No.841984

とある武術の対抗手段《カウンターメジャー》 第三章 G−1トーナメント:十

neoblackさん

東京西部の大部分を占める学園都市では、超能力を開発するための特殊なカリキュラムを実施している。

総人口約230万人。その八割を学生が占める一大教育機構に、一人の男が転入してきた。
男の名は字緒廷兼郎(あざおていけんろう)。彼が学園都市に来た目的は超能力ではなく、武術だった。

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2016-04-12 01:06:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:869   閲覧ユーザー数:860

 

 二回戦第一試合。廷兼朗は久遠険と対戦する。久遠は強能力《レベル3》の読心能力者《サイコメトラー》である。特定の格闘技を習っているわけではないが、体格には恵まれており、遠距離からの読心《サイコメトリー》で敵の攻撃を読み、近づいての乱打で一気に相手を押し切るという戦い方を旨としている。

 いざ目の前で相対すると、その肉体の大きさに惚れ惚れする。格闘技など習わずとも、持ち前のフィジカルと能力で負けを知らないケンカ自慢なのだろう。廷兼朗を見下ろす久遠は、何とも負けん気の強い顔をしている。

「お前、無能力《レベル0》らしいな」

「私語は慎むように!」

 主審の注意を無視して、久遠は話しかける。

「スキルアウトにも能力者とタイマンする奴がいるけど、お前は何だか毛色が違うな」

「そんなことありませんよ。僕は、スキルアウトの方々と同類です」

「まあ、強けりゃどうでもいいか。せいぜい頑張ってくれよ」

 すっかり見下されてしまったが、特段言い返すこともなかったので、廷兼朗は大人しく開始線に戻った。

 

 試合開始のゴングが鳴る。廷兼朗はいつも通り構える。久遠は開始線に突っ立ったまま、無造作に歩いてくる。肩で風を切るいかつい歩き方である。

 廷兼朗は動かない。久遠は遠距離からの攻撃方法を持たない以上、自分から間合いを詰めなくても構わないので、珍しく完全な待ちの体勢でいる。

 だからといって、先手を打たないわけではない。

「あの、網丘さん」

「何かな?」

 観戦していた白井が、興味本位で話しかけた。

「廷兼さんは、勝てますの?」

「さあ? 知らない」

 悩む素振りも見せず、網丘はすげなく言い切った。

「読心能力者ということは、廷兼さんの攻撃は全て読まれてしまうのでは?」

 そしてそれは、廷兼朗の敗北を暗喩している。

「それはどうかしら? 遠距離から読心出来るのは凄いけど、何でもかんでも分かってしまうという訳じゃないでしょう。それじゃ読心というより予言《ファービジョン》だわ。いいえ。予言でさえ、完璧に未来を言い当てるとは限らない」

「それでも、不利なことに変わりはないですわよ」

 白井のその言葉を、網丘は鼻で笑った。

「それを言ったら、彼に有利な戦いなんて、この学園都市には皆無だわ」

 確固たる言い切り様に、白井が少し気圧される。網丘はその場を繕うように軽く咳払いをした。

「まあ、来るのが分かっていても防げない攻撃というのはあるから、多分大丈夫でしょう」

 

 久遠が警戒する素振りを見せないのは、自信の表れなのだろう。やはり廷兼朗は、舐められているようだ。

 今正に心を読まれているのか、手応えのようなものがないため分からない。読まれる感触でもあれば、あるいは避けられるかと期待していたが、それは体の良い願望だったようだ。

 心を切り替えて、攻撃に転じる。心を読まれていようと、廷兼朗のすることに変わりはない。

 久遠が近づいてきたのに合わせて、廷兼朗が前足を狙って右下段回し蹴りを繰り出す。

 久遠は軽く左足を上げる。ローキックの防御である。

 

 無手勝流だが、ローのカットは身についている。久遠は街のケンカで慣らした自分の技術は、決して格闘技者にも引けを取らないと自負している。事実、一回戦は見事にKOで突破している。ローキックなど、心を読むまでもなく防げる。

 反射的に素早く左足を上げた瞬間、久遠の顔に衝撃が走った。

 読めていたはずなのに、ローキックを防いだはずなのに、何故自分の顎にレベル0のつま先が入っているのか、久遠に考える暇はなかった。

 朦朧とした頭へ加えられたさらなる打撃が、久遠の意識を完全にはじき飛ばしてしまった。

 

 

 

 たった一触での決着に、会場は騒ぐと言うよりもどよめいてる様子だった。一体何が起こったのか、きちんと把握している者が少ないためだろう。

「何か、字緒さんの足が、変な風に曲がったような……」

 白井の隣で観戦していた初春も、頭を抱えながらうんうんと唸っていた。

 どうも言葉では形容しがたいのだろう。ジェスチャーも混じえているが、説明している本人がさらに混乱してしまった。

「よう見とるのう、お嬢さん。あれは捻り蹴りという蹴り技じゃき」

 見かねた錬公が、助け船を出してくれた。

「捻り蹴り?」

「テコンドーのピットロチャギという技で、内側から外側へ、捻るようにつま先で蹴るのよ」

 網丘が後を継いで解説する。

 

 廷兼朗は右下段回し蹴りを、その途中で膝に引き付け直し、くるりと反転させて上段捻り蹴りへと変化させた。そして腕と腕の間を縫う軌道で、ほぼ無警戒だった久遠の顎をつま先で蹴り上げた。

 柔軟な股関節と膝関節がなければ、こうも滑らかに行なえるものではない。

「他人の心を読めるとしても、目から入る情報には逆らえない。咄嗟のことなら、なおさらね。単なるケンカ自慢には勿体ない蹴りよ」

「分かっていても避けられない攻撃、ですのね」

 右下に意識を向けておいて、間髪入れず左上を襲う蹴り。例え来るのが分かっていても、避けるのは難しい。

 未だ気を失っている久遠が担架で運び出され、廷兼朗は試合場を後にした。

 

 
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