の証となった。

 

「この書類を防衛省と総務省および厚労省に提出します。補助金の連絡は総務省の艤装装着者生活支援部から届く予定です。」

「はい。」

 提督は補助金の受渡に付いて簡単な説明をし、校長はそれに頷いた。その後艦娘制度に直接絡まない対外的な話をかわしたのち、提督と校長は改めて挨拶をしあう。

 

「これから、御校の生徒の皆様のお力をいただくことになるかと思います。よろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしくお願いいたします。お国の、しいては世界のために本校の生徒が力になれるよう、教育により一層励みます。」

 提督と校長は強く握手をし、ここに締結の式は締まった。

 

--

 

 緊張の空気がなくなった校長室では、軽く言葉をかわしあえる空気に戻っていた。

「ふぅ。これで光主さんもやっと楽になれるかな?」

 呼吸とともに緊張を吐き出して楽になった提督は斜め後ろをむいて那美恵に一声かけた。那美恵はソファーの背もたれにのしかかって提督の背中越しに顔を近づけて言う。

「まだまだ、これからだよ。これから忙しくなるし楽しくなるんだと思うな。……提督、本当にありがとーね。」

 満面の笑みで那美恵は提督に言い、そのあと視線を提督を挟んだ五月雨のほうに向けて続ける。

「五月雨ちゃんにもよろしく言わなくちゃね。これからうちの学校から人行くと思うから、秘書艦の五月雨ちゃんにはビシビシ突っ込んできてほしいし。」

「い、いえ。ビシビシなんてそんな。先輩方に。」

「何言ってるの!艦娘としては五月雨ちゃんは一番の先輩なんだよ?頑張っていこーぜ~!」

 那美恵は最後に軽く茶化しを入れて五月雨を鼓舞した。

 

 そののち、那美恵は阿賀奈に呼びかけた。

「四ツ原先生、ちょっとよろしいですか?」

「ん?なになに?先生に頼み事かなぁ?」

 阿賀奈は校長の座るソファーの背後、テーブルを回りこむように提督の席のほうに行こうとしたが校長からソファーに座るよう促され、校長に隣のソファーに座った。そして頼み事をされるという期待の眼差しで提督らに視線を集中させる。那美恵と五月雨も提督の両脇のソファーに座り、打合せする体勢に入る。

 

 その後の話は校長と教頭には直接関係なくなるが、教頭は孫娘が艦娘をやっていることもあり、また校長はこれから発足する艦娘部のことを少し知っておこうと提督らの話を静かに聞いておくことにした。

 これから那美恵が話そうとしていたことは、艦娘部に関することでさらに言えば阿賀奈に直接関わることであった。那美恵は提督に耳打ちして伝えると、そのことならと提督は那美恵の代わりに自分が阿賀奈に伝える役を買って出た。

 

「えぇと、四ツ原先生。」

「はい!」

「艦娘部の顧問になっていただけたということで、先生にはこれから、職業艦娘の資格か、艤装取り扱いの免許を取得して、技師として鎮守府に出向していただくことになります。その点はご理解いただけてるということでよろしいでしょうか?」

「……へっ?しょくぎょーかんむす?ぎそーとりあつかい?」

 阿賀奈は目を丸くして見るからに全くそれらの内容がわかっていない様子を見せる。事実、教師陣はおろか那美恵からもその辺りの説明をまだ受けていないので、なにそれおいしいの?という状態である。

 その様子を見た那美恵は焦り、教頭の方を向いて教頭に尋ねた。

 

「あのぉ。教頭先生。まさかとは思いますけど、このこと全く話されていません……か?」

「おぉ。すみません。忘れていました。」

 大事だが細かいことなので教頭らが忘れるのも仕方ないかと那美恵はしぶしぶ納得する。しかしこれを話さないことには下手をすると四ツ原先生の気が変わってしまうかもしれない、そう那美恵は危惧し始める。

 

「四ツ原先生。艦娘部って、普通の学校の部活動とは仕組みが違うんです。先生にももしかすると艦娘になって活動してもらわないといけないかもしれないんです。……ちなみに艦娘って何のことかご存知ですか?」

 そう那美恵が説明して尋ねると、阿賀奈はまん丸くなった目を戻して反応した。

 

「もー!光主さん。先生をなんだと思ってるんですか~。艦娘くらい先生知ってますよぉ~。アレでしょ?面白い格好して海を泳ぐ人たちのことでしょ?そういう競技なんでしょ?先生泳げないけど頑張りますよぉ~。」

 フフンどうだ!とばかりにドヤ顔して説明する。が、その内容は海しか共通点がない。ほぼ100%間違っている。

 提督と那美恵、そして五月雨はお互い顔を見合わせ、ダメだこりゃと目尻をおさえたり、こめかみを掻いたりして呆れてしまった。

 

--

 

 提督は阿賀奈にひと通り説明をした。ところどころで元気よくはい!・うんうん!と頷く彼女だったが、絶対理解できてないというのが誰の目にもはっきり見えた。提督もかなり噛み砕いて優しい言葉で説明するも、ここまで理解の悪い人への説明には手を焼いている様子を見せる。

 その様子を見た五月雨と那美恵は密やかに声をかける。なぜか五月雨は口をひくつかせて笑いを堪えている。

 

「提督、あの……フフッ……大丈夫ですか?もっと説明をどうですk……プフッ」

「うーん、説明下手なのかもしれないな。俺自信なくすわ。……ってなぜに君は笑いを堪えてるんだ?」

 

 誰かから少しでもツッコまれるとおもいっきり吹き出してしまいそうなので、五月雨はソファーの背もたれ側を向いて提督に寄りかかり、顔を自身の腕と提督の腕の間に隠す。笑いに耐えながら彼女が小声で弱々しくひねり出したセリフが、あの先生の反応がいちいち面白い、というものであった。つまるところ四ツ原阿賀奈の一挙一動は五月雨の笑いのツボに入ってしまったのである。

 そんなツボに入って過呼吸気味の五月雨を見て那美恵はまたしても妙な感覚を覚えて萌えかけたがここは校長もいる真面目な場、自分まで砕けてしまうのはダメだと思い、五月雨のことは無視して提督に真面目に助言する。

 

「ねぇ提督。あたしから説明し直すよ?それでも無理そうだったら、艦娘部宣伝のために作った展示を見せに行くからさ。」

 提督は視線だけでOKを那美恵に送って彼女に後を任せることにした。なお、五月雨はまだツボに入っており、提督の腕に顔を隠してプルプルと肩を揺らしている。提督と那美恵は五月雨のことは放っておくことにした。

 

「先生、あのですね。少し誤解を招くかもしれませんけど、一言で言うとあたしたち、戦争に行くんです。戦争といっても戦うのは人じゃなくて、化け物相手ですけど。」

「え……戦争?誰と?なんで?」

「深海凄艦という、海の化け物です。」

「しんかいせーかん?」

 このまま何も見せずに説明してもダメだと那美恵はすぐに悟り、仕方なくその場での説明を途中で止めることにした。那美恵は提督に隣接している方の手の指で提督のふとももを軽くつつき、目をつぶって何も言わずに頭を横に振る。提督はそれを見て、さすがの那美恵も諦めたかと把握した。

 

「えーと、四ツ原先生。多分実際の映像や写真を見ていただいたほうがわかりやすいと思うので見てもらえますか? あたしたち、艦娘部の部員集めのために展示作ったんです。ぜひ顧問の四ツ原先生に目で見てわかってもらたらなと。」

「えぇ。わかったわぁ。じゃあ先生その展示しっかり見てあげる! 任せて!それ見てしょくぎょーかんむすになればいいんでしょ?」

「……はい。おねがいします。」

 

 そのまま展示のある視聴覚室へと行こうと思ったが、さすがに次の授業からは出ないとまずいと判断し、提督らと阿賀奈、そして校長たちにその旨話して、続きは1時間半後の放課後に行うことにした。

 

「提督、ゴメンね。四ツ原先生へはあたしやみっちゃんたちから説明してなんとか理解してもらうから。あと提督たちもぜひ展示見ていって!」

「あぁ。俺もその展示行って宣伝に手伝えばいいんだろ?」

「うん。お願い。」

「私もお手伝いします!」

「うん。五月雨ちゃんもよろしくね!あなたがいれば色々い~宣伝になるかもしれないし。」

 

 那美恵は不穏な含みを持たせてしゃべったが五月雨はそれに気づくべくもなく、コクリと頷いて那美恵に微笑んだ。自身が授業に出ている間、提督らをどうしようと気にかける那美恵だが、それについては教頭が解決策を提示した。

 

「光主さんが授業に行ってる間は……そうですね。四ツ原先生、西脇さんと早川さんお二人に校内を案内してあげてください。」

「はい!私本日は担当ありませんので、提督さんの案内、やらせていただきます!!」

 

 案内くらいなら問題ないだろうと那美恵は判断し、提督と五月雨を阿賀奈に任せ、授業へと戻っていった。

 

 

--- 6 展示開始

 

 那美恵が提督らと一旦別れて1時間半後、チャイムが鳴り放課後が訪れた。阿賀奈に校内を案内された提督と五月雨はほぼ問題なく一連の見学を終えて、一旦来客用の部屋に案内されて一息ついていた。

 那美恵と三千花は教室を出て廊下の途中で話しだす。那美恵は三千花に提携の締結の時の様子を話して情報共有する。大体の内容は問題無いとふむ三千花だったが、厄介そうな問題に頭を今から抱えた。もちろん、艦娘部顧問の四ツ原先生である。

 

 二人は職員室へ向かって歩きながら会話する。

「なるほどね、多分というかほぼ確実に理解してもらえなかったと。そういうこと?」

「うん。そーそー。まさかあそこまでとはあたしも思わなくてさー。五月雨ちゃんなんかどうもツボに入ったのか、笑いこらえるのに必死で見てるこっちまで辛かったもん。……めっちゃ可愛かったけど。」

 五月雨が可愛いのは当然と納得し、思考はすぐに当面の問題に切り替わる。この後の展示の開始と、艦娘部顧問の阿賀奈へ理解させることだ。

 

「今日は初日だし、ともかく展示を好スタートさせるのを優先しない?あの先生に教えるのも大事だけどさぁ。」

 三千花は那美恵に提案する。

「そうだねー。けどあまり先送りにもできない問題だと思うんだよねぇ。四ツ原先生のことも。だからあたし考えたの。先生には、他の生徒と同じ立場で展示をひとまず見学してもらうの。」

「全く同じ立場?」

「うん。だから先生が川内の艤装で同調試したいっていえばやらせてあげるし。多分あの先生さ、口でどこまで説明しても理解してもらえないと思う。あの人自身の目や耳で実際に経験してもらわないと。ダメなんだろうって気がしてきた。実感が沸かないから、理解が及ばなくてポカーンとする確率が他の人より高いだろうなぁ。」

 

 さすが親友は観察力がある、と三千花は感心した。今すぐにではないだろうがそう時間かからずに、四ツ原先生を手懐けられるのではとも。

 

 

--

 

 那美恵たちが職員室へ行くと、提督らは来客用の部屋にいると言われたので次はその部屋に向かった。部屋に入ると、笑い声が。提督と五月雨のほか阿賀奈がいる。笑い声は主に五月雨のものだった。

 

「あ、光主さん、中村さん!聞いて聞いて!早川さんったらね、私のジョーク全てに笑ってくれるんだよ!も~この娘いい子すぎて可愛い~。うちの末の妹みたい!お持ち帰りしたいよぉ~!」

 

 一方の提督は疲れた、という表情を那美恵と三千花だけにチラリと見せた。それだけで那美恵はこの1時間半の提督の苦労がかいま見えた気がして提督に同情せざるを得なかった。黙ってその表情を見せてきた提督を、那美恵と三千花はちょっとだけ可愛いと密かに感じた。

 

「提督と五月雨ちゃんと打ち解けられたようで何よりですよ~先生! じゃあその調子で展示も見ていただけますか?」

「うん!任せて!」

 那美恵がうまく間を取りなしたことで、提督と五月雨は阿賀奈から解放された。一行は那美恵と三千花の案内で、視聴覚室に行くことにした。

 

 廊下にて。提督が那美恵の肩をつついて彼女を振り向かせる。

「光主さん、うまいこと空気変えてくれて助かったよ。あの先生、結構話すのが好きな方なんだね。まーよくしゃべるしゃべる。そして五月雨に絡む絡む。」

「アハハ。あたしもあの先生のことまだよくわかってないから、お互い色々とがんばろーね。」

 最後に肘で提督の横っ腹をつついて締めた。

 

 一方で二人の後ろでは、阿賀奈にまた捕まった五月雨が彼女の一言一句にキャッキャと笑い、それをとなりで三千花がヒヤヒヤしながら見ている光景があった。

「五月雨ちゃん、表情筋壊れたりしないかなぁ?」

 どうでもいいことを心配する那美恵であった。

 

--

 

 視聴覚室に着くと、すでに書記の二人がいて部屋を開けて待っていた。

「お、二人とももう来てるね。よしよし。」

「会長。と、西脇提督。こんにちはっす。五月雨ちゃんもこんにちは。」

「西脇さん、五月雨さん、ご無沙汰しています。」

 三戸と和子は二人に挨拶をした。それに提督たちも返事をする。

「はい。こんにちは。今日はよろしく頼むよ。」

「こんにちは!うわぁ、展示すごいですね~」

 

 

 提督ら二人に続いて最後に阿賀奈が視聴覚室に入ってきた。

「お~これが艦娘の展示?みんなよく調べたね~すごいすごい!先生感心しちゃう。」

 阿賀奈も展示に素直に驚いている。

 

 那美恵と三千花は書記の二人と集まり、展示の手順の最終確認をする。それから阿賀奈のことを話す。

「……ということだから、いい?二人とも。」

「了解っす。」

「わかりました。」

 

 そして那美恵は阿賀奈を呼んだ。阿賀奈は軽快な足取りで那美恵たちのほうに近づいていく。

「先生、ちょっとよいですか。」

「はい。なぁに?なんでも言ってごらんなさ~い。」

 

 那美恵の考えでは、阿賀奈には一般生徒と同じ立場で今日は展示を見てもらう。良くも悪くも阿賀奈には艦娘に関する知識がなさすぎた。知識ゼロから見てもらい自分で理解してもらうしかないとふんでのことだ。先生という立場を強く意識しすぎてる彼女を傷つけないよう、それをオブラートに包んで那美恵は伝えた。

 

「先生、さきほどもご説明しましたけど、先生にはあたしたちの作ったものを評価していただきたいんです。」

「作ったもの?あー、この展示だよね?」

「はいそうです。いきなり数分で艦娘の何たるか言われたってさすがの先生でも実感沸かないかなとあたしたち反省したんです。あたしも艦娘になる前に鎮守府で説明受けた時、ちんぷんかんぷんでしたから。先生のお気持ちわかるんです。いかがです?」

「う~~ん。そう言われると、そうかなぁ。先生としたことが、あなたたちのこと理解しようとして焦ってたから実はさっきの説明、よくわかんなかったの。でも安心して!あなた達の展示見て今度はしっかりお勉強するわ!」

 

「そう言っていただけると助かります~。まずは展示をご覧になって頂いてそれから後日先生にはお手すきのときにあたしか、もし都合がつけば鎮守府に案内しますので提督から改めて話をしてもらいますので、確認していただければと。」

「うん。わかったわ!じゃあ先生は何すればいいの?」

「はい。まずは展示をご覧になって頂くだけで結構です。部員が集まるまでか視聴覚室が借りられる間はこの展示し続けるので、いつ見に来て頂いても結構です。」

「それだけでいいのね!まっかせなさーい!」

 

 阿賀奈がだんだん那美恵に懐柔されてきた、その場にいた阿賀奈以外全員がそう感じ取るのは容易かった。その後阿賀奈は那美恵から、その日は自分の側にいて見守っているだけでいいと言われおとなしく那美恵に従っていた。

 これで那美恵たちは、展示の紹介・案内に際して自分たちのペースを守れる確証を得た。

 

 

--

 

 放課後30分過ぎた。視聴覚室の外に出て出入口のところでは書記の二人が呼び込みをしている。視聴覚室の中では那美恵と三千花、それから阿賀奈が所定の位置に立ち、提督と五月雨が手持ち無沙汰に展示を眺めている。

 しばらくすると、数人の女子生徒が視聴覚室の前に来た。廊下にいた書記の二人と会話をし、入るよう勧められて入ってきた。初日初めての入場者である。ちなみに那美恵たちと同じ2年生だ。

 那美恵たちは案内係に完全に気持ちを切り替えて彼女たちに展示を紹介し始めた。

 三千花による説明、実際艦娘になった那美恵からの実体験の話、各種パネルと映像資料。それらを女子生徒らに見聞きしてもらう。

 

「でね、今日は特別ゲストで、その鎮守府というところのトップの人と、あたしの同僚の艦娘の子にも来てもらってるの。」

 那美恵が触れてきたので提督と五月雨は女子生徒らに自己紹介をする。

「初めまして。ただいま紹介にあずかりました。俺が鎮守府Aの総責任者、西脇と申します。今日は光主さんたちの展示を見に来てくれてありがとう。」

「初めまして!私、五月雨っていう艦娘を担当しています、○○中学校2年の早川皐といいます。先輩方に私達のこと、少しでも知ってもらえたらと思ってます!先輩、よろしくお願いします!」

 

 女子生徒らは明らかに学校の生徒ではない、かなり年上の少しカッコいい男性と、妙に母性本能をくすぐられる年下の可愛らしい女の子に色めき立つ。

 彼女たちの興味はその二人に移り、那美恵たちの作った艦娘の展示はすでに興味なしという状態だ。提督と五月雨は女子生徒らに詰め寄られ、戸惑いつつ彼女らから質問攻めを受けている。

 

 その様子を見た那美恵と三千花は表面上はにこやかにしているが、内心頭を抱えていた。

 

 結局その女子生徒らは提督と五月雨から艦娘の話を聞くも、興味を継続させる気ほとんどなしという感じで視聴覚室を出て行った。

 

「いやぁ、まいったね。あまり興味持ってもらえなかったか。」

 提督は後頭部を掻いて一言呟いた。隣にいた五月雨はマスコット人形のようにいいように扱われ、顔は笑顔だったがその表情には苦笑と気恥ずかしさと疲れが入り交じっていた。

 そんな二人の様子を見た那美恵は……。

 

「とりあえず提督はあとでお仕置きね~。」

「なんでだよ!? 中村さん、光主さんに何か言ってやってくれよ……」

 那美恵の冗談を受けて三千花に助けを求める提督。だが彼女の反応は提督が期待したものとは少々違った。

「すみません、西脇さん。鼻の下伸びてるように見えたので……私からしても弁護の余地なしです。」

 三千花の助け、得られずであった。

 

--

 

 その数分後、何人か立て続けに見学者が来た。女子生徒一人、男女生徒数人、別の女子生徒数人……というように、初日としては見学者の入りはよかったものの、思うような進展はなかった。展示は興味深そうに見る生徒がほとんどだったが、川内の艤装を試すというところまで興味を発展させる生徒はいなかった。

 

 人足が途絶え、時間も5時過ぎになった。校内の活動および部屋の使用は終わる頃である。那美恵たちは立ちっぱなしだったのでひとまず座り、一息つくことにした。

「ま、初日でこんだけ人が入ればいいほうかなぁ。興味は持ってもらえなかったようだけど。」

「皆やっぱり他人ごとってことなんでしょうね。」

 那美恵と三千花は素直な感想を吐き出す。そして那美恵は提督の方を向き、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べた。

 

「ゴメンね提督。せっかくこんな時間まで居てもらったのに、あまり良い活躍させてあげられなかったよ。」

「いや、気にしなくていいよ。ここでの主役はあくまでも君たちだからね。」

「でも普段のお仕事よろしかったんですか……?」

 三千花が心配を口に出し、那美恵もそれに頷いて二人で提督を見上げる。

「あぁー。まぁ、俺の本業のことは気にしないでいいって。今日は鎮守府業務に集中するために時間取ってるからさ。それに十数年ぶりに他校とはいえ高校入って色々見られて感謝したいくらいだよ。」

 

「わたしが案内してあげたんだよ!提督さんに喜んでもらえてなによりで~す!」

 自分の存在をアピールすべく、阿賀奈が提督と那美恵の間に割りこむように顔を出してきて言った。それに関して提督は普通に感謝を述べて阿賀奈を喜ばせ彼女の自尊心を満足させた。

 

 那美恵の想定では、もう少し人が継続的に集まったところで提督に言葉を述べてもらい、その流れで川内の艤装を試したい人の挙手を確認し、体験会に切り替えて皆でワイワイ楽しみながら艦娘という存在に触れてもらいたかったのである。

 部員勧誘といっても、川内の艤装で同調のチェックをしてもらうところまでいかないと意味が無い。だが自身もつぶやいたとおり、あくまでも初日だ。那美恵たちは教師陣を通してパンフレットを配り展示の案内をしただけで、さすがに全校生徒にいきなり気づいてもらえると思うほど彼女は楽観視していない。

 

 

--

 

 これ以上見学者が来るのを望めないとふんだ那美恵は、全員に号令をかけた。

「よし、みんな。今日は展示終了しよ。おーい三戸くーん!わこちゃーん戻ってきていいよ~」

 

 那美恵は廊下にいた三戸と和子を視聴覚室の中に呼び戻し、言葉を続けた。

「今日はお疲れ様。初日は**人でした。まーこんなもんでしょ。」

 続けて三千花が音頭を取る。

「明日からまた張り切っていきましょう!」

「「はい。」」

 三戸・和子は威勢よく返事をした。

 

「うんうん。青春だね~先生も張り切っちゃうよ~」

 よい雰囲気で終わりたかったが、阿賀奈の意気込みを聞いた瞬間、全員が先延ばしにしたかった問題を思い出す羽目になった。顔を見合わせる那美恵と三千花。三戸と和子は四ツ原先生と関わりたくないのか、すでにすべてを我らが生徒会長に一任したい気持ちになって那美恵を見つめる。

 3人の視線を受けて、那美恵は阿賀奈に告げる。

 

「四ツ原先生、この後少しお時間よろしいですか?」

「うん?なぁに?」

「今日の展示は一旦終わりで、あたしも帰るまで時間あるので、先生に艦娘のことについてもう少しだけご教授させていだたければな~っと。いかがですか?」

 阿賀奈は巨乳の前でやや苦しそうに腕をくんで少し考えた後ハッ!とした顔になり、那美恵に返事をした。

 

「ゴメンね~。せっかくの光主さんのお願いなのに、先生この後国語担当の先生と打合せあるのすっかり忘れてて。だから今日は無理。ほんっとゴメンねぇ。」

 性格に難ありでも、そういえばれっきとした教師だったんだと、那美恵や三千花らはそういう感想を持った。甚だ失礼な感想ではあるのだが、口に出していうわけでもないのでオッケィだろうという前置きも含めて。

 

「それじゃあ先生。この資料と前に作った報告書のコピーお渡しします。お時間のあるときでよいのでそれを読んでおいていただけると助かります。それからこれは、前に鎮守府で撮影した動画ファイルのURLです。○○ Driveっていうオンラインストレージサービスにあるので、これも目にしておいていただけますか?」

「うん!わかったわ!これってアレね?先生への宿題ってことよね?」

「え?あーえぇ~まぁ。そんな感じですけど、気軽に捉えてもらえればOKです~」

「いいのいいの!生徒から宿題出されるのも、きっと先生を頼ってのことなんだから、先生頑張っちゃうわ!」

「宜しくお願いします。」

 

 顧問の阿賀奈への教育は、ひとまず自習という形で収めることになった。そういうことならばと提督は職業艦娘についての案内資料を阿賀奈に手渡し、これも目を通しておいてくれとお願いをした。

 那美恵と提督から課題を渡された阿賀奈は、歳の近い(7~8歳上だが)男性にも、生徒にも頼り(という名の調教)にされていることに、心の中で一人沸き立っていた。その様子はもろに表面に表れていたが、那美恵たちは先生の名誉のためにも無視しておいた。

 

 時間も時間なのでそれで7人はお開きとした。阿賀奈は職員室へ戻っていき、提督と五月雨は帰ろうとする。

「そぉだ!提督!せっかくだし、一緒に帰ろ?みっちゃんたちもさ。どぉ?」

「俺は構わないよ。五月雨は?」

「はい。電車も途中まで同じでしょうし。」

提督と五月雨は快く承諾する。

 

「お二人が良いというんでしたら私も。というか私は那美恵と帰り道ほとんど一緒だしね。」

 という三千花とは逆に、書記の二人は申し訳なさそうに那美恵に断りの意を伝える。

「すんません。俺、別の友だちと帰る約束してるんで。展示片付けたらすぐに出ちまいます。」

「私は図書館寄りたいので、今日は失礼させていただきます。」

「そっか。うん。おっけーおっけー。」

 

 そして視聴覚室の片付けを始める6人。展示を生徒会室に戻すためだ。

「よし。俺も手伝うよ。どれ運べばいいかな?」

「私も、頑張っちゃいますから!」

「そんな!西脇さんたちはお客様なんですからいいですよ!」

 三千花が当たり前の対応をするが、那美恵の二人に対する扱いは違う。

「よ~っし。じゃー提督にはガンガン働いてもらおっかな?五月雨ちゃんはいいんだよ~。あたしの側にいてくれるだけで癒されるから~」

 真逆の対応を見せ、どのみち働かせる気マンマンな那美恵であった。

 

 

--- 7 放課後

 

 

 パネルをはずし、資料をフォルダにしまいまとめる。高い位置にあるパネルは提督と三戸がはずし、それを那美恵たちがまとめる。五月雨は書記の和子とともに配布資料をまとめる作業をしている。

 

「はいそこの男子~。次は視聴覚室の仕切り閉まって~!」

 那美恵が冗談交じりに提督と三戸に指示を出し、二人はそれにおとなしく従う。

 

「三戸くん、彼女は学校では普段こうなのかい?」

「まーやる時と普段の差が結構あるんで驚く人も多いっすけど、こんなもんですよ。俺らはもう慣れっこっす。」

「ははっそうか。指導力もあっていいねぇ。なんなら光主さんに提督代わってもらいたいくらいだよ。」

「それ面白いっすねぇ~!じゃあ提督、代わりにうちの学校に来ますか?」

「おぉ、30すぎの高校生だけどいいなら行くぞー。……女子、可愛い子結構いるね?」

「……提督さんもお好きで……。あ、もちろん男同士の秘密にしとくっすよ。」

 提督と三戸は意味深な頷きをし合う。離れたところにいる女性陣にはうっすら聞こえる内容だったため、目ざとく反応した那美恵が二人にツッコんだ。

 提督ら二人は雑談を交えながら数枚の仕切りを動かし、使っていた小部屋2つを解体する。次第に視聴覚室は元の大部屋へと姿を戻していった。

 

 男同士仲良さそうに作業しているのを見て、那美恵たちはクスクス笑ったり、冗談を交えている。そこに展開されているのは、(2名違うが)普通の高校生たちの放課後の日常の光景だった。

 

 

--

 

 書記の二人と三千花が生徒会室に戻っている。視聴覚室にいるのは那美恵と提督、そして五月雨の3人となった。

「それじゃあ私、生徒会室に行ってきますー」

 そう言って部屋を五月雨は部屋を出て行こうとした。が、那美恵は彼女が生徒会室の場所知らないだろうということを真っ先に気にして慌てて声をかける。

「ちょ!五月雨ちゃん?うちの生徒会室の場所知らないでしょ?」

「多分大丈夫です~!中村さん見つければいいんですから~」

 変な自信を持って出て行く五月雨。提督と那美恵が呼び戻そうとする頃には廊下を進んで階段まで行ってしまっていた。

 

「だいじょーぶかな、五月雨ちゃん。」

「……いや。多分ダメだろ。あとすこし片付ければ俺らも一緒に行ったのにな?」

「うん。そーだね。」

「まぁ迷うと言っても限られた校内だろうし、あまり心配しなくてもいいかもな。」

「もうちょっとしたらあたしたちもいこっか!」

 提督と那美恵はクスクスと笑いあって残りの作業を片付けるべくペースを上げ始めた。

 

 

--

 

 沈黙が続いた。歳が離れてるがゆえ、提督が那美恵と話すには共通しているもの、つまり鎮守府や艦娘に関することでしか話題を保つことが出来ない。いい歳した大人が未成年である女子高生と静かな空間でいるのは少々気まずいと提督は感じていた。なんとか話題をひねり出そうとする。

 提督はふと、那美恵から以前お願いされていた、艤装について思い出したので彼女に伝えた。

 

「そうだ、那珂。神通の艤装のことなんだけどさ。」

 那美恵はピョンと効果音がするかのように飛び跳ねて提督に近寄った。

「うんうん!神通の艤装がなぁに!?」

 いきなり肩と肩が触れるくらいおもいっきり近くに寄られて提督はビクンとたじろいだが、すぐに平静になって言葉の続きを言う。

「そろそろうちに届く頃なんだけど、少し遅れるみたいなんだ。もしかしたらその後の長良と名取と一緒になるかもしれないんだ。もうちょっとだけ待ってくれるか?」

「なぁんだ。そんなこと? うん。別にいいよ。だったらその後の長良と名取の艤装も一緒にぃ~」

「それはダメ。約束は約束です。……いいな?」

 那美恵は後頭部をポリポリと掻いてペロッと舌を出しておどけてみせた。

 

 そして二人は片付けの続きを再開する。会話のネタがなくなったのでなんとはなしに手をぶらぶらさせて立ち位置をゆっくり先ほどの位置に戻していく。

 

 

--

 

 再び続く沈黙。季節は初夏に近づいており、窓を開けていないと部屋はわずかに蒸し暑く感じてしまう時期であった。視聴覚室の窓のうち半数は開いており、開けていた窓から扉へと風が通過して、涼しさとともに那美恵の髪を軽くなびかせる。

 

 

 風下にいた提督の鼻を、那美恵の髪のほのかな匂いがかすめ撫でる。新陳代謝激しい10代の少しの汗臭さと、それ以上に感じる不思議な香り。それは決して自分自身ではわからない、その人の生活によってついた香りだ。

 

 提督は決して口には出さなかったが、その彼女の匂いは決して嫌ではないと感じた。まじまじと嗅ぐなんて変態的なことは絶対にしないが、五月雨たちとも違う香り。那美恵の普段の軽い性格、時折見せる根の真面目さと強さ、すべてが五月雨たち中学生よりも年上の、成長した少女の証というもの、そういう印象を受ける香り。大人びた・大人であろうとする匂い。嫌な匂いなどとんでもない評価を下せない、好ましくグッとくる匂いだった。

 

 那美恵よりはるかに年上である提督だが、そんな自分をやり込めることもある光主那美恵。提督も男だ。決して下心がないわけではない。女性経験が多いわけではないがそれなりにある。那珂となったこの光主那美恵という少女は提督にとって決してものすごくタイプというわけではなかったが、この2~3ヶ月、影響を受け続ければ捉え方も変わるものである。本人は絶対にやらないと言っているが秘書艦として側に居て欲しい気もするし、バリバリ現場に出撃や他の鎮守府へ支援に行って大活躍してほしい気もすると提督の頭の中で案がせめぎ合うこともある。

 

 ともあれこの場では提督は年甲斐もなく、この少女と二人っきりの時間をあとすこしだけ続けて、青春したいぜとロマンチックなことを考えていた。

 

 

--

 

 那美恵は提督の視線に気づいていた。ジロジロというわけではなく、多分自分を気にかけて視線を時折チラチラとさせていたのだろうと把握していた。鎮守府でないところ、自分の学校といういわばホームグラウンドで、本来いることはありえない人との二人っきりの空間。

 

 提督は自分のことをどう思っているんだろうとふと那美恵は疑問に思った。

 自分は学生で、提督は大人だ。彼はきっと女性経験もあるだろう。自分は艦娘の一人、よくて知り合い、妹扱いどまり。彼にはきっとこの先も多くの艦娘との出会いが待っていることだろう。普通にプライベートで付き合ってる人がいるかもしれない。

 自分は、おそらく提督を色んな意味で気にし始めている、それは紛れもない正直な気持ちだと気づいている。それを表に出すのはさすがに恥ずかしいけれど。少し頼りないところのあるこの大人の男性を助けてあげたいという思いやる気持ちがまずは強い。ただそれが世間一般でいうところの恋愛につながるかは正直わからない。相手の思いが聞けたら自分の気持ちもハッキリするのだろうか。彼、提督の気持ちが知りたい。

 アイドルの夢を以前教えた。冗談を加えてはみたが、きっと提督はなんらかの形で本当に自分を支えてくれるだろう。真面目で律儀な彼を見ていればそう確信できる。彼を支えた分だけ見返りとして支えてもらえるのか、それともお互い同時に支え合っていった上でその高みにたどり着けるのか。どういう関係に至れるのかは想像つかない。

 そういえば全然関係ないけれど、おばあちゃんがおじいちゃんは小学校時代の同級生で、頼りないところもあるけれどいざというときはできる男でしっかりしてたって言ってたな。提督みたいな人かな?

 頭の中がモヤモヤしはじめた。今はただ、あの鎮守府の力を付けるのを手伝うだけにしよう。自分の余計な悩みで艦娘としての本業をおざなりにしたくはない。自分の手で、提督を実力ある鎮守府のトップに仕立て上げて、仲間を集めて、深海凄艦と戦って勝利して世界を救う。その過程で艦娘アイドル、あの鎮守府の別の顔として存在感をアピールできればいい。まずは仲間を集めなければ。さんざん提督にお願いし、こうして学校と提携してもらったのだから。

 

 那美恵の思いは自身の提督への思いから、これからの展開に切り替わっていた。

 

 これから先の部員募集、それは艦娘部としてやるべきかもと考え始めていた。ここまでは生徒会という力を利用して事をなしてきたが、提携も成り、顧問も(問題はありそうだが)決まり、あとは部員を集めるだけ。どう考えてもこれ以上は生徒会のメンバーにやってもらうべきことではない。自分一人での力ではここまで進めることはきっとできなかっただろうから、それは親友の三千花、書記の三戸、和子に対して感謝に絶えない気持ちで満ちている。

 けどこれ以上彼女らの協力を受け続け、新部と生徒会を混同して私物のように扱っていると思われたくない。そうなってしまうと、三千花らにも迷惑をかけ、生徒会本来の仕事に支障が出かねない。

 那美恵は熟考をそこで締めくくった。

 

 那美恵は、そろそろ生徒会長である自分と、艦娘部創立メンバーである自分を分けて活動すべきと感じ、それを言い出すタイミングを気にし始めていた。

 

--

 

 お互いが数分間それぞれの想いを巡らせていたとき、視聴覚室に三千花が入ってきた。

 

「あれ?二人ともまだ作業やってるの?もう持っていくものあと少しでしょ? ……ん?なんかあった?」

 三千花が入ってきた時、提督と那美恵の距離は極端に近くはなかったのだが、それぞれ勝手な思いを抱いていたため、急に現実に戻されて慌ててしまっていた。その様子を一瞬見た三千花は、視線を二人の間を行き来させ、きっと何かあったんだなと勝手に察することにし、あえて触れないでおいた。

 

「あぁ。スマンスマン。これを包んだら終わりだよ。……あれ?中村さん。途中で五月雨見なかった?」

「え?五月雨ちゃん?いえ。見ませんでしたけど。どうしたんですか?」

 

 危惧していたことが現実のものになってしまった!と那美恵と提督は顔を青ざめさせて慌てた。二人から事の次第を聞いた三千花は二人と同じように慌てる。

 その後急いで視聴覚室を出て那美恵を先頭にして校内を探したところ、棟と棟の間の空中通路の端で半べそをかいていた五月雨を発見。4人で生徒会室に無事戻れることになった。

 道中、那美恵は五月雨に優しく諭す。

「ねぇ五月雨ちゃん。慌てないでいいからね?違う学校なんだからさ、あたしたちの作業が終わるまで少し待つか、あたしを引っ張ってくれてもよかったんだよ?」

「ふぇぇん。ゴメンなさい~!」

 知り合いに会えた安堵感からか、那美恵にガシっと抱きついてしばらく離れようとしない五月雨。その小動物のような様に、直接抱きつかれている那美恵はもちろんのこと、隣を歩いている三千花も心の中では五月雨に対して萌え転がっていた。

 

 

--

 

 生徒会室に最後の荷物を置き終わり、初日の展示の片付けが全て終わった。三千花は書記の二人をもう作業はないとして、すでに帰らせていたため、生徒会室にいるのは一緒に帰る4人のメンバーだけになっていた。

 生徒会室の鍵を閉めて、すべてOKのサインを出す那美恵。それを確認して4人は下駄箱まで行った。提督と五月雨は来客用の下駄箱に行き、靴に履き替えて外に出た。那美恵たちもほぼ同じタイミングで履き終えて外に出て、4人は校門へ向かって歩みを進める。

 

 

 校門をまたぐ4人。それと同時に、那美恵が再び提督らに声をかけてねぎらう。

「提督、五月雨ちゃん。今日はいろいろありがとーね。○○高校代表の生徒会長として、正式にお礼申し上げます。」

「いや。こちらこそ。」

「えへへ。改まって言われると恥ずかしいですね~。」

 二人の返事を聞いた後、那美恵は一呼吸置いて、改めて口を開いた。

「それからこれは、生徒会長としてじゃなくて、○○高校艦娘部部員として。提督、五月雨ちゃん。これからあたしは生徒会の皆さんの力を借りつつ部員を集めて、それから先生に職業艦娘になってもらって、近いうちに鎮守府Aに皆揃ってお世話になります。その時改めてよろしくお願いします!」

 

 那美恵は気持ちを切り替えて挨拶をした。隣にいた三千花は、親友の発した"艦娘部部員として"の一言に、これまで生徒会メンバーとしてやってきた自分らにとっては違和感がある、複雑な思いを抱いていた。

 

 

--- 8 幕間:帰り道

 

 那美恵たちの高校から駅までの帰り道。女子3人はあれやこれやとワイワイ雑談し、男である提督は蚊帳の外で後ろを歩くという状態が続いた。さすがにひとりぼっちでは可哀想と那美恵は判断して、途中どこかファミレスかカフェによってお茶していこうと提案した。3人共それに賛同。時間はすでに6時を過ぎていたが、提督という大人もいるし問題ないだろうとふむ。

 

 入ったのは昔から変わらぬ全世界チェーン店である有名なコーヒーショップだ。さすがに世界規模のチェーン店となると、鎮守府はおろか大本営としても艦娘の優待目的の提携は難しいのか、艦娘の入渠優待は得られなかった(アメリカの艦娘には優待が効く)。そこで提督は3人におごることにした。

 

「みんな今日はご苦労様。ここは俺がおごるよ。だからなんでも好きなの頼んでいいぞ。」

「いぇ~い!提督太っ腹~!」

「本当にいいんですか、西脇提督? 私まで?」

「あぁどうぞどうぞ。」

 那美恵たちから2歩ほど離れた位置で提督を黙って見つめる五月雨。遠慮している様子が伺えた。五月雨の方を向いた提督は優しく声をかける。

「……五月雨、君もだよ。遠慮しないでいいから。」

 提督から言葉をもらうと、五月雨はニンマリと笑顔になって小走りで駆けて那美恵たちの後ろに並んだ。

 

 

 全員飲み物といくつかのパン・スナックを注文し、それらを持って適当な4人席に座った。提督をと思ってお茶をしにきたはずが、そこに展開されたのはやはり少女3人の長々とした雑談。中高生と提督では歳が離れすぎているため、提督が普段の会話に混ざるのはどうしても難しい。仮に提督が同世代の高校生であったなら、こんな魅力的な少女3人と一緒にいることなんてまずありえないしかなわない、彼女たちを束ねる立場だからこそ今(話題に入れなくても)こうして一緒に混ざっていられる。

 現状で十分満足しちゃう提督であった。

 

 女3人で雑談に興じる那美恵たちだったが、もちろん提督のことは忘れていなかった。というより、ついさっき思い出した。あぁ、そこにおっさんいたんだっけと。提督の心、艦娘知らずといったところで、当然提督が抱いている居づらさなぞ少女たちが理解できるはずもない。それは一番長く一緒にいる五月雨も、艦娘でない普通の女子高生の三千花とて同じであった。

 そしてようやく提督に振られた話題は、提督の身の上話である。どこに住んでるか、プライベートでは何しているか、そして恋愛話などである。特段かっこいいわけではないが普通に好印象の、歳相応か少し若く見える提督をネタにし、色々興味津々に話題を振り少女たちは会話(という名の一方的なおしゃべり)に興じ続ける。

 

 知らない人がこの4人を見たら、なんだあの男、(はたから見れば)JK三人に囲まれてくそうらやましいぞこんちくしょうめ!という印象を持つかもしれない状況だった。が、当の本人からすれば、艦娘制度にかかわっていなければこうして違う年代の人たちと接する機会なぞ、自分の人生にはなかったから嬉しい半面と思う反面、正直気恥ずかしくてつらいという心境であった。周りの痛い視線をなんとなく察した提督は、心の別のところではそんなに痛い視線送ってくるならてめぇらいっぺん代わって居心地の悪さを味わってみろよ、と密かに反論を抱えていた。

 

 そんな心のなかのツッコミでさえ、傍からすると贅沢な悩みなのである。とはいえこうして女の子たちと一緒にいるのは提督としては決して悪い気はしない。

 今後艦娘が増えて、いろんな年代の人が門をくぐるかもしれない鎮守府。提督は自分の管理する場所と艦娘に対して思った。

 艦娘になる人たちの素の姿とこうして、鎮守府外で膝を交わしてお茶をし(会話になるかどうかは別として)雑談に興じるのは、艦娘とのコミュニケーション、その人の人となりを知って仲間意識を高め合うにいいかもしれない。今後機会があれば、五月雨はもちろんのこと、時雨や夕立、村雨、五十鈴、もう一人駆逐艦娘、既婚者だが妙高、そして分野は違うが同業に近い立場の明石と、サシで(酒・お茶を)飲む時間を設けてみよう。

 そう考えを抱くのであった。

 

 

--

 

 1時間ほどコーヒーショップで楽しんだ4人。時間はすでに午後7時を回っていた。那美恵たちは高校生のため多少問題無いが、中学生の五月雨がこの時間まで外にいるのは一般的な風紀上あまりよろしくない。提督は念のため3人に自宅に連絡を入れさせる。五月雨に対しては電話を替わり、彼女の母親に、自分が責任持って見送る旨を伝える。ちなみに提督は五月雨こと早川皐の母親とは面識がある。

 

 その様子を見ていた那美恵はやはり茶化し気味の言葉を投げかける。

「提督はやさしーねぇ。五月雨ちゃんを家まで送ってあげるんだぁ~。」

「そりゃあ大事な秘書艦だし、この歳だしな。俺も一応保護者なんだからきちんとせんとまずいだろ。」

「はいはい。五月雨ちゃんがうらやまし~。あたしやみっちゃんも保護してくれてもいいんだよぉ~? 五月雨ちゃんとは3つしか違わないんだから」

 両肩をすくめてやれやれという感じでオーバーアクションで茶化しながらねだる那美恵。その仕草を苦笑を交えて眺める五月雨。三千花はそんな親友の態度に苦笑していた。

 

「わかったよ。降りる駅まではきちんと見ていてやるから。ほらさっさと駅まで行くぞ?」

「はーい。」

「「はい。」」

 

 そして那美恵と三千花は2つ先の駅で降り、そのまま乗り続ける提督と五月雨を駅のホームから手を振って見送った。

 

 別れ際。

「送り狼になんなよ~提督ぅ~」

「んなことするか!お前……あとでおぼえておけよ。」

 最後まで茶化す那美恵。一方の純朴な五月雨は送り狼の意味を理解できておらず、?な顔で提督と那美恵の顔を見渡して聞き返そうとする。慌てた提督は軽い五月雨にやんわりとした口調でもってはぐらかす。すでにホームに降りていた那美恵に対してはそれまでの弱い勢いを一気に加速して拳を振り上げて軽く叱る仕草をした。当の那美恵本人はそのアクションにアハハと笑ってサラリと流し、やがて閉じた電車の扉ごしに提督に手を振り、三千花とともに駅舎へと歩いて行った。

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択