No.81623

真・恋姫無双 蒼天の御遣い8

0157さん

やっと出来ました・・・

続きを出すのに一月以上もかかってます。

忘れられてないか正直不安です。

続きを表示

2009-06-29 08:59:53 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:42390   閲覧ユーザー数:28393

一刀は暗闇の中にいた。

 

前と後ろも、右と左も、上と下もその先にあるのは闇。

 

そもそも、立っているのか、浮いているのかすら分からない今の状況に一刀は途方にくれていた。

 

その時、はるか向こうに一筋の光が見え始めた。

 

やがて、その光は周囲を照らし闇を払っていく。

 

そうして見え始めた周りの光景を見て一刀は絶句する。

 

 

 

そこはまさに地獄だった。

 

 

 

どこかの邑なのだろうか。しかし、その邑は盗賊たちに襲われていた。

 

人々に襲い掛かる盗賊ども。逃げ惑う人たち。そして燃える家。それらが阿鼻叫喚となって目の前に現れた。

 

必死に逃げる人々が一刀に向かって走ってくる。一刀は避け切れそうになく、ぶつかると思ったが、人々は一刀にぶつかることはなく、次々とすり抜けていった。

 

あまりのことに呆然とするが、不意に聞こえた悲鳴に意識を集中させた。

 

そして悲鳴が聞こえた方向に目を向けるとそこには腕に赤ん坊を抱えている女性が倒れていた。

 

その女性の背中には剣で斬られた跡があり、女性は必死に地面をはって逃げようとしている。

 

その様子を、その女性を斬った盗賊は面白そうに眺めていた。

 

それを見た瞬間、一刀は頭の中の何かが切れたのを感じた。

 

一刀は瞬く間にそいつとの距離を詰め、その顔面に容赦なしの拳を突き出す。

 

しかし、それが当たることは無かった。それは男の顔をすり抜けただの空振りに終わってしまう。

 

それを男は気にした風もなく、そのまま女性に近寄ってその肩に蹴りを入れた。

 

肩を蹴られたことにより無理やり仰向けにされた女性の腕には泣き散らしている赤ん坊の姿があった。

 

男はそれを見て剣を逆手に持って赤ん坊ごと女性を突き刺そうとする。

 

「やめろっ!!」

 

一刀が声を張り上げて叫ぶが、それで男の動きが止まることはなくそのまま母子を、

 

 

 

突き刺した。

 

 

 

「――――――――!!」

 

一刀は声にならない悲鳴を上げた。飛び散る血、止まった赤ん坊の泣き声、男の狂ったかのような笑い声、それらのすべてが一刀を深い絶望の底へと突き落としていく。

 

そして、不意に視界が暗転した。急に周囲の光景が暗闇に包まれたのだ。

 

再び暗闇の中に取り残された一刀はあまりのことに呆然となる。

 

何だったんだ今のは?何故あの邑は襲われていた?何故触れることが出来なかった?何故あの母子は殺されなければならなかった?何故?何故なぜナゼ・・・・・・

 

『落ち着け。北郷一刀』

 

「なっ!?」

 

パニックになりかけた一刀は、背中からかけられた声に驚いて後ろを振り向いた。

 

そこには白いローブをまとった女性が立っていた。

 

長い髪をなびかせながらもそのたたずまいにはある種の威厳を感じる。

 

「だ、誰だあんたは!?」

 

『私か?私はただの通りすがりのお節介焼きだよ』

 

「・・・・・・・・・」

 

一刀が怪しげな視線を送るが、その女性は全く気にしてないようだ。

 

『まぁ、そんなことよりさっきの映像、見たんだろう?』

 

「っ!?さっきの光景はあんたの仕業だったのか!?」

 

『ああそうだ。さっき映像はあの大陸にある邑に実際に起こった悲劇だ』

 

「・・・さっきのが実際に起きたことなのか?」

 

『ああ』

 

信じたくなかった。あんな目に遭う人がいることも、あんなことをする人がいることも。いっそのこと夢だといってくれたほうが断然に良かった。

 

『残念だが夢ではないよ。これがこの世界の現実だ』

 

まるで心の内を読んだかのようにその女性は言う。

 

「現実・・・」

 

『そうだ。作物は実らず、度重なる重税で人々は飢え、心は荒み、生きるためならどんなことでもする。それこそ幼い命を刈り取ることすら平気でな・・・』

 

「・・・・・・・・・」

 

あまりにも辛い現実だった。出来ることなら一生知らずにいたいほどのものだ。

 

『・・・まぁ、そんな辛い現実を知ってしまった君に朗報だ。・・・元の世界に帰してやるよ』

 

「えっ!?本当か!?」

 

一刀は突然のことに、驚きと喜び混ぜた声を出した。

 

『ああ、本当だとも。・・・ただし、一つ条件がある』

 

「条件?」

 

『そうだ。それはあの世界についての記憶を全て消すことだ』

 

「記憶を?」

 

『そう、あそこで出会った人や見聞きしたことも全部忘れてもらう』

 

「忘れる・・・・・・」

 

あまりのことに呆然とつぶやく一刀。

 

『まぁ、それも別に悪いことじゃないだろう?忘れてしまえばあんなことがあったことすら知らずに平和に学生をやっていけるのだから』

 

確かにその者の言う通りだった。もし、元の世界に戻って学生をやるならばさっきの光景などは知っていてもどうしようもないことだ。覚えていても重荷になるだけだろう。

 

『さあ、どうする?北郷一刀』

 

「・・・・・・・・・」

 

それはあまりに魅力的だった。あの世界に降り立ってすぐのことなら一も二もなく飛びついただろう。しかし・・・・・・、

 

「断るよ」

 

一刀は断った。それを聞いても、ローブをまとった女性は特に驚かずに聞き返した。

 

『いいのか?元の世界に戻ればあのような光景を見ることもなくなるし、慣れ親しんだ生活に戻れるし、身の安全も格段に違うぞ?』

 

「いいんだ。確かにあんなことは覚えていたくもないし、元の世界にだって未練はある」

 

一刀は頭の中で元の世界のことを思い浮かべた。しかし、次に月や詠たち、そしてあの世界の人々たちのことが思い浮かんでくる。

 

「だけど、今は戻るわけにはいかない。俺はあの世界の人たちにたくさん世話になったんだ。その恩を返さずにそのまま帰ることなど俺には出来ない。それに・・・・・・」

 

『それに?』

 

そこで一刀は言葉を切ると、自分の手を見つめてつぶやいた。

 

「・・・俺は人を殺してしまった。・・・たとえ、記憶が消されてしまったとしてもその事実は一生消えることはない・・・・・・」

 

『後悔・・・しているのか?』

 

「・・・いや、後悔はしてないよ・・・・・・ただ、俺はそのことに対して責任を取らなければならなくなってしまった。そういうことだよ」

 

『責任か・・・。それはどうやって取るつもりなんだ?』

 

女性は、まるで試すかのように一刀の目をジッと見つめた。

 

「守る、そして救ってみせる!力のない人、そして理不尽な暴力にさらされる人たちを!今はそれしか思い浮かばないが絶対にやってみせる!」

 

一刀はその視線を真っ向から受け止めて宣言した。

 

『・・・・・・ふふっ、なるほど。それが君の責任の取り方か・・・』

 

女性は一刀の言葉を聞いて面白そうに笑った。

 

『・・・いいだろう。ならばあの世界でそれをやってみせるのだな』

 

女性は背を向け歩いていく。

 

「どこに行くんだ?えっと・・・」

 

『胡蝶(こちょう)だ』

 

「えっ?」

 

『胡蝶。それが私の名だ。心配しなくても君はもうすぐ目覚める。生きていればまた会えるだろうさ。だからそれまでは死ぬなよ・・・』

 

そう言うとその者――胡蝶は闇に溶けて消えてしまった。

 

一刀は再び一人取り残されたが不思議とそのことに不安はなかった。そして、自分の思いを再認識する。

 

(そう、俺は救ってみせる。助けられなかったあの子の分まで・・・)

 

一刀がそう決意すると共に自分の意識がどこかに浮上していくのを感じた。

 

 

一刀が目を覚ますとそこには最近見慣れた天井が視界に広がった。

 

辺りを見回すとどうやらここは自分の部屋らしい。

 

「・・・夢・・・か?」

 

身を起こしつつ、一刀はそうつぶやいてみる。

 

夢にしてはあの夢の中のやりとりは鮮明に覚えていた。あの女性・・・胡蝶とはいったい何者なのだろうか?

 

考え事をしていると、不意に部屋の外から扉が開いた。

 

「おっ?一刀起きとったんかい?」

 

入ってきたのは霞だった。

 

「今さっき起きたところだよ」

 

「一刀、念のため聞いとくけど、体はどこも悪うないか?」

 

霞が気遣わしげに聞いてきた。

 

「大丈夫、すこぶる元気だ」

 

「そうか、そりゃあ良かったわ」

 

「それより霞、俺はいったいどのくらい寝ていたんだ?それにあの後いったいどうなった?」

 

「分かっとる、ちゃんと順を追って話したるで」

 

そう言って霞はこれまでの経緯を話してくれた。

 

霞の話では、俺は数日間ずっと気絶したままで城に戻った時、心配した月が医者を呼ぶという騒ぎにまでなったらしい。

 

「そうか・・・月に心配をさせてしまったか・・・」

 

「月だけじゃない、詠も恋もうちだって心配しておったんやで」

 

「ああ、霞も心配かけて悪かったな。それで、盗賊たちはその後どうなったんだ?」

 

「そのことなんやけど・・・これからそのことについて会議があるんや」

 

「会議?」

 

「その会議で捕まえた盗賊たちの処遇をどうするのか決めるんや」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

一刀はそれを聞いて気が重くなった。当然のことだが盗賊は重罪だ。しかも、彼らは村人たちを殺してしまっている。おそらく死罪は免れないだろう。

 

「・・・・・・なぁ一刀。一刀も会議に参加せぇへんか?」

 

一刀の心中を察してか霞がそう提案してきた。

 

「俺が?」

 

「そうや。別に参加したかてどうなるっちゅうわけでもないんやけど・・・・・・一刀は彼らの事情を聞いておいたほうがええと思うんや」

 

霞は何か知っているみたいだが、その口ぶりは安易に聞くことをためらわせた。

 

「・・・分かった。俺も会議に参加するよ」

 

「そうか、なら詳しいことは玉座の間で聞くとええよ」

 

「ああ」

 

一刀は霞と共に玉座の間に向かうことにした。

 

 

玉座の間にはすでに、霞を除いた董卓軍の重臣全員がそろっていた。

 

「一刀さん!もうお体は方は大丈夫なんですか?」

 

一刀が玉座の間に入ると、そのことに驚いた月が心配そうに聞いてきた。

 

「ああ、平気だ。心配かけてすまなかったな」

 

「全くよ。月に余計な心配をかけさせるんじゃないわよ」

 

詠は相変わらず容赦のない口調だ。

 

「あれ~?本陣に戻ったとき賈駆っちが一番心配してたんとちゃうか~?」

 

「・・・詠・・・・・・心配してた」

 

「なっ!?ち、ちがうわよ!た、確かに心配はしたけど、ほ、ほんの少しだけよ!」

 

霞がニヤニヤ笑いながら、恋がぽつりとそう言うと、詠が顔を真っ赤にして反論した。

 

「確かに、城に戻ったときも詠は落ち着きがなかったのです」

 

ねねも普段からやり込められているからか、ここぞとばかりに言い出した。

 

「そうだな。確かに普段の賈駆らしくなかったな」

 

華雄は特に何の含みも持たずにただ思ったことだけを言う。

 

「・・・そうか。詠も心配してくれてたのか・・・ありがとな」

 

そう言って一刀は詠に笑いかける。

 

「~~~~~っ!と、とにかく!全員そろったのなら会議を始めるわよ!」

 

詠は早口にそうまくし立てると、扉に向けて入ってきなさいと命じる。

 

玉座の間の扉が開き新たに入ってきたのは、あの邑で見かけた少女だった。

 

「君は・・・あの時の?」

 

「はい。私の名は徐庶、字は元直と申します」

 

「徐庶っ!?」

 

一刀は思ってもみなかった所で意外な人物に出会い驚いた。

 

「・・・何か?」

 

徐庶が不思議そうに一刀を見る。

 

「・・・いや、何でもない。・・・それでどうして彼女がここにいるんだ?」

 

「それを今から説明させるわ。・・・話してちょうだい、徐庶」

 

詠に言われ、徐庶はうなずくと、ポツリ、ポツリと話し始めた。

 

「・・・私は彼ら・・・・・・盗賊たちの元で軍師をしておりました」

 

徐庶は『盗賊たち』の所で一瞬辛そうな顔をした。

 

一刀はそのことに驚くと共に納得した。彼らの手口だ妙に巧妙だったことも、戦いの時につたないながらも連携が取れていたのも、この徐庶が教えたものなのだろう。

 

「この手紙・・・あなたが書いたものよね?」

 

そう言って詠は行軍中に見せてくれた手紙を徐庶に見せた。

 

「・・・はい。確かにそれは私が書いたものです」

 

「聞いていいかしら?どうしてあなたはこの手紙を書いたの?彼らからしてみたら、これは立派な裏切りよ」

 

「・・・・・・・・・これ以上、見ていられなかったのです・・・」

 

詠の質問に徐庶は苦渋に満ちた顔で搾り出すように答えた。 

 

「どういうことだ、それは?」

 

華雄はわけが分からず率直に聞いた

 

「・・・私は水鏡先生という方の開いている私塾で学問を学んでいました。そして、その知識を力なき人々のために活かそうと思い旅をしていたのです」

 

唐突に徐庶は自分のことについて話し始めた。

 

「そして、私はある一つの邑にたどり着きました。その邑は盗賊に目をつけられていて、幾度となく、村人たちを襲わない代わりに法外なお金と食料を要求していたのです」

 

「ままにある話ですな」

 

ねねが眉をひそめながらそうつぶやく。

 

「お役人の方たちは彼らを助けたりはしませんでした。彼らは村人たちからたくさんの税を徴収していったにもかかわらず、兵の一人すらも派遣することはなかったのです」

 

「・・・腐っているわね」

 

「ああ、腐っとるわ」

 

詠が吐き捨てるかのように言った。霞もその言葉に賛同するようにうなずく。

 

「ですから、私が彼らを助けようと思いました。彼らに鍛錬を課し、兵法を教え、策を授けました。そして、見事に盗賊たちを撃退することが出来たのです」

 

そこで不意に徐庶の顔に暗い影がよぎった。

 

「しかし、彼らには許せないことがありました。それは、彼らに一度も救いの手を差し伸べなかったお役人の方たちのことです」

 

戦うことを知ってしまった彼らには、奪うばかりで何もしなかった役人たちに深い怒りと憎悪に駆られたのだ。

 

「私は彼らの怒りが正しいものだと思い、彼らに協力することにしました。・・・・・・だけど、それが間違いだったのです」

 

徐庶の神算鬼謀により役人たちを追い詰めることが出来た。そして、そこから始まったのは村人たちによる役人たちの虐殺。

 

歓喜の声を上げながら役人たちを殺す村人たちを見て、徐庶は言い知れぬ不安を感じ始めたのだった。

 

しかも、彼らの怒りは収まらなかった。その怒りは傍観を決め込んでいた近くの邑や、贅沢な暮らしをしてる身分の高い人々に向いたのだ。

 

「私にはもう彼らを止めることは出来ませんでした。さりとて、見捨てるわけにもいかなくて・・・・・・ただ、彼らの望むままに自らの知識を分け与えていたのです・・・」

 

「そして、次第に見ていられなくなって私たちを呼んだってわけね?」

 

「・・・・・・はい」

 

詠の問いに徐庶が沈痛な面持ちでうつむいた。

 

玉座の間に重い沈黙がただよった。少女のやってきたことは決して間違いではなかった。だだ、やり方を間違えただけなのだ。

 

村人たちを盗賊から救うつもりが、その村人たちを盗賊に仕立て上げてしまったのだ。なんという皮肉だろう。

 

「・・・・・・覚悟は出来ています。私はとても重い罪を犯しました。ですから、どうか私の死をもってこの騒ぎを終わらせてください・・・」

 

徐庶が月に向かってそう言うと、月は困ったように詠を見た。

 

「詠ちゃん・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

さすがの詠もどうすればいいか決めあぐねていると、

 

「ふざけるな!!」

 

一刀が突然そう叫んだ。

 

「か、一刀さん?」

 

月が声をかけるが、それすらも一刀の耳に入らなかった。

 

「・・・君は・・・・・・分かっているのか・・・!?君のせいで・・・・・・多くの・・・いわれなき人々が・・・死んだということを・・・!?」

 

一刀は声を押し殺し、鋭い眼光で徐庶を睨みつけた。

 

「・・・はい、分かっています。だから、私を処刑して――――」

 

「そういうこと言ってるんじゃない!!」

 

徐庶の言葉をさえぎって一刀は声を上げる。

 

「君は逃げるのか!?君自身は何もせずに!ただ、死んで終わりにするのか!?」

 

一刀の言葉に徐庶は何も言えずにうつむいた。

 

「そんなの、俺は認めない!!それじゃあ、あまりに村人たちが・・・・・あの子が報われない!!」

 

あの子にはたくさんの可能性があったはずなんだ。それを刈り取っておきながら、しまいには、自らの可能性をも捨てようとする。そんなのは絶対に許せなかった。

 

「それじゃあ・・・・・・どう・・・すれば・・・・・・いいのですか・・・?」

 

不意に、徐庶の声が震えていた。その瞳には涙がこぼれ落ちていたのだ。

 

「私は・・・助けたかった・・・・・・困っている・・・人たちを・・・・・・それなのに・・・・・・それなのに・・・」

 

声を詰まらせながら静かに涙を流す少女を見て、一刀は高ぶった心が静まるのを感じた。

 

彼女には荷が重すぎたのだろう。自身の意思とは無関係に物事が進み、気づいたときには盗賊たちの軍師なんかをやらされていたのだから。

 

一刀は元の世界から持ってきた数少ない持ち物、ハンカチを使って彼女の涙を拭いてあげた。

 

徐庶はされるがままに涙を拭いてもらい、涙を流しながらも改めて問うた。

 

「・・・・・・教えて・・・ください。私はどうすれば・・・いいのですか?」

 

その問いに一刀は涙を拭きながら答える。

 

「簡単だよ。これからも力なき人々を助ければいい」

 

「でも、それは・・・・・・」

 

それを聞いて徐庶は声を詰まらせた。

 

無理もない。彼女は恐れているのだ。自分がまた同じ過ちを犯すのではないかと。

 

「安心して。俺が君の道しるべになってあげるから」

 

だからこの子のためにそれを取り除いてあげよう。ごく自然に一刀はそう思った。

 

「道しるべ・・・ですか?」

 

涙が止まった徐庶は呆然とそうつぶやく。

 

「ああ、君が道に迷いそうな時、間違えそうになった時、その時は俺が君を正しい道に戻してあげるよ」

 

そう言って一刀はハンカチをポケットにしまった。

 

「だから、恐れずに進むといいよ。俺がその先を示すから」

 

「でも・・・」

 

「徐庶さん」

 

徐庶が言葉に詰まらせていると、月が彼女に声をかけた。

 

「私からもお願いします。どうか、簡単に死ぬなんて言わないで下さい。そして、本当に悪いって思っているのなら、一刀さんと一緒にたくさんの人を救ってあげてください」

 

それが月の判決だった。徐庶はそれを聞いて、しばらくの間、黙考して、

 

「・・・・・・分かりました。私はこの方に仕えます」

 

決着がついた。・・・・・・一刀が考えているものとは別の形で。

 

「・・・えっ!?仕えるって・・・俺にっ!?」

 

「はい。あなた様は私の行く末を示してくれる方・・・主になってくださるのでしょう?」

 

徐庶は不思議そうにそう尋ねてきた。

 

「・・・・・・そういう意味で言ったわけじゃないんだけど・・・」

 

「ほえっ?そういう意味で言ったんじゃないんか?」

 

「どう考えてもそういう意味にしか聞こえないわよ」

 

一刀が思わず口をこぼすと、霞と詠から的確なツッコミが入る。

 

「駄目・・・・・・ですか?」

 

徐庶はジーーーッと一刀を見つめる。

 

(くっ・・・これはヤバイッ!)

 

一刀は恋と似たようで違う純粋無垢な瞳に見つめられて思わずたじろいだ。

 

どう違うのかというと、例えるなら、恋がねだるような小型犬(チワワみたいな)のようなものに対し、この子のは秋田犬だ。

 

どんなことがあっても主人を待ち続ける、かの有名な忠犬『ハチ公』を彷彿させるそのまなざしには抵抗など無意味だった。

 

「い、いや・・・そんなことはないよ。・・・お、俺は北郷一刀・・・よ、よろしくな・・・徐庶・・・」

 

「はい一刀様。あと、私の真名は雫(しずく)です。今度からそう呼んでください」

 

「あ、ああ・・・」

 

「ええな~、一刀。こんな可愛い子を臣下して~。なぁ、恋?」

 

「???」

 

「恋殿も気をつけるのですぞ。あいつはああやって女をたぶらかしていくのです」

 

「まったくだわ。月も気をつけるのよ。こいつは無意識に女を誘惑してくるんだから」

 

「誘惑されたんだ、詠ちゃん?」

 

「ち、ちがうわよ!あくまで一般的に見ての話よ!」

 

「それより北郷!もう一度、私と仕合え!」

 

「ああ~もう・・・・・・」

 

好き勝手ばかり言う外野に思わず頭を抱える。

 

「どうしました、一刀様?」

 

雫が心配そうに一刀を見上げた。

 

「なんでもないよ、雫」

 

かくして、一刀は一人の軍師を仲間にしたのだった。

 

 

 

人物紹介

 

 

 

『徐庶元直』

 

 

真名を雫(しずく)。単家(主に権勢のない家柄をさす)の出身で家は貧しかったが、司馬徽こと水鏡のはからいで彼女の開く私塾に入ることになる。

 

 

諸葛亮こと朱里と、龐統こと雛里とは、同門にて親友。

 

 

淡々とした言葉遣いと、思ったことを率直に述べることから冷たい人と思われがちだが、その実、とても面倒見がよく人付き合いもいいため、朱里と雛里からは尊敬のまなざしで見られている。

 

 

菓子作りの腕前は天下無双。その実力は美食家で名高い、かの覇王でさえうならせるほど。

 

 

かなりの親孝行者で親に定期的に仕送りをしている。

 

 


 
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